ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
とりあえず今は続報を楽しみに待ちつつ本作の執筆を頑張っていきます。
電撃的な訪問であったがルファスは疑問には思っていなかった。
元よりエルフとプランの間には契約があり、リュケイオンが権力の空白となった現状をロードスが見逃す筈がないのだから。
“死後にリュケイオンを明け渡す”という条文を思い返そうとし、ルファスはあえてそれらを頭から追い出した。
そんなことは考えたくない。
とりあえず今は黙ってロードス王の話を聞こう。
屋敷の一室に集まった母子とカルキノス、アリエスの前でロードスは口を開く。
疲労した様子を見せていたサジタリウスは先に宿に戻っておりこの場にはいない。
迅速な移動の為に【アルナスル】を使い続けた彼のSPは底をつきかけており休息が必要だったのだ。
アウラが用意した茶をゆっくりと飲んで堪能した後に彼は微かに口角を上げた。
ルファスを見て彼は「間に合った」と思っている。
「先ずは急な来訪を詫びよう。しかし今は一刻を争う時だった」
「天翼族の賢女。其方の判断は見事であった」
即座に己に手紙を寄越したアウラをロードスは手放しで称賛する。
ルファスを用いて距離を無視する【エクスゲート】を行使したのは最高だったが、出来れば彼女には触れないで欲しかったというのが本音であった。
今の彼女の内面は見るもおぞましいことになっているからだ。
魔物と人間。
プラン・アリストテレスという楔が消えた今、ルファスという存在は揺れに揺れている。
偉大な保護者を失った今こそが正念場であり気の長い性質であるロードスがここまで急いだ理由でもある。
襲撃より13日経って現れたエルフ王の声には隠し切れない疲労の色があった。
クラウン帝国やプルートを訪れてリュケイオンを引き継ぐことを承認させ、これらの後ろ盾を得た後、更には天翼族の動向の監視やら洗い出しやら何やら。
他にもこの地を狙ってくる愚か者達への牽制や北の情報収集やベネトナシュへの要請などなど。
比喩でも何でもなく一睡もせず彼は今回の混乱を収める為に行動していた。
【エリクサー】をそのために数本消費したが仕方ないことだ。
その為に役立ったのがサジタリウスと彼の【アルナスル】であるがこれはまた別の話。
若きケンタウロスの献身と、他の亜人たちとは明確に違う一歩を踏み出した事によってロードスは彼を評価し始めたとだけ今は言っておこう。
ロードスは大きな杖でトンと床を大げさに叩き、この場に集まった全員に要件を宣言する。
「手短に済ませるぞ。アリストテレス卿の金庫を開放し遺書を検めたい」
「余は契約を履行するためにこの地に赴いた。募る話は多々あるが、今はそれを優先する」
ルファスが何と反応しようとこればかりはロードスも譲るつもりはない。
エルフと67代目当主は契約を結んでいる。
当主の死を以てアリストテレス家は幕を引き、リュケイオンはエルフの管轄に入るという契約を。
その為の正式な書類をロードスは受け取りに来たのだ。
本当ならばここまで手間がかかる筈もなかった。
アリストテレスは一部の者が知るそこそこ有名な貴族程度の存在で、家が断絶したからエルフがその土地を譲り受けるというだけの話で済む筈だった。
確かにこの地はユーダリルも近く交易路にも隣接していて旨みのある場所ではあるが近場には魔竜ノーガードという厄介者もいたのだから。
しかしラードゥンが頭角を現し、それに対してプランが対処を始めたことによって状況は大きく変わってしまった。
ただの辺境の一貴族であったアリストテレスの名前は広がりすぎてしまい、更には抑止力として配置されていたノーガードも今は居ない。
端的に言って今のリュケイオンは多くの者達にとって喉から手が出る程に魅力的な場所だ。
人類共同体を構築した男の後継者の椅子。
それを誰もが欲しがっている。
領土だけではない。
アリストテレスが用いていた技術や秘密を誰もが知りたがっている。
中にはそれらを得る為に賢くない手段を使う者も出るかもしれない。
だからロードスはとてつもなく急いだ。
速攻でクラウン帝国とプルートに話を通し後ろ盾を確保。
ルファスの状態を確認しつつユーダリルには己の代理であるアラニアを派遣し商人たちとも連携する。
アラニアには複数の戦闘員を同伴させている。
それも果実を摂取させたレベル280~300台の精鋭中の精鋭を。
彼らにはちょっとばかり表ざたには出来ない仕事をしてもらうためだ。
恐らくというか間違いなく入り込んできている各国の工作員の排除……そして、ルファス母子の暗殺を試みるかもしれない天翼族への牽制だ。
今のところはそういった報告が上がってきていないのは誰にとっても幸せな事だ。
その過程で一つの水晶玉を手に入れるのはまた別の話。
うんざりする量の策謀を終わらせてから彼は改めてリュケイオンにやってきていた。
言わばこれは最後の詰めである。
皆の眼前に置かれたのは地下室より運ばれた人の頭部ほどの大きさしかない金庫。
ミスリルをふんだんに使われたソレは製作当時は頑強だったのだろうが今となっては何とも脆い。
鍵など使わなくともルファスかカルキノスならば無理やり扉を引きはがせるだろう。
しかしそれでは意味がない。
“鍵”を受け渡された継承者が扉を開く、その行為に大きな意味があるのだ。
アウラは前もって預けられていた鍵を懐から取り出す。
「ご確認ください……」
銀色のソレをロードスに渡せばエルフの王は子供の様に細い指で掴み、顔の前に翳す。
しげしげと数秒間そのまま見つめれば彼は納得したらしく頷く。
「アリストテレスの鍵、確かに受け取った」
「それでは開けるぞ」
鍵を金庫に差し込む。
何が入っているかなど判り切っているがこれは儀礼なのだ。
本人は既に居ないが言わばこれは禅譲の儀であった。
(…………)
ゆっくりと開いていく扉をルファスは何も考えず見つめていた。
いま皆が何をやっているかなど彼女は理解している。
これは遺産の相続だ。
彼女がここで何と叫ぼうと既にプラン達は死んだ者として扱われている。
「そんなことない」と止めればロードスも一応は取り合ってくれるだろうが、それでは誰が明日からリュケイオンを運営すると返されれば終わりだ。
間違っても母に押し付ける事など出来ない。
アウラと言う女性は優秀な執務者であるがそれでも領主にはなれない。
彼女には身体が弱く体力がもたないという致命的な弱点がある。
唐突に有力な領主を失った土地を維持する。
それがどれほどの重荷になるかルファスには想像もつかない。
13日間プランの代理をしただけで既に母の体調が悪くなりつつあるのをルファスは察している。
だからこそアウラは迅速に各国に助けを求めた。
自分では長く統治を維持できないと誰よりも知っているから。
だから声を上げられないのは仕方ない。
そうやって彼女は言い訳をして自分を誤魔化した。
もちろんルファスは政治の「せ」の字も知らない故に何も出来ない。
彼女にあるのはぶつける相手も、守りたい人も失ったレベル1000の力だけ。
プルートの時と同じであった。
何が変わって見せるだ。
何が未来に行きたいだ。
この場においてルファスは役立たずでしかない。
カルキノスの様に笑顔で人々を元気づけることも、母の様に領土を政治的に守る事も。
何ならアリエスの様に羊毛で資産を作る事も出来ない無能、ソレがルファス・マファールという小娘だ。
(あぁ、私)
金庫の中には数枚の封筒が入っていた。
金の刺繍が施されたものをロードスが手に取るのを見ながらルファスはまた一つ諦めていく自分を客観視していた。
淡々とプランが死んだという事を事務的に証明していくロードスが目の前にいるのに何も出来ない。
“仕方ない”という言葉に屈して自分の居場所が終るのを黙って見つめている事しか。
(何も出来なかったなぁ……)
7年間を思い返す。
それだけあったのに自分は何一つ彼に恩返しなど出来なかった。
「プラン・アリストテレスの名においてリュケイオンの統治権を───」
遠くでロードスが封筒の中に入っていた遺書を読み上げている。
ルファスはもう何もかもがどうでもよくなってきていた。
一緒に生きたかった人はもう居ない、受け入れてくれた人たちも大勢が死んだ。
しかも誰も口に出さないがその原因は間違いなく自分だ。
あの時に放った【威圧】が竜王を呼び込む因果を作った。
彼女は思った。
思ってしまった。
助けられた身でありながら、助かるべきではなかったと。
ヴァナヘイムで死んでおけばよかった。
私なんてあのままプランに拾われず死ねばよかったんだと。
──────。
私はどうしていきているんだろう。
本当だよね。どうして私じゃなくてルファスが拾われたんだか。
いないほうが よかった。
今更気が付いたの?
わたしは みんなをまきこんで ふこうばかりよびこんでいる。
黒い翼に不幸なことばかり! やっぱりルファスは悪魔の子なんだ!
遠くでロードスが何かを言っている。
それだけを認識しながらルファスの意識は弱まり続ける。
視界が暗転し、全ての音は遠くなる。
入眠する様に彼女の心は暗転し完全に砕け散ろうとしていた。
心から自分の存在を放棄したルファスの願いに肉体が答えた結果だ。
自我と存在の完全放棄。
つまり精神の自殺を彼女は行おうとしている。
深層心理から、つまり裏表関係なく己と言う存在を終わらせたいと願った今、ルファスは急速に終わりかけている。
亡霊がニタアと裂けた笑みでソレを見ている。
早く死ね、早く終われ、失敗したお前の命など誰も惜しまない。
ルファスの精神が死んだ瞬間、彼女はやっと望んでいたモノになれる。
レベル1000で、愛してくれる人がいて、自由に生きる事が出来る。
彼女はルファスになりたくてなりたくてたまらないのだ。
“竜王”の同種で絶対に和睦不可能な悪霊。
普通の幸せを享受している者が羨ましくて許せない、それが子隠しの本質だ。
彼女たちが愛される子供を狙った理由もそれが多くを占めていた。
指先に湿ったぬるいナニカを感じルファスは最後の力を用いてそちらに目線だけを向ける。
霞んだ視界の中にいたのはアリエスで、彼は主の指を舐めていた。
ルファスの異変に気が付いた彼なりの慰めなのだろうか。
(…………)
それさえどうでもよくてルファスは光を失った目でアリエスを見下ろし……。
「ルファス・マファール」
名を呼ばれる。
拡散していく意識の中であったが外面を取り繕うために少女は顔だけ動かしてロードスを見て────。
彼が差し出してきた紙きれを認識し息を呑む。
金庫の中に入っていたとは思えないほどに質素で、何処にでもありそうな低質な……絵だった。
そこに書かれていたのは決して上手とはいえないが、必死に書かれたであろうルファスの絵だった。
絵の中の彼女は剣を握りしめ、必死な表情を浮かべていた。
今よりもずっと幼い彼女は10歳か11歳ごろのルファスだ。
彼女はコレを知っている。
記憶の底から直ぐにあの時の様子が掘り起こされていく。
───子供たちがルファスの絵を描いたのさ。
「これ……は」
あの時自分は何と言った?
嫌だと思っても再生はとまらない。
一度関連付けされた記憶は直ぐに出力されてしまう。
───いらない。そんなもの、何の価値もない。
そして確かプランはこう言った。
───じゃあ自分がもっておくよ
あれから6年、ずっと大事に保管していたのだ。
こんな何の変哲もない絵を。
とっくに捨てたと思っていた。
そもそも覚えてさえいなかった。
ルファスがかつて無価値と吐き捨てたソレをプランは宝の様にしまっていた。
少女の瞳と心が大きく揺れる。
これ以上はないと思っていたのに、更に重い一撃を受けたように頭がくらくらした。
「もう一枚あるな。どうやらこれも其方を題材にしているらしい」
ロードスは慎重な手つきで封筒に収められていた二枚目をルファスに差し出す。
最新の注意を以て彼はルファスの内心を見つめていた。
女の内側では一人に向けられた執着は燃え尽き、死んだ星の様に冷めきっている。
ガラス細工の如き無機質な瞳の中では既にルファスという少女は亡骸になっていた。
ただ肉体が生命活動をしているだけで、中身はもう風前の灯であると彼は見抜いている。
生きながら死んでいる、ミズガルズでは珍しくもない状態だ。
この世界では大切な者をいきなり失う事など珍しくもないのだから。
冷たくひび割れたソレは今にも砕けてしまいそうだった。
そして、その中にナニカがいることもロードスは見ていた。
ルファスという存在を内側から蝕み、飲み込もうとしている黒い誰かがいることを。
これを羽化させてはいけない。
そう直感したロードスは恐れながらもあえて彼女の燃え尽きかけた心に火を点ける事にした。
吉と出るか凶と出るか。
一種の賭けではあるがロードスは顔色一つ変えずに賭けた。
二枚目の絵をルファスに差し出す。
「なつかしい」
辛うじて言えたのはそれだけだった。
震える指でソレを受け取ったルファスは唇を戦慄かせた。
足音を立てずに彼女の背後に回ったカルキノスがソレを覗き込み、顔を手で覆い大きく震える息を吐く。
「フレンド。貴方という人は……」
何だ、貴方もミーと同じだったんじゃないかと続けた。
ずっと前の普通なら冗談ともとれる言葉を本気で何年も守るなど。
かつて写し取られた安らかな寝顔の少女の絵だった。
母に抱きしめられ心から安堵を浮かべた娘の絵画。
カルキノスが描いたソレはあの時のルファスを正確に切り取り保存していた。
これはもう戻れない日を写した一枚だ。
「……この時のこと、覚えてるかしら?」
微動だにせず絵を凝視する娘の肩に手をやりアウラが問えばルファスは頷いた。
口の中がからからになって喋りづらかったが、言葉そのものは流暢に出てくる。
「うん……ずっと寝てなくて、貴女に怒られた時だった」
あの時より酷いクマを目の下に刻んだ少女は俯く。
「そして……私はバカな事を聞いたんだった」
自分を産まない方が良かったのではないか? というアウラの全てを否定する様な言葉をあの時のルファスは吐いた。
今になって思えば何と愚かな事をしたのだとしか言いようがない。
多くを諦めたアウラであったが、ルファスだけは決して譲らなかったのが母だというのに。
“貴女は、私を産んだことを後悔してる?”
こんなふざけた問いかけに母は何と返したか。
愛していると言ってくれた。
産んだことを後悔などしていないと言ってくれた。
ざわりとルファスの胸中に微かな火が灯る。
そうだった。どうしてこんな大切なことを忘れていたんだろう。
プランはもういない。
しかし母も皆も頑張っている。
なのに、私だけが全てを投げ捨てるのは卑怯だ。
逃げるのか? と自分に問う。
プランならば辛い時は無理しなくていいというだろう。
あの人は何時だってそういう人だった。
しかし、今は逃げるべき時なのか? と再度問う。
こんな皆が必死に出来る事をやっている中で自分だけ。
何処か霞がかっていた視界が鮮明になっていく。
ルファスは先よりもはっきりと見え始めた絵を凝視する。
亡霊がそうはさせまいと耳元で囁く。
不幸と絶望の底からもがきながら這い上がろうとするルファスを決して逃がすまいと。
───いまさら何なのさ。昔の話をほじくり返してきて、今の自分を誤魔化すのはやめなよ。
───ルファスは悪魔の子なんだよ。生きているだけで周りを不幸にする化け物なのに。
その通りだ。亡霊の言うことは正しい。
今まで彼女が生きてきて周りに良いことをしたことなど……。
「メッ! メッ!!」
かぷかぷと服の裾を噛みながらアリエスが懸命に鳴く。
主であるルファスの心境を完全とは言えないが察した彼は必死に自分の存在をアピールした。
少なくとも一匹、ここに貴女に命を救われた存在がいることを忘れないでと。
「お前は、いつも暖かいな……」
微笑みながら呟く。
ゆっくりと瞬きして瞼を開く。
一枚目の絵をもう一度見た。
必死に剣を握りプランとの模擬戦に挑む自分の姿を。
この時の自分は世界の事を何も知らず、ただ闇雲に憎悪を燃やし続けた愚か者だった。
もうこの日常には帰れない。
ルファスははっきりとソレを認めてしまった。
全て終わったのだと。
彼女は自由になった。
もうプランという保護者に囚われる事はない。
もう彼はルファスを束縛できない。
もう出会えない。
もう笑い合えない。
一緒に未来に行けない。
「……?」
「な、に……?」
熱い何かをルファスは眼に感じた。
大粒の水滴が滴る。
彼女は涙を流していた。
「……いまさら」
遅すぎる。
しかしもうどうしようもない。
止める事などできない。
無意識の内に溜まり続けた悲嘆を直視した少女にはあらがう事など出来ない。
強者など何処にもいなかった。
自分は決して特別などではなく、大切な人を理不尽に失い涙を流す小娘だった。
そんなどうしようもない現実がルファスに追いついたのだ。
止まらないソレを抑える事も出来ず少女は絵を抱き込んだ。
そこに残る微かな残滓さえ愛おしい。
(そう、だった。ずっと、昔に、教えてくれてたのに……)
哀しみを我慢してはいけない。
人には涙を流すときが必要だ。
それが他者の為か自己憐憫の為かは関係ない。
本当の意味でそれを理解した小娘は膝をつき声にならない嗚咽を漏らす。
これは悲しい現実と戦うための第一歩である。
絶望に足を取られない為にも、哀しみと向き合うためにも。
「い、やだ……こんなの、嫌だぁ」
やだ、やだと駄々を捏ねる。
こんな唐突なんて、こんな事になるなんて。
最期に何を話したかさえ覚えていないのに。
「っ……どうしてっ……なん、で…………」
どうして?
そんなこと問うまでもない。
「わたしのせいで……ごめんなさい……わたし、が……」
取り返しのつかない失敗をしてしまった子供は泣いて謝る事しか出来ない。
失った命は帰らないのだから。
泣きじゃくる娘を母がゆっくりと抱きしめ、翼で包む。
ヴァナヘイムでよくしてやったように。
多くを失ったルファスであったがまだ手元に残った宝は確かにある。
一人と一匹の男たちはそんな彼女たちを見て生涯支えてみせると決意を新たにしていた。
世界の全てが敵に回ろうと必ず守って見せると。
チッと舌打ちをして亡霊が影に溶けていく。
既に力関係は再度逆転し、ルファスの心は前に進み始めた。
彼女だけならばこうはならなかったのに。
────ほんとうにムカつく。
決して自分の手に入らないモノを最後まで凝視して亡霊はひとまず消え去った。
しかし諦めない。絶対に。
自分だけ未来に進もうとするなんて許せないから。
私だって欲しかったのに。