ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
「魔神族に捨てるところはありません」
───プラン・アリストテレス。
アルゴー船の甲板から戦況を見下ろすのはカストールだった。
アイゴケロスに続いてアルゴナウタイを率いてソドム攻撃に加わった彼は眼前で猛威を振るうユグドラシル級を射殺さんばかりに睨みつけていた。
周囲に展開していた英霊たちも息を呑んでいた。
数多くの冒険を経て幾多の怪物を知る彼らをしてアレは想像を絶する。
翼を完全に展開したユグドラシル級はさながら巨大な傘のような姿に変形し、地上に何十万もの枝の雨を降らしていた。
ピカピカと身体を発光させるたびに膨大なマナを吸い上げていくのが見て取れる。
あのマナ……養分が何処から来ているかは考えるまでもないだろう。
アレは魔神族を養分として吸い上げているのだ。
うっと誰かが口を抑えた。
魔神族を喰えるという事は、天力で構築された己らアルゴナウタイもアレにとっては食料になり得ると悟ってしまった故に。
何だ、あれは?
あんなものを人類は何時の間に用意したのだ?
いや、そもそもアレは……。
「……………」
組んでいた筈の腕が震えていた。
十二星天の中で誰よりも多くの経験を積んだ彼はアレの仮想敵が何であるか悟ってしまっていた。
この世の真実を知っている彼は魔神族と己の仲間たちが殆ど同種の存在である事実を理解している。
アレは……アルゴナウタイを標的にしている。
もっと言ってしまえば自分とポルクスをアレは狙っていると彼は直感で悟った。
あの忌々しい怪物が何と呼ばれているか彼は知っている。
「アリストテレス……」
“アリストテレス兵器群”
今は亡きある男の名を冠した忌み子ら。
ミズガルズには存在しなかった概念を次から次へと持ち込み、女神の作ったおとぎ話を現実の悪意と殺意で染め上げる効率の権化。
剣と魔法と英雄という華々しい戦場を一転して一方的な殺戮の場へと変えた無機質な現実たち。
アリストテレス。
彼は若者というには枯れ果てすぎている。
彼は賢者というには寂れすぎている。
彼は戦士というには覇気がなさすぎる。
その名を唱えるたびにカストールは一度だけ出会ったくたびれた男を思い返す。
生きながらに死んでいるとしかいいようがないある男の瞳を。
あの時は判らなかったが、まさか頭の中でこのような怪物の設計図を描いていたとは。
……皆、気が付いてるのですよ。
ぼそりと呟かれたソレをカストールは聞いていた。
あえて聞こえないふりをしていただけだ。
きっとそこに口を挟めば二人とも引き際を間違える事になると悟ったから。
どちらにせよ間違いない。
プラン・アリストテレスはポルクスを好いていなかった。
何なら害することさえ厭わない程に嫌っている。
その結果がアレだ。
魔神族をはじめとしたマナや天力を主食とする怪物だ。
ポルクスが居る限りはアルゴナウタイは無尽蔵だ。
しかしいくら数を用意しようとアレの前では全てが餌でしかない。
そしてソレだけではない事をカストールは薄々察していた。
その考察の正しさが眼前で証明される。
傘を大きく開いたユグドラシル級の全身が淡く発光を開始。
やがて菌類が胞子を振りまくように白い光の粉を放出し始める。
これこそユグドラシル級の特異な力の一つ。
単体で戦略をも左右しルファス・マファール率いるゾディアック、十二星天を相手するために作られた力の一つ。
そして兵器群の目指す果て、究極兵器の機能の実験も兼ねていた。
大樹は取り込んだマナを再編成し、アルフヘイムの木々がそうする様に彼もまた妖精という名前のアバターを一工夫加えてから形成し放出する。
光はやがて四肢をもつ人の姿に変わり───赤子となった。
産まれた瞬間から成人男性と同じ程の体躯を持つ赤子たちはケラケラ笑いながら空を漂う。
彼らは物質であり物質ではない。
マナでありマナでもない。
魔王アイゴケロスの様な物質とマナの良い所取りをされた新しい生命だった。
エヘヘヘヘヘ、ヘヘヘヘヘへへっッ。
キャキャキャキャ!
あはははハハハハハ!!
キャーハハハハハハハハっはははははっ!!
母にじゃれつき笑っている時の赤子の声だった。
無垢でこの世の全てが自分を祝福していると信じ切った声だ。
問題はそれの身長が2メートル前後あり、真っ白すぎる生気のない肌と、恐ろしい程に生えそろった歯をニタニタ笑いながら見せつけていなければだが。
アリストテレスはポルクスの正体と彼女の行使する力を知っている。
妖精姫は木龍のアバター、化身であり使用するスキルは英霊の軍団を呼ぶアルゴナウタイであると。
そしてアルフヘイムにおいて木々は己の分身であるアバターを妖精と言う形で出力している。
更に付け加えるならばロードスと言う身近な例もあった。
情報は揃っており、あとは発想の問題だったのだ。
アリストテレス流のアルゴナウタイ。
それがあの赤子たちだ。
もちろんこれはただ呼び出して戦わせる等と言う単純でつまらないモノではない。
ひっと誰かが怯えた。
それは魔神族か、人か。
どちらにせよこの場にいる皆の心は一つだった。
あれが……人類の守護者?
あんなものが?
もはや言葉もなく大樹をカストールは睨みつけた。
あれから感じる気配は自分たちの源泉に非常に近いというのもまた気分が悪くなる理由の一つだった。
間違ってもアレをポルクスに見せてはいけない。
アルゴナウタイは確かに強力無比な力だが、アレは恐らくそれを逆手に取ってくる。
ポルクスが愛する英霊たちは決して餌などではないのだ。
考えを巡らせながらカストールは目線だけで右隣を見た。
この作戦に参加する同胞が近づいてきているのを彼は感知したのだ。
正直普段は気が合わないと感じているが、こういう時は頼もしい奴が。
「アレがルファス様の敵だ。忌々しい天災が作り上げた存在してはならぬ者達だ」
仲間──音もなく隣に降り立ったアイゴケロスは険しい眼でカストールに言う。
普段からルファスの絶対性と己たちの無敵を疑いもしなかった魔王の異常な態度にカストールは頷く。
「それなりに長く生きて多くを見て来た自負があったが……あんなものは初めてだ」
「だろうな。過去に似たような奴がいたら今頃ミズガルズは存在しておらんわ」
ユグドラシルが展開した赤子たち───兵器群における正式名称『エインヘリアル』がきゃきゃと歓声を上げながら方々に空中でハイハイしながら散っていく。
外見だけならず仕草まで赤子を模しているのが本当に生理的な嫌悪と狂気を感じさせてしまうとカストールは思った。
彼らに此度与えられた命令は一つ。
魔神族を駆除しろを実行し始めたのだ。
レベル1000もかくやという速度で赤子たちがソドムの各拠点に向けて去っていく。
数秒間瞑目していたカストールだったが彼の船乗りとしての勘は言っていた。
出遅れるな、と。
今や旧式になったアルゴー船だが経験と搭乗員の質では圧倒している故に彼は手早く指示を出す。
「全速前進! 我らも続け!!!」
「魔神族を征伐し人々を助ける英雄譚を始めるぞ!!!」
カストールの振る舞いは正しく英雄たちを束ねるアルゴー船の船長であった。
ミズガルズで多くの人々が寝物語に聞かされるおとぎ話の英雄の姿がそこにはある。
ユグドラシル級のあまりのおぞましさに忘れそうになるが彼らは友軍である。
この先どう転がるかはルファス次第ではあるがいまこの戦いにおいて重要なのはソドムを滅ぼし捕らえられていた人たちを助ける事だとカストールは意識を切り替えた。
「思う所があるのは私も同じさ。しかし今私達がやるべきなのはルファス様のご命令に応える事だと考える」
「違いない。あのような奴らに遅れをとる我らではないわ」
ルファスの名前を出されればアイゴケロスは一も二もなく頷く。
仕切り直す様にモノクルの位置を調整してから彼は猛烈な勢いで飛び立った。
戦場を亜光速で駆け巡りながらアイゴケロスは次々と攻撃を開始されたソドム周辺の拠点を見て回っていた。
今回の戦において兵器群は一応の友軍。
もしも苦戦している個所などがあれば業腹ではあるが手を貸してやらないといけないからだ。
宇宙空間からでも視認できるほどの戦火が各地で上がり始める。
兵器群が電撃的な総攻撃を開始したのだ。
ソドム第二防衛拠点。
ここも先にユグドラシル級が攻め落とした第一拠点と同じ規模の防衛地点であり、レベル1000の魔神族もいたはずだった。
しかしもう誰も居ない。
人質たちは特殊部隊が混乱に乗じて既に救出済みであり、あとは駆除を待つだけの哀れな者達しかここにはいない。
「なんなんだよこいつらァァァあああああ!!??」
涙を流しながら絶望を叫ぶ魔神族がいた。
彼の手足は複数の赤子に群がられて千切られており芋虫の様に必死に這いずって逃げようとしている。
そんな彼をエインヘリアルたちはきゃきゃと指さして笑っている。
子供の頃、小さくて弱い昆虫を弄んだ経験のある者は少なくないだろう。
現状は正しくソレだった。
魔神族という人類の絶望に対する絶望、それがアリストテレス兵器群なのだ。
覇王が魔神族にとっての悪魔とされるならば彼らは絶望そのものであった。
赤子の群れが大口を開けて魔神族を丸のみにしていた。
さすがに人間サイズの獲物を丸のみにしたせいか、腹部は餓鬼の如く大きく膨らんでいる。
必死に抵抗する魔神族が足だけをばたつかせていたが、顎の骨を外した赤子が更に口を大きく開ければ完全に飲み込まれてしまう。
マナを可視できるアイゴケロスには見えた。
ゆっくりと時間をかけてあの化け物の中で分解されていく魔神族の姿が。
そして溶かされ還元されたマナは“一致団結”で結ばれたラインを通してユグドラシル級へと送られていく。
送り付けられたマナを利用しユグドラシルは更にエインヘリアルを展開し続ける。
ポルクスの誇るアルゴナウタイ、無尽蔵の物量をアリストテレス風に解釈すればこうなるという見本だった。
もしも彼女と戦う事になれば間違いなく妖精姫は己の子と称する者らが貪られ、再利用されるという地獄を見る事になるだろう。
山羊の紳士は暫し佇みその光景を凝視していた。
身じろぎ一つせず魔神族が捕食される様をじっと見ている。
彼の心を占める思いは一つだった。
素晴らしい。
その光景を見てアイゴケロスは素直に感嘆していた。
彼は悪魔の中の悪魔、魔王である故に。
今はルファスの配下としてかつての暴虐さは鳴りを潜めているが彼は変わっていない。
本質的に他者が苦しむことが好きであり、何よりどんな種類であろうと“力”には敬意と一定の評価を彼は下す。
弱者に興味はないが、それは裏を返せば強者には相応の態度をとるという事なのだ。
繰り返すがアリストテレスという名前さえなければ彼は兵器群には好意を抱いている。
だからこの次に起きた事も彼は歓喜を抱きながら見た。
キャキャキャキャキャ!!
あーぅぅへへへへええへへへへ!!
満腹になった赤子たちがうっとりと恍惚に満ちた表情を浮かべる。
ゆっくりと瞼を閉じ、安眠に入ればその身体が発光を開始。
そしてその身は閃光と同時に爆ぜて光をばら撒いた。
キラキラと粉雪の様な粒子はマナであった。
それもただのマナではない。
特殊な因子を刻まれたマナだった。
それらが地面に接触すると同時にひび割れた大地から小さな芽が顔を出した。
最初は一つであったが、瞬く間に大地に緑色の絨毯が敷かれていく。
草花は成長の速度を何万倍にも加速させたような勢いで樹木へと変わり、林になり、森へと変わっていく。
爆発する様に成長するそれらは災害の如く都市を飲み込んでしまった。
巨大な幹が天法で強化された石造りの建造物を押し込み浸食していく。
張り巡らされた根が凄まじい速度で膨大なマナの吸引を開始。
ドク、ドクと生物の血管の如く木々は脈動を行う。
コレらは全てがかつてアリストテレスが魔神族を媒介にして広めた樹を元に作られ、発展したものだ。
もっと言えばこれらは全てがユグドラシル級を構築する樹木だ。
放っておけば森はやがて自立し始め、次のユグドラシル級が生産されることだろう。
無数に天に伸ばされた枝が蠢き続けている。
幾つも実らせた果実から新しいエインヘリアルが産み落とされ、それは更に拡散していくのだ。
【侵略型環境育生林床植物】の真価がこれであった。
吸引したマナよりエインヘリアルを形成し、拡散した端末は更に方々で敵を捕食しマナを本体へと送る。
そして一定の期間活動を経た後は適切な大地に己のマナ/因子をばら撒きそこに新しい森を創造する。
形成された森は更にマナを取り込み周囲の蟲たちを魔物化させ、赤子を産み落とす……。
そうやって加速的にこの木々は増殖を行い続ける。
アイゴケロスは我を忘れたようにそれを見つめ続けていた。
もはや悔しさやらアリストテレスへの嫌悪さえない。
余りに素晴らしいモノを見ると人は思考が止まるというが、今の彼は正にソレだった。
「何とっ……何と美しい……!」
わなわな震えながら零れた言葉はそれだけだ。
しかし次に彼はこう言った。
「しかし、ルファス様には劣るっ……!!」
魔王さえ魅了する狂気の産物を彼はルファスへの狂信でかき消した。
バチバチと魔力を全身に循環させ、高位の破壊魔法を放つ。
「月」属性の魔力弾は物陰に隠れて逃げようとしていた魔神族を建物ごと粉砕し区画の一部を陥没させるに至る。
轟音と共に構造物が崩れ落ちていくのを背にアイゴケロスは背筋をしっかりと伸ばし覇王の配下として威風堂々と闊歩する。
「殲滅せよとの命だ。一匹たりとも逃がすでないぞ、人形共」
「今宵ばかりは貴様らの不快な存在を許可してやる。アリストテレス」
「精々ルファス様の為に働け。名誉を噛み締めながらな」
小さなツルが触手として蠢きのたうち回りながら最小の動作で精確に魔神族を探し回りだす。
そして一匹、また一匹と生き残りを喰い漁り始めるのを見て魔王は鼻を鳴らした。
ほどなくして第二防衛拠点は陥落した。
第三拠点は激戦区となっていた。
完璧な奇襲で第一、第二拠点は瞬く間に制圧できたが魔神族とて馬鹿ではない。
集結した「火」属性の魔神族が中心となり後先考えず巨大な魔法を次から次へと乱射している。
空に一つ一つが都市を吹き飛ばして余りある巨大な爆炎や小型の太陽が幾つも出現し、紅蓮色の光の線が幾重にもかけ続けていた。
猛烈な対空砲火に次々とエインヘリアルは落とされていく。
しかし絶え間なく戦線に投入され続ける赤子たちはきゃきゃきゃと地獄の如き戦火の中でも笑い声を上げながらご馳走に殺到している。
あぁーうーと手を伸ばしながらまた一匹エインヘリアルが撃墜される猛烈な砲火の中をカストールの指揮するアルゴー船は巧みに翔けていた。
既に型落ちになったとはいえそれでも木龍の断片よりくみ上げられた神話の舟は最高と言える操舵技術により未だ健在だ。
周囲に英霊たちを展開し無理な攻撃はせずに徹底的に回避と防御に専念すると判断したカストールの読みは正しかった。
如何にアルゴナウタイとはいえレベル1000の英霊はそう多くはない。
しかし眼下でいま自分たちに死に物狂いで魔法を叩き込んでくる魔神族の多くは殆どがレベル900級の個体であり1000の者もちらほら見て取れる。
どうやら女神はアリストテレス兵器群とルファスの果実によりレベリングされた人類に対して魔神族をアップデートしたのだとカストールは判断した。
かつてない激戦区。
レベル1000が何体も居て、空には魔神族を捕食する巨大な赤子。
背後には意味不明な巨大な大樹。
何万年も冒険をしてきたがこんな意味不明な状況に陥ったのは久しぶりだ。
故にカストールは腕を組みいつも通りに振舞う。
堂々と胸を張り、私が居れば何も問題はないと言わんばかりに船長として自信満々に。
舟のすぐ隣で大爆発が起きる。
発生した爆風と熱がバサバサとマントを揺らす。
カストールはそんな中で薄く笑っていた。
一瞬でも油断すればアルゴーもろとも叩き落されそうな状況の中で彼は笑う。
とんでもないスリルだ。
これも一種の冒険だ。
こんな楽しい事、そうそうありはしない。
しかも敵は魔神族。
目的は彼らを倒し囚われた人々を助け出す文句なしの正義の味方。
こんな愉快な事はない。
まぁ、ちょっとばかり仕事の同僚が気に入らないというのはあるが、それは仕方ないと割り切ろう。
「とんでもねぇ砲火でさ! これを避けるのは骨が折れるなぁ!」
「まあ、俺!! 骨しかねえんだけど!!」
ケタケタ笑う操舵手はアヴィオールと言った。
彼は人類ではなく、ゾンビの一種である。
それもドラゴンスケルトンという竜の骨格そのものが動いているような極めて特殊な魔物だ。
彼は顎をカタカタ鳴らしながら次々と飛んでくる魔法を神業としか言いようがない技量で回避していく。
数万年間もアルゴー船を乗り回した男だ、この程度は難しいかもしれないが出来ない訳ではないのだろう。
カストールが心から信頼する自慢の操舵手だった。
「ヒュゥッ! こんなふざけた所にまで来るなんて!! 船長もとんでもない人の配下になったな!!」
機関長の女──スハイルがげらげら笑いながらアルゴー全体に行き渡る天力と魔力のバランスを微細にコントロールし、船の移動ベクトルを完璧にコントロールしている。
彼女とアヴィオールが居る限りアルゴーを落とす事は決して出来はしない。
巨大なユグドラシル級の情報は既に伝わっているらしく空を埋める程に放たれ続けるのはそれぞれが火属性の魔法であった。
ユグドラシルの脅威を目の当たりにした魔神族は必死の形相で己たちに近づいてくる醜い赤子を撃ち落とし続ける。
死の恐怖……いや、生きたまま貪られる恐怖を避ける為にどの個体も全身全霊で攻撃を続けておりマナはその感情で活性化され数倍の威力へと変わっていた。
直撃すればアルゴーでも只では済まない膨大な数と質の暴力。
次々と堕とされるエインヘリアル。
戦況は正直に言ってあまり芳しくはない。
指揮官としてのカストールはこのままでは落とせないなと冷静に判断していた。
強化された魔神族に対してアルゴナウタイでは現状では質の面で劣る。
補充しようにもポルクスは此処におらず、アルゴーが仮に落とされた場合では彼女が居ないので船の再構築は無理だ。
だからといって意地でもカストールは兵器群が駆るアルゴーに乗り換えようなどとは思わないが。
アレは……ハッキリ言って嫌いなのだ。ロマンがない。
「……参ったな」
避け続けて勝てる戦いはない。
現状では決め手に欠けると冷静に判断した彼が一時撤退も視野に入れ始めた時だった。
全ての赤子がピタッと停止した。
今まで無垢な笑い声をあげてひたすらご馳走に群がっていただけの稚児たちはまるで親に叱られた子供の様に動きを止めたのだ。
そのまま少しずつ、ゆっくりと後退を開始。
攻めあぐねていたのは事実だったが、それならばと兵器群は大々的に攻め寄せるフリをしていたのだ。
その間に特殊部隊は拠点内の人類を救助し終えたのだった。
つまり……もう何の遠慮もいらないという事だ。
『人類の救助が完了いたしました。これより新兵器の実験を行います。お下がりください』
すっと甲板に降りて来た不気味なマスクを模したゴーレムが淡々と告げる。
「新兵器? 人質を救助したのならばあの弾道ゴーレムとやらを撃ち込むのかい?」
『いいえ。もっと強いモノです』
『次世代型の大型戦闘ユニットを投入します』
『単純な戦闘力ならばユグドラシル級をも大幅に超える想定となっております』
あの理不尽としか言いようがないユグドラシル級よりも強いモノと言われてカストールは眉を寄せた。
一体何が出てくるのか見当もつかないが、こんな警告を飛ばしてくる以上はきっと碌でもないのは間違いない。
船長としても指揮官としてもここは一度退くべきだと考えていた彼は頷いた。
「一時撤退だ。高高度に上昇しそのまま退避するぞ」
「どうやら彼らは切り札を投入するらしい」
さて、何が出てくる?
カストールは気づけばパサついた口内を癒す為に水筒を開けながら思うのだった。
いきなりだがミズガルズには面白い魔法が存在する。
その名を『金の弓番える預言者』という。
「金」属性の最大魔法でありその効果は次に発動する魔法を数倍に増幅するというものだ。
そしてその増幅度は、発射するまでにかけた時間で決定する。
さて、面白い話をしよう。
既に散々語られた通りに魔神族は魔法だ。
意思を持つ魔法であり、その原理は既に解き明かされ部分的に量産が開始されている。
そしてプルートの地下構造体タルタロスは時間の流れが10倍の速さで流れている。
そこにこの『金の弓番える預言者』を加えればどうなる?
答えを言おう。
これらを組み合わせればレベル限界を超えた魔神族が生成されるのだ。
女神アロヴィナスも想定していない組み合わせ、挙動である。
意図していない動作を引き起こされた結果、レベル2000オーバー、中には3000台にもなる魔神族の安定した生産/技術化を兵器群は達成した。
だがしかし、「やった! ベネトナシュをも超える戦闘力の魔神族を手に入れた!!」……とはならなかった。
動かなかったのだ。
本来ありえない上限を超えた魔神族は全くと言っていい程に使い物にならなかった。
自我もなく、無理に一致団結で動かそうとしても直ぐに霧散して消えてしまう、正に張りぼてだった。
あるのは無駄に高いステータスを持つ超々高密度のマナの塊だけ。
レベル1000という女神の限界は魔神族にも適用されておりそれ以上の数値を持つ個体と言うのは想定されておらず動かせない。
ただそこに在るだけならばともかく下手に動かそうとすればミズガルズの法が魔神族を霧散させてしまうのだ。
だがしかしアリストテレス兵器群は、メリディアナは魔神族に戦闘員としてのスペックなど期待していない。
彼らが魔神族に求めるのは上質な素材としての価値のみ。
その点においてこのレベル限界を超えた魔神族たちというのは正に革新的としか言いようがない。
ある世界において人類は蒸気機関を開発し産業における革命を成し遂げた。
また化石燃料を有効活用し、電力という膨大なエネルギーをモノにした事もある。
それらに匹敵、あるいは遥かに凌駕する発見がこの限界突破魔神族の確立だ。
ルファス・マファールと交戦しアリストテレスは女神の行使する純粋な“力”の観測に成功。
そして魔神族という魔法を構築しているのは女神アロヴィナスであるというのは多くの者が知る事実。
魔神族の加工技術は既に円熟しており、魔力や天力への干渉技術は【エクスゲート】の例を見てわかるとおり極めつつある。
結論を述べるとそれら全てを組み合わせることによりアリストテレスは魔神族を原材料として純粋なる女神の“力”を抽出/物質化することに成功した。
蒼く透き通ったクリスタルの様な結晶だ。
膨大な女神の力を極限にまで圧縮したソレは神の奇跡を物質と言う三次元に留めた冒涜の一品だった。
この小さな女神の欠片を兵器群は『アロヴィタイト』と名付け、これを利用した新兵器の開発を開始したのだ。
ルファス・マファールは全人類に果実をばら撒き順調にレベル1000の者を量産しつつある。
で、あるのならば兵器群はもっと強くならなければならない。
レベル限界などというつまらない枷を通り越しアリストテレスは突き進む。
どのような手段を取ろうと、どのような形態に変わろうと、変わらず人類を守るために。
その一つが此処に披露される。
武装、行動、攻撃、その全てにアロヴィタイトを惜しみなく注ぎ込まれた試作機が稼働を開始。
純粋なる女神の“力”を振るうために。
巨大な【エクスゲート】が開かれ、一体の怪物が落ちてくる。
ドォンと恐ろしいまでの地響きを引き起こし森を踏みつぶしながら着地。
ゆっくりとソレは両足で大地を踏みしめ全身を起こし月明かりに己を晒す。
怪物の身体が月明かりを反射し幻想的に輝く。
蒼。
何処までも澄んだ青色の怪物だった。
怪物は超巨大なクリスタルを削って作られた恐竜の如き姿をしていた。
直立歩行した恐竜は魔神族を駆除せよという指令を受け、大きな、とてつもなく巨きな咆哮を上げた。
遠く離れた地、ゾディアックの王宮で新たな敵の誕生にルファスが唇をつぐむ。
兵器たちの進化速度は明らかに彼女の予想を遥かに上回っている。
“アリストテレス兵器群 次世代型戦闘実行端末”
複数のレベル1000及び、その限界を超えた力を持つ勢力を単騎、もしくは少数で殲滅するという無茶苦茶なコンセプトで作られた兵器がこれだ。
【エル級文明殲滅用重機動ユニット】
仮想敵は限界突破者、龍、およびミズガルズ以外の他文明全てである。
ミズガルズ以外にも世界は存在しておりそこには人類に似た生物がいることを兵器群は知っている。
これはその時、その文明を滅ぼす為に作られた兵器である。
勇者の故郷世界というのも知っているが……そんな事は関係ない。
等しく排除/根絶/絶滅の対象だ。
80億匹もおり、無限に内乱の続く世界など害悪でしかない。
ミズガルズに住まう正統なる人類を害する可能性が1%でも存在するものは1%も存在してはいけない。
アリストテレス兵器群が守護するのはミズガルズ人類のみ。
それ以外の全ては等しく根絶対象である。
エル級。
ユグドラシル級をも大きく超える戦闘力を持つ次代のフラグシップ。
技術ツリーとしてはギガ級の発展型にあたる。
魔神族という魔法+魔法を増幅する魔法+時間加速&クロノスによる時間負荷=コレ。
ここまでが十二星天が手に負えるかどうかの分水嶺です。