ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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“母さん……俺、この人と結婚したい”


“今度は俺たちが母さんを助けるから!”



立派に育った息子はある日、幼馴染の女性を連れてきて女に紹介した。
暫し固まった後に女は年甲斐もなくボロボロと泣いた。
涙を流したのは夫を失った時以来だったが、此度は喜びの涙だった。



───とある女の肖像4


ルファスの“なかまづくり”!

 

 

ミズガルズに召喚された最新の勇者、南十字瀬衣は情報を集める為にスヴェル国に足を運んでいた。

一室に案内された彼は車椅子に腰かけたかつてのルファスの仲間、メグレズと会合に臨んでいる。

全てはルファス・マファールという覇王を倒すため──ではない。

 

 

 

真実を知る為だ。

本当に覇王は敵なのか、そもそも自分の敵とは何であるか。

命を奪うという行為はとても重い。

 

 

 

 

仮に勇者がルファスを打倒したとしよう。

しかし実は彼女は悪者ではなかったなどと後で気づいてももう取り返しはつかないのだ。

 

 

 

 

話し合いが始まる前にメグレズは一つだけ問いを投げかけてきた。

 

 

 

“この世界の創造者たる女神をどう思う?”

 

 

 

それはミズガルズの外からやってきた勇者に対する問いかけだった。

案の定瀬衣の仲間たちは「偉大なる神」としか答えなかったが勇者は違った。

いや、今までの勇者とも違った。

 

 

 

皆が気づいてはいたがあえて口にしなかったソレを瀬衣は言う。

 

 

 

 

「キナ臭いとは思っています」

 

 

 

勇者の言葉にメグレズは瞑目する。

あの時にコレを言えていれば、458年前のあの日に何かがおかしいことに気が付けていれば。

勇者ナナコはあんな終わりを迎えずに済んだかもしれなかったのに。

 

 

 

勇者とは生贄だ。

メグレズは既にソレに気付いている。

ロードス王が回収したアイテムには彼女の断末魔が録音されていたのだから。

 

 

おぞましい所行であった。

人類は自分たちを守ってくれた勇者を裏切り、竜王に売り飛ばした。

なまじ記憶力の良いエルフであるせいでメグレズは何一つ忘れる事は出来ないし、そんなことは許されない。

 

 

 

これは自力で女神に疑いを抱けた瀬衣が彼女に比べて優れているというわけではない。

いや、そもそもこの話に格差はない。

彼女は全力で助けを求める声にこたえてくれていた、それを利用して踏みにじったのはミズガルズなのだから。

 

 

 

今にして思えば答えは既に明かされていた。

あれだけフェニックスが呟いていたではないか。

 

 

 

 

 

力を合わせてやっつけちゃいましょう

 

 

 

そして皆で打ち上げをするんです。

私の国では大きな行事の後はいつもそうしてるんですよ!

 

 

 

メグレズさん。ありがとうございました!

私、皆を助けにいってきますね!

 

 

 

 

─────。

 

 

 

 

当代の勇者は真実を追い求めていた。

誰かに強制されたことではない、本当に解決しなくてはいけない原因を知ろうとしていた。

 

 

 

ルファス・マファールは本当に敵なのか?

レベルを簡単に上げる方法はあるのか?

そして……200年前に何があったのか。

 

 

 

メグレズは数秒間俯いた後、顔を上げて勇者を見た。

彼女と同じ志を持ち、彼女と違う道を見つけた勇者を。

 

 

 

 

「少し、話そうか」

 

 

 

 

それは歴史の裏に隠された真実。

世界中の者はルファス・マファールが果実を配り、人類そのものを強大化したと認識している。

確かにそれは正しい。

 

 

 

「アリストテレス卿。

 ルファスの師にしてマナを果実へと加工する技術を作り上げた人の話を」

 

 

 

そうしてエルフは昔話を始める。

まるで懺悔する様に。

 

 

 

 

「200年前、私達はルファスを殺しかけた」

 

 

 

それは彼らが世界を本当の意味で終わらせかけたお話。

一人の魔女が全てを無茶苦茶にしたのだ。

いや……ソレは言い訳だ。

 

 

 

 

間違いなく選んだのは彼らだったのだから。

英雄たちは自分から望んでアリストテレスに己を捧げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復活した竜王と人類の戦いは佳境を迎えていた。

守ってばかりいては戦争には勝てないという基本原則に従い、人類は竜の本拠地───かつての竜王が拠点を築いていた北の大陸に大軍団を送り込んでいた。

ラードゥンが消え、ベネトナシュにすり潰された後は魔神族に占拠されていた地であったが、竜王が帰還した際に再び占拠されてしまった地獄である。

 

 

超巨大な火山から噴き出る噴煙が常に空を遮り、時折火の粉を降り注がせる地はまさしくこの世の終わりとしか形容できない。

空を飛べる竜でさえこの地での飛行には注意が必要だというのだからその荒れ具合は推して図るべきだ。

そんな人外の地に人類の軍団が展開していた。

 

 

 

それも偵察隊などといった生易しい規模ではない。

本気で攻略を行うための数千の軍団だ。

共同体が動員できる数十万の兵力にしては数だけ見れば小規模だ。

 

 

 

 

しかしその質は正に史上まれに見るという次元である。

何故か参戦を表明したミョルニルの吸血鬼たちにはじまり、人類の中でも選りすぐりの猛者たちがコストなど考えず総動員されている。

その平均レベルは何と350(一部を計算から除外)。

 

 

 

かつてリュケイオンを治め、多国間で活躍したアリストテレス卿のそれが221であったのだからこれは正しく驚異的だ。

そして何よりルファスとその仲間たちがいる、

それだけで他の追随を許さない程にこの面々は正しく英雄のフルコースと言える。

 

 

 

であるのならば、そんな彼らが駆る乗り物も相応の格を要求されるというものだ。

人類共同体の軍事的な柱であるクラウン帝国と竜の本拠たる最北の地では何千キロもの距離が離れており、普通であれば数カ月は移動に要する。

しかしそれはかつての話。つまらない常識や出来るわけがないという思い込みが人類を支配していた時代の戯言だ。

 

 

 

全長500m、全幅90mにも及ぶ空飛ぶ木船が空に何隻も滞空していた。

どれもが人類共同体とクラウン帝国の旗を掲げており、次から次へとそこから人が降りてくる。

信じられないことかもしれないがこれは人類の戦力である。

 

 

 

過去も今も人類勢力は航空母竜【アイガイオン】に辛酸を舐めさせられ続けてきた。

超巨大な竜が空を覆い、ブレスで爆撃を行うという前代未聞の光景はそれだけで士気が下がるほどだ。

更には無尽蔵に生産される竜の大群はあっという間に航空優勢を会得し、頭上から一方的に相手を叩きのめす事が出来た。

 

 

 

竜王ラードゥンは気分屋で幼稚な所もあったが、それでも兵器を考案するセンスは素晴らしいモノがあったといえよう。

そしてミョルニルでかつてアリストテレスはそれの脅威を目の当たりにし思ったのだ。

 

 

“あれ、良いな”と。

 

 

敵であれ何であれ優れた物は素直に認める。

それがアリストテレスだ。

 

 

 

だから彼は考えた。さすがに巨竜を空に浮かべる訳にはいかない。

ちょうどそんな折にカストールと遭遇しアルゴー船に乗る機会もあり……ふと考えた。

伝説に語られるアルゴー船ではあるが、作れるんじゃないかと。

 

 

 

気前のいいカストールからの素材提供があり、見本も確認した。

となれば後は設計するだけだ。

直ぐにというわけにはいかないが、いずれの為に設計と計画も組み立てておく。

 

 

 

 

これは後の人類共同体の為の考えであった。

国土が広くなればなるほど物流や交易も面倒になっていく。

天翼族の空路輸送は便利であるが一度に運べる量は少ないという欠点があったが、それもこれが成就すれば解決。

 

 

 

統合された世界を空飛ぶ巨船が縦横無尽に結び合わせるのだ。

 

 

 

そう、彼らの空路交易はアルゴー艦隊が完成した時点でほどなく終わるだろう。

プランは意図していなかったかもしれないが、結果的に人類を裏切った天翼族への報復となるかもしれない。

 

 

プラン・アリストテレスは狂っていた。

多くの人が声を揃えて最後のアリストテレスをそう評する。

 

 

 

それから250年。

 

 

かつての草案は現実へと変わった。

エルフという木造建築/加工の玄人たちと、金属パーツの生成に特化したドワーフ。

モジュール形式という概念を持ち込んだ人間に、どんな場所でも作業可能な天翼族。

 

 

 

そしてアリストテレスの計画という明確な道筋。

 

 

人類は力を合わせてアルゴーを伝説から技術へと引きずり落した。

普通は到底無理だと思われる事を分析し技術へと変えてしまう、それがアリストテレスの神髄である。

音速の8倍というオリジナルよりも高速で、そして本物が持つ全ての機能を発展/強化して搭載したコレは正しく空飛ぶ要塞だ。

 

 

 

もはやカストールは唯一の空飛ぶ船長ではない。

彼は時代遅れの凡俗な存在へと貶められた。

 

 

 

一度作ってしまえば後はそれを繰り返すだけでよい。

大前提として帝国程の経済基盤があることが前提になるが、既に出来てしまった。

次々と空飛ぶ船は改良を重ねて就航し続け、やがては空路でミズガルズ中が結び合わされる事だろう。

 

 

 

 

【アイガイオン】が空を支配する時代は終わった。

これからは人類がその座を奪うのだという意思の表れである。

 

 

 

 

 

 

しかしルファスはそれらを険しい瞳で見ていた。

大陸を跨いでの遠征などどうするのかとという懸念があったが、こうも完璧な回答を出されては何も言えない。

胸中でのざわめきを完璧に制御し抑え込む。

 

 

抱いているのは敗北感と己の見通しの甘さへの憤りか。

 

 

天翼族として彼女は空を飛ぶのが好きだ。

しかし人類共同体を奪うと決めた時点でそれだけではいけなかった。

これからの彼女は自分が飛ぶ事ではなく、どうやれば皆が自分と同じように出来るかを考えなくてはいけない。

 

 

 

 

伝説に語られる巨大なアルゴー船を量産し全人類を飛行可能にする?

それをもって空路交易を行い全世界規模の物流網を作り出す?

そんなこと、ルファスは考えもしなかった。

 

 

 

正しく発想のスケールで負けたとしか言えない

しかし産まれた時から飛行が可能な彼女では飛べない不便さというのが判らないからこれは仕方ないかもしれない。

 

 

 

 

 

ただ強いだけでは世界を変えられない。

知識に力に発想に影響力、そして未来を創るための行動力だって必要だ。

少なくとも強さだけでは駄目なのである。

 

 

 

……誤解してはいけない。

ルファスは強さという点において並ぶ者なき規格外であり、250年以上蓄えてきた経験と知識も常識の外側の域にある。

ただ単純に今の彼女は高望みしすぎているだけなのだ。

 

 

 

 

レベル以外の全てにおいてまだ届かない背中をルファスはアルゴー艦隊に重ねてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 

「ルファス」

 

 

 

英雄たちが戦闘準備を行う中、メグレズがルファスに話しかける。

気付けば長い付き合いになったエルフは昔に比べれば多少は心の機微に詳しくなったらしい。

 

 

満を持して世界に登壇するルファス・マファールについて行けばすごいモノが見れる。

そう直感した彼はリュケイオンを飛び出したルファスに同行し、気づけばこんな北の果てまでやってきていた。

 

 

 

アリストテレス兵器群に竜の軍団。

そして超越した力を誇るルファス。

自分の読みは正しかったとメグレズは確信を抱いている。

 

 

 

 

「緊張しているかい?」

 

 

 

「少しな」

 

 

 

己の右腕を摩りながらルファスは答える。

この地に竜王が居る、そう思うと今すぐにでも飛び出していきたい気持ちに駆られるが彼女はそれを抑え込むほどに成長していた。

そんな彼女にメグレズは煙と火で染まった空を見上げながら言う。

 

 

 

「この光景、昔を思いださないか?」

 

 

 

「言われてみれば……そうだな」

 

 

 

 

メグレズが語るのはクラウン帝国に依頼され不死鳥討伐を行った過去だ。

ルファスは古い仲間の言葉に少しだけ眼を細めた。

あの時はメグレズの他に頼もしい勇者と全てを委ねられる人がいた。

 

 

たった4人のパーティーだった。

それでも誰にも負ける気はしない無敵の仲間たち。

今とは比較にならない位に弱かった自分を彼らが支えて守ってくれた。

 

 

 

 

しかし今や数千人だ。

更にはルファスの隣には各種族の変わり者が集まっている。

 

 

 

剣という概念に魅せられたアリオト。

アリストテレス兵器群を超えてやると意気込むミザール。

魔法狂いのメグレズ。

何の縁かこうして共に轡を並べる事になった天翼族の王子メラク。

 

 

 

そしてずっと付き従ってくれるアリエス。

迷宮より連れ出したアステリオス。

更には人類から選ばれた選りすぐりの勇士たち。

彼らは黙々と荷物を降ろし、拠点の設営を行っている。

 

 

 

 

超人たちの身体能力を用いれば半刻もすればそこそこの出来の要塞が出来上がる事だろう。

全てはマニュアル化されており彼らの動きは淀み一つない。

拠点作りに計画の立案、兵器/武器の製造に軍事行動。

 

 

力を合わせて巨大な成果を作り出す。

まさしくこれこそ人類の強みである。

メグレズはそうやって一致団結している仲間たちを見て過去を思い返しながら語る。

 

 

 

「僕は思うんだ。

 あの頃の人類は今よりずっと弱くて勇者様に全てを委ねる事しか出来なかった」

 

 

 

「……」

 

 

 

勇者様という言葉にルファスの胸が酷く軋んだ。

結局ナナコとプランは救えなかった。

それどころか自分の愚かしさのせいで多くの命が失われてしまい、その次は命を奪う側になろうとしている。

 

 

 

親不孝者。

今のルファスの状態は一言で表せばそれに尽きる。

 

 

 

「ルファス。一歩ずつやっていこう。まずはこの戦いに勝って、竜王の脅威を終わらせるんだ」

 

 

 

「それに、もうそろそろあいつらの顔を見るのも飽きて来たんじゃないか?」

 

 

 

皮肉るようにメグレズが笑えばルファスも初めて顔を綻ばせた。

竜の見分け等つかない彼女たちからすれば延々と凶悪なトカゲの相手をするのも正直なところ、飽きてきた。

 

 

 

メグレズは竜王の脅威を勃興から見て来た男でもある。

ユーダリルの上空を埋め尽くす竜の群れに始まり、彼がミズガルズの各地に災いを振りまくのを何も出来ずに見る事しか出来なかった。

 

 

しかしもう違う。

かつては守られていた者達は成長し強くなった。

強い願いを抱いているのはルファスだけではない、立ち上がったのは彼女だけではない。

 

 

 

 

相手は竜王とその直属の強大な上位竜たち。

ここに終結した英雄たちでも多くの犠牲者が出るのは間違いない。

しかしだ、誰もが思っている。

 

 

 

 

これ以上あいつに好き勝手させるわけにはいかない。

いい加減にしろ、いつまで命を奪い続けるつもりだ。

竜王は全ての命の怒りを買ってしまっていた。

 

 

 

 

時代は変わりつつある。

だというのに未だに頑迷に世界に悪意をばら撒きながら残留する竜王に誰もがうんざりしていた。

 

 

 

気付けばアリオトとミザールがメグレズの隣までやってきて肩を組んでいた。

メラクはさすがにまだルファスに気後れしているのか少し離れた場所で苦笑している。

 

 

それだけではない、此度の遠征に参加した全ての者達がルファスを見ている。

あの誇り高い吸血鬼たちでさえルファスを見ながらその奥に誰かを連想させていた。

 

 

 

例の戦い以降、何としてもルファスのパーティーに入れてもらおうと躍起になっているフェグダと彼を放っておけないドゥーベもだ。

舟の上でアリエスが「ぼくも!」とでも言わんばかりに飛び跳ねて存在を必死にアピールし、タウルスも腕を組んで頷いている。

元気なのはいいが、彼は早く大事な荷物を持ってきてほしいとルファスは思った。

 

 

 

 

ルファスは微笑んでいた。

失ったものは多いが、それでも。

 

 

 

 

「終わらせよう。僕たちで」

 

 

 

「───あぁ」

 

 

 

 

女は深く頷く。

口が裂けてもかつての友の代わりなどといったことは言わない。

ただ、この世界に生きる者としてこの世界の問題は自分たちで解決しなくてはならない。

 

 

言わばこれは勇者という概念との卒業だった。

竜王と彼の配下たちを完全に葬り去る。

それでやっとミズガルズは次の時代に進めるのだという考えにはルファスも同意であった。

 

 

 

 

だから……。

アリエスに目配せをし彼女は遂に一歩を踏み出す事にした。

完全に今までの自分と決別する、もう戻れない一歩を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イオニア山。

かつてラードゥンが居城を築いたミズガルズ最大の活火山。

12キロを超える標高は宇宙にも届く程であり、あふれ出る深紅のマグマは大陸一つを熱地獄に変えてしまうほどだ。

 

 

 

 

既に命名されていたムスペルヘイムがなければこちらこそ真の焦熱世界の名を冠していたかもしれない。

無数の唸り声が響く。噴火の轟音よりも重々しく、何より隠し切れない憤怒/憎悪を宿した声だった。

理由は判らない、しかし竜たちの内側には尽きる事のないソレが満ち満ちていた。

 

 

 

彼らの大本はラードゥンではあるが、白蛇はもう存在を許されていない。

故にもう一つのソレの影響を彼らは受け続けていた。

 

 

 

産まれた時から全てが憎い。

産まれた時からミズガルズが憎い。。

意識も何もなかった時に流れ込んできたソレが彼らを真っ黒に染め上げている。

 

 

 

 

全ての竜が同じ個所を見ている。

小さな小さな人類たちが徒党を組んでやってきたのを彼らは把握している。

 

 

今更、遅すぎる。

散々に人を使い潰しておきながら、いまさら。

 

 

 

 

無駄な犠牲?

希望は残った?

くだらない。死ね。

 

 

 

煮えたぎる怒りがぐつぐつと音を立て始める。

殺してやる、殺してやる、必ず。

あらゆる命を拒む地獄の空を複数の【アイガイオン】が飛行し、竜の群れを次々と投下開始。

 

 

 

一匹一匹がレベル700を超え800以上にまで到達する軍勢の瞳は白濁し理性は何もない。

憎悪と憤怒に狂った竜はもはや原初の命令──全てを殺しつくせのみを実行することしか出来ない。

 

 

 

誇り高い竜の姿はここにはない。

いるのは獣の様に唸りと唾を撒き散らし暴れ狂う怪物だけだ。

 

 

 

音の百倍を超える速度で竜たちが縄張りに侵入してきた人類へと殺到する。

まずはこいつらを殺し、次に奴らの帝国を殺し、全てを殺す。

殺す殺す殺す、誰一人生かしてはおかない。

 

 

 

 

そして───吹き飛ばされた/切り裂かれた/薙ぎ払われた。

 

 

 

黒い翼を携えた女が先導する。

我が行く先こそが未来だと言わんばかりに威風堂々と。

その横を気楽な様子で闊歩するのは黒髪の剣士、エルフの魔法使い、大槌を担いだドワーフ、真っ白な翼の王子、中性的な子供に兜で顔を隠した大男。

更にその少し後ろに続くのはミズガルズの人類七種全員。

 

 

 

アリオト。

メグレズ。

ミザール。

メラク。

アリエス。

タウルス。

 

 

彼らレベルは全てが『1000』だ。

誰もが限界の強さに達している。

本来ならば一つの時代に一人しか現れない筈の救世主の域に誰もが至っている。

 

 

 

そして従う様に闊歩する軍勢も1000とまではいかないが竜と真っ向から戦い勝利できるほどの域だ。

もう勇者は必要ない。そんな人柱に頼らずとも自分たちで世界を守って見せるという気概に溢れている。

 

 

 

そんな様を見て竜は───何かがキレた。

怒り狂う等と言う領域などとうに過ぎ去り、絶対的な殺意が遂に天井を一枚こじ開けるに至る。

 

 

 

大地が轟音と共に隆起し現れるのは更なる増援の【アイガイオン】だ。

ミョルニルの戦いよりも倍以上に巨大化/強化されたそれらは空を黒く染め上げる程の竜を産み落とし続ける。

1000には至らないまでも900オーバーの竜の軍勢を絶え間なく、永遠に、全てを削りながら。

 

 

 

 

全ての生物にとって出産とはリスクの高い行為だ。

それをこんなにも乱雑に行えば例え竜であっても当然の結果が訪れる。

 

 

 

白濁した瞳からは血涙とよだれを垂れ流し、己の生命力全てを出産に費やした【アイガイオン】が落下していく。

これから先の戦いでは巨躯だけが取り柄の彼らでは役に立たないと判断されたのだろう。

大口を開けて間抜けとも言える表情を晒しながら無数の巨竜が灼熱の海に落ちていく光景はおぞましさと同時に何処か哀れでさえあった。

 

 

 

 

アリエスが強く奥歯を噛み締める。

最弱の種族として産まれ竜と言う最強の種族に何処か夢想していた事もあった彼からすると……これは、嫌だった。

戦いの末に打ち倒すでもなく、こんな風に道具として使い潰される光景は苦々しい。

 

 

 

ふわりと、そんな彼の視界を黒い翼が覆い尽くした。

パチ、パチと表面を膨大な天力と魔力の複合オーラが循環し力が上がっていく。

ルファスの視線は竜たちの更に向こう、全面を覆い尽くす程の威容を誇るイオニア山に向けられている。

 

 

 

 

ギャハハハハハハハははははははははッ!!

 

 

 

 

悪辣な凶笑がミズガルズを揺らした。

どうあっても世界を嘲笑いたくてしょうがないのはもはや性か。

 

 

 

理性などとうに失くした笑い声は凶悪な狂気をありありと宿している。

余りに記憶に残るソレにそっくりな声にアリエスは一瞬だけ身を固めたが直ぐにアリオト達を意識して立ち直る。

どうあっても残る虹色羊としての強すぎる危険察知能力に彼は苦笑しそうになった。

 

 

 

アリエスは恐怖を否定しない。

己が弱いのは十二分に判っている。

その上で彼は自分こそがルファス様の片腕だと堂々と宣言するのだ。

 

 

 

だがそんな彼でも次の瞬間に起きた事には目を剥いた。

ルファス以外の誰もがきっと同じだったことだろう。

 

 

 

 

山が、持ち上がった。

ミズガルズ最大の火山が根本より持ち上がり、天文学的な量の土砂とマグマを吹き散らす。

もちろんルファス達に対しても火砕流が迫るが……。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

下らないとルファスが軽く拳を突き出す。

それだけで黒い壁としか言い表せないソレが真っ二つに割れた。

そればかりか拳圧は膨大なガスとマグマの壁を吹き飛ばしながら突き進み、やがて原型を失いながら動き続ける火山に着弾。

 

 

 

 

山が粉々に吹き飛んでいく。

真っ黒な土砂と煙とマグマの中でナニカが蠢いているのを誰もが見た。

 

 

 

頭だ。

それ一つで10キロを超える程にとてつもなく巨大な怪物の頭だ。

身体は見えない、というよりは無いのかもしれない。

 

 

 

物凄く太く、無数の鱗に覆われた蛇の如き肉体が大地の中に繋がっている。

全長はもう考えるのも億劫になるくらいだろう。

下手をすれば神話に謳われる龍に匹敵してしまうかもしれない。

 

 

 

蛇とムカデのキメラ。

それに尽きる異形だった。

ルファスの12ほどある視力は怪物の額に人間の骸が張り付いているのを認め、醜悪な造形だと更に内心で繰り返した。

 

 

 

黒光りする総身はマグマの中にあったのも併せて黒曜石の様に見えるが、実態はオリハルコンさえ超越した超々高密度の鱗だ。

竜と蟲を混ぜ合わせたような怪物の頭には無数の眼球が存在しており、それら全てはたった一人の人類──ルファスだけを認めている。

この存在にとっての脅威はルファスだけ、それ以外は有象無象と判断したのだろう。

 

 

 

「そこまでして私達を滅ぼしたいか?」

 

 

 

思わずルファスは問いを投げていた。

隠し切れない嫌悪と共に。

答えなど返っては来ないが、そういった思いが口をついてしまう程に怪物の姿は醜い。

 

 

もはや竜でも、ましてや龍でもない。

制御できない狂気の果てとしか形容できない。

 

 

 

アリオトは安物の剣の柄を強く握りしめた。

あの化け物をどうやって切ろうかと彼は考えた。

何処まで行っても彼は剣士であった。

 

 

メグレズは杖の先を指で弄んだ。

アレはルファスが何とかするとして……さて、周りの竜をどうしようかと彼は現実的に考えを回す。

 

 

メラクは現実的なこれからの戦術を考えていた。

天法を得意とする身として仲間のサポートを彼は優先する事に決める。

 

 

ミザールは興奮し鼻息を荒くしながらニタアと笑った。

あの化け物と周りの竜、素材にすればどれだけの作品が作れるか彼は考える。

もちろん侮る気はないが、それ以上に負けるつもりなどはない。

 

 

 

 

アリエスは全て判っていながらあえて主に問う。

この戦いこそが過去の因縁の終わりと同時に始まりなのだと。

竜王の終わりを以て彼女はただのルファスであることをやめる。

 

 

 

英雄でもなく、ましてや勇者でもない。

彼女はここからあらゆる人の想いを背負う王になる。

 

 

 

「ルファス様、ご指示を」

 

 

 

彼の主は大きく踏み出し怪物と相対する。

余りの異形に臆する者がいる中、彼女はその背を彼らに晒す。

まるでかつて人類の全てが必要だと説いた男の様に。

 

 

 

アリストテレスとは違ったやり方で彼女は人々を熱中させる。

ルファスは抜き放った剣先で怪物/竜の群れを示しながら言った。

朗々と淀みなく、噛み締める様に。

 

 

 

「かつて私達は奴らを見上げていた」

 

 

 

「この中にも産まれついて越えられない種族の差に一度は諦めを抱いたモノだっているだろう」

 

 

 

レベルという判りやすすぎる強さの指標は人々から気概を奪ってしまう。

どれだけ頑張っても無駄かもしれないと。

 

 

 

ルファスもまた見上げる側であった。

弱い己に憤怒し、のたうち回る弱者でしかなかった。

いや、ひょっとすると今でも彼女は弱者なのかもしれない。

 

 

 

あれだけ大言を吐きながら愛する者たちの危機に何もできなかった事実は永遠に消えない。

 

 

 

「……私もそうだった。いま私がここにいるのは多くの奇跡があったからだ」

 

 

 

星の様に瞬くあの7年間はまさしく奇跡としか言いようがなく、一瞬たりともルファスは忘れた事はない。

その終わり方も含めて。

 

 

 

「何かが一つ違えばあそこに居たのは私だったかもしれない」

 

 

愚かな自分に向き合い続けてくれた人たちがいた。

堕ちかけた彼女を命を賭して人に戻してくれた人がいた。

 

 

ルファスの言葉にメグレズが苦渋の表情を浮かべ、アリオトとミザールは唖然とルファスの背を見つめる。

あの常に不敵な態度を崩さず自信に満ちたルファスがまさかこんな弱音にも聞こえる言葉を言うなんて信じられないといった様子だ。

ただ一人、多くを察したメラクだけが目線を逸らす。

 

 

 

「ミズガルズにはうんざりする事が多すぎる。苦痛と喪失が当たり前の世界だ」

 

 

 

ルファスの言葉に何人もの人が険しい表情を浮かべた。

彼らは間違いなく勇士で、ルファスが果実を託すに値すると判断した心身共に強い者らだ。

……100年も生きられない人間がそこまで強さを求める様になるのは、誰しもが“理由”を持っているからだ。

 

 

 

愛する者を失うなどこの世界では珍しくない。

 

 

 

特に吸血鬼たちはルファスの事をじっと見つめている。

ミョルニルの戦いで家族を失い竜王への報復だけを目的に生きてきた彼らはアリストテレスの後継者と密かに囁かれる女をじっと値踏みしていた。

あの時自分たちを救ってくれたピオスもアリストテレスももう居ない。

 

 

しかし、しかし、ルファスからは……。

 

 

 

「今日、我々はあの理不尽を粉砕する。それをもって私は宣言しよう」

 

 

 

怪物が全ての瞳を醜悪に歪める。

自分を殺す等と言う宣言を聞き更に憎悪が増大していく。

 

 

誰もが一人の女から眼を離せない。

当初は女風情がと侮るモノもいただろうが、もう違う。

輝く金糸と相反する漆黒の翼というあまりに判りやすいアイコンはここに来て最大の効力を発揮していた。

 

 

 

 

「人類が虐げられる時代は終わるのだと」

 

 

 

 

新しい時代。

その息吹を人々はルファスの背に見た。

 

 

 




量産型アルゴー船


木龍の断片を培養&品種改良し製造された飛行艇。
アリストテレス兵器群が開発したアイガイオンに対抗する為の空中母艦である。
しかしこれでもまだまだ初期段階であり兵器群が求める完成形には程遠い。


木龍の欠片には魔神族と同じく無限の可能性が宿っており、次世代の兵器たちを設計する上での根幹要素となるだろう。



そして仕事がまだ一段落しないので次回更新は28日を予定しております。
今年は最後にバタバタしてしまい申し訳ありませんでした。

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