ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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本編が色々と重い展開ですので気晴らしに数話だけ吸血姫ルートを投稿します。
まだプロットの練りも甘いですがどうぞ。


番外 吸血姫ルート(おためし版)
ベネトナシュ 状態異常 “麻痺”


 

 

ミズガルズ歴2534年

 

 

 

無数の屍の上に一人の少女が佇んでいる。

腰まで伸びた銀髪、真っ赤な瞳、真っ黒なマントを始めとした黒い装い。

10代前半程度の少女にしか見えない彼女の名は“吸血姫”ベネトナシュという。

 

 

 

少女は何の感慨もない瞳で周囲を見渡す。

何の面白みもない戦い、というよりは作業であったが。

爪にこびり付いた血肉を振り払い、濃厚なソレを微かに舐めとる。

 

 

何時もの事だが不味い。

自分は吸血鬼という種族であるがどうにも彼女は血を啜るのが好きではない。

だって啜るたびに強くなってしまうから、ただでさえ退屈な世界がもっと色あせてしまうから。

 

 

 

 

周囲に散らばる魔物の残骸はかつては群れであった。

どれもこれもレベル300から350程度を誇る極めて高レベルの魔物達でボスに至っては500近かった。

下手をしなくとも国の一つや二つは軽々と滅ぼせる怪物たちだった。

 

 

 

しかし彼らはもう死んでいる。

たった一人の少女の手によって絶滅させられたのだ。

“獅子王”が支配する大陸に侵入したベネトナシュはいつも通り無造作な大虐殺を繰り返し、繰り返し続け、気が付けばレベル700へと至っていた。

 

 

 

 

「チッ……」

 

 

 

不機嫌な顔で舌打ちをする。

遠くに感じる“獅子王”の気配は今だに己より上である。

アレを狩るのはもう少し先だと彼女は決めた。

 

 

 

彼女は戦闘狂ではあるがバカではない。

世の中では“四強”だとかつまらない括りに入れられてはいるが、残りの三者に比べればまだ実力的には数歩劣っているという自覚はあった。

レベル1000とレベル600……いや700か。

 

 

 

 

残り300の隙間を埋めるまであとどれくらい掛かるかは判らないがその時になったら彼女は己に並ぶ三名を狩るつもりだった。

手はじめに“獅子王”を殺すかどうかと考えてはいたが所詮はただの予定であり未定でしかない。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

何の光も宿らない、世界に何の興味ももっていない無機質な瞳で屍を一瞥し背を向ける。

余りの素早さによって血に塗れる等と言う無様はないが、それでも今はシャワーを浴びたい気分だった。

 

 

 

 

タンっと大地を少しばかり強く蹴れば全ての景色が後方へと消え去り時間はその歩みを圧縮される。

音を遥かに超越した亜光速移動が可能なベネトナシュはやろうと思えば惑星中のあらゆる個所に一瞬で移動できる。

しかも全身を魔力で包むことにより無駄な破壊やら衝撃波なども最低限へと抑えられる。

 

 

 

 

光に並んで走るベネトナシュの姿は正しく銀色の閃光だった。

誰よりも早く、誰よりも美しく、強い。

産まれながらの覇者にして超越者の卵、それがベネトナシュだ。

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、姫様」

 

 

 

ほんの10秒たらずで大陸をまたぎ、一年を通して夜であるミョルニルに戻れば出迎えるのはロイだ。

老いた吸血鬼は今まで通り主の勝利を祝いつつ手際よく段取りを進めていた。

 

 

 

 

「湯あみの用意は出来ております。食事も」

 

 

 

ロイの言葉が終る前にマントを脱いで投げる。

雑多に放られたソレをロイはいつもの事として受け止めた。

何とも礼儀のない行為であるがそれも彼女がやれば絶対者の威厳ある行動になってしまうものだ。

 

 

 

 

「此度は如何でしたか?」

 

 

 

「何も変わらん」

 

 

 

下らない事を聞くなと言わんばかりに冷たく返し、ベネトナシュは颯爽と無駄に広い浴場へと向かった。

湯あみは彼女の灰色の人生において数少ない楽しみなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たっぷり2時間かけて身を清めた吸血姫はようやく己の寝室で寛ぐことが出来ていた。

上昇したレベルを持て余しながらベネトナシュはラフな格好でソファに身を預けている。

唯一少しばかりは気を許せる相手であるロイが見計らった様なタイミングでワインと甘い菓子類を持ってくる。

 

 

 

「こちらに失礼します」

 

 

 

 

テーブルの上にトレーを置いてから、もう一つロイは多くの名前が書きこまれた紙をベネトナシュに差し出した。

手づかみで菓子を口に放り込みながらベネトナシュは彼に纏めさせたミズガルズの強者リストに眼を通す。

 

 

 

 

“剣魔”ライナス。

 

 

既に殺した。

 

 

ライナスはレベル130の辻斬りだった。

正に剣に狂った男ではあったが人を見る目はなかった。

何せベネトナシュを只の小娘と侮り一太刀で仕留めてやるなどと宣ったのだ。

 

 

 

結果は言うまでもないだろう。

ベネトナシュの爪はライナスをまるでサイコロステーキの様に細切れにしてしまったのだから。

全くつまらない、戦いにさえなってなかった期待外れだった。

 

 

 

 

 

“槍聖”ロイド。

 

 

 

既に倒した。

レベル120の槍遣いで、その技量は目を見張るものがあったのは確かだ。

しかし悲しいかな、基礎スペックの差がありすぎて戦いにもならなかった。

 

 

 

こいつは特に殺す理由もなく興味もなかったから叩きのめした後に放置したのをベネトナシュは覚えている。

あの後で生きているか死んでいるかなど興味もない。

 

 

 

 

更にペラペラとページを捲るが何一つ興味を持てない。

今の彼女は竜や“獅子王”の領域に生息する怪物しか相手にしていない。

それに比べれば人類などどいつもこいつも雑魚で小粒だ。

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

適当に開いたページにあった名前にベネトナシュの目線が止まる。

そこに記されていたのは数年前に代替わりした貴族で、人類の間ではそこそこの有名人だ。

 

 

 

“プラン・アリストテレス卿”

 

 

 

「アリストテレス家の当主ですな。姫様が戴冠なされた時も当時の者が参列しておりました」

 

 

 

「興味ない。どうせ雑魚だ」

 

 

 

 

捕捉を入れてくるロイに憂鬱気に返しつつベネトナシュは窓から覗く満月を仰いだ。

既に人類に彼女は諦めきっている。

竜や高位の魔物に比べれば人などどれもこれも雑魚だ。

 

 

 

 

人に可能性などない。

人に期待などしない。

100年ほど生きてきたベネトナシュの出した結論はそれだ。

 

 

 

 

「しかしながらこの一族……奇妙な噂も多くあるようです」

 

 

 

ベネトナシュが聞くかどうかはともかくとしてロイはアリストテレスにまつわる多くを語り始めた。

プルートを作る際に多くの助言をしたやら、かつての当主はミズガルズに多くの騒乱を招いたや、クラウン帝国の黎明時代においての悪行など。

1000年前の話など人間からすれば歴史でしかないが、彼はそれらを見て知っている故に信憑性は非常に高い。

 

 

 

実際彼から見ても当時の帝国拡大速度は異常としか言いようがなく事実だろうなと確信していた。

 

 

 

「……ふん、だから何だ。噂など当てにならん」

 

 

 

吸血姫は鼻で笑う。

彼女は己しか信じていないからだ。

自分で見て決めた判断こそ絶対で、他者の意見や見聞に耳を傾けるつもりなどない。

 

 

 

ベネトナシュからすれば人類など自分と似た姿をした猿だ。

猿の鳴き声を聞き分けるなど馬鹿らしく、他より少しだけ優れた者がいても所詮は猿でしかない。

 

 

 

 

「まぁいい。気が向いたら試してやる」

 

 

 

 

コキコキと細い指を鳴らして遊びながらベネトナシュは吐き捨てる。

期待など何もない。

とりあえず3秒もったら殺さずに見逃してやるか、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

何が起きた?

どうなっている?

何をされた?

 

 

 

ベネトナシュは意味不明な現実を前に瞳を揺らし続ける事しか出来ない。

手足に力が入らない、どれだけ力を込めようとピクリとも動かない。

本当に小さなミスリル製の針が的確に神経節に打ち込まれており筋肉を麻痺らせていた。

 

 

 

無様な芋虫の様な姿で彼女はアリストテレスの屋敷、その庭に転がっている。

 

 

 

両手両足に一本ずつ。

たった四本の針で吸血姫は身動きを奪われていた。

今まで状態異常にかかったことなどない彼女はこれをどうすればいいかなど判る筈もなかった。

 

 

 

呆然とした顔で何とか視線だけを上げれば極寒という言葉さえ生ぬるい程に熱のない蒼い目がベネトナシュを見ていた。

強者の瞳であり死者の眼でもある。

背筋を伸ばして礼儀正しく直立した男──プラン・アリストテレスは何を考えているか判らないほどに昆虫染みた視線を吸血姫に向けている。

 

 

 

彼はベネトナシュのことを見下ろして観察している。

だというのに口元だけは張り付いた様に微笑んでいるのが何ともアンバランスで不気味だった。

仮にこれからベネトナシュを殺したとしてもこの男は眉一つ動かさないだろう。

 

 

 

殺し続けた人生において己の番が来た。

ベネトナシュの置かれた状況はそれに尽きる。

 

 

“死”

それも絶対に逃れられない。

他者に己の命を握られた状況に少女は思わず唾を飲んでいた。

 

 

 

「フレンド! お怪我はありませんか?」

 

 

 

陽気な声が響く。

プランの隣には褐色の肌をした陽気な青年が立っており、先にベネトナシュからプランを庇って一撃を受けた腹部を押さえていた。

余りの威力の一撃だったせいか衣服の一部は弾き跳び、紫色に変色した腹筋が覗いている。

 

 

 

しかしそれでも耐えていた。

さすがに力の殆どを失った今の状態であと数回ベネトナシュに殴られれば危ないが一撃だけなら耐えられるほどに彼は頑強なのだ。

 

 

 

彼の名はカルキノス。

数カ月前にプランに救われ、彼に恩を返すという名目で従っている魔物だ。

 

 

 

骨が何本か折れている筈なのにそれでも彼はプランを心配していた。

そんな男を観てベネトナシュは更に頭を傾げる。

いったいなにがどうなっている?

 

 

 

(こいつは人間じゃないな……魔物だ)

 

 

一目でベネトナシュは青年の正体を見抜く。

自分に比べれば薄いとはいえ漂う気配は人のモノではなくれっきとした魔だ。

 

 

 

しかし何で人と魔物が一緒にいる?

【モンスターテイマー】で眷属にしたわけでもないというのに。

まさか人と魔物がそういった打算や契約を抜きに友誼を結ぶなど彼女の世界には存在しない概念であるから答えは出る訳もない。

 

 

 

 

「大丈夫。何もないよ」

 

 

 

男──アリストテレス卿は微笑んだままカルキノスにポーションを渡すと次にベネトナシュを見て……恭しく頭を下げた。

勝利した存在が敗者にそういうことをするのは挑発と取られてもおかしくはないが、彼はそういう事への理解が薄い。

 

 

ただの一貴族である自分の前に一国の王が現れた。

であるのならば礼儀を示さなくてはという無機質な理屈で動くだけだ。

 

 

 

「誇り高き吸血鬼たちの国、ミョルニルの王、ベネトナシュ様とお見受けいたします」

 

 

 

 

「っっ!」

 

 

 

思い切り奥歯を噛み締めたのは己の素性を知られていた事への驚きか、はたまた血液が沸騰する程の屈辱からか。

こいつは、この男は、この意味不明なナニカは、私を敵とさえ認識していない。

路傍の石ころとして見ている、そんな現実を前にして否定できない己の弱さにベネトナシュは戦慄いた。

 

 

 

「此度は誠に申し訳ございませんでした。直ぐに麻痺を解除いたします」

 

 

 

凄腕の外科医の様にアリストテレスは容易くベネトナシュの動きを戒める針を引き抜き天法で処置を施す。

先までの硬直が嘘の様に吸血姫の肉体は自由となった。

押し込みすぎたバネの如き勢いで彼女は飛び跳ねてアリストテレス卿から距離を取った。

 

 

 

「何をしたっ……!」

 

 

余りに間抜けな質問だと自覚してはいるが聞くしかない。

先に彼女を無力化する際にプランがやったことが全く判らないのだ。

麻痺針を手足に打ち込んだという結果は判っているが、問題はどうやって、だ。

 

 

 

注意はしていたはずだ。

ベネトナシュには強者故の傲慢さと隙はあるが、それでも戦闘時に手を抜く事などしない。

どうせ今回も期待外れだという冷えた感情と共に数十キロ先からプランに飛びかかり……とびかかり。

 

 

 

蒼い目が自分を見返してきた。

その次に異変を感知したカルキノスがプランの盾になり……その後が判らない。

銃を取り出して何かをして、気づけばあの様だ。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

アリストテレス卿は微笑むだけだ。

普通に考えて己の手の内を明かすはずもない。

当たり前の対応にベネトナシュは歯ぎしりする。

 

 

 

 

ゴクゴクとポーションを飲みながらもカルキノスは友とベネトナシュから視線を外さない。

もしもまたこの少女が友に襲い掛かるのであれば全力で彼は盾に徹するだろう。

しかしそんな彼をプラン・アリストテレスは手で制した。

 

 

 

【アクベンス】は非常に便利で応用性に富んだ技であるが今は必要ない。

確かに“吸血姫”は素早いが行動が単調で判りやすく、戦術の欠片もない有象無象でしかない。

彼女が装備する『収奪者の爪』と吸血姫の装備一式及び種族の自動HP回復を見てアリストテレスはベネトナシュの戦法を見抜いていた。

 

 

 

 

亜光速で飛びまわり、目にも留まらない速度で連撃を叩き込む?

装備効果と攻撃時によるHP回復で実質無限の体力?

まぁ、子供の頭ではよく考えた無敵になる方法だなとアリストテレスは微笑まし気に笑っている。

 

 

 

 

とりわけ一人の男が最も深く笑っていた。

己の息子の性能に絶対の自信を持つ彼にとってはプランのすばらしさを証明するまたともないチャンスに映ったのだ。

殺せとまではいかないが叩きのめせ、屈服させろ、何なら楽しんでもいいと凶悪に囁くがプランは微笑んで流すだけだ。

 

 

 

これからの予定などもあるにここは手早く帰ってもらうべきだと考え、彼にとっては普通の、ベネトナシュにとっては屈辱としか言いようがない言葉を羅列する。

 

 

 

 

「後日ミョルニルに正式に謝罪の文をお送りいたします。ですのでどうか此度は」

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 

最後まで言わせずベネトナシュはプランに飛びかかった。

終始敵として見られていない、脅威に思われてさえいない立ち振る舞いは彼女の血液を熱くさせた。

しなやかな筋肉が活力を産み、全力で飛びかかる。

 

 

 

 

格上の竜ぐらいにしかやったことのない本気の殺害行動だった。

余りの素早さに彼女の認識する時間はズレ、一秒が一週間にも一か月にも感じる程に引き延ばされる。

警戒を絶やさずにいたカルキノスでさえ反応できない領域の攻防はレベル221であっても瞬間的に八つ裂きになる次元の攻撃だ。

 

 

 

 

此処に至ってベネトナシュは完全にプランを殺すつもりであった。

落ち度もない人間の領主を殺すという事がそれなりに大事であるのは知っているが、ロイならば上手く片付けてくれるだろう。

 

 

 

 

蒼い瞳が吸血姫を見ていた。

冷ややかな呆れと乾いた無感動だけがあった。

瞳の中に映る自分の姿は果たして本当にそれだけか。

 

 

 

 

 

(獲った!!)

 

 

 

黒い喜びを兼ねた確信を抱く。

ちょっとした予定外はあったが今回も私の勝利だ。

 

 

 

避ける仕草もアリストテレスは見せない。

じっと見ているだけだが、ベネトナシュはそれを反応出来ていないからだと解釈した。

さっきのは何かの間違いだ、まぐれは二度も起きない。

 

 

 

ジジジと奇妙な砂嵐がアリストテレスの身体に一瞬だけ走る。

吸血姫は知らぬことであるが仕様にない動作をミズガルズが処理しようとして軋んだ結果だった。

 

 

 

 

 

【瞬歩】

 

 

 

 

発動されたのはベネトナシュも愛用する一方向に爆発的に加速し己を射出するスキル。

一気に距離を詰めたい時や逆に間合いを開けたい時に便利な能力だった。

普通は移動する為だけのスキルだし、だれしもがそう思っている。

 

 

 

 

 

発動。キャンセル。

発動。キャンセル。

ははははhhhtどddddd cancel cancel ERRORERROR。

 

 

 

 

時間は限りなく圧縮されているというのに。

亜光速の世界において全ての動作/物事は欠伸が出る程に鈍くなっているのに。

だというのにガクガクガクとアリストテレスの身体だけが恐ろしい速さで痙攣を始めた。

 

 

まだ打ち上げられた魚の方が可愛いと思う程に激しくだ。

ひゅっと余りのおぞましさと理解不能な光景にベネトナシュの口からは吐息が漏れた。

どれだけ戦闘に明け暮れようと根本的な感性は少女のものである彼女からすればこれは一種の……恐怖と生理的な嫌悪に近いものを想起させてしまう。

 

 

 

 

「死ねッ!!!」

 

 

 

 

産まれて初めて感じるソレを叩ききる様に叫びながら爪を振り下ろせば、瞬間的にアリストテレスの姿が掻き消えた。

足も何も動かしていないのにいきなり地面を滑るかの様に直立姿勢で射出されたのだ。

真顔で瞬き一つせずに突っ込んでくる男の姿が吸血姫が最後に見た男の姿であった。

 

 

 

 

亜光速で物体と衝突したらさすがのベネトナシュといえどただでは済まない。

しかし余りに一瞬の出来事だった上に予想外でもあったから彼女は何も反応できず、ぶつかる直前に消え失せた男を探すしかない。

 

 

 

「oh……」

 

 

ただ一人カルキノスだけが眼をパチパチさせて今目の前で起きた意味不明な出来事に頭を捻っている。

彼から見ればいきなりプランがガクガク痙攣を始めたかと思ったらそのままいきなりとびかかってくるベネトナシュに向けて発射され、そのまますり抜けて彼女のすぐ後ろに立っている状況なのだから。

何処に行ったと必死に周囲を警戒するベネトナシュがいっそ哀れであったから彼はスッと少女の真後ろを指さした。

 

 

 

「チィッ!!」

 

 

 

振り向きざまに爪を一閃。

もちろん当たらない。

アリストテレスはベネトナシュがそう動く事を前もって知っていたように一歩分だけ下がっており爪は虚空を掻いた。

 

 

 

 

(殺すっ!)

 

 

 

 

「死っ……ッ」

 

 

 

 

「ね」とは続けられない。

今までに経験した事がない程の激痛と感覚が胸を襲ったからだ。

心臓を万力で直接締め上げられたような、比喩しづらい苦痛であった。

 

 

今までの戦いで手足を欠損した事もある。

しかしそれは吸血鬼の優れた再生能力で問題なく治る傷だ。

これは、今の状況は、何もかも違う。

 

 

 

 

 

「アアアァァア!!!」

 

 

 

血反吐を吐くような悲鳴をあげて転げまわり悶える。

美しい銀糸の髪が土で汚れるのも構わずベネトナシュは苦痛から逃れようともがくが何も出来ない。

 

 

 

彼女には判らないだろう。

麻痺針は筋肉を麻痺させる道具で、心臓もまた筋肉だと。

アリストテレスがちょっとした工夫でベネトナシュをすり抜ける際におまけとして彼女の心臓のツボに一本だけ麻痺針を置いて行ったことなど。

 

 

 

鼓動を刻むごとに針はどんどん奥へ奥へとめり込んでいく。

 

 

ミズガルズにおいての死はHPが0になることだ。

心臓が停まっていてもHPがまだ残っていれば死ぬことはない。

死ぬほどにきつい上に恐ろしい勢いでHPが減る事になるだろうが。

 

 

 

実際アリストテレスの見るベネトナシュのHPはどんどん減っていく。

このままいけば0になるのも時間の問題だろう。

手足を麻痺させることの延長線上の話でベネトナシュは心臓麻痺、心室細動を引き起こされたのだ。

 

 

 

 

「が、ぎぃぃあ……」

 

 

 

歯ぎしりの音を響かせる。

ぶくぶくと泡を吐きながら吸血姫はやがて失神し動かなくなってしまった。

蒼い眼光のアリストテレス卿はベネトナシュのそんな様を声一つ上げることなく終始観察し続けるのだった。

 

 

 

 

全く人間味のない昆虫染みた男をカルキノスだけが心配そうに見つめている。

 

 

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