ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
共に赤子を抱きしめ、明るい未来を誓い合った夫は魔神族に殺されてしまったのだ。
彼女に残されたのはまだ言葉さえ喋れない息子だけだった。
この子の為にも決して諦めない。
女はそう誓った。
───とある女の肖像2
この戦いは勝てるわけがない。
【陽気な小人族】であるフェグダはそう思っていた。
何せ相手は250年以上前にミズガルズを滅ぼそうとした竜王だ。
当時の勇者に倒されたラードゥンとかいう怪物が最近復活し、帝国に攻撃を仕掛けてきたという話を彼は聞いていた。
さすがに復活したてというのもあり昔ほどの勢力を作ったわけではないらしいがそれでも夥しい竜の軍勢を竜王は率いている。
一体一体がレベル500から800にも至るドラゴンがうじゃうじゃと彼の配下にはいるらしい。
噂話の域を出ないがそれよりも巨大な、空を覆い尽くす竜さえ存在するとか。
竜の大軍団。
それがいまクラウン帝国が戦っている相手だった。
だというのに“人類共同体”の最高戦力であるベネトナシュは動いていない。
動く必要がないと彼女は一言で切って捨てたらしい。
明らかな条約違反であるが誰も文句はいわない。
代わりにクラウン帝国は幾つかの兵器をプルートから持ち込んだらしいが……。
「なぁドゥーベよぉ。どうなるんだろうな、この国」
「判らないベア。それはともかく、異常はなしベア」
小人族というのもあり身長130センチ程度のフェグダに答えるのは2メートルを優に超えた、一言でいうならば喋るクマだ。
白熊の獣人でありキャラ付けの為に変な語尾をくっつけて話す彼は語尾以外は真面目な性格をしており、今日もずっと己が任された方面を監視している。
小人とクマという何ともアンバランスな組み合わせの彼らではあったが、意外な事にウマはあったらしくこうして雑談することも多い。
「勝ち目のねぇ戦いなんてして何の意味があるんだか。相手はあのドラゴンだぜ?」
「フェグダは帝国が負けると思っているベアか?」
まぁなーと間延びした返事で返す。
ドラゴンという超越種、単体で国を滅ぼせる怪物で構成された軍団を相手取るなんて誰が聞いても正気じゃない。
「どっかに逃げられりゃいいんだがなぁ……」
弟と妹という家族を養う為に彼はクラウン帝国の兵士に志願し、そこそこの給料をもらってはいる。
何せ彼らが勤務するこの砦、竜王の軍を監視する最前線の拠点である。
危険手当はとてつもない額になっており、少なくともフェグダと彼の妹弟が飢える事はない。
兵士としてこの前線の砦に配属されることが決まった時もそうだ。
銅色のくすんだリンゴを食べさせられたと思ったらあっという間にレベル80である。
正にいたれりつくせり、人類最大の国家にして共同体を支える柱というのは過言ではないのだ。
言葉では逃げたいと吐く彼だが実際はそんなつもりは殆どない。
旅が好きで一カ所にとどまる事がほとんどないとされる陽気な小人族である筈なのに。
それは帝国には恩があるからだ。
昔存在した何とか卿とかいう人物が広めた医学を研究している帝国の医者、天翼族に家族の病気を治してもらったのだ。
しかも驚くほどに少ない金額で。
何百年も前にその何とか卿という人物が天翼族の一部を大々的に引き取ったらしく、彼らは今や帝国において重要なポストを占めている。
そこかしこにある立派な作りの商店や病院に行けば高確率で彼らは良い身なりをした重役だ。
しかしこの何とか卿というのが胡散臭いことこの上ない人物ではある。
曰く一人で竜を倒したやら、ミョルニルが竜王に襲われた時に吸血鬼たちと共に戦って迎撃したやら、果てはあのベネトナシュを打ちのめしたやら。
噂というのは旅好きであり、放っておけば際限なく尾ヒレなどがついていくとは言えさすがに盛りすぎである。
話を戻そう。
家族の命を助けてもらっておいて、はいさようならが出来る程に彼は図太くはないし、そうはなりたくないと思っていた。
それに最前線というのもあるが彼はそこそこの金を貰っている。
少なくとも三人で暮らす分には問題ないほどに。
ここを辞めたとしてもこれほどに好条件の仕事に出会える確率はかなり低いとフェグダは思っており、故に帝国から離れるという選択肢はない。
そんな彼の内心を見透かしたかのようにドゥーベはフェグダに言う。
「オイラはこの国が好きベア。フェグダも本当は好きだって知ってるベアよ」
「けっ、判った風な口をよ」
やめだ、やめだと会話を打ち切る。
あくまでもこれは時間つぶし。
やる事も何もない見張りの任を全うする為のちょっとした工夫でしかない。
そこから更に半時。
二人は一言も喋ることなく己に課された任を実行し続け……。
空のずっと向こう側。
雲の切れ目に何かが居る事にフェグダは気が付いた。
(……ん?)
何だと眼を凝らし───ピリっとした電流が背中に走る。
瞬く間にソレが巨大になっていく。
地平線の彼方より音を超える速度で飛翔してくる存在、それは真なる竜であった。
しかも一匹ではない。
最低でも10はいる。
そしてその周りには配下と思われる偽竜がうじゃうじゃと。
「りゅっ……!!」
咄嗟に叫ぼうとしたが舌がもつれて上手く声が出せない。
余りに衝撃的な光景を目の当たりにし、己に迫る“死”を認識した故に叫ぼうとした声はかすれるだけだった。
「グルルルルルル!!!」
動いたのはドゥーベだった。
彼はクマがそうするように威嚇の唸りを喉で木霊させながら跳ねる様に警報用の鐘をかき鳴らした。
野太い腕で思い切り叩かれた鐘は重低音を周囲に撒き散らす。
相方の行動に正気を取り戻したフェグダは全速力で走り回りながら大声を上げて騒ぎ立てた。
喉が潰れても構わないと言わんばかりに。
「お前ら!! 敵だ!!! 嘘じゃねえぞ!!!」
「来たんだ!! 竜がっ!!!」
正に全身全霊。
命の危機に晒された人間の声には迫真の迫力が宿る。
まるで断末魔の叫びの如きソレに兵士たちが我先にと武装を開始し、各所から部隊の隊長たちの指示が飛びまわり始めた。
しかし余りに彼らの行動は遅い。
竜の速度は音の何十倍、下手をすれば百倍を超えるものだ。
目視が叶った時点まで接近を許された時点で全てが遅い。
10秒たらずで竜たちは砦の上空にまで到達し、大きく口を開く。
途端に集まるのは絶大な量のマナと熱量。
ドラゴンの十八番ともいえるブレス攻撃は一度放たれれば砦に詰める兵士2000人を一瞬で蒸発させてしまうことだろう。
チカチカと真っ赤な閃光が周囲を満たす。
肌が焦げていく。
フェグダは立ち止まり上空を見上げた。
そこにはもう一つの太陽があった。
魔法には詳しくないフェグダでも判る。
アレが落ちてきたら自分は、自分たちは終わりだ。
「……しょうがねえか」
彼は諦めた。
落ちてくる太陽をどうこうしようなんて不可能だ。
死にたくはない、何せ弟と妹はまだまだ幼く自分がいなければ生きていくのに苦労することだろう。
脳裏に浮かんだのは家族の姿。
どうしようもない現実を見たくなくて彼は家族だけを見る為に瞼を閉ざした。
一秒。
三秒。
そして十秒。
何時まで経ってもその時が来ない事に疑問を抱いたフェグダはおそるおそる目を開けた。
頼むから目の前に己を貪ろうとする竜なんていないでくれよと祈りながら。
「なんだ……」
開けた視界の全てが青く染まっている。
こぽこぽと水泡の様なもの、いや、水泡そのものが周囲に幾つも浮かんでは消えている。
水であった。
いつの間にかフェグダは超巨大な水槽としか言いようのない世界の中にいた。
何故か呼吸はいつも通り出来るし、浮力や水圧、抵抗も感じないが間違いなくここは水中だ。
ジュウウウウと先にブレスを受けた部分が蒸発して気化しているが、それよりも大気中に存在する水分を吸収し体積が補充される速度の方が早い。
砦の周囲一帯を巨大な水のドームが包み込んで保護している。
巨大な湖を丸ごとスライムに変えたような規模だ。
ぽよんと外界との境目がゼリーの様に揺れていた。
そして目を引く球体が二つ水の中に浮いている。
グルンと太陽光に照らされている真っ白なソレが反転しフェグダを“見た”その瞬間彼は背筋が凍り付く。
悲鳴を上げなかったのは彼の精神力が強いからではなく、余りにソレがおぞましすぎて硬直してしまったからだ。
目玉だ。
真ん丸で瞼も何もない純粋な眼球が水の中でプカプカと浮いていた。
じっと無機質な視線を送ってくるソレに敵意は無く、恐らくではあるが敵ではない、筈だ。
もしもこれが敵だったら既にフェグダは死んでいるのだから。
再び目玉が反転する。
フェグダに興味を失ったように。
目玉はじっと周りを飛び交う竜を見つめている。
ぎゃーぎゃー甲高い鳴き声を上げて飛び交う竜と偽竜を凝視しながら、水の表面がざわめく。
フェグダは息一つせずソレを見つめる事しか出来ない。
何かは判らないが、とにかくすごい事が起きようとしている。
それを見逃がしてはいけないと彼の本能が疼いている。
優れた第六感により危機を把握した真なる竜が咄嗟に全力で回避行動をとり、それに劣る偽竜たちは迂闊にもブレスを撃ち込むべく口を開けていた。
瞬間、キィィィィインという甲高い音がくぐもって聞こえ、青白い何かが瞬いた。
半秒後、偽竜たちの首がズレていく。
243匹の偽竜たちの首が超々高圧の水圧カッターで切断され、131匹の偽竜は水鉄砲で体中に微細な穴を無数に開けられ絶命している。
口をあんぐりと開けてブレスを発射する瞬間のまま死した彼らはきっと自分が死んだことにさえ気が付いてないだろう。
どぼん、と音を立てて偽竜たちの亡骸が水中に沈みフェグダの真横を落ちていく。
呆然とした顔で小人はそれを見届ける事しか出来ない。
同胞が死んだ、いや、殺された事に気が付いた偽竜たちが大急ぎで高度を上げるが、再び青白い線が走る。
10,20,30とワイバーンたちが無力な虫けらのように叩き落される。
命が終るたびにドボンという落着音が響き、死体が落ちてくる。
幻想的な光景であった。
今まで生きてきた中でこれほどまでに美しく狂った光景を見た事はない。
帝国は、人類は決して竜には勝てない。
そうフェグダは今まで思っていた。
しかし、コレは何だ?
「フェグダ! 大丈夫ベア!?」
いつの間にか隣にドゥーベがやってきて己の相棒に怪我などがないことを確認するとほっと息を吐く。
また偽竜が13匹ほど撃ち落とされた。
マッハ60程の速度で回避を試み続ける竜たちに対して水鉄砲は孔をあけ続けている。
ミスリルを超えた伝説の鉱石に匹敵するとまで言われる竜の鱗をただの水が抉っているのだ。
もちろん竜たちもただではやられまいとブレスなどをこの巨大なスライムに叩き込むが表面が微かに蒸発するだけで直ぐに空気中から水気を回収し補充される。
地形を変える竜の攻撃を幾ら浴びせようとこの意味不明な存在は倒されることはないのだ。
「なぁ、ドゥーベよぉ……」
「これって、現実なんだよな?」
「……俺たち揃って見張り中に居眠りとかしてるわけじゃねえんだよな?」
ドゥーベは答えない。
ただフェグダの隣で万が一に備えて身構えるだけだ。
この水の怪物がまだ味方だと決まったわけじゃない。
今は巨大な獲物である竜を狙っているだけでそれが終ったらこっちを捕食してくるかもしれないからだ。
ゾワゾワと恐怖で逆立つ毛をドゥーベは必死に抑え込む。
少しでも気を抜けば全身が震えてしまいそうだ。
怖い。
怖くてたまらない。
意味が判らないが、ひしひしと感じる無機質な殺意が恐ろしい。
もしもこのスライムに親がいるとすれば、そいつはきっと命の事など何とも思っていないに違いない。
「きひひひひ。良い顔をするじゃないか」
「安心おし。コレはあたしらの味方さ。
いや、そもそも敵とか味方じゃなくてこれは“道具”なのさ」
そしていま、コレを動かしているのはあたしだと続ける。
硬直したまま動けないでいたフェグダとドゥーベが声のした方を向けばそこには齢七十になるメイジの老婆が立っていた。
彼女の名はメリディアナ、そのレベルは330。
老婆の傍で接近戦に弱い彼女を護衛する様に佇む男はアルフェッカ、この砦を統べる男だ。
彼もまたクラウン帝国より特別な果実を下賜されておりレベルは310にも及ぶ。
フェグダは呆然とした顔で老人を見るが、口を開いても声が出てこない。
人生観そのものを塗り替えかえない衝撃を受けたせいで喋る事さえ満足に今の彼は出来ない。
代わりにドゥーベが疑問を口にする。
恐らくフェグダだけではなくこの砦に住まう全ての者を代表して問うた。
「この化け物の正体を知ってるベア?」
その言葉を待っていたと言わんばかりにメリディアナは大きく腕を開き喝采を上げた。
なまじ魔道に精通する故にコレがどれほどに狂った存在なのか判ってしまう彼女は狂乱しながら叫ぶ。
254年前にこんな存在がいたなんて、こんな、こんな神様の様な人間がいたなんて。
真の天才、真の怪物、真のアルケミスト。
偉大なる芸術家にして革新者。
かの者を前にすればどれほどの天才であろうと虫けらに等しい。
もはや存在しない過去の人物ではあるが、その叡智は正に神の域にあると彼女は信仰している。
だって彼女は救われたのだから。
「勿論!
これこそ偉大なる御方、アリストテレス卿がお残しになられた人類の為の兵器の一つ!!」
「誰でも使え!
誰でも操れる!!
そう、誰であろうと竜を殺せる力を手に入れられるんだよ!!」
ニタァと老婆は笑う。
まるで魔女の様に。
懐から取り出すのは幾つもの蒼いクリスタル。
そこらへんの店で売っている飴玉の様に軽快で、幾つもある。
「これを一つ解放するだけでこの化け物を作り出せる」
ほれとフェグダにそれを差し向ければ思わず小人はドゥーベの背に隠れてしまった。
味方の筈の老婆にドゥーベは思わずうなり声を発してしまう。
しかしメリディアナはそんな些細な事を気にも留めずアルフェッカに声をかけた。
「何匹かしぶといのがいるねぇ。さすがは竜さね」
フェグダとドゥーベを前に演説しながらもメリディアナの注意は敵から決して逸れている訳ではない。
ある程度は全自動でこの兵器は攻撃してくれるが、それでもと言う事はある。
水に浮かぶ特徴的な眼球は常に兵器の所有者と視界をリンクさせており360度全方位を警戒できる優れモノだった。
「既に本国に通達は済んでいる。もうそろそろ来るはずだ」
「いい実験になるねぇ」
にやにやと笑う。
竜に襲われるという絶望の真っただ中というのに、そんな悲壮感は欠片もない。
むしろいいデータが取れると喜んでさえいた。
メリディアナ。
人類としては老齢に位置する彼女はその生涯のほとんどをマナの探求に捧げて来ていた。
そしてその教本となったのは今は亡きアリストテレス卿の残した情報の数々だ。
彼女はそれらを見て魅了されてしまっている。
ただの学問ではなく現実的に人類を救う兵器にまで落とし込んだ理論の数々に。
アロヴィナスとかいうただ見ているだけの神ではなく、アリストテレス卿は現実的に超絶的な力を下々に分け与えて下さった実在の神なのだ。
我が身に漲る膨大な力。
300オーバーというレベルさえもかの者の残した奇跡である。
アリストテレスという神の作品がまた一つ開帳される。
それを思うだけで40は若返った気分になってしまう。
「これからがお楽しみの時間だよ!!」
「お前たちは運がいい! 偉大なるアリストテレス卿の作品を拝めるんだからね!!」
大きく腕を開き声を張る。
老人から出ているとは思えない程に活力に満ちた大声は正しく神の降臨を祝福する信徒の如く。
新たな主演の場の為にスライムは一時的に攻撃を停止し、降り注ぐブレスからの防御を軸に稼働。
厄介な水鉄砲とカッターがなくなった途端に竜たちは業火の雨を降らすが誰ひとり殺すことは出来ない。
ボコリと近場の丘が崩れる。
クラウン帝国から命令を受信したソレらは一斉に活動を開始した。
岩が砕かれ、土砂が巻き上がる。
わらわらと出てきたのは全長10メートル以上もある巨大な蜘蛛たちだ。
かつてアリストテレスが魔神族を用いて変異させ続けた人工の魔物達、それの完成形である。
複眼で虫たちは空を見上げると一斉に跳ねた。
何百メートルも、何キロも一瞬で。
瞬間的に蜘蛛たちは竜の飛翔する空域まで飛び上がったのだ。
竜はクジラに昆虫の身体能力を掛け算した存在と言われる。
彼らはそれとは真逆で、昆虫をクジラほどまで巨大化させた存在なのだ。
「ガァァッ!?」
竜の言語など知る人間はいないが、不思議とこの鳴き声が何を意味しているかは誰もが判るだろう。
偽竜たちが眼を剥く。
空の支配者である自分たちの領域にいきなり巨大な蜘蛛が殴り込みをかけてきたのだから。
真なる竜が唸り声を発して命令を下せば偽竜たちは不遜にも空を汚す虫けらに殺到した。
跳ぶと飛ぶの違いも知らぬ愚か者が、直ぐに引き裂いてやると。
竜もまた嘲笑いながら口を大きく開きブレスのチャージを開始。
蜘蛛たちは成れない空中でジタバタと足を振り回す事しか出来ない。
もちろん浮力を発生させる機関など持っていないから方向転換を始めとした飛行など不可能だ。
竜たちはその様を嘲ける。
見ろ。
飛び跳ねる事は出来ても空で蜘蛛如きが何が出来る。
腹を無防備に晒す様など服従する犬の様で……。
糸。
そこまで思った所で彼らの意識は途絶えた。
もう二度と取り戻す事もない。
役目を終えた蜘蛛たちが真っ白な線を尻部から伸ばしながら落下していく。
秒にも満たない時間で竜たちは瞬殺されてしまっていた。
それを成した武器はこの糸である。
蜘蛛から放たれた糸は竜たちの身体に絡まるや否や、怖気が走る速度でダメージを与え出したのだ。
超高速かつ連続多段ヒット判定が発生する糸、それが彼らの主武器だ。
一匹の蜘蛛が放っただけのそれでも標的に命中すればそれだけで一瞬で1万近いダメージを叩きだす。
偽竜のHPは平均して8000。
強い個体でも1万4000ほど。
真なる竜であっても8万かそこらで10万を超える個体は殆ど存在しない。
しかし、それがどうした?
この糸は複数の個体が永遠に放水するが如く相手に浴びせかける事が前提の武器だ。
10匹の蜘蛛が連携すれば10万だろうが20万だろうが一瞬でそんなものは消し飛ぶ。
しかもこの糸、ある程度の壁などは貫通する上に一度ヒットするとまず剥がれないというという極悪なおまけまでついている。
明らかな調整ミスとしか言いようがないが、そういうものなのだから仕方がない。
様々な怪物が蠢くミズガルズで戦力として運用するのだから。
500匹も居ればかの獅子王でさえ容易く殺傷出来るだろうとかつてのアリストテレスは見積もっていた。
後始末の事もしっかり考えられており、加工せずに数日程放置しておけば勝手にマナの粒子に還るという至れり尽くせりな代物だった。
数匹の真なる竜。
レベルにして550~660。
千にも届く偽竜ワイバーンの軍勢。
平均レベル105。
少し昔ならば数国滅ぼしてもおつりが来るであろう悪夢の軍団が誰一人殺す事も出来ずに壊滅させられていた。
全身に糸を絡みつかせ、唖然とした顔のまま誰もが死んでいる。
蜘蛛たちがそんな極上の獲物を咥えて地中に帰っていった。
彼らは竜の肉を糧に更なる進化を遂げるだろう。
フェグダ、ドゥーベ、それに砦に詰めていた2000人の兵士たち。
誰もが声も上げられなかった。
自分が見たのは現実なのかとさえ思っている。
竜の群れが瞬殺された。
真実を言葉にすればその程度であるが、これはどんな夢物語よりも冗談の様な話だ。
本当ならばここにいる全員は死んでいる筈だった。
どれだけ隊列を整え、計画を練って挑んだ所で竜には決して勝てない。
傷一つ負わせることなく全滅だろう。
「ひひひひひひひひひひっ……!!」
メリディアナだけは喉を鳴らす。
いい反応だ、いい顔だ、いい様だ。
神の威光を初めて目の当たりにしたものは大抵こうなる。
無知蒙昧なる者らに彼女は啓示を与えた。
アロヴィナスなどではなく真に讃える神の名を教える為に。
「喝采しな! これこそ人類を守る御方の力!! 我らに与えられし力の一つ!!」
「偉大なるアリストテレスを讃えよ!!」
最初は小さく、やがて堰を切ったようにアリストテレス、アリストテレスと連呼が始まる。
誰もが瞳をぎらつかせていた。
竜と戦争するなんて勝てるわけがないという諦めは既になく、人類は勝てるという希望が溢れていく。
そんな中でフェグダとドゥーベだけは周囲をきょろきょろと見まわし走り出す。
戦いは終わった筈だというのに嫌な予感が消えなかったから。
砦の中で最も高い塔の上に昇れば【アーチャー】のクラスを選んだおかげで強化された視力が遥か彼方にある巨影を見た。
「どうすんだよ、アレ……」
「ベアァァァ……!」
水の兵器に守られている上で、勝てるかどうかは判らないモノが近づいてくる。
それは傍目からはゆっくりと。
実際は大きすぎてそう見えるだけの速度でこっちに迫ってきている。
何十キロも離れているというのにソレは目視が出来る程に巨大だ。
余りに大きすぎて現実感がないくらいに。
【航空母竜・アイガイオン】
かつてのラードゥンが愛用した巨竜。
250年の月日を経て改良を施されたソレは更に巨大化しており以前の倍はある怪物へと成長を遂げていた。
もちろんレベルも桁外れとしか言いようがない980だ。
次々と巨竜から竜が製造されて投下される。
以前よりも洗練されたソレは産まれたての時点で500オーバーの竜を無尽蔵に出産できる。
ぐるんと目玉が動いて竜たちを見た。
今葬ったのは先遣隊だったらしく、【アイガイオン】を中心にしたより大規模な竜の群れが地平より超音速で接近してくるのを老婆は知った。
真っ白な雲を空に軌跡として残しながら先の数倍の群れが迫ってくるが、彼女は恐れない。
最高傑作がもう直ぐ近くまで来ているからだ。
彼女等所詮はアマチュア。
残された記録から何とか神の威光を見つけ出そうと足掻く素人でしかない。
本物から直接教えを受けた真なる後継者の前では自分などは無価値だとメリディアナは受け入れている。
黒い羽根が舞う中、一人の女の背をフェグダとドゥーベは見た。
輝くような金糸の髪は先端が朱色に変化しており燃える様に煌めいている。
背を向けている為に顔は見えないが、自分に向けられたわけでもないというのに感じる圧は竜さえ矮小なモノだ。
何よりも背に生えた翼が眼を引く。
この世のどんな黒よりも濃くて純粋な黒。
正しく黒翼としか形容できない翼を女は携えていた。
しかし彼女の何と頼もしい事か。
フェグダとドゥーベはまるで幾百万の軍勢に守護されるような安堵を得ていた。
大丈夫、絶対に、何が有ろうとここにいれば大丈夫だという確信が湧いてくる。
「間に合ったようで何よりだ。後は任せておけ」
女が頭だけ振り向き薄く微笑みながら言う。
これから竜の大部隊と戦おうとしているとは思えない程に落ち着いた声音であった。
「竜が相手か……いくつか試してみたい術があるんだ」
「ガハハハハハ!! 腕がなるじゃねえか!!」
「だな」
「……!」
そして彼女と同じく何故か空に立っている男が四人。
エルフ、ドワーフ、人間、二人目の天翼族という異なる種族の彼らは竜の軍団を前にしても軽く笑いあってさえいる。
「先手は貰うぞ」
まずは挨拶として女が剣を一振り。
何の変哲もない銀色の長剣を軽く縦に振ればアイガイオンの巨大な翼が一枚切断されて落ちていく。
スキルでも何でもない、ただ純粋に剣圧を飛ばしただけだ。
フェグダは呆然とソレを見つめていた。
先の蜘蛛の軍団や今も周囲を覆い尽くしている兵器と彼らは何かが違う。
こう、見ているだけで胸の奥が掻き立てられるような、熱くなる何かが彼女たちにはある。
人はそれを【英雄】と呼ぶ。
勇者と似てはいるが決して同じではない存在。
そして始まる蹂躙劇。
たった5人の加勢により竜の侵略は失敗し、ラードゥンの軍団は決して無視できない損害を被ったのだった。
アリストテレスの齎した兵器と技術の数々。
そして圧倒的という言葉でさえ表現しきれない絶対者ルファス・マファール。
これらを人類が擁したこの時代を覇王の美しい金髪になぞらえて黄金時代と後世の人々は呼ぶ。
蜘蛛
まだハーデスト位の戦闘力しかない。
そのうち地獄の様な戦闘力を持った銀色とか金色の個体が出てくる事だろう。
スライム
原作でメルクリウスが披露していた暴走形態を制御しつつ量産した代物。
誰でも操作可能なエビル天然水と思えば間違いない。