ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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最初から自分の名前を出して堂々と「これは試練なのです」と言っていればここまで嫌われなかったでしょう。


ディーナの“アイデンティティ”!

 

 

ディーナはこれほどまでに怒り狂った主を見た事がなかった。

いつも泰然自若とし、どのような事が起ころうと決して自信に満ちた顔を崩さず、全ては出来て当たり前と言わんばかりに我が道を征くのがディーナの知るルファスの姿だった。

覇王という言葉は彼女の為にあると思う程にルファス・マファールは堂々と己を主張する人物である。

 

 

 

 

そんな彼女は今、本気で怒っていた。

仲間を傷つけられ、ベネトナシュの醜い贋作をみせられたのだ、不機嫌にならない訳がない。

しかし彼女は今にも爆発しそうになる感情を完全に制御し努めて冷静さを取り繕った声で言う。

 

 

 

己の本質が激情家だと理解しているルファスである。

感情の処理は何百年も鍛えてきた故に問題ない。

例えその声音が凍り付いたもので、思わずディーナが身震いするほどに冷え切った怒気を宿していようと怒鳴りはしない。

 

 

 

 

「戯れが過ぎたな」

 

 

 

 

真っ赤な瞳が魔女とその後ろにいるナニカを見据える。

念力でディーナを浮かばせて包み保護する。

ちらと見るだけで彼女の有様は酷いモノだった。

 

 

 

 

肋骨が折れて肺に骨片が突き刺さっている。

全身は青あざだらけで歯は何本も折れてしまっている。

呼吸も弱弱しく今にも意識を失ってしまいそうだ。

 

 

 

それに最後にメリディアナが振り下ろそうとした杖。

あれがもしも直撃していたらディーナの頭蓋骨は陥没していたかもしれない。

如何にレベル1000とはいえ彼女は後衛職、基礎的な身体能力は低いのだ。

 

 

そして何よりもしも間に合わなかった場合。

ディーナは恐らく死ぬよりもひどい目にあっていただろう。

プルートの地下で行われるおぞましい実験、あれの犠牲になっていた可能性さえあるのだ。

 

 

 

それを思うだけでルファスの腸は煮えくり返ってくる。

昔ならば、王としての責務や立場がなければ瞬時に手加減なしで殴り飛ばしていただろう。

しかし責任とこちらにもある非がそれを押しとどめた。

 

 

 

ディーナの行動は完全に予想外であったと言わざるを得ない。

少なくともルファスはそんな指示は出していなかった。

 

 

 

「この償い、どうするつもりだ?」

 

 

 

深海よりも深く昏い声で問う。

竜さえ昏倒しかねない圧がそこには宿っていた。

例えレベル1000の超越者であろうと思わず脂汗を垂れ流し、息を乱しながら膝をつくであろう圧力だ。

 

 

 

しかし、しかしメリディアナは、魔女は、アリストテレス兵器群の代表は。

小首をかしげる動作をした。

杖の先を指でトントンと叩きながらディーナを顎でしゃくって指す。

 

 

 

怒りの感情では彼女を揺らす事は出来ない。

 

 

 

「おや、その者はマファール陛下のお仲間でありましたか」

 

 

 

魔女は狡猾であった。

知らない風を装うのはともかく、ルファスの口から確証を得ようとしている。

9割9分確定してるのを10割にしたいのだ。

 

 

100と0以外は信じない。

アリストテレスの思想を強く受け継いだモノからすれば当然だ。

つまりそれを口にしたら最後、ルファスとディーナ、つまり女神の端末との繋がりがアリストテレス達に筒抜けになる。

 

 

この物知りたちがそれを知って何をするかは余りに可能性が多すぎて考える事も出来ない。

ここでルファスの取るべき最善策はシラを切る事だ。

 

 

 

そんな奴は知らん。

余とは関係ない。

勝手にしろ。

 

 

そうやって切り捨てれば全ては有耶無耶になる。

少なくとも正式な勅を受けて動いていたレオン討伐に水を差してしまった彼女の立場がこれ以上悪化するのは防げる。

 

 

 

 

(やめてっ……ここで私と貴女様の関係が露呈してしまっては……!!)

 

 

 

女神に知られるよりもアリストテレスに露呈する事をディーナは危惧していた。

人のおぞましさと業をこれでもかと詰め込んだ者らに対して彼女は最大級の警戒を抱ているのだ。

 

 

それを判りながらもルファスは堂々と宣言した。

ベストではなくベターを。

彼女は決して仲間を見捨てない。

 

 

「───この者はオフューカス。余の配下だ」

 

 

 

「ほぉ! あの噂に名高き十二星天とやらでしたか!」

 

 

 

 

いやいや、それは知らなんだと老婆は大仰な仕草で頭を振った。

何を今さらというべき態度であったがコレは真実でもある。

彼女の目線からすればいきなり現れた正体不明の人物に攻撃を受けたということになるのだから。

 

 

 

しかもただの攻撃ではなく記憶の操作、簡単に言えば洗脳だ。

これは普通に殺されるよりもずっと質が悪い。

やりたくもない事を強制するのはとんでもない尊厳の侵害というのは誰もが頷くところだろう。

 

 

 

「しかしマファール陛下には困ったものですなぁ……。

 先ほど私めはソレに精神干渉を貰いましてね」

 

 

 

「あれは陛下のご指示で?」

 

 

 

ルファスの目線がディーナに向けられる。

言葉こそないが「本当か?」と彼女は問いかけて、ディーナは顔を俯かせて小さく頷いた。

勝手に判断して良かれと思い失敗し、返り討ちにあった上で主に助けて貰いその立場を悪くする。

 

 

 

思い立った時は非常に良いと思って結果として空回りする。

それは正しく彼女の本体と同じで、どうやっても逃げられないその類似性を突き付けられたディーナは項垂れた。

今の彼女の立場は惨めとしかいいようがなく、本人が誰よりもそれを理解しているせいか唇を強く噛むことしか彼女には出来ない。

 

 

 

敗北感に震えるソレを魔女は一瞥してからニッコリと笑った。

まぁ失敗は誰にでもある事だ。

問題はこれからどうするべきだ。

 

 

 

 

下手を打てば自分はここでルファスに殺されるだろう。

そんな現実を前にしても変わらず飄々としているのは魔女のサガというべきだ。

保険がしっかり機能するかどうかはまだ判らないが、ここで死のうと自分の意思を継ぐ者はまだまだいる。

 

 

 

 

「いやはや、此度は本当に濃厚な一日となりましたのォ」

 

 

 

 

大陸の解放、獅子王の打倒、覇王と兵器群の初の本格的な戦闘とディーナの独断。

これら全てが一日に収まっているのは正しく異常としか言いようがない。

余りに物事が動きすぎてメリディアナをして困ってしまうくらいだ。

 

 

 

世間話でもするような魔女の言葉にルファスは何も答えない。

彼女の中には天秤があり、それは測っている。

即ちこの場でこの老婆を殺すか否かと。

 

 

 

殺したら大問題なのは判っている。

代わりが出てくるのも承知の上。

しかしそれを差し引いてももはやこれの脅威度は無視できない域に至っている。

 

 

そんなことを知ってか知らずかメリディアナはルファスに庇われたディーナを見下し、一瞬だけ躊躇ったようだった。

いうか、いうまいか、そんな逡巡を瞳に浮かばせた後に彼女は口を開く。

もはやルファスとの協力は絶対に不可能、であれば言っておいた方がいいと考えたのかもしれない。

 

 

 

一生に一度あるかないかの機会が巡ってきてそれを果たせたのだ、少しだけ舞い上がっている部分があることも否定は出来なかった。

 

 

 

 

「時にマファール陛下。

 貴女様は()()が何であるかを承知の上で手元に置いておられるのですか?」

 

 

 

項垂れる少女を容赦なく物を示す様に指さす。

彼女の行動はおおよそ人にする礼儀ある態度ではなかった。

いや、嫌いな奴が相手であっても表面上はもっとマシな対応をするだろうに異常と言える程に彼女はディーナを敵視していた。

 

 

 

ルファスは考える。

そして余計な事は言わないと決めた。

もう殆ど気づかれているだろうが、それでもだ。

 

 

 

「ハーフエルフだな。確かに珍しい種ではあるが」

 

 

今度こそ限界の様だった。

きひっとメリディアナは噴き出す。

まさかここに至ってルファスが誤魔化してくるとは思わなかったらしい。

 

 

 

「蒼く美しい髪。何よりも澄んだ瞳。そして……時空と心を操る術」

 

 

 

女神アロヴィナスの御姿はミズガルズの者であれば誰でも知っている。

過去に何度か下界に降り立った事もあるかの存在は常に同じだったのだから。

ここまで並べれば彼女が何を言いたいか判るだろう。

 

 

 

「ソレは神話に伝わる女神の化身でありまする」

 

 

 

「どのような吹き回しかは知りませぬが、それは人ではありません───神の人形ですじゃ」

 

 

 

“人形”という単語にディーナの肩が小さく跳ねた。

自分はディーナだと強く自己定義した彼女だったはずだが、やはり第三者に悪意を以てぶつけられれば堪えるものもあった。

 

 

 

 

「それがどうした? 

 余はこの者を信頼に足ると考え幕下に加えた。其方に指図される謂れはない」

 

 

 

 

「信頼! これはまた面妖な事を仰られる!!」

 

 

 

 

メリディアナはギラギラ輝く瞳で覇王と神の端末を凝視する。

何の特殊な生まれも、血筋も、何なら力さえ持っていなかったただの人は生まれながらに全てを得ていた両名を見上げ続ける。

 

 

 

「人の心を息をするかの如く踏みにじり、それを何とも思わないような者を信頼なさるとは」

 

 

 

「何を勘違いしているかは皆目見当もつかないが、お前さんは人形じゃよ」

 

 

 

蒼い瞳には隠しようのない嫌悪があった。

 

 

 

「高みにたって我々を楽し気に弄ぶ。

 更には女神の次は陛下に阿る、本当にお前さんは自分と言うものがないの」

 

 

 

どう言い訳をしようとディーナの力は人の心を踏みにじる力だ。

生まれながらに備えたソレを平然と何も思わず行使していたが、誰もが嫌悪して当たり前の能力である。

いま、初めてディーナは人の悪意と拒絶をぶつけられていた。

 

 

 

お前のやってる事は女神と同じで、不愉快だと。

 

 

 

「それはっ……」

 

 

 

咄嗟に否定しようとしたがその後が出てこない。

私はディーナだ、オフューカスだ、断じてアロヴィナスじゃないと叫びたかった。

しかし自分に向けられる敵意に満ちた視線がそれを許してはくれない。

 

 

 

生半可な感情による否定は断じて認めない圧に彼女は圧倒されていた。

メリディアナは惨めな人形から視線を外すと真っ赤な瞳にあらん限りの怒りを煮込ませた覇王を見る。

彼女のレベルは1000にも満たない、4200の彼女の前では塵の如き存在だ。

 

 

しかし怒りの総量だけならば互角と言える程に強い。

 

 

 

 

「魔神族について私め達は多くを知っておる。

 マファール陛下も既にご存じの通り、あれらは魔法ですじゃ」

 

 

 

 

ミズガルズにおいて永久展開された魔法。

それが魔神族と今は呼ばれる者らの正体だ。

 

 

 

 

「彼らは勇者様が当時の王を倒す度に一度消滅し、一定の期間を置いてから復活してくる」

 

 

 

 

悪魔、魔獣、獣人、巨人、破壊の使徒、歴史上において様々な名前を持つ彼らは全て同じルーツを持つ同一存在だ。

もちろんそれらを統べる悪魔王、魔獣王、獣王、巨神も全て同じ人物である。

アリストテレスはそんな恐ろしい事実を暗号化した上で残してしまっていた。

 

 

プランが処理を忘れたのかどうかは定かではない。

しかし事実を知る権利は誰にだってある。

それがどれほどおぞましく救いのないものであっても。

 

 

 

アリストテレス兵器群の代表になる前、魔神族加工センターにおいて古い悪魔や魔獣といった個体を再現して研究していたメリディアナは当然の疑問を抱く。

敵を憎み否定するために研究していた彼女はアリストテレスの遺した書物を読み漁り、巧妙に隠されたピースを見つけてしまった。

一つ見つければ次を探すのは当然である。

 

 

 

 

「私めはソレを知って先ず疑問を持ちました。それだけの術が何故存在するのだろうかと」

 

 

 

そして、仮に全てが同じ存在であるとしたら何故にそんなモノがミズガルズには存在する?

もっと言うと全ての魔法には発動者がいるのは大前提だ。

マナに意思と方向性を与える事で発動するのが魔法なのだから。

 

 

 

ディーナがルファスの後ろで震え出す。

何故かは判らない。痛みのせいではない理由で彼女はブルブルと身体を震わせる。

怖かった。自分ではないと定義したのに、自分は違うと確信しているのに。

 

 

黒翼が大きく膨らみ、優しく配下を包む。

温かく柔らかいソレに縋ってもなお彼女の震えは止まらない。

 

 

 

植え付けられた記憶が。

与えられた実感が。

つい最近までそうであると思い込んでいた残照が。

 

 

 

産まれてからずっと女神として振舞ってきた時間の全てが彼女を蝕む。

皮肉な事だ。時間を操れる女は自分の過去を変える事は出来ないのだから。

 

 

 

知られてしまった。

自分にとっては今まで常識だったソレ。

しかしミズガルズに生きて理不尽を味わった人にとっては……。

 

 

 

誰かの立場にたってその心境を想像する。

つい最近それが出来る様になった少女は───しなければよかったと思ってしまう。

 

 

 

だってつまり……それは世界中の人間が自分を恨んでいるという答えを直視しなければならないから。

 

 

 

「やめて……」

 

 

 

懇願染みた言葉が出るがそんなものは届かない。

そんなものを聞き届けるつもりもなかった。

あのルファスでさえ黙って先を促す。

 

 

 

当然ディーナを仲間にした時点で彼女も既に知っているのだ。

今まであれらがやってきた事がどのようなものかも含めて。

マナに誰よりも愛された女は魔神族という意思を持つ魔法の大本をディーナと出会う前から当たりをつけていた。

 

 

 

───この世界そのものが女神の魔法なんだ。

 

 

 

───この世界は女神が拵えた舞台なのさ。

 

 

 

 

世界という魔法を作れる存在は既にいる。

となれば、その世界に駒を置いた者もいるのは当たり前だ。

 

 

 

 

幼き頃に全てを教えてくれた人は世界への嫌悪を抱いていた。

しかし彼はそこで踏みとどまっていた。

嫌悪だけで、決して憎むまでは。

 

 

 

だが、もしも……何も知らなかった者がこの事実に気が付いたらどうなる?

その答えが目の前の小さな老人だった。

40年ほど前にふらっとプルートに現れ、魔神族加工センターでキャリアを積み上げるほどの執念を抱いた老婆こそが。

 

 

 

 

「魔法であるのならば術者がいるはず。

 太古から現代に至るまで、人類の敵を産み出し続けている諸悪の根源が……!」

 

 

 

言葉の端々に熱が宿る。

どうあっても隠し切れない憤怒だ。

それは自分の手を汚そうとしない卑怯者への怒りであった。

 

 

 

世間一般では魔法を発動しているのは……その時代の敵種族の王とされる。

大魔王やら獣神やら破壊神などと言われる指導者だ。

今でいうならば魔神王がこれに当たる。

 

 

魔神王が魔神族を作り出しているというのが世間一般の考えだ。

事実、これは一部は正しい。

特殊な個体は魔神王が製作しているのだ。

 

 

 

そして勇者がそれらと相打ちになることで人類の敵はまるで示し合わせたかの様に消えてしまう。

多くの者はこう思うし、メリディアナも思っていた。

 

 

 

 

 

しかし───それは間違った認識だとメリディアナ達は知ってしまった。

本当の敵は誰なのかを。

誰もが知っているその存在の所業を。

 

 

 

「今なお高みから我々を見下ろし、魔神王等と言う代理人を立てて己の咎と向き合おうともしないものが居る!」

 

 

 

アリストテレスの秘術によって彼らは部分的に無力化されたがそれでも人類の脅威なのは変わらない。

人類の勢力圏各地で兵器群との小競り合いはしょっちゅう起きている。

その数、何と一年間に778回だ。

 

 

 

兵器は人類を守り続けている。

しかし全員ではない。

どうあっても零れてしまう事もある。

 

 

更には最近は悪知恵を付けたのか生きた人間を盾にして兵器たちから逃れようとする者さえいた。

 

 

 

人類が団結し強力になるにつれ“食糧難”に陥りかけている魔神族は最近はなりふり構わなくなり始めている。

魔神王も現状を問題と思っているらしく強い個体の製造を始めたようだ。

人類が強くなればなるほどに彼らもソレに合わせて強化と言う名前のテコ入れが入る。

 

 

 

このままいけばやがてレベル1000の魔神族も珍しくはなくなってくるだろう。

その為に兵器群は、かつてのアリストテレス卿は準備をしていたのである。

 

 

 

「はてさて。ミズガルズ全土に何万年もの間魔法を展開させ続けるだけの力と寿命を持った存在とは如何なものか」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

魔神王などとはルファスは口が裂けても言えなかった。

必要であれば嘘も使いこなす彼女だが、今のメリディアナにそれは出来ない。

いま、この老婆は心の底を曝け出そうとしているのが判ってしまったから。

 

 

 

何故アリストテレス兵器群が彼女を選んだのか。

それはこの魔女が最も大衆を知っているからだ。

そう、この世界で延々と絶望を味わい続けている誰かたちの一人だったからだ。

 

 

 

全てにおいて特別ではない。

されど強い意思があり、人生の全てを賭けるのは当然という程の熱意もある。

故に彼女は“代表”になった。

 

 

 

確かに彼女は“代表”だった。

散々に踏みにじられた名前さえ歴史に残らない者達の代表だ。

ルファスやベネトナシュの様に恵まれた素養があるわけでもなく、ディーナの様な神の如き力もない。

 

 

 

 

強いて言えばアリエスに近いだろう。

本人は無力で、ただ搾取され切り捨てられるだけの弱者だった。

そんな人物が数多くの補佐を受けているとはいえこうやってルファス・マファールと真っ向から向き合い、腹の底にあるモノをぶちまけている。

 

 

 

受け継いではならないものを彼女は後継してしまった。

即ちアリストテレスの憎悪と憤怒である。

無気力なプラン・アリストテレスでさえ時折揺さぶられるソレはただの人間を世界を否定する怪物へと変えてしまうほどに強い。

 

 

 

 

「女神アロヴィナス」 

 

 

 

「魔神族と言う魔法で人類を殺し続けているのは奴じゃ」 

 

 

 

それだけじゃない。

此度はルファスが無力化したとはいえ“蠍”による文明のリセット。

各所に配置された強大な魔物達。

 

 

そして光の姫などという陳腐な看板をぶら下げたポルクス。

それと常に対となる人類の敵の王。

 

 

 

全ては女神が配備し動かしている。

全世界規模で何万年間も。

普通に考えれば突拍子もない事だが、同時に冷静に思考を回せば全てに説明がついてしまう。

 

 

 

アリストテレスが巧妙にバラバラにして隠したパズルを解いてしまったのが魔女の正体だ。

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

ため息を吐く。

心底うんざりしたように。

 

 

 

「本当に……」

 

 

 

あらゆる感情がぐちゃぐちゃになった声だった。

怒っていながら嘆いていて、そして何処か哀れんでさえいた。

しかし根底にあるのはどうしようもなく強い否定だ。

 

 

 

 

「あ奴は今こうしている間も数えきれない犠牲を産み出しておきながら己は愛と美の神などと宣わっている」

 

 

 

「教えてくれんかの? お前は女神の分身なんじゃろ?」

 

 

 

 

───お前の言う愛とは何だ? 人を殺すことを美だと思っているのか?

 

 

 

 

じっと見つめられ、ディーナは痛みさえ忘れたように言葉を失った。

違うと咄嗟に返せればなんて楽だったか。

しかし、この世で誰よりも本体の思考を理解できる彼女はこの問いに限りなく高精度でこう返せてしまう自分がいる事に気付いてしまった。

 

 

 

 

【絶望の後に来る希望は何よりも輝くのです。ただ幸福なだけでは人は腐ってしまうんですよ】

 

 

 

 

パクパクと口を開閉し……閉ざす。

おぞましいと自己嫌悪しながら彼女は項垂れた。

何も言えず己に向けられる憎悪から逃げる様に頭を抱え込んでしまった。

 

 

 

違う違う。

私じゃない。

私が殺したんじゃない。

 

 

 

だから私を恨まないで。

 

 

 

 

─────。

 

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

先よりも心地の良い暖かさに包まれた少女は小さく吐息を漏らす。

 

 

温かい感触がディーナを包む。

黒い翼が形状を変化させ彼女の身を優しく抱擁していた。

まるで母が我が子を抱きしめる様に。

 

 

 

「我が臣オフューカス。其方の産まれは余であっても変えられん」

 

 

 

丁寧に、言い聞かせるようにルファスは彼女に語った。

ディーナは女神アロヴィナスの化身として産まれた。

これは比喩でも何でもなく彼女の記憶と力の一部を授かったのだ。

 

 

 

だがしかし。

 

 

 

「どう生きるかは自分で決めて良いのだ」

 

 

 

「……父を助けたいと行動したあの時の姿は紛れもなく家族思いの少女であったよ」

 

 

 

「無理に戦えとは言わん。……奴の言う事に理があるのも事実であるからな」

 

 

 

ルファスは微笑んだ。

限りない強さを追い求める姿しか知らないディーナからすればあり得ない程に穏和な顔で。

その姿にディーナはいつの間にか失っていた母を重ね合わせてしまった。

 

 

 

 

「其方は逃げても良い。ここから先は想像以上の困難が待ち受けている様だ」

 

 

 

付いてこなくて良いという言葉にハッとディーナは主の顔を見上げた。

ただルファスは柔らかく微笑んでいるだけだ。

彼女は何も言わない。

 

 

 

 

「いいえっ……私は、決めたのです……我が主よ」

 

 

 

立ち上がる。

翼を押して開き、痛みを堪えながら歩を進めて少女は老婆の前に立った。

そんな彼女をルファスがじっと見ていた。瞬き一つせず、瞳に焼き付けるか如く。

 

 

 

 

「まだ……名乗っていませんでしたね」

 

 

一方的に襲い掛かっておきながら今更の話であるが、彼女は宣言する。

本来ならば誰にも明かしてはならない秘密を一種のケジメとして。

まるで邪魔な虫でも潰すかの様にメリディアナを殺そうとした事への謝罪も兼ねていた。

 

 

 

この老いて腰の曲がった老人はただの障害ではない。

全身全霊でぶつかるべき最大の敵だ。

そして、本来ならば謝らなくてはならない人たちでもあった。

 

 

 

「私はオフューカス。ルファス・マファール陛下にお仕えする参謀です」

 

 

 

 

 

「人としての名はディーナ。エルフの父と人間の母を持つハーフエルフ……それが私です」

 

 

 

 

 

父とは話し合い判り合う事が出来た。

しかし母には何も返せなかった。

ディーナはその苦みを味わいながら宣言する。

 

 

 

そして。

 

 

 

 

「私はアロヴィナスではありません」

 

 

 

今まではここで終わりだった。

私は女神ではない。

女神のやった事は己には関係ないと何処か逃げていた。

 

 

 

しかしルファス・マファールに地獄の底まで付き従うと決めた彼女は───自分がやってきた事の犠牲者の怒りを知った彼女は更に一歩を踏み出す。

 

 

 

「しかし……彼女の罪を誰よりも知る身だからこそ」

 

 

 

 

「この劇を終わらせなくてはならないのです」

 

 

 

 

一人の人として、ディーナとして宣言する。

十二星天の隠されし十三番目の星は鮮やかな輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

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