ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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【バグ技】【RTAやTAS要素あり】


これらのタグはしっかり仕事をしております。


プラン 装備 “ワニキャップ” “パチンガー”

 

「早く行くぞ!」

 

 

その日ルファスはいつになく昂っていた。

動きやすい麻製のズボンとシャツ、そしてミスリルのチェーンメイルを着込んだ彼女は興奮を隠しきれない様子でプランに話しかけている。

少しだけ頬を赤らめたルファスは、今まで培ってきた己の力を思う存分振るえる現実を前に歓喜を隠しきれていなかった。

 

 

腰に携えたミスリルの獲物の柄を何度も撫でながら少女は文字通り()かれていた。

翼が興奮を抑えきれず、浮力を発生させているのだ。

結果として少女の身体は20センチほど浮遊している。

 

 

模擬戦より数日後、プランはそれとなくルファスに実戦に行きたいか、と聞いたのだ。

その結果がこれである。

やっと実戦に出れるとプランから許可を貰った彼女は正しく有頂天といった所か。

 

 

そんな彼女の姿を「典型的な初陣を前にした兵士だな」と思いながらプランは相変わらず微笑み、頷いていた。

己の相棒である銃を確認しながら、彼はユーダリルとリュケイオンの狭間にある村が出してきた要望書をルファスへと見せてやる。

 

 

 

「出発を前に依頼を確認しようか。依頼主は街道沿いにあるティダ村の村長。

 依頼内容は、オークの討伐だ。そこそこの規模で、フールを家畜として使っているらしい」

 

 

依頼書に目を通せば、そこには無力な村人たちの嘆きが著されていた。

最近現れたオークの群れに脅迫されて困っている。

資材や村の娘を攫われ、歯向かった男も何人か殺されたと恨みの籠った文面であった。

 

 

 

「フールとは何だ?」

 

 

 

「フールは狼の魔物だね。

 紫色の体毛をしていて、目が4つある。

 基本的にレベルは15から25。

 生物の狼の様に群れで行動する魔物なんだけど、オークを始めとした他の魔物の“足”として使われることもある種だ」

 

 

 

魔物の世界にも奇妙な共生があるんだよとプランは続けた。

フールは安定した餌をオークたちから貰い、オークはフールの機動力を得る。

まるで人間と馬の様な関係を築いているのだ。

 

 

「なんだ高くても25か……」

 

 

私は60だぞ、と全身で得意気な気配を発するルファスのプランは少しだけ咎めるような口調で言った。

 

 

「戦いにおいて慢心は決してしてはならない。

 どれだけ相手が弱者であろうと、自分を殺しえる隠し札をもっているかもしれない」

 

 

 

「…………」

 

 

 

尚も懐疑的な顔をするルファスにプランは更に続けた。

 

 

 

「ミズガルズには“弱さ”を逆に“強さ”に変えている存在もいるんだ。

 疑似餌の様に弱弱しい姿をさらけ出しておいて、ソレに釣られてやってきた存在を毒や凶悪な隠していた牙で返り討ち、っていう話もよくきく」

 

 

えてして一見すればレベル的に弱い魔物はそういう一芸をもっている可能性が高いんだと説けばルファスは納得したようだった。

弱さを逆に利用するという発想は彼女の中にはなかったらしく、腕を組んで何かを考えていた。

 

 

「……そういう輩は……己の事を知り尽くしているんだな……弱さを利用する、か……」

 

 

己の弱さを知り、認め、その上で生存競争の武器に変えるという世界に彼女は感じ入ったようだった。

プランはルファスの肩を軽く叩いた。

赤い瞳がプランを見上げた、彼女は組んでいた腕を解いて言った。

 

 

 

「……オークについて教えて欲しい、レベル的には私よりも下かもしれないが……知りたい」

 

 

ルファスの言葉にプランは内心で満足を抱いた。

どんな格下の相手であろうと情報収集を欠かさない姿勢は実に素晴らしい。

何より嬉しいのはルファスが自力でその発想に至ったということだ。

 

 

 

もしもルファスが事前の情報収集を行わないようであったら、プランは注意するつもりだった。

どんな相手であろうと、どれだけ格下との戦いであろうと、同じ様に戦い、同じように勝利するとは限らないのだから。

 

 

 

「オークはミズガルズに数多く生息する魔物の中でも最も一般人が目にすることの多い魔物だ。

 成人男性と同じか、少し高い位の身長に猪の頭を持ち、手足は人間とほぼ同じ形をしている」

 

 

 

淡々とプランは言う。

まるで目の前に教科書があり、それを読み上げているかの様だった。

 

 

「全身には硬質の毛が生えていて、一般人の剣戟くらいなら弾いてしまうだろう。

 そしてここからが大事なんだが、彼らは人間並みの知恵があり武器を扱う事ができる」

 

 

 

基本的に人類種よりも上位の能力を持つ魔物が武器を使う。

これがオークの強みであった。

【クラス】やスキルなどは使えないが、それでも人の数倍の身体能力を持つ存在が武具を振り回すだけで一般人は成すすべもないだろう。

 

 

「更に厄介な事にオークは言葉を喋る事ができ、人類と同じような共同体を構築する能力を持っているんだ」

 

 

 

つらつらとプランはオークの強みを上げていく。

彼らの構築するソレは普通の魔物の“群れ”ではなく“国”の様なものだとルファスに話して聞かせた。

繁殖方法についてはさすがに伏せたが。

 

 

オークは基本的に人類種の女性を攫い、襲う事で増えるなどさすがに少女に語るには問題が多すぎる。

 

 

 

「確かに、厄介そうだな……」

 

 

魔物が国の様なモノを作るという話を聞かされたルファスの顔には緊張が宿っていた。

オーク退治、つまりオークの拠点に殴り込みをかけるという事は罠が満載された敵地に出向く様なものだと悟った彼女は少しばかり身を強張らせていた。

なのでプランはそんな彼女の緊張をほぐす為に、ルファスが興味を持ちそうな話題を持ち出す。

 

 

「厄介な奴らだけど、実はオーク退治には旨みもある」

 

 

 

「旨み?」

 

 

きょとんとした顔でルファスは言う。

人並みの知性を持つ魔物を倒して得られる報酬が何なのか気になったのだろう。

 

 

 

「オークはヒレの部位にマナをため込む性質があってね。

 もしもこれを無傷で手に入れる事が出来たら、簡単に体力のステータスを伸ばせるドーピングアイテムとして使う事ができるのさ」

 

 

 

「うぇ……美味そうではないな」

 

 

聞き及んだオークの特徴からまさか食用になるとは思っていなかったルファスは顔をしかめて感想を口にした。

魔物とはいえ言葉を発し、人並みの会話も可能な生命を食べるというのはどうにも抵抗感があるらしかった。

そんな彼女にプランは意外そうに言った。

 

 

 

「美味しそうに食べてたじゃないか」

 

 

「……は?」

 

 

聞き捨てならない言葉を聞いたルファスの目が見開かれる。

一瞬だけ頭が理解を拒絶する。

まさか、こいつ、今、何て言った、と胸中で疑問と返答が巻き起こる。

 

 

聡明な彼女の頭脳は本人の気持ちとは裏腹に答えを出してしまった。

 

 

 

「きさまっ! な、な、な───!!」

 

 

顔を真っ赤にして飛びかかろうとするが、直ぐにヒレ肉には体力増強の効果があると説明された事を思い出しルファスは暴れる己を押さえつける事ができた。

本当に腹が立つが、自分を強くしてくれたのも確かだという事実に彼女は歯ぎしりすることしか出来ない。

 

 

ふーふーと肩で息をしながら少女は目の前のふざけた男を睨んだ。

知らず知らずの内にとんでもないモノを食べさせてくれた男をルファスは唸りながら睨む。

翼が威嚇するように広がり、羽が震えた。

 

 

 

「前話はこれくらいでいいだろう!! 早く行くぞッ!!!」

 

 

 

唸る様に吠えたルファスにプランは平時と変わらず微笑みながら頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。虫も泣き止む頃。

月が雲に隠され周囲に闇の帳が下りる中、ルファスとプランは茂みに隠れてオークたちの拠点である洞窟の様子を伺っていた。

 

 

 

「…………」

 

 

真っ赤な瞳を鈍く輝かせながらルファスは何度もプランと洞窟を見比べている。

洞窟の前には見張りのオークが二体たっており、二人のいる場所まで荒い鼻息が聞こえてきた。

 

逸る気持ちを抑えきれない様子のルファスにプランはいつも通り穏やかな口調で説明を始めた。

これから敵の拠点に侵入するとは思えないくらいに彼はいつもと何も変わらなかった。

 

 

「最初に自分が攫われた娘たちを救助する。

 洞窟の至る所に爆発物を仕掛けながら潜り、救助と同時に爆破。

 飛び出てきたオークをルファスには倒して欲しい」

 

 

人質になんてされたら面倒だからねとプランはルファスが納得するように言葉を選んだ。

少女の中の初の実戦への期待があまりに高い事を彼は見抜いていた。

故に人質救出という理を以て彼はもう少しだけ待っていてくれとルファスに言ったのだ。

 

 

 

「【一致団結】を発動させておく。

 これで自分と視界が同期できる筈だ。

 敵を避ける戦い方もあるという事を見ていて欲しい」

 

 

 

無言で少女が頷くのを見てからプランは【バルドル】のマスクを脱ぐ。

懐に置いてあった革袋から代わりにディノレックスの頭を模した奇妙な被り物を取り出す。

かの恐竜の頭を精巧に模したソレは、一見すればワニにも見えた。

 

 

 

「なんだそれは? 魔法のアイテム?」

 

 

これから救命に行くというのに奇妙なことをし始めた男にルファスは困惑交じりに言った。

どうみても男が被ろうとしているソレはただの革製の被り物にしか見えない。

妙に出来がいいソレを見ていると、少女の頭の中に浮かぶのはあの時のプランの意味不明な動きである。

 

 

 

「違う。これは……こういう時に被ると集中できるんだ」

 

 

 

かつてミズガルズに存在した偉大な男(BIGなBOSS)も被っていた由緒正しい逸品なんだよと説明するが

ルファスは腕を組み、呆れたような顔をしてプランを見つめた。

「何を言ってるんだ?」と顔で表現する少女にプランは本当の事なんだけどなぁと少しだけ凹んだ。

 

 

 

「行ってくる」

 

 

 

松明を片手に悠々とプランは歩き出す。

散歩でもするような足取りで彼は洞窟へと向かった。

潜入の「せ」の字もない彼の動作にルファスは混乱したが、直ぐに彼の宣言通り【一致団結】が発動される。

 

 

 

何度見ても慣れない数式と乱数の世界を観測させられながらルファスは瞼を閉じる。

すると彼女の視界はプランの視界と完全に同期し、彼の目線と一つになった。

 

 

プランには見えていた。

オークたちの有効な視界の範囲や足音への反応の感度、予想される巡回ルートの中身まで全て。

それら全てを理解し、考慮した上で彼は何てこともないように動く。

 

 

どれだけ注意を凝らそうと絶対に産まれてしまう感覚の隙間を彼は通り抜けることが出来た。

オークたちの横をプランは何事もないかのように素通りする。

まるで仲間を通すかの如くオークはプランの行動に何も言わない。

 

 

巡回を始めたオークの真後ろをプランが続いているというのに、誰も気が付かない。

瞼を閉じながらであるが、ルファスは己の頭がおかしくなったと思い、軽く小突いた。

 

 

明らかにおかしい。

どうして気づかない? 

何でそんなに大胆に行動できるんだと彼女は目の前の理不尽に突っ込みたくなった。

 

 

 

二人一組で周囲を警戒する分隊の三人目となったプランはふざけているのか、時折背後を確認しながら魔物たちと巡回を行っている。

それどころか時折松明を左右に振って彼は奇妙なダンスを披露さえしている。

それだけの事をやっているというのに、まるで【ステルス】でも使ったかの様に誰も彼に気づかない。

 

 

実際はプランは何も使っていない。

彼はただ歩いているだけだ。

あらゆる生物の感覚の隙間を渡り歩くことによって、完全な隠密をモノとしているだけにすぎない。

 

 

【観察眼】を除けば何もスキルを使っていないという事実にルファスは身震いし、あんぐりと口を開けた。

おかしい。幾らオークが間抜けだといっても限度というものがある。

 

 

 

(何で……!? 何がどうなってるんだ……)

 

 

 

ルファスの困惑をよそにプランがまた奇妙な動きを行う。

組み手でもするかのように腕を広げて構えれば、明らかに触れられていないオークがその腕に引き寄せられていく(当たり判定吸い込み)

いきなり首を締め上げられたオークは自分の前をいく仲間に助けを求めるように手を伸ばすが、悲しいかな全く気付かれない。

 

 

「ぎっぇ……」

 

 

自分の命が消え去ろうとしているのに、目の前の仲間にソレを伝える事さえ出来ないオークの絶望はどれほどのものだったろうか。

魔物の首元にプランの右手が添えられ、そこから射出されたのは麻酔針であった。

いつも使っている麻痺針から換装されたソレを首元の、オークの神経が集中している弱点に直接打ち込めば瞬時に昏倒した。

 

 

 

壁に向けて寝落ちしたオークを投げつけて【錬成】を使う。

硬い岩肌が粘土の様に溶けてオークを抱き込み、閉じて、また岩に戻る。

同じように残りの一匹をプランは淡々と処理し、最後にルファスに手を振ってから洞窟の中に入っていった。

 

 

 

 

そのあともプランのありえない動きをルファスは延々と見せられる事になった。

ご丁寧に主観視点という特等席で、彼女はこの世の捻じれ、歪み、孔をいやという程に味わい尽くす事になる。

 

 

 

松明を掲げながらディノレックスの頭を被った男が走り抜けているというのに誰も彼も気づかない。

時折道端にエイルの実や干し肉などをばら撒けば、食い意地の張ったオークたちはそれに群がり、夢中になり貪り出す。

その後ろを堂々とプランが通過していった。

 

 

 

「これはっ!」

 

 

「良いモノを見つけたぞ……うまいっ!!」

 

 

オークが歓喜の声を上げて肉に食いつく。

品のない咀嚼音を上げながら肉を貪る後ろでプランは松明と頭を左右に振り踊っていた。

ルファスには何をしているのか全く判らない動作であったが、これは彼にとって由緒正しい儀式なのだ。

 

 

【エスパー】のスキル【サイコ・コンプレッション】で内容物に圧が掛かる泡を作り出し、その中に火炎放射器で作った火種と【錬成】で用意した濃縮酸素を包む。

そうやって作った簡易な爆弾をプランはあちらこちらに配備しながらオークの目を掻い潜って淡々と先へ進む。

 

 

まるで自分の屋敷を歩き回っているかの様な足取りで彼は娘たちが囚われていた最深部へと到達。

 

 

「なんだきさっ……」

 

 

牢獄の見張りに配備されていた他のオークよりも屈強で、多少は知性がありそうなオークがいきなり現れたプランに声を上げようとし、見失う。

「カッ」という吐息を漏らし呆気なくこの洞窟で最強の戦闘力を持っていたオーク・ウォーリアーは倒れ込む。

いつもの如く【瞬歩】と【サイコスルー】による超高速すり抜けを行ったプランはすり抜ける直前【ターゲティング(注目)】を使ったのだ。

 

 

 

結果、彼はあらゆる物質を通り抜けながらも何に触れ、何を掴むか“選択”することが出来た。

そして彼が【ターゲティング(注目)】したのはオークの()()である。

オークの臓器、特に有用性の高いヒレと心臓を彼は【ターゲティング(注目)】し、通り抜ける直前につかみ取りながらすり抜けたのが真相だ。

 

 

「おれのっ…しん……ぞ……かえし、てぇ……」

 

 

悶えながら転がるオークはプランを見上げ、その手に握られたモノが何であるかを直感で理解し、情けない声を上げて息絶えた。

視界を同化させていたルファスは暫し呆然とした後、プランが何をしたかを朧に理解し、口元を手で抑えて歯を食いしばる。

幾ら可能だとはいえまさか本当にやるとは、やってしまえるとは、と彼女は背筋に冷たいモノを感じながら思った。

 

 

 

時折ルファスにはプランという男がとてつもなく冷たい怪物に見える事がある。

ゴーレムより冷たく、彼が握る銃より無機質な怪物に。

何処か彼には人外染みた冷淡さがあると少女は思っていた。

 

 

 

腰にぶら下げていた袋の中に生暖かいソレをしまう。

心臓はいまだ鼓動を繰り返していたが、プランは気にも留めなかった。

 

彼は牢獄に囚われていた女性たちに朗らかな声で語り掛ける。

たったいま、オークの臓器を抜き取って殺害した存在とは思えない位に軽く、優しい声であった。

 

 

「助けに来ました。手筈は整っています、自分にまかせてください」

 

 

囚われていた娘たち……人数は5人だ。

彼女たちはいきなり現れたワニ顔の男に目を丸くしたが、プランの知的な言葉遣いと助けに来たという言葉に直ぐに頷いた。

 

 

「失礼」

 

 

牢を開けて娘たちを自分の周りに呼び寄せたプランは【サイコスルー】を使って娘たちを浮かばせる。

自分の“力”によって保護された彼女たちはこれによって世界にはプランの一部と認識された。

次にマントの内側に手を伸ばせば取り出したのは何の変哲もないパチンコだ。

 

 

「Y」の形をしたソレを何度か弾いて調子を確かめる。

パチンガーと名付けられたソレは普通ならば様々な薬品や火薬を込めた球を打ち出す武器だ。

子供でも扱える気軽な護身道具としてミズガルズでは有名な武器だが、あくまでも護身や時間稼ぎの為の武器であり、本当ならば直接的な戦闘にはとてもじゃないが扱えない武装だ。

 

 

 

ギリィ……パチン。

ギリリッ……パァチィン……。

 

 

本来玉の有る所に圧縮したマナの塊を置いて、何度もプランはゴムを引っ張って戻すを繰り返し始めた。

救助された女性たちは頭を傾げる。視界を同期させていたルファスでさえ「何をやっているんだ」と顔を強張らせた。

そうだ、強張らせたのだ。ルファスには嫌な予感がしていた。こいつはまた、何かろくでもない事をするんじゃないかと。

 

 

 

ゴムを弄りまわしながらプランはまるで目の前に段差があるかのようにジャンプした。

普通ならば重力に引かれて地面にまた足をつけるだけの行為だというのに……彼は()()()()()した。

何もない虚空に、まるで不可視の地面があるかの如く着地し、また跳ねる。

 

 

ミズガルズの法が歪む。

女神の定めた理の孔が最大限に利用され、本来ありえない事がありえる事象へと引きずりおろされる。

もしもこの光景を世界の創世神たる女神が見ていたら、驚愕を顔に張り付けていたかもしれない。

 

 

自分の世界にそんな陥穽があるなどありえないと女神は叫ぶだろう。

だが哀しいかな。ミズガルズは製作者たる女神でさえ把握しきれない程に孔だらけなのだ。

 

 

 

また着地。

跳ねる、着地。

周囲に浮かんでいた女性たちを引き連れてプランは天上へと向かって登り始めた。

 

 

そこまで広くはない洞窟である。

5回程跳ねた時点で直ぐに天井にぶち当たり、このままでは頭を強打するのではないかと誰もが思った瞬間……彼は壁にめり込んだ。

硬い岩盤に上半身を埋もれさせながら何度もパチンガーを引っ張っては戻すを繰り返し続ける。

 

 

すると彼と女性たちは完全に壁に埋もれてしまう。

ミズガルズはプランの存在位置を修正する。

壁の中に一切の破壊を齎すことなく侵入し動き続けるというありえない事象の処理に混乱をきたした。

 

 

修正。修正。

該当存在と壁の存在軸、及び座標/波長を同一に修正。

壁とプランは同じ存在であると再定義される。

 

 

 

これはミズガルズ及び、この宙そのものが■■だからこそありえる事象であった。

結果、プランは壁の中を平然と歩き回る事が出来る。

タタタ、とワニ頭にパチンガーを持った化け物が世界の裏側を走り回った。

 

 

途中処理が狂って身体が引っかかりそうになるたびに彼はパチンガーを鳴らし、虚空へとジャンプ、着地を行って己の座標と波長を修正する。

一直線に己のいる場所、出口に向かって走り寄ってくるプランに対してルファスは味方だというのに身構えてしまう。

少女から見れば意味不明に意味不明を重ねた、意味不明なワニ頭の男が壁の中を駆けずり回って自分の所に突っ込んでくるのだ。

 

 

 

「ヒュッ」と息を漏らし、剣の柄に手をやってしまったルファスを誰が責められようか。

身を強張らせ、顔をひきつらせたルファスが見ている中、洞窟の壁から()()()()()()()()()

後れて【サイコスルー】で保護されていた女性たちも同じく壁から生えた。

 

 

 

地面に着地した彼はパチンガーをマントの内側にしまうと、ルファスの下へと歩み寄り、彼女の周囲に女性たちをそっと降ろした。

 

 

 

「お待たせ。彼女たちは無事だったようで、何よりだ」

 

 

 

「…………そうだな」

 

 

 

唇を震わせながらルファスは答える。

確かに女性たちには外傷一つないが、心には奇妙な痕が残ってしまったかもしれない。

現に彼女たちは虚空を見つめながらぶつぶつと「何が起こった」と繰り返し続けている。

 

 

 

プランが【錬成】を行う。

周囲の岩や土などを用いて簡易的なゴーレム作成を彼は行った。

完成したのは均整の取れた四肢を持つゴーレムだった。

 

 

ゴーレムのレベルは90。

オークでは何体いても意味がない程に屈強な兵士たちだ。

まるで人間の様な姿のソレを3体作り出したあと、プランはゴーレムに指示を出す。

 

 

 

「少し離れた位置で彼女たちを守れ。何かあったらすぐに知らせろ」

 

 

 

命令通り場を後にする人形を背に彼はルファスへと向き直る。

待ちに待ったことが間もなくだと悟った少女は気を取り直して頷いた。

 

 

「では───始めるよ?」

 

 

「うん」

 

 

この後の計画をルファスは全て知っている。

洞窟を爆破し、逃げ出してきたオークたちを出口で待ち構えたルファスが攻撃するという流れだ。

プランが洞窟に思念を送る。彼は【サイコ・コンプレッション】を解除したのだ。

 

 

 

中に込められていた濃縮酸素と火種が一瞬で反応を引き起こす。

引き起こされたのは大爆発だ。それも複数、連続して。

とてつもない轟音が周囲を満たす。

砕けた岩の残骸などが入り口から吐き出され、代わりに膨大な量の空気が吸い込まれていった。

 

 

 

真っ赤な炎が渦を巻いてオークの住処で暴れ狂っているのをルファスは見た。

プランの爆破は雑なようで計算され尽くされていた。

瓦礫によって逃げ道を的確に封じ込めるための爆破位置。

最も被害が出る火災の発生個所、煙の流れと窒息死する確率、全て計算通りである。

 

 

60匹はいたオークたちは既に16匹にまで減らされてしまっていた。

最深部で座していたオークのボスは瓦礫によって押しつぶされており、魔物は彼らの強みである組織力を既に失っている。

煙により視界と呼吸を奪われ、全身を炎に炙られながらもオークたちは仲間を押しつぶし、必死に出口を目指して足掻く。

 

 

悲鳴、悲鳴、鳴き声、断末魔が何度も何度も響く。

地獄としか言いようのない光景を見つめながらプランは冷静にディノレックスの被り物を脱ぎ去り、代わりに【バルドル】のマスクを装着していた。

無機質な鳥の骸顔はいつみても不気味で恐ろしい威容を持っており、眼前の殺戮を見ても微動だにしていない。

 

 

 

「そろそろ出てくる。準備は出来ているかな?」

 

 

「…………」

 

プランの声音は変わらない。

初の実戦でもいつも屋敷の庭で行っている訓練の時と同じ声で彼はルファスに言う。

プランの視界を共有する【一致団結】は発動され続けている、ルファスの目には8匹ほどのオークたちが走り出てくる様が映っていた。

 

 

 

ミスリルの武器をいつも以上に強く握りしめてルファスは歩き出そうとし、その直前にプランに肩を軽く叩かれた。

彼は一言だけ彼女に告げた。

 

 

 

「行っておいで」

 

 

 

「……」

 

 

一呼吸分だけ足を止めたルファスは再度歩き出す。

剣に込められていた無駄な力はもうなくなっていた。

翼が大きく広がり、少女は跳ねるように茂みから飛び出した。

 

 

 

「クソッ! クソッ!! ぢくし゛ょう゛!! 何だってんだ!!!」

 

 

天に向かって罵倒を繰り返しながらオークが洞窟から飛び出してくる。

全身に火傷を負っており、煙に巻かれたせいか呼吸は荒々しくも弱い。

血走った目がルファスを認めれば魔物は牙をむき出しにして叫んだ。

 

 

 

「でめ゛ぇのぜいかァァァァア!!! ぶっごろじてやる!!!」

 

 

敵意。殺意。憎悪。そして狂気。

ルファスの初の実戦に相応しい有様であった。

少なくとも無様に泣き喚き、哀れみを乞う声で命乞いをされるよりはずっといい。

 

 

 

魔物で、敵で、女性を襲って繁殖する人類の敵ではあるがそれでも命だ。

その命を奪う事に躊躇いを覚えさせない立ち振る舞いはルファス・マファールが初めて討伐する魔物としては満点だった。

勧善懲悪でルファスの心にしこりを残さない。今回プランが拘ったのはそこであった。

 

 

ルファスの背筋が冷たくなる。

これはプランの動きを見て感じる冷たさとは別種のものだった。

少女が持っていて良いものではない、肉食昆虫染みた冷酷さが顔をもたげたのだ。

 

 

ジスモア・エノク(彼女の父)無関心な存在(ルファスとアウラ)に見せていたような、命さえもどうでもいいと言わんばかりの冷たさだった。

 

 

無言でルファスは唸りを上げて向かってくるオークを見て武器を構える。

プランから教わった攻撃の型……柄頭を額の少し先に置き、剣先をオークに向けた構えだ。

威嚇する様に翼が広がり、一度だけ羽ばたいた。

 

 

 

ルファスは決めた。

勝つと。

その為に行動することを彼女は決意した。

 

 

全身の筋肉が収縮し、解放される。

その瞬間、彼女の華奢な身体は外見からは想像できない程の力強さを以て()()()

天翼族の浮遊能力とアクロバティックな体術を基に飛び跳ねて戦う攻撃の型は相互に干渉し合い、彼女にとてつもない攻撃力を与えた。

 

 

 

オークの十倍以上の速度でルファスは地面スレスレを滑空し、自分の動きに全くついてこれていないオークの首元に刀身を当て……思い切り刃を引いた。

ミスリルの刃はオークの皮と毛を軽々と引き裂く。

それどころか骨さえも水に溶けかかった粘土の様に容易く切断した。

 

 

 

オークの首が空を舞う。

彼は己が首を跳ねられたことにさえ気づいていないらしく、ルファスへの殺意に満ちた形相のまま命を終えた。

首から鮮血が噴き出るが、もうルファスの身体は返り血を浴びる事はない距離まで離れてしまっている。

 

 

オークが倒れるまでの間にルファスはもう次の獲物を見つけていた。

精神が研ぎ澄まされた今の彼女には、技術も何もない魔物の動きなど欠伸が出る程に遅く見えている。

 

レベルにしてオークたちは大体20から30。

ルファスの半分もない。

その上技量もなく、場をひっくり返せる切り札もない。

 

 

 

つまるところ、オークは弱者であった。

ルファスという強者に狩られる獲物であり、生殺与奪を彼女に握られた惨めな敗北者たちだ。

 

 

ルファスが跳ねる。

ブーツが大地を深くえぐり、彼女の身体は加速する。

 

 

武器を振るう。首が飛ぶ。

武器を振り下ろす。オークが両断される。

武器を横薙ぎにする。オークの上半身と下半身が泣き別れた。

武器を突き刺す。鼓動する心臓に深々と剣が突き刺さった。

武器を用いる。【クイックレイド】によって魔物が肉片となった。

 

 

 

「ははっ……!」

 

 

気づけばルファスは笑っていた。

プランという規格外の存在とばかり戦っていて余り実感していなかった自分の強さを彼女は理解したのだ。

 

 

「ハハハハハははははっ!!」

 

 

自分は強い。少なくともこの魔物たちより。

血が燃える様だった。

彼女は既に戦いを楽しむという事を覚えていた。

 

 

鍛え上げた力で他者を蹂躙する。

それの何と甘美な事か。

 

 

 

「ひっ……!」

 

 

魔神族でさえたじろく笑みを浮かべたルファスにオークの顔が凍り付いた。

目の前の少女の相手をするくらいならば洞窟の中に戻った方がマシだと判断した彼が踵を返そうとするが……。

 

 

「あがっ……あぁぁぁ………」

 

 

不可視の重圧が魔物を襲う。

天翼族の種族スキルである【威圧】だ。

自分よりレベルが半分より下の存在を恐怖と重圧で縛り付ける能力だ。

 

 

跪け下等種。

我こそは女神に最も近き至高の種、天翼族であると言わんばかりの能力だ。

翼の民は虫けらには己に立ち向かう事さえ許さない。

 

 

 

腰を抜かし、動けなくなりながらも這いずってルファスから逃げようとするオークに少女はあえて足音を響かせながら近づく。

涙を流しながら地べたを這いずる姿が誰か(昔の自分 )と重なった。

そんなオークの首にミスリルの刃を押し当てる。

 

 

 

「やめっ」

 

 

魔物の首が切断された。

オークという魔物を倒したことにより、彼らの持っていたマナが解放され、ルファスへと還元される。

とはいってもその割合は以前プランが話した通り、全体の1割ほどであり、残りの9割は───プランの手元にかき集められた。

 

 

「……………」

 

 

ルファスは周りを見渡す。

もう立ち向かってくるものはいない。

気づけばオークたちは全滅しており、勝利者である彼女だけが立っていた。

 

 

彼女を満たしたのは達成感ではなく“飢え”だ。

 

 

死んだ。誰も彼も死んだ。

もっと殺したかった。

もっと踏みにじりたかった。

 

 

どうせこいつらは女を誘拐し、村の人々を傷つけたクズ共だ。

もっと苦しむべきだ。それが出来る力が自分にはある。

そうだ、プランに頼んで洞窟を開けて貰おう。

 

 

中でしぶとく生き残っている奴らを見つけ出して、一匹ずつ殺してやろう。

 

 

そう思いながらいまだ熱に浮かされた頭でプランの方を向けば……彼は直立したままその場で腕を振るっていた。

まるでその場にある何かを殴打しているかの様な、不可解な動きだった。

現に彼は“壁”を殴っていた。【サイコスルー】で空間に固定した不可視の力場を殴ったのだ。

 

 

 

自分で生成した念力の壁に身体を一部めり込ませ、その状態で武器(拳でもよい)を振る。

その瞬間にちょっとだけ跳ねて、タイミングを合わせて【瞬歩】を発動させる。

 

 

結果、彼の身体は直立したままルファスへと向かって()()()()()

彼がよく使う【サイコスルー】と【瞬歩】の合わせ技にも似た、超高速移動方法と同種の技術である。

 

 

「うわァァァァァアアアア!?」

 

 

手足を全く動かしておらず、背筋をピンっと伸ばした良い姿勢でスゥゥゥっと己に向かってくるプランに対し少女の顔が引きつり、喉の奥から瞬間的に声が出た。

頭を満たしていた嗜虐的な思考さえ吹き飛び、ルファスは年ごろの少女の様に迫りくる化け物から我が身を守る様に自分で自分を抱きしめる。

 

 

 

 

ピタッとルファスの目の前で慣性の法則など無視して停止したプランはマスクを脱ぎ、いつも通り微笑んだ顔を見せる。

ふー、ふーと威嚇する猫の様な声をルファスはあげていた。

 

 

 

「お疲れ様。任務の半分はこれで達成になる」

 

 

 

「半分?」

 

 

いまだ激しく脈打つ心臓を意識しながらルファスが問えば、彼は目線で少し離れた位置に退避させた女性たちを示した。

 

 

「彼女たちを村まで送り届けて初めてクエストは完遂だ。次は“守る戦い”をやってみようか」

 

 

 

戦いとはいつも自分から攻めて始めるものではないからね、とプランが言えば彼女は頷くしかなかった。

 

 

 

「さて、行こうか」

 

 

言いながらプランは目にもとまらぬ速度でリボルバーを抜き、森の木々の更に奥、少なくともルファスにはそこに何があるか判らない位置に向けて発砲した。

一発、そちらを見もせずに射撃したあと彼は何事もなかったかの様に腰のホルスターに銃を戻した。

全くの無駄がないその動作は銃に疎いルファスからしても美しいと思える程に優美であった。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「威嚇射撃さ。夜の森には危険が多いから」

 

 

 

何てこともないように男が言えばルファスは「そういうものか」と納得するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放たれた弾丸は凝縮したマナに【錬成】を三重にかけて生成したものである。

それが一発。それはミズガルズの重力や風力、諸々の要素を雑多に計算されて放たれたものだった。

水平線の向こう側、距離にして13キロほどの位置にいたオークたちの群れにそれは着弾した。

 

 

 

魔物としての本能で己たちの拠点が危機に晒されていると直感し、村へ向かっていたのを引き返してきた略奪部隊である。

フールに騎乗し、縦横無尽に駆け巡る彼らは言ってしまえばオークの騎兵たちだった。

そんな騎兵の先頭にいたオーク……リーダー格の魔物の上半身が突如はじけ飛んだ。

 

 

 

瞬間、込められていた【錬成】の一つ目が発動する。

 

 

 

【剣の冬】

 

 

オークの上半身を構築していた全ての肉、骨、そしてマナに【錬成】を行使。

吹き飛んだ肉片一つ一つが小さな刀剣、槍、メイスなどのあらゆる近接武器へと作り替えられ、それらは後続のオークたちへと降りかかった。

 

 

 

悲鳴が上がる。いきなり金属質の武器とキスをする羽目になったオークたちの混乱は図り知れないものがあるだろう。

何とか回避したモノ、運悪く直撃して肉片の仲間入りを果たしたモノと運命が分かれる。

だが2回目と3回目の【錬成】が発動し、あらゆるものが本能で直感した事だろう。

 

 

 

“逃げ場などない”

 

 

“全員ここで死ぬんだ”

 

 

と。

 

 

 

獰猛な唸り声が響いた。

この場にはいない筈の、狼の唸りだった。

 

 

 

マナが凝縮する。ほぼ同時に発動された二つの【錬成】が互いを補強し合いながら効果を発揮した。

アリストテレス家の狂気に満ちたマナ操作技術が行使される。

ミズガルズにおいて【錬成】とは物質を媒介に異なる物質を作り出し、または変換を行う術だと皆が思っている。

 

 

間違っても純粋なマナを媒介にして、はた目から見れば無から有を作る術などではないと。

 

 

だがそんなものは違うとアリストテレス家はそれを否定する。

そこで歩みを止めたのがお前たちだ。

女神に与えられ、先を見ようとしない進歩という言葉を母親の中に置き忘れてきたクズ共めとかの者らはいうだろう。

意思を持つ魔法など、そこら中にお手本がいるではないか、と。

 

 

 

 

錬成【狼の冬】

 

 

 

マナが凝縮され、吹き飛んだ血肉さえも巻き込んで新しい“魔法”が発動。

それは銀色に輝く狼の様であり、真っ赤な瞳が残忍な喜びを宿して獲物を見つめている。

相対するだけで判る圧倒的な存在の格差に、魔物たちは命乞いさえ無駄であると悟ってしまう。

 

 

 

死がオークたちへと迫った。

猛獣が肉を引き裂き、骨を貪る音が月夜に響いたが、やがてそれも消え去り、誰もいなくなった。

 

 

 

 




ちょっとした説明捕捉。
これを元に動画などを見ると主人公の動きがより分かりやすくなるかもしれません。


ワニキャップ&儀式

元はMGS3において超人的なプレイの数々を披露してくださるとある方。
詳しくは【儀式の人】で検索をどうぞ。


パチンガー。

トビンガーとも称される技術。
サルゲッチュシリーズではおなじみ。


壁パンチ&超速移動。

“もっこりスラッシュ”ともいわれるあんまりな名前の技。
がんばれゴエモン・ネオ桃山幕府のおどりにて発見された技になります。
これのおかげで富士山を3秒で登頂することが可能になりました。



「何ですか。
 じゃあ私のミズガルズはバグ塗れの上にバランス崩壊してる
 クソゲーだって言いたいんですか?」


───匿名の女神より。
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