ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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────アルナスル及びエクスゲートのシナジーを確認。


────計画の前提条件をクリア。






ベネトナシュの“ちょうはつ”!

 

 

これがあのベネトナシュか?

暫く待たされた末に通された玉座の間、そこに腰かける少女を見てルファスは眉を顰めそうになった。

かつてはプランに対する執着と愛憎入り混じった感情でぎらついていた瞳は今や何の熱も宿していない。

 

 

 

アリストテレスに押し付けられた責務だけが残ったベネトナシュは死にかけていた。

何の面白みもない世界で延々と人類の世話をする人形/奴隷など彼女の生き方ではない。

これは生来の気質と正反対の事を押し付けられた結果の拒絶反応かもしれない。

 

 

辛うじてミョルニルへの執着だけが彼女をミズガルズに縛り付けている。

気だるげに玉座に座り何処とも知れぬ個所を見ている吸血姫はまるで彼らが使役するゾンビの如く生気というものがない。

そしてその()()の瞳はゆっくりと動きルファスを一瞥した。

 

 

何の興味もない瞳はルファスの事を見ているようで見ていない。

きっと過去に出会った事も覚えていないだろう。

 

 

 

「なんだ、貴様は」

 

 

 

「余は新興国ゾディアックのルファス・マファールだ。此度は」

 

 

 

ルファスが言い終わる前にベネトナシュの言葉が遮った。

本当に無機質でどうでもいいと言わんばかりな口調には覇気が全くない。

 

 

 

 

「どうでもいい。用件だけ置いて帰れ」

 

 

 

「…………」

 

 

 

最初ルファスはベネトナシュが己の事を嫌悪しているのだと思った。

無理もない話だ。

彼女とは250年以上前にひと悶着があったことをルファスは覚えている。

 

 

プランが吸血された時、顔面に思いっきり拳を叩き込んだのだ。

しかもその後は上から目線で彼女の逆鱗をあえて踏み抜きもした。

あれだけやれば根に持たれていてもおかしくはない。

 

 

 

しかし……。

 

 

 

「…………何だ。とっとと下がれ」

 

 

 

ベネトナシュはルファスを見てもいない。

嫌悪している訳でもなく純粋に興味がないのだろう。

多分だがもうルファスの事を覚えてさえいない。

 

 

 

 

「まだ話は終わっておらん」

 

 

 

ルファスは懐から書類の束を取り出す。

ロードスをはじめとした各国の重鎮らのサインが記されたソレは弾劾文だった。

かつて竜王の残党を処理した時から全く何も動かないベネトナシュへの抗議がそこには連なっている。

 

 

 

かなり遠回しかつ装飾に塗れているが要は“使命を果たせ”とそこには書かれている。

もしも現状が続くようであれば新たな人類の守護者としてルファス・マファールを推薦するとも。

 

 

 

更には彼女の怠慢によって引き起こされつつある共同体の機能不全と、それに伴い台頭してきたアリストテレス兵器群の脅威を纏めたレポートだ。

魔女メリディアナ。

本来ならば誰も見向きもしなかった弱き老婆だった彼女は今や兵器たちの代表として着実にその影響力を増大させ続けている。

 

 

 

何の特殊な能力も特別な血筋もないただの女が執念と狂気でのし上がり今ではルファスさえ無視できない程だ。

プルートで語った通り人類の全てをシステムと融合させようとする彼女は女神とは違った方向で厄介な存在になりつつあった。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

遂に返事さえしなくなる。

吸血姫はまるで泥酔しているかの如くその意識は現にはない。

 

 

ベネトナシュは書類を見ようともしない。

目線は変わらずあちらこちらをさ迷い焦点もあっていない。

人類共同体の主、人類の守護者ならば一読することは義務だというのにそれさえしない。

 

 

 

くしゃっと書類を握りしめてから投げ捨てる。

まるでゴミ屑の様に。

 

 

 

ルファスの顔から表情が消えた。

本来ならばもっと段取り通り、今まで人類を守護してきたベネトナシュに敬意を払ったやり方をするつもりだった。

しかし余りにも今の彼女は無様だった。

 

 

 

見るに堪えない、それに尽きる。

目線を一瞬だけ彼女の隣に控える老人──ロイに向ければ彼は眼を瞑った。

人類最高齢の生きた歴史とも称される男の事も当然ルファスは知っている。

 

 

 

ロイは瞼を閉じたまま何も言わない。

これから起こる事、これから何が起きても彼は沈黙を貫くつもりらしい。

 

 

 

 

 

「盟主ベネトナシュ」

 

 

 

タンっと床を蹴り一瞬で彼女の目の前まで移動。

光が比較基準となる程の素早さであったがベネトナシュはやはり何も言わない。

そんな彼女の襟をルファスは掴み上げた。

 

 

外見相応かそれ以下の体重しかないベネトナシュはまるで灰の様に軽かった。

恐ろしい程に輝く深紅の瞳が紫色に変わりつつある吸血姫を射抜く。

 

 

 

 

「役目を果たせ。過程はどうあれ一度やると決めたのは其方だ」

 

 

 

「………………」

 

 

 

数秒たった後、ベネトナシュの瞳はようやく焦点を定めた。

目の前のルファスをようやく認識したらしい吸血姫の目が淀んで揺れる。

魂の奥底まで倦怠と諦観に沈んだ瞳は濁っていた。

 

 

これがあのベネトナシュか?

再びルファスはそう思ってしまった。

 

 

 

「思い出したぞ……そうか、貴様、奴の腰ぎんちゃくだったあの小娘か」

 

 

 

かつて偉そうに高説を垂れていた小娘と眼前の無礼者の姿が重なる。

何だ、あれだけ自信満々にほざいていたのにそのザマか。

ぐにゃぁとベネトナシュの顔が嗜虐と悪意に満ちて笑う。

 

 

 

まるでかつての竜王の如く彼女はルファスの存在を認め……この小娘を傷つけてやろうと決めたらしい。

孤高ではあったが確かに兼ね備えていた誇り高さはもはや風化している。

今の彼女は余興として他者の傷を抉り嬲る事を慰めとする存在へと堕ちつつあった。

 

 

 

「今更なんの用だ? 役立たずが」

 

 

 

無表情で何も言わないルファスにクククと喉を鳴らして嘲りを飛ばす。

 

 

 

「無駄な事は止めて奴の所に帰ったらどうだ? 慰めて(抱いて)もらうといい」

 

 

 

「あぁ、済まんな。奴はもう居ないんだったなぁ?」

 

 

 

犬歯をむき出しにしケラケラ笑う。

ルファスは変わらず何も返さない。

無機質なゴーレムの如き容貌でベネトナシュを見るだけだ。

 

 

 

しかしロイだけが気づいた。

周囲の温度が急速に下がっていくのを。

それと比例するように黒翼の女の内で渦巻くナニカが凄まじい勢いで増大していることさえも。

 

 

もうあと少しでソレは臨界に達するだろう。

 

 

7000年前に経験した蠍による大絶滅。

当時と同じかそれ以上の圧を感じてしまった彼はそそくさと玉座の間から退出していく。

去っていく老人を二人の女は見もしない。

 

 

 

「生きていたのだな? てっきりとうの昔にくたばっていると思っていたぞ」

 

 

 

かつてのルファスを知り、今のルファスの状態を見抜いたベネトナシュは噴き出した。

なんだこれは、ここ100年、いや255年間で最高の喜劇だ。

 

 

 

「ハハハハハハ!  あれだけ啖呵を切っておいて! あれだけ偉そうにしておきながらこのザマか!!」

 

 

 

「お前は失敗した! ハハハハハはははは!!!」

 

 

 

ケラケラと人の失敗と過去を嘲笑う姿は正しく腐っているとしか言いようがない。

極度のストレスに晒され続けたせいでベネトナシュの何処かが歪んでしまったのだろうか。

殺したい奴も手に入れたい奴もいなくなり、残ったのは永遠の蟲毒だけ、如何に彼女であろうと狂ってしまうのもおかしくはない。

 

 

 

 

「貴様が王だと? ははははは! 最高の冗談だなぁ!? 

 アリストテレスの後ろについて回るだけだった分際で!!」

 

 

 

更に罵倒を吐き散らそうとしたベネトナシュだったがそれは中断させられた。

何故なら顔面にルファスの拳が突き刺さったからだ。

ドォンという重低音と発生した衝撃が彼女の城を大きく震わせる。

 

 

もはや言葉による説得は不可能と判断したルファスはちょっとばかり手荒なことをすると決めた。

 

 

頭蓋骨が陥没する嫌な音と共に城壁を撃ち抜きベネトナシュはミョルニル近郊の山へと叩きつけられ、巨大な土砂と粉塵を撒き散らした。

その衝撃で未だに放置されていた【アイガイオン】の残骸──超巨大な骨が崩れていく。

 

 

 

「ベネトナシュ様!!」

 

 

 

「ご無事ですか!!」

 

 

 

何事かと飛び込んできた吸血鬼たちは佇むルファスを見て固まる。

彼女は何もしていない。

ただ彼らを言葉もなく一瞥しただけだ。

 

 

それだけだ。

それだけで十分だった。

吸血鬼たちは動けなくなってしまった。

 

 

 

直ぐにルファスは吹き飛ばしたベネトナシュへと視線を戻す。

本来ならば自分たちの王に拳を振るった不敬者に飛びかかり贖わせるべきなのに。

明らかに今の攻撃はこの天翼族の女がやったのは間違いないのに。

 

 

 

……誰も動けなかった。

圧倒的と言う言葉さえ生ぬるい存在の格差を判ってしまったのだ。

人の姿をしているが断じてこの女は人ではない。

 

 

 

 

ルファスもまた己たちの王と同じ世界から外れた存在にしてあらゆる存在の先を征く者だと皆が判ってしまった。

【威圧】など使わなくともルファスは他者を屈服させることが出来る程に進化していた。

 

 

 

 

「慰霊の日に騒ぎを起こしてしまった事を詫びよう」

 

 

 

心からの謝罪の後に王は堂々と宣言する。

本来ならば許されない暴虐だというのにソレを押し通してしまう程の覇気を彼女は放っており誰も口を挟めない。

 

 

 

 

「今より其方たちの王の目を覚ましてくる。余の所業が気に入らぬなら何時でもかかってくるがいい」

 

 

 

瞬きも呼吸も出来ない。

意識を戦闘に切り替えたルファスに一瞥されるという事はそれだけで死を幻視してしまいかねないのだから。

しかし彼らにも意地はあった、本能が屈服し身体が崩れ落ちようと決して膝だけはつかない。

 

 

 

彼らが膝をつき頭を垂れるのはベネトナシュのみ。

あの日、必ず追いついて見せると決意した意地がそれを可能にした。

例えそれが明らかに王を超えうる力を持つ覇王であろうと彼らは折れない。

 

 

 

覇王が微かに感心したように眉を動かす。

これほど素晴らしい配下がいるというのにその忠節に応えていないとはますますベネトナシュと話す事が出来たと彼女は思い、翼を大きく広げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山にめり込んだベネトナシュは当たり前の話だが軽傷も軽傷だ。

ルファス基準で“軽く”殴っただけなので当然である。

彼女は速力にばかり注目されがちだがカルキノスと同等以上の頑強さと超速再生能力が合わさる事によりほぼ不死身なのだ。

 

 

ベネトナシュを殺すには頑丈な頭蓋骨と肋骨に守られた頭部か心臓を完全に破壊するしかない。

しかしそれが出来る者などミズガルズにはもはや存在しないと誰もが思っている。

ラードゥンとアリストテレスは今やいないのだから。

 

 

 

 

腐っても人類最強。

ただひたすらに強い。

それだけで彼女は全てが許されていた。

 

 

 

ただミョルニルに座すだけで魔神王は彼女を警戒し獅子王でさえ少しは面倒だと思う程である。

たった150センチと少し程度の背丈しかない少女は今まで負けた事など殆どなかった。

レベル1500、いや1800の力とはそれほどまでに凄まじいのである。

 

 

 

「…………」

 

 

無言で岩と石を押しのけてベネトナシュが起き上がる。

少しだけ魔力を放出すれば周囲に散乱する砕けた骨──アイガイオンの残骸──が完全に吹き飛んだ。

ミシ、ミシと額に何本も血管が浮かび上がり彼女の内心を表現している。

 

 

 

眼前に降り立ってきたルファスに吸血姫は殺意と憎悪と憤怒がごちゃ混ぜになった視線を向け、歯の隙間より恐ろしい低音の唸りを漏らしながら言う。

 

 

 

「そんなに死にたいか? もう奴は助けてくれんぞ」

 

 

 

「師はもういないなど何を判り切った事を。それはそうと、少しはいい顔になったぞ。先よりはずっと良い」

 

 

 

竜でさえ怖気に駆られて逃げ惑う様な形相を向けられながらもルファスは余裕に満ちた顔で寸評を飛ばす。

プランはもう居ない。そんな事誰よりも彼女が知っている。今更だ。

その態度がベネトナシュの逆鱗を更に逆撫でし彼女を跳ねさせた。

 

 

 

お前は持っていただろうに。

それを失くして折れたのだろう。

だというのに何故こうやって自分の足で歩いていられる。

 

 

 

 

 

 

余りに昂った感情のせいで魔力を蒸気の如く噴出させながらベネトナシュは光速と同等か、それを上回る速度でルファスへと向けて飛びかかった。

ジグザクで鋭利な軌道を描きながらあの夜は何も出来なかった餓鬼に向けて拳を叩きつける。

大陸はおろか惑星さえ抉りとりかねない威力を込められたパンチだ。

 

 

 

「死ねッッ!!」

 

 

 

衝撃と同時に大気が一瞬で千切れた。

周囲の空気は吹き飛び一瞬だけベネトナシュとルファスの周りは真空へと変化。

直ぐに周囲の気体が流れ込み突風が吹きすさぶ。

 

 

 

銀と金。

二人の美しい髪が靡く。

ベネトナシュは目を見開き驚愕を顔に張り付け、ルファスは先と変わらぬ泰然とした表情だった。

 

 

 

惑星を砕きうる拳は容易く片腕で受け止められていた。

ベネトナシュは本気の一撃を放ったというのにルファスには明らかに余裕が見える。

ルファスはそのままベネトナシュの拳を掴んだまま彼女の全身を自分の傍に引っ張り込み、間近にある彼女の顔へと囁いた。

 

 

 

「遠慮はいらんぞ?」

 

 

 

「ぐッ───!」

 

 

 

もしも二人の初対面がここだったら。

もしも両者がアリストテレスに関わっていなかったら。

もしもベネトナシュがルファスに対して悪い意味での先入観、見下しがなければ。

 

 

 

そうであればベネトナシュはルファス・マファールに対してこの世で唯一の同族として心からの親愛を抱けただろう。

ずっとずっと待っていた自分の運命、迎えに来てくれた愛しき怪物と思えたかもしれない。

で、あればこんな展開よりずっと健全な事になっていただろう。

 

 

 

良くも悪くもプラン・アリストテレスという怪人がこの二人が本来辿るかもしれなかった道筋をぐちゃぐちゃにしてしまっている。

ある意味では二人は同じなのだ。

もう居ない人間の影に悩まされ続けるという点においては。

 

 

 

だからこそベネトナシュはルファスが気に入らない。

 

 

 

 

「調子に乗るな!! 奴がいなければ何も出来ない小娘が!!」

 

 

 

「果たしてそうか確かめて見ろ」

 

 

 

余りに単純な挑発に吸血姫が怒り狂う。

今まで視界全てにかかっていた靄が消え去っていくような気さえした。

その代わりに視界が真っ赤に染まり忌々しい小娘しか見えない。

 

 

 

流動する魔力の余波で髪が逆立ち瞳は深紅に染まった。

誰がどう見ても今のベネトナシュは激怒している。

全てが不快だった。

 

 

 

なまじ自分に近いからこそ許せない。

 

 

お前は自分が大事にされていると判っていたのだろう。

その上で人の家庭の話に口を突っ込んできておいて、あれだけ偉そうに高説を垂れておいて。

何も出来なかった無能の分際で私を見下すな───。

 

 

 

 

「デカくなったのは図体だけじゃないようだな……っ!!」

 

 

 

掌を翳し圧縮した魔法を幾つも放つ。

シンプルに月属性の破壊弾を放つ【ルナ・シューター】は一つ一つが都市を吹き飛ばせる行為の破壊魔法だ。

それをルファスは指先から【ソル・ブレット】で的確に迎撃。

 

 

 

 

衝突する高位の魔法と下位の魔法。

本来ならば決して越えられない位階があるというのにルファスのソレは吸血姫の弾丸を軽々と打ち抜き、そのままベネトナシュに殺到した。

頭は沸騰するほどに怒りで満ちているがベネトナシュの対応は的確だ。

 

 

 

拳を握りしめ、しっかりと身構えて幾度もジャブを繰り出す。

小さく左右にステップを刻みながら吸血姫は素晴らしい程に洗練されたグラップラーとしての立ち振る舞いを見せてくれる。

シュッと拳を最低限の動作で突き出すたびに【ソル・ブレット】は叩き落され霧散。

 

 

 

 

タン、タン、トンとワルツでも舞う様にベネトナシュはルファスに肉薄。

相変わらず余裕に満ちた苛立つ顔に向けて彼女は容赦なくパンチを叩き込む。

 

 

が、片手で弾かれた。

その場から一歩も動かず、難なく。

次いで繰り出した第二、第三、第四の攻撃も全て弾かれ、逸らされ、しまいには再び受け止められてしまう。

 

 

 

逃がされた衝撃が大地に亀裂を刻み、辛うじて原型を残していたアイガイオンの骨格を粉々に粉砕してしまう。

そんな中であっても終始ルファスはベネトナシュを見つめ続けていた。

敵意でも憎悪でもなく、ひたすら。

 

 

 

ルファスの瞳が細められたのをベネトナシュは圧縮時間の中でしっかりと見てしまった。

 

 

 

真っ赤な瞳が自分を見ている。

ベネトナシュはしっかりとソレを睨み返した。

そしてその中にほんの僅かだけ憐憫がある事を悟り───彼女は本気でキレた。

 

 

 

 

「もういい……殺す」

 

 

 

冷静に、何処までも底なしの昏い声で断じた。

 

 

 

ここまで激怒したのはいつ以来だったか。

竜王の下劣な嘲笑を受けた時?

奴に親族を全て消費された時か?

 

 

 

いや、あいつが、アレが、あのふざけた奴が。

あれだけ竜王を何とかしてくれとほざいていた癖にいざその時になったら人を蚊帳の外に追いやった時以来だ。

何処までも身勝手で人の事など欠片も考えない振る舞いには憤りしかない。

 

 

確かに強者は何をしても良いと考えていたし、今だってそう信じている。

だが、それはそれだ。

やつの全てを決して許さないと彼女は心に誓っていた。

 

 

 

永遠に。永遠にだ。

 

 

 

上限を突き抜けてレベルが上がっていく。

竜王の軍勢を殲滅した時以来使ったことのない限界突破を彼女は発動させた。

膨大という言葉さえ陳腐になるほどの魔力が彼女から放たれる。

 

 

 

思わず上空の兵器群が臨戦態勢になるほどの圧力だった。

遠い地で魔神王が視線を動かし、獅子王は歯を剥きだしにし、魔女は含み笑う。

そして覇王は───力を開放したベネトナシュと真っ向から相対した。

 

 

 

そんな堂々とした振る舞いが更にベネトナシュの精神をジクジクと蝕んだ。

あの時はただの腰ぎんちゃくに過ぎなかったというのに。

 

 

 

 

「頭を垂れろ。知らない仲でもない……そうすれば苦痛なく首を落としてやる」

 

 

 

そしてその頭を奴の墓標に飾ってやると吸血姫は湧き上がる憤怒/憎悪と共に語る。

あの時からずっとため込み続けてきた鬱屈した感情が無限に吸血姫を強くしてくれた。

 

 

 

そのレベル実に1800。

絶対にアリストテレスを捕縛するために磨き上げた、今や目的なき力だ。

 

 

 

 

手に魔力を収束させ【銀の矢放つ乙女】を形成。

無駄に巨大化させるのではなく本来ならば数十キロにもなる大槍をほんの2メートル程度にまで圧縮。

完璧な魔力操作により一切の乱れなく魔法は槍として固定された。

 

 

 

これは比喩でも何でもなく惑星を砕く最強の槍である。

 

 

 

かつての彼女はこれを投擲するだけだった。

惑星を破壊する槍を投げるだけなど何とつまらない使い方だろうか。

指と手首だけでベネトナシュは【銀の矢放つ乙女】を手繰った。

 

 

狂った風車の様に槍は回転し、幾度も幾度も威嚇するように舞う。

決して張りぼてではない確かな技量が宿った動きだった。

もう存在しない筈の男がもしも帰ってきたら迎えてやる気で磨き上げた槍/棒術、ソレを彼女はルファスに開帳し───勢いよく横合いから叩きつけた。

 

 

 

 

閃光。爆発。

ミズガルズ全土に突風が駆け巡り、警戒態勢に移行した兵器群がミョルニル上空で渦を巻き始めた。

 

 

 

槍に凝縮された魔力がインパクトの瞬間だけ指向性をもって解放され、破壊力の全てを惜しみなく叩き込まれたのだ。

彼女は知る由もないがコレはかつてラードゥンが編み出した剛剣に非常に近しい。

こんなものをまともに受けてしまえばレベル1000の存在であろうとまず助かりはしない。

 

 

 

骨どころか灰、いや細胞一つ残らないだろう。

何せ今のベネトナシュのレベルは1800、限界を超えた力というものは想像を超えるものがある。

多勢に無勢という言葉は彼女には当てはまらない。

 

 

 

圧倒的極まりない質は量を駆逐する。

 

 

 

しかし、彼女の相手はルファス・マファールである。

普通などという言葉は彼女の前では何の意味もない。

ベネトナシュは目を見開き、目の前の光景を信じられないと言わんばかりの表情を浮かべてしまう。

 

 

 

「スロースターターなのだな。さび落としは済んだか?」

 

 

 

素手で彼女は星を砕く攻撃を受け止めていた。

しかしさすがに無傷とはいかず表皮は焼けただれ、血が滴っている。

 

 

 

久々に感じる痛みの中で始めてルファスの表情が変わった。

彼女は微笑んでいた。

そうだ、これだ。これこそがかつて思い描いていた吸血姫の姿だと。

 

 

後もう少しでベネトナシュに巣食う淀みがとれると確信したルファスは駄目押しと言わんばかりに告げた。

 

 

 

「この際だ。はっきり言おう」

 

 

 

「全力で来い。余は全てを受け止めてやれる」

 

 

 

まるで高みから見下ろすような発言にベネトナシュが再び怒りを再燃させる前に彼女はその証明を見せた。

 

 

2000。

 

 

2700。

 

 

3000。

 

 

3800。

 

 

4000。

 

 

気配が膨れ上がる。

かつて最初にその境地に至っていた竜王さえ置き去りにしレベルが上がり続ける。

単純な魔力だけでなく本来ならば相反する力である筈の天力さえもルファスに纏わりつき、二つの力はルファスを中心に螺旋を描いた。

 

 

 

世界の中心とも思える程に力が渦巻く中、唯一何の影響も受けずに全てを支配する女は端的に事実を述べた。

 

 

 

「今の余は其方より強い」

 

 

 

天力と魔力。

この二つは元々一つだった。

それを知っているルファスにとってこれは何らおかしいことではない。

 

 

女神が別ける前の純粋な“力”を彼女は支配するのだ。

 

 

 

いや、ルファスという存在自体が力という概念そのものなのかもしれない。

ベネトナシュはソレを見て、魅て……指が震えていた。

 

 

彼女に比肩/凌駕する存在は今までどいつもこいつも彼女を嘲るか、そもそも眼中にさえなかった。

しかし、ルファス・マファールはベネトナシュという存在をしっかりと認識した上で全てを受け止めて見せると豪語してみせた。

それがハッタリでない事は眼前の光景を見れば明らかだ。

 

 

 

(……本当に?)

 

 

 

本当に全てをぶつけてもいいのか?

 

 

 

 

───脳裏をよぎる竜王の下賤な侮蔑。

 

 

 

──“お前に興味などない”という態度を隠しもしない男。

 

 

殺したかったのに消えた邪悪と奪いたかったのに居なくなった怪物。

 

 

 

忌々しい屈辱と敗北の記憶が塗り替えられていく。

全てが己をしっかりと見ているルファスへと収束し、ベネトナシュは……初めて笑った。

数百年間胸中で渦巻いていた暗黒の感情が本当に僅かだが減った気さえした。

 

 

 

 

 

ルファスは逃げないし臆さない。

ただベネトナシュと向き合うだけだ。

凛とした佇まいには気高さがあった。

 

 

あの時と同じだった。

違うのは隣に男がいないことだけ。

いや、却ってそのお蔭で彼女はここまでの怪物になれたのかもしれない。

 

 

 

良くも悪くもアリストテレスはルファスを抑える枷だったのだから。

 

 

 

「ルファス・マファール。そうか、そんな名前だったな……確か」

 

 

 

255年間己が停滞している間に彼女は修練を重ねここまで成長して見せた。

相変わらず不快で気に入らない奴なのは変わらないが結果を出している以上は認めざるを得ない。

 

 

 

良いだろう。

期待はしないが有象無象というのは訂正してやると決め、ベネトナシュは銀の閃光となって駆けるのだった。

 

 

 

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