ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
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曇らせフルコースをお楽しみください。
とてもいい夢を見ていた気がする。
目覚めたルファスは上機嫌であった。
理由は判らないし覚えていないが何かをプランと話した気がするのだ。
心身共に彼女は満たされて起きた。
抜け落ちた羽根がふわふわと周囲を漂い、新生した新しい黒が翼を満たしている。
今までにない程に背中が軽かった。
意識しなければ己に翼が生えているという事さえ忘れる程に。
「ふぁ……」
欠伸して窓の外を見れば快晴だった。
鳥たちが鳴いていて、遠くの山まではっきりと見える程に空気が澄んでいる。
毛布を握り込み、暫し考える。
己の中に意識を向けてステータスを開けばレベルは【1000】と出た。
遂にルファスはミズガルズにおける限界に到達したのだ。
7年前、無力さに泣いていた頃からは信じられない程の成長速度だった。
ぐっと背伸びをする。
たっぷり2秒ほど手足を伸ばしてから脱力。
「ここからだ」
ルファスは満足しない。
まだこの先があることを彼女は知っている。
レベル限界の壁を超える方法をプランは知っているのは間違いない。
竜王を打倒するためにも何としてもその術を彼から聞き出さなくてはいけない。
しかしその前にやるべきことがある───彼の治療を完成させなくては。
既に9割は終わっているからこそここで油断するわけにはいかない。
呪を消し去る為の最後の一本をしっかり飲んでもらった後に経過観察をする予定だった。
お気に入りの赤い外套を纏いベッドから立ち上がる。
足取りも軽くルファスは扉に手をかけた。
早く彼と話したい。
とりあえずレベルの話でも何でもいいから顔が見たかった。
顔と歯を洗ってからダイニングへと行けばいつも通りカルキノスとアウラが調理をしていた。
二人はルファスを認めると笑って手を振る。
ルファスも苦笑しながらひらひらと返しつつ口を開いた。
「おはよう」
「good morning! もう少しで出来ますからお待ちくださいレディ」
「ちょっとだけ待っててね……?」
うん、と両者に頷いてから席に座る。
二人の背中を眺めつつぼーっとしているとアリエスが足元に寄ってきた。
何故か何時もよりもキリッとした瞳で見上げてくる。
「メメメ!」
「あぁ、おはよう。……何か今日は気合が入ってるな?」
膝の上に乗せて撫でてやりながらルファスはこのやけにテンションが高い仲間に笑いかけて問う。
小さな羊は「めっ!」と大きく鳴いてから肯定する様に頷いた。
絶対に自分がルファス様を支えるんだという強い意思が彼には宿っている。
アリエスが何故ここまで滾っているのか判らずルファスは頭を傾げ──空いている椅子に視線を向けた。
いつもそこに座っていた筈のプランがいない。
寝過ごすなどと言う事は彼の性格上ありえずルファスは二人に聞いていた。
「彼は?」
「ちょっとした野暮用が入ってしまったそうでして! 直ぐにreturnすると思いますよ」
アウラが何かを言おうとした瞬間、間髪入れずにカルキノスが答えるとルファスはふーんと喉を鳴らす。
もう17歳にもなるルファスはさすがに誕生日にプランがいないからといって不機嫌になるほどに幼くはない。
彼がとても多忙な貴族である事などよく知っているのだから。
ただ、出来るだけ早く帰ってきてくれと思うだけだ。
治療の最終段階を行うためにも。
「…………」
カルキノスとアウラの目線が交叉したことにルファスは気が付けなかった。
彼女はまだ何も知らない。
食後、ルファスはアリエスの散歩をしながらリュケイオンの市街を歩いていた。
ふと何時もの肉屋に寄ってみたがどうやら今日はやっていないらしい。
「……?」
何かが違う。
違和感がぬぐえない。
いや、足りないというべきか。
見る限りではいつも通りだった。
ただ……心なしか人が少ない気がした。
肉屋のダンがいない。
いつも目利きされた美味しい肉をお勧めしてくる良い人でルファスもお世話になっている。
母もあの人の肉が好きだった。
記憶にある限りこの7年間ほとんど毎日店を開けていたのに今日はいない。
公然の秘密である自分の誕生パーティーの為にユーダリルにでも行っているのだろうか?
後はよく野菜をくれるイーラもいないようだった。
アリエスに大量のトウモロコシを渡してくるのが困り者だが彼女にもルファスはお世話になっていた。
翼がざわめく。
プランを察知することに特化した器官を用いて周囲を一通り走査するが───リュケイオンに彼はいないようだった。
きっとユーダリルに宴の為の品を取りにいっているのだとルファスは己を納得させた。
何かあったのか? という思いが微かに芽を出してくる。
どうにも周囲の人々の態度もよそよそしい。
悪意はないが、哀れんでいるような視線が先から向けられている事にルファスは気づいていた。
「メェ!」
ぐいぐいとアリエスが手綱を引っ張る。
やはり今日の彼は何処かおかしかった。
ルファスの腕力ならば子犬程度の力しかないアリエスに引かれる事などありないがあえて彼女はされるがままについていく。
暫くアリエスに引かれてリュケイオンの外でルファスは歩く。
子羊は瞼をパチパチさせながらこれからの事に備えるように心の準備を開始。
この事は何時までも隠せるものではないのだから、あの方の元にお連れしなくては。
城壁の外まで行けばそこで待っていたのはアウラだった。
戦闘能力をもたない母がこんな所にいるのは異常事態である。
ますますルファスの中で何かがざわめきだす。
何かがあった。
間違いなく。
「ルファス。少し歩きましょう」
母の言葉でルファスの中には確信が宿った。
かつてのプルート旅行の時と同じで、普段は自己主張しない母がこういう事をする時は必ず大事な話があるときだ。
「メェェ……」
「ありがとう……先に戻っていてくれる?」
アリエスがアウラに駆け寄れば彼女はアリエスの首輪を外して目配せする。
子羊はルファスをチラと見てから全力疾走で街へと戻っていってしまった。
「…………」
何も言わずにルファスは母の隣まで進んだ。
アウラは微笑んで歩き出す。
娘はそれに追従した。
「身体の調子はどう……?」
「大丈夫。何もおかしい所はないよ」
翼を広げて見せつける。
今の自分はレベル1000だと言えば本当に嬉しそうにアウラは微笑んだ。
無事にルファスが今日と言う日を迎えられたのは正に奇跡としか言いようがない。
そんな母を前にルファスはストレートに己の疑問をぶつけることにした。
彼女は遠回しな駆け引きは得意でないのだ。
「どうしたの? ……何か変だ。皆、何処かよそよそしいというか」
「……そうね」
アウラは瞑目する。
この役目を引き受けたのは彼女の意思だった。
カルキノスが最初は手を挙げたのだが、こればかりは譲れなかった。
昨夜の事を伝えたら恨まれるだろう事は百も承知だった。
既にアウラは覚悟を決めている。
ズキンと完治したはずの腹部が痛んだ気がした。
少しでも気を抜けば手が震えそうだった。
しかし、逃げる訳にはいかないのだ。
隠していても必ず露見する。
娘はとても勘が鋭いのだから。
それに下手に隠し立てなどしたら最悪のタイミングで爆発する可能性がある。
彼女は真っすぐ娘の眼を見つめて言った。
「プラン様の事で話があるの」
「……………」
ルファスは何も言わない。
ただ無言で続きを促すだけだ。
「昨晩……ルファスが眠っている間に“竜王”が襲来したわ」
「!」
その瞬間、膨大な怒気がルファスから零れた。
竜でさえ当てられたら気絶しかねないソレをアウラは真っ向から受け止める。
……母は娘の怒りを受けて表情一つ変えなかった。
どうして起こしてくれなかったという叫びが出そうになるのをルファスは堪えた。
そんなの当たり前で、足手まといになるからだ。
中途半端な変異が何を引き起こすか彼女は知っている。
「プラン様たちは“竜王”を撃退するために出撃なされたの」
そしてまだ戻ってきていない。
だがリュケイオンが滅んでもいない。
母の言葉を聞きながらルファスの頭は最大速度で回っていた。
プランたちという言葉の意味を考える。
きっと街の人たちなのだろうとルファスは答えを仮定する。
いつも話していた肉屋のダンを始めとした面々をプランは連れて行ったのだ。
しかしリュケイオンの人たちは非戦闘員で、幾ら集まってもラードゥンの前では戦力にはならない。
だがしかしプランは彼らを連れて行った。
きっと何か意味がある筈だ。
数えきれない程に隠し札を持つ彼の事だ、きっと何とかしてみせるだろう。
ルファスは大きな深呼吸をした。
翼を限界まで伸ばした後に脱力する。
激情家だと自覚する彼女である、努力してとりあえず怒りを脇に追いやった。
「教えてくれてありがとう」
落ち着く。
とりあえずプランは負けてはいないと思った。
何故ならリュケイオンがまだ存続しているからだ。
ラードゥンの性格を考えるにもしも彼を倒したら嬉々として街を壊しにやってくるだろう。
それがないということは負けてはいないということだ。
もしくはまだ戦っているか……。
羽根がささくれ立ち周囲を隈なく走査する。
レベル1000に至った彼女はこの動作だけでリュケイオン近辺を一瞬で把握できた。
結果は、強い魔物は存在しないということだった。
何処にもいない。
竜王もプランも。
ミョルニルの戦いを考えるにもしも戦闘が起きていたら竜王は惑星への被害など気にせずに力を行使し、その余波が感じ取れるはずなのに。
誰もいない。誰も。
ルファスは置いて行かれた。
ジクりと胸が痛んだがルファスは直ぐに母を安心させるために笑顔を浮かべた。
母やプランに悪意がないことはよく判っている。
少し納得いかないがソレは彼らが帰ってきてから言ってやればいい。
“また勝手な事をした!”とでも怒ってからバツとして翼のマッサージをさせてやるとルファスは決めた。
「大丈夫だ。あの人はヘルヘイムやミョルニルの戦火からも帰ってきた人なんだ」
「何ならあの“吸血姫”に襲われた時だってあしらってた。
ちょっと時間が掛かってるかもしれないけど、今度だって大丈夫だ」
今までのプランの戦歴を思い出せば心が軽くなる。
確かにラードゥンがこのタイミングで奇襲してきたのは想定外だったかもしれないが、それでもプランなら大丈夫だとルファスは信じていた。
プランだけじゃない。リュケイオンの人たちだって彼が居れば無事だ。
「そうね……」
アウラは微笑んで返す。
彼女はそれが儚い夢だと判っていたが、娘の希望を踏みにじる事は出来なかった。
プランの力を実際に見た事がないのもあり、もしかしたらルファスの言う通りになるかもしれないという小さな希望に縋ったというのもある。
「ポーションの準備をしておくね。皆が帰ってきた時、怪我をしているかもしれない」
どんな怪我であっても死んでさえいなければ【エリクサー】で治癒できるので大丈夫だとルファスは母に誇る。
手足の欠損さえ呆気なく完治させる奇跡の一品に彼女は絶対の自信を持っていた。
彼女は更に母を安心させるために言葉を続けた。
「大丈夫。仮にラードゥンの部下がこの街を襲ってきても私とカルキノスがいれば返り討ちにしてやれる」
ミズガルズの限界に到達した彼女は今や正真正銘世界最強の一角だ。
どんな脅威であろうと殴り飛ばせる力をルファスは遂に手に入れた。
そのお披露目をラードゥン相手に出来なかったのは残念であるが、プランが留守の間リュケイオンを守る事に力を使えるのならば望むところだった。
「だから大丈夫。安心して」
力強く笑う。
いつもの自信に溢れ、未来へと進もうとするルファス・マファールの顔だ。
そんな娘にアウラは小さく頷いた。
「えぇ……」
娘の内心を痛い程に理解しつつ彼女には何も出来なかった。
ガチャンという音と共に扉が開かれればルファスは全身をばねの様に跳ねさせて屋敷の扉に走り込んだ。
胸が痛い程に高鳴っている。
ほんの少しだけ沸いていた弱い気持ちが一瞬で押し流されて消えた。
念のため片手に【エリクサー】を握りしめ、ルファスは息を切らせて走る。
翼が歓喜で震えて羽根を撒き散らすが気にも留めない。
ほら見ろ。
やっぱり帰ってきた。
ヘルヘイムの時と同じだ。
彼が居なくなるわけがない。
玄関に佇むプラン達の姿を見てルファスは満面の笑みを浮かべた。
居なくなったと思った全員がそこにはいた。
自分を常に見守ってくれていた人たちが何処かバツが悪そうな顔でルファスを見つめている。
「───」
自分でも何て言ったか判らない。
誕生日は既に過ぎていたが怒りなどなかった。
ただ帰ってきてくれたのが嬉しかった。
私を置いて竜王と戦うなんてとは言ったかもしれない。
幾ら貴方でも無茶しすぎだと。
「─────」
プランが何かを言っていた。
彼/彼らは無言で扉の外を指さした。
陽の光に包まれた綺麗な路がそこにはあった。
はて、家の前はこんな風だったかと思いながらも指示された通りに動く。
ルファスは彼らの行動の意味が判らなかったがとりあえず屋敷から出て暖かい日差しに包まれた外に出た。
日差しが心地よくて、眩しくて、少女は目を細めて綺麗な空を見上げた。
“ここがどうかしたの?”
そういって振り返る。
しかしついさっきまで皆が居た場所には誰も居なかった───。
声にならない悲鳴を上げて跳び起きる。
びっしょりと全身に汗をかいてしまい気持ち悪い。
数秒間息を整えた後にルファスは窓の外を見た。
綺麗な月が覗く外は深夜だった。
ルファスが17歳になってから既に三日が経過していた。
もちろん当初予定されていたパーティーなど開催できるはずもない。
「……遅すぎる」
膝を抱えて呟いた後、ルファスは立ち上がる。
紅い外套を纏って部屋から出るとそのままダイニングに向かう。
皆は寝静まっており誰かがいるわけもない。
しかしもしかしたらという希望があった。
彼が変な気を利かせて「皆を起こすと悪いから」等と言って一人で食事を採っているかもしれないという夢が。
あの日、ミョルニルからプランが帰ってきた時と同じように彼女は常に食事を作って待っていた。
帰ってくるはずだ。
帰ってくる。間違いなく。
だって何時だってそうだったじゃないか。
「大丈夫」
指を組んで祈る様に己へ言い聞かせる。
彼は強いのだから大丈夫。
あれだけ多才な能力を持っているんだから大丈夫。
小さく手が震えた。
己の中に確かにあった彼との“繋がり”が断絶していることにとっくに彼女は気が付いている。
しかしルファスはあえてその事について考えなかった。
だってあり得ないのだから。
1日目は気にもしなかった。
必ず帰ってくるという確信があったから。
2日目はちょっとだけ不安になり改めてリュケイオンの周りを飛び回って探した。
結果は何もなかったが。
頼れる大人であるピオスに相談しに行こうとしたら教会は封鎖されており、理由を聞くに何でも彼は教団本部に呼び戻されたらしい。
どうやら今回の件についての詳細を報告しに戻ったのでしょうとカルキノスからルファスは教わっていた。
主を失った教会は何処か寂れており、虚無的に見えた。
3日目───。
彼女の中で微細な罅が走り始めた。
どうやっても見て見ぬフリが出来ない疵が。
ほんの小さな胸の中の孔が少しずつ大きくなっていく。
ミョルニルの時は三日で帰ってきた。
しかしそれももう過ぎる。
誰も居ない部屋に弱弱しい声が響く。
目を背けてもにじり寄ってくる絶望から必死に少女は逃げて、縋りついていた。
更に数日後。
「お願いします……女神アロヴィナス様……」
どうか、皆を無事にかえしてください。
ルファスは産まれて初めて神に祈りを捧げていた。
かつては蔑み、恨んだ神様に乞うていた。
───宙の彼方で美しい女が微笑んでいる。
優しく愛に溢れた女神さまは儚い祈りに祝詞を返すだけだ。
彼女に祈りなど届きはしない。
彼女はルファスの事など見もしない。
極点に君臨する神は厄介な存在が両方消えてくれた事を無邪気に喜ぶだけだった。
ほんの少しだけ欠けた爪先に気付かず彼女は笑う。
幸せになってください。
満たされてください。
世界が愛と美しいモノに満たされて輝きますように。
「何だよこれえええェェェェッ!!!」
「たすけて女神さま!!」
───“無敵解除”“超即死バグ”を受けながら、ラードゥン。