ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ルファスと出会う前の主人公はこんな奴です。


ベネトナシュの“リベンジ”!

 

 

棺桶の中、ベネトナシュは真っ赤な瞳を限界まで見開いて暗闇を凝視していた。

瞬き一つせず暗黒を見つめている。

瞼の裏に存在する無機質な蒼い光を威嚇する様に。

 

 

 

青光りは何の意思も宿らない瞳であった。

まだ昆虫の方が感情を感じるほどの。

それがずっと吸血姫を観察するように見ていた。

 

 

 

“無価値”

 

 

 

あの男の眼はそんな単語を突きつけてくるのだ。

お前など大したことないと。

 

 

「……」

 

 

完璧に密閉された棺の中は自分の呼吸音しか聞こえない。

普段は意識もしていなかったソレがうるさくてたまらなかった。

 

 

 

 

負けた。

それも完膚なきまでに。

人生で初めての敗北にベネトナシュは内側から燃やされていた。

 

 

 

あの時の無様な自分を思い返すだけで頭の中で何かが切れそうだ。

人はそれを屈辱と呼ぶ。

生涯はじめてのソレをどうすればいいか彼女には判らない。

 

 

 

 

あの後の事は覚えていない。

気付けばベネトナシュはミョルニルに戻されており自室の棺桶の中で目を覚ましたのだ。

しかも妙な事に誰もがベネトナシュはいつも通りの調子で普通にミョルニルに帰還してきたと言っている。

 

 

 

 

自分は気絶していたというのに、その間にまるで誰かが彼女を動かしたかのようだ。

勝手に己の身体を好き勝手された、それがまた吸血姫のプライドを丁寧に削る。

自覚こそ薄いが彼女は己という存在は高貴なモノだという自負はあった。

 

 

 

「アリストテレス」

 

 

 

低く呟く。

意外な事に憎悪はない。

何せ自分から突撃してあしらわれたのだ、逆恨み染みた行為はさすがの彼女も抱かない。

 

 

遂に自分が負ける時が来た。

しかし生きている。

ならばどうするかという問題だ。

 

 

 

どうする?

そんなことは決まっている。

 

 

「プラン・アリストテレス……!」

 

 

 

必ず雪辱を果たしてやると決めた。

少なくとも私を見させてやる、このベネトナシュを。

棺の中でぐっと拳を握り込み決意を新たにする。

 

 

産まれて初めて気力が身体に満ちる。

産まれて初めて誰かを視界にとらえた。

産まれて初めて何かをしたいと思った。

 

 

 

そう、もしかしたら今こそベネトナシュの真の誕生日なのかもしれない。

 

 

 

 

「……まずは腹ごしらえか」

 

 

ぐぅ、という間抜けな音を聞いたベネトナシュは小さく俯いて呟いた。

滅多にしない粗相に本当にここが棺の中で良かったと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アレは何かの間違いだった、とは言わない。

本来一度負けた時点で死ぬのが魔物の世界であり二度目の挑戦など奇跡であると同時に恥である。

しかしそれでもベネトナシュは再びリュケイオンの地を訪れていた。

 

 

 

今度はしっかりと最も力の高まる満月を選び、ないよりはマシ程度に麻痺の状態異常を防ぐアクセサリーもつけてきた。

その名も『満月の指輪』という。

月の満ち欠けに応じてベネトナシュの各種ステータスに補正を与えてくれる上に麻痺と毒も防いでくれる優れモノだ。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

リュケイオンという領地は遠くから見たらただの田舎町にしか見えない。

活気はあるだろうがそれでもミョルニルに比べれば圧倒的に小規模かつ質素だ。

しかしそこに満ちるマナだけは吸血姫を満足させるに足る。

 

 

 

少し目を凝らせば近場の森は薄く発光しており高濃度のマナの流転を感じる事ができる。

マナに満ちたリュケイオンの土地はベネトナシュにとっても心地の良いものだった。

元からそうだったのかもしれないが、ここまでになる為には明らかに誰かの手が入っているなと彼女は直感する。

 

 

 

 

誰がそんなことをしたか? 

考えるまでもない。アリストテレスだ。

あの得体の知れない男ならば何かをしたとしてもおかしくはない。

 

 

 

 

とんっと跳ねる。

ベネトナシュにとっては軽くでもレベル700のソレは瞬く間に彼女を音を超え光の世界に片足を突っ込ませた。

全ての景色が一瞬で後ろに飛び去って行くのをいつも通りに見つめ、吸血姫は近郊の森、その一角に着地した。

 

 

 

今度は呼びつけてやっていた。

さすがの彼女も街中で本気でやり合うつもりなどない。

弱者の命など興味もないが、だからといって積極的に殺す気もないのが彼女だ。

 

 

 

既にそこには一人の男が佇んで彼女を待っている。

悪趣味な鎧とマスクに全身を包み、相変わらず生気のない気配を発してベネトナシュと向き合う。

吸血姫はレベル221の己の半分どころか3割にも満たないレベルの男を警戒し決して十歩以上近づかない。

 

 

 

それでいながら獲物を狙う獣の様に男から決して視線を外さずその周囲をグルグルと歩き回りながら口を開いた。

 

 

 

「貴様は何者だ」

 

 

 

「自分はプラン・アリストテレスという者。

 このリュケイオンの領主を務めております」

 

 

 

返ってきたのは乾燥しきった答え。

平坦な声は口角を吊り上げて喋っているせいか微かに微笑みのニュアンスが混ざっている。

アリストテレスはベネトナシュを前に微笑み、リラックスしながら質問に答えている。

 

 

 

“四強”を前にしているとは思えない態度がベネトナシュの警戒度を上昇させていく。

背中が微かに強張ったのは気のせいではないだろう。

 

 

 

「……お前は私より遥かにレベルが下だ。だというのにどうやって私を倒した?」

 

 

 

「倒す? とんでもありません。運が良かっただけです」

 

 

 

「何せいきなりの事でしたから……無我夢中でよく覚えておりません」

 

 

 

たまたまベネトナシュに麻痺針が命中し、たまたま心臓麻痺が起きた。

プラン・アリストテレスの言う事はつまりこういうことだ。

更にはカルキノスと言う優秀な護衛のおかげでもあると彼が続ければベネトナシュは奥歯を噛み締めた。

 

 

 

そんな彼女を知らずかアリストテレスは今回の落としどころを語り始める。

どれだけ彼女の逆鱗を踏みにじり、プライドをぐちゃぐちゃにするかなど欠片も判らずに。

 

 

 

「今回の件は不幸な事故でした。陛下の偉大なる軌跡に傷など在ってはなりません」

 

 

 

「アレは自分の負けです。陛下の寛大なる慈悲の心によって自分は見逃されたにすぎません」

 

 

 

そういうことにしておこう。

彼の言う提案はつまりこうだ。

 

 

 

プラン・アリストテレスからすれば嘲弄の意図などない。

心から彼は今回の一件で落としどころを探し、本気でコレが良いと思っている。

 

 

 

“吸血姫”を撃退できたのは幸運だったから。

何なら自分の負けだと周囲に宣伝しようとしていた。

自分の醜態を言いふらすなど貴族として本来はあり得ない事だが、相手が“吸血姫”となれば話は別だ。

 

 

 

襲われて生き延びた、という事実があれば十分な箔になる。

それでいてベネトナシュには勝てなかったという事実も合わされば丁度いい塩梅だ。

アリストテレスは余り悪目立ちする気などなく、周辺の秩序を維持できればそれで満足であるからこれでいいと彼は本気で考えていた。

 

 

 

勝利を恵んでやると言っているのだ、彼は。

 

 

 

ミシッという音をベネトナシュは己の内側から聞いた。

恐らくだが血管が何本か切れている。

ドク、ドクと激しい脈動を彼女は己の額から感じている。

 

 

 

 

「貴様……」

 

 

 

犬歯をむき出しにし唸る様に声を絞る。

全身のマナがかつてない怒気に活性化し彼女のステータスに幾重にもバフをかけ始めた。

見下されているというよりは相手にされていない齟齬を彼女は理解したのだ。

 

 

 

だってこの男の瞳は自分と同じなのだから。

あの空虚で諦観に満ちた瞳を毎日鏡で見ている。

つまりプラン・アリストテレスはベネトナシュを歯牙にもかけていないということだ。

 

 

 

 

何の期待もされていない。

己の命を奪うかもしれない捕食者としても、人生に火を灯す出会いとしても、何なら気安く会話できる友としてさえ。

アリストテレスはベネトナシュの全存在をつまらない些事と断言している。

 

 

 

だからこそ彼女は刻む。

戦いの礼儀など拘った事はないが今は別だ。

 

 

 

 

「ベネトナシュ。ソレが私の名前だ」

 

 

 

そう呼べと言外に圧を込めてもアリストテレスには届かない。

 

 

「存じております陛下」

 

 

 

プランは変わらず表面的に張り付けた儀礼で返す。

どうあっても取り合わないという断固たる意思があった。

“四強”等と関わりたくないのだ、彼は。

 

 

 

傍から見たらコントでしかないすれ違いだが両者は本気だ。

遂に我慢の限界を超えたベネトナシュが跳ねる。

もはや言葉を交わす時間は終わり、正真正銘全霊で吸血姫は一人の人間を殺すべく猛る。

 

 

 

 

カチっと音が響き時間がズレる。

今までは彼女しか入れなかった超光速の世界。

この世の全てが動きを限りなく静止させベネトナシュだけが自由自在に動ける上位の領域。

 

 

 

 

しかしアリストテレスはしっかりとベネトナシュを見ていた。

間違いなくこの男は吸血姫の領域に入り込んでいる。

 

 

 

 

 

ベネトナシュは爪を振う。

どんな竜であろうと切り刻んできた彼女の最大にして唯一の武器を。

これを軽く振るだけでどんな相手でも微塵に切り刻み勝利してきた。

 

 

 

ベネトナシュの見ている前でまたもや意味不明な挙動が発生した。

ソレに対してアリストテレスはクルっとタンゴでも踊る様にステップを刻みつつ【瞬歩】を行いひらりと身を躱して軸をずらした。

ここにいるのにここにいない。当たっている筈なのに何の手ごたえも存在しない霧の様な状態である。

 

 

 

今の彼は存在する“軸”が違う。

ミズガルズから少しだけ外れた状態であり微かに遠い所に判定を飛ばしているのである。

金剛石であろうと容易く両断する吸血姫の刃は空しく虚空を掻いた。

 

 

 

「なっ、にぃ!」

 

 

 

まるで蜃気楼を殴っているかの様な感覚に襲われたベネトナシュは驚愕の息を漏らす。

天法かと目を凝らすがアリストテレスが何らかの術を使っている気配はない。

それどころか【瞬歩】以外は何も用いていない現実に吸血姫の頭脳は混乱してしまう。

 

 

 

 

当たっている筈なのに当たっていない。

幻覚でも見ている様だがこれは現実だった。

彼女の考える戦いというのは純粋な力と力の鬩ぎ合いであるが、アリストテレスはそんな事に付き合うつもりなどない。

 

 

 

プランは忙しいのだ。

ユーダリルとの調整やリュケイオンの開発計画、エルフ達との話し合い。

プルートに出荷する鉱石の準備などなど仕事は多々ある。

 

 

 

ミョルニルの王としてベネトナシュがリュケイオンに訪れていれば話は別だが、今の彼女はどう言いつくろってもただの通り魔だ。

アポも取らずに暴れ回る子供に割く時間はあまりない。

そして最速かつ楽に勝てる方法を知っているというのにどうして出し惜しみする必要がある?

 

 

 

 

プランは銃を抜いた。

使用する弾は一発。

計算された量の天力を纏わせて発射。

 

 

 

【バルドル】の機能と併せてマナ弾を放つことが常の彼にしては珍しい実弾攻撃。

 

 

 

ベネトナシュは避けない。

何故なら全く危機感を抱かなかったからだ。

彼女にとってリボルバー銃などというのは一発で一人しか殺せない非効率極まりない弱武器なのだ。

 

 

実際弾速も非常に遅い。

火薬を爆発させて打ち出すソレは本当に欠伸がするほどに遅い。

きっと当たった所で何の問題もないと無意識に彼女は見下してしまった。

 

 

一度敗れて認識を変えたとはいえ、それでも彼女はまだアリストテレスを見下していた。

いちいち相手を狙って撃って装填してというのは彼女からすれば愚かとしか言いようがないくらいに鈍いのもそれに輪をかけた。

 

 

 

銃弾は天力で包まれている。

だから何だと人は思うかもしれないが。

 

 

 

天法ではなく天力というのが重要な部分である。

レベル700にもなるベネトナシュの身体は言わば超高密度のマナ/魔力の塊と定義可能だ。

本来ならば天力を投げ込んだ所で何の意味もなく、ちょっと身体能力が上がる程度にしかならないだろう。

 

 

 

しかし銃弾という尖った物体の先端に1次元的な「・」として天力を集中させれば話は別だ。

弾丸が纏った天力はベネトナシュの肉体を循環する魔力と衝突した瞬間一瞬だけ【エクスゲート】を発生させる。

一秒どころかベネトナシュの圧縮世界の中であっても一瞬程度の時間だ。

 

 

 

 

 

【エクスゲート】は効果だけ見れば空間と空間を繋ぐ術であるがその本質はもうひと捻り違っている。

これの本質は世界を構成する天力と魔力の網模様を解く術なのだ。

つまり本当に一瞬だけベネトナシュというユニットが持っている防御力、この場合では表皮に【エクスゲート】が挿入され孔が空いた。

 

 

 

 

痛みはない。

これは物理的な破壊ではなく対象を構築する概念そのものが微かに解けただけなのだから。

そも1ミリにも満たない程度の開通など吸血姫にとってはダメージともいえない。

 

 

 

ミズガルズの修正作用とベネトナシュの再生能力が働く事により瞬間的に【エクスゲート】は霧散し吸血姫の身体は元通りとなった。

一発の弾丸がベネトナシュの体内に置き去りにされたまま。

 

 

 

原理としてはすり抜けの一種である。

相手の表皮が硬く中々狙った個所に弾を届けられないのであれば【エクスゲート】を使ってそこまで回廊を作ってやればいい。

最近出会ったカルキノスという規格外に頑強な魔物に対する保険として考えられた戦法だった。

 

 

 

特に吸血鬼族は高い再生能力を持ち、他の種に比べても心臓を守るための肋骨はとても頑強なので良い練習になったとアリストテレスは思っていた。

先に麻痺針を用いた時と同じ様に処しても良かったが、練習相手として丁度いいとベネトナシュは判断されたに過ぎない。

 

 

レベル700の防御力は今のカルキノスより少し上だ。

纏う魔力量は違うが【エクスゲート】は問題なく開けた。

 

 

 

 

 

少女が不味いと思った時には遅かった。

痛みはないが胸にナニカ違和感を覚え───。

弾丸に施された【錬成】が発動する。

 

 

 

 

【プリズム】

 

 

小さな水晶の多面体、これは照射された魔法を乱反射するアイテムだ。

主に後衛の魔法使いなどが多数を相手にする際に用いる事が多い道具で、そこそこ高価ではあるものの珍しくはない。

ユーダリルがプルートから仕入れを行った時に行けば買えるだろう、一つあたりの相場は大体130エル。

 

 

 

【ソルブレッド】

 

 

 

「日」属性の最下級攻撃魔法。

とてもお手軽かつミズガルズの処理においてもかなり軽い方に類する術なので容易く任意コードで引っ張り出す事が出来た。

吸血姫の体内において【プリズム】に【ソルブレッド】が重ね合わされ、乱反射が開始される。

 

 

無限に当たり判定が発生する。

無尽蔵に。

彼女の6万程度のHPなど一瞬で吹き飛ぶ破壊の嵐であった。

 

 

 

断末魔さえなかった。

そんな暇などない。

 

 

 

「───」

 

 

 

最後に吸血姫が見たのは己の胸から光が噴き出る光景。

瞼の裏まで「日」の光で焼かれたベネトナシュは目の前が真っ白になり意識を失うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

再び目覚める。

場所は変わらず己の棺の中であった。

胸に手をやるが少しだけヒリヒリするだけで穴など開いてはいない。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

無言で棺から起き上がる。

数秒間硬直していたが……我慢しきれずにベネトナシュは頭を掻きむしった。

 

 

 

「あいつぅぅ…………!!!」

 

 

 

ギリギリと歯ぎしりし瞼をこれ以上ない程に見開いて少女は唸った。

舐められている、侮られている、取るに足りない存在だと思われている。

屈辱という炎に全身を炙られるが誰が悪いかなど考えるまでもない。

 

 

 

常々彼女は掲げていたではないか。

勝利者こそが絶対的に正しいと。

 

 

 

全ては弱い奴が悪い。

負けたのだから勝者に生殺与奪を握られるのは当たり前。

殺されなかったのだから感謝しろ。

 

 

 

 

「ああ゛あああ゛あ゛ああ゛あ゛あああ!!!」

 

 

 

 

悔しいという感情を心から理解した吸血姫は地団駄を踏み、まるで子供の様に喚き散らすのだった。

 

 

 

 

絶対に殺す。

いや、殺すなど生ぬるい。

首輪をつけて永遠に飼ってやる。

 

 

 

勝つまで挑む、ベネトナシュの中に黒い炎が灯った瞬間だった。

 

 

 

3戦目。

 

 

 

 

 

「死ねぇえええっッ!!」

 

 

 

 

いつもの場所、森の一角で己を待っていたアリストテレスにベネトナシュは出会い頭に【銀の矢放つ乙女】をぶち込んだ。

全身全霊、己の魂と憤怒と今までのうっ憤全てを練り込んで作ったソレは少女の人生において最強最大の破壊力を秘めている。

100m以上にもなる超巨大な「月」の魔力矢はもしも地面に着弾すれば周囲数十キロが消し飛ぶほどの災禍を齎すだろう。

 

 

 

 

完全に頭に血が上った故の蛮行であったがアリストテレスは動じない。

彼は懐から空き瓶を取り出し天力と【サイコスルー】による念力場を纏わせる。

 

 

 

カツン。

そんな音と共に一切の抵抗なく瓶で撃ち返された【銀の矢放つ乙女】は向きを反転させベネトナシュに向けて突き進んだ。

 

 

空き瓶を使えば大抵の魔法なんて無力化できるのはアリストテレスにとって常識だ。

彼からすれば聖剣やら神剣等と言った名前だけは大仰な武器よりよっぽど空き瓶の方が可能性に満ちていて素晴らしいアイテムだ。

 

 

 

「は?」

 

 

 

己の腹部に深々と突き刺さった魔法を見てベネトナシュは呆然と呟く。

何が起きたのか意味が判らない。

相殺するにせよ防ぐにせよ、もっと劇的な攻防を期待していた彼女は呆気なく己の必殺技が返された現実を前に思考を止めた。

 

 

 

「───は?」

 

 

 

ピカっと矢が爆縮を開始したのを見てベネトナシュはもう一度同じ言葉を吐いた。

そんな馬鹿な、必殺技だぞ、これで倒せなかった存在はいなかった───。

 

 

その日、リュケイオン近郊で綺麗な花火が見れたという。

 

 

次の日、案の定ベネトナシュはミョルニルで目を覚ます事になる。

 

 

 

 

 

 

4戦目。

 

 

 

 

今度こそと挑んだベネトナシュを出迎えたのはアリストテレスと予備の【バルドル】の二人であった。

どういう原理なのかは判らないが男は己のゴーレムを手足の様に巧みに操る事ができるようだ。

更に物陰から二体ほど【バルドル】を模したゴーレムが出てくる。

 

 

 

各々が手に持つのは銃ではなく巨大な砲。

武骨で威圧感に満ちたヘビィなキャノンだった。

そんなもの私に当たる訳がと思考し、そこで少女の意識は千切れ跳んだ。

 

 

 

────ドゥエドゥェドゥエドウェ

 

 

 

己の上下に【サイコスルー】による反発力場を形成し速度を貯める。

その状態で物体を射出すると溜まった速度の数値が射出物に適応されるのは有名な話だ。

光速の99.999999999%の速さというのは今のベネトナシュでも見切れない領域の話だ。

 

 

 

彼女がレベル900から1000程の力をもっていれば結果は変わっていたかもしれないし、変わらなかったかもしれない。

 

 

 

轟音と閃光。

限りなく光速と同等の速度で撃ち込まれた弾は易々と少女の身体を貫通し胴体にぽっかりとした大穴を開通させた。

本当ならここから拡散弾などを始めとした祭りを開催する予定だったのだが一瞬で終わってしまい【バルドル】たちは無言で銃を降ろす。

 

 

 

 

 

 

 

●●回目。

 

 

 

 

塩というものに攻撃力が存在し、吸血鬼という種族はそれを振りかけられる事によってそれなりのダメージを受ける事を吸血姫は知った。

誰が言ったか【THE・塩ド】

ナメクジでも退治する様な扱われ方であった。

 

 

 

……調味料に彼女は負けたのだ。

初めて己の出生というものを彼女は恨むことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベネトナシュはぼーっと思考を停止した顔で月を見つめている。

いつも通りリュケイオンを訪れた彼女であるが此度は戦わずアリストテレスの屋敷の一角にある椅子にドカッと座り込んでじっと星空を眺めていた。

常に自信に満ちていた瞳は光を失い、その顔には生気というものが全くない。

 

 

 

諦めてはいないし折れてもいない。きっと、多分。

しかしどうすればいいか彼女は判らなくなり始めていた。

何回も何回も何回もあの手この手で負け続ければさすがの彼女も考えを検める。

 

 

 

「どうぞ。sweetなモノがお好きと聞きましたので」

 

 

 

「……………」

 

 

カタンと置かれたケーキと紅茶を見て、それを置いてきたカルキノスを見上げる。

陶器の様な瞳のベネトナシュに対して彼はいつも通りの様子だった。

 

 

 

「…………………もらおう」

 

 

 

屈辱に焼かれながらもそれはそうと美味しそうな茶菓子を拒むほどに落ちぶれてはいないベネトナシュは黙々と甘味を味わった。

ケーキは普通に美味しく少しばかり精神力が回復する。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

食べ終わった後は再び星空を見つめ始めて動かなくなる。

これは重傷だなとカルキノスは近づいてくる気配に思いを馳せた。

 

 

 

(どうしたものでしょう)

 

 

ベネトナシュは友をいきなり襲った問題児ではあるがさすがに最近の扱われ方はかわいそうなものがあった。

幾ら何でも口の中に岩塩の塊をぶちこまれてHPを削られるのは哀れすぎる。

鬱陶しいナメクジを始末するような処され方で彼女は負けたのだ。

 

 

 

……リュケイオンのトップはプランだ。

これからの彼が彼女をどう扱うかを見てからどういう風にフォローするか決めようと彼は思った。

 

 

 

 

「陛下。容態は如何でしょうか?」

 

 

 

入室してきたプラン・アリストテレスはいつも通りの微笑みを張り付けた顔で、いつも通り貴族らしい気品ある仕草でベネトナシュを案じる。

いや正確には案じる男を演じているというべきだ。

瞳には何の感慨もない。無機質で一切の熱というものがない。

 

 

 

蒼く凍り付いた水晶玉の様な目線を向けられベネトナシュの顔が歪む。

どれだけ叫ぼうと決して届かないと彼女は判っている。

だってあの眼は自分のソレと同じなのだから。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

沈黙で返す。

骨が軋むほどに強く己の膝を彼女は握りしめた。

頭が沸騰しそうになるほどに熱いが言葉には出来なかった。

 

 

 

今の自分は惨めでしかない。

 

 

……この際だ負けるのはいい。

しかし自分という個人を見ていない瞳が彼女にとっては余りに屈辱的で、残忍としか言いようのない仕打ちなのだ。

 

 

 

誰も見てくれない。

あの眼は種類こそ違えど父/母/きょうだい/と同じだ。

ベネトナシュという個人ではなく彼女が持つ力とか、彼女が有する王位でしか人を判断していない。

 

 

 

 

そんな彼女の内心など知らずアリストテレスは更に無慈悲に言葉を続けた。

しかし彼からすれば悪意はない。

確かに幾度も襲撃を受けたのは面倒だったが吸血姫の血液などと言った希少なサンプルを得られたのだから。

 

 

 

だからこれはアリストテレスにとって最高の感謝の様なものだった。

 

 

 

「陛下、自分は降参いたします」

 

 

 

ベネトナシュの肩が震え、カルキノスが「oh……」と頭を抱えた。

フレンド、貴方って人はと彼は叫びそうになるのを頑張って堪えた。

余りに惨いとしか言えない仕打ちであるがきっとフレンドは気づいてないのだろうと彼は知っている。

 

 

 

 

「既にミョルニルに文を送りました。近い内に各国に広まる事でしょう」

 

 

 

内容は簡単。

プラン・アリストテレスは吸血姫ベネトナシュに襲撃され、命乞いの末に助命されたというものだ。

吸血鬼たちのメンツもこれで保たれ、先に言った通りベネトナシュの無敗伝説は終わらない。

 

 

 

アリストテレスとしても問題ない。

命乞いの末とはいえベネトナシュに襲われて生き延びたという事実だけでもかなりの利益になる。

良くも悪くも“四強”の一角が負けたという報はとてつもない影響力になる事を考えるにコレが一番の落としどころだとプランは考えていた。

 

 

 

 

ただ一人、ベネトナシュの心がズタズタになることを除けば誰も損をしない最高の結末で……。

 

 

 

 

限界だった。

まだ首を晒された方がマシな仕打ちだった。

 

 

 

「……ふざ、ける゛なあ!゛」

 

 

 

濁り切った悲鳴を彼女は上げた。

怒声ではない。

身勝手で人の事など考えもしない大人たちに翻弄された少女の叫びだった。

 

 

 

「私が、いつそんな事をっ……!! 勝手なことばっかり!!!」

 

 

 

俯き震える。

産まれて初めて敗北し、産まれてからずっと翻弄され続けた少女の心は遂に限度に達した。

無数に刻まれた断裂が一気に崩壊し崩れていく。

 

 

 

 

「大嫌いだっ……どいつもこいつも……!!」

 

 

 

 

塞ぎ込んだ少女は心の内に溜まりにたまったうっ憤を撒き散らしながら小娘の様に泣いていた。

100年間生きてきて最初で最後の落涙であった。

 

 

 

そんなベネトナシュを見てアリストテレスだけが呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

涙を流す子供の扱い方を彼はまだ知らない。

 

 

 




ベネトナシュは本当に可愛いですよね。
つい筆が乗ってしまいました。


勝敗はともかく彼女が一番主人公にダメージを与える方法はミョルニルの王としてリュケイオンを訪れるか、もしくは世界中に己が負けたと宣伝すればよかったのかもしれません。


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