ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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モブたちの“みんなの恨み”!

 

 

月龍が空に昇りその身を打ち砕かれ続ける少し前、かつての聖域の守護者にして今は十二星天の一角に加わったパルテノスは目の前の光景に思わず口元を抑えていた。

ここは救助こそされたもののほぼ助かる見込みがないと判断された者らが集められた区画である。

手足がないなど当たり前、人の姿を保っている者など誰もいない。

 

 

 

繰り返すが魔神族にとって人類とは食料である。

痛めつける事で彼らは己の存在意義を満たす事が出来るのだから、直ぐに死なせたら勿体ない。

だから彼らは基本的に人類を嬲る時は【峰うち】を使うし、そのスキルがない時はじっくりと丁寧に甚振る様に行動していた。

 

 

 

その結果がこれだ。

どうやったらここまで人を殺さずに壊せるのか判らない程に踏みにじられた人だったモノの完成だ。

魔神族の拷問技術は既に成熟されており彼らほど的確に人類を殺さずに苦しめられる存在はいない。

 

 

 

さながらこのトリアージ3と名付けられた拠点はその集大成の展覧会であった。

 

 

 

酷い環境で放置された結果、身体が腐り始めたモノ。

丸みを帯びた手足の切断面に金属を溶接されたモノ。

腹部にぽっかりと穴が開いており生きるのに必要ない臓器を摘出されたモノ。

鼻を削がれたモノや目玉を繰りぬかれたモノ、身体に心ない侮辱用語をこれでもかと刺青として掘られたモノ。

 

 

 

 

もっと酷いモノになると頭と臓器だけ綺麗に繰りぬかれて生きているだけのモノさえいた。

どうして生きているのか本当に不思議でならないが彼は生きている。

もう男女の区別さえつかない故にこの人物のことは便宜上“彼”と呼称しよう。

 

 

 

ツツと涙を流し彼はパルテノスに唇だけを動かして訴えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっきりとソレだけを伝える。

もう死にたい。

殺してくれ。

何でこんな目にあわないといけない?

 

 

 

女神の聖域という綺麗であらゆる汚濁から隔離されて生きて来た彼女にとってこれは余りに衝撃的な光景で、もう限界だった。

 

 

 

「う……」

 

 

再度口元を抑える。耐えろと自分に言い聞かせるが無理だ。

しかし余りに酷い惨状に我慢できず彼女は建物の影に走り込むと中身を戻してしまった。

ぜぇぜぇと荒い息を吐く。どのような天法を使おうとこれは決して治せないだろう。

 

 

 

知っていた筈だった。

しかし必要な事だと割り切っていた筈だった。

明日の希望の為に今を絶望に染める、女神のやり方は正しいと信じていた。

 

 

 

この人たちの何処に未来がある?

完全に壊れてしまっているではないか。

 

 

 

 

「こんな事……」

 

 

 

許される筈がない。

そう続けようとするが唇が動かない。

一昔前の傲慢で世界の何も知らない己が脳裏をよぎり、それが頭を焼く。

 

 

 

 

────全てが間違っている。

 

 

 

────お前の世界は気持ち悪くてたまらない。

 

 

 

千年以上前に誰かに叩きつけられた言霊が脳を焼く。

“継承”はこういった個人の感傷や意思などは受け継がない筈なのに、シミとしてそれは彼女に残り続ける。

理屈ではないのだ。あの時の衝撃は魂に刻まれてしまっている。

 

 

 

 

「っ……! 何のために来たのですか、私はっ……!!」

 

 

 

自分に言い聞かせる。

何と不甲斐ないのだ、ミズガルズ最高の天法使いだろお前は。

けが人を前にたじろぐ医者など在ってはいけない。

 

 

 

自分でやるといったのだ。

今の自分はゾディアックから派遣された代表、無様な姿など晒すのは許されない。

 

 

 

幸いこの場に居るのは自分だけだ。

他の天翼族の治療部隊はまだ治る見込みのある者らを相手にしている。

はっきりいって兵器群は彼らの治療を半ば諦めていた。

 

 

 

だからこそ此処にパルテノスは派遣されたともいう。

ミズガルズ屈指の天法使いならばもしかしてという意味で。

 

 

 

そして今回のソドム攻略において意外な事にパルテノスは自分でルファスに志願したのだ。

第一目標は魔神族の掃討であったが、それと同じくらい重要な任として救助された者らの治療もあったのだから。

故に十二星天の中で最も天法に精通していると自負する彼女が手を挙げたのはおかしい話ではない。

 

 

 

侮っていたのを彼女は認め、己の無能を受け入れた。

ルファスに敗れ下界の惨状を見せられた時点でこういう事がありふれていたというのは判っていたではないか。

パンっと頬を自分で叩き、気合を入れなおした彼女の背後から誰かが歩いてくる。

 

 

 

「通りますよ」

 

 

 

金髪の女だった。

何処かで見た事のある顔の作りをした彼女はカツカツとヒールを鳴らしてパルテノスの横を通り抜けると最も酷い状態の患者の前に立つ。

最低限の臓器と頭だけで生きている彼をどうすれば治せるのかはっきり言って誰も想像が出来ない。

 

 

 

余りに凄惨な光景に彼女は立ち止まり深呼吸する。

ぐっと拳を握りしめ歩を進める彼女はさながら歴戦の戦士の如く。

何処か己の主であるルファスを思い出す立ち振る舞いだった。

 

 

 

女は手を翳す。

一瞬だけ女はパルテノスに視線を向けてから術を発動させた。

その動作に躊躇いはなかった。

 

 

既に彼女は逃げないと決めたのだ。

自分の罪から絶対に。

胸を張って家族に誇れる自分であるために。

 

 

 

何とも呆気なく神の域にある御業が発動された。

 

 

 

【イェド・ポステリオル】

 

 

 

 

対象の周囲の時空を隔離し緩やかに時間が減速していく。

座して死を待つだけだった者からソレが遠ざかり出す。

血色はよくなり絶望さえ超えて何も宿さず涙だけを垂れ流していた瞳が初めて揺れる。

 

 

 

 

途端にうめき声を彼は上げた。

停止を通り越し時間が巻き戻り始めた彼は幻肢痛も戻ったらしく震え出す。

しかし筋肉もなく肺さえ削られた人物は「ぅ、ぅ、ぅぅぅ」と漏らすだけで精いっぱいだった。

 

 

 

失った臓器が時間遡行の影響でどんどん小さくなっていく。

血色もよくなり出し、どうやら臓器の健康状態はよくなっているらしい。

しかしさすがに完全に喪失した部位は如何に時間を巻き戻そうと難しいようだ。

 

 

喪失/切断された部位がここにあればくっついたり結合などして再生したかもしれないが……。

 

 

 

「何と」

 

 

 

パルテノスが息を呑む。

ありえないという言葉がまず第一に口をつきそうになった。

彼女は元々聖域の乙女でありこの世で誰よりも女神に詳しいと言っていい。

 

 

 

当然あの地には過去に幾度か降臨したとされる女神についての情報も保管されており、どのような力を振るったかも記されている。

曰く女神は主に時空を操る力を持ち、時を加速させることも、逆に減速させ巻き戻すことさえ可能だと。

もはや魔法とも言えない世界の管理者としての権能であり、本当にそんな事が出来るのかと誰もが疑問を抱いていたというのが事実だ。

 

 

 

しかし実際にこうやって眼前で行われている以上はもう何も疑問など挟めない。

出来るのだ。

女神の力の前に時の流れは意味をもたない。

 

 

 

 

と、すればこの女性は……とパルテノスが答えにたどり着くと同時にその返答に「◎」が付けられた。

お礼とでも言わんばかりに唯一天法のスペシャリストであるパルテノスが使いこなせない秘儀が開帳される。

 

 

 

 

【スター・オブ・アスクレ()()()

 

 

 

「水」属性の至高にして究極の魔法が発動される。

分類上では魔法に当て嵌められているがその実態は極まった天法である。

生命力を無限に想起させあらゆる万病を駆逐し死して短時間ならば死者さえ蘇らせる事が可能な術だ。

 

 

「水」という属性はアロヴィナス神の司る属性の一つであり最も原始的な“力”を振るうのが容易い属性でもある。

簡単にいえば他の属性よりもダイレクトにアロヴィナス神の権能を引き出せる。

 

 

 

……だが、もはや魔法や天法という概念にさえこれは当てはまらない。

兵器群に導入されて猛威を振るうアロヴィタイトと同じくこの世の摂理を捻じ曲げる大奇跡だ。

女神アロヴィナスが死んでないと言えば死者は生き返る、そんな理不尽を世界に押し付けるバグともいえよう。

 

 

 

 

血肉が瞬時に再生し失われた皮膚や四肢、臓器が戻っていく。

『エリクサー』の上位でありルファスをして大量生産が難しかった『アムリタ』に並ぶ治癒能力だ。

 

 

 

どうやら“彼”は女性だったらしい。

細い手足に白い肌が張り巡らされようやく彼女は人としての姿を取り戻した。

だがその瞳に意思はなかった。

 

 

 

他所でも問題になっていた生きる意思の欠如。

それがここでも立ちふさがる。

どれだけ優れた天法を用いようとそもそも本人が生きる事を望まなければ意味がない。

 

 

 

ミズガルズにおいて最も生存で大事なのは生きる意思なのである。

精神論でも何でもなくこれがなければ体内のマナが活性化せず生命力を発揮できないという確固たる真実がある。

 

 

しかし彼女は止まらない。

そんなこと百も承知だ。

諦めるつもりはない、主がそうであるように。

 

 

 

 

女の頭を優しく撫でながら彼女はゆっくりと抱擁し術を発動する。

何を見ようと決して臆さないと覚悟を決めて。

 

 

 

 

【ケバルライ】

 

 

 

精神操作の術である【ケバルライ】は万能を通り越し全能と称しても問題ない力だ。

しかし欠点が一つある。

対象の記憶を深く操作する場合、相手の記憶が情報として流れ込んでくるという点である。

 

 

 

無理もない話だ。

記憶を一冊の本と仮定し、その中身を推敲するのならば編集者はそこに何と書いてあるか判ってないといけないのだから。

今までこの欠点を欠点として認識していなかったのが女──ディーナである。

 

 

 

自分を女神と同一視していた頃の彼女はミズガルズに生きる全ての人間をただの役者としか思っていなかったのだ。

誰がどのような人生を送っていたとしてもそれはそういう設定であると流してしまっていた。

家族が死んだ? 魔神族に殺された?あぁ、それは可哀そうに。ソレが今までの彼女だった。

 

 

 

 

途端に流れ込む女が受けた仕打ちの数々。

手足をもがれ、丁寧に丹念に臓器を麻酔なしで切り取られる絶望。

魔物と番わされて出産させられた子を焼いて食わされた苦痛。

 

 

 

何日も何日も汚された事もある。

身体のあらゆる個所に尊厳を踏みにじる刺青を刻まれ、街の往来での公共道具にされたこともあった。

それでも決して彼女が死なない様に魔神族は細心の注意を払った。

 

 

 

心ない言葉と嘲笑が脳裏に浮かんでは消えていく。

一句一句が心を刻み、それは蘇った活力を元に黒い炎を灯す。

 

 

 

 

「アァァァァァァアアアアァァアアアア!!!!」

 

 

 

 

憎悪と悲哀の満ちた叫びをあげる女をディーナは抱きしめ続ける。

無限に流れ込む痛みを逃げずもせず全て受け止めながら。

余りに克明に刻まれた苦痛は幻肢痛の如くディーナにも流れ込み身体の各所が悲鳴を上げた。

 

 

 

しかし彼女は止まらない。

ルファス・マファールの配下として、何より一人のディーナとして。

女神が犯した罪と向き合わなくてはいけないのだ。

 

 

 

 

 

「大丈夫です」

 

 

 

 

【ケバルライ】

 

 

 

ゆっくりと酷すぎる記憶に検閲処理をかけていく。

こんなこと、覚えていてもいい事はない。

永遠に悪夢を見るくらいならば塗りつぶしてしまったほうがいい。

 

 

 

かつてない位に丁寧に神の御業を行使し一人の人間の人生に起きた悲劇を塗り消していく。

その過程で魔神族のやったことの全てを直視したディーナは微かに指先を震わせたが逃げることだけはしなかった。

 

 

必要なのは行動だ。

あの魔女の言葉を否定したいのならばただ違うと叫ぶだけでは駄目だ。

アリストテレスに勝つには今までの自分ではダメなのだ。

 

 

 

「大丈夫。もう終わったのです」

 

 

 

 

愛おしむ様に抱擁を続け、頭を撫でる。

母が子を抱きしめる様に彼女は愛を以て彼女の人生に起きた苦しみを拭う。

神の如き傲慢なのは百も承知、しかし自分に出来る事はコレだと彼女は信じていた。

 

 

 

 

 

【ケバルライ】

 

 

 

また一つ痛みを拭う。

こんな事しか出来ないけど、いまだにどうすればいいか完璧な答えなど判らない彼女の精いっぱいの努力だった。

 

 

自分と女神は違う。

しかし女神の行った所行の罪は全て自分のモノであると彼女は定義したのだ。

ミズガルズに蔓延る億千万の悲劇を見て見ぬふりはもう出来ない。

 

 

 

 

女が泣き続ける。

記憶が編集されても痛みは消えず、何故悲しいのかも判らない中でただ泣き続けた。

ディーナはただ微笑み続け、彼女をあやす。

 

 

「泣いていいのです。貴女は何も悪くないのですから」

 

 

 

ドン、ドンと理不尽を糾弾する様に女が胸を拳で叩くがディーナはされるがままだった。

ずっとずっと、彼女が満足するまで慈愛を向け続ける。

すると女は今まで張り詰めていた緊張の糸がほぐれたかの様に脱力し始める。

 

 

 

 

ほどなくして拳が力なく解かれ、ようやく彼女は全ての悪夢から解放されて夢へと堕ちていった。

もう何年も出来なかった何も恐れず怯えなくていい安眠をようやく彼女は手に入れたのだ。

 

 

 

「おやすみなさい。次の目覚めはよきものでありますように」

 

 

 

「もう二度と貴女が悪夢にうなされる事はありません」

 

 

 

最後にもう一度頭を撫でてやってからそっと横たわらせる。

金髪の女の姿がそれに合わせて変わっていく。

【イリュージョン】という幻覚を解いた彼女は蒼い髪を揺らし蒼い瞳でパルテノスを見た。

 

 

 

 

……念のために補足しておくと勿論これはルファスも同意の上の行動である。

十二の星で最もディーナを除けば女神に近くやり方を熟知しているパルテノス。

彼女であれば十三番目の星の存在を明かしてもよいと彼女は考えたのだ。

 

 

 

「貴女……いえ、貴女様は……」

 

 

 

そんな馬鹿なとパルテノスが思うのも無理はない。

だって彼女の主ルファス・マファールは明らかに女神に敵対する腹積もりだ。

なのにその配下に女神の分身がいるなんて普通はどう考えてもおかしいだろう。

 

 

 

聖域の乙女としてパルテノスは女神の風貌を良く知っている。

眼前のディーナは似通っている等という次元ではなく、正しく生き写しだった。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

主を探るために女神が潜らせたスパイかと一瞬だけ彼女が思うのも無理はない話。

故にパルテノスが手を翳し愛用の武器である丸太を引き寄せようとするがディーナはゆっくりと頭を横に振った。

その動作に全く何の敵意もなかった為パルテノスは戸惑ってしまった。

 

 

 

「パルテノス様。後でしっかり説明させてください。でも、今はその前に……」

 

 

 

二人の乙女が周囲を見渡す。

まだまだキリがない程に死と絶望に包まれた人々がそこにはいた。

かつて女神に仕えていた時には取るにも足りない者達と眼中にさえなかった絶望の数々。

 

 

 

乙女の脳内で見知らぬ男が吐き捨てる様が再生される。

結局、どうしてあそこまで彼が怒り狂っていたかは最後の最期まで“彼女”は判らなかった。

しかしパルテノスには理解できた。

 

 

 

きっと彼はコレを見て見ぬふりをし、全てが神の為だと思考停止していたのが我慢できなかったのだ。

神の名前さえ出せば何でも許されると思うなという至極当然の怒りをようやくパルテノスは知る事ができた。

 

 

 

故にパルテノスは全身に天力を循環させて一歩を踏み出す。

今の彼女を動かすのはプライドであった。

少し出遅れてしまったが天法において、いや……誰かを癒す技術において劣るなどあってはいけない。

 

 

 

「後でしっかり教えてください。貴方とルファス様が何を目指しているのかを」

 

 

 

 

勿論ですとディーナは答え、二人は己の戦場に身を投じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリストテレスが囁く。

兵器群という無機質な機構に魔女の感情の熱が加わった結果、彼らは一つのやり方を用いだした。

マナは記憶を記録できる。それ以外にも様々な情報を保存できる万能の媒体である事を前提として動く。

 

 

 

 

悪夢の再来をアリストテレスは囁いた。

 

 

 

『魔神王がやってくる』

 

 

 

『諸君を奪い返しに魔神王が来る』

 

 

 

 

ソドムより救助された者らの脳内に一つの声が響く。

その声を聴いた瞬間、例外なく彼らは喚きだし始めた。

失った手足を振り回し、泡を吹き、白目をむいて痙攣を開始。

 

 

 

治療にあたっていた天翼族たちが思わず息を呑むほどの狂乱だった。

一人や二人ではなく一斉に何百人も発作を起こしたかの様にのたうち回る光景は正しく地獄だった。

 

 

 

 

嫌だ嫌だ。

またあんな目に会うなんて絶対に嫌だ。

こんなことなら死んでおけばよかった。

 

 

 

「殺してくれ」

 

 

 

「もう嫌だ。戻りたくない」

 

 

 

「死なせてください。生きててもいい事なんて何も」

 

 

 

 

涙を流し何人もの人々が殺してくれと喚きだす。

そんなことはないと医師たちが必死に説得を行うが何の意味もない。

正しく地獄絵図としか言いようがないそのザマを魔女だけが憐憫と同情と憤怒を混ぜ合わせた瞳でみている。

 

 

 

彼らは知っているのだ。

理不尽に虐げられ苦しめられるのがどれほど辛いのか。

なまじ判っているからこそ完全に否定しきれない。

 

 

 

 

一度だけ瞑目する。

次に決定的な言葉をアリストテレスは告げる。

 

 

 

理不尽が跋扈するミズガルズにおいて堂々と。

誰もが思っていても貫けない夢物語を。

 

 

 

『何故、貴方が怯える必要がある?』

 

 

 

誰も何も悪い事はしていない。

ただ普通に生活していただけだ。

魔神族などという害獣をソレは踏みにじり汚しつくした。

 

 

 

誰がどう見ても悪いのは魔神族だ。

だというのに何故被害者が死を願わなくてはいけない?

逆だろう。死ぬのは何万年も人類を害し続けるゴミ共の方であるべきだ。

 

 

 

生存競争ならまだわかる。

種族としての覇権をかけて争っているのならばまだ受け入れられる。

しかし魔神族は明らかに人類を娯楽として殺している。

 

 

 

そんな殺人鬼の群れにどうして罪もない人々が怯えなくてはならない?

それは彼らが抵抗できない弱者だからだ。

 

 

 

しかし……。

 

 

 

『何故、貴方達が死を願わなくてはいけない?』

 

 

 

死ぬ必要などない。

そう力強く断言しても彼らの恐怖は消えない。

延々と拷問を受けて傷ついたのは肉体だけじゃないのだ。

 

 

 

暴力そのものとそれを振るわれる事への恐怖が彼らを縛り付けている。

兵器群は故にある干渉を行い始める。

 

 

 

“マナを媒介とした精神への干渉”

 

 

“脳内物質の部分的制御”

 

 

 

それはある研究によって作られた副産物。

マナと精神は密接な関係にあるのは既に明白。

強い意思、つまり凄まじいまでの脳の活性化が限界を超える鍵だというのは周知の事実だ。

 

 

 

残念なことに祭壇の所有権はルファスが持っている故に彼女やディーナが行う程の高精度の支配/操作は出来ないが、それでも大まかな方向性を操作する事は出来た。

具体的に言えば幸福ホルモンと呼ばれる物質を人為的に放出させ、絶望と諦観に染まった思考を解す程度には。

病んだ精神を治癒するための技術を用いてアリストテレスは彼らの心を動かす。

 

 

 

 

『報復するべきだ』

 

 

 

それは甘い誘惑だった。

もっと装飾の無い言葉でいうのならば復讐である。

しかしどうやってそれを果たすというのか。

 

 

 

相手はミズガルズに君臨する四強の一つ。

最後に残った一角である彼はそれに相応しい力を持ち、所詮はモブがいくら集まろうと傷もつけられない。

 

 

だが……それでも声は続ける。

既に理論は確立している。

本来の用途とは違うが、理屈の上ならば出来るのだから。

 

 

 

『諸君の味わった苦痛を魔神王も経験しなくてはならない』

 

 

 

あらゆる責め苦を受けた者達にとってそれは何とも甘い言葉だった。

それを想像するだけで生命力が湧き出る程に。

 

 

 

手足を切られた。

全身を焼かれた。

目を抉られた。

子/親を目の前で殺された。

動物と交配させられた。

腹を痛めて産んだ我が子を調理させられ、その肉を食わされた。

 

 

 

 

まだまだ、次々と出てくる。

あの痛みと絶望を魔神王が受ける……それは、何と甘美な響きなのだろうか。

精神を解された結果、人格と共に戻ってきたのは何処までも暗黒色の復讐心だった。

 

 

 

頷く。

もしも、それが出来るのならば。

本当にそんなことが出来るのならば。

 

 

 

 

魔神王オルムに死さえ超えた責め苦を与えてくれと誰もが望んだ。

 

 

 

 

“一致団結”

 

 

 

マナに深く刻まれた苦痛と絶望が情報として共有され、送信を開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マナ・キャンサーが記録に変換された記憶を受け取る。

そして龍は全身をマナで構築された魔神族の上位種ともいえる存在である。

つまり……。

 

 

 

『っッッ────!!!』

 

 

 

唐突に、何の脈絡もなく彼は苦痛を覚えた。

先ずは指が一本一本落とされていく苦痛。

爪と肉の間に熱した鉄の針を差し込まれる苦痛。

 

 

 

咄嗟に己の身体を見るが損傷はない。

そもそも龍の姿を取っている彼の指を落とすなど山よりも巨大な剣を持ってこなくてはならないだろう。

 

 

 

ハハハハハハはははは!!! 

 

 

ジジジジと砂嵐で乱された誰かの嘲笑が脳裏をよぎる。

知らない、こんな奴、知らないしあった事もない。

しかしこれは何処かで誰かが体験した事、いや、彼がやらせたことだった。

 

 

 

 

『……な、んだ……!!』

 

 

 

苦痛は続く。

身体中のマナが癌に置き換えられながら彼は死ねない。

そしてキャンサーは“一致団結”という繋がりから無限に苦痛の記録を受信しそれをオルムへと流し込んでいく。

 

 

恐怖。

憎悪。

苦痛。

絶望。

 

 

 

概念としては知っていた。

今まで世界中にそれを振りまいてきた。

しかし決して感じた事のないソレを彼は想起させられ戸惑う。

 

 

何だコレは。

何なのだ。

どうしてこんなに不安が止まらない。

 

 

 

 

『何が起きているっ!』

 

 

たまらず彼は叫んでいた。

 

 

歯を噛み締め悶える。

しかしそんな事で苦痛は消えない。

そして当然そんな隙を見せれば……。

 

 

 

 

『ぐぅぅう!!!』

 

 

 

 

吸血姫が彼の頭部を殴り飛ばす。

セト級のバフによって掌にマイクロブラックホールを宿されたソレは龍さえ圧倒する質量の暴力で月龍を殴り飛ばし、星系の外にまで吹き飛ばす。

冥王星を超えた地点にあるオールトの雲、その中の一つにある衛星に龍を叩きつければオルムは激痛に身悶えしその身体が小さくなっていく。

 

 

 

そして極点に座す女神は根源的な悪寒に襲われた。

生まれて初めてのソレに彼女は咄嗟に手を引く。

 

 

 

っ!!!??

 

 

 

本能だったのかもしれない。

人間が気持ち悪い虫を見た時に反射として手を引くように女神は脊髄反射で龍との接続を切断した。

マナ・キャンサーという概念を知らないが、何か嫌な予感がしたのだろう。

 

 

事実それは正しかった。

あとほんの微かでも接続を繋げていたら彼女にも転写が完了していたかもしれなかった。

 

 

 

 

ブツンと音を立てて女神との接続が途絶える。

既に十分な量の天力は奪い取った故に問題はない。

そして後は……お楽しみの時間だ。

 

 

 

 

龍がたまらず人の姿に変化し己の手足を見るがやはりそこには何の怪我などない。

しかし激痛は変わらず、不安は消えず、絶望は無尽蔵。

思わず片膝をつき荒い息を吐く。

 

 

 

 

そして絶望が返ってくる。

トンっと魔神王の前に再現体が着地し───彼女は嗤った。

 

 

 

ぐにゃぁと不気味かつ醜悪に。

ベネトナシュと同じ顔だというのに、明らかに違う誰かのソレ。

取り繕いのない純粋な悪意と報復心に満ちた残酷な笑い方だ。

 

 

勇者だったのならば許すという選択肢もあったかもしれない。

憎悪を乗り越える美しさを見せてくれたかもしれない。

しかし、生憎魔女たちはそんな優しさなどとうに捨てている。

 

 

万を超える人々を殺し、億を超える悲劇をばら撒いた魔神族の王よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前を苦しめてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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