ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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「相応しい存在に相応しい名前をつける事が出来た」




───プラン・アリストテレス。






アイゴケロスの“逃げる”! しかしルファスは言う事を聞かない!

 

 

不快だ。

 

 

 

覇王ルファス・マファールは眼前で戦意を滾らせているアバターを見てそう思っていた。

彼女も戦いは好きだ。思うがままに力を振るう時など血肉が湧きたつ。

 

 

 

レベル4200になったことでその面は更に顕著となり逃げ回る魔神族を殺すときにそういう感情を抱いた事もある。

しかし決してそれに飲まれない様に彼女は自制を続けてもいたのだ。

そういった狂奔に身を任せてしまえばそれこそ力だけある怪物になりかねないのだから。

 

 

 

 

『────────』

 

 

 

 

マナが揺れ、にやにやと笑う。

心から彼は楽しんでいるらしい。

本体が起きる事は叶わなくとも、例え微睡の最中に見た夢に過ぎないとしてもこれほどの娯楽はないだろう。

 

 

ルファスにはよくわかる。

この眼前の龍の化身、その大本たるヴァナヘイムの龍が何を思っているか。

きっと退屈だったのだろう。

 

 

 

龍という次元違いの力を持ちながら永遠と眠らされ、その力を振るう事も出来ない生涯が苦痛でしょうがなかったのだろう。

ルファスも少なからずその思考には同意できるところもある。

アリストテレス兵器群という差し迫った脅威が存在するせいで今はそんな暇はないが、自分の巨大極まりない力を持て余した事がないわけでもないのだ。

 

 

 

だがそんな事は今はどうでもいい話だ。

こんな古ぼけた存在よりも最新の脅威が台頭しつつあるのだから。

こいつらは判っているのだろうか、自分たちが【マナ・キャンサー】に感染しなかったのがどれほどの幸運なのか。

 

 

 

じっと執着とも呼べる粘性のある視線を受けつつもルファスの意識の大半はここにはない。

センサーとかした両翼は常に周囲のマナの状態を確認し続け、天力で強化された眼はじっと星系の外で繰り広げられる惨劇を捉えている。

あのおぞましい【マナ・キャンサー】が周囲に拡散を始めたらどのような手を使ってでも駆除すると彼女は決めていた。

 

 

 

 

『─────』

 

 

 

 

自分を見ようともしないルファスの態度が癪に障ったのだろう。

アバターは明らかに不機嫌とわかる動作で拳を握りしめ、掌に魔力を収束させる。

何回かルファスにあしらわれた結果、彼は元来もっていた優れた戦闘センスを発揮し攻め方を変えたようだ。

 

 

 

彼は再び覇王に飛びかかる。

二つの拳をしっかり顎の下で構えたその様は正しく歴戦の拳士の如く。

ほんの数分にも満たない戦闘時間の中で龍は恐ろしい速度で成長を続けている。

 

 

 

シュッと鋭利なパンチを繰り出す。

そして殴打と同時に魔力を発動させ、一点に集中させた破壊をルファスへと叩き込む。

ドォンと空間が震え発生した衝撃が彼女の背後に突き抜けていく。

 

 

 

凄まじい破壊力だった。

無尽蔵の加護による補正が上乗せされたソレはまともに受ければカルキノスでも怯むかもしれない程だ。

 

 

 

だが、それでも覇王の前には何の意味もなかった。

ルファスは鬱陶しそうに手を払う。

目の前をハエが飛んでいてそれを振り払う様な日常動作の様に。

 

 

 

 

パンという軽い音と共にアバターの両腕がはじけ飛んだ。

あれだけ膨大な天力を循環させて形作っていたというのに勝負にもならない。

ルファスが一瞬だけ呆然とした姿を晒す龍の化身に目をやる。

 

 

 

深紅の瞳は冷え切っておりアバターとその奥に存在する全ての龍に何の興味もないのがありありと見て取れる。

言葉にこそしないが彼女は雄弁にこう語っていた。

 

 

 

さながらかつての師の如く。

彼女は己に敵対する全てにこの瞳を向ける。

 

 

 

 

“お前など無価値だ”

 

 

 

強いや弱いという領域の話ではない。

そもそもの土俵が違う。

彼女の目的は女神であり、龍などどうあっても所詮はその下僕でしかない。

 

 

 

アロヴィナスという極点を狙う反逆者の前では龍も有象無象に過ぎないのだ。

 

 

 

 

 

『──────』

 

 

 

龍の意識が息を呑む。

戦いを求める彼の本能が一瞬で悟る。

この存在と自分では戦いという概念は成立しないのだと。

 

 

 

あれだけ滾っていた心が急速に冷えていく。

もしかしたら、今、己はとんでもない失敗をしたのではないかとさえ思う。

真っ赤な瞳はじっと瞬きせずにアバターを、そしてその奥でみている龍を見つめ返していた。

 

 

 

蒼と紅。

色こそ正反対なれど感じる圧はさながら彼らの主の如く。

 

 

 

無意識にマナで構築された人型は後ずさる。

ミシ、ミシと体の各所にヒビが走り始め、マナが霧散を開始する。

ありえない、俺はまだ戦えると何度叫ぼうともう遅い。

 

 

 

彼は、日龍は認めてしまったのだから。

マナが精神活動に深く影響を受ける概念である以上、己の敗北を認めてしまえばこうなる。

 

 

これ以上やっても無駄だ、どうあっても勝てないと思ったのだ。

純粋なマナで構築された人型は風の前の砂の様に崩れ去るのみ。

 

 

 

駄目押しとばかりに覇王が【威圧】を放つ。

あらゆる弱者に抵抗さえ許さず心をへし折る圧倒的な力の波動。

これを凌ぐには特別な防御アイテムを装備するか、はたまたルファスの放つソレよりも強固な精神構造をしている必要がある。

 

 

 

 

そのどれも龍には何もなかった。

故に結果は当たり前のものとなる。

不可視の圧に触れた瞬間、あれだけいたアバターたちは跡形もなく散らされてしまう。

 

 

 

一瞬の後に残るのは静寂のみ。

戦いというほどの戦いも起きなかった。

覇王はもはや龍でも止められない、その事実が証明されただけだ。

 

 

 

 

 

ルファスが手を翳す。

周囲に飛び散ったマナや“力”の残照をかき集め吟味する。

その中にある延々と流し込まれていた女神の力を観測し、それのみを更に己の力で圧縮していく。

 

 

 

 

ルファス・マファールはマナを果実の姿に加工できるが、実際はそれ以外の形にも出来る。

あくまでも果実にするのは他者に摂取させるために最も適した形態だというのと、最もその形に加工するのが楽なだけだ。

簡単に言えば黄金の果実は基礎であり、その技術を基軸に他の姿にだって出来る。

 

 

 

例えばそう……最近アリストテレス兵器群が開発したアロヴィタイトでさえ。

彼女に足りなかったのはまたもや発想だ。

マナ/魔力/天力を更にろ過し純粋な女神の力を取り出すという発想が思い浮かばなかっただけだ。

 

 

 

カラン、コロン。

掌の中に生成されたのは本当に小さな小石程度の蒼白い結晶。

女神アロヴィナスの持つ神の奇跡を三次元へと落とし込んだ冒涜の一品。

 

 

 

エル級やセト級を製造する際の根幹技術。

これがどれほどの性能を齎すかはあの二機を見れば明らかだ。

時間は兵器群に味方しており、放置すれば更に想像を絶する品が出てくるかもしれない。

 

 

 

 

アルケミストとしてのルファスはこれが如何に凄まじい品かよくわかる。

純粋な神の欠片なのだ、コレを用いれば何だって叶うだろう。

レベル限界を超えたゴーレムを作る事や、彼女の持つ神剣を超越した武具の鋳造だって不可能じゃない。

 

 

 

 

何だって出来る。

それこそルファスをして少数の生産しか出来なかった【アムリタ】を増産する事さえ。

レベル限界をこじ開け、全人類を限界のその先、ルファスの座す域に導く事も夢ではなくなる。

 

 

 

……今ミザールと共に作り上げようとしているゴーレムに導入すればとてつもない飛躍を齎すのは間違いない。

 

 

 

そうなればもはやアリストテレス兵器群も敵ではなくなる。

使える物は何だって使うのがルファスだ。

 

 

 

 

勿論彼女はこれを────霧散させた。

アルケミストとしての初歩の初歩の教え。手に負えないモノには手を出さない。

ルファスをしてコレは今の自分には制御できないと判断した結果だ。

 

 

同時にアリストテレスの後追いをしても意味がないという冷静な考えもそこにはあった。

 

 

 

それに恐らくミザールは断じて認めないだろう。

あの芸術家はアリストテレスの後追いなどプライドが断じて認めない。

だからこそルファスは彼を信頼しているのだ。

 

 

 

そして彼女は見落とした。

確かにかつての彼はそうであったが、少しずつ変わりつつある彼を。

女神に精神を捻じ曲げられ、アリストテレスに抱擁されたドワーフを彼女はまだ見ていない。

 

 

 

 

 

ふぅと息を吐く。

遠くから放たれる嗜虐に満ちた気配はいまだ衰えず。

魔神王も健在らしい。いや、死なせてもらえないというべきか。

 

 

 

 

 

────どうする?

 

 

 

 

ルファスは逡巡する。この場にやってきた目標を再整理。

先の獅子王レオンの際は元から目をつけていたというのもあり無理やりに割って入ったが、今度は魔神王だ。

まさか先の様な己の配下にするなどと言うお題目をつかえるわけもない。

 

 

 

 

魔神族は過去数百年に渡り数えきれない程の犠牲者を産み出してきた。

近代ではアリストテレスの技術によって部分的に無力化され始めてはいるが、それでも脅威としては変わらない。

彼が死んで喜ぶ者は多々いるが悲しむ者は誰もいない。

 

 

 

 

仮にここであれが何とか場を切り抜けたとしても魔神王オルムもまたいずれ滅ぼさなくてはならない存在ではある。

だが……今はそんな事はどうでもいい程の脅威について知る必要があった。

【マナ・キャンサー】と呼ばれる存在の特異性はいまだ未知数であり、本能はひたすら関わるなと叫び続けている。

 

 

 

故にルファスは直ぐには戦いに割って入る事こそしないが遠目から観測を続ける。

この世にはレベル云々を超えた脅威が存在する事を彼女ほど身近でみていた人物はいないのだから。

 

 

 

 

「来たれ我が星、アイゴケロスよ」

 

 

 

 

同時に此度も最も十二星天の中でマナに詳しい存在である魔王アイゴケロスを招集。

此度のソドム攻略にも参加していたのもあり丁度良かった。

魔王として狂気的な側面を持つのが玉に瑕だが、それでもマナに対する知見はとてつもなく深い。

 

 

 

 

しかし今の彼は妙であった。

本来であれば以前の様にルファスの招集命令に嬉々としてはせ参じ、我こそルファス・マファールの最高の忠臣であると宣言するというのに。

今しがた【エクスゲート】の中より現れた地獄の魔王の様子は、筆舌に尽くしがたい。

 

 

 

まるで本物の草食動物がそうするかのように何かに怯えているのは明白だった。

天上天下においてルファスの前に膝を屈し彼女のみを恐れ敬う彼が、魔王がだ。

これは余りに異常な事態である。

 

 

 

 

元より白かった老紳士としての人間の顔はもはや全ての色素が抜け落ちたかの様に白い。

青ざめた、という表現では全く足りない位に彼は蒼白になっている。

 

 

 

 

「ルファス様……今すぐの撤退を進言します」

 

 

 

 

彼の口から出たのはまたもやありえない言葉。

たとえ相手が龍であろうと絶対の自信を崩さない彼が、魔王アイゴケロスが逃げるという選択肢を平然と取る異常事態。

ルファスは沈黙を以て続きを促す。

 

 

 

「アレと関わってはなりません。

 ……戦いとなれば貴女様の勝利は確実、しかしあのおぞましき者と関わった時点で不利益しかありませぬ」

 

 

 

 

覇王の鋭い視線を向けられ山羊は肩を震わせる。

間違いなく恐怖を感じている動作であったが彼が怯えているのは果たしてどちらにか。

 

 

 

「余に退けと?」

 

 

 

「っ……」

 

 

 

 

覇王の淡々とした言葉にアイゴケロスの震えは大きくなる。

天上天下においてルファスこそが至高の存在だと宣言していた彼にとって今の己の態度は叛逆だと思われてもおかしくないと自覚している。

自分の主の無敵性を信じ切れない時点でそれは裏切りである、魔物の価値観ではそうなるのだから。

 

 

 

 

しかし。

ルファスは次に柔らかく微笑む。

彼女は心から思った事を言った。

 

 

 

彼女は覇王ではあるが決して暴虐の王にならないように心がけている。

かつて女神の打倒を目指したアリストテレスが怪物に堕ちかけていたのを反面教師としているのだ。

アイゴケロスは問題も多い存在だが、それでも彼の忠節は本物だとルファスは知っている。

 

 

 

「其方の忠言、余は嬉しく思うぞ」

 

 

 

魔王が息を呑む。

己であるのならば怒り狂う場面だったはずだ。

しかし、こんな自分にさえ微笑んでくれるなど。

 

 

 

かつて彼はルファスの圧倒的な力に、魔物としての強大さに膝を屈した。

しかしいま胸中を渦巻く感情は一体何なのだろうか。

 

 

 

 

「其方の判断は正しい。全てが未知数の存在に情報もなく飛びかかるのは野獣と何ら変わらん」

 

 

 

「余はただ首を縦に振るだけの人形に囲まれたい訳ではない。

 故に例え不都合な事実であっても述べてくれた其方に感動を覚えている」

 

 

 

 

覇王としての彼女への畏怖は一つの問題を起こし始めている。

誰もが彼女に都合のいい情報しか渡さなくなるという問題を。

下手な事を伝えてレベル4200の怪物の不興を買うなど誰も望まないのだ。

 

 

そんな中、たとえどれだけ悪い知らせでも本当の事を言ってくれる配下の何と貴重なことか。

 

 

 

「しかし余は背を向ける事だけは出来ん。それだけは決して、な」

 

 

 

プランが置いて行ってしまった怪物という意味では彼女と兵器群は似た者同士だ。

そしてかの魔女もまたルファスが辿っていたかもしれない可能性の権化。

故に逃げるわけにはいかない。

 

 

 

 

オォォォォォと慟哭を上げて魔王は膝を折る。

両手を握り合わせ祈る様に彼はルファスを見上げた。

何と優しい御方か、この方は強さだけではなく自分の如き者の心さえくみ取ってくれる。

 

 

 

だからこそ彼は続けた。

 

 

 

「あれは関わってはならないモノ! どうかご自愛くださいませ!!」

 

 

 

ヘルヘイムという超高濃度のマナ世界で生きて来た彼にとってマナというのは最も身近にあるものだった。

やろうと思えばミズガルズ中のマナを収奪できるほどに強く結びついた彼だからこそ判る。

 

 

 

アレはマナであってマナではない。全く別の、マナという名前をしただけの別物。

そしてアレには意思が宿っており、自分たちを蝕む悪意そのものだと。

【マナ・キャンサー】はその名の通り女神世界全てを侵食する癌であると誰よりも早く本質に気付いてしまった。

 

 

 

もしもルファスの配下でなければアレの存在を知った時点で即座に彼はミズガルズを破壊しただろう。

それほどまでに彼はマナ・キャンサーを警戒していた。

 

 

 

何よりアレもまたアリストテレスの作品だというのがその認識を補強する。

この世の全てを自身の実験台としか思っていないあの瞳はいまだに魔王の脳裏に焼き付いている。

魔物の獣性を帯びた狂気とも違う、冷徹で鋭利な人の悪意のいたましさを彼は身に染みて判っているのだ。

 

 

 

だから彼は深く深く、これ以上ない程に頭を下げて懇願した。

主が負けるなどありえないと理解はしているが、胸騒ぎがしてならないのだ。

 

 

 

「我はアレを作り上げた男を知っているのです! アリストテレスという怪物を!!」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

配下の言葉にルファスが目線だけをそちらに向ける。

初耳となる情報に彼女は興味を抱いたようだった。

主の些細な変化、それこそカルキノスやアリエス程に近しい者でなければ気づかないソレにアイゴケロスは気づけない。

 

 

 

ただ無言で続けろと述べるルファスにアイゴケロスは己の生涯において最大の汚点/恥辱を開帳する。

本来ならば死んでも明かすつもりもない敗北の忌々しい記憶を。

 

 

 

 

「かつて我は奴と相まみえ、屈辱を味わった! しかし、そんな事はどうでもいい!!」

 

 

 

 

蒼い瞳。

無機質な顔。

己の中に何十人もの一族を内包した怪物。

 

 

魔王を見下し嘲笑う人の業の集大成。

彼らがアイゴケロスに刻んだ傷はいまだ癒えていない。

特にこのように世界に奴らの名前が溢れかえっていては忘れたくても忘れられない。

 

 

 

 

“我々を父と呼んでいいのだよ?”

 

 

 

 

「主は奴のおぞましさを知らないのですっ……アレは関わるだけ不幸になる!」

 

 

 

 

「だろうな」

 

 

 

 

ルファスは瞼を閉じて頭を振る。

自分とアリストテレスの関係を彼女は決して他言しないと決めている。

事実を知っているのはカルキノスとアリエスのみ。

 

 

 

アステリオスから先の面々はルファスとプラン・アリストテレスの事は知らない。

そう、ディーナでさえ。

何処に耳があるか判らない以上、その関係性から遡って母にたどり着かれる可能性を常に彼女は考慮していた。

 

 

 

しかし胸中で一つだけ彼女は訂正する。

自分は不幸になったのではない、自分が彼を不幸にし死に追いやったのだと。

 

 

 

 

彼女は遠くを見る。

同時に頭の中に蓄えていたあらゆる癌とマナに関する知識を引っ張り出していく。

 

 

 

瞬きをし星系の外を彼女の瞳は捉える。

 

 

 

そこで行われていた光景はやはりというべきか、珍しくもない事だった。

被害者と加害者、その二人が揃えばこうなるのは当たり前である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦痛。

この世に産まれて万を超える年月を経た月龍を満たすのはそれだけだった。

蒼い瞳が彼をじっと見つめている。

 

 

 

吸血姫再現体は決してベネトナシュがしない顔をしていた。

彼女は恭しく、わざとらしく、あえて精神を逆撫でするような仕草で頭を下げて判り切った事を聞く。

余りに深く接続された“一致団結”はもはや融合の域に至り始めている。

 

 

 

「魔神王陛下。此度はお楽しみ頂けていますかな?」

 

 

 

歪んだ三日月を描くソレの中にあるのは狂おしい程の喜悦だ。

この奥に誰かがおりそれが自分に対してあらん限りの悪意をぶつけてきているのは明白だった。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

どうでもいいと態度で返す。

余りに小さな標的である再現体とセト級を倒す為に龍から人の姿に戻った彼はあらん限りのバフをかけて拳を振るう。

 

 

 

天力を想起する。

存在するモノを補強する力を癌に侵された身で。

 

 

 

「ぐっ!!」

 

 

 

ミシっと体内でマナが活性化するたびに呼応する様にガンが活性化していく。

苦痛に耐えながら放つ拳など何も怖くないと言わんばかりに再現体はあえてソレを額で受ける。

ドォンと真空の中であっても空間が揺れる程の衝撃が発生するが吸血姫は吹き飛ばない。

 

 

 

 

少しだけ仰け反った頭がグググとオルムの一撃を押し戻していく。

恐ろしいまでの頑強さ、明らかにオリジナルよりもこの再現体は強固な肉体をもっていた。

荒い息を吐きながらオルムは瞳を細める。

 

 

 

この感覚、人を殴ったというよりも───。

 

 

 

 

「何てことはありませぬ。ただの金属ですじゃ」

 

 

 

 

魔神王の拳を受けた個所が黒く変色している。

痣ではない。皮膚そのものが硬質化していた。

 

 

 

ガシっとオルムの腕を細い指が掴む。

ぐいっと見せびらかす様に再現体が歯を剥きだしにしながら額を魔神王に近づけた。

 

 

 

 

「アルケミストにとって強いゴーレムとはとにかく巨大なモノだと思われておる」

 

 

 

まるで講義するように、己の力を見せびらかす様に。

ベネトナシュの姿をした誰かは高揚と共に続けていく。

楽しくてたまらないようだった。

 

 

 

こんなはずではなかった。

しかしいざ実物を目の前にすると……箍が外れそうになる。

 

 

 

 

「まぁ……気持ちは判るじゃろ? 質量というものはそれだけで圧倒的な力を産む」

 

 

 

大きければ多才な武装を仕込める。

大きければそれだけ耐久力も上がる。

普通に考えればいい事尽くしだ。

 

 

 

 

この世で最も巨大な存在である月龍に笑いかける。

 

 

 

「だがアリストテレス卿は違う。かの御方はむしろ極小のゴーレムを目指された」

 

 

 

ただ小さくするといってもその領域は想像を絶する。

砂粒など比較にもならず、物質を構築する粒子と同じかそれ以下まで小型化。

 

 

 

それでいて思考は維持し連携して行動させる。

簡単に言えばアリストテレスは思考する原子を作ったといえる。

それらは筋肉や臓器と密接に絡み合い、こういった外部からの衝撃に対して独自に適応/変形する。

 

 

それだけではない。

常にゴーレムたちによって脳は活性化し臓器は健康を定義され、あらゆる病は駆逐される。

理想郷の下準備はそうやって施されていく。

 

 

 

 

ナノ・ゴーレム技術。

アリストテレスが発想し兵器群が開発を引き継ぎ魔女が仕上げた技術の名はそういった。

再現体に仕込まれたソレは試作品であるがいずれ全人類にこれは配布される予定だ。

 

 

 

ゴーレムを経由し精神に干渉する事で人類全てにアリストテレスの(ネット)が覆いかぶさるのだ。

それらは女神の宇宙の中にもう一つの閉じた世界(インターネット)を形成する。

そうなれば後はもう計画は最終段階であり、極点の落日は間近である。

 

 

ゴーレム達は吸血姫のレベル限界突破を果たした異次元の身体能力を補助しその戦闘能力を何倍にも引き上げていく。

もちろんこれらにも“一致団結”は適応されており演算能力の補強も同時に行われていた。

 

 

 

魔王の因子とナノ・ゴーレム。

それらがベネトナシュという最高級の素体に混ぜ込まれこの再現体は完成した。

正に芸術、正に傑作。優れているという意味ではもはやこちらこそが本物の吸血姫である。

 

 

 

 

 

またもや鈍痛が魔神王の頭を揺らす。

ギコギコと見えない鋸が彼の手足を切り落とす。

何処かの魔神族が誰かにやった所行、それを彼はたっぷり味わい続ける。

 

 

 

 

 

視界に映るのはゲラゲラ笑う魔神族。

こんな弱い個体彼は知らない。

魔神族のやったことなど彼は知らないし見てもいなかった。

 

 

 

 

 

「が、はっ……!」

 

 

 

オルムの腹部に深々と再現体の拳がめり込む。

真っ黒に変色したソレは金属に変貌している。

肋骨が何本も折れ、臓器がひっくり返り潰れる。

 

 

 

息も出来ず悶えるオルムの耳元で魔女は嘲りを隠しもせず囁いた。

 

 

 

「古き存在よ、もうお前の時代は終わりとなる」

 

 

 

「これからはアリストテレスが未来を約束してくれる」

 

 

 

 

 

直ぐには修復されない様に更に奥深くに拳を抉り込む様に押し込んでから真っ黒な魔王の炎を内部に置いておく。

 

 

 

 

【デネブ・アルゲティ】

 

 

 

 

 

苦しめ苦しめ苦しめ。

魔王の炎は憎悪と悪意によく馴染み、平時を超える出力を叩きだす。

 

 

 

「ぐおおおおおおおお!!! ああ゛゛あぁぁぁあ゛!!!」

 

 

 

ブチ、ブチと横隔膜が壊れていく感触を再現体を経由し魔女たちは楽しんだ。

臓器が直火に炙られ、たまらずオルムが脂汗を流し悶え狂いながら逃げようとするのを再現体は圧倒的な腕力で抑え込み、それを彼女たちは喜んだ。

 

 

 

 

 

“達”だ。

 

 

 

 

ソドムの一室。

重病患者たちが寝かされたそこでは誰もが嗤っている。

意識もない筈だというのに心から楽しそうににやにやと。

 

 

 

彼らを虐げていた魔神族たちが浮かべていた様なソレを誰もが浮かべている。

身を蝕む苦痛と絶望を想起しつつ、それを魔神王が受けているという最高のショーを彼らは心から楽しんでいる。

報復心が満たされた事により彼らに生命力が戻りつつあった。

 

 

 

 

 

拳を引き抜く。

オルムの腹部にはぽっかりと大穴が開いていた。

患部には黒い炎が灯され修復を阻害し続ける。

 

 

 

 

引き抜かれた拳からボタボタと血が垂れる。

猫のような仕草で再現体はそれを舐めとりもう一度オルムに接近。

手刀が瞬き右の角が切り落とされ、それを掴んだ再現体は男の肩に深々と突き刺し左右に抉る。

 

 

 

 

「ぐぅっ、がぁぁ、ぎ、あぁぁ……!」

 

 

 

ふむ、と再現体は頷く。

背後で待機していたセト級に指示を出す。

巨大な右腕を開けばそこに小型のブラックホールが複数生成されそれらは紫電を纏いながら融合していく。

 

 

 

むき出しになった特異点の“解”を操作し都合のよい状態へと落とし込んでいく。

時空そのものを蝕み破壊する重力の暴風はこれによってその威力で余計な破壊を産むことはない。

 

 

 

【グラビトロン・クラスター】

 

 

 

これはこの後にオルムで行う実験でもしも彼が暴走した際、跡形もなく消し去る為の保険だった。

ハァァァァと深い息を吐いた後、再現体を動かす意思は高揚しすぎた頭を冷やしながら言う。

 

 

 

「お前さんの事なぞどうでもよかったはずなのだが」

 

 

 

「あたしは知っているのさ。

お前なんて所詮は代理人。お優しくてご立派な女神さまが手を汚さないための道具だと」

 

 

 

オルムはただ苦痛に耐えながら睨みつけるだけだ。

それがこの偉大な女神の御使いにできた唯一の事である。

 

 

正直言って拷問の計画は幾らでも湧いてくる。

手足を切断するなど序の口、この惨めなトカゲをどう調理するかというお題はとても興味深いが、やり過ぎもよくない。

 

 

 

しかし、しかし───。

 

 

 

 

頭部を切断され、夫婦でまるで団子の様に串刺しにされて晒されていた我が子の姿が脳裏を焼く。

腹から引きずり出され、ひき肉にされていた孫に「ゴミ」と落書きされていた事を彼女は決して許さない。

 

 

 

 

「お前の苦しむ姿を見ていると……楽しくて仕方ないわ!」

 

 

 

魔女の悪意が一つ次元を更新する。

上手くいけば貴重な情報を収集できると言い訳し彼女はオルムに手を翳す。

何の天力や魔力の宿らない掌だった。

 

 

 

活性化命令。

stage3Aへと移行。

 

 

 

「……?」

 

 

 

疑問は一瞬、回答は絶望と共に。

 

 

ゴボゴボと泡を立てて彼の身体に不気味な腫瘍が浮かび出す───。

 

 

 

 

 

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