ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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今まで不自然に気づけなかっただけだ。

ふと目を向ければ手がかりはそこら中にあった。
あらゆる古代の文明の石碑には嘆きが刻まれている。
更にはかつての偉大なる者が残した足跡。


それらは一つの真実を示している。


“全て茶番だ”


ミズガルズにおける悲劇の元凶、それが誰なのか彼女は知った。



───とある女の肖像7





“メッセージを再生します” ルファスに効果ばつぐんだ!

 

プルートの路地裏、人気のない場所に少女がいた。

髪の色と同じくらい顔色を青くした少女は込み上げる胃液を抑える様に口元を強く手で覆っている。

何度か深呼吸し体調を整えた後に少女は吐き捨てた。

 

 

 

今までだってこれくらいまで発展した文明は多々あった。

その全てを滅ぼしてはきたが、発展そのものはそこまで珍しい事ではない。

しかしだ、これは初めてだった。

 

 

 

魔神族という概念を女神から奪い取った文明など史上初だ。

余りの扱いに彼らは人形だと割り切っている少女でさえ嫌悪と畏怖を込めて吐く。

 

 

 

「何だっていうんですか……魔神族は玩具じゃないんですよ……!」

 

 

 

聖域の乙女さえ超える術者である彼女は呼吸するように【エクスゲート】を扱う事が可能であり、それ以外にも規格外の力を幾つも持っている。

それらを総動員しプルートの地下にあるとされる人類躍進の原動力を調べた結果、出てきたのは地獄と言う言葉さえ生ぬるい人の業の集大成だった。

 

 

魔神族の支配権を奪い取る──良くはないが、まぁいい。

魔神族を資源として加工する──良くはないが、これも今はいい。

 

 

しかし魔神族を母胎に使うなど狂気の沙汰だ。

女神に限りなく近い思考と記憶を持った彼女でさえ悲鳴を上げそうになった。

壁にずらっと並べられた女性の魔神族、膨らんだ腹部、無機質に出産、種付けを繰り返す魔物。

 

 

倫理など完全に捨て去った地獄絵図、いや、地獄さえ超えた光景だった。

 

 

 

……魔神族は前提として子供を作れない。

しかし人の生理現象を模倣することはできる。

食事も出来るし排泄だって可能だ。睡眠も行える。

 

 

 

だから一応の話として、妊娠そのものも模倣することは出来る……かもしれなかった。

魔神族同士では絶対に無理だが、一つだけミズガルズには強力な繁殖能力を持つ種族がいる。

 

 

 

オークだ。

豚の頭に人の身体、そして群れというには余りに洗練された組織を作る知能を持った魔物。

そんな彼らの繁殖能力は他の魔物と比べても頭一つ以上抜きんでている。

 

 

 

 

彼らの繁殖相手は人類種だ。

オークには雌の個体は存在せずその代わり人類七種のどれかに子供を産ませて繁殖を行う。

実際は同意がなければそういうことはしないだの、女性には紳士的だの言われているが結局は拉致誘拐の上に強姦をしているのだから魔物らしい魔物だ。

 

 

 

 

大事なのは人類七種の誰とでも子供を作れる上に産まれて来るのは全てがオークになるという点だ。

これはとんでもない事だった。

 

 

 

人類同士でさえ基本的には同種以外では子供をつくる事は出来ない。

エルフならば同じエルフか人間種としか子はなせないのだ。

唯一人間種だけが残りの6種と交配可能であり、故に彼らは全ての人類の“中間”にある存在という意味で人「間」と呼ばれるのである。

 

 

 

 

オークを増やす事は非常に難しい。

まさかそこらへんのオークに適当に女を与えてやるから繁殖しろ、適度に増えたら素材として使うぞ、何て言える訳もない。

さすがのアリストテレスも発想としてはあったが、そのような事をしたら全方位を敵に回すなど判り切っている故にやりはしなかった。

 

 

 

 

しかしオークのヒレ肉は非常に高性能なHP増幅アイテムであり、それをどうにか増やせないかと当時のアリストテレスは考えた。

出来れば素材としての資質もより強力に品種改良したいという欲望まで併せて。

 

 

 

 

そしてアリストテレスは閃いた。

閃いてしまった。

 

 

 

魔神族は基本的に人間の身体構造を模倣している。

ならば、オークの子どもを孕むことも可能なのでは? と。

特に当時のアリストテレスは出生の際に父が母胎を選別し多くのきょうだいを犠牲にしたのを知った時にこう思ったのも後押しした。

 

 

 

己の出生の真実を知ったプランはまず絶望や怒りを抱く前に己の父の所業をあろうことか批評しダメ出しをしたのだ。

思わずそれを知ったタスク・アリストテレスが歓喜と共に息子こそが至高のアリストテレスだと確信した思考である。

 

 

 

“何故ですか? 何故そのような効率の悪いことを?”

 

 

“幾ら相性が良いからと言って自然任せでは非効率では?”

 

 

 

“胎児への調整も大事だが、根本的に母胎をもっと作り替えるべきではないか”

 

 

“生物の子宮は不確定要素が多すぎる。もっと調整が容易な人工の子宮を作るべきだ”

 

 

 

“一度に一人というのも良くない。スーパー・ベイビー法を順守し受精卵を分割した後に胎児を間引けばより良い結果が得られる”

 

 

 

正にアリストテレス。

魔物よりも魔物染みた怪物の考えだった。

 

 

 

子宮を模したゴーレム、もしくはより優れた資源を生産する生きたプラントという理論を容易くプラン卿は編み出してしまった。

さすがの彼も客観的に見て不味いと思ったのかプルートの奥底で細々と実験を行うに留めていたソレはここに来て急に進歩の速度を跳ね上げ、実稼働に入ってしまった。

 

 

 

魔女メリディアナ。

30年ほど前にプルートの加工所に勤め始めた彼女は恐ろしいまでの熱意でアリストテレスの技術を学習し次々とプランの考案した兵器を現実へと変え始めたのだ。

当時の時点で既に中年の女性だったというのにその躍進は誰もが眼を剥くものであった。

 

 

 

その中の一つにオークの家畜化が入っていた。

 

 

 

何かに憑りつかれたように兵器/技術を求め続ける彼女は気づけば今や兵器群を管理する代表の様な立ち位置にまで上り詰めている。

彼女の半生に何があったかなど誰も知りはしないが察する者は大勢いた。

加工所に勤めるということはそういう者なのだろうと。

 

 

 

 

「うっ……」

 

 

 

 

思い出してしまいまた吐きそうになるのを少女は何とか堪える。

如何に次元違いの力を持つとはいえ彼女の根底は普通の少女なのだ。

美しいモノを愛する彼女は突きつけられた醜悪の極みを前に無様を晒してしまう。

 

 

 

思い出す。

壁にずらっと設置され並べられた魔神族の雌。

手足といった余分な要素は全てそぎ落とされ、最低限の“胎”としてだけ必要な部位以外はない者ら。

 

 

 

しかもマナや天力に深い理解のある彼女は気づいてしまった。

あの魔神族たちは何処かを弄られており、最も効率的にオークを製造するために最適化されているのだと。

例えばオークのヒレ肉により高濃度の天力を満たす為に使用される魔神族は「日」属性ばかりだということや、その顔に苦痛は何もないことを。

 

 

 

もっと言えば誰もがオークを多頭出産していた。

家畜化する上で一人が一度に一匹では明らかに供給が足りてない故にまずはそこを弄られていた。

犬や猫の様にオークは恐ろしい勢いで増え続けていく上に数に任せて品種改良も捗っていく。

 

 

 

そして最もおぞましいことに彼女たちはそんな地獄を味わいながらも喜んでいたのだ。

これは狂った状況に対する防衛反応などではなかった。

誰一人、現状が不幸だなんて思ってはいなかった。

 

 

オークとはいえ子を宿すことに快楽と喜びを抱き、それを人類の為に出産する事に涙し、その子供を直ぐに取り上げられる事にさえ感謝していた。

さすがにコレは少女も知らない事だが、取り上げられたオークは更に奥の階層で10倍速で成長し一定の年齢になれば検査を受ける事になる。

その上でヒレ肉として出荷されるか、もしくは優れた適性を見せたモノは次の種の基準となる。

 

 

 

 

 

ありがとうございます! ありがとうございます!!

人類の皆様の為に、もっともっと励みます!!

アリストテレス! アリストテレス!! 偉大なる神、アリストテレス!!

 

 

 

耳に木霊するのは我が子を無機質なゴーレムに取り上げられたというのに感謝の叫びをあげる魔神族の姿。

余りに冒涜的でおぞましい姿とそれらが叫んでいた名前に少女は苦々しく呟く。

 

 

 

「もう死んだ筈だというのに……全く、度し難いものです」

 

 

 

はぁぁとため息を吐き思考を切りかえる。

前提として彼女は女神の記憶をある程度は持っており、自分をかの存在と同一視するほどに人格的にも近しい存在だ。

実質的に彼女はアロヴィナスの存在縮小されたコピーなのだ。

 

 

 

人類が発展を開始した時代に現れ、女神の意向を実行するための端末。

それが彼女──人としての名前はディーナである。

 

 

 

ディーナは考えを巡らせる。

厄介な存在はもう一人いるのだ。

“竜王”を名乗る超巨大な怪物、あれは本当は次の勇者に倒させる筈だった。

 

 

 

前の勇者はそこそこいい線を行っていたが使い捨ててしまったのを彼女は覚えている。

その上で彼女が思うのは「勿体ない」程度である。

「心の清い少女でしたね、死んでしまいました、あぁ、ちょっと残念です」くらいか。

 

 

 

間違っても黒い覇王に知られてはいけない感想である。

 

 

 

話を戻そう。

本来ならば勇者が倒す筈だった悪役を横取りした存在がいるというのは大きな悩みの種だ。

しかもその存在はどうやったかは知らないがあり得ない事に世界に定められていた限界を幾つも突破している。

 

 

 

ルファス・マファール。

ミズガルズに現れた台風の目である彼女から眼を離す訳にはいかないのだ。

 

 

 

 

まだ彼女は己の運命を知らない。

覇王と奇妙な縁を紡ぐのはもう少し先である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マナを用いれば時間という概念にも影響を齎す事が可能だ

大前提としてミズガルズ、ひいては宇宙そのものが女神の魔法である。

簡単に言えばこの世界そのものが一つのユニットなのだ。

 

 

 

空間を構築する“力”を正しく認識出来ればそれを対象にとってバフ/デバフをかけることも不可能ではない。

そもそもマナというものは───。

 

 

 

“マナによる時空間への影響”

 

 

 

著者 ■■■■■・アリストテレスより抜粋。

 

 

 

 

 

 

メリディアナの予想に反して地獄を見せられたルファス・マファールの顔に変化はなかった。

魔女が嬉々として彼女に紹介したオーク生産工場を見ても王の心は凪いでいる。

もしもアリストテレスのことを何も知らない状態であんなものを見てしまったらまた違ったかもしれないが、彼女は問題なくあれらを流していた。

 

 

困惑したのはメリディアナだった。

余りにすんなりと通った話に毒気を抜かれたように苦笑しながら言う。

 

 

 

「ふむ。私めとしては批判を覚悟しておりました。

 しかし必要な事だと説得する手筈だったのですが……」

 

 

 

「嗜虐心よりいたずらに苦しめているというのならば余とて不快であっただろう」

 

 

 

しかしとルファスは続ける。

王になって日は浅いとはいえ彼女は考え方を改革し始めている。

自分の好き嫌いという判断基準は大切だが、同時に王として是か否かという基準を新たに設けだしていた。

 

 

 

「オークの家畜化により安定した品の供給を確保できれば数え切れぬ程の人命が救われる」

 

 

「余の好悪で助かるかもしれない者らに諦めろ等とは言わんさ」

 

 

 

個人としてはあの悪趣味極まりない工場、いや、この加工施設全てに言ってやりたいことは多々ある。

しかし王としては悪辣なまでに効率的なやり方を否定するわけにはいかなかった。

人を害するだけの魔神族を一転して人類の益に変えているのだ、何処に文句をつけられようか。

 

 

 

そして実の所、魔神族への仕打ちなどルファスは気にも留めない様になっていた。

元よりあれらは人の言葉を真似て鳴くだけの害獣であり可哀そうだと思う事自体が術中にはまっているのだ。

魔神族の個体に女子供、人から見て美男子が多いのは人の油断を誘うためであると彼女は知っている。

 

 

 

 

ただ一つ、何処までも己の先を行く人物への劣等心に焼かれる事だけが問題だったが。

 

 

 

そして。

 

 

プルート深淵構造体【最下層タルタロス】

かつて侵攻を企てた魔王の超巨大ダンジョンから名前を奪い取り作られたこの区画は非常に広大であると同時に奇妙な特性を孕んでいた。

簡単に言えば時間の進みが加速している。

 

 

 

その速度、実に通常空間の10倍。

奇異な事に内部で過ごすものたちは自覚症状はない。

普通に生活し10日間過ごして外に出たらまだ一日しか経っていないという奇妙な状況に陥る程度だ。

 

 

 

もちろんしっかりと10日分加齢することになるがそれ以外は肉体に影響はない。

ここでは先のオーク養殖場を更に大規模にした施設を含め、様々な用途に合わせて多種多様な設備が整えられており、更には【タルタロス】自体も増築され続けていた。

人類に従順な巨大アリの魔物たちは従来のアリと同じ作業を何万倍もの速度で実行する事が出来る故に、地下に王国をもう一つ作るなど容易い。

 

 

 

結果出来たのはプルートの都市区画に匹敵する超々巨大な空洞だった。

人工の太陽と月、空を再現されたこの地は正に新しいプルートである。

 

 

 

 

「長居は余り出来ませぬ。何せこのような老いぼれですので」

 

 

 

「人間とはまことに貧弱な種。天翼族やエルフに比べ、なんと短命な事でしょうか」

 

 

 

齢70を超えるメリディアナは含み笑いながら冗談めかして言う。

そこには僅かばかり長命種への嫉妬も混ざっていた。

この区画で過ごした時間もそれなりにある彼女の実年齢は既に100を超えているが、それを知る者は誰も居ない。

 

 

 

そして話しかけられたルファスは曖昧な調子で魔女の皮肉に返した。

 

 

 

「そうか」

 

 

 

どこか上の空の王に魔女は深く深く頭を下げて彼女の次の行動を忍耐強く待つ。

 

 

 

「素晴らしい」

 

 

 

あらゆる装飾を排した単純な称賛が口をつく。

 

 

それしか言えなかったというべきか。

彼女の胸中には驚愕と感嘆が満ちていた。

どうやったかは判らないが時間を加速させたというのはまだいい。

 

 

 

しかし【エクスゲート】に深い理解を持つ彼女は当然のことながら時空間についての見識も深い。

時間と空間は密接に作用しており、どちらかを弄ればもう片方にも影響は出る。

だがこの【タルタロス】は完璧に仕上げられていた。

 

 

 

正に一つの巨大芸術だ。

本来ならば時空がねじれるかもしれない所行だというのに空間への副作用は最低限に抑えられている。

女神の魔法である宇宙を解く【エクスゲート】を更にもう一段階昇華させた結果、次元への干渉技術さえこの構造体には盛り込まれているかもしれない。

 

 

 

歩くルファスに付き従いながら魔女は種明かしをしていく。

この偉大なる構造体、アリストテレスの叡智の象徴を少しでも誰かに語り聞かせたいという欲望を彼女は隠しもしない。

しかも相手はアリストテレスの正統後継者、滾らない筈がない。

 

 

 

「カイロスと呼ばれる指輪をアリストテレス卿はかつて作成いたしました」

 

 

 

 

“カイロス”

 

 

 

神話に伝わるクロノスと並び称される時の神だ。

正確には【時刻】を司る神であり、個々の人々が認識し主観的に変化する時間を支配するとされる。

そんな神の名前を称した指輪の効果は「装備者の周囲の時間を加速させる」だ。

 

 

 

これだけ見れば頭を傾げるかもしれない。

何せ余りに使えない、簡単に言えば弱い効果だから。

周囲の時間を加速させるという事はつまり装備した人物は時間の流れに置いて行かれるということだ。

 

 

 

指輪をつけたが最後、自分の周りのあらゆる存在が何倍もの速度で動き回り、自分だけは普段と変わらないという奇妙な事になる。

もちろん加速させられた側の主観は普段と何も変わらないが実際は数倍に加速させられているのだ。

彼らからすればいきなり相手が指輪をつけたかと思ったらノロマとしか言いようがない程にスローモーションで動いている状態に映るだろう。

 

 

 

この手品の種は簡単だ。

指輪は周囲の世界そのものにバフをかけているのだ。

もちろん全世界ではなく、精々数キロ圏内ではあるが。

 

 

 

実際は時間と言う概念を構築するマナの濃度やら天力の関わりなど複雑な論文が関わってくるが今は割愛しよう。

 

 

 

そしてこのカイロスの素晴らしい点は非常に安価であり、量産は幾らでも可能だということだ。

伝説に伝わるクロノスと呼ばれる指輪に比べて余りに効果が陳腐で弱い故に女神も使い道などないと思ったのだろう。

ちょっとばかり高品質のミスリルと幾つかの魔物の素材さえあればレシピを見ながら誰でも作れる。

 

 

直接的な戦闘力に関わるものしか見ない悪癖のあるミズガルズの者達にはこれの使い道など判らなかった。

何せつけたら最後、時間の流れに置いて行かれて動く事さえ出来なくなるアイテムなどどう使えと?

しかし当時のアリストテレスは違った。

コレを使えばより効率を上げられると目論み、それは事実となってしまった。

 

 

 

これを魔神族に装備させて【タルタロス】の各所に立たせておけば時間断層の完成というわけだ。

全ての指輪の時間加速の度合いを調整しぴったりと10倍にしておく作業は必須だったが。

そして寿命という概念のない魔神族ならば自我さえ抹消しておけば永続的に指輪の効果に耐えられる。

 

 

念のため一定の期間ごとに消耗品として魔神族の交換は行われてはいるが。

 

 

 

 

「時間は平等、そのような常識は既に通じませぬ。

 この時間断層がある限り人類は他種族の10倍の時間を手に入れた訳です」

 

 

 

人類共同体が圧倒的な国力を保持/発展出来る理由の一つがこれだ。

10倍の速度で作物を育て、10倍の速度で兵器や武器を製造し、10倍の速度で兵士さえ作れる。

更には10倍×■■倍の速度で学習進化するアリストテレス兵器群さえ保持する共同体はもはや魔神族を物理的に根絶可能な域の軍備を得つつあった。

 

 

もうあと少しで魔神王を物理的に排除も可能になるだろう。

その前の予行練習も既に計画され始めている。

 

 

 

「この地で何をしているかはもはや語るまでもありませぬ」

 

 

そう、語る必要はない。

ルファスの瞳には多くが映っている。

 

 

マナを弄りまわしおぞましい兵器群の一部、魔物化した昆虫の軍団が次々と更なる進化/繁殖を続けている事。

アルゴー船を更に改良し戦闘に特化した空中艦が何隻も何隻もゴーレム達によってくみ上げられている事。

ちょうど半分に別けたゴーレムに【オールリペア】を用いて一つのゴーレムを二つに増殖させている事も。

一部の区画では造船という行程さえ省いて文字通り船が生えてきている事だって。

 

 

マナに直接情報を書き込むことで伝説や神話に伝わる武具をプリントアウトさえしていた。

とある世界におけるプリンターをマナを用いる事で更にダイレクトに発展させたものである。

 

 

どれもこれもルファスの想像を超えている。

 

 

そして、全ての奥。

あらゆる兵器群と繋がり情報を収束させ、同時に何かを配分しているナニカ。

マナを通して量子のもつれを再現し時空間を超えた瞬間的なやり取りを実現させたソレはただ揺蕩っている。

 

 

人類の知っているスキルで表すのならば常にソレは兵器群とこのスキルを発動させ続けていた。

 

 

 

“一致団結”

 

 

 

情報。認識。意思。エネルギー。

全てが欠片も減衰することなく繋がり続けている。

 

 

 

本能はあれど命令は下されていない。

何よりまだ“完成”していない。

作品を仕上げる前に創造主はいなくなってしまった。

 

 

 

ルファスをして背筋が寒くなるソレ。

マナと深く繋がり調和している彼女だからこそ───。

 

 

 

 

「貴女様は竜王との戦いに際してこう仰った」

 

 

 

 

魔女は両腕を大きく広げる。

 

 

 

「人類が虐げられるのは終わりと」

 

 

 

ですが、と魔女は続ける。

誰もが仰ぎ見る力の持ち主であるルファスに彼女は真っ向から反対意見を突き付けた。

 

 

 

「これは仮初の話です。

 もしもそのような時代が来れば次の人類の敵は人類となることでしょう」

 

 

 

 

人類だけで7種。

いや、おおざっぱに分けて7つというだけで実際は更に細分化される。

一例を上げるとすれば人間種だけで肌の色が違う者達だっているのだ。

 

 

 

色が違う。

ただそれだけかと思うかもしれないが天翼族はたったそれだけの差異で夥しい数の命を奪い続け、今も行っている。

 

 

魔神族も魔物も全て消え失せて人類だけの世界になったらどうなるか。

皆で手を取り合って仲良く繁栄?

まぁ不可能ではないだろう。

 

 

 

しかし平和で豊かな時代が続くにつれ、皆は他人の物を見て思うだろう。

あれも欲しい、と。

その後に何が起こるかは考えるまでもない。

 

 

 

「人類の敵が消えようと世界から争いが消えてなくなりはしない。其方はそう申すのだな?」

 

 

 

「その通りでございます。天翼族の例を見るに攻撃するための口実など幾らでも作れましょう」

 

 

 

 

翼、肌の色。

信じる神。

能力の有無に歴史に絡みつく因縁。

 

 

 

ミズガルズは正に火薬庫だ。

 

 

 

「しかし希望はありまする。全ての人類を永続的に纏め上げる方法が此処にはある」

 

 

 

メリディアナは常識を語る様にさも当然の如く宣った。

ルファスからすれば到底受け入れられない事を。

これは同時にミズガルズの大勢の人々が賛同するかもしれない甘い毒。

 

 

 

「彼らに全てを委ねればよい」

 

 

 

これならば努力も何もしなくていい。

この案ならば一つ上げるだけで四苦八苦するレベルという概念に絶望しなくていい。

もう、自分の大切な存在がいつ奪われるか恐々としながら生きていかなくていい。

 

 

 

【タルタロス】で無限に増殖し進化し革新し続ける兵器たちを、アリストテレスという新しい神を仰ぎながら魔女は堂々と宣言した。

ルファスには届かないとはいえ枯れ果てるまでミズガルズを見てきてうんざりした老人の出した答えだった。

 

 

 

「人は、歩みを止めても良いのです」

 

 

 

人類に知的生命体としての責任を放棄させ、全てをアリストテレスの計画に溶かしてしまう。

それが魔女の最終的な望みであった。

老婆の内に巣食う鬱屈してひび割れた絶望を見て取った覇王は何も言わなかった。

 

 

 

きっとこの老婆は力しか縋るモノがないのだと判ってしまったから。

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

プルート最下層 【祭壇】

 

 

そこはアリストテレスの最も神聖な地。

メリディアナでさえ己に資格はないと入場を固辞する聖域。

かつてアリストテレスが作り上げた最大最高の施設には彼の後継者としての資格を持つルファスだけが入場を許されていた。

 

 

そして……ルファスは動けなくなっていた。

文字通り指一本、翼の先端まで硬直してしまっていた。

視線だけはある一点に固定されており瞬きさえなくその場を凝視していた。

 

 

 

しかしアリストテレスの秘儀中の秘儀に圧倒されたわけではない。

如何にこの祭壇が宇宙から無尽蔵にマナを取り込み加工し摂食可能にする神秘の極みとも言える場とはいえ、今の彼女はそれだけでは心は動かない。

施設全体がルファスのマナに反応し動きだした不可解な現象に呆気にとられたわけでもなく、淡々とした声で祭壇の概要と使い方の説明が流れ出したからでもない。

 

 

 

 

長々と続く説明のナレーションをじっと聞いていたルファスにソレが送り付けられたからだ。

 

 

 

 

 

『ルファス』

 

 

 

 

 

瞬間的に女は【威圧】を放ってしまっていた。

余りに驚きすぎて身体が臨戦態勢を取ってしまったからだ。

お蔭でプルートの民たちは多かれ少なかれいきなり襲ってきた圧力に意思を飛ばされてしまい、幾つかの区画で甲高い警報が響いた。

 

 

 

 

如何に彼女の記憶が良かろうと既に風化しきった懐かしい(愛した)人の声。

 

 

 

『そこにいるのはルファスかい?』

 

 

 

もう二度と聞けない筈の己の名前を呼ぶ音。

 

 

 

 

『どうしてここに』

 

 

 

 

最後に何を話したかさえ覚えていなかった人の声で己の名前を呼ばれ、彼女は動けなくなっていた。

 

 

 

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