ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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兵器群と魔女があそこまで好き勝手出来ているのはベネトナシュが人類守護の役割をさぼったからです。

ついでにメリディアナが時折上げて来ていた兵器群の規模拡大申請の書類などを彼女は見もせずに認可のハンコを押し続けていました。


ルファスとベネトナシュの“キャットファイト!” ラウンド2!

 

 

ルファスとベネトナシュが激突しほんの3秒後、数億にも届く攻防の後。

ベネトナシュは激情も露わに叫んでいた。

どれだけ力をぶつけても決して壊せない壁を前に吸血姫は淀みと腐敗を削ぎ落され、かつてありし日の姿に戻っている。

 

 

気が付けば全身に纏わりつき彼女を縛り付けていたあらゆる要素。

責任だの後始末だの王としての威厳だの、そんな全てから今の彼女は解き放たれていた。

ただ目の前だけを見て、難敵を倒す為に全てを振り絞る生き方だ。

 

 

 

「このォォォっ!!」

 

 

 

全力で魔法を圧縮して作った槍を投げつける。

助走をつけるために大地を思い切り踏みしめれば周囲は陥没し荒野に亀裂が走る。

【銀の矢放つ乙女】を幾度叩きつけようと拳で弾かれ続けた結果の判断だった。

 

 

 

天体を構築できるほどの魔力を流し込まれた槍は間違っても大地に落としてはいけない破壊力が籠っていた。

レベル1000の存在が何千人いようと鎧袖一触で吹き飛ばせる威力だ。

キィィィンと甲高い音を響かせて文字通り“矢”へと還った【銀の矢放つ乙女】がルファスへと迫る。

 

 

 

マナという埒外の物理法則など無視する概念を練り込まれたソレは三次元の理論などとうに超越している。

女神が下界に課した制約である光速を超えてはいけない等無視され、明らかに秒速30万キロを上回っていた。

そしてベネトナシュはもう一つこれに手を加える。

 

 

 

「とっておきだッ!!」

 

 

 

「吹き飛べっッ!!」

 

 

 

使えば世界が滅びるかもしれない、ではなく確実に滅びる術だとは判っているが吸血姫は止まらない。

元より何の興味もないミズガルズなどどうなろうと知った事じゃないのだ。

一瞬だけ脳裏に自分に追いついて見せると決意を表明した臣下たちとミョルニルの景色が浮かぶが、ベネトナシュはそれさえ振り切る。

 

 

 

妥協と諦観を彼女は止めた。

気が付けば理屈をこねくり回し自分に言い訳をし、行動しない理由ばかり並べていた人生はもうやめだ。

その結果、世界が滅んでも彼女は───まぁ、多少は気にするだろうが後悔も反省もしない。

 

 

 

255年間この世界を護ってきてやったのだ。

で、あるのならば少しばかり滅ぼしても文句はないだろう。

 

 

だってそうだろう?

自分一人に全てを任せるということはそういうことだ。

歴代の勇者は馬鹿正直に世界に身命を捧げていたがベネトナシュはそんなことはしない。

 

 

 

 

万単位の命を所持する狂った耐久力の竜王とそもそも全ての動作をいなし、挙句には打ち返してくるアリストテレス。

コレはこの両者を想定して使う筈だった技だ。

ベネトナシュをして理論を組み立てた時にコレはマズイと思ってしまう術だった。

 

 

 

先と同じように素手でルファスが矢を受け止めようと掌を翳した瞬間に彼女は【錬成】を発動させた。

対象は己の魔力で構築された【銀の矢放つ乙女】で、変換先は何てことはない鉄だ。

ただしとてつもない圧力で圧縮されているという前提がついてくるが。

 

 

 

閃光と同時に周囲の空間が歪んだ。

さながら天文学に出てくる重力レンズの様に矢を中心に時空が軋む。

惑星を破壊できるほどのエネルギーが丸ごとたった2m程度の金属に変わったのだ、その密度は想像を絶する。

 

 

 

そして何よりマナから物質へと瞬間的に変換されたというのが問題だった。

何せ今の矢は超光速、光を超えたままだ。

物理法則が絡みつくよりも早く、埒外の状態は世界に深刻なエラーを引き起こす。

 

 

 

光を超えられない筈のソレが光速を超過しているのだ。

逆走という裏道を使うのならばともかくだ。

ミズガルズを運営する女神の法はこれに対しての処理を行った。

 

 

 

越えてしまったのならば相対性理論を適用して亜光速にまで落とせばいい。

しかし一度超光速を実現したとすればそれには膨大なエネルギーが必須。

で、あれば一瞬だけFTLを実現可能なエネルギーを供給して埋め合わせを実行。

 

 

 

因果が捻じ曲がる。

世界にあってはいけないバグを無理やり修正し宙はまたもや軋む。

 

 

 

本来ならばそんなエネルギーは存在しえない。

しかし女神アロヴィナスの座はそれを可能にする。

彼女の総体からすれば砂粒一つにも満たない量の力であってもそれは正しく“無限”を冠する程の力なのだから。

 

 

 

始めてルファスの瞳が見開かれる。

簡単に言えばこれから彼女を襲うのは無限の質量×無限の速度だ。

着弾すれば惑星系はおろか銀河規模で大破壊が起こるかもしれないソレを前に覇王の瞳は次いで鋭くなった。

 

 

 

 

「────ハァッッッ!!」

 

 

 

今までさながら格下をあしらう様な動作でベネトナシュの全てを受け止めていたルファスが初めて本気で拳を振るう。

瞬間的に幾つもの天力でバフを己にかけ迫る無限を真っ向から叩き潰す。

彼女が目指すのは極点に座す根源の神、であれば物理法則の限界など越えられなくて何が神への挑戦者か。

 

 

 

物理法則の果てとレベル4200。

どちらも世界においてあり得ないバグ。

一つ存在するだけで次元が狂う力の衝突はミズガルズ全土に空間震動を引き起こす。

 

 

埒外の力がぶつかり合った結果、少しずつ世界が捲れていく。

【エクスゲート】を用いていないというのに世界を構築する女神の力が剥がれ落ちているのだ。

無理やり、力づくで、絵画を破り捨てる様にミズガルズが破れていく。

 

 

 

二人に気取られないように念入りに術を重ねて様子見をしていた青髪の少女が絶句し目を剥く。

なまじ世界の構造を知っているからこそこれがどれほどありえない現象で、どれだけ危険か判ってしまう。

聞こえないのは判っていてもやめて、やめて、そんなことをしたらミズガルズどころか太陽系が消えてしまうと祈る様に何度も早口で呟いてしまっていた。

 

 

 

皮肉な話だ。

神の端末が神に祈るなど。

 

 

 

一秒。

マイクロ、ピコ単位まで時間を圧縮可能なルファスにとってそれは数年にも匹敵する体感だ。

さすがの彼女も無限速を軽々と相殺することは出来なくもないが……大きく一歩を踏みしめる。

 

 

 

槍を力技で押し返す。

同時に両翼に天力と魔力が循環し【エクスゲート】を準備。

そして、彼女は己の中のギアを上げた。

 

 

 

わざわざ拮抗させていた理由は単純だ。

天文学にもそれなりに詳しいルファスはベネトナシュがこの技に何を仕込んでいるか読み切っている。

複数の惑星に匹敵するエネルギー/質量の密度をたった2メートルにまで圧縮するということがどういうことかを。

 

 

 

そしてこの技を中心に空間がレンズの様に歪んでいたのが如何なる原理であるかもだ。

一定以上の質量を持つ物質は己の発する重力に耐えられず内側に潰れていく。

宇宙ではそうやって星が産まれては死んでを繰り返すというのは星を愛する者としての基礎知識だ。

 

 

世界の未来など考えないベネトナシュに対しルファスはコレの後始末まで考えて動いていたのだ。

 

 

 

「っっッ!!」

 

 

更にもう一段階力を込めれば彼女は今まさに自重で重力崩壊を始めているかつては魔法だった槍を粉々に砕いた。

瞬間、散らばった破片が一瞬で一点に集結し暗黒色の塊が現れた。

全ての質量と重力とエネルギーがほんの小さな一次元に向けて堕ちていく。

 

 

 

簡単に言えば惑星の表面にブラックホールが顕現したのだ。

これが何を意味するかルファスにはよくわかっている。

そして上空の兵器群が看過できない異変を前に急速に落下してくるのも感じ取っている。

 

 

 

兵器たちが宿すのは天力と魔力の複合波動。

重力を逃がすための構造と術式を一瞬で計算して編み上げたのだろうか。

更には質量を抽出する重力ドリルさえ形成したゴーレムが居る。

 

 

 

このまま兵器に任せれば全て処理してくれるだろう。

つまりまたプラン・アリストテレスに尻拭いをさせれば全ては丸く収まる。

黒塗りの筈なのに困った顔で笑う男の姿をルファスは見てしまった。

 

 

 

───自分が何とかしよう。

───ルファスは何もしなくて大丈夫。

 

 

何もしなくていい。

あの時の様に。

 

 

いつもそうだった。

なまじあらゆる法則を可視してしまう故に彼は心配性に過ぎる気があった。

その結果がアリストテレス兵器群に祭壇だ。

 

 

 

根本では人類を信じておらず諦めに漬かっている男の想念の結晶が今まさに世界を覆おうとしているあれらだ。

ルファスは断じてそれを認められない。

世界は、ミズガルズは女神を楽しませる舞台でもなければアリストテレスの実験場でもない。

 

 

 

「違うっ!!」

 

 

 

否定を叫ぶ。

もうやめろ。

これは私とベネトナシュの問題だ、手を出さないでくれ。

 

 

 

すると落下していた兵器たちが固まった。

ゾディアックの王であるルファスもまた彼らの保護対象である上に部分的な命令権を持っているからだろうか?

複数のゴーレムたちが蒼い光をルファスに向けてじっと観察している。

 

 

 

 

彼女は臆さない。

理不尽など味わい続けてきたルファスは正にこのような現実を粉砕するために強くなり続けたのだ。

過去と決別する様に拳を打ち付けた。

 

 

 

無限の重力と質量? 

それがどうした。

 

 

特異点においてはあらゆる法則が無効化される?

ならば余が新しい法を敷いてやろう。

これはほんの始まりだ。

 

 

 

あらゆる絵の具を塗りたくったせいで真っ黒になったような底冷えする闇の塊に亀裂が入る。

ルファス・マファールの拳は裸の特異点を打ち砕き、宇宙開闢以来ありえない事を引き起こした。

すると特異点に圧縮されていた惑星複数個分の質量がさく裂しようと身悶えする。

 

 

 

しかしルファスにとってはこの程度なんの問題もない。

前もって準備しておいた【エクスゲート】を発動させ、宙の遥か彼方に全ての質量とエネルギーを追放してしまう。

ゲートを閉じれば何もかもが嘘のような静寂が場に満ちた。

 

 

 

しかしその静寂は直ぐに破られた。

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアアっッ────!!」

 

 

 

 

己の最大の切り札を無力化されたベネトナシュがなりふり構わない様子で突貫。

レベル限界を超えた力を最大にまで発揮しルファスへ向けて鋭利な爪を振りかざす。

全身からスタミナ配分など全く考慮していない勢いで魔力と闘気を無尽蔵に放出し、部分的に発火しながら吸血姫は黒翼の魔物へと踊りかかった。

 

 

 

彼女の全ての動作は1000レベルの存在でさえ目視も叶わない絶対的な速さで実行される。

単純なパンチや蹴りだけではなく回避も、威嚇も、フェイントでさえ。

あれだけ停滞と倦怠に沈んだ彼女にさえ誰も文句を言わせなかった強さの根幹である。

 

 

 

正にミズガルズ最速。

相手よりも後に動き出しておきながら先手を易々と取ってしまう程の理不尽。

当然その速力は攻撃にも適応される。

 

 

 

 

時間を超高密度に圧縮したルファスの体感世界の中でさえ恐ろしい速さで彼女は動いている。

ベネトナシュが内包するマナが物理法則を捻じ曲げ、彼女が本来ならば従わなくてはいけないあらゆるルールを無効化しているのだ。

吸血姫ベネトナシュ、彼女もまた特異点としか言いようがない。

 

 

 

 

しかし特別なのは彼女だけではない。

このミズガルズで唯一吸血姫と同等/同種と定義された最新の魔物がここにはいる。

ルファスの腕はベネトナシュと同等以上の速度で動いて収奪者の爪を弾く。

 

 

覇王に軽く弾かれた爪の罅が入る。

しかしそれは瞬間的に復元され、更に強靭かつ凶悪に進化した。

オリハルコンどころか、かつて勇者が用いたとされる聖剣や神剣に匹敵凌駕する性能を得たソレを全霊で振るいながらベネトナシュは吠えた。

 

 

レベルという概念さえ撃ち抜く程の激情を以て振るわれたソレをルファスは紙一重で回避していく。

掠っただけで微かに金糸が舞う。

間違いなく今のベネトナシュの攻撃であればルファスにダメージを与える事が出来るだろう。

 

 

「お前は何なんだっ!! いまさら出てきて!!」

 

 

「全てが遅い!!! 誰もいなくなったんだぞ!!!」

 

 

 

お前があの時に居れば。

お前があの時にこれだけ強ければ。

こんな面倒なことにはならなかったのに。

 

 

何もかもこいつとあの男のせいだ。

 

 

 

「いまさら出てきて偉そうな顔をするんじゃないッ!!!」

 

 

 

「奴らの代わりのつもりか!? 

 そんな事で私が満足すると思っているのかっッ!!」

 

 

 

ラードゥンとアリストテレス。

かつて世界を震撼させた二つの怪物と戦った事があるベネトナシュの偽らない本心だった。

ルファスは無駄のない最低限の動作で回避を続けながらも黙って彼女の激情を受け止め続けた。

 

 

 

「クソッ!! クソがああっ!!!」

 

 

 

女性が上げてはいけない恐ろしい唸りと罵倒を叫びながらベネトナシュは追撃を開始。

両腕が付け根から消え去ったと錯覚するほどの速さで稼働しあらゆる方向とあらゆるタイミングでルファスを攻め立てた。

攻めて、責めて、せめ続けて───唐突に右腕をルファスが掴み上げた。

 

 

咄嗟に残った左腕でルファスの顔面に拳を叩きつける。

しかしルファスはそれを翼で容易く受け止めた。

絶句する程に強固なソレには傷一つ付いていない。

 

 

ギチッと奥歯を砕きながらベネトナシュは何度も何度も拳を打ち付けるがやはりというべきかビクともしなかった。

そして……やがて何の感情も籠っていない無機質な呟きをベネトナシュは聞いた。

翼に隠れて顔は見えないというのに、声だけははっきりと聞こえてしまった。

 

 

 

「そうだな。全くもって同感だ。其方は正しい」

 

 

 

「────」

 

 

一瞬でベネトナシュを支配していた熱が引いていく。

何だこれは、何だこいつは、一体なんなんだ。

 

 

 

恐ろしい程に冷たいと感じたのは果たして腕か、それとも心胆か。

細腕が軋む。

今まで体験したことがない程の圧倒的な握力でベネトナシュの腕は握りしめられていた。

 

 

いや、握力だけではない。

これは……。

 

 

「がっ!?」

 

 

そのまま力を込めれば吸血姫の腕は呆気なく折れた。

激痛に微かに眉を顰めるが、そんなものは次の瞬間にはどうでもよくなる衝撃を吸血姫は受けてしまう。

覇王の拳が深々と腹部にめり込む、アバラ、内臓、背骨が順に砕けて混ぜ合う音と感触をベネトナシュは味わうことになった。

 

 

 

小柄な体が圧倒的な暴力を受けて吹き飛ぶ。

ミョルニル近郊にあった山を幾つも吹き飛ばしながらも勢いが止まらない。

一つ山が消える度に地鳴りが響く、まるで恐ろしい力に怯えるミズガルズの悲鳴の様だ。

 

 

だがルファスは容赦しなかった。

彼女は吹き飛ぶベネトナシュの背後に【エクスゲート】を用いて一瞬で回り込むと後頭部を鷲掴みにして力任せに大地に顔面を叩きつける。

それだけで深さ数十メートルはあるクレーターが出現しその中心でベネトナシュは思う存分に土を舐める事になった。

 

 

 

が。

これで折れるベネトナシュではない。

彼女はかつては決して用いなかった小細工を使う。

 

 

 

一瞬でルファスの眼前からベネトナシュが消え去った。

あれだけしっかりと掴んでいた頭がまるで指の隙間から零れ落ちる様に消えてなくなる。

砂とも灰ともつかないナニカに変わって霧散する様は正しく吸血鬼という種族の死に方だ。

 

 

 

ほんの刹那、ルファスはベネトナシュを殺してしまったのかと硬直し……。

その隙を吸血姫は決して逃がさない。

あいつと同じ手にかかった弟子に全力で牙をむく。

 

 

 

種明かしをすればベネトナシュが使ったのは“霧化”だ。

単純に強すぎる彼女にとっては必要のない吸血鬼として持っている生態機能の一つである。

死んだふり等と言う弱者の小細工を用いるのに彼女は躊躇しなかった。

 

 

 

何が何でもこいつをぶん殴って屈服させてやるという欲望だけが彼女を突き動かす。

もっと単純な言葉にしてしまえばベネトナシュはルファスに勝ちたかった。

勝ってどうしたいかなどはどうでもいい。

 

 

 

とにかく彼女は勝利したかった。

しかしそんな思いだけではダメだった。

ルファス・マファールという怪物はベネトナシュの想像の上を行く。

 

 

 

「!!」

 

 

ルファスの背後に出現した吸血姫を出迎えたのは真っ黒な剣の束だった。

鋭利な形状に変化した女の翼はさながら独立した魔物だ。

かつてのラードゥンの100の頭の如くルファス・マファールの翼はそれ自体が自律した防衛機構であり強力な魔物の様なものなのだ。

 

 

 

腕、足、腹部を真っ黒な剣が串刺しにした上でベネトナシュの背後に出現させた【エクスゲート】に叩きつけた。

【エクスゲート】は同意のない生物は入れない。

裏を返せばコレは何処にでも足場や壁を作れるということなのだ。

 

 

 

ならば通ればいいではないか? と思う事だろう。

しかしゲートの中から感じる熱量はそんな愚かな考えを吹き飛ばす。

孔の奥からは吸血姫の身体の各所から煙が上がる光が漏れていた。

 

 

 

ゲートの向こう側は太陽だった。

もしもベネトナシュがこれを通った場合は恒星に叩き込まれた事だろう。

さすがの彼女もそんな事になれば死ぬかもしれない上に、仮に生き残ったとしても戦闘継続は不可能になることは間違いない。

 

 

 

刺した時と同じく一瞬で剣が引き抜かれベネトナシュは無様に地面に落ちる。

身体中のあらゆる個所に損傷を受けた彼女は明らかに再生が追いついていない様子で荒い息を吐きながら膝をつき己を見下ろしてくる女を見上げた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

「はぁっ……はぁ……!!!」

 

 

 

元来苦痛に高い耐性を持つベネトナシュでさえ顔を歪めるほどに体中が痛い。

余りに滅茶苦茶にやられたせいで何処が傷を負っているのかさえ判らない程だ。

しかし何故か頭は玉座に腰かけていた時よりずっと冴え、胸中はまるで掃除でもしたように常日頃から感じていた鬱屈とした物は減っている。

 

 

立ち上がり殴りかかろうとしたが力が入らない。

余りに多くの血を失いすぎたせいだ。

ベネトナシュはそのまま倒れ込み仰向けで勝者であるルファスの顔を見る事しか出来なかった。

 

 

 

完全な敗北であった。

しかし久しくない透き通った感触である。

こんなに惨めに負けようとしているのに。

 

 

「っ……くくくく……クハハハハハァ!!」

 

 

 

「何だ貴様、何だっ……ははははははは!!」

 

 

 

血を吐き出しながら意味も判らずベネトナシュは笑った。

成長か、そうか強くなったのか。

で、あればずっと同じ場所にいた私が追い抜かれたのは……まぁ、しょうがないか。

 

 

 

ルファスもまた笑った。

 

 

 

 

ははははははははハハハハハハハハ!!!

 

 

 

 

ミョルニルの近郊に甲高い女たちの大笑いが響く。

ひとしきり笑い終わった後にベネトナシュは今までの狂騒が嘘のように穏やかな声音で問う。

 

 

 

「おい。……奴は本当に死んだのか?」

 

 

 

「亡骸は確認していない」

 

 

 

「お前は奴と本気でやり合った事はあるか?」

 

 

 

「……ない」

 

 

少し考えた後にルファスは返した。

思えばプランと模擬戦をしたことはあっても本気での殺し合いをしたことはない。

15歳の夜の時のアレも彼は終始自分を敵として見てはいなかった。

 

 

 

「…………ククッ」

 

 

 

そうか、知らないのだなとベネトナシュは小さく含み笑う。

プラン・アリストテレスという怪人の強みは意味不明な事だと彼女は身を以て知っている。

そしてソレは実際に本気で体感しないと判らないのだ。

 

 

 

確かにルファス・マファールは誰よりも奴の傍にいたのだろう。

自分よりずっとその異常性を見てきたのは間違いない。

 

 

 

だからこそだ。

あの男がああまで気にかけていた当時はまだ10代のガキに己のおぞましさの神髄を開帳する筈もないとベネトナシュは思っていた。

アリストテレスと二度も戦った彼女は骨身に染みて理解していることがある。

 

 

 

この世には理解を超えた概念や現象があるということを。

そして本当に勝負に勝ちたい時は100%罠を発見できるスキルを使うべきであることも。

 

 

 

死体が見つかっていない。

つまり確実に死んだと観測されたわけではないのだとベネトナシュは思った。

あれから255年経っただとか、生きている訳がないだとか、そういったつまらない話はどうでもいい。

 

 

 

「あの化け物の事だ。案外どこかで生きているかもしれないぞ?」

 

 

 

気心知れた友人に言う様な冗談めかした言葉はこう続いた。

仮に、そうだったらどうする? と。

ルファスはほんの僅かな間だけ瞑目しやがてこう答えた。

 

 

 

 

労いの言葉(おかえり)をかけるだけだ(と言ってあげたい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、人類共同体に激震が走る。

発足から255年に渡り世界を守護してきたベネトナシュが引退を発表し、後継者に新興国ゾディアックの女王ルファス・マファールを指名したのだ。

矢の如き速さでミョルニルはゾディアックと同盟を締結、両国は経済的、軍事的に強固な繋がりを持つことになった。

 

 

 

かの竜王を打倒した功績とベネトナシュ直々の使命、更には各国の上層部に数多く居る混翼たちの働きにより混乱は最低限に収まったが、問題はその後だった。

人類の守護者の座についたルファス・マファールは共同体の大規模な改革を行うと発表し、その手始めとして腐敗の一掃を掲げたのだ。

結果、夥しい数の今までベネトナシュの威光の下で私腹を肥やしてきた役人や貴族などが粛清される事となった……。

 

 

 

世界中に募るルファスへの不満を感知し宙の彼方で女が笑う。

これは利用できそうだ。

 

 

 

そして更にルファス・マファールはもう一つの方針を発する。

もう後戻りは出来ない道に彼女は足を踏み入れたのだ。

誰であろうと驚異的なレベリングを可能とする黄金の果実を全人類に配布すると。

 

 

 

そして、十二分に人類の強化が済み次第───役目を終えたとしてアリストテレス兵器群の解散を彼女は決定事項として全世界に通達した。

 

 

 

戦争においては人が人を殺す。

殺人は消して許されない事であるからこそその咎から逃げてはいけない。

ましてやその決定権を道具に委ねて、殺人行為に対して都合のいい代行者を立てる事など決して余は認めないと覇王は堂々と宣言したのだ。

 

 

 

人類よ、逃げるな。

それがルファスが全世界に突きつけた願いである。

 

 

 

 

 

 

 

重低音/轟音が響く。

発進する巨大なアルゴー船が音速を超えた証明だった。

 

 

 

着陸していた何隻ものアルゴー船の船体側面が丸ごと開く。

一糸乱れぬ動きで夥しい数のゴーレムや魔物、魔神族が黙々とその中に乗り込み続けていた。

 

 

夕暮れ時の血の様な色彩を浮かべる太陽の下、更なる量の血を流すべく軍団が動き続ける。

全ては人類のために。人類の未来の為に。たった一人の少女の未来を保障するために。

 

 

 

彼女が戦わなくてもいいように。

代わりに彼らが血を流す。

プランが用意した暴力装置は創造主を失いつつも動き続ける。

 

 

 

轡を並べて行進するのはアリオトを叩きのめした【ソード・ゴーレム】達だ。

それが一隻のアルゴー船に最低5000ユニット。

他にも遠距離攻撃に特化したゴーレムに人類に支配された魔神族や巨大な塔の様な形状をした新兵器などが続々とアルゴー船に積み込まれ続ける。

 

 

 

新大陸開拓/征服が決定されたにあたり、出陣する軍団の観艦式をマルクトで行う事になったのだ。

入場料は無料で誰でも己たちを守ってくれる兵器群の勇姿を見る事が出来る。

 

 

 

地平を埋め尽くす軍団の行進は見学に訪れた者らの度肝を抜く程に壮観で精強だった。

あぁ、これが自分たちを守ってくれているのだと理屈抜きに見る者を魅了してしまうほどに。

これが更に進化すればいずれベネトナシュやルファスと言った守護者も必要なくなるかもしれない。

 

 

いや、既にベネトナシュは……。

 

 

常に進化と最適化を行い続ける兵器群は更に大規模な更新を行っており竜王軍を攻撃した時とは比較にならない程に強化され続けている。

もはや獅子王程度ならば問題ないとメリディアナと兵器群は判断し此度の遠征が決定された。

その上でまだまだ発展する、いや、実質兵器群は文明の初期段階程度でしかない。

 

 

 

 

マルクト近郊から次々と兵器群は出航を行っていた。

地上を埋め尽くす何万、何十万という軍団は速やかに空中艦隊に収納され音速の何十倍もの速度で『獅子王』が支配する大陸へと向けて発進していく。

数時間後には中央大陸を巡る攻防が始まり橋頭保が確保される手筈となっている。

 

 

 

 

 

……今回の目的は単に獅子王を抹殺するのではない。

彼が支配する大陸を丸ごと解放し人類の生存圏にしてしまおうという壮大なモノなのだ。

そして兵器たちの次の進化の為に獅子王の因子を取得する、それが最大目標だった。

 

 

 

最後の演目は決まっている。

獅子王の亡骸を晒しものにしたパレードだ。

 

 

魔女は薄く笑いながら軍団を見つめている。

彼女にとってルファス・マファールが兵器群の解散を決定した事など誤差だ。

どうして判ってくれないのかという想いはあれど人なのだから意見の相違は仕方ないと割り切る強かさが彼女にはある。

 

 

 

実質的に共同体の王となりクラウン帝国をはじめとした各国を影響下に収め始めている彼女だが敵も多い。

特に今回おこなっている大粛清や兵器群への一方的な解散命令などでルファスの支配を拒むモノは多々おり、そういった者らへの取り込みに魔女は着手し始めていた。

今はまだ未完成だが永遠の命という言葉に惹かれる者は多い。

 

 

どうあっても共同体による255年の治世は終わりつつある。

プラン・アリストテレス達が作った平穏を壊したのは皮肉なことにルファスであった。

 

 

勝つのはルファスか兵器群か。

それは神のみぞ知るだろう。

 

 

 

もうこの流れはどうしようもない。

何時か二人の後継者はぶつかり合う事になるだろう。

それこそミズガルズを真っ二つに割る規模の戦いを以て。

 

 

 

しかし何よりも大事なのは人類の未来だ。

そして未来はアリストテレスと共にある。

メリディアナにとってはそれだけの話なのだ。

 

 

 

 




アリストテレス兵器群 作戦レポート。


中央大陸解放作戦における動員戦力。

第一陣。

アルゴー級空中機動船 50隻
地上戦力 80万ユニット(魔物化昆虫など含む)
新型大型戦闘ユニット 30ユニット。
ブラキウム搭載型エクスゲート弾道ゴーレム 130発。
エクスゲート・アンカー 50本。
“吸血姫再現体” 1ユニット。


他新型兵器多数。


常時プルート及び各地の工場で増援の生産は行われている。
第一陣の戦果を確認次第、第二陣の戦力は調整予定。




ようやく次回から獅子王を本格的に登場させられそうです。
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