ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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そして彼女は真なる神と出会い己のやるべきことを悟った。



……時間だ。
帝国の砦に竜王の軍勢が迫ってきているとの報告を受けて彼女は動く。
どうやら観察に留めていた黒翼の娘も仲間と共に救援に動いているらしい。



丁度いい。
アリストテレスの威光を示すときだ。


そうして魔女は後の覇王と出会うことになる。


────とある女の肖像8


おいでませミョルニル

 

ゾディアックの一部地域を丸ごと使って拵えられた訓練施設。

ルファスが精強な軍を作るために設けたこの施設はとにかく広いのが売りだった。

彼女が配布を開始した果実により着実に人類の平均レベルが上がり続けた結果、こういった施設に求められるのは頑強性よりもとにかく面積になってしまっているのだ。

 

 

 

 

オリハルコンやら何やらの希少な鉱石を幾ら使って隔離所を作ろうとレベル1000の存在はそれさえ壊してしまいかねない。

その度に補修を繰り返していたら予算がどれほどあろうと足りないのは誰でも判る。

ならば必要なのは丈夫さではなく広さだとルファスは考え、ゾディアックの城下から少し離れた海上に島を作りそこを訓練所としたのだ。

 

 

 

その大きさはちょっとした小国並であり距離もゾディアックの王都から100キロ程だ。

これならばレベル1000の者らがそれなりに暴れても問題ない立地と面積だ。

 

 

 

島をつくる。

何を言っているか判らないだろうが、今のルファスならば島の一つや二つ軽々と創造できる力がある。

何せ竜王を火星に叩きつけた際に壊れた惑星を補修することさえ出来たのだから。

 

 

 

古今東西多くの王は部下への領土配分で頭を悩ませたものだがルファスはその問題を新しく作ればいいという力技で解決することが出来るのだ。

海を埋めて島をつくるもよし、山を平らにしてもいいという豪快な手法は見る者を圧倒し彼女のカリスマを助長する事だろう。

最も彼女に出来るのは“島”と言う土地を作るだけでその上に動植物などの生態系を構築することは出来ていない。

 

 

 

 

 

この訓練所……いや、訓練島は一日数本の飛行船で行き来することが出来る僻地であり決して交通の便がいいとは言えない

しかし面白い事にこの島は常にかなりの賑わいを見せていた。

ルファスと共に竜王の本拠地を攻撃した者達が己が得た力を完全にモノにするために利用しているのだ。

 

 

 

今の彼らはそのままゾディアックに仕官しルファス配下の兵士となっている。

数こそ数千程度だが誰もがレベル700から900の間という精鋭中の精鋭である。

 

 

 

 

至る所から破砕音や高度な魔法によって発生した閃光がひっきりなしにさく裂し続けていた。

誰もが己の限界に挑戦する為に鍛錬という名前の拷問をあえて続けている。

ルファスが手配した天翼族の治療部隊のお蔭で死にさえしなければ大抵の重傷は治せる故に彼らに遠慮はない。

 

 

 

身体の至る所に天法を用いても消しきれない疵をつけるほどに励んだ者がいた。

死ぬことはなくとも意識不明に陥る者など数えきれないほどだ。

 

 

 

 

彼らの心には苦々しい敗北の味が染みついている。

ルファスの力によって高レベルに至ったにも関わらず竜王の軍勢に敗北した記憶だ。

アリストテレス兵器群の影に覆われ見下ろされた記憶が彼らを蝕む。

 

 

 

言い訳は色々とある。

レベルが上がったばかりで力を使いこなせていなかった。

スタミナ配分を間違えた。

スキルに熟知していなかった。

ルファスがいなかった。

レベル1000ではなかった。

 

 

 

あえて言おう。

そんなもの全て言い訳だ。

他の場ならばいざ知らず、命のやり取りをしているのに考えが甘すぎる。

 

 

 

本当ならば負けたら次などない。

しかし彼らは生き残った。

250年以上前の人間の遺産に助けられるという無様を晒して。

 

 

彼らは覚えている。

自分たちのソレよりも二回りも巨大なアルゴー船から己たちを見下ろしてくる魔女のあの眼を。

三日月の様に裂けた笑顔を浮かべる老婆の顔にはありありと侮蔑が宿っていた。

 

 

彼女は言ったではないか。

 

 

“皆様の戦いぶりは正しく伝説として語られることでしょう!”

 

 

勝利でも栄光でもなく戦い。

敗北を記録してやったという嘲り。

 

 

 

 

間違いなく兵器群は味方だ。

これまで多くの人々を守り人類共同体に多大な貢献をし続けている。

しかし直感的に彼らは悟っていた。

 

 

 

己たちの王であるルファス・マファールとアリストテレス兵器群は決して相いれない。

それがいつになるかは判らないが必ず何処かで衝突すると。

更に言うならば人類にはまだ魔神族という大敵が存在する。

 

 

次は負けない。

その為に彼らは牙を研ぎ続ける。

 

 

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

 

二の腕と左肩に裂傷。

血飛沫が舞い、無意識に男は歯を食いしばっていた。

黒髪の青年───アリオトの顔が変わる、痛みに耐えるそれから新しい剣の境地を見出しかけた狂人のソレに。

 

 

 

そう、彼は笑っていた。

レベル1000に到達し、更にはルファスから教わった通りのクラス構築を試した結果として【勇者】の力を得た彼は敗色濃厚な戦いの中、笑っている。

 

 

眼前に居るのは人を模したゴーレム。

本当に四肢と頭部があるだけで人としての顔も何もないソレは右腕に握ったロングソードを恐ろしい程に巧みに扱いアリオトを追い詰めていた。

何千と打ち合ったのに付ける事が出来た傷はたった3カ所だ。

 

 

それに比べてアリオトは今受けた二の腕と左肩以外にも夥しい数の傷を刻まれ続けていた。

ステータスならば彼の方が上だというのに圧倒的されている。

 

 

 

ゴーレムのレベルは1000。

メリディアナの秘術により作成されたソレは接近戦に特化した個体であり、何より量産されている。

アリオトを切り刻んでいるコレは何も特別に強いユニットではないのだ。

 

 

 

 

“ソード・ゴーレム”

 

 

 

 

ゴーレムは前提としてSPを消費して放つスキルは使えない。

更に言うとスキルを搭載すればするほどにコストが高くなるし乗せる頭脳も高度にしなければいけなくなる。

あくまでもコレは量産型のユニットである故にそんな無駄なものは積んでいなかった。

 

 

 

もっと言えばそんなものは必要ないと兵器群は判断している。

かつてのアリストテレスの一人は疑問に思った事がある。

剣を極めるのに何故スキルが必要なのだ? いや、そもそも【クラス】がなければ剣を使いこなせないのか? と。

 

 

この考えはプランにも引き継がれていた。

彼は優れたガンマンであったが【ガンナー】のクラスなど用いていなかったのだから。

 

 

 

ご丁寧に女神のシステムは剣士という判りやすい【クラス】の型を用意してくれているが、却ってそのせいでミズガルズの剣術の発展は遅れに遅れている。

この世界の剣士たちは己の根本的な技量を鍛える前にスキルの扱い方を考えてしまう悪癖がある。

単純な剣術や身のこなしの上達よりもスキルの組み合わせやら何やらに意識を割いてしまうのだ。

 

 

 

そんなもの全ては女神が用意したお遊びに過ぎないというのに。

 

 

 

アリオトもかつてはその一人であった。

強いスキル、強い武器にばかり意識を割いてしまい根本的な所をないがしろにしていた。

しかし今はもう違う。

 

 

 

ルファスというとてつもない規格外を見たというのもあるが、彼女が齎してくれた発想は彼の人生に新しい道筋を与えてくれていた。

剣の振るい方は自分で決めて良い。

スキルに頼らなくともいい。

どんな剣術であろうと自由に作っていいのだという発想は正に新境地だ。

 

 

 

 

そんな剣に生き、剣を極める為に己の全てを捧げると決めた彼はいま、広大な荒野の真ん中で剣戟を交わしている。

相手はただのゴーレム。

レベルこそ同じだがステータスは【勇者】になった己よりもずっと低くスキルさえ持っていない。

 

 

だというのに何処までもアリオトはあしらわれていた。

これが実戦だったら彼は何回も首を刎ねられていた事だろう。

 

 

 

 

男が剣を振るう。

レベル1000の腕力で放たれたソレは空気を震わせキィィィンと甲高い音を響かせてゴーレムに迫る。

対してゴーレムは全く空気を震動させずアリオトの剣筋よりも遥かに鋭い動きでソレを迎撃。

 

 

 

アリオトの剣は目視が叶わない程に早く苛烈だ。

対してゴーレムの剣筋は見える程に遅く力がこもっていない。

剣の振るい方一つとっても圧倒的な技量差がそこにはある。

 

 

 

カンっと本当に軽い動作でアリオトの剣が弾かれる。

ゴーレムは手首のスナップだけで男の全力の攻撃を逸らしてしまった。

まるで邪魔な枝葉を払うように生身の剣士が放った剣の腹を叩いて軌道を呆気なく曲げてしまう。

 

 

ブオンという素振り音は正しく剣士にとっての屈辱の音。

何も切れず空振りにおわった証だ。

槌を振うが如く叩き潰す剣筋は言わば上から下への移動に全ての力が収束しており、横合いから殴られれば容易くズラされてしまうのだ。

 

 

 

更にゴーレムはまるで生き物のように流暢かつ無駄なく身体を動かし幾度も小さなステップを繰り返す。

アリオトが一番いてほしくない個所に常にゴーレムは陣取り続ける。

この無機質な人形は常にアリオトに対して優位な位置を取り、あらゆる方向から彼を責め立てた。

 

 

 

 

切る。

 

 

全ての斬撃はアリオトが本気で放つそれよりも鋭利で無駄がない。

どれだけ本気で防ぐために剣を振り回そうと次の瞬間には意識していなかった個所に攻撃が来ている。

ゴーレムが持つのは量産品の安物の剣の筈なのにアリオトが着込む最高品質の鎧を軽々と切り裂いていく。

 

 

もちろんその下にある彼の肉体にも次々と裂傷が刻まれた。

アリオトは激痛を耐えながらも瞬き一つせずゴーレムの太刀筋を瞳に焼き付ける。

そうか、そういう動きもあるのかと彼は喜んでいた。

 

 

 

反撃を試みるが全ての剣はひらりと躱され、時には拳で剣をはたき落とされさえした。

圧倒的という言葉が陳腐に思える程に彼我の技量差には隔たりがある。

 

 

 

叩く。

 

 

 

斬撃に紛れ込まされたソレは幾度もアリオトの籠手や腹部に痛烈な打撃を浴びせかけ、彼の内臓をひっくり返し手指の骨に決して無視できないヒビを入れていく。

殺傷能力こそ低いが痛みによって戦闘能力を低下させるという明確な意思の下に実行されたソレは着実に剣士の動きを鈍らせていた。

ただ斬るだけが剣士ではないとアリオトは身をもって知る事になり、この教訓は決して忘れないだろう。

 

 

 

突く。

 

 

 

斬と殴打に気を取られればその隙を文字通り突いてくるのがコレだ。

剣の切っ先がまるで槍の様に刺突の為に用いられ、それはアリオトの胸部や膝などにあえて浅く突き刺さっては引き抜かれを繰り返す。

恐ろしい程に狙いは正確で骨を避けた上に重要な血管にほんの少しだけ傷をつけているのだ。

 

 

 

如何にレベル1000と言えど大量に出血すれば死ぬ。

生物としての大原則である。

筋肉を動かす神経にも決して無視できない損傷を受けたせいで剣を握る握力がどんどん弱くなっていく。

 

 

 

たった一体のゴーレム、たった一体の人形が放っているとは思えない程にそれらは苛烈で、何より剣筋は生きていた。

ただ無機質に効率だけを求めて攻撃を叩き込むのであればアリオトも淡々と対応できただろう。

遊びがないということはそれだけ何処から何が来るか判りやすいのだから。

 

 

 

 

しかしこのゴーレムの剣捌きはまるで生身の人間がそうするように不定期にあえて定石から外していた。

それもアリオトの心を読み切った様に最悪のタイミングでそれは行われ、勇者は全くと言っていい程に戦いの主導権を握れない。

気付けば攻撃は止み、ゴーレムはアリオトから距離を取りじっと佇んでいる。

 

 

 

 

言葉はないがきっとこう言っている。

 

 

 

“貴方の負けです”

 

 

 

“訓練の終了を宣言してください”

 

 

 

実際今のアリオトは酷い有様だ。

身体中に傷をつけられ、息は絶え絶えで血はどんどん流れ出している。

本当にこのまま何もしなければ彼は死ぬかもしれない。

 

 

 

 

それが判っているからこそゴーレムは追撃をかけない。

彼ら兵器群は人類共同体の民を守るために存在しているのだ。

ゾディアックは共同体の加入国でありアリオトはその王であるルファスの仲間、つまり彼らの保護対象だ。

 

 

 

この現状こそ彼らが保護が必須な存在の証明である。

たった一体の量産型ゴーレムに手も足も出ない貧弱な生物はしっかりとした守護が必要だ。

それに訓練とはいえ無駄な人殺しは認可されていないのもある。

 

 

 

 

「どうした……! 続けるぞっ……」

 

 

ゲホゲホと血に塗れた咳をしながらもアリオトの闘志は欠片も減っていなかった。

むしろあれほどの美麗な技を魅せられた事により彼の気迫は過去最高と言える。

ジクジクと身体から血液と共に熱が流れていくのを男は感じつつ諦める事だけはしない。

 

 

 

しかし悲しいかな。

この世界において意思の強さは大事だが、それだけではダメなのだ。

大量に出血したせいで意識も疎らになり天地の境さえ判らなくなり出した。

 

 

 

それでもなお戦おうとして───。

 

 

 

「ダメだよ。これ以上は本当に死んじゃうって」

 

 

 

冷静に彼を諫める声が響く。

中性的なソレを発したのは十二星天の一角を担うアリエスだ。

彼はたんっと身軽な動作でアリオトとゴーレムの間に降り立つ。

 

 

 

邪魔をするなと叫びそうになった彼を琥珀色の瞳が覗き込んだ。

恐ろしい程に冷めきった眼は底冷えするほどに深い。

今のアリエスはルファスが力をレベル1000まで抑えているために800でありアリオトよりも格下だ。

 

 

 

仮に1000であったとしてもステータスは比べ物にならないほどに男の方が強い。

だというのに……アリオトは冷や水を浴びせかけられた様な心地に陥る。

 

 

 

「…………」

 

 

 

「ん、よろしい」

 

 

 

無言で剣を鞘に納めればアリエスはむふんと胸を張って緊張を緩める。

同じルファス配下のタウルスとは違い彼は社交的なのだ。

ルファスに敵対すれば容赦はしないがアリオト達は彼女の仲間であるのならば自分の仲間でもあるとアリエスは考えている。

 

 

 

羊的に言うならば同じ群れに所属しているというべきか。

 

 

 

「鍛錬を欠かさないのは立派だけど、やりすぎたら却って非効率になっちゃうよ」

 

 

 

ゴーレムを下がらせたアリエスは傷だらけの人間に近寄って【エリクサー】の入った瓶を手渡す。

元々が弱小種族だった彼もまた今のアリオトの様に身体を虐めぬいた事もあるが、それでは直ぐに限界にぶち当たると身をもって知っている。

大事なのはバランスだ。しっかりとした休息/息抜きもまた必要なのだと彼は理解していた。

 

 

 

渡された【エリクサー】を飲み干せばアリオトの身体につけられた全ての傷が消えうせる。

あれだけ肉体を蝕んでいた鈍痛が一瞬で消える様は爽快を通り越して恐怖さえ感じそうだった。

 

 

 

「相変わらずとんでもないポーションだな……」

 

 

 

「ルファス様の自信作だからね!」

 

 

 

 

“僕の素材も使って貰ったんだよ”と胸中で付け足してからアリエスはアリオトの隣に座る。

完全に戦意を霧散させた彼は大きくため息を吐いた。

色々と得られたがそれはそうと手も足もでないのは間違いない。

 

 

 

ぐっと両手の指を顔の前で開閉しながら感じ入る様に言う。

負けたのは今回が初めてではない。

既に21回はやられている。

 

 

最初の頃はほんの数回の切り合いで首筋に刃を添えられたのだから大した進歩である。

 

 

 

 

「やっぱりつええな……」

 

 

 

「前も言ったけど、あいつらはズルをしてるんだよ」

 

 

 

「いや、ズルだろうと何だろうとあの剣は本当にすげえんだ」

 

 

 

ズタボロに負けたというのにアリオトの顔は何処か晴れ晴れしていた。

それもそのはず、レベル1000になり更には【勇者】クラスさえ取った彼は一瞬とは言えそこで満足しかけてしまった。

 

 

ルファス・マファールという上限を超えた存在を知りながらも彼女は特別だと思い割り切ろうとした。

言い訳をして諦めかけたのだ、剣に全てを捧げると宣いながら。

しかしそこで彼は兵器群に出会い、先のゴーレムを知ってしまった。

 

 

 

スキルも何も使わない剣術。

ただ無比に優れ、洗練され、磨き上げられた剣技。

正に人生観を変える出会いといえよう。

 

 

 

何としても超える。

何としても全ての剣を学び取ると決意を決め、先の戦いに至る。

 

 

 

「絶対に超えてやる! よしっ、飯食ってちょっと休んだらもっかいやるぞ!!」

 

 

 

「エリクサーはいっぱいあるけど、限度は考えてよね」

 

 

 

「おぅ! ありがとな!!」

 

 

 

絶対あと何本かはエリクサーを飲むつもりのアリオトに羊はため息を吐くが嫌な思いはしなかった。

必死に高みを目指して努力を重ねる人を彼が嫌いになれるはずもない。

 

 

 

こういったやり取りをするのは今回が初めてではない。

アリエスはルファスが新しく作った仲間と積極的に交流し良い所を盗み取るのに余念がない。

そんな彼からすればアリオトの剣技は十二分に達人以上、英雄の域にあると思っていた。

 

 

 

それ以上に兵器群の動きがおかしいだけである。

しかしこれにはカラクリがありアリエスとアリオトはそれを知っている。

調べた訳ではなく、メリディアナは兵器たちに信頼を抱いてもらうために公表しているだけだ。

 

 

 

誰しも無敵の力を持つ守護者を望んでいるのだから。

その無敵の根拠を彼女は示しただけだ。

 

 

 

兵器群は思考回路内に作った一種の仮想世界で延々と模擬戦──シミュレーションを繰り返している。

それも一つや二つなどではなく何十万と並行してだ。

実戦模擬戦問わずそれで得た情報は瞬時に一致団結経由で共有され更に砥ぎすまされていくという無限ループだ。

 

 

更にそれを10倍の時間速度で行うために効率は想像を絶するものがある。

これは極端な事を言えばたった1秒でアリオトの人生の全ての数千倍の時間を剣技に打ち込めるということだ。

もちろんあくまでもこれは極論だが。

 

 

 

普通の者ならば諦めるだろう。

自分が一日必死に鍛錬したとしても相手はその時間で何万年分にも及ぶ研鑽を積めるのだ。

勝てる筈がないと。

 

 

 

しかしアリオトは普通ではない。

彼は剣に狂っていた。

自分の人生数百万回分の相手と手合わせできるなんて最高の贅沢とさえ思っていた。

 

 

 

アリオトだけではない。

ルファスの仲間たちはそれぞれが兵器群に対しての行動を始めていた。

 

 

メグレズは片っ端からアリストテレスの文献を読み漁っている。

唯一ルファス以外で彼に出会ったことのあるエルフだからこそ判る事があるはずだと考えて。

淡々とした記録の裏側、特にクラウン帝国の勃興期にかの者がやったことを悟り若きエルフは背筋を凍らせていた。

 

 

 

ミザールは一度プルートに戻り兵器たちの概要を最初から学びなおし始めていた。

気に入らないが兵器たちが凄いのは事実。

ならばあれらを超える作品を作るには敵を知らなければいけないのだ。

 

 

しかし心せよ。

深淵を覗く者はそれに飲まれない強い意思が必要だということをミザールは余りにも……。

 

 

メラクは己に出来る事、天法を研ぎ澄ます為に医術を学び始めていた。

純粋な戦闘能力では仲間に一歩劣ると考えた彼はそれならばと人を癒す方面に己の力を研ぎ始めていた。

 

 

 

 

フェグダとドゥーベも同じだ。

学び、鍛錬し、そして決して諦めない。

がむしゃらに英雄たちはアリストテレスという天蓋を超える為に走り続けていた。

 

 

 

 

 

そしてルファスは。

彼女は一つの因縁にケリを付けようとしていた。

アリエスさえも護衛につけず単身でベネトナシュの下を訪れていた。

 

 

 

表向きはゾディアックとミョルニルの同盟締結のため。

しかしその実彼女は今の怠惰な吸血姫にケジメをつけさせるつもりだった。

ベネトナシュは盟主としての役割を放棄しすぎている。

 

 

 

人類の守護者として全体の監視と調整。

そして外部の強大な敵──竜王──などへの対処。

何も彼女はやっていない。何一つだ。

 

 

 

その結果、共同体は末端から腐敗が始まっているのだ。

監視の目が行き届かない辺境では各々の領主が勝手に税を設定し民草から搾り取るなど珍しくない光景となっている。

それのみならず人身売買さえ一部では始まりつつあった。

 

 

 

特にヴァナヘイムは表向きには否定しているが彼らは今度は混翼の子らを奴隷として出荷し始めているのだ。

一時は全ての混翼をアリストテレスが引き取り空っぽになったかの種族であるがそれでも定期的に翼の劣った者は産まれてしまう。

そして何故かは判らないが各国はこういったゴミに価値を見出していると知ったアレらが商品として混翼を売りに出して処分しようとするのは何もおかしい話ではなかった。

 

 

 

 

永遠の夜に抱かれた吸血鬼の国ミョルニル。

かつては竜王に滅ぼされかけた国家は250年以上の月日を経てかつてと同等以上にまで復興/発展を遂げていた。

作りの良い馬車に小さく揺られながら大通りを進むルファスは横目で窓の外に映る街並みを見る。

 

 

 

 

基本的に黒いマントとローブに身を包んだ者達は誰もが吸血鬼だ。

この国には決して近づかないと決めていたのはもはや遥か昔の話。

今の彼女にはやらねばならない事があるのだ。

 

 

 

眼を瞑りこれから訪れるであろう吸血姫との邂逅の段取りを考えていたルファスの耳にソレが届いた。

特に意識したわけではなく全くの偶然であるが、ルファスがミョルニルに足を運んだ今日は祝日だった。

 

 

 

かつてあった戦いを決して忘れまいとする吸血鬼たちの祝詞をルファスは聞いた。

 

 

 

大きく鐘が鳴り渡る。

257年前のちょうどこの時間に竜王はミョルニルの上空にアイガイオンを出現させ狂った宣戦布告と同時に大虐殺を開始した。

その結果、当時のミョルニルの住民の半数以上が殺された。

 

 

そのとき彼らは逃げ惑うだけだった。

 

 

 

それの何と情けない事か。

何が夜の支配者か、何が貴族か。

かの時の屈辱と恐怖を吸血鬼たちは戒めとして忘れない。

 

 

 

ミョルニルに歌声が響き渡る。

それは今は亡き二人の人間──恩人に送る感謝の唄だった。

 

 

 

 

───我らは忘れない。貴方達を。

 

 

───我らは忘れない。あの災禍を。

 

 

───貴方達に永遠の感謝を。

 

 

───肉体は朽ちようと貴方達は私達の心の中にいる。

 

 

───アリストテレスとピオス、貴方達を我らは忘れない。

 

 

 

───貴方達の血に月の祝福よあれ。

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

嫌でも聞こえてくる歌声に覇王は瞑目し何も言わなかった。

 

 

 

 

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