ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ジスモア(ルファス) 特性 “親子の絆”

 

竜王襲撃より30日後。

アリストテレスと竜王はもはや戻る気配を見せず。

それでも世界は回り続ける。

 

 

 

人類共同体の内部では既にアリストテレスの後継者を狙う者達が虎視眈々と目をぎらつかせ、プルートにおいては幾つかの実験が更なる成果を上げ始めている。

クラウン帝国もまた魔神族への干渉実験を行い続けている。

 

 

 

プランは元より敵の多い身であることは自覚していた。

故に突発的に自分が死亡/行動不能になった場合を想定するのは当たり前だ。

既に複数のプロジェクトの計画書は完成しており何も問題はなく、実行するだけだ。

 

 

長続きしても250年から300年の平和。

その為の準備は幾らあっても足りないのだ。

全てはルファスが戦わなくともよい世界の為だった。

 

 

 

 

 

 

自室、立ち鏡の前でルファスは己の衣服に変な所がないか確認をしていた。

真っ黒なスーツを着こなした彼女は麗人と言った様相であるが相変わらず顔には覇気がない。

当初よりマシになったとはいえ未だ彼女は入眠を恐れていた。

 

 

起きたらまた誰かが居なくなっているかもしれないという恐怖は彼女の新しいトラウマとなっている。

化粧で何とか誤魔化しているが深く刻まれた目下の黒は消しきれない。

本来ならば一日10時間は平然と眠る種族である天翼族が2時間も眠れないのは一種の障害であった。

 

 

 

「酷い顔だ」

 

 

 

これから葬式が控えているというのに、こんな様では笑えて来る。

疲れ果てた顔で彼女は呟いた。

傷はいまだ深く、感情はぐらついている。

 

 

 

胸の内側にぽっかりと巨大な孔が空いているのをルファスは認知していた。

きっともう、一生これは塞がらないと彼女は思っていた。

 

 

しかしもう死を願う事はなくなっていた。

そんなことをしても何の意味もないと気が付いたからだ。

自分が死んだところで代わりに彼らが戻ってくる事はない。

 

 

 

母は必死に戦っている。

レベル的には非戦闘員でしかないアウラはルファスには決して出来ないやり方でリュケイオンを守り、この葬儀という場さえ用意して見せた。

そんな母を見捨てて自分だけ逃げる事は娘には出来ない。

 

 

 

一瞬だけ瞼を閉じ、もう一度鏡を見る。

そこに映る自分の瞳の中にはナニカが燻ぶっていた。

じっとルファスがルファスを見つめていた。

 

 

 

彼女は問いかけてきている。

“このままで良いのか?”と。

 

 

 

逃げる事に意味はない。

言語化はまだ出来ないが新しい目的が女の中で芽生えつつあった。

 

 

間違っている。

こんなのは間違っている。

何がとは言えないが、認められない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

自分を睨みつける。

この無能がと。

過去抱いていた時と同種でありながら比較できない程の熱を持った怒りがじわじわと彼女の内側で広がり始めていた。

 

 

 

プラン・アリストテレスという保護者がいなくなりルファスは自由になった。

もう誰も彼女を止められない。

もう誰も彼女を束縛できない。

 

 

 

彼女は自由になった。

何処で何をしようと許される。

 

 

 

しかし“自由”を得た彼女が思った事は……恐怖だった。

もう自分が失敗しても後始末をしてくれる人はいない。

何処に行けばいいか迷った時に助言をくれる事もない。

 

 

 

ルファスはこれから何をしても良い。

しかしその結果と責任からは逃げられない。

こんな風に想像を絶する反作用が帰ってくる時もある。

 

 

 

「レディ。そろそろtimeですよ」

 

 

 

 

遠くから聞こえてきたカルキノスの声でルファスは我に返った。

感傷に浸る時間は終わりだ。

ここからは彼女の一挙手一動作、その全てがリュケイオンの未来に影響を与えることになる。

 

 

肩が重くなるのをルファスは認識し唇を噛みしめた。

 

 

今、このリュケイオンには方々の国から大物がやってきている。

恐ろしいことに殆どの王は代理を立てる事はせず直々に足を運ぶらしい。

人類共同体という大同盟の立役者が死んだというのはそれほどまでに巨大な事件なのだから。

 

 

しかもその原因は竜王の襲撃ときたものだ。

これで何も行動を起こせない者は王に相応しくないとさえ言えよう。

 

 

 

表面上はプランの死を悲しむだろうが彼らは王である。

自国の為、そして一族の為。

既に様々な思案を巡らせているのは間違いない。

 

 

 

(もう彼は居ない)

 

 

 

(母には遠く及ばないけど……それでも)

 

 

 

“私は私のやるべきことをする”

 

 

 

涙は既に流しきった。

一度は挫折し動けなくなったが、手を取って引き上げてくれた人たちがいる。

こんな自分を気にかけてくれる者達を私が守らなくてはと彼女は決意を新たにした。

 

 

 

胸を張り、黒翼を堂々と広げる。

“強い自分”の姿を鏡の前に晒して確認する。

もう子供ではいられない。

 

 

 

不敵に笑う。何も恐ろしく何かないぞ、と。

向こう側の自分も同じく笑った。

内面を知らない者が見れば師を失ってなお揺らがない女傑にしか見えない。

 

 

 

ルファスは己の立ち位置を完全とは言い難いが理解はしている。

プランが公認したアリストテレス唯一の教え子であり、彼が進めていた混翼の受け入れ計画の象徴でもある。

つまり傍から見れば最も後継者に近い立ち位置だ。

 

 

 

どれだけ嫌だと思っても注目を集めるのは想像しなくてもわかる。

そんな中、普通の小娘の様におどおどした姿を晒したりなどしたらワラワラと詐欺師が集まってくるのも判る。

愚かなガキであった頃に夢想していた大勢の前で堂々と振る舞う強い自分、それが求められる時が来てしまったのだ。

 

 

 

 

「行くぞ」

 

 

 

自分に一声かけてから踵を返す。

今はただがむしゃらにやるべきことをやり続けて走り抜けようと彼女は決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュケイオンの入り口に巨大な馬車がこれまた普通の数倍もある黒く艶ややかな馬にけん引されて到着する。

魔物化した馬のレベルは何と220で下位の竜に匹敵する怪物馬だ。

音速とまではいかずとも時速200キロを超える速度で何時間も平然と疾走できる彼らはこういった時、隠密かつ高速で移動するのに便利であった。

 

 

 

 

周囲にも同じく巨大な馬を駆る護衛の騎士たちが展開している。

武骨で装飾が一切ない鎧は外見こそつまらないものの極限まで機能性を高めた一品だ。

アリストテレスが提供した果実により彼らのレベルもまた240から270という破格の域にある。

 

 

 

ガラガラと騎士が折りたたまれた階段を馬車の前で展開し、扉を丁寧な手つきで開く。

のっそりとした動作で中より顔を出したのはクラウン帝国皇帝、アルカス帝だ。

人類最大最強の国家を統べる男はルファスを認めるとニッコリと笑いながら感極まったのかとてつもない大声を上げた。

 

 

 

「おおおおおおおお!! 吾輩が来た!!!」

 

 

 

「何と素晴らしい都か!! 民は強く、活気に溢れておるわ!!」

 

 

 

戦太鼓を叩いたような重厚な声で彼はリュケイオンを称賛する。

気安い世辞や社交辞令ではない心からの言葉であった。

ビリビリと声だけで大地を揺らし窓ガラスを震わす皇帝を見てルファスは相変わらずだなと苦笑した。

 

 

 

人を称賛する時は大きな声で。

人の悪口を言う時はもっと大きな声で。

それがアルカスという男の在り方なのだ。

 

 

 

「そして若人よ」

 

 

ドン、ドンと大地を揺らしながらルファスに近づく。

巨人の血を引いている彼の身長は少女の倍以上はあるため必然的にルファスは彼を見上げる形になった。

 

 

 

「済まなかった」

 

 

 

勇者とアリストテレス。

それはたった二人に全てを背負わせてしまった男の懺悔だった。

決して言葉にしないが彼は全て知っている。

 

 

そしてこれから己が何をするかも。

 

 

 

潤んだ瞳には本気の涙があった。

少なくとも人の悪意に敏感なルファスが「心からこの人はプランの死を悼んでくれている」と思う程には彼は本気だった。

太くゴツゴツした指は見かけからは想像できない程に繊細な動作でルファスの手を取り包んだ。

 

 

 

 

「お心遣いありがとうございます」

 

 

 

当たり障りのない言葉でルファスは返せばアルカスは一瞬だけ苦渋を浮かべたが直ぐに笑顔に切り替わった。

軽くルファスの肩に触れてから何も言わず部下たちを従えて歩き去っていく。

 

 

 

(……)

 

 

 

断じて悪人ではなくルファスもアルカスが嫌いではない。

しかし心を許す気にはなれなかった。

犠牲が前提の勇者をミズガルズに呼び込んだことを決して忘れてはいない。

 

 

 

アルカスは善人だ。

しかし帝国と人類の為ならば平然と彼は他者を切り捨てるだろう。

プランがベネトナシュとその家族にしたように。

 

 

リュケイオンはいまのところその切り捨てられる側に入ってはいないが、それでも警戒は消えない。

 

 

プランを失った事でルファスの心は本人でも測りかねる程の猜疑心に満ちている。

絶対の味方を失い、己の居場所を知らぬ間に危機に晒された少女の心はささくれ立っていた。

さながら今の彼女は自分の縄張りを荒らされた獣か魔物の様だ。

 

 

 

今ルファスがやっているのは出迎えだ。

プランの葬儀に足を運んでくれた各国の大物に対して愛想をふりまき、感謝を述べる仕事である。

一般の者からするとただの受付ではと思うかもしれないが、貴族の世界ではとても大事な儀礼であった。

 

 

 

 

次にやってきたのはムカデの如き姿をしたゴーレムだ。

【全地形対応型移動用ゴーレム】を更に発展させ、重武装&高速化させたソレはアルカスの馬にも負けない速さで移動可能だ。

プルート国の文様をはっきりと描かれたソレはドワーフの重役を安全に運ぶために運用されるゴーレムであった。

 

 

 

ガコンという金属の蓋が開かれるとそこから顔を覗かせたのは毛深く彫りの濃いドワーフ──モリア王である。

 

 

 

「久しぶりやなあ! げんきしどったか?」

 

 

 

王は常人には妙な訛にしか聞こえない古いドワーフの言語でルファスに声をかけた。

そんな彼を見て微かにルファスの心が綻ぶ。

モリア王には幾度も世話になっているのもありアルカスに比べれば警戒は緩める事が出来た。

 

 

 

「この通り」

 

 

 

薄く微笑んで流麗な仕草で礼をする。

さすがはやはり大貴族の血が流れているというべきか少女の仕草は恐ろしい程に華があった。

モリア王もまたアルカスの様ににっこりと笑い髭を撫でる。

 

 

 

 

……王としての彼はアルカスと同じく一瞬でルファスの状態を見抜いていた。

プランという掛け替えのない存在を失ったせいでこの巨大な力を有する少女が安定性を欠いていることを。

判ってはいたが、やはり相当に心身共に疲れているようだ。

 

 

 

募る話は多々あれど、今は共にアリストテレス卿の死を悼もうと彼は考えた。

ノッシノシと梯子を伝ってゴーレムから降りると、そのままルファスの横を通り過ぎて行った。

 

 

 

 

次に来たのはミョルニルから派遣されたベネトナシュの代理を任されるロイであった。

ロードスさえ超える文句なしのミズガルズ最年長の老吸血鬼は格でいえばベネトナシュ王と同等のものがある故に誰も文句など出る筈もない。

枯れ枝の様に細身かつ長身の彼はベネトナシュの名前を聞いた瞬間微かに身構えたルファスに対しても温厚かつ知的に接しそのまま会場へと向かっていくのだった。

 

 

 

てっきりベネトナシュ関連で嫌味でも言われるのかと心の準備をしていたルファスは呆気にとられた顔でそれを見送るしか出来ない。

彼女は深く知らないがミョルニルにおいてはプラン・アリストテレスとピオスに恩を感じる者も多く、人間種ではあるもののこの両名を見下す吸血鬼はいないのだ。

それに何よりロイという男にとってもプランはミョルニル復興に助力をしてくれた男というのもあった。

 

 

 

その他にも多種多様な貴族や大物商人などが会場へと向かっていくのをルファスはひたすら頭を下げたり愛想を振りまいたりして歓迎を続け……。

 

 

 

翼が大きくざわめく。

心臓が恐ろしい音を立てて脈を打った。

羽根が音を立てて硬質化し、刃物の様な鋭利さを帯びた。

 

 

 

無意識に戦闘態勢に入ろうとするのをルファスはすんでの所で止めた。

【威圧】を使わなくともレベル1000の彼女がやる気を出すだけで周囲一帯にとてつもない圧が降りかかってしまうからだ。

意識して戦意を打ち消し、一体何でこんなことになったのか原因を探ろうとして───。

 

 

 

 

 

───ジスモア・エノクがこちらに向かってきているのを見てルファスの思考は停止した。

 

 

 

 

よく考えなくともおかしな話ではない。

プランとジスモアは種族を超えた友情で結ばれており、よく会談などを行っているのを多くの者が見ているのだから。

そんな彼が友の死を知って葬儀に参加するのは当たり前だ。

 

 

 

 

ルファス(ジスモア)は完璧な笑顔を張り付けた。

まるでプランがそうするように。

 

 

ルファス(ジスモア)は完璧な動作でこの()を出迎えた。

まるで初対面の迎賓に接する様に。

 

 

ルファス(ジスモア)は大きく黒い翼(白い翼)を広げた。

何も隠す必要などないのだから。

 

 

 

「初めましてジスモア卿。此度は師の葬儀に参加いただきありがとうございます」

 

 

 

「此方こそ丁寧な挨拶、ありがとう」

 

 

 

ジスモアもまた傍から見れば温厚な男が浮かべる優し気な笑みでルファスに応じた。

細められた瞳はまるでガラス玉の様に無機質でなにも感情がなかったが。

彼の背では立派な白い翼が煌々と光を反射して輝いている。

 

 

 

 

「それでは失礼するよ」

 

 

 

深く深くルファスは頭を下げて見送った。

それだけだった。

2年ぶりに父の顔を見て、産まれて初めて普通に会話したというのに何も思えない。

 

 

きっともう二度と話す事もないだろう。

何なら会う事さえないかもしれない。

 

 

最初で最後の親子の会話を終えたルファスの心は寒々としていた。

まるで他人と話すかのような。

それも好きでも嫌いでもない、どうでもいい他人と。

 

 

改めて娘は理解した。

自分には母はいても産みの父はいないんだと。

そして育ててくれた人ももう居ない。

 

 

 

(本当に……終わってたんだな)

 

 

 

プランはもしかしたらいつかと思っていたかもしれない。

ルファスとジスモアは長寿の種族で、この深い亀裂もいつか時間が解決してくれるかもしれないと期待したこともあったのかもしれない。

しかし現実はこうだった。

 

 

 

ルファスとジスモアは親子としても一人の人間同士としても破綻しきっていて、絶対に再構築など不可能だ。

更には二人が愛したアウラも既にルファスを選んだことであの男は完全にルファスとは無関係の血の繋がった赤の他人である。

 

 

 

チラッと微かに頭を上げて遠くなっていく父の背中を見る。

真っ白な翼に豪華な衣装。

彼女が苦しめられた時からあの男は何も変わっていないし変われない。

 

 

 

憎々しさはある。

アレは意味不明な理由で母を殺しかけたクズだ。

しかし今日だけは、少なくともプランとのお別れをみんなが済ませるまではあの男の存在をルファスは認可してやることにした。

 

 

念のため懐に忍ばせておいたコミュニケーション・カードで母に連絡を入れておく。

絶対に近寄らない事と、護衛のカルキノスと離れない事を念入りに伝える。

数秒の沈黙の後「判ったわ」と返ってきてルファスは少しだけ脱力した。

 

 

 

ふと隣を見る。

そこには既に誰もいないが、もしも彼がいたらどんな顔をしていたのだろうか。

申し訳なさそうに謝るかもしれないし、無表情で首を横に振るかもしれない。

 

 

 

さて、もうひと踏ん張りだとルファスは一息つく。

彼女も家族との永遠の別れをすませなくてはならない。

どれだけ受け入れられなくとも現実は変わらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プラン・アリストテレスの葬儀から暫くしてヴァナヘイムが襲撃されるという事件が起きる。

魔神族の一団が天翼族の本拠地を襲撃し無数の魔物を放つという大事件である。

幸いにして国王を始めとした王族に被害者はいなかったものの、会談の為に集まっていたジスモアとその一派が襲われ全員が死亡。

 

 

 

妊娠していた妻と共に当主ジスモア・エノク卿は死亡しエノク家はここに断絶することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀の閃光が駆け巡る。

無数の魔物がその度に細切れの肉片となって飛び散った。

彼らはきっと己が死んだことにさえ気づいていないのだろう。

 

 

「ぇ」

 

 

呆然と亜人が声にもならない掠れた吐息を漏らす。

どういうことだ、何が起こったと周りを見渡す。

音さえも遅れて聞こえてくる。

 

 

また仲間の魔物が微塵にされ、その後に骨肉が切断される音が響いた。

音などという余りに遅いモノは既に置き去りにされていた。

 

 

 

1秒の1万分の1程度の時間で既に千を超える魔物が惨殺されていた。

運よく生き残った者は訳が判らなかっただろう。

瞬きを一回しただけでうじゃうじゃといた仲間たちがバラバラに変り果てていたのだから。

 

 

9の首を生やした未完成のラードゥン複製体が刹那もかからず解体されていく。

網目状に寸刻みにされ、この全長100メートルを超える巨竜は数万のサイコロステーキへと変り果てた。

 

 

 

 

 

何が起きているか誰にも判らない。

ただ一方的に殺され、踏みにじられる。

それが竜王に従った者の末路であった。

 

 

 

亜人の視界がズレる。

首を落とされた彼は痛みさえ感じる間もなく絶命した。

最後に見たのは美しい銀色の髪をたなびかせた少女の後ろ姿だった。

 

 

 

あぁ、確かこの娘は───とそこまで思考したところで彼の意識は永遠に闇へと沈んだ。

 

 

 

 

主であるラードゥンが帰還しなかった彼らは当初は魔物にしては忍耐強く王の帰りを待っていた。

しかし10日、20日と経過しても一向に戻らない状況にしびれを切らした魔物達は主の号令を待たずに総攻撃を開始しようとしていたのだ。

実際これは人類存亡の危機であった。

 

 

 

 

最低でもレベル300の魔物と亜人の軍団。

複数のアイガイオンに夥しい数の竜たち。

更には何体かは完成した竜王の複製も擁するミズガルズ第四帝国軍はまごうことなきミズガルズ最強の軍隊であった。

 

 

 

数十万を超える魔物達が一斉に南下を開始し……そんな彼らの前に立ちふさがったのはベネトナシュだった。

かつてミョルニルでラードゥンに一度は殺された少女は空中で腕を組みたった一人で総数百万にも届きうる魔物たちを見下ろす。

 

 

 

見下ろす。

そう、この身長150センチにも届かない小娘は己の何十倍も巨大な魔物共を歯牙にもかけていない様に見下ろしていた。

瞳には全く熱が宿っておらず、それどころか光もない。

 

 

 

うんざりした様子さえそこには宿っていた。

やりたくもない単調な仕事を永遠に押し付けられた若者の様なものだ。

 

 

 

 

ミョルニルにおいて彼女の脅威を目の当たりにした者はたじろいだ。

ごく一部ではあるが逃げ出した者もいた。

あの時はラードゥンが殺してくれたが、何せこの吸血姫は一撃でアイガイオンを叩き落としていたのだから。

 

 

 

大多数の魔物たちはベネトナシュの外見を見て鼻で笑った。

あえて彼女が気配を抑えていたというのもあるが「何だ、ただの小娘じゃないか」と。

更には一度は竜王に殺されたという事を知る者がいたのもそれに拍車をかけてしまった。

 

 

 

結果は皆殺し。

ほんの微かな食い残しはあったかもしれないが竜王が苦労して作り上げた軍団は壊滅し、彼の夢は潰えた。

 

 

 

無数の屍の上に少女───吸血姫は佇む。

何とも呆気ない感覚に彼女は顔を顰めた。

 

 

 

レベル1800の彼女にはもう誰も並び立てない。

何ならこのまま魔神王を相手にしても勝てる可能性の方が高い。

やろうと思えば彼女はミズガルズの全てを灰にすることも、圧倒的な力で統一することも出来るだろう。

 

 

 

何の意味もない仮定にベネトナシュは空を仰いだ。

また、居なくなった。

 

 

 

憎々しいが必ず殺すと決めたラードゥンも、奪うと決めたアリストテレスも。

残ったのは人類共同体を率いる盟主としての立場だけ。

 

 

 

彼女は手に超高密度に圧縮した魔力で【銀の矢放つ乙女】を形成しその切っ先を大地に向けた。

これを放てばミズガルズは粉々に砕け散り何もかもが終るだろう。

全て死ぬ、誰も彼も。そうすれば今すぐに楽になれるのだ。

 

 

 

脳裏をよぎったのは自分に追いついて見せると語った民たちの姿だった。

 

 

 

「クソッ……」

 

 

 

魔力を霧散させ魔法を消す。

 

 

 

虚しく吐き捨て、ベネトナシュは何の面白みもない世界を生きることを余儀なくされた運命を呪うのであった。

しかし彼女は己が思っているよりも遥かに責任感が強い女だ。

それを投げ捨てる事だけは出来ない。

 

 

 

 

永遠にプランに負けたままだという現実に焼かれながら吸血姫はいつか来る迎えを待つことになる。

250年以上先の未来、かつては侮った女に負けるまで彼女の憂鬱は続く。

 

 

 




これでジスモアも退場です。
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