ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
一人のハーフエルフの宣言にルファスは瞑目し、魔女は顔を微かに歪めて反応した。
覇王は己と共に地獄まで付き従う覚悟を見せてくれた少女に敬意を抱き、魔女は怒りを感じていた。
不愉快な神の現身が不愉快な言葉を吐けば誰でもイラつくというものだ。
終わらせて──それで終わりか?
あれだけやっておきながら。
あれだけ殺しておきながら。
「終わらせる、とは大きくでたの」
杖を撫でてから握る。
細い指先には血管が浮かび上がっていた。
ミシ、ミシと木龍の一部を素体にしている筈の杖が軋みを上げた。
「口先だけならば何とでも言えるもんじゃわい」
「お前さんに何が出来る? こうしてあたしさえ納得させられない分際で」
メリディアナのディーナを見る目は相変わらずだ。
相変わらず不出来な人形を見るような冷たい瞳である。
ディーナが何を言おうと、何を訴えようと、本当の意味でこの人間に届く事はない。
メリディアナは包み隠さずディーナの一切合切を否定し続ける。
彼女の言葉、思想、いま語った決意さえも。
「お前さんの語る言葉なんかに“自分”等と言うものがあるとでも?」
「マファール陛下の権威の元に身を寄せて自我を手に入れたつもりになっているだけなのが今のお前じゃよ」
「何者にもなれない人形の分際で。
そういう聞こえの良いことを騙れば何かをしている気分になれるものなァ」
考えて見てほしい。
今現在もなお世界中に危険極まりない害獣をばら撒き続けている存在の分身とも言える人物が「私は改心しました」等と宣わって誰がそれを信じられる?
怒りに油を注ぐ挑発と思われるのが当たり前だ。
アリストテレス兵器群に賛同する者──メリディアナ以外も含めて──の説得は絶対に不可能である。
それはルファスであっても同じことだ。
彼女には母が居た、アリエスがいて、カルキノスもいた。
多くは失ったが全てではない。
彼女とルファスは似ているが同じではない。
全てを失った者と言うのはミズガルズにおいては珍しくもない。
殆ど全ての人はそのまま諦観と絶望の中で割り切りをつけて生きていくのだろうが……どうあっても納得しない者もいる。
絶対に女神を許さないという徹底した拒絶がある。
彼らはある意味ではアリストテレスの後継者たちだった。
怒りを受け継いでしまった者達だ。
「我らが何と述べようとも、其方の怒りは決して収まらんだろう」
ルファスが一歩前に出る。
ディーナの肩に手をやれば少女は小さく頷いた。
ルファスの瞳には先ほどまであれだけあった怒りはもはやない。
正体不明の敵であったメリディアナのベールが剥がれた結果、彼女はもはや怒れない。
考えて見ればピースは幾らでもあった。
魔神族加工センターからキャリアが始まった事、魔神族への異常とも言える攻撃性。
人類の未来を思うのは事実なのだろうが、何処か我が身を顧みない行為の数々。
この場で自分に殺されても構わないと思っているのはありありと見て取れる。
不気味な魔女の仮面は剥がれ、いまルファスの目の前にいるのはただの一人の人間だった。
かつてルファスも抱いた感情に完全に飲まれた只の人だ。
「余は其方の様な者達を守るべく王になった」
覇王が一歩前に出る。
そこに戦意はない。
威圧もないソレは説得するような声音さえ含まれている。
「済まない。余は間に合わなかった」
あの村の時と同じように。
リュケイオンを竜王が襲った時と同じように。
彼女は絶対的な力を持ちながらも常に間に合わない。
まるで世界がルファスという理不尽を吹き飛ばす理不尽を抑え込むために因果を回している様だった。
プランを亡くしてからの250年の歳月。
並の人間の人生数回分にあたる期間を以てルファスは己を鍛え上げた。
その裏できっとこのかつては何処にでもいた女性は人から魔女へと変わってしまった。
ルファスは全てを掬い上げる神にはなれない。
どれだけレベルを上げようと、星を砕く力を手に入れようと、まだ足りないという現実だけがある。
だがそれでもと世界を変えようとする気概が彼女にはあった。
……もう届かない所まで落ちてしまった者には気休めにもならない話ではあるが。
「お気になさらず。私めの願いは独力で叶えますので」
「ただ一つ。陛下には我らの邪魔をしないで頂きたいだけなのです」
魔女の返答は変わらない。
もはや敵意を隠し立てもせず老人は拒絶を返すだけ。
メリディアナは相変わらずぎらついた瞳でルファスを見つめていた。
とどかないのは百も承知の話だ。
しかし、届かないかもしれないと勝手に判断して見切りをつけるのは違う。
彼女は覇を唱える王ではあるが───それでも王だ。
道を踏み外そうとしている者に手を差し伸べるのもまた王の役目であるのだから。
何があったかは知らない。しかしありふれている故に想像は出来る。
「其方の憤怒も持っていくと約束する。余が女神へ弾劾を叩きつけて見せよう」
「だから……ソレに縋るのはやめよ」
美しく輝きに満ちたルファスが昏く老いたメリディアナに手を差し出した。
瞳に力を込めればルファスには見えた。
この女に無数に接続された“糸”が。
“一致団結”
人間なら誰でも保持するソレはもはや改良と変異を繰り返し名称以外は別物になり果てていた。
団結という名前の統合、または融合ともいえるモノに。
女神が世界中の人間を操る為に用いるモノに近いソレは何十もメリディアナに絡みついている。
彼女はアリストテレス兵器群の代表ではあるが指導者ではないのだと一目瞭然だった。
あくまでも彼女は兵器たちが人類との交流に必要だから存在しているに過ぎない。
巨大な機構を運営するパーツなのだ彼女は。
「己の意思を誰かに委ねて人形に成り下がるな」
「其方が全てを捧げるソレは決して本当の意味での平和は齎せない」
ルファスはいま自分が戦っている兵器群の創造主を知っている。
プラン・アリストテレスの中にあった虚無を誰よりも間近で見ていたからこそ言える事がある。
「ソレを作った者は“良い世界”というものが判らない男だった」
「生まれながらに業を背負った彼の者は己の生死にさえ執着をもてず
命を数字で捉えてしまう悪癖さえあった」
自分を人ではないナニカとさえ思っていた節があったプランを思い返せば女の胸中には苦みが広がる。
今はそんな事考えている場合でないのに彼の悪い個所が幾つも幾つも浮かび上がってくる。
どれだけ自分が他者に想われているのか判っていない。
病的なまでに“理解ある大人”の仮面に拘り、人間であるのならば誰でも持つ弱さを絶対に晒そうとしなかった。
更には全て勝手に決めて、相談もせずに勝手に実行していく。
一人で突っ走った時にやる行為は大概ろくでもない事ばかりだったのをルファスは忘れられない。
つい気を抜けば口をついて出そうになるこれらをルファスは抑え込みながら続ける。
「このままでは操演者が女神からアリストテレスに変わるだけだ。
人類の命運を人でさえない存在に委ねる事を余は認めぬ」
ルファス・マファールは何処までいっても気高く強かった。
多くの喪失や世界の背負った悲しみや人類の悪性を見ながらも彼女は人を信じていた。
誰もが出来るとは思っていないが、それでも人類は便利な保護者がなくても戦えると彼女は信じている。
だが。
「言うのが30年遅いですな。マファール陛下」
老婆の返答は余りにも予想通りだった。
彼女は杖先でルファスの手を払いのけた。
ここで折れるくらいならば、ここであっさりと今までの人生全てを否定する程度ならば、彼女は代表にさえなれなかっただろう。
空に幾つもの孔が開く。
大規模に展開された【エクスゲート】から次々とアルゴー船団が現れる。
ルファスが目配せすればディーナは微かな躊躇いを見せつつも天法で胸を治療しながら退避した。
何機もの戦闘ユニットが瞬く間に展開されていく。
竜が、昆虫が、魔神族が、ゴーレムが。
ミズガルズでは本来ならば何千年経とうと誰も思いつけない程の怪奇な軍団が大地と空を埋めていく。
今はまだいないが、いずれこの軍団には量産された吸血姫が加わる事だろう。
彼らこそアリストテレス兵器群。
プラン・アリストテレスがルファスの未来の為に、彼女が戦わなくても良い為に残した暴力装置たち。
気が付けば万にも及ぶ数の軍がルファスをじっと見ていた。
彼らは注視している。覇王と代表の動向を。
その瞳の奥では何かがカシャと蠢き全てを記録している。
万を超える観客の視線の中で老婆は───跪いた。
ルファスを見上げる。
「此度は誠に申し訳ありませぬ。マファール陛下への度重なる無礼、弁明の言葉もございません」
口から朗々と出るのは謝罪だ。
淀みなく。迷いなく。
濃密な人生経験を用いれば役者の真似などほらこの通り。
彼女はこうまでも簡単に場の支配権を握ってしまう。
「然らば、この失態。わが命をもって償うしかありませぬ」
懐から短剣を取り出し恭しくルファスに差し出す。
それなりの業物ではあるこれを用いれば人間の首など簡単に断ち切れるだろう。
「裁可を」
遠回しに己を殺してみろとメリディアナはルファスを挑発していた。
自分を止めたければ殺すしかないという意思表示であった。
覇王は剣を手に取り、刀身に己の顔を写す。
無表情な己の顔だけがあった。
きっと今、この場で人を殺したとしても顔色一つ変えない強者の顔だった。
……ルファスは今やミズガルズでも有数の力を持つ王になった。
王というのは綺麗な理想だけではやっていけないことを味わった事もある。
つまり彼女は既に人を殺した事もある。
罪なき者ではなかったが、それでも命を奪ったという事実は消えない。
ソレはある領主だった。
重税を取り立て、民の命を虫の様に考える下劣な者だった。
私腹を肥やすならまだしも人身売買に手を染め、気晴らしに犠牲者を魔物の餌にした正に人面獣心という言葉が相応しい怪物だ。
プランやロードスといった優れた統治者しか知らなかった彼女にとってかの者は人はここまで愚かになれるのだなという一種の教本にさえなった。
更にはルファスの「弱者を駆逐する」という言葉を曲解して捉え、自分の様な強者は弱きものを食い物にする権利があるとさえ宣った。
故に彼女は王としてかの者を処断し、反抗してきた一族郎党の処刑をアイゴケロスに命じたのだ。
ヘルヘイムの魔王を従える彼女は山羊の王の残虐性をそういう風に使いこなしていた。
だから、今、この場で魔女を───。
「ルファス・マファールが汝に問う」
透き通った声でルファスは高らかに歌う。
魔女のソレさえ圧する圧倒的な存在感と確固たる芯のある声だった。
「魔女メリディアナよ。其方は何を願う」
何かを演じる事において彼女はメリディアナに対して何百年も圧倒する経験があった。
思えばここに至るまでの人生において常にルファスは仮面をかぶり続けていたのだから。
実父たるジスモアがそうであったように王としての役割を彼女は演じ続ける。
いつの間にか“覇王”の仮面は癒着して剥がれなくなりつつあった。
かつての実父の様に。
「人々が何者にも害されない世界を」
それ即ち“世界平和”である。
魔女は歴史において数多くの人が願い、叶わなかった夢を返す。
神が邪魔をするのであれば排するのみだと。
彼女たちは止まらない。
相手が神であろうと、アリストテレスの正統なる後継者たる覇王が立ちふさがろうと決して。
「何処に求める?」
刀身で優しくメリディアナの肩を叩きながら王は問答を続ける。
ミズガルズは魔神族や魔物を抜きにしても多くの理不尽が跋扈する世界だ。
人が人を害するなど珍しくもない。
先に魔女が述べたように人類だけで七種。
肌の色や亜人を含めればその数は三桁にも届くかもしれない。
その差異全てで摩擦が起こるのはルファスだからこそ判る。
白と黒の狭間で彼女は地獄を見たのだから。
「この世ならざる真の理想郷にて」
ミズガルズに救いはない。
それは純然たる事実。
この世界に真の理想郷はありえない。
神が絶望を是とする世界の何処に救いがある?
それこそかつて女神が直接世界を運営していた黄金時代でさえ終わったのだから。
で、あるのならば作るだけ。
既に下地は出来ている、後は幾つかの段階を経るのみ。
ここで死のうと何も問題はない。
彼女には志を共にした仲間が大勢おり、意思は受け継がれるのだ。
「で、あるか」
ルファスはそう述べると剣を振り下ろしたのだった。
これが獅子王か。
【エクスゲート】で主に呼び出されたアリエスは眼前で横たわる巨大な魔物を見て冷ややかにそう思っていた。
魔物としての位階は最低にもほどがある彼は頂点とされていた獅子王を見上げても何も思わない自分がいる事に気が付いている。
確かに獅子王レオンは物凄く強い。
こうやって意識を失い倒れ伏した状態でさえ放たれる圧はビリビリと腹の底を揺らすほどだ。
だけど……想像ほどじゃない。
アリエス。
彼こそ十二星天のはじまりの一人。
種族として大きなハンデを持ちながらも決して他の星に劣らない力の持ち主だ。
ルファスが彼を重用するのは最も信頼できる人物だからというのもあるが、単純に強くて賢いからというのもある。
良くも悪くも十二星天は生まれながらの強者が多く属している。
つまり、本当の意味での試行錯誤をしながら戦ったことのある者はあまり多くはない。
その点アリエスは違った。
弱者も弱者の身からルファスをして尊敬せざるを得ない程に強靭な意思で鍛錬に励み、勉学も疎かにせず成りあがったのだ。
言葉を選ばずに言えば彼の強みは応用力があることだった。
そんなアリエスはレオンを見てこう思った。
“強いけど、何とかなるな”と。
その為のアイテムもたっぷりと持ってきた。
これはアリエスの瞳が曇っている訳でもなく、ましてやルファスという規格外中の規格外の後ろ盾があるからといった事でもない。
単純にこの羊は広い世界を知っているという話だ。
レオンは強い。しかしあくまでもその強さは枠組みの中での話だ。
彼は常識を超えた力を知っているのだ。
故に彼は冷静にルファスから此度あたえられた任務をどうやって遂行するか考えを巡らせていた。
“獅子王を捕獲する”
“余が兵器群と交戦している間、レオンを見張れ”
“兵器たちがトドメをさそうとして来たのならば守ってやってほしい”
仮にレオンの意識があれば憤死してもおかしくはない屈辱を感じた言葉だろう。
よりにもよって獅子王レオンを最弱の魔物に守らせるなど当てつけとしか思われない事だ。
しかしルファスに悪意はない。彼女は心からこの任務はアリエスが最適だと思っていた。
アリエスには隙が無い。
他の星たちが多かれ少なかれ───ルファスでさえ持つ強者の慢心が彼にはない。
戦いとは常に自分から始めるものばかりではないとプランから教わった事もある彼女がこの不確定な要素の多い任務に彼を抜擢した理由がそれだった。
「……」
あらゆる個所から送られてくる嫌な視線を感じてアリエスの目線は鋭くなる。
敵意や悪意とも違う。
まるで品定めしているかの様な無機質なソレは生理的な嫌悪が湧くものだ。
誰がこんなものを送ってきているかはもう判っている。
「アリストテレス、か……」
アリストテレス。
その名前はアリエスにとっても思い入れの深いものだ。
主であるルファス程ではないにせよ、彼もまた当人を知っている。
昔とは違った方向で有名になってしまったこの名前を思うと羊の胸中には苦いものが込み上げる。
今やルファスとは明確に敵対関係になってしまったアリストテレス兵器群。
あの比翼の関係だった二人がこうなってしまうとはアリエスには想像も出来なかった。
全てが変わっていく。
穏やかで誰よりも母を愛していた少女は今や覇王。
何よりも硬い絆で結ばれていた二人、その一つが残したおぞましい者らと今や世界の未来をかけて争っている。
そして……誰もがルファスを讃える光景を見ると、本当ならば喜ばしい事だというのにアリエスの頭の中ではかつての言葉が木霊するのだ。
ルファスはきっと誰よりも強くなるだろう。
だけどその分、誰もが彼女の“強さ”だけを見る様になると思う。
覇王ルファス・マファール。
その名を讃える言葉は数多く、その名を恐れる者は更に多い。
巷では誰が広めたか知らないが黒い翼の悪魔という歌さえ流行り出している。
(ここまで見えていたのかな……?)
いや、と頭を振る。
だとしても自分のやる事は変わらない。
この世には決して変わらないものがある事をアリエスは示さなくてはならないのだ。
約束を守る。
彼にあるのはそれだけだ。
相変わらず観察されているような不気味な視線が続く中、余計な思考は無駄だとアリエスはそれらを頭の片隅に追いやった。
とんでもなく巨大な獅子を見上げて、腰に手を当てる。
ルファス様はコレを守れとは言うが……。
「やっぱり……こうなるよね」
パチッと瞼を開けたレオンの血走った眼を見ながらアリエスは零す。
ルファスが獅子王に関わると方針を定めた時点で彼は当たり前の事としてレオンの情報を収集し、その性格もある程度は分析している。
魔物らしい魔物。
力こそが至上で、自分こそが最強だと信じ切った魔物だとアリエスはレオンをプロファイリングしていた。
実際これは9割が当たっており、こんな奴がアリストテレスとルファスに翻弄されればどうなるかも推察は容易い。
生涯初の挫折は想像を絶するストレスとなって獅子王を蝕むことだろう。
この後どうなるかは白濁し狂気さえ宿した獅子王の瞳を見れば簡単に判る。
苦痛と屈辱と憤怒で今のレオンは正気ではなかった。
ボタボタと胃液と血の混じった液を口から垂らしながら彼はアリエスを睨みつけていた。
おおかた判断に困っているのだろう。
彼にはどうしてこんな弱っちい屑がここにいるのか判らないのだ。
起爆寸前の爆弾を前にアリエスはとりあえず自己紹介をすることにした。
きっと、恐らく。
長い付き合いになるだろうから。
「落ち着いて。僕はアリエス、ルファス様にお仕えする十二星天の……」
「クソガアアあああああアアアアアアアアアっっッ!!!!」
燻ぶっていた憎悪に火が付く。
脳裏をよぎるのは黒い翼の女と歪んだ笑みの老婆。
“ルファス”という単語を聞いた瞬間にレオンは狂気さえ宿った咆哮を上げてアリエスに襲い掛かるのであった。