ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
夫を心から愛し愛された彼女は子宝にも恵まれ慎ましいながらも平和で穏やかな日々を送っていた。
───とある女の肖像 1
ルファスの“旅立ち”!
一人の女が薄暗い部屋でワインを嗜んでいた。
開封されたボトルからグラスに注ぎ、軽く見つめてから呷る。
さすがは貴族が特別な時に嗜む特注品、あれから多くの酒を飲んだがコレは格別だった。
しかし足りない。
確かに美味いがそれだけだった。
あの日感じた熱を得る事はもう出来なかった。
女の“芯”ともいえる部分は凍り付いてしまったのだから。
ミズガルズ歴 2796年
アリストテレスと竜王が世界より消え去ってから254年後。
“黒翼の覇王”が世界にその名を轟かせ、その果てに対立する者らが大戦争を引き起こす4年前。
クラウン帝国では9度皇帝が替わり、プルートにおいてもそれと同じ程の代替わりが起きた。
エルフは変わらずロードスが統治者を務めている。
天翼族においてはメラク王子が成人の儀をもう間もなくと控えた時期であった。
ルファス・マファール 271歳。
彼女はリュケイオンで変わらず生活していた。
少し違うのは傍らに控えるアリエスが子羊の姿ではなく中性的な子供の姿を取っていること位か。
黒翼を揺らしながら歩く。
その少し後ろを無言でアリエスが付いて回った。
これから主が何処に何をしに行こうとしているか知っている彼は沈黙を守るのみだ。
何人もの人と道中ですれ違う。
かつてとは比べ物にならない程に街は活気に満ちている。
リュケイオンは大きく変わった。今の領主はアラニアで彼の治世は実に素晴らしい。
250年という月日は地方の田舎をそれなりの規模を持つ都市へと変えるだけの年月だ。
緻密な計算によって区画整理された通りを行くのは人間種だけではなくエルフやドワーフ、獣人などなど。
隣のユーダリルから続々と人が流れ込んできた結果としてリュケイオンは小さなマルクトに成長しようとしていた。
しかしまだまだロードスが目指す域には届いてはいない。
暫く歩けば閑散とした区画に出る。
リュケイオンの主要都市部は湖を埋め立てた地へと移行しておりここは旧市街地だ。
殆どの住民はしっかり整備が行き届き警備も行われる新区画に移動してしまった為、ここには殆ど人は住んでいない。
そんな区画の中にある小さな公園。
子供たちが走り回って遊ぶ程度の場所にかつてルファスが作った碑はあった。
まるで新品の様な光沢を放つソレは国が手入れしているのもあるが、何よりルファスが朽ちる事を許さない様に膨大な天力で補強しているからだ。
これこそ彼女の罪の象徴。
あれだけ大言を吐いておきながら誰一人何一つ救えなかった馬鹿な娘の傲慢の権化だ。
無機質な碑に刻まれた名前を見る度に彼女の心は戒められる。
手にした花束を碑の前に置く。
本当は彼らの命日にしている行為だったが、今日はちょっとだけ違う。
今日、ルファスは大きな決断を伝えに来たのだ。
ルファスは定期的にリュケイオンから離れて世界を駆けずり回っていた。
【イリュージョン】で姿を変え、名前を変え、全く違う自分に己を偽ってこの250年間ミズガルズ中を見て回っている。
意外なのは違う自分を演じるということに対してルファスには天性の素養があったことだろう。
そして知った。
世界はずっと、自分が思っていたよりも悲劇と絶望に溢れている事を。
親を亡くした子供が泣いている姿が珍しくもなく、大切な人を失うなどありふれていることを。
そんな中、一つの大きな知らせをルファスは受けた。
人類共同体の中において限られた者しか知りえない極秘を。
即ち───“竜王”が復活したという報せを。
既にクラウン帝国を始めとした共同体各国では迎撃の準備が急速に進められている。
本格的に竜王率いる軍団との衝突が始まるのはもう少し先の話だとルファスはロードスから聞いていた。
“この話を知らせたのは其方が先走らない様にするためだ”
“よく考えて決める様に”
そういってエルフ王はルファスに何かを求めはしなかった。
人類の為に戦えとも、戦わなくて良いとも。
最新の超越種であるルファスの実力を見抜いている彼からすれば自分が何をしたところでルファスは止まらないと知っているからだろう。
ルファスは考えた。
己の持つ力とやりたい事、同時に母や仲間たちと共に過ごす今の環境を天秤に乗せて頭が割れる程に考えた。
そして……出した答えがこれだった。
「私、冒険者になろうと思っているの」
まるで年頃の娘が家族に告げる様に彼女は言う。
普段の男の様な口調を使う彼女しか知らない者が見れば仰天する程に声音は柔らかく、見せる仕草は外見相応の少女の様だった。
常に堂々と己の意見を口にする彼女は少しだけバツが悪そうに続ける。
“冒険者”という職業は名前こそ夢溢れるものだが、その実は命の投げ売りと表現される程に過酷で、社会的にも下層に位置する職だから。
もしも彼が居たら間違いなく眉を顰めるだろうとルファスは心の何処かで思っていた。
ルファスならもっといい仕事を選べる筈さ。
悪いことは言わない。やめなさい。
254年経とうと彼女の心に焼き付いた者は消えない。
「10年もすれば忘れる」というプラン・アリストテレスの見立ては間違っていたと結論するしかない程に。
「貴方たちは反対するだろうけど……もう決めたんだ」
ちなみに既に母やカルキノスには打ち明けてある。
アウラは寂しそうに微笑み頷いただけだが……カルキノスの反応はルファスをして驚くものだった。
彼は断固とした反対を見せたのだ。
250年以上一緒にいたルファスがこんなに怒る彼を見たのは二度目だ。
それ程に彼は怒っていた。
ルファスが気圧される程に彼は真っ向からルファスの夢に否定を叩きつけて来た。
まるで彼の代理人の様に。
「NOです。ミーは反対です」
「どうしてレディがそんなことをしなくてはならないのですか?」
「レディならば生きていくのに必要なmoneyを手に入れる術なんて幾らでもあるはずです」
「どうかお考え直しを」
カルキノスの瞳には隠し切れない哀しみがあったのをルファスは見抜いている。
同時に自分がどれほどふざけたことを言っているかもルファスは知っている。
カルキノスのいう事は正しい。
ルファスならば戦いなどせずとも十二分にエルを稼げる。
彼女が片手間に作った薬や武具を一つ売るだけで一年は問題なく暮らせるだけの金が入るのだから。
わざわざ冒険者になって己の命を粗末になどしなくとも生きていけるのにルファスはあえてその席を捨てようとしている。
それはアウラを悲しませる事だ。カルキノスが怒るのは当たり前といえた。
それでもルファスは止まる気はなかった。
己の身の振り方を考える時間はたっぷりあった。
世界のあるがままの姿をプランと言う保護者から抜け出して己の目で見た。
かつての勇者が救おうとして救えなかったソレは悪辣さを更に増しているとしか言いようがない。
プランが作り上げた人類共同体に淀みが産まれつつあるのも見た。
ベネトナシュやクラウン帝国などといった有力者の監視が届かない辺境では愚かな人物が暴政を振っているのも見た。
旗印であるベネトナシュが滅多に意見を述べない事からその下についた貴族たちは好き勝手し始めている。
皮肉な事だろう。
人類は平和を得た事により静かな内戦を始めたのだから。
まだ魔神族という脅威が残っているにも関わらず、だ。
254年間の平和の代償は人類の腐敗を招きつつある。
あの日抱いた女神への想いはむしろ強くなる一方だ。
どうしてこんな世界を作ったという弾劾の意思だ。
その為に足りない知識を必死に蓄えた。
経験を積むために世界中の色んな所に足を運んだ。
強くなるためにあらゆる武器に触れ、スキルを学んだ。
経済や政治、種族についても一通り学んだ。
ルファスからすれば理解できないような慣習であっても、まずはその種の思考から考えるべきだという柔軟さを得る事が出来た。
今の彼女には亜人たちと人類の認識のズレがよく判る。
天翼族がどうしてあれだけ白い翼に拘るかも苦々しいが判ってしまった。
かつての神話の時代から続いてきた自負と女神の子という絶対的な自己肯定が欲しいからだ。
つまるところ天翼族は根本的な所では臆病であるというかつてのプランの言葉は正しかったことになる。
彼女が冒険者になった理由は竜王打倒も大きな理由であるが、彼女の夢はその先にある。
“人類共同体”を丸ごと奪い取り作り替える。
つまり、ミズガルズを完全に一つの国家に統合することだ。
世界に散らばったパズルを全てかき集め、組み立てる。
そうやって彼女は女神の座する世界への殴り込みを企てていた。
具体的な方法はまだ判らず、どうすればいいかの検討もつかない。
しかし。
このままではいけないという事だけは判る。
その為にルファスはこの安住の地から飛び立とうとしていた。
子は親から巣立つものだ。
その時が来たのだとルファスとアウラは悟り、カルキノスは拒絶した。
それだけの話だ。
「ルファス様……」
アリエスがか細い声を上げる。
彼にとってカルキノスは親友であり共にルファスに仕える仲だ。
自分と彼でルファスの両腕であると自負するアリエスにとって今の状況は耐えがたい苦痛である。
何よりアウラとルファス、この母子はアリエスの中では常に一緒の存在だった。
さすがは親子というべきか所々が似通っていながらも、同時に対照的な母と娘は深く互いを愛し合っている。
この二人が一緒に居るのはアリエスの中ではもはや当たり前の光景であり、この二人の間に入れるのは一人しかいない。
「心配するな、何とか説得してみせる」
振り返り力強くルファスはアリエスに笑いかける。
カルキノスの説得、とてつもない難易度の話だがやり遂げて見せる。
反対を表明したカルキノスであるが、日常生活の上ではあの時の怒りなど欠片も見せずいつも通りだ。
いつも通りルファス達に美味しい食事を作ってくれたり、力仕事などを率先してやってくれる頼りになる男のまま。
話を切り出すのにも勇気はいるが、もうルファスは決めていた。
カルキノスは確かに強い。
しかしルファスはそれと同じかそれ以上に決めたらやる女なのだ。
頑固者同士が真っ向からぶつかり合えばどうなるか、その絵図がここには展開されていた。
改めて冒険者になりたいと語ったルファスにカルキノスは変わらず淡々と同じ言葉を返す。
決して怒鳴ったり怒りをばら撒いたりなどせず彼はルファスの目を見つめて言い聞かせるように言うのだ。
「NOです。レディ、それだけはいけません」
「もう決めた事だ」
ルファスの言葉に彼は首を横に振る。
絶対に、何が有ろうとソレを受け入れる事だけは出来ないのだと。
平時使ってる奇妙な口調さえ引っ込めて彼は大切な少女を諭す。
「“竜王”ならば吸血姫が倒すでしょう。貴女様が危険を冒す必要はないのです」
「アレは動かない。ならば被害が出る前に私が倒すべきだ」
既にルファスから聞かされていた理由であるラードゥン討伐さえも否定する。
あの存在を間近で感じた事もある彼からすればルファスでさえ勝てるか怪しいと思っていた。
……今のルファスのレベルは2800。
普段はあえて“上限”の内側に収まるまでに力を抑えているが、彼女はもう2枚目の壁を破壊していた。
3枚目も既に捉えており、壊されるのは時間の問題だろう。
かつてはラードゥン/勇者のみが到達していた領域にルファスは一人で到達していた。
無限に胸中で燃え盛る炎に感情という薪をくべてやればそれだけで女神の法は軋んでしまう。
「仮に吸血姫が動かなくとも共同体は多種多様な兵器を保有していると聞きます。
それらの力を以てすれば竜王の打倒も叶うことでしょう」
レベル1000の存在を打ち倒す兵器。
普通ならば夢物語でしかない眉唾なモノだが、実際のところカルキノスの発言は正しい。
何せ兵器の設計者がプラン・アリストテレスなのだから。
250年を経てようやく人類は一人の男の技術を再現しつつある。
竜を中心としたラードゥンの軍団とクラウン帝国は幾度か秘密裏に小競り合いを行っているが、戦況は拮抗しているとロードスは彼らに教えていた。
全面的な戦争になった場合はまだ未知数ではあるが、少なくとも戦いにはなると。
250年以上前から用意されていたアリストテレスの贈り物はいまだに人類を守り続けている。
彼女には見えた。
人類全体という超巨大な規模で敷かれたレールを。
人類共同体。
ベネトナシュ。
兵器の数々。
全ての根底にアリストテレスの残影がある。
しかしどんな強固な組織であっても時間経過と共に腐敗は起きる。
アリストテレスは外部の脅威から人類を守る手段は用意をしたが、内部の問題までは手が回らなかったらしい。
内より腐り落ちていく人類共同体。
それがルファスにはたまらなくもどかしかった。
そして彼女はもう一つ知っている。
それは……この手の安定した文明にはリセットが入るという無情な事実をだ。
プルートの地下で見た巨大な蠍、あれがまたいつ何処かで発生してもおかしくはない。
このままではいけない、誰かが女神の呪縛に囚われたミズガルズに女神でさえ対処できない波紋を起こす必要があると彼女は考えていた。
だが、それでも。
カルキノスは譲らない。
どれだけルファスが夢を語ろうと現実を突きつけてくる。
第三者から見れば少女の夢を否定する分からず屋に見えるかもしれないが、彼は言う。
「レディ。貴女が行おうとしている事は血塗られたroadです」
“そちらに行けば、貴女は人を殺す事になるんですよ”
男の言葉は真理だった。
彼はもうルファスが何を考えているか見抜いている。
260年近く一緒にいるのだ、この娘が何処を目指しているかなど手に取る様に判る。
竜王の打倒などほんの手はじめ。
ルファスの目的はその先にあると。
具体的に何をしようとしているかは判らないが、きっとソレを実現させるためには十や二十では足りない数の命を奪わなくてはいけなくなる。
カルキノスはルファスに人殺しになってほしくはなかった。
かつての友も同じことを言っていたが、彼もプランの言葉には同意だ。
家族の様に感じている娘に殺人などしてほしくはないのだ。
生活するのにどうしてもというのならば判るが、ルファスはそんなことをしなくてもいいのだから。
ルファスは強い。
それこそ竜であろうと片手で軽く捻れるほどに。
だがしかし、出来る事と向いている事は別なのだ。
「……っ!」
人殺しという言葉にルファスは奥歯を噛み締める。
既に彼女は間接的にソレを行っている。
絶対に守る、一緒に居たいと思っていた人々を死に追いやったのは自分だという現実がルファスの心をじくじくと炙る。
カルキノスは微笑みながら頭を横に振った。
アリエスが唇を噛み締めながら親友と主の顔を見やっている。
「どうかこのリュケイオンで末永くお過ごしください」
「ご安心を。どのような脅威が来ようとミーが貴女様たちを必ずやdefenseしてみせます」
それは友を竜王との戦いに向かわせる事しか出来なかった男の本心だった。
彼だってもう大切な仲間を失いたくない。
しかし、それでも。
ルファスも折れない。
どんな悪意や理不尽であろうと立ち向かえる力と勇気を持った娘は、仲間の献身という最大の難問から逃げない。
「貴方の気持ちは嬉しい」
漏れた言葉は間違いなく彼女の本心。
カルキノスとアリエスはもはやただの仲間という言葉では表現できない程に近しい者たちだ。
自分がどんな苦難に陥ろうと我が身を顧みず絶対に助けに来てくれると彼女は確信していた。
今回の件だってカルキノスの主張は間違っていない。
いつか殺人をする覚悟だって本当はまだ決まっていない。
大切な人を失う痛みを知っているルファスは死がどれだけ重いか知っているから。
しかしだ。
ミズガルズはルファスが何もしなくとも死と絶望に溢れている。
彼女がこの先殺すかもしれない人数と、何もしなかった場合の犠牲者数。
果たして多いのはどちらだろうか。
「彼らを失った日からずっと考えてた。私に何が出来るんだろうって」
あの日の記憶は既に無機質な記録に変わっている。
文献には短くこう書かれている。
“リュケイオン領主は領民たちと共に勇者と轡を並べて戦い勝利した”
“竜王を打倒したのは当時クラウン帝国が召喚した勇者である”
何もかもが嘘で茶番だ。
あの日、ナナコはいなかった。
そしてラードゥンが消えたというのに故郷に帰ったという話も聞いていない。
彼らの献身は勇者という希望を際立たせる為のオマケ扱いだ。
だがルファスは本当は知っている。
“勇者”はただの人柱で、竜王との戦いにおいては戦死していると。
真相を探る事をルファスは無意識に止めていた。
きっと知ってしまったら、今度こそ彼女は許せなくなる。
家族への想いを話すナナコを想起するたびにルファスの心は軋んだ。
あんなにいい娘だったのに、あんなに人の幸せを願っていたのに。
恐らく今までの人もそうだったのだろう。
そんな人々の屍の上にこの世界は成り立っている。
だから。
「見て見ぬフリは出来ないんだ」
「見なくていいのです。レディはずっと苦しんできました。……貴女は逃げていいのです」
カルキノスは頭を振る。
やめてくれと懇願していた。
戦わないで欲しい。
誰かに恨まれるような、恐れられるような生き方をしないで欲しい。
人を傷つけて、殺して、それに何も感じないような存在にならないで欲しい。
友としての願いをルファスは痛い程に判っている。
骨が軋むほどに強く拳を握る。
あえて言葉にしないがカルキノスの瞳はこう言っていた。
“アウラ様はどうなされるのですか”と。
ルファスがその力を世界に示せば必然的にその親族にも影響は及ぶ。
父は既に亡く腹違いのきょうだいも死んでしまった今、アウラは唯一の肉親であり最大の弱点となる。
どう言葉を濁らせようと言い逃れなど出来ない。
母子で全く違う名を名乗ろうと、ヴァナヘイムから記録が抹消されていようと、必ず誰かは気が付くだろう。
ルファスは親不孝者だ。
己のやりたいことの為に仲間たちに止められているというのに我を通して母を危険にさらす道を行こうとしている。
更には育ての親の願いにさえ背こうとしている。
言い訳は出来ない。
彼女はいわなくてはならないのだ。
「私は────」
母を捨てる。
ルファスが決定的な一言を紡ぐ前に空気が揺れた。
いつの間にか開かれた扉の前にアウラが立っている。
彼女は微笑んでいた。
天翼族にとっても長い254年と言う年月を顔に刻んだ母はルファスを何時もと同じく見つめている。
言葉はない。
彼女はただ、両手で抱えたソレを娘に差し出した。
「っ……」
ルファスの瞳が揺れる。
たとえカルキノスと決別することになっても我が道を征くと決めた彼女の心だったが、容易く揺れ動いてしまった。
あれはちゃんと隠しておいたのに。
【動きやすい冒険者としての衣服】
【しっかり手入れされた剣】
【小さな何の効果もないお守り】
震える手で受け取り強く強く抱きしめる。
どれだけ強くなろうと、レベルを上げようと、勝てない存在がこの世にはいるのだと彼女は思い知った。
目の前が滲んでよく見えない。
声さえ戦慄き霞んだ。
「ありがとう……」
何とか絞り出して感謝を伝えれば、アウラはルファスを抱擁した。
真っ白な翼で全身を包み頭を撫でる。
ずっと頑張ってきた娘を労う様に。
「ちゃんと疲れたら眠るのよ……あと、肌を晒しすぎるのもダメ……」
冒険者として活動するためにルファスが用意していた衣服の一部、開きすぎていた胸元を閉じたと伝えれば娘は真っ赤に滲んだ瞳で頷く。
「……うん」
そのまま娘は母の胸に顔を埋めて声を押し殺して震えた。
自分はとんでもない親不孝者であるという慙愧に焼かれながら。
そんなルファスはアウラはゆっくりと宥める様に撫でる。
カルキノスが肩を落とし、アリエスがそんな彼に寄り添った。
大丈夫、大丈夫よと何回も告げる。
自分やかつての夫ではミズガルズという世界には勝てなかった。
しかしルファスならばきっと大丈夫だと彼女は信じていた。
そうしながら彼女は思い返す。
もう死んでしまったかつて愛していた人の姿と語ってくれた夢を。
金と種族と技術を翼によって結び合わせ、全ての人類種を天翼族の下に一つにしてみせるとジスモアは言っていた。
───魔物に魔神族、恐竜まで俺たちを脅かしている。
───だからこそ俺たち人類は一つにならなくちゃいけないんだ!
ジスモアは願った。
世界の安寧と人類の統一を。
───皆が苦しんでいる。
───だから、私はこの力を世界を良くするために使いたい。皆を守りたいんだ!
ルファスは決意した。
己の力で世界を変えてみせると。
───俺たちの翼が世界を一つにする!
───我ら天翼族が全ての人類を纏めて導くんだ!
───俺はな、人々が何にも脅かされない世界を見たいんだ。
ジスモアは語った。
世界中を束ねて己の翼で抱擁した理想郷の未来を。
──私は変えて見せる! もう誰も私の様な思いをしなくていいように!!
ルファスは宣言した。
理不尽に対して「仕方ない」と呟いて頭を垂れる世界を終わらせてみせると。
無邪気な笑顔だった。
決意に満ちた顔だった。
とてつもなく困難な夢を前にし、決して諦めずにジスモアは突き進んでいた。
とてつもなく困難な現実を前にし、決して諦めないとルファスは突き進む。
ルファスは否定するだろうが、間違いなく彼はルファスの父と言える精神性を持っていた。
この二人は何処まで行っても親子だった。
ただ一人、取り残されたアウラは思う。
254年間という夢の様な時間はもう終わりだと受け入れ……諦めなかった。
全てが終ったらもう一度娘や友人たちとゆっくりと過ごしたい。
それが彼女の今の夢だった。
お待たせしました。
第三部の開始となります。
2部や1部よりは短めで終わらせる予定です。
この部では原作よりも強化された敵に悪戦苦闘するルファス様や十二星天を描く予定となっております。
拙作を今後ともお楽しみいただけば幸いです。