ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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「断る」

「下らん。何故私が貴様の復讐に手を貸さなくてはならない?」

「全ては貴様が弱いからだ。
 その不幸は身の丈にあったモノでしかない。精々噛み締めろ」

「やりたいのならば自分で好きにやれ。
 最も貴様の様な雑魚が果たせるとは思えんがな」


───“守護者ベネトナシュ”魔神族討伐の懇願を受けて。



今回は少し短いですが独立して書いておきたかった話です。




オオカミ様の“哀れみ”

 

 

何故、どうして、何で。

ルファス・マファールは混乱という言葉さえ生ぬるい状態に陥っていた。

竜王に殴られようと痣一つ付かなかった頭が今ではぐるぐると回っており、心臓は壊れそうな程に無茶苦茶な鼓動を刻んでいる。

 

 

 

 

オオカミさまはね、私たちをまもってくれてるんだって!

 

 

 

 

上下左右の感覚さえ狂いかけている中、彼女は森の中を一直線に歩いていた。

“ソレ”が何処にいるのかは判っている。

濃密に過ぎるマナの塊を探せばいいのだから。

 

 

 

だが、出会うのがたまらなく不安で怖い。

 

 

しかし逃げるわけにはいかなかった。

確かめなくてはいけない。

本当にそうなのかと。

 

 

 

ずっと昔にね、お母さんのお母さんの、そのまたおかあさんの時にえらい貴族さまがやってきて。

 

 

 

奥歯を噛み締める。

少しでも油断すればそれはカチカチと音を鳴らしてしまいそうだったから。

 

 

翼を全力で支配する。

僅かでも気を逸らせば直ぐに浮力を発揮させてここから飛び立とうとするから。

 

 

 

 

村を襲おうとした魔神族をたおしてくれて。

 

 

 

ルファス・マファールは世界最強である。

誰が見ても判る程に彼女の存在は突き抜けており、比喩するものなどあり得ない。

 

 

 

レベル4200の規格外。

ミズガルズ開闢以来の怪物。

女神の宙から生まれたバグ。

 

 

 

それら全てが嘘に思える程に今の彼女は弱弱しい。

 

 

 

 

ずっとみんなを守ってくれるようにって、オオカミさまたちを作っていったんだって!

 

 

 

彼は確かによくヴァナヘイムに足を運んでおり、少し考えればあり得ない話ではないのは判る。

帰宅の途中に少し宿によって休んで帰ろう等と言うのは誰だって判る考えだ。

 

 

 

その時におみやげとして、このへんなマスクをおいて行ったの!

 

 

 

笑顔で差し出されたソレを見てルファスの顔は強張りそうになってしまった。

表情に出さない様に全力を駆使し何とか娘に不審がられはしなかったが。

 

 

 

255年前に作られたソレは色が抜け落ち風化してはいたが間違いなくバルドルの頭部。

どれだけ悪趣味と言われようと決して彼は認めなかった。

間違いなくプランの作品であり、彼がこの村を以前助けたことがあるのは確定している。

 

 

 

まただ。

また彼女はプランに助けられた。

250年以上前の亡霊はずっとルファスの背後に忍び寄り離れない。

 

 

 

もはや妄執と言っていいだろう。

何かをするたびに彼女はアリストテレスと己を比べてしまう。

アルゴー艦隊を見せつけられてからはそれが一層ひどくなりつつある。

 

 

 

アリストテレスならもっと上手にやり遂げられた。

彼ならもっと効率よく出来た筈だと。

 

 

 

事実ルファスだけではどうあっても村を救う事は出来なかった筈だ。

出来てもせいぜい1つか2つ。

7つ全てをどうにかするのは無理だ。

 

 

 

師の足跡は世界のあらゆる個所に残っており、知らずにルファスはそれを辿ってしまっていた。

どれだけレベルを上げようとそれだけでは届かない領域を認識し彼女は焦燥に炙られる。

そもそも今のこの世界を統べる人類共同体がアリストテレスの作品なのだから、どうあっても逃げられないのは道理なのかもしれない。

 

 

 

 

森を進み、やがては開けた一角に出る。

そこにソレはいた。

まるでルファスを待っていたように。

 

 

 

雪を溶かしたような一点の穢れもない純白の毛並みが風に煽られて静かに揺れている。

全長は20m程で竜に比べればずっと小さい。

しかし感じる圧はレベル4200のルファスの警戒心をひりつかせるほどだった。

 

 

これはマナの密度が濃いのではない。

質が高いというべきか。

もっと純粋に生成された、より原初の女神の力に近い。

 

 

 

芸術としか評せない美しい白狼が一点の殺意や敵意もなく佇んでいた。

この立ち姿を切り取り絵画にするだけで大勢の人を魅了するのは間違いない程だ。

知性のある蒼い瞳がじっとルファスを見つめている。

 

 

 

敵対する意思がないのは明らかであり、明らかに他の魔物とは一線を画している。

知性と理性、そして己の哲学さえ瞳には宿っており、それに基づいて白狼はルファスを見定めているのだ。

 

 

 

 

「………!」

 

 

 

翼が震える。

警戒と驚嘆で。

ここまでのモノを人は作り出せるのかとさえ思った。

 

 

 

 

ソレを見た瞬間、ルファスは言葉を失った。

次元違いの完成度を誇るマナ生命体だと判ってしまったから。

プランの残した処分を免れた数少ない資料を読み漁り研究を続けてきたルファスだからこそ判る。

 

 

 

これはプランが作った新種のマナ生物だと。

理論だけなら彼女も知っており、取っ掛かりを掴みつつはあるが……。

それでもこれだけの精度で術を行使するには最低でもあと数十年はかかるだろう。

 

 

……数百年かもしれない。

レベルに任せた出力だけでは再現は不可能だと断言できる。

 

 

 

 

本当の天才というものは存在する。

どれだけ努力を重ねようと届かない域の存在は確かにおり、お前ではこの域に到達するのは無理だという現実を突き付けてくる。

何をやってもアリストテレスの猿真似で、結局は付け焼刃でしかないという現実を。

 

 

 

母を置き去りにしてまでこのザマだ。

一体、何をしに外にやってきたのか判ったものじゃない。

 

 

 

白狼がゆっくりとルファスに歩み寄ってくる。

巨体からは想像できない程に動きは静かで足音さえもない。

直上から真っすぐ見下ろされてルファスは無言で見つめ返した。

 

 

 

 

数秒ほど経った後、白狼は目線を別の個所に向けて小さく鼻を鳴らした。

それを合図にしたのか遠くから何かが放り投げられてくる。

ぐちゃっという水袋でも落としたような破裂音と共にソレはルファスの近くに投げ捨てられた。

 

 

 

「お前は……っ」

 

 

 

「た、たひゅ…ぇ……て……」

 

 

 

全身のあらゆる所に傷を負い、辛うじて生きているといった有様の魔神族だった。

ルファスはこの魔神族の少年を知っている。

ヴァナヘイムに向かう際中、気まぐれで見逃した個体だ。

 

 

 

それがどうしてここに?

……ルファスの極めて発達した頭脳と直感は一瞬で答えにたどり着いてしまった。

 

 

 

話は簡単だった。

ルファスが甘さを見せて見逃がした魔神族は改心などせず、付近の村々を仲間たちと共に襲おうとした。

それをこの狼たちが防いだということだ。

 

 

 

また、彼女はプラン・アリストテレスに後始末をさせてしまった。

自分の失敗で誰かの命を危機に晒し、その尻拭いを行わせて自分は何も出来ずに全ては後の祭り。

これではまるで、まるで、何も変わっていないじゃないか。

 

 

 

 

小さく唸りを上げて眼前の者と殆ど同一と言っていい程に似通った白狼たちが森の中から次々と出てくる。

気付けばルファスは周囲を完全に取り囲まれてしまう。

 

 

 

「おかあさ、ん、たすけて……」

 

 

 

「おかあさん、たすけてぇぇ……!」

 

 

 

「いたいよぉぉぉ……いやだあああ」

 

 

 

哀れみを乞う様な惨めな声音と態度で必死に魔神族はルファスに手を伸ばす。

まるで実在の母にするような余りに悲壮な姿に一瞬だけ彼女はたじろいでしまう。

そんなルファスの姿を見た魔神族の頬が微かに吊り上がる。

 

 

 

“何だこいつ、チョロいじゃん”

 

 

 

このままこいつを利用して何とかこの場から逃げきろうと画策し──。

 

 

 

グシャ。

 

 

ルファスをして恐ろしい速さで動いた白狼の前足に押しつぶされた。

きっと本人は死んだことにさえ気づいていない早業だ。

そのまま汚物を振り払うように幾度かグリグリと地面を抉り足を上げればそこには陥没した地面しか残っていない。

 

 

 

戦いにさえならない。

群れ全てを動員させれば今のルファスと戦闘を成立させられる次元の強さの彼らにとって魔神族など相手ではないのだ。

本気でこの狼たちを倒したいのであれば魔神王が直々に出向くしかない。

 

 

 

恐ろしいまでの完成度。

まさしくルファスが夢見た最高の術。

【狼の冬】と名付けられていた術の理想だ。

 

 

 

「……!」

 

 

 

……ルファスは震えそうになる唇を何とか抑え込んだ。

まるで狼が自分を糾弾している様に見えたからだ。

唸り声一つ上げず魔神族を潰した白狼は先と変わらない様子でルファスを見ている。

 

 

 

その目が余りにも彼に似ていてルファスの胸はじくじくと痛んだ。

戦わないでほしいという願いに背いて血に塗れておきながら中途半端に敵に情けをかけた結果がこれだ。

あの少女や村人たちを殺しかけたのは間違いなく自分だとルファスは理解している。

 

 

 

マナとそこに宿る意思を透視できるルファスには判ってしまった。

この極めて完成されたマナ生命体が何を考えているか。

プランの力によって作られたこれらはルファスを害する事こそないが疑問を抱く自由はあった。

 

 

 

“ここで何をやっている?”

 

 

 

それはまるで失敗した己の教え子に注意をするような。

それはまるで出来もしない事を無理にやろうとしている愚か者を嗜めるような。

 

 

 

「もしもこれから先、魔神族と戦う時がきたら決して情けをかけてはいけない」

 

 

「会話が可能なだけで、彼らは我々とは決して相いれない存在なのだから」

 

 

 

ミシっとルファスの翼が軋む。

そこにあるのは己への怒りだった。

一つ手に入れたら一つ取りこぼす愚鈍さへの憤りだ。

 

 

 

 

基礎中の基礎だったはずだ。

魔神族をどう扱うかなど。

義務教育レベルの事をルファスは忘れてしまっていた。

 

 

 

 

それは圧倒的な力を得た代価といえる。

いや、進化というべきか。

 

 

ルファスは誰よりも強くなった。

レベル4200でありながら未だに限界知らずに成長を続けるマナの申し子だ。

だからこそ、彼女は忘れてしまった。

 

 

生物の進化において必要のない機能が淘汰されるように、ルファスの基準は基本的にレベルが三桁ある前提になってしまっていた。

簡単に言えばそれ以下の存在への配慮が消えうせつつある。

自分にとっては雑魚であっても、他の者にしてみれば立派な脅威だという認識を彼女は無意識に消していたのだ。

 

 

 

しかしこれを責めるのは少々野暮というものだ。

太陽さえ軽々と砕く存在の物差しはどう頑張ってもメートル単位が最低基準で、ミリ程度の存在を意識するのは難しいのだから。

 

 

 

だが。

それが許されるのはルファスが自由な個人だった場合の話だ。

これらはこれから王になる彼女には決して認可できない陥穽だ。

 

 

 

誰だって嫌だろう。

極めて有能な自分を基準に物事を考え、相手の能力を考慮せずに無理難題ばかり求めてくる上司など。

古今東西暴君はそうやって生まれる。

 

 

 

“家に帰れ”

 

 

“お前には向いていない”

 

 

“無理をするな”

 

 

 

 

端的にそれだけを念としてルファスに送った後に狼たちは任務に戻るべく踵を返す。

ヴァナヘイム周辺の村々を守れという指示は今も有効で、これから先もずっと彼らは世界がどのような形になろうと任務を続けるのだろう。

 

 

 

独り残されたルファスはまた一人になってしまい、俯く。

どれだけ強くなって追いかけようと届かない背中を直視した彼女は敗北感と憤怒で震えている。

何が竜王を退治しただ、何が果実を作れるだ、何が世界最強だ。

 

 

 

「私は……甘かった……」

 

 

 

何とか絞り出した一声は無感情であった。

しかし腹の奥底にはマグマだまりの様な熱が存在している。

限界まで握った拳から血が滴った。

 

 

 

理想を追いかけているつもりだった。

自分の様な思いをする人を減らす為に努力しているつもりだった。

 

 

 

 

しかし、全てが全く足りていない。

255年経ってもなおプラン・アリストテレスの作った枠組みに守られ続けている。

元より届いていないのは知っていた筈だった。

 

 

 

しかし楽観的な思考があったのも事実だ。

今の自分はレベル4200。

これだけの強さがあれば多少の物事はどうにでもなると思いあがっていた。

 

 

まただ。

少しでも気を抜けば慢心は直ぐに湧いてくる。

 

 

 

「そんなこと、判っていたはずだった」

 

 

 

 

認識が甘かった。

その一言に尽きる。

魔神族もそうだが、ルファスはミズガルズという世界そのものを侮っていた。

 

 

 

絶望と死で回る世界だと身に染みて理解していたはずなのに。

数えきれない程の善き人々の犠牲によって紡がれた世界だと判っていたのに。

 

 

 

彼らの齎してくれた250年にも渡る平和のせいで傷が癒えてしまった。

ルファス・マファールは平穏な生活によって満たされてしまっていた。

良くも悪くも幸福な出会いをし、本当の意味での苦労を経験しなかった。

 

 

 

プランが常に優しく疑問を回答してくれた。

母はいつだってルファスの夢を応援してくれた。

アリエスは神話に伝わる毛を惜しみなくルファスに渡してくれた。

カルキノスはどんな時でもルファスを案じてくれていた。

ピオスは何が有ろうと世界には愛があると信じていた。

 

 

 

ルファスは恵まれていた。

その一言に尽きた。

 

 

ハッキリ言おう。

ルファスは箱入り娘なのだ。

9年の地獄はあったかもしれないが、そこから先の人生では衣食住には困らず誰にも負けない力や途方もない財だって得られた。

 

 

 

 

皮肉な話である。

もしもプランと出会わず母を失い、孤独でストイックに力だけを追い求める人生だったのならばこんな失敗は犯さないはずだったのに。

 

 

 

あと何回失敗を繰り返す?

その度にこうやって誰かに尻拭いをさせるつもりか?

プラン達を失った時から一歩も成長していない。

 

 

 

己の甘さと弱さを直視したルファスの中でナニカが音を立てて切れていく。

こんなザマではいつまでたってもプランの背は越えられない。

人類共同体を奪い取り、ミズガルズを一つにまとめるという夢には届かない。

 

 

 

その果てに女神を糾弾するという目的を叶えたいというのならば───変わらなくてはいけない。

 

 

 

心の何処かにまだ残っていた人としての心。

美味しい料理を前に顔を綻ばせ、アリエスを撫でながら微笑み、時にはボード遊びで笑う。

愛した人の何処かズレたジョークにむすっとしたり、共に生涯を歩みたいと淡い想いを抱いた事もあった。

 

 

かつての日々において培われた女性としてのルファスの心。

これらは何よりも大切な宝だった。

同時にこの記憶はルファスという怪物を縛り付ける鎖でもある。

 

 

 

魔物に堕ちない様にとプランが付けてくれた戒めだった。

 

 

 

それら全てを彼女は捨て去る事を決意した。

カルキノスの言っていたことは正しい。

自分にはまだ王となり誰かの命を奪い/背負う覚悟が足りていなかった。

 

 

 

 

だから彼女は決めた。

悪魔になる事を。

この世の理不尽を全て押しつぶす為に自分が最大の怪物に変わる事を。

 

 

 

決意した瞬間、ある男の寂しげな顔が脳裏に浮かび……彼女はソレを黒塗りで押しつぶした。

もう死んでいる人間だ。いずれ越えなくてはいけない過去の残照だ。

どうやっても決して会えないのだから、だから、考えても意味なんてないんだ。

 

 

 

最後に小さな呟きが再生された。

彼女の中で押し潰されていく少女の断末魔の様に。

 

 

 

「ルファスはこれから先、自分では想像も出来ない程に長い年月を生きる事になる」

 

 

 

「その中でどれだけ大きなことを成そうとしたとしても……」

 

 

 

「いきなり結果だけを求めるのはやめておくんだ」

 

 

 

 

 

翼を広げ、彼女は超音速で飛び立ちその場を後にする。

まるで親の小言から逃げる子供の様に。

この日、ルファスはプランの言葉を完全に捨て去った。

 

 

 

結果を出す。

どんな手を使っても。

どんな事になろうと、私は目的を果たすと決めてしまった。

 

 

 

多くの人に恐れられると同時に慕われた覇王ルファス・マファール誕生までもう僅かである。

 

 

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