ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
アリストテレスの屋敷は空き部屋が多い。
一応は貴族としてしっかりとした作りの家を建てはしているがプランは殆どの部屋は使っていない。
自室と研究室、後は寝室ぐらいしか彼は使わないのだ。
それはそうとそんな屋敷の一室、つい先ほどまでは空き部屋だった部屋の前にプランとカルキノスは佇み頭を捻っていた。
硬く閉ざされた扉の向こう側にいるのは“吸血姫”ベネトナシュだ。
あらゆる尊厳を踏みにじられ、いつかは運命の相手が迎えに来てくれると淡い期待を抱いていた夢を木っ端みじんにされた少女は一室に引きこもってしまっていた。
ゴゴゴゴゴと扉から発せられる気配は全ての者を拒絶している。
部外者、特にプランが扉を開けようとすればまるで威嚇するように魔力が放たれ、それでも扉を開けて入ろうとすれば家具が飛んでくる始末だった。
使っていないとはいえアレはかなり高い家具なのだがとプランが思ったのを誰が責められる?
傷ついたのならばミョルニルに帰ればいいじゃないかと思うだろうが世の中は正論だけで動いてはいない。
元よりミョルニルが好きでなかったのとアリストテレスを少しでも困らせてやろうという意地が混ざり合った結果こんなことになっている。
「いいですかフレンド。まず前提としてフレンドは悪くありません」
カルキノスは人差し指をぴんっと立ててプランに説明していた。
とりあえずこんな状況になってはいるがプランに落ち度はないと彼は断言する。
ベネトナシュの行動はどう言いつくろっても通り魔でありプランは襲われた被害者だ。
特にあの巨大な魔法──カルキノスは【銀の矢放つ乙女】を知らない──の対処を間違えていたらリュケイオンは吹き飛んでいてもおかしくはなかった。
それを考えるとカルキノスからすればベネトナシュに好意をもてなくて当然だ。
それはそうとあの落涙に至るまでの友の対応もよくはないと彼は考える。
好き嫌いやら功罪やらはとりあえず脇に置いてカルキノスは友に今のベネトナシュにどう接すればいいかを説いた。
深海でずっと砂の底に引きこもっていたとは思えない程に彼のそういった能力は高い。
「しかしながら今のレディの状態はとってもBADです!
思う話はありますでしょうが、ソレは今はresetして考えましょう!」
「自分は怒ってはいないよ」
何やら自分がベネトナシュに対して怒りの感情を抱いていると勘違いされていると思ったプランは一つ訂正を加える。
ここ最近の吸血姫の襲撃に対しても彼の心は欠片も揺らいではいない。
アリストテレスからすれば本当にどうでもいいのだ。
来たら撃退してサンプルを回収した後にミョルニルに戻せばよく、来ないならそれはそれでいい。
回数をこなすたびにベネトナシュの敗因が悲惨になり続けた原因がこれだった。
既にアリストテレスは吸血姫の構造を解析し行動をパターンに落とし込んでいたのだ。
基礎的なテンプレートを作った後はひたすら実行/修正を繰り返せばいい。
第一行動 突撃
第二行動 高速で撹乱しながら斬撃
第三行動…………。
日常を淡々とこなす彼にとってはやるべきタスクが一つ増えた程度では何の問題もない。
だからこそベネトナシュが何故泣いてしまったのかも判らない。
負けたとは言っても本当に命がけのものではなく誰かが死んだわけでもないのだからベネトナシュは何も失っていない。
まぁ移動時間やら何やらは失くしたかもしれないがそれは呼んでもいないのに勝手にやってきた方の落ち度だ。
勝敗についても勝利の名声など興味もないからさっさと譲っただけなのにどうしてあんなに動揺したのだろうか。
命があるのだから故郷に帰って自分の栄光を高らかに宣言すればよいだけなのに。
プラン・アリストテレスからすればベネトナシュは“大人”だ。
100年を生きてきた彼女は自分よりも年上であり、何よりミョルニルの王と言う責任ある立場を務める身だ。
むしろそんな存在を子ども扱いする方が失礼に当たると彼は考えている。
普通ならばこの認識の齟齬には気づかない。
誰しもが仰ぎ見る吸血姫の本性がただ産まれもった力と立場に縛り付けられた子供などとは思えないから。
ベネトナシュ自身も強すぎた故に誰かに弱音を吐く事も出来はしなかった。
目ざとくそこに気付けたのはたった一人だった。
友にそっくりな瞳をした少女の内心をカルキノスはある程度は読んでいた。
幾度叩きのめされようとやってくる様は正しく負けず嫌いな子供でしかなかったから。
あー、これははっきりと訂正しないと拗れますねと彼は判断し直談判することにした。
このままでは吸血姫の性根が変な方向に歪んで碌な事にならないと悟ったのだ。
「ミーからすればレディはchildに見えますね」
「それは流石に失礼にあたる。陛下は自分が産まれるずっと前からミョルニルを統べてこられた御方だ」
カルキノスは「やれやれ」と言わんばかりに伊達でつけているグラスを指でクイッと押し上げてから肩を竦めた。
何ともキザなアクションだったが外見だけは出来る男の彼がすれば様になる。
「ミーは思うのです。レディは確かにミョルニルのqueenではありますが、実際の所はただ担ぎ上げられただけではないかと」
「…………」
アリストテレスの脳裏によぎったのは戴冠式の際の少女の顔だった。
何の気力もなく王としての気概も感じさせない屍の如き容貌を今も鮮明に思い出せる。
ただ生きているだけの顔は今も変わらない。
精神の成熟とは長く生きていればいいわけではない。
数多くの経験や失敗、成功、他者との交流を経て形作られるものだ。
マナと精神は密接な関係がある故にアリストテレスは誰よりもソレを知っている。
では翻ってベネトナシュは?
彼女の精神は果たして成熟していると言えるか?
答えは考えるまでもなかった。
他国にいきなり襲撃を後先考えず行う人物がまっとうなわけがない。
故にプランはカルキノスの主張を認める。
「一理あるね」
「YES! では、とりあえず前提をchangeです!!」
今までプランはベネトナシュをミョルニルの王として敬意をもって接してきた。
それは貴族としての当たり前であり大人としての社交辞令である。
とりあえずそうやっておけば角が立たないという打算もあったが。
※ 女心というのは難しいものだが……お前はそういうのも上手かっただろ?
※ アレはやめておくべきね。面倒な匂いがするもの。
遠回しに篭絡しろと告げてくる父。
更に畳みかける様にベネトナシュの性質を鑑みてやめておけとアドバイスをしてくる女性のアリストテレス卿にプランは微笑んで返した。
魔神族相手にそういうことを練習したこともあるが今は関係ない。
とりあえず前提を変えた上で話をしてみよう。
その為に役立つアイテムもしっかり用意するためにプランは厨房に向かうのであった。
占拠した一室でベネトナシュはベッドの上で膝を抱えていた。
心は相変わらずぐちゃぐちゃで自分でも訳が判らない。
いま何をしたいのか、何をしてもらいたいのかさえ自覚できない。
外は変わらず夜で、朝日が昇るまでもう少し時間がかかるだろう。
月光を浴びながら少女は人生で初めて味わう挫折を噛み締めている。
“敗北”
どうあってもその二文字が重々しく背中にのしかかってくる。
今まで彼女の人生は勝利し続けたからこそ意味があった、強かったからこそ全てが許された。
ミョルニルの王などという実態は何の政治もしていないお飾りだというのに吸血鬼たちが彼女に従うのは強かったからだ。
しかし負け続けた今、彼女は自分の価値が判らなくなり始めていた。
真っ赤になった瞳で少女は虚空を見つめる。
そこに居たのは父と母だった有象無象。
それらとアリストテレスの顔が重なる。
どちらも彼女を見ていないという意味では同じだ。
自分の持つ力だけを見て自分と向き合ってくれなかった人たち。
きょうだい達だってそうだ、同じ血肉を別けた存在だというのに別種と思える程に弱い奴らだ。
どうしてこの世界には自分しかいないのだ、どうしてこんな風に産まれてしまったのか。
考えても答えは出ず……。
扉がノックされる。
ベネトナシュは壮絶な目つきでたった一枚の木の板を睨みつける。
あの扉の向こうにいるのはアリストテレスだ。
おおかた出ていけ等と言うつもりだろうがベネトナシュはこの部屋を明け渡すつもりなどない。
あいつの屋敷だとか、不法占拠だとか、王の何たらとかそんなことはどうでもいい。
嫌だと言ったら嫌なのだ。
意地でも彼女はここを動くつもりはない。
仮に扉の向こうにいるのがロイであってもだ。
「失礼します」
返事がなかったからかプランは扉を開ける。
本来ならば失礼な行為だが、コラテラルコラテラルと彼は胸中で唱えた。
魔力で引き寄せた枕を全力で投擲しようとするが、プランが持ってきたモノを見て動きを止める。
彼が持っていたのは銀色のトレー。
その上には温かいスープに焼き立てのステーキ。
更にはワインなどがあった。
「粗品ではありますが夕餉を献上いたします……ベネトナシュ様」
本来は勝利者である筈のプランが負けたベネトナシュに気を使うなどと言う逆転現象が起きており、吸血姫は一度だけ大きく瞼を閉じた。
ぎゅぅぅうっと額に険が浮かぶほどに強くそうしてから開き……。
「……そこに置け」
もちろん食べるつもりなどない。
だからといって料理を投げ捨てる程に癇癪を起す気もない。
置かせるだけであとは無視するつもりだった。
人差し指で近くにあったテーブルを示せばプランは執事としても通用するほどに流麗な仕草でトレーを置く。
食器の揺れる音どころかワインの表面にさざ波さえ立たせない凄技だ。
プランは恭しく礼をし簡易的な説明を始めた。
「トウモロコシのスープ、ヒレ肉のステーキ。
そしてユーダリルから取り寄せたワインでございます」
更に調理者はカルキノスという一流の料理人だと告げればベネトナシュは額に皺を作った。
こいつは何を言っている? いきなり何を始めたんだと。
「召し上がってください」
「……!」
男の言葉には有無を言わさない圧があった。
ベネトナシュがプランの顔を見れば彼はいつも通り微笑んでいた。
しかし微かに以前とは違う……様な気もした。
「どうぞ、冷めないうちに」
二度、続ける。
間違いない。
これはお願いではなく命令だった。
プランという男はベネトナシュにさっさと食事を採れと命じている。
貴重な食材を用いて作った料理を無駄にするのはゆるされない事だ。
彼は効率を重視する、この世はそれだけじゃ回らない事も重々承知しているが、それでもこれ以上は吸血姫の駄々に付き合う気はない。
自分と彼女の力関係。
そしてベネトナシュの信奉するモノ。
それらを加味した上で歴代のアドバイスを取り入れた結果としてプランは少しばかり傲慢に振舞う事にした。
仮にベネトナシュが暴れようとその時は無力化してミョルニルに送り返せばいいのだ。
で、あるのならばこれ以上の譲歩は必要ないとアリストテレスは判断した。
何せこちらは通り魔の被害者なのだから。
ギリ、ギチと奥歯を砕ける程に噛み締めながらベネトナシュは屈辱と怒りに満ちた瞳でプランを見上げる。
月光に半身だけ照らされた男は蒼い瞳だけを爛々と輝かせてベネトナシュを見ていた。
凍土の氷よりも冷たく、ゴーレムのソレよりも無機質で、死人の様に光のない瞳だ。
しかし……見ていた。
ベネトナシュを。
間違いなく彼は目線でベネトナシュに命令していた。
“いいから早く食事を採れ”
“このままでは話が進まないだろう”と。
その事実を認識し血管が間違いなく数本切れた。
しかし彼女に出来たのはプルプルと拳を震わせる事だけだ。
何故なら弱いのが悪く、プランの態度は当たり前である。
強者が弱者に命じているのだ。
「食え」と。
そういう話になってしまえばベネトナシュに断る権利などなく、暴れたとしてもまた何かされてミョルニルに送り返されるだけだ。
「くっ……そ……」
眦に微かな湿り気を感じながらもベネトナシュは料理に手を付け黙々と食べる。
アリストテレスが誇るだけはある美味であった。
少なくとも急ごしらえかもしれないが王族に出す物として申し分はない。
※ ピローン♪
※ HPが上昇しました。
(オークの)ヒレ肉を食べた事により間抜けな告知音が脳内に流れ、ベネトナシュは更なる屈辱に炙られ壮絶な目つきでアリストテレスを睨みつけながらも食事は続けるのであった。
椅子に腰かけ腕を組んだベネトナシュの前でアリストテレス家六十七代目当主、プラン・アリストテレスは微笑みを張り付けた顔で優雅に一礼をする。
改めて今後の事を話しあおうと提案されたベネトナシュは渋々ではあるが爪を収めて男の計画に乗ってやっていた。
「遅くなりましたがようこそリュケイオンへ。自分はこの地の領主を務めるプランという者です」
「…………」
とりあえず黙って最後まで話を聞くことにしたベネトナシュは無言で続けろと促す。
人の話はしっかり聞く、そんなことは当たり前だ。
それと同時に彼女の発達した感覚は全力でこの人間というべきか悩ましい怪人の情報を集めていた。
世間的には超人とこの男は言われているらしい。
少なくとも表世界においてレベル200オーバーはかなり高い。
並大抵の組織ならば一人で半壊まで追い込めるほどには。
しかし何かが違うとベネトナシュは思っている。
何処がと問われても言語に出来ないが、何かが。
だからこの男は“怪人”だ。
一枚でも多くその秘密のベールをはぎ取ってやると吸血姫は決意する。
強敵相手に誰もがやる情報収集であった。
(相変わらず薄い)
感じるマナの濃度は間違いなく己より格下。
レベル221。
ソレは間違いない。
所持している【クラス】も平均的で、偏りが強いが特筆するものはなにもない。
「ベネトナシュ陛下。貴女様のお噂はこのような僻地においても響いております」
人類最強の吸血姫。
今となっては何とも虚しい称号だ。
しかしとりあえずベネトナシュは意識して冷静さを保って返答する。
「そうか」
他にも何やらプランが美麗な言葉を並べ立てているがどれもこれも空っぽだ。
そう。上っ面だけ。
どんな美しい言葉を連ねようと、どれだけ綺麗な表現を使おうと、この男の言葉には致命的に人の熱がない。
全く全然、生きているのに生きていない。
気持ち悪い程に自分そっくりな生き方。
ベネトナシュには手に取る様にアリストテレスという男の人生観が判ってしまう。
こいつにとっては何もかも灰色の人生なのだ。
そしてそんな生き方しか出来ないと諦めている。
自分とこいつは同じ。
苛立ちを覚えていた事実を完璧に認めれば、恐ろしい程にストンと胸の中にソレは落ちてきた。
(私がこいつを気に入らなかった理由が判った気がする)
鏡映し。
それに尽きた。
鏡像に自分が映っていて、それが醜悪だったら殆どの者は嫌悪を抱く。
絶対に壊せない鏡。
ソレがベネトナシュからしたプランと言う男だ。
だから彼女は決めた。
もう戦わなければコレを見る必要はなくなる。
しかし。
そんな生き方は絶対にごめんだった。
「ベネトナシュ陛下?」
じっと自分を見つめて動かない吸血姫に気が付いたプランは朗々と言葉を排出していた口を一度停止させた。
吸血姫は一度だけ大きく瞬きしプランを真正面から見据える。
少女は立ち上がって見上げる。
まるで宙の星を見る様に。
それだけの遠さが二人の間にはあった。
もう怒りはそこにはない。
この男に比べて弱いのは事実なのだから。
嫌悪もそこにはない。
どれだけ似ていようとプランと自分は違う、変わって見せるとベネトナシュは決めたから。
ただ燃え盛る炎が瞳の中にある。
プランが決して持ちえない生きる目標/野心に染まった眼だ。
予想だにしない不確定要素の挿入にアリストテレス達が笑い、プランは微笑みを消した。
とてつもない厄介事に巻き込まれつつあると直感した男は半歩だけ下がった。
しかし残念かな、既に彼は標的にされてしまった。
「決めたぞ。あぁ、そうだ、こんなにも簡単な事だった」
ニィィと犬歯をむき出しにして笑う。
産まれて初めて出た自然な笑顔だった。
攻撃的でありながら情熱的、彼女の属性は「月」の筈だというのにまるで炎の如く。
「何年かかろうが問題じゃない」
彼我の実力差は明白だ。
どれだけレベルを上げようと無意味なほどに。
そもそもベネトナシュは己の敗因さえ判っていない。
こんな状況からたった一回と言えど勝利をもぎ取るのにはどれだけの月日がかかることか。
しかし、しかしベネトナシュはもう吹っ切れていた。
何百、何千、何万回負けようと。
三十年、四十年かかろうと。
必ずその首根っこに爪/牙を届かせる。
そして吸血鬼には眷属作成能力がある。
古の時代から備わっている種を維持/存続するためのセーフティー。
それを用いれば人間を同族に変化させてから細胞を活性化させて若返らせるなど容易い。
「お前を手に入れる。逃がさんぞ」
そして。
私を倒した責任を取ってもらう。
「吸血鬼になれ。アリストテレス」
このルートではもう少し後にやってきたルファスといがみ合いながらも
初期の捻くれた彼女をスパルタ教育するベネトナシュが見れるかもしれません。
それと竜王もスキルの実験の為にベネトナシュではなくレオンの所に殴り込みをかけたりするでしょう。
今後の更新予定。
そして次回更新は少しお休みをいただいて11月9日を予定しております。
また年末は仕事が忙しくなるので隔週になるかもしれません。
本編の次の部ではいよいよ大人になったルファスの活躍を書く予定です。
次回から始まる第三部も宜しくお願いします。