ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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ミズガルズの法は絶対であった。
幸福の失墜は女神が全人類に定めた約定であり、覆る事はない。


全て殺された。
愛した息子も、産まれる筈だった孫も。
自分を助けてくれた人々も。


助かったのは産まれて来る孫の為に仕事を増やし出張で村をあけていた女だけ。
その間に魔神族に村ごと全て焼かれて灰になった。
そうして彼女は全てを失った。



───とある女の肖像5




あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。

今回の話は原作の番外編「夢は悪夢に変わる」を読むといっそう展開の違いを楽しめるかもしれません。





ルファスの“墓参り”

 

 

クラウン帝国からの援軍、更なる進化を果たした【アリストテレス兵器群】によって瞬く間に竜たちが殲滅された後の話だ。

空にもう一つ巨大なエクスゲートが開かれればそこから堕ちてきたのは血を滴らせる竜王の頭部だった。

それ自体が山脈に匹敵するソレが乱雑にゴミの様に打ち捨てられる。

 

 

 

次に幾つかの胴体が落ちてくる。

それらの切断面は乱雑で、刃物を用いての切断というよりは恐ろしい程の力で引きちぎった様にしか見えない。

癇癪を起した子供が紙を千切り捨てた時にも似ていた。

 

 

 

 

最後に小さなゲートが展開し、そこから出てきたのはルファスだ。

全身を真っ赤な血で染め上げた彼女の顔に表情はない。

因縁の竜王を打倒したというのに何の感慨もなく、それどころか勝利の喜びさえない。

 

 

 

 

 

「ルファス様!」

 

 

 

一番にアリエスが駆け寄り血まみれのルファスに濡れたタオルを手渡す。

そこでやっとルファスが表情を緩め「ありがとう」と礼を述べてからソレを受け取り顔を拭う。

彼の後に続いてやってきた奇妙な兜を深々と被った男、タウルスはじっと彼女を見てから言った。

 

 

 

「此方もついさっき終わったばかりだ」

 

 

 

「そうか……」

 

 

 

 

ルファスは周囲を見渡しながら気配も探る。

ざっと見た所ではあるが重傷者はあれど死者はいない様だ。

誰も死なずに済んだ、とりあえずその事実に一息ついてから空を見上げる。

 

 

 

主が上空に展開される巨大アルゴー艦隊を見ればアリエスが捕捉を入れた。

 

 

 

 

 

「あいつらはクラウン帝国からの増援です」

 

 

 

あの異常な軍勢を思い返せばどうにも言葉が険しくなるが、彼は続ける。

 

 

 

「どうやったかは判りませんが魔神族が竜に乗っていました。

 それで竜王の竜を攻撃していたのです……」

 

 

 

魔神族は人類の敵である。

既にその前提は崩れており、今まで転々とした戦場で魔神族が人類の味方、というよりは道具として扱われている所を見た事がないわけではない。

しかしそれでもアレは異常だった。

 

 

 

「そして……もう一つ」

 

 

 

この時はまだ【ブラキウム】という単語とスキルを知らないアリエスはどう説明したものか頭を悩ます。

主であるルファスが扱うエクスゲートに近いが全く違うアレは彼の語彙では表現できないものだ。

 

 

 

「“ブラキウム”だ」

 

 

 

説明を引き継いだのはメグレズだった。

顔に深い疲労を刻みながらも杖をついて歩いてきた彼は言う。

探究の一環として女神の聖域についても文献を漁った事のある彼は天秤と呼ばれる怪物の事も知っていた。

 

 

 

 

「ブラキウムはどのような防御や回避スキルを用いようと決して無効に出来ない一撃必殺の技なんだ」

 

 

 

 

回避も防御も不可能。

一度発動させれば99999ダメージを強制的に与える比類なき裁き。

本来ならば世界最古にして最強のゴーレムのみが扱える至高の一撃。

 

 

 

「本当なら聖域を守護するゴーレムだけが放てるスキルの筈だけど……」

 

 

 

「どうやったかは見当もつかない。だけど、アリストテレス卿はそれをただのゴーレムでも使える様にしてしまった」

 

 

 

しかしアリストテレスはそれを陳腐化させた。

技術に貶め、誰でもボタン一つで放てるようにしてしまった。

正に神をも恐れぬ所行と言えよう。

 

 

 

どんな場所であっても即時にエクスゲートを用いて送り込み、99999ダメージを叩き込む。

捕捉も撃墜も不可能。

終末時計という概念がミズガルズに齎されてしまった。

 

 

 

ルファスの翼が広がる。

飛行の他にも多種多様な機能を備えたソレは周囲の空間に残滓する魔力と天力の影を捉える事も出来た。

同時にルファスの視界が切り替わる。

 

 

もはや十八番となった能力を行使。

 

 

 

【観察眼】

 

 

レベル4200の彼女が行使するソレは理解の外にある。

彼女の肉体は常に最適化/進化を繰り返し続け、ステータスでは測れない多くの力を得ていた。

これもその一つだ。

 

 

 

物質的な三次元を見るモノから、世界を構築するマナ/天力/魔力を直視する様にピントを調整する。

この世界は魔法であるというのならば、それを織り込んでいる力を観察できるはずだと思い、実際に出来てしまったのが彼女だ。

……そんなさすがの彼女もいまだ世界を運営する法を見る事は叶わないが。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

ソレを見たルファスの目つきが険しくなる。

アリエスとメグレズの言う通り近郊にはいくつもの“孔”が空いている。

ゆっくりとミズガルズの修正能力が働いて塞がりつつあるが決して無視できるものではない。

 

 

 

 

エクスゲート弾道ゴーレム。

エクスゲート・フレアから更に進化した凶悪極まりない最高効率の破壊兵器。

【エクスゲート】を経由して自爆特攻攻撃を大前提としたゴーレムを送り付ける倫理観の欠片もない設計思想。

 

 

 

遠い世界ではミサイルとも称されるコレは一瞬で空間を超えてくる以上、迎撃はおろか探知さえ不可能だ。

どれだけ警戒をしようと問答無用でブラキウムを叩き込んでくる正しく悪魔の兵器と言えよう。

これの恐ろしい所は弾頭を交換する事によってブラキウム以外にも生物兵器や熱兵器へと容易く換装できることだ。

 

 

 

 

剣と魔法で戦う世界に突如として乱入してきたロマンも名誉も誇りさえない無機質な殺意の塊と言えよう。

 

 

 

ルファスはもう一度人類を見た。

己が果実を分け与えてレベリングしてもいいと判断した勇士たちを。

誰も彼もが傷を負い息も絶え絶えだった。

 

 

 

 

誰も死なずに済んだのは奇跡……ではない。

救援のおかげだということくらい誰でも判る。

また、彼女は助けられた。

 

 

 

 

ルファスは次々と彼方から飛来する巨大船たちを見た。

その周りに護衛として飛び交う竜王軍のそれとは違う竜たちとそれに騎乗している魔神族も。

竜と言う人を襲う魔物に人類の天敵である魔神族、この二つが今や人類の道具へと貶められている。

 

 

 

 

 

“アリストテレス兵器群”

 

 

 

全プロトコル問題なし。

 

 

人類保護続行。

 

 

 

今一度ルファスは己が戦争に参加した理由を思い返す。

人類共同体を奪い取るという野心が前提ではあるが、もう一つロードスからの依頼として兵器たちの性能を測ってこいというのもあった。

 

 

 

結果は───想像を絶するとしかいいようがない。

仮に戦う場合はミズガルズを壊してはいけないという大前提がある以上、あの兵器たちを纏めて相手にするのはルファスでも骨が折れることだろう。

しかもあれで発展途上だと考えると末恐ろしいモノがある。

 

 

 

 

しかし一つだけ腑に落ちない事がある。

ルファスの瞳にはレベルも表示されているのだが、竜や魔神族はともかくゴーレムのレベルもかなり高いのだ。

本当ならばクラスの合計レベル÷2+アルケミストのレベルを足したものがゴーレムのレベル上限となる。

 

 

 

仮にレベル1000の人物がいたとして、その人物が【アルケミスト】のクラスを100まで修めていた場合は500+100で600が上限になる。

しかし上空を飛び交うクレイモア級のレベルは平均して800で、高いモノだと何と1000までいる。

これはどう考えてもおかしい。

 

 

 

ルファスの様な特異な存在はともかく、クラウン帝国にはそこまで強大な力を持ったアルケミストなどいないというのに。

 

 

 

 

竜が一頭ルファスの前に着陸しその背に乗っていた老婆──メリディアナが杖を突いて降りてくる。

彼女の左右には護衛の魔神族が佇んでおり言葉を発するのはおろか呼吸さえしていない。

徹底的に無駄を削ぎ落された結果として彼女の操る魔神族は呼吸という機能を削除されていた。

 

 

 

 

メリディアナはルファスに対して深々と頭を下げた。

そこには見せかけではない心からの敬意がある。

 

 

 

 

「竜王の討伐、確かに見届けました」

 

 

 

「さすがは偉大なる御方の系譜。心から敬服いたします」

 

 

 

 

熱に浮かされたしゃがれ声で告げる。

ルファスのみを讃え、それ以外はどうでもいいと言わんばかりの態度で。

実際、彼女はルファス以外は眼中にもないようだった。

 

 

 

 

「聞きたい事がある」

 

 

 

「何なりと」

 

 

 

深く腰を折って接する老婆にルファスは問う。

どうやっても判らないと認め、ならば聞くしかないと。

 

 

 

「貴様のレベルでどうやってあのゴーレム達を手繰っている?」

 

 

 

 

メリディアナのレベルは400。

しかして明らかに彼女が操るゴーレムや軍団のレベルは1000かそれに準ずるもの。

ミズガルズのルールである己より強いゴーレムやモンスターを支配することは出来ないという大前提が狂っている。

 

 

 

メリディアナは深く笑った。

ぞっとするような粘性のある笑顔だった。

煌々と輝く瞳と併せて今の彼女は正しく魔女だ。

 

 

 

彼女は幾つも身に着けているド派手な指輪を撫でた。

ルファスがソレを見て───察した。

膨大なマナの塊を物質化した宝石であるが、あれはきっと、恐らく。

 

 

 

どうやったかは判らない。

だがしかし。

 

 

 

「申し訳ありません。お答えしたいのは山々なのですが、ここでは何せ人が多すぎます」

 

 

 

老婆は含み笑いながら言う。

此処ではないなら述べてもいいと。

それはルファスも望むところであった。

 

 

 

今まで目を逸らしていた暗部、それを直視する時が近づいてきている。

場を仕切り直す為にメリディアナは声を張り上げてこの場にいる全員を初めて見て告げた。

 

 

 

「此度の功績を讃える為、ボレアリス陛下がマルクトでお待ちになっております」

 

 

 

 

「皆様の()()()()は正しく伝説として語られることでしょう!」

 

 

 

決して“勝利”や“栄光”とは言わない。

兵器たちがいなければお前たちは死んでいたんだぞと魔女は嘲っていた。

彼女からすればルファス以外は全てオマケでしかない。

 

 

 

ふっと最後に一瞬だけ魔女の顔に嘲りが浮かんだが誰も文句は言えなかった。

 

 

 

“魔女”メリディアナ。

レベルこそ低いモノの油断ならない存在だとルファスは改めて思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界から理不尽を駆逐する。

もう誰にも己のような思いをさせない。

女神にこの世界の在り方について問いただす。

 

 

 

 

ルファスの願いはあの日から何一つ変わってはいない。

その為にまずは彼女は己の勢力の基盤を作るために尽力していた。

竜王との戦いで彼女は痛感した。

 

 

 

 

アリストテレス兵器群。

あれは恐ろしい猛毒であり、下手をすれば己の道を妨げる最大の障害になりうると。

人類を守護するという名目は美しく、今の所は人類の為に働き続けているのも事実。

 

 

だが……何か嫌な気配があれらからするのだ。

プラン・アリストテレスが設計したということはアリストテレスの悪癖をあれらも宿している可能性が非常に高い。

つまり効率の為には何でも行い、どんな犠牲でも払うという無情さを。

 

 

 

それに対抗する為には自分だけの組織、もっといえば軍事力が必要だと彼女は考えていた。

 

 

 

その第一歩として先ずは己の国を持つ。

ルファスは着々と自分の夢に向けて進み続けていた。

クラウン帝国の現皇帝であるボレアリスはかつてのアルカスに似たような体躯と器を持つ大男であり、既に話はつけてある。

 

 

あれから幾度か代替わりを繰り返した帝国であったが、その度にルファスは秘密裏に皇帝たちと接触を続けていた。

アルカスはどうやら己の子孫たちにルファスの存在を言い含めていたらしく話はあっさりとついた。

 

 

 

竜王の退治から十カ月。

ルファス達は竜王の影響により活性化した魔物や竜、恐竜たちを駆除し続けていた。

魔神族さえも駆除され、その結果できたのは広大かつ肥沃な土地だ。

 

 

 

 

その土地に人類共同体は入植し新たな国家を建国し次は魔神王との戦いを見据えて軍備を発展させる。

それが次の人類の方針であり、その国の初代国王にはルファスが即位する手はずとなっていた。

もちろん全ては最初からそう決められていた事ではあるが、ルファスとしては初耳となるテイで進める。

 

 

 

 

仲間たちを騙しているという負い目はある。

何せ幾度も繰り返すが竜王の討伐など本当はただの踏み台でしかなかったのだから。

 

 

誰も文句が言えない手柄を立て王になる。

そしてその次は人類共同体をベネトナシュから奪い取る。

世界を纏め上げ、手札を増やして女神の座へと至る道筋を作り上げる。

 

 

 

その為にはルファスはあらゆる全てを利用すると既に決めている。

 

 

 

……もう母とは本当に会えなくなるだろう。故郷にだって帰れない。

今までは個人として自由に生きてきたが、これから自分がやる事は血塗られた道だ。

自分が世界に引き起こす影響を思えば母の人質としての価値はとてつもないことになる。

 

 

 

 

いや、ルファスは覚悟を決めている。

仮に母が人質にされようと自分は躊躇わないと。

カルキノスという最高の護衛がついてはいるが万が一はあり得る。

 

 

 

言葉を濁すのは止めようか。

ルファスは母を殺すしかなくなった場合は殺すだろう。

かつてジスモアがやったように。

 

 

 

どうもがこうと彼女はジスモアの娘であり、これは逃げられない血筋の業だった。

 

 

 

 

だから彼女は王になる前に過去と向き合う事にした。

忌々しくてたまらないが決して切れない縁と己の原点を見返す為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

霊峰ヴァナヘイム。

ルファスは無表情で産まれ故郷を見上げている。

本能レベルで拒絶が出てしまい、この森に入った時点で彼女は胃がムカついてしょうがない。

 

 

 

故郷には一瞬で帰れた。

どれだけ距離が離れていようと【エクスゲート】を使えば瞬間的に戻れるのだから。

しかしあえてルファスは近辺の村に転移してから仲のいい家族が経営する宿で一泊してからわざわざ歩いて麓の森までやってきていた。

 

 

途中に遭遇した魔神族の少年が必死に命乞いしてきたのもあって見逃がしたのもどうでもいい話だ。

何事もはっきりと決める彼女であるが、こればかりはどうあっても拒絶が先立ってしまう。

 

 

 

嫌だ、近づきたくない、こんな事して何になる?

 

 

 

頭では判っている。

こんな事をするくらいならばそもそも里帰りなどやめてしまえばいいのにと。

本当なら数分とまではいかずとも一時間もあれば全て片付けられる事に既に一日は使っている。

 

 

 

たった一人の人間が傍にいた時はこんな事にはならなかったというのに。

ルファスはプラン達を失ってから結局いままで二度目の里帰りをしたことはなかった。

近寄りさえしていない。

 

 

 

だって彼女は半ば気づいているから。

あの夜の原因が何であったか考える時間はたっぷりとあった。

しかしあの男はもう死んでおり復讐することさえ出来ない。

 

 

 

 

この地にはリュケイオンに迎えられた事以外ではいい思い出などなかったからだ。

ならばどうしてそこまでして彼女が忌まわしい記憶しかないヴァナヘイムに戻ろうとするかというと───。

 

 

 

 

【ステルス】

 

 

 

魔法を用いて透明化する。

単純であるが今はこの魔法ほど必要なものはない。

まるでこそこそと逃げ回るネズミの様な行為だが、今のルファスは白い翼の天翼族に絡まれたら我慢できないかもしれないから必須だ。

 

 

 

翼を広げ地面を蹴れば次の瞬間には都市部の端に到着。

【サイコキネシス】で発生した衝撃などは全て相殺し静かに降り立つ。

事前に気配を探知してあり、ここには誰もいない事は把握済みだ。

 

 

 

 

遠くからは活気ある喧騒が聞こえる。

ヴァナヘイムの上層はいつも華やかで活気に溢れていて、ここだけを見れば理想の国だ。

多くの弱者やどうしようもない身体的な特徴の持ち主を攻撃し、その屍の上に成り立つ国だ。

 

 

 

崩れてしまえ。

 

 

 

吐き捨てそうになった言葉を飲み込む。

今の自分は他者の不幸を望むことよりも多くの命を背負う事を選んだのだから。

 

 

 

ルファスは歩を進める。

活気ある市街地ではなく外れに向けて。

どんどん人通りが減ってきてやがて誰も居なくなるころに到着したのは古い墓地だった。

 

 

 

 

その中でも一際大きな墓の前にルファスは佇む。

墓石には“エノク”と刻まれていた。

実父たちの墓参り、それが彼女の今の目的であった。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

最初で最後になる実父の墓参りに対しても彼女は恐ろしく冷え切っていた。

プランの葬式の時の会話。

親子のそれとは思えない程に凍り付いたやり取りでさえ彼女たちの仲からすれば奇跡だった。

 

 

1分ほど彼女はソレを眺め続けた。

 

 

 

(何も感じない)

 

 

 

哀しみはおろか怒りさえ。

 

 

本当に何も思わない自分に彼女は少しだけ驚いていた。

あれから254年、もうそろそろ255年か。

それほどの時間が流れた結果、ルファスはジスモアを許しはせずとも苦労は判ったつもりだ。

 

 

 

大貴族としての面子や母への複雑な思い──プランとの友情。

全てわかる。

特に彼との友情はきっと本物だったのだろう。

 

 

 

母がかつて言っていたあの人も戦っていたという言葉の意味も判る。

ジスモアという男が何と戦い、そして負けて折れたかも。

ここで偉そうに佇むルファスだって一度は折れかけた。

 

 

 

それら全てを踏まえてもルファスは実父の死に対して何も思わなかった。

赤の他人どころか道端で乾いた死骸を晒している芋虫を見た時の様だ。

同じ“父”の墓を見てこうも違うのかと自分で驚いてしまったのも仕方ない。

 

 

 

だが……その隣にあるのは別だ。

 

 

母とは違う女性の名前と名前の欄が空白の個所。

ジスモアが再婚した女と当時妊娠していた子供の事だ。

ヴァナヘイムが奇襲された時に共に死んでしまった水子。

 

 

 

異母きょうだい。弟か妹かさえ判らない。

何せ生まれる事も叶わなかったのだから。

その死に対しては少しだけルファスは揺れた。

 

 

 

恐らく産まれたとしても一生自分の事など知らずに生きていただろう。

それどころか翼さえ白ければジスモアに愛してもらえただろう。

だがそんな未来は産まれる前から奪われた。

 

 

 

 

そっと一輪の花を墓前に添える。

言葉は何もなかった。

翼が微かに震えて周囲のマナを揺らし、微かに取り込んだだけだ。

 

 

 

 

王になる前に一つだけロードスに聞かなければいけない事が彼女にはあった。

今更という話ではあるが知らなければいけないのだ。

 

 

 

 

 

 

あの時は怖くて聞けなかった。

ジスモアを殺したのは貴方だという確認を。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミズガルズには絶望が溢れている。

いつ、どこで、誰が死のうと不思議ではない女神の夢想がつまった世界だ。

 

 

もう何も言う事もやる事もなくなったルファスが墓前から去ろうとした時だ。

彼女の本能が危機の到来を告げた。

 

 

ルファスの優れた探知器官である翼がひっきりなしに反応を繰り返している。

高密度のマナの塊が急速に移動していると。

しかも一つや二つではなく、何十という単位で。

 

 

 

【観察眼】で直接見たわけではないが恐らくレベルはどれも400以上だろう。

竜王の軍団のせいで麻痺しがちだが一体で国を滅ぼせる怪物がうじゃうじゃと蠢いている。

それらはヴァナヘイムに向けてではなく、周辺の村々へ一斉に侵略/攻撃しようとしていた。

 

 

 

 

その中の一つには先に彼女が泊まった宿のある村も含まれている───。

 

 

 

魔神族という単語が頭に浮かんだ瞬間にルファスは動いていた。

【エクスゲート】を開こうとして……どこを救おうか考えさせられる。

 

 

周辺の村々の数は最低でも7個はある。

仮に【エクスゲート】で飛んだとしてもさすがの彼女も分身は出来ない。

 

 

 

 

 

1つ救っている間に残りの6個が滅ぼされるだろう。

しかも彼女が知っている座標は1つだけ。

6つには跳んでいくしかない。

 

 

ミズガルズは頑丈ではあるがルファスが全力で大地を蹴ればそれだけで谷が出来てしまう。

そうなった場合は二次災害が起きるだろう。

 

 

 

命の取捨選択。

王となる者であれば避けては通れない行為をこの瞬間に求められていた。

 

 

 

 

しかし今の彼女は冷静さを失っていた。

もしもここにプランがいれば先ずはゴーレム等を用いた時間稼ぎなどの策を瞬時に考えられたのだろうが……。

 

 

 

 

「チッ!!」

 

 

 

舌打ちし宿があった村に飛ぶ。

悔いるのはまだ早い。

まずは助けられる個所から救わなくては。

 

 

 

 

 

そしてゲートを開いた先には。

 

 

 

 

 

 

 

ぷつっと魔神族たちの気配の全てが一瞬で途絶えた事に彼女は気づけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

平和で牧歌的な村があった。

もちろん魔神族など居ないし、誰も死んではいない。

村人たちは今日も平和な日々を懸命に生きている。

 

 

 

 

ルファスは鋭い目つきで周囲を更に警戒する。

ゲートの座標は昨日宿泊した宿屋の目の前であった。

いきなり現れた昨日の客人に宿屋で出会った小さな娘は驚いて箒を落とし、目を白黒させたあと花咲くように笑った。

 

 

 

「昨日のお姉さん! また会えました!」

 

 

「料理が忘れられなくてな。また来てしまった」

 

 

 

子供を怯えさせない為に微笑んで返してやりながらも周囲の警戒は忘れない。

しかしいくら警戒網を広げようと先に探知したはずの恐らく魔神族であろう気配が見つからない。

あれだけはっきりと捉えたはずなのに、まるで消え去ってしまったようだ。

 

 

 

 

(気のせい、だった……?)

 

 

 

 

いや、そんな筈はない。

戦場を渡り歩いて磨き上げた能力は比類なきものだ。

ただでさえ次元違いの能力を持つ彼女に搭載された感覚器は絶対の探知を可能としていた。

 

 

 

その全てが言っている。もう敵はいないと。

隠れているとか、逃げたとか、そういう話ではない。

消えたのだ、跡形もなく。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

キョトンとした様子で小さな娘が聞いてくる。

まだ10にも届かない歳でありながら両親を助けて宿で働く立派な子だった。

そんな子の命が誰も知らない所で危機に晒され、そしてその心配がなくなったのだ。

 

 

 

「いや……何もないならいい」

 

 

 

完全に警戒を解くべきかどうしたものか悩むルファスに娘は笑顔で胸を張っていった。

このお姉ちゃんは何か判らないけど何かを心配しているらしい、だけどその必要はないと。

 

 

 

 

「うん! 今日もオオカミさまが守ってくれてるからだいじょうぶ!」

 

 

 

 

「“オオカミ様”……?」

 

 

 

不意に出てきた聞きなれない単語にルファスは頭を傾げる。

時折気まぐれを起こした魔物が人の村などを守るという話もあるにはあるらしいが……。

 

 

 

 

「オオカミさまはね……」

 

 

 

 

聞きたそうにしているルファスの為に彼女が産まれるずっと前からここらへん一帯を守り続けてくれる偉大なるオオカミ様について娘は語り出し───。

 

 

 

 

 

 

そしてルファスは再び過去に追いつかれることになる。

罪の炎に再び薪がくべられ、彼女は焼かれ続ける。

 

 

 

どれだけ逃げようと彼女はプラン・アリストテレスから逃げる事は出来ない。

 

 

 




今年も頑張って彼女を曇らせていきます。
そしてようやく来週からとりあえず週一更新に戻せそうです。
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