ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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早いもので連載が始まってもう3か月たったのかと驚いております。


試験

 

 

 

その日、己の執務室でプランは何枚かの報告書に目を通していた。

リュケイオンはマナが豊富な地である故に、魔物などが集まる事も多々あるのだ。

故に彼は周辺の村々に協力を仰ぎ、そういった情報を手早く集めるための情報網を構築していた。

 

 

その網に反応があった事を記した書類を彼は読んでいる。

 

 

 

──リュケイオン北部にあるゲイル火山の近くにおいて魔物の目撃情報が多発。オークなども見受けられる。

──魔神族を見かけた情報は今の所はないが、注意されたし。

 

 

 

「普通はこうなるはずだ……」

 

 

以前の“恐竜”の件を彼は思い出しながら顎に指を当てた。

どうにもプランにはディノレックスの件が引っかかってしょうがなかった。

魔神族にせよ、魔物にせよ、何らかの行動を起こすとこのように自分がばら撒いた網に引っかかる筈なのだ。

 

 

なのにあのディノレックスたちはいきなり現れた。

恐竜には隠密行動をする頭など存在しないというのに、完全に、完璧に、周辺の村々の眼を欺いていたのだ。

アリエスならば判る。この世の全てが敵ともいえる虹色羊ならばうまく人々の眼を躱すことが出来るだろう。

 

 

しかし恐竜は……それも最も貪欲な種であるディノレックスの群れが、一切の食い痕さえ残さず唐突に出現するのは明らかにおかしい。

おかしいといえば、解剖したディノレックスたちの胃の中の消化物もそうだ。

他の恐竜の肉や、溶けかけた鎧、他には家畜の数々もあったが……どれもリュケイオン近郊には存在しないモノたちだ。

 

 

 

嫌な予感がした。

大抵こういう予感は当たると彼は知っている。

リュケイオンの防御を増しておこうと彼は考えた。

 

 

幸い“リンゴ”のストックは多々ある。

これを用いてカルキノスのレベルアップを行うべきだろう。

彼ほど防衛戦に向いた存在はおらず、彼がいるだけでリュケイオンは難攻不落の要塞と化す。

 

 

ちなみにリュケイオンに兵役は存在しない。

【アルケミスト】のクラスを持つプランのゴーレムがその役目を担っているからだ。

自衛団もあるにはあるが、あれらは非常勤の様なものだ。

 

 

 

プランは【アルケミスト】のクラスレベルを100まで収めている。

更にそこに彼自身のレベル221の半分……110を足す事で製作できるゴーレムの最高レベルは素材による限界を考慮しなければ200を超えるのだ。

レベルだけ見れば自分に匹敵するゴーレムを彼は製作できた。

 

 

兵士に払う給料の分を他に回せるというのはとてつもない強みであり、彼が【アルケミスト】のクラスをここまで収めた理由の一つである。

 

 

後は虹色羊という超希少な存在の羊毛というアイテムを用いての【バルドル】の強化案も彼の頭には浮かんでいる。

 

 

原始の理想郷に住んでいた存在の毛は純粋なるマナと非常に相性がいい。

【バルドル】のマナ蒐集能力を更に昇華させてくれることだろう。

もう間もなく行う予定であるドワーフたちとの商談の際に、相談してみようと彼は考えた。

 

 

 

更に複数枚の紙をめくる。

ゲイル火山の件とは別件のオーク被害に対する陳情がそこにはあった。

ユーダリルとリュケイオンの間にある小さな村がオーク被害にあっており、何とかしてほしいとの内容だった。

 

 

既に若い娘も何人か攫われており、放ってはおけない脅威となり始めている。

このまま跋扈を許せば街道の交通にも影響が出始めるだろう。

 

 

 

プランは眼を細めて考え込む。

そろそろルファスに実戦を行わせたいと冷静な部分は述べていた。

レベル60はミズガルズの人類において上位層であり、単純なスペックだけなら彼女の力はかなり強い。

 

 

 

だがしかし今まで彼女は一度も実戦を経験した事がない。

本当の意味で命のやり取りをしたことがないというのは幸運な事ではあるが……。

それでも将来、自分の身を守る為にも一度は経験を積ませるべきだとプランの冷徹な戦闘者としての側面は考えていた。

 

 

 

だが11歳だぞと反対する心の声もある。

強い力を持っているから戦えというのは傲慢ではないかという声だ。

出来れば彼女とアウラ氏にはそういった血生臭い世界からは離れていて欲しいという思いは今も変わらない。

 

 

 

“順番”は誰にでもやってくる。

どれだけ強い力を持とうと、どれだけ栄華を極めようと、いつかは必ず自分が最前列になるのだ。

この法則から逃げるには、そもそも殺し、殺されの世界に関わらなければいい。

 

 

しかしミズガルズではそんな事さえ無視して理不尽に殺される事もあるのが事実だ。

魔神族などいい例である。彼らが人類を害するのに理由などない。

そうあるから、そういう存在だから、人を殺すために殺すのだと意味不明な事を述べた供述も残っている。

 

 

 

……自分の身を守る力は必要だ。

特に彼女の様な長命で、守る者が明確な存在には必須といっていい。

 

 

 

1000年、いや1500年だったか。

プランでも()()でしか知らない年月だ。

そんな途方もない年月の中で母を守り抜くのに力はやはり必要なのではないかとプランは考えだす。

 

 

思考の堂々巡りだった。

戦うべきだという考えと、戦わないで欲しいという思いがぶつかり合って、落としどころが見つからない。

 

 

一息ついてから立ち上がる。

執務は終わっている故に、少しだけ散歩して気を紛らわせようと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

リュケイオンの空は快晴だった。

遠くから子供たちの喧騒が聞こえ、時折風に揺られる水面の音が響いている。

 

 

 

「めっ! めっ! メっ! メェッ!」

 

 

 

屋敷の庭ではアリエスが走り回っている。

ルファスは最初の宣言通りアリエスの世話をしっかりやっており、羊が運動不足にならないように定期的に遊んであげているようだった。

円盤状の薄い木の板を少女が投げてやると、アリエスは犬の様にソレを猛追し飛び上がって空中で噛み取った。

 

 

 

まるで犬の様であるがアリエスはこの遊びをとても気に入ったらしく、眼をキラキラさせながら円盤を咥えてルファスの下に戻っていく。

 

 

 

「よしっ、次は少し高めに投げるぞ? いいな? よーく見ておくように」

 

 

 

差し出された円盤を受け取り、アリエスの頭を撫でながら少女は言い聞かせる。

何度か投げるフリをして“こう投げるぞ?”と予習させてからルファスは宣言通り円盤を高く投げた。

 

 

「あ」

 

 

しまったと言わんばかりにルファスは声を発した。

未だレベル20の感覚で力を使ってしまったが、今の自分の力は単純なレベル計算でも3倍なのを彼女は失念していた。

その結果、円盤は辛うじて目視できる速度で空の向こうへと飛んで行ってしまった。

 

 

レベル60の彼女の腕力は見かけからは想像できない程に強い。

具体的に言うと本気を出せば400キロは持ち上げられる程に。

そんな彼女の“少し”は、ミズガルズの平均的一般人からすれば“とてつもない”に該当する。

 

 

 

一瞬だけ音速を振り切った円盤はキィィインという金切り声を上げながら空へと向かって飛翔し……プランの【サイコスルー】に捕まって空で固定された。

キュルルルと鳴いていた回転音が収まっていき、円盤はゆっくりとアリエスの眼前に降ろされる。

アリエスとルファスが屋敷の入り口を見れば、そこにはプランが立っていた。

 

 

執務明けで少しばかり疲れた様子の彼は右手を振っていた。

そんなプランの姿にルファスは渋面を作り、アリエスは瞳を輝かさせた。

 

 

人並みの知性があるアリエスである。当然「恩」という概念も知っている。

今まで産まれてからずっと悩まされていた毛色を誤魔化すアイテムを作ってくれたプランに彼は心を許し始めていた。

元より虹色羊は人懐っこい生物なのも合わさって、既にアリエスは屋敷の住人には怯えた姿を見せないほど今の環境に馴染んだようだった。

 

 

 

「メメッ!」

 

 

ぱくりと円盤を咥えてアリエスはプランの足元にすり寄る。

彼の目の前でぴょんぴょん跳ねて全身で楽しさを表現し、嬉しそうに「メ、メ、メェ!」と鳴いて己の感情を伝えた。

 

 

「楽しそうで何より」

 

 

何と言っているか判らないが、何を言いたいかは朧に判る故にプランは膝をついてアリエスの頭を撫でてやった。

耳の裏側あたりをくすぐる様に触るとアリエスは心地よさそうに眼を細める。

ゴロンと野草の上に横になり、腹を見せ“ここを撫でて”と羊はねだり始めた。

 

 

「みぇぇ……」

 

 

【観察眼】を発動させてアリエスを見れば、走りすぎたのか左前脚と右の後ろ脚の筋肉の張りが見えた。

まだ初期の初期といった段階だが、放っておけば炎症になりかねない。

 

 

やはりというべきか最後の欄に記入されていた【ラム肉のトマト煮込み】やら【推奨 エスニック・サラダ】各種レシピなどの項目をプランは無視した。

どういうことかアリエスを見ると【観察眼】の情報提示に奇妙なノイズが混ざりこむことが多い。

 

 

 

「少し筋肉が張ってるな……どれ」

 

 

喉と腹を撫でるとアリエスは喜びを表す様に虹色に輝きだす。

そのまま足の付け根と足をマッサージしてやるとアリエスの色の変調は激しくなった。

ちかちかと煩い程に輝き、近くで暫く見ていると眼が痛くなりそうな色彩の暴力がここにはある。

 

 

 

いつぞやアウラを止まらない笑いの底に沈めたアリエスの必殺技である。

全身をカメレオンの様に絶え間なく変色させる羊の姿も既に見慣れたものである。

 

 

ルファスの心の癒しになればと思い飼育を許可したアリエスであるが

思えば自分もかなり入れ込み始めているというか……癒しを得ているなとプランは冷静に自己分析していた。

 

 

微笑みながらアリエスを撫で続けるが、どうやらルファスはそんなプランの姿をお気に召さなかったようだった。

自分と遊んでいたアリエスを取られたからなのか、彼女の怒りに火が灯る。

 

 

 

「おいっ! アリエスは! 私のっ! アリエス!! だ!!」

 

 

怒り交じりにルファスが叫ぶ。

威嚇する様に翼が広がり、眦が釣りあがる。

自分の僕を取ろうとする不届き者に未来の覇王は不快感をあらわにしていた。

 

 

 

「……どうする?」

 

 

「………メ……ェ……」

 

 

アリエスを覗き込み尋ねる。返答はなかった。

既に虹色羊はマッサージの齎す心地よさに夢中になっていたのか、寝息を立て始めていた。

時折足がピクッと震える所を見ると、今は夢の中でルファスと遊んでいるのかもしれない。

 

 

好きに食べ、好きに遊び、好きに寝る。

今のアリエスほど自由な存在はいないだろう。

 

 

「くっ……卑怯な……」

 

 

ルファスは眠りについたアリエスを見ると肩を落とす。

さすがに遊び疲れて眠った羊を起こす気はないのか、彼女はとぼとぼとプランとアリエスの所に歩み寄ると、円盤を拾い上げて息を吐いた。

黒い翼も彼女の心境を表す様に“シュン……”となり、彼女の落胆は誰が見ても明らかだった。

 

 

 

そんな彼女を数秒見つめてからプランは口を開いた。

そういえばレベル60になってからはやっていなかったなと思い至ったのだ。

レベルと数値だけでは見えない部分を見て、本当に外に出していいか知りたいという思惑がそこにはあった。

 

 

 

「ちょうど時間が空いたんだ……模擬戦、やってみるかい?」

 

 

「……!」

 

 

 

自分の言葉にルファスの顔が一気に輝いたのを見て、プランは嬉しく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルファスが乗り気だというのもあり、二人の模擬戦の準備はとんとん拍子で進んだ。

まず一番に声を上げて立ち合いを望んだのやはりというべきかカルキノスだ。

心の底から戦うルファスの姿を美しいと評する彼は、友と美少女の戦いに当人たち以上にテンションを上げて舞いあがっている。

 

 

そして何の冗談かカルキノスは大声を上げてリュケイオン中を走り回り、模擬戦の件を宣伝して回ったのだ。

 

 

 

───youたちのlord・アリストテレス卿がレディ・ルファスとbattleを行います!

 

───レディの華麗なるactionをご覧になりたい方はHalleyして屋敷にどうぞ!!

 

 

結果、屋敷には大量の住人達が押しかけて遠巻きにルファスとプランを見つめていた。

屋敷の庭、向かい合って佇む二人の中間地点でカルキノスは役者の様に声を張り上げて宣言する。

 

 

彼の良く通る声はリュケイオン中に響き渡る程の声量であった。

 

 

 

「ではでは、これよりレディとフレンドのbattleを行いたいと思います! 

 立会人はミーことカルキノスがお受けいたしました!!」

 

 

 

ただの模擬戦にしては大げさすぎるスピーチをかましたカルキノスは観客席に向かってウィンクした……正確にはそこに座っているアウラに対して。

エノク夫人はパラソルの影に置かれた椅子に腰を下ろし、心配そうにルファスとプランを見守っている。

彼女の膝の上ではアリエスが丸くなって未だに眠っていた。

 

 

大物というべきか、アリエスは一度眠りについたら周囲で何が起ころうと中々起きないようだ。

 

 

 

「……プラン様、よろしくお願いします」

 

 

硬い声でアウラが陳情する。

ルファスのレベルの件を知っている彼女からすれば、これから行われるのがただの模擬試合ではないかもしれないと危惧を抱くのも無理はない。

彼女はルファスが傷つくのも、そして万が一があってプランが怪我をするのも、どちらも嫌なのだから。

 

 

レベル60はミズガルズではとても強い力だ。

もう少しレベルが高くなれば、天翼族の精鋭戦闘部隊に入れる程のレベルなのだ。

軍の精鋭部隊と同等のレベルを持つ11歳の少女という現実が如何に異常なものか判るだろう。

 

 

 

しかしてルファスが相対するのはレベル221のプラン・アリストテレス。

人類の中でも間違いなく最高位の怪物であり、更にはレベルという概念さえも覆す力を行使する男。

 

 

「ルファス……無茶しちゃダメよ? あくまでこれも訓練という事を忘れないでね?」

 

 

「…………絶対勝つ、最低一撃は入れて見せる……っ!」

 

 

母の遠回しに自分の勝利を信じていない言葉にルファスの鼻息は荒くなった。

元より負ける気などさらさらない彼女である。

負けず嫌いという言葉が服を着て歩いているような性格のルファスにとってアウラの言葉は断じて容認できないものだ。

 

 

見ていろプラン・アリストテレス、大勢の前で恥をかかせてやると彼女は野心を抱く。

 

 

「皆様ごきげんよう。

 お二人は……やるとしても程々にしてくださいね。

 私の天法とて万能ではありませんから」

 

 

 

念のため呼び出されたピオス司祭が言う。

初老の男もまたカルキノスから呼び出され、教会からわざわざ屋敷にまで足を運んでくれていた。

彼もまたルファスのレベルについての体質を知る身であり、注意深くルファスを見守り続けてくれる存在だ。

 

 

 

1年ごとにレベルを大幅に上げていく少女の情報を少しでも得るべく、今日はルファスの模擬戦を見物しにきたというわけである。

言葉とは裏腹にピオス司祭の様子はとても楽し気であった。

ヴァナヘイムより連れてこられた当初を知っている彼からすれば母に見守られながら師と対峙するルファスの姿は好ましいモノに映るのだろう。

 

 

 

よろしい。よろしい。大変よろしい。

何度も頷きながら手元に用意しておいた塩漬けの木の実を司祭は頬張った。

何だかんだ言って彼もこの催しを楽しんでいるようだ。

 

 

後は街の住人達である。

プランによる統治は基本的に安定しており、よく言えば平穏、悪く言えば代り映えのない日常である。

そんな彼らがこのような面白……否、興味深いイベントに胸を躍らせるのは何らおかしいことではない。

 

 

 

自分たちの敬愛する領主と、可愛らしいマファールちゃんが模擬とはいえ戦う?

いいじゃないか、面白そうだというのが彼らの根底の感情だ。

レベル20程度なら結果は見えている故に誰も来なかっただろうが、60となれば大番狂わせが見れるかもという思いもそこにはあった。

 

 

 

以上が表向きの理由である。

本当の理由は……単純に住人達はルファスを見に来ただけだ。

必死に頑張る少女の可愛らしい姿を一目みたい、いつもは気難しい顔をして、中々近寄りづらい雰囲気を出しているルファスを

合法的に眺める事ができるのならば、こんなチャンスを逃すわけにはいかないという野心である。

 

 

ひそひそと囁く声が聞こえる。

ヴァナヘイムでも行われた行為であったが、そこに宿る感情は真逆だ。

 

 

 

───どっちが勝つと思う?

 

───そりゃもちろん領主様だろ。

 

───いや、番狂わせもありえるかもしれない! 何たってレベル60だぞ?

 

───でも領主様は221だったよね?

 

───可愛さだけならルファスちゃんの圧勝だから……。

 

───彼女は将来とんでもない美人になる。僕は詳しいんだ。

 

───頭、撫でたいなぁ……

 

───元気にマファールちゃんが動いてるだけで嬉しいよ俺は。

 

───おねえちゃん、がんばれー!

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

“聞こえてるぞ”と内心で零しながらルファスはとりあえず純粋に応援してくれた子供にだけ手を振って答える。

今まで悪意の籠った囁きばかり吐きつけられていたルファスは、このように悪意のない囁きを受けると調子が狂う所があった。

 

 

 

(馬鹿ばっかりだ。本当に、リュケイオンには馬鹿しかいない……)

 

 

幾度も抱いた感情をルファスは改めて繰り返す。

 

何であいつらはこんな可愛げのない、お世辞にも愛想がいいとは言えない自分に悪意を抱かないのか彼女にはさっぱり判らなかった。

ヴァナヘイムにおいては黒い翼というだけで存在否定までされていたというのに、リュケイオンに来てからは一度も彼女を攻撃したものはいない。

そればかりか、いつもいつも頼んでもいないのに食料や水やお菓子を寄越す……否、“献上”してくる者ばかりだ。

 

 

 

ルファスは彼らの前で恥だけは晒したくないと決心した。

純粋なレベル差だけでいえば3倍以上ある男との戦いで、実際の所勝ち目など薄いと彼女は知っている。

故に少女はあらゆる全てを総動員することにした。

 

 

 

レベル60。

人類の中において「超人」と称される身体能力の全開は何処にあるか、彼女は知りたかった。

何てことはない。ルファスは己の力が、今どの程度なのかを試したかったのだ。

奇しくもソレはプランの思惑と一致していた。

 

 

 

 

「では最後のcheckをしましょう。

 使用武器は木剣、制限時間はなし。

 勝敗のconditionsは戦闘不能になったら、という形でOKですね?」

 

 

 

「問題ないよ」

 

 

「……あぁ」

 

 

 

カルキノスの言葉に二人が頷く。

ルファスは木製の剣を両手で握りしめ身を低くする。

対するプランは右腕で剣を軽く握りしめ、刃先を斜めに地面に向ける。

残った左腕は腰に回し、背筋を正して佇む。

 

 

始めてみる構えだとルファスは警戒心を抱く。

はた目から見れば優雅ともとれる立ち姿は戦闘に向いているとはとても思えなかった。

 

 

 

これは貴族階級でよく見られる剣術の構えだ。

“フェンシング”の亜種の様なもので、主に一対一の剣闘において高い性能を発揮する構えである。

貴族たるもの、剣術の一つや二つ修めなくてはならないというアリストテレス家の思想をプランは受け継いでいる。

 

 

 

カルキノスが邪魔にならない場所まで去る。

明確な始まりの合図はなかったが、ルファスとプランは互いに“始まった”と悟った。

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

ルファスの翼が一度震えた。

天翼族として持つ飛行能力が発揮される。

ただしそれは上向きではなく、横へと向けてだ。

 

 

結果、彼女はプランへと向けて射出された。

ある種の猛禽類が獲物を狩る際に身体を畳んで高速で襲い掛かる様にソレは似ていた。

 

 

プランが使う【瞬歩】の様に、彼女は自分を打ち出したのだ。

【レンジャー】のクラスを持っていない彼女であるが、その代替として自分の翼を彼女は用いている。

彼女はプランの言葉を守っただけだ。己の発想を否定しない、という言葉を。

 

 

 

時速100キロを超える速度でルファスはプランへと飛びかかった。

 

 

 

「ハァァ!」

 

 

 

息を吐くタイミングと攻撃の瞬間を合わせる。

身体中の筋肉が同期し、全ての力が横薙ぎの一撃に注ぎ込まれた。

狙うはプランの右わき腹だ。

木剣とはいえ、この一撃を受ければ臓器が破裂してもおかしくはない威力がそこにはあった。

 

 

 

迫る一撃を前にプランは無表情で佇み……軽くジャンプした。

自分の腰あたりまで垂直飛びするなど、容易い事である。

剣が何もない空間を横切る瞬間、その刀身に足をつけて、もう一度跳ねる。

 

 

子供が縄跳びでもするかのように彼はルファスの攻撃を踏みつけ、宙で一回転して少女の背後へと降りた。

曲芸師染みた動きを見せられた見物者たちから「おぉ!」というどよめきが上がった。

 

 

 

「知っている! 避けられるなんてことはなぁ!」

 

 

 

ルファスは吠えながら己の翼に意思を込める。

天翼族の浮遊能力を行使し、身体を急停止させる。

更には小柄な肉体を活かしてくるっと180度急転回。

 

 

殺しきれなかった速度は片手を地面に叩きつけ、がりがりと爪先で大地を削り取りながら相殺する。

超人の肉体はその程度では傷らしい傷を負わず、彼女の爪は屋敷の庭に亀裂を刻み込んだ。

 

 

ブーツで大地を蹴る。

ドォンという空気の壁が震える音と共にルファスは背を向けるプランへと飛びかかった。

浮力を発揮させる翼を折り畳み、螺旋槍の様に身体を捻りながら男へと挑む。

 

 

同時に剣士の攻撃スキルである【クイックレイド】を発動。

一発一発の威力は低い代わりに隙がなく、連射に重点を置いた剣戟だ。

彼女はソレを捻りながらプランへと容赦なく叩き込む。

 

 

 

一秒間に12発の速度でプランへと細い剣筋が飛翔する。

プランはただ【観察眼】を使いながら振り返る。

世界の時間が分割される。

数式が浮かび上がり、それぞれの攻撃の威力や命中確率などが出てくる。

 

 

 

倍率は一番低出力の60分の1秒(1F)であった。

 

 

結果ルファスの攻撃は5Fに一撃という非常に遅い攻撃へと変わる。

これはとても遅い。

プランにとっては欠伸が出る程の攻撃速度だった。

 

 

一歩だけプランはあろうことか踏み出した。

右に、左に身体を僅かに揺らす。それだけで剣線は空しく虚空を切った。

自分の身体に命中するであろうソレも手首のスナップを利かせた木剣を正確に振るって叩き落す。

 

 

早すぎず、遅すぎない速度であった。

プラン・アリストテレスの戦いには貴族としての優雅さがあった。

無駄に動かず、余裕を崩さず、淡々と戦術を実行していく強者としての戦い方がある。

 

 

何処をどう叩けば最低限の動作で最高の効率を得られるか、彼には全てが見えている。

飛び散った【クイックレイド】の余波が庭にいくつものヒビを入れた。

観客たちは自分たちの領主の力を改めて目の当たりにし固唾を飲む。

 

 

 

 

「ちっ!」

 

 

舌打ちしたルファスは己の攻撃全てが無意味に終わった事を悟りながらも攻撃を止める気はなかった。

己の身体をコマの様に回しながら切りかかる。

またしてもプランはルファスの攻撃を容易く避けると思ったが……彼は【サイコスルー】を発動させた。

 

 

不可視の念力、力場を行使したのは己の剣に対してである。

見えない保護膜の様なモノが木剣を覆った。

これは【サイコスルー】と【観察眼】の合わせ技である。

 

 

 

 

そんな剣がルファスの攻撃を受け止めた。

 

 

爆音が響き、周囲の地面に亀裂が走る。

しかしルファスは奇妙な手ごたえを感じた。

一点に叩きつけた筈の攻撃が、そこに込めた破壊力がまるで()()したような……。

 

 

レベル60の全力の叩きつけである。

本来ならば両者の武器が粉々になっていてもおかしくはないのに、剣は軋み一つ上げていない。

 

 

「将来【エスパー】のクラスをいつか取るといい。

 コレの基礎技である【サイコスルー】は本当に便利な技だからね」

 

 

プランは微笑みながらルファスにアドバイスしていく。

彼にしては珍しいクラス構築への助言だった。

ルファスの頬に冷や汗が伝う。

 

 

意味の分からない事をされた少女は噛み締めた歯の間から掠れた声を出した。

 

 

 

「何……を、したんだ……」

 

 

「君の攻撃に込められた破壊力を【サイコスルー】で掴んで方向性(ベクトル)を操作したんだ」

 

 

認識できるものを掴んで操作する【サイコスルー】と【観察眼】の合わせ技だよ、と素っ気なく種明かしをする。

プランの言葉にルファスは答えなかった。

言われた言葉の意味はなんとなく分かったが、同時にソレがとてつもない理不尽だと思った彼女は叫びを上げた。

 

 

 

「───アァァァァァァ!!」

 

 

全力で、なりふり構わず剣を振り回す。

技巧も何もあったもんじゃない乱撃が男へと叩き込まれる。

【クイックレイド】【パワースラッシュ】などなど、ルファスは使える全てのスキルを行使し全身全霊で男に挑んだ。

 

 

弾かれる。

弾かれる。

受け止められる。

受け止められる。

受け流された。

受け流された。

 

 

 

「このぉぉぉぉオオオオオオ!!!」

 

 

全く届かない現実を前にルファスは自らを鼓舞する様に叫んだ。

レベル差よりも、もっと根本的な所で彼と自分は違うのかもしれないと思いながらも彼女は足掻く。

 

 

しかしあらゆる攻撃を無機質に捌きながらプランは微動だにしなかった。

右腕の、肘から下だけを動かしルファスの全力の攻撃を軽々と受け止めていく。

木製の剣が衝突しているというのに火花が上がるが、彼の身体は小動もしていない。

 

 

 

 

降伏するかい(諦める)?」

 

 

 

何時もとは違う冷たい目でルファスを見ながら言う。

しかし少女はそんな男を真っ向から睨み返しながら吠えた。

 

 

「嫌だ! まだ私は戦える!! 馬鹿にしているのか!?」

 

 

 

全く折れていないルファスの瞳を見て、プランは微笑んだ。

なるほど、と頷く。

もともと判っていたことを再確認しただけだったなと彼は自嘲した。

 

 

ならば、とプランは本格的に戦闘態勢に入った。

青い眼が輝きを増す。【観察眼】の倍率が変わった。

 

 

 

1秒が60分の1から600分の1に分割される。

当然プランの身体はその世界に順応し、素早くなる。

結果として彼の速さは10倍に加速した。

 

 

横薙ぎ。

振り下ろし。

切り上げ。

足。

腕。

頭。

胴。

 

 

 

あらゆる個所を狙ってルファスの猛攻は続く。

模擬戦という事さえも忘れて、本気の殺意がそこにはあった。

だがそのどれもが片腕で容易く防がれる。

 

 

幼子を大人があしらうという普通の光景である。

師が弟子に稽古をつけているかのような、いつもの鍛錬のワンシーンだ。

 

 

 

ルファスの猛攻の隙を掻い潜りプランの腕が動いた。

【サイコスルー】を纏ったソレは正確に少女の手から剣を弾き飛ばし、少女がソレに反応する前に彼はもう一度動く。

今まで腰に回していた左腕を用いて、武器を失ったルファスの額をトンっと人差し指で叩く。

 

 

 

【サイコスルー】の念波は天翼族の頭脳を強く揺さぶり、前後左右の方向感覚全てを瞬時に奪われたルファスは力なく倒れる。

前のめりに倒れる彼女の身体をプランは抱き止めてやった。

 

 

 

「くっ……そぉ……」

 

 

 

腕の中で無念をルファスは吐き出す。

そんな少女にプランは寸評を行った。

 

 

「ルファスはすごく強くなっているよ。

 天翼族の飛行能力を近接戦闘に応用してきたのはびっくりした」

 

 

 

「うるっ……さいっ……! 勝てなければ……」

 

 

その先の言葉を遮るようにプランは断言する。

何時もより硬い声で彼は言った。

 

 

 

「意味はある。

 必死に考えて努力したのを否定するのは止めるんだ。

 いいかい? レベル()()上げても意味はない。

 これだけは忘れないで欲しい」

 

 

「…………判った。でも、やっぱり……くやしい……」

 

 

 

ぺしぺしとルファスの腕が力なくプランの胸を何回か叩いた後、ぐわんぐわんと回る視界に耐え切れずルファスは眼を閉じた。

脱力した彼女をプランは丁寧に抱き上げてカルキノスに目配せをした。

彼は人懐っこい笑みを浮かべ、大衆に向けて腕を振り上げて宣言する。

 

 

 

「YES! winnerはlord・アリストテレスとなりました! 

 では皆々様、お二人に惜しみない拍手を!!」

 

 

 

自分たちを称える声と拍手を浴びながらプランの胸中では一つの答えが出ていた。

とりあえず、実力も精神力も問題はなし。

その上でルファスがもう一皮むけるためには実戦の経験が必要だと彼は判断した。

 

 

 

(最初はやっぱりオークかな……もしくはフールでもいればいいんだが……)

 

 

 

戦闘能力としてはオークは最初の相手に問題はない。

ただしあいつらは人の言葉を喋るのが厄介な点なのだ。

命乞いなどされたら、ルファスの心に後味のよくないモノを残す可能性がある。

 

 

まだ世界を知らない子供の初陣なのだ。

綺麗さっぱり、勇者が魔王を倒すような勧善懲悪的なものを用意してあげたいとプランは思っていた。

 

 

あとは自分が留守の間、街を守る戦力の点も考えなくてはならない。

ゴーレムを増産するべきだろう。

 

 

 

領主である彼に休める時は余りないのだ。

 

 

 

 

 

 






             
  (V) (V)          
ミ(´・ω・`)ミ

ミーもこんな感じになればone chance 夫人の膝の上に乗れるかも……!


* 現実は全長10m越えのタカアシガニの模様。
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