ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
(まだ夜……?)
夜半に目を覚ましてしまったルファスはベッドから身を起こし、周囲の状況を確認していた。
当然の話であるが周囲は真っ暗で、隣のベッドでは母が微かに寝息を立てていた。
窓の外には月が昇っており、リュケイオンの街もまた寝静まっている。
いつもならば鍛錬や勉学で身体を痛めつけた上で床に入るので、朝まで起きる事などなかったのだが、今日は別であった。
リュケイオンに訪問者が訪れた今日は当然ながらプランはルファスに構う事ができなくなった上、彼女も化粧などをしていた都合上自主訓練なども出来なく、全く疲労しない状態で入眠しようとしたのだ。
その結果がこれだ。
ほんの少しばかり長い昼寝程度しか眠る事はできず、活力に満ちた身体は体力が全快すると同時に意識を覚醒させたのだ。
もう一度寝ようとルファスは横になるが、やはり目が冴えてしまい眠れない。
何回か翼と相談しながら寝返りを打つがやはりダメだった。
かえって寝よう、寝ようという意識を強く持てば持つほどに入眠からは遠ざかっていく。
「仕方ない……」
ため息交じりに呟いてから起き上がる。
冷え切った夜の空気が全身を撫でたがこんなものヴァナヘイムの冷気に比べれば何てことはなかった。
ベッドの隣にかけて置いた紅い外套を纏い、首元にもスカーフを巻きつける。
翼を何度か震えさせるストレッチをした後、ルファスは考えた。
とりあえず起きてはみたが、何処に行こうかと。
近くの森はやめておこうとすぐに考える。
どうしても夜の森を思うと頭の片隅にアン・ブーリンの顔がちらつく。
「ごめんなさい」
ルファスは母に最初に謝罪をした。
今からやることで、もしかしたら身体を冷やしてしまうかもしれないからだ。
とりあえず自分の分の毛布を母にかけてやる。
間違っても母を冷気に晒さない為に。
そうしてから彼女は窓を開けた。夜の空気が部屋に流れ込む。
ん、と小さくアウラが声を漏らしたがすぐに何もなくなった。
夜風が頬を撫でると更に意識が研ぎ澄まされる。
宙に視線を移せばそこにあるのは輝く光のカーテンであった。
今日の星座は何かなとルファスは指をさして数えてから誰にも見られていないのをいいことに微笑んだ。
プランは気に入らないが、あいつの齎した星座の知識は役に立つ。
そればかりは事実である故に認めるしかなかった。
美しいモノをもっと知りたいと思うのは当然で、その結果ルファスは彼から貰った本をもう何回も読破していた。
ルファスは窓枠に足をかけ、翼を広げる。
そのまま翼を動かせば彼女の身体は宙へと飛翔した。
もちろん母が冷えない様に窓を閉めるのも忘れない。
ルファスは目的も何もなく、気の赴くままに空を舞うことにした。
久しぶりの空中散歩であったが、黒い翼は自分でも驚くほどの浮力を生み出し、彼女の身体は街の上空へとあっという間に到着してしまう。
“子隠し”と共に飛んだ時と比べて明らかに5倍以上の速度が出ていた。
少しだけ大きくなった月を見上げた後、もう一度外套の紐を確認してしっかりと結ぶ。
客人にかかりきりのプランを思い出すと彼女は少しだけ苛ついた。
いつも自分の訓練をしている時間に、他の人の相手をされると……ほんのちょっとだけイライラする。
「……知らないっ」
誰もいない虚空にプランの顔を思い浮かべてから、そこに吐き捨てる。
知らない、知らない、お前なんて知らないと三度繰り返した。
どうせ明日も明後日もプランは客人の相手で忙しい。
ならばその間、自分は好きにさせてもらおうと彼女は考えた。
……とはいってもやる事がないのも事実である。
今の時間は深夜であり、起きている者など居はしない。
プラン、アリエス、母、そしてカルキノスも寝ているこの時間では何もやることはない。
何か面白そうな事を彼女は探した。
レベル60になったお蔭で進化した視力は上空から街を歩く人間の顔を見分けることさえ可能にする。
しかしやはりというべきか誰もおらず、興味を惹くものなど……。
「ん?」
リュケイオンの街の淵。
街を覆う広大な湖の畔に誰か……何者かが二人ほどいるのを彼女は見つけた。
眼を細めて意識を集中させる。
彼女の体内で高濃度のマナが渦を巻いて脈動した。
ルファスは無意識に己の身体を最適化させたのだ。
結果、真っ赤な瞳が輝く。
ルファスの視力が更に上がった上、夜の闇を見通す能力さえも付与される。
ぱちぱちと瞬きを何回か行えば、人影の正体がプランとエルフの男……確かアラニアと呼ばれていた存在だったかと思い出す。
二人は向かい合っており、何かを話しているようだった。
ありたいに言ってしまえばこんな真夜中に秘密の雑談をしている。
「……」
ルファスは腕を組んで考えた。
怪しい。どうにも怪しいと彼女は思った。
何を話しているかは全く判らないが、気になる。
きょろきょろと周囲を見渡す。
その上で隠れられそうな場所を探しながら彼女はゆっくりと出来るだけ音を立てずに降下を始めた。
プランとアラニアの二人は湖に浮かぶ月の影を背景に向かい合っていた。
相も変わらずエルフの男は淡々とした声音で声を発した。
「
「君は相変わらずだ。
最初に出会った時からもう200年は経っているというのに変わらない。
エルフとは、全く大した種族だよ。
あの小娘のお気に入りというだけはある」
プランが答える。彼の声ではあるが、決して彼のモノではない言葉と声音であった。
彼がまず浮かべないだろう軽薄な笑みを浮かべたアリストテレスはクスクスと笑う。
神経質な芸術家の如き振る舞いであった。
両腕を広げ空を抱きしめるように広げながら彼は続けた。
「気づけば君との付き合いも4代だっけな。最後に出会ったのは当代が産まれた時だったね」
「先代の死は思ったよりも早かったというのが私の所感だ。
少なくとも人の寿命であっても後20年は保つと思っていたが」
あぁ、その話かとプランは言う。
青すぎる瞳がギラギラと輝いていた。
ルファスが今のプランを見たら「まるで別人のようだ」と思ってしまうことだろう。
事実、今のプランは
彼の極まった能力の数々の秘密の一端がここにはあった。
「そりゃ早いさ。何せ俺は自殺したんだからな。
またプランの口調が変わる。
今度は何処か野性味のある、粗野な男の口調に。
にじみ出るのは隠し切れない凶暴性と狂気であった。
しかしそんなモノを前にしてもアラニアは変わらない。
伊達に数百年の時を過ごし、エルフ王の代行者に指名された訳ではないのだ。
「ほぅ。無駄死にという行為は君が最も嫌悪する行いだと記憶していたが」
「無駄じゃねぇさ。役目を終えたからさっさと引っ込んだだけだ。
役目を終えたパーツは交換される……当然の話、だろ?
こいつは長い試行錯誤の末にようやく
アラニアは目を細めてプランの顔を見た。
人間の顔には残忍な笑みが浮かんでいた。
アラニアからしても狂っているとしか言いようのない所行を躊躇うことなく行う狂人一家の一人の顔が。
「その割には“完成”した彼には熱意がないようだが?」
「そこが問題である」
また口調が変わる。
今度は厳粛とした老人の様な声音であった。
声そのものは変わらないというのに、ソレに宿る重みは確かな年月を修練に費やした男のモノだ。
「嘆かわしいものだ。天を掴む素養を持ちながらも肝心の本人に気概がないとはな」
「……まだ諦めていないのか」
アラニアの呆れたような顔にプランは首を縦に振った。
瞳の輝きが増し、それは闇の中で残忍に冷たく輝いた。
この顔は違う……もしもルファスが見たら余りの変貌に頭が理解を拒むだろう。
この男はプランではないと叫ぶかもしれない。
死んだ星の様に凍えた眼だった。
蒼色、という色はここまで冷え切ったモノになるのかと誰もが思うだろう。
ルファスの世界への憤怒に満ちた瞳など子供騙し、全く以て比較対象にならない程に世界への嫌悪に満ちた眼だ。
「諦める? まだ始まってさえいないというのに?」
「始める事さえ出来ないの間違いだろう」
それもそうかとアリストテレスは呟き、くくっと低く喉を鳴らした。
少しだけ笑ってから瞬きする。いつものプランの瞳がそこにはあった。
「改めて断言しましょう。自分にその気はありません。
だから貴方達と契約を結んだのです」
プランとして今度は話をする。
傍から見れば今の彼はコロコロと声音と顔を変え続ける奇怪な人物に映るだろう。
もしくは一人の人間の中に複数の人格を押し込まれた怪物か。
「私は何も言わん。陛下とアリストテレス卿が結んだ契約だ。部外者である私には何も言う資格はないだろう」
だが、と一言だけ聞かせてくれとアラニアは置いてから改めて口を開いた。
「あの娘の事だ。君は……彼女を後継者にするのか?
確かにそれならば契約の裏をかく事になるが」
ルファスの件を指摘されプランは笑いながら首を振った。
まさか、と彼は続ける。
「それこそあり得ない。彼女には何の関わりもない話ですよ」
「私が見た所、彼女もまた
だから手元に置いたのかと思ったのだ」
プランの顔から表情が消える。
朗らかな微笑みが一瞬でなくなり、彼は数段階冷めた声で答えた。
「違います。自分は断じて彼女を特別だから拾った訳ではありません。
……ただ……大人……貴族……いや、女神の信徒としての役目を果たしただけですよ」
「そうか……非礼を詫びよう。君を試すような事を言ってしまった」
「いいのです。自分こそ不機嫌な声音を出してしまって、申し訳ありません」
全くの無表情でアラニアが頭を下げれば、プランの顔にはいつも通りの微笑みが戻った。
少なくともアラニアが知っているプランという男はいつもこの顔である。
昔の彼が常日頃から浮かべ、張り付けている笑顔……何の中身もない顔。
とても荒涼としていて、仮面の様な笑みであった。
「ところで……先に話題になった少女だが」
アラニアが視線を近くの木……正確にはその裏に潜むモノへと向ける。
彼が指を一本動かすと魔法が行使され風が渦を巻いた。
「なっ……離せっ! このっ……!!」
見えない大気の渦に捕獲され木の影から引っ張り出されたのはルファスであった。
彼女は空中で手足や翼を懸命に動かしてもがくが、アラニアの魔力はそんな彼女を易々と抑え込む強さがある。
「夜歩きとは感心しない。更には大人の会話を盗み聞きとはな」
アラニアの瞳が鋭くルファスを射抜けば、天翼族の少女は必死に睨み返した。
暫くそうしていたが、エルフの男はふっと薄く笑ったかと思えば術を解除する。
ゆっくりと地面にルファスは降ろされた。
頭のてっぺんからつま先までアラニアの視線は移動した。
もちろん彼女の持つ黒い翼まで。
エルフは一通りルファスを吟味したあと、興味を無くしたように視線を外す。
穏やかな足取りでルファスに近づき、そしてそのまま身構えた彼女を素通りした。
少女が警戒に満ちた瞳で自分を睨んでいるが、彼はそんなこと気にも留めずに言葉を発する。
「私はもう眠るとしよう。では、また明日」
「えぇ、アラニア殿も。よい夢を」
あぁ、とだけ頷き歩き去るアラニアをルファスは姿が見えなくなるまで睨んでいたが
彼の気配が完全に消え去ったのを見計らってから今度はプランを見た。
瞳が微かに揺れている。真っ赤な瞳は懐疑とほんの少しの恐怖を混ぜた様相であった。
「……さっきの貴方、おかしかった。凄く変で、貴方じゃなかった」
歯に衣着せぬルファスの言葉にプランは困ったように微笑んだ。
彼女を巻き込む気などない彼は元よりルファスに真相を話す気はない。
さて、どうやって誤魔化そうかと彼の頭が回り始める。
「大人は秘密をもっているものさ」
疑惑の目を向けてくる子供を誤魔化すにはあまりに拙い言葉だった。
必死に考えて出た言葉がコレである。
そして案の定ルファスはこんな言葉で誤魔化されるほど甘い存在ではない。
腕を組み赤い瞳が鈍く輝く。
俗にいうジト目で彼女はプランを見つめて言う。
ふーん、とわざとらしく少女は喉を鳴らした。
「そういうこと言っちゃうんだな」
少女の言葉にプランは相変わらず苦笑いしながら軽く頭を下げるだけだった。
「ごめん」
「……言いたくないなら無理強いはしない」
だけど、とルファスは言葉を続けた。
両手でプランの胸元を掴み、彼に言い聞かせるように強く告げた。
「私は貴方が嫌い。いつか殺すと決めているのは何も変わらない。
だから……私が殺すんだから、勝手にいなくなるのは許さない。
それだけを覚えていればいい」
ルファスの殺害予告にプランが頷く。
出会って1年以上が経過してもなお薄まることのない殺意と憎悪を前にし、プランは変わらず「それでいい」と答えるだけだった。
プランの顔と返事を聞いて満足を覚えたルファスは頭の中で先のプランとアラニアの言葉が反芻していた。
エルフの特権階級、王の代行者が自分の事を“特別”な存在と称した優越感と……仮に自分が“特別”でなくとも拾ったという男の言葉だ。
特別。
私は特別なんだ。
私は、特別な存在なんだ、と彼女は少しだけ
“リンゴ”を10個ほど渡されたアラニアが祖国に戻ってもなお、ガザドはリュケイオンに引き続き留まっていた。
彼もまたプランから約束された果実を受け取ってはいるが、それとは別種の用事があったのだ。
「ふ~む……」
ガザドが野太い唸り声を上げる。
彼は今、プランと商談を行っているのだ。
彼は天法の籠ったモノクルを用いてプランの提供してきた原石の数々を吟味中なのだ。
ただでさえ彫の深い顔であるが、最高潮にまで集中した結果、更に至る所に皺が出来ている。
眼を血走らせて彼は手に取った石を隅々まで見つめ続ける。
「どうでしょうか?」
一通り確認が終ったのを見計らってプランがガザドに声をかけた。
以前オークたちの拠点を闊歩するのに役立った【観察眼】の応用、他者の意識を見透かす技術はここにも応用できる。
うまく使えば、最適なタイミングで会話を切り出したり、切り上げたり、振ったりできる。
そして間違っても仕事中のドワーフに声をかけてはいけないという各種族の常識をプランは守った。
厳つい外見からは想像できないほどに穏和であらゆる種に対して友好的なドワーフだが、作業中にだけは声をかけてはいけないという暗黙の決まりがあった。
彼らの作業は仕事というよりも芸術家が彫刻を彫るのと同じであり、神聖なその行為を邪魔された芸術家がどういう反応を見せるかは想像に容易い。
「おぅ。質は何の問題もねぇさ。立派に商品として成立しとる。
これはもう、俺の拘りの領域の話になるな」
「詳しく聞かせていただいても?」
“拘り”という言葉を耳聡く捉えたプランはガザドを見下ろしながら気持ち半歩だけ進んだ。
ドワーフと仕事の話をするときは、間違っても生半可な覚悟や知識量で会話してはいけないが……彼は両方兼ね備えているので何も問題はない。
「まずはこの原石だ。マナの量は申し分ねえが、保有するマナの配分に偏りがある」
ガザドが原石を手に取り翳す。
すかさずプランが【観察眼】を2回発動させ、倍率を弄った上で内部のマナを“観察”した。
「……」
青い瞳が更に輝く。
物体としての原石を更に深く観測し、概念として読み取り出す。
するとガザドの言わんとしていた事をプランは理解した。
岩に開いていた“孔”にマナを注入し原石を作成するのだが、今までのプランはただ詰め込んでいただけであった。
風船に入れた空気が勝手に満遍なく行き渡る様に、物体に注入されたマナも同じようになるのだという思い込みだ。
しかしどうやらそれは間違っていたのかもしれないとプランは悟る。
基本として石の中央部に核の様にマナは凝縮されているが、それ以外の部分のマナ量には“ムラ”があった。
絵画の素人がよくやるミスの一つである色ムラにコレは似ていた。
一つの石に含まれる成分や元素が必ずしも均等ではないように、送り込んだマナもまた勝手に均等になるわけではないようだった。
なるほどとプランは頷き、自分が読み取ったソレをガザドに伝えればドワーフは腕を組んでニかっと笑った。
こういう建設的な仕事の話をする分にはドワーフはとても良い種族であった。
「おぉ! やっぱり判るか。
俺がうまく言葉として言い表せなかった部分をズバッと言ってくれて助かる」
大した奴だよお前は、と続けながらガザドはプランの腰を何度か叩いた。
熱意を持って接すれば同じか、それ以上の熱意で答えてくれるのがドワーフのいい所なのだ。
ガザドは次に別の原石を手に取ってプランに見せびらかした。
最も美しく輝く原石であった。
何も知らないモノが見たら翡翠か何かだと思う程にソレは輝いていた。
「こいつは……あー、何ていえばいいか……」
「“逆にマナの濃度が濃すぎて安定していない”……とか?」
ガザドの言葉を引き継いだのはルファスであった。
今までドワーフとプランのやり取りを黙ってみていた彼女が言葉を発したのだ。
キラキラと輝く原石がいっぱいの空間に、ガザドの邪魔にならないのならばという条件付きで彼女は立ち合いを許されていたのである。
そんな彼女が唐突に口を開いたのだ。
それもプランが見抜こうとした事を先回りするように。
そして自分の言葉を取られたガザドが浮かべたのは……満面の笑顔であった。
彼はとてもご機嫌な声でルファスに声をかけた。
短足でのっそのそと少女に歩み寄り、自分と同じくらいの身長の彼女の肩を労わる様に叩いた。
「お嬢ちゃんイケる口か! そうだよ、そう! 俺の言いたい事を代弁してくれてありがてえ」
「……別に、そういうわけじゃ。ただ直感的に思ったことを言っただけだ」
母やプランも関係ない、完全な第三者に手放しで称賛されたルファスは慣れない状況に戸惑う様に呟いた。
そんな彼女にガザドはうんうんと大きく頷く。
「いーや、今ので確信したぜ。嬢ちゃん……ルファスと言ったか?
お前さんに俺は光るモノを見出した!」
どれどれ、と続けながらガザドは幾つかの原石を手に取りルファスに向けて翳した。
まずは少し小さめの石だ。光の反射なのかは判らないがチカチカと点滅しているようだった。
まるで【ステルス】の魔法を使ったアリエスの様にソレは微かにだが色彩を変え続けているようにも見えた。
「こいつはどうだ? 思ったことを言ってくれ。何だっていい」
「……内部でマナが反応を起こしている?
魔法か……天法か……どちらにせよ、術のようなものが発動しかけては消えてを繰り返してるのか……?」
ルファスは一通り喋ってからプランを見た。
彼は頷き【観察眼】を原石に向け、分析を開始する。
浮かび上がってきた結果を見て、彼はガザドに告げた。
「ルファスの言ったとおりだと思います。
込められたマナが安定せず、突発的に術のようなモノを発動しかけては消えてを繰り返していますね」
もしかしたらそれは高密度に圧縮されたマナが周囲に拡散/消費を求めて行われる相転移のようなものかもしれないとプランは内心で続けた。
低確率の話ではあるが、誰の意思も介在せずに術が発動するということは……否定はできない。
そもそもマナ、魔法の原材料からして■■■の■■なのだから。
“子隠し”の例を見るに高濃度に収束したマナは思いもよらぬ現象を引き起こすことがある故、プランは明確な断定を避けることにした。
少しだけ考え込むプランをしり目に次から次へとガザドはルファスに原石を見せていく。
真っ赤な瞳は【観察眼】を使っていない筈だというのに直感的にマナの状態を的確に見抜き続けた。
少女の弾むような凛とした声がひっきりなしに部屋に響いていた。
「マナが薄い」
「うまく鉱石と馴染んでいない」
「“孔”よりマナが漏れている」
「均等になりすぎて、流動性がない」
その他、その他………。
さすがに喋りすぎたルファスが水を求めた頃合いになってようやくガザドは満足したようだった。
「……想像以上の逸材だ、アリストテレス卿……彼女は【アルケミスト】のクラスをもってはいねえのかい?」
コクコクと杯を傾けるルファスをしり目にガザドはプランに問う。
ちょっとした好奇心から少女を試した彼であったが、予想以上の資質を垣間見せたルファスに少しだけ危うささえも感じているようだった。
「はい。今の彼女は前衛系の【クラス】を重点的に取らせています。
何をするにしてもまずは体力などの基本的な部分をしっかり固めさせようと思いまして」
「ちげえねえな。いきなり【アルケミスト】を取った所で戦いには殆ど役に立たねえ。
あれはある程度独り立ちできた奴か、パーティなんかの後ろ盾があって初めて輝くもんだしな……」
うーんとガザドは腕を組んで唸った。
もしもルファスがプランの保護下になければ、何が何でもドワーフの国に連れて帰りたい程の逸材だと思いながらも、彼は何度も頷く。
目線をプランに向ければ彼は「構わない」と視線だけで返した。
ガザドはルファスに髭だらけの顔を向けて熱い思いの籠った声で言った。
「マファールの嬢ちゃん。
いつかお前さんも俺たちの国に足を運んでみねえか?
ちょうどプラン卿も近日来訪予定でよ……もしも来てくれれば歓迎するぜ」
「……貴方の国には何があるんだ?」
いきなりドワーフに言い寄られ、少しばかり警戒を見せながらもルファスは答える。
心の何処かで「ドワーフは己の翼の色を気にしないんだ」と彼女は思った。
しかしそんな彼女の思考も次のガザドの言葉で吹っ飛んだ。
ガザドは王の代行を任される程の能力の持ち主である。
そして誰よりもドワーフらしいドワーフもであった。
故に彼は己の故郷を高らかに誇る様に声を張り上げた。
「“武器”だ! 俺たちの国にはミズガルズ最大の武器生産の為の工場がある」
ドワーフの首都である『プルート』というのは古い言葉で“地の底”“冥府”という意味である。
その名に恥じない地下都市であるプルートには夥しい量の鉱石が存在しており、それらをドワーフ族は加工、輸出し生計を立てているのだ。
剣や槍だけではない、何ならゴーレムさえも彼の商品である。
国そのものが巨大な武器、兵器の生産工場だと聞かされたルファスの反応は大きかった。
眼を見開き、翼がバサバサと震える。
言葉にしてなくても彼女が何と思っているかは明白であった。
「!!」
「更に言うなら自分の【バルドル】と銃も彼らに作ってもらったんだ」
ルファスの脳内に浮かぶのはあの不気味な装備するゴーレムと、無機質な殺戮武器。
もちろん使い手のプランの技量がとてつもないことは承知しているが、それでも少しばかり銃というものに興味があるのも事実だった。
興奮しすぎた己を抑えるようにルファスは一度咳ばらいをしてから努めて平静な声でプランに聞く。
「……いつ頃に行くんだ?」
「断定はできない。
少しばかりリュケイオン周辺で片づける問題があるからね。それが終り次第になるかな」
そうか、と一言だけ少女は返す。
目に見えて落胆したようだった。
そんな彼女にさも当然の様に男は切り出した。
「今度の納品は結構多めになる予定でね。
ちょうど荷物持ちが欲しいなって思ってて……つまり、助手が欲しいんだ」
だから、頼めるかな? と“お願い”すればルファスの顔はぱっと輝く。
しかし一瞬後にそんな子供の様な顔をした自分を恥じるように顔を顰めて、直ぐに表面上は無表情に戻った。
「どうしてもというなら……」
胸中では“行きたい”と思っていても素直に言う事が出来ないルファスである。
故に口から出てきたのは捻くれた子供の様な言葉であったが、男は小さく少女に頭を下げて答える。
可愛らしいお姫様の胸中を汲んであげるのも大人の務めなのだ。
「どうか一緒に来てくれないか?」
むぐっとルファスの顔が強張る。
彼から頼まれたという大義名分を得て断る理由がなくなった彼女は無言で首を縦に振った。
「ほぉぉう……これはまた、中々に」
“面白い事になってるな”とガザドは内心で続ける。
彼の知るプランという男から変わりつつある現状を前にドワーフは未知への展望を抱いた。
産まれながらに諦観と倦怠、全てを無機質に生きてきた男がもしもやる気を、生きる理由を見つけたらどう変貌するのか彼には楽しみだったのだ。