ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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「大丈夫。貴女ならきっと出来るわ」



───ポルクス、勇者ナナコを送り出しながら。










オルムの“メタモルフォーゼ”!

 

 

視界が真っ赤に染まるとはこういうことを言うのか。

吸血姫再現体を“一致団結”で動かしながら魔女メリディアナは湧き上がる感情を全霊で抑え込んでいた。

恥知らずの裏切り者、詐欺師、愚鈍、想像を絶する屑、胸中に浮かぶ言葉は無数の罵詈雑言だ。

 

 

 

 

それは彼女だけの感情ではない。

彼女と同じく“一致団結”を行っているメリディアナの同士のソレも含まれている。

魔女の仲間である彼らもまたこの世界を弄ぶ黒幕と脚本の存在を認知しており、ポルクスを嫌悪していた。

 

 

 

それにつられてソドムから繋がれている者達の思考も煮込まれていく。

中核である魔女が放つ憎悪は本人さえ制御できずに団結した面々を染め上げ始めた。

 

 

 

大勢の者が同じことを願うたびに出力が上がっていくのが“一致団結”である。

普段は戦意の高揚などに用いられるソレの負の側面が出てしまっていた。

大勢の者が同じ人物に嫌悪と憎悪を抱けばそれは互いに干渉し合い膨らんでいく。

 

 

 

悪感情が蟲毒の様に増幅し合い暴れ回り出す。

それは夢現に微睡みながら魔神王に己の悲劇を追体験させていた者達さえ巻き込んで急速に。

魔女は己を突き動かさんとする衝動を必死に抑え込んだ。

 

 

 

 

自分のモノだけではない。

それこそ何千人分にも値する破壊衝動を律さなくてはルファスが飛んできてしまう故に。

 

 

 

 

全人類を何万年も騙し続けている女が目の前に居る。

しかもそいつは魔神王と共謀し常に自分は高みに立ち決して汚れることなく他者に出血を強い続けている。

 

 

 

しかしそれは彼女の強固な精神力と培った忍耐力のお蔭で今のところは表に漏れてはいなかった。

ポルクスはそんな内心を知ってか知らずか踊る様に、無垢な少女の如く振舞う。

まるで何も知らない愚鈍な小娘の如く彼女は心から楽しそうに己の“役割”を演じてみせる。

 

 

 

「人の子よ、よくやりました。偉大なる女神アロヴィナス様もお喜びになるでしょう」

 

 

 

 

「神話に名高き妖精姫様にそのようなお言葉を頂けるとは光栄ですなァ」

 

 

 

 

ニコニコと笑う妖精姫とニコニコと嗤う再現体。

背景にはもはや肉塊と化しつつある魔神王。

余りに異質な光景であるが二人の心は寒々としていた。

 

 

 

マイナス270度の宇宙よりも凍えた空気がここにはある。

 

 

 

大前提としてメリディアナはポルクスの目的を察しつつあった。

誰よりも自分が弱者であると自覚しているであろう妖精姫がこんな星系の果てにまで来るなど普通ならばあり得ないのだから。

 

 

 

……こいつは自分を挑発しているな? 

その上で遠くからこの状況を注視しているであろうルファスが介入するきっかけを作ろうとしているのだろう。

 

 

いい度胸ではないか。

本当にふざけた話だ、そんなに殺されたいのか?

 

 

 

何ともまぁ、可愛らしい発想だ。

この()()()がそんなモノに乗るとでも思っているのだろうか?

 

 

 

 

─────。

 

 

 

気を抜けばすぐに勝手に動きだしそうになる指を抑える為に彼女は再現体に拳を作らせるのだった。

手鏡を取り出して己のこの顔を確認したくてしょうがない。

間違っていても青筋など浮かべていないかチェックしないと。

 

 

 

 

 

メリディアナは決してポルクスの顔をまともに見れない。

幾らアルカイックスマイルで誤魔化そうとしても限度というものがある。

ポルクスは何も知らない無垢な姫の如き笑顔を張り付けてカツカツと這いつくばったオルムの近くまで進むと彼を見下ろす。

 

 

にっこりと慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。

こんな場には相応しくない可憐な笑顔だった。

 

 

私こそが光の妖精姫。

私こそが正義。

私こそがミズガルズの正義の象徴であると徹底的に振舞う。

 

 

 

背後から背中に突き刺さる視線は痛くて仕方ないがそんな事はおくびにも出さない。

さすがは十二星天の中でも最年長と言うべきか、彼女はこういった駆け引きは得意な部類だった。

 

 

 

 

「魔神王オルム。貴方は私の対として闇を率い多くの命を奪ってきました」

 

 

 

「しかし、何と言う事でしょうか! この新しき勇者は悪しき貴方を罰したのです!!」

 

 

 

“勇者”という単語を一際大きく強調してやるのも忘れない。

 

 

大げさな動作で振り返る。

瞬き一つせず再現体はポルクスの胸元あたりを凝視していた。

彼女は何も言わない。いうつもりもない。

 

 

いや、言えないというべきか。

如何にメリディアナが兵器群の代表という立ち位置をもっていてもポルクスは神話から伝わる人類の守護者の一人だ。

どれだけ不本意で茶番だったとしても彼女が積み上げてきた実績と影響力は王になったばかりのルファスさえ超える。

 

 

 

いまだ世界の多くの人々は信じているのだ。

ポルクスこそ数多くの勇者に手を貸し人類の窮地を救ってくれた女神の遣いだと。

 

 

 

十二星天において単純な戦闘能力では最弱のポルクス。

彼女の強みはアルゴナウタイという最強の能力だけ。

それだけだと見下していた妖精姫に魔女はまんまとしてやられた。

 

 

 

(…………)

 

 

 

無心。

ポルクスは痛い程に向けられる害意と殺意を理解しながらも止まるつもりはない。

いまこの瞬間だけ、彼女は己の罪を忘れて恥知らずとして動く。

 

 

 

彼女はオルムを見下ろす。

完全に敗北し後は人類に報復されるだけとなった哀れな女神の遣いを。

彼は平時の感情の宿らない瞳ではなく、何か別種のモノを湛えた瞳でポルクスを見上げている。

 

 

 

 

(酷い)

 

 

 

改めてオルムを見て出た感想はそれだ。

角は折れ、片腕は異形に変化し、腹部には大穴が開いている。

その上でソドムの人々が受けた苦痛を延々と浴びせ続けられる。

 

 

 

 

人なら……いや、レベル1000の存在であっても死は免れない凄惨な状態だ。

しかし彼は死ねない。死なせてなどもらえない。

全身に淀んだ何かが転移しそれは彼を生かさず殺さずの絶妙な域で存続させている。

 

 

 

 

もちろん苦しめる為に。

魔神族に嬲られていた人々にとって死ぬ事は解放と同義であり救いのようなものだった。

つまり魔神王にはもっとも程遠い概念である。

 

 

 

 

これら全てを当然の報いの一言で片づけられればどれだけ良かったか。

兄を除けば最も長い付き合いである男のそんなザマをそんな簡単に切り捨てられないからかつてのポルクスは苦しんでしまった。

 

 

 

妖精姫はあえて判っていて逆鱗を踏み抜く。

その先に自分の死があるかもしれないが、それでもなお。

 

 

 

 

(ごめんなさい)

 

 

 

果たしてそれは誰への謝罪だったか。

目の前で死にかけている古き友人か、もしくは今まで死なせてきた人々か。

はたまた背後に佇む犠牲者の内の誰かに対してか。

 

 

 

 

「魔神王よ。女神アロヴィナス様の美しき世界に仇なす不浄な悪である貴方に慈悲を与えましょう」

 

 

 

とんでもない茶番劇だということ位は判っている。

ポルクスが見つめるオルムの瞳は揺れに揺れている。

そこにあるのは困惑と……逃げろという言葉。

 

 

 

きっと彼には自分の背後に立っている吸血姫再現体がどんな顔をしているか映っているのだろう。

そして次にこれを自分が口にした瞬間、己は首を飛ばされるかもしれないとポルクスは思った。

だがそれでも構わなかった。彼女たちにはその権利があるのだから。

 

 

 

主と兄には悪いが、ポルクスはここで死ぬ覚悟さえ決めていた。

死にたくはないが殺される理由は己には多々ある。

 

 

 

「慈悲です。女神さまに許しを請い、この愛に溢れるミズガルズを賛美してから果てる事を許しましょう」

 

 

 

 

 

「──────」

 

 

 

 

 

ポルクスの背後でミシミシと空間が物理的に軋んでいく。

表面上は無表情な再現体であったがその中で何が蠢いているかは想像に容易い。

しかしさすがは魔女メリディアナというべきか、その手には乗らない。

 

 

 

 

彼女は全力で、全霊で、あらゆる全てを総動員して。

“一致団結”を経由し流れ込み増幅し続ける殺意を制御していた。

本来ならばこんな不具合はなかったはずだったというのに。

 

 

基本的に出力を上げる事を目的とする一致団結においてその総意を下げる方式は存在しない。

言わばこれはシステムの穴であった。

わざわざ弱体化する方法を考える必要などないとアリストテレスと魔女は思っていたが、どうやらそれは間違いらしい。

 

 

ブレーキはどんな機構にも必要だ。

それを彼女たちは学ぶことが出来た。

今はもう遅いが。

 

 

抱いてはいけない殺意が増幅に増幅を重ね、それは渦を巻いている。

ポルクスの言葉は一つ一つが丁寧に彼女たちの逆鱗を踏み抜き、これでもかと言わんばかりの憤怒を育む。

しかしメリディアナの強靭な忍耐力によって再現体が暴走する事はない。

 

 

 

 

だが如何に彼女と言えど抑える事は出来ても殺意を減少させることは出来ない。

彼女の中にもソレがある故に消す事など出来はしないのだ。

無限に内圧が高まり続ける風船、それが今の彼女たちだった。

 

 

 

 

だからこうなってしまったのは当然だったかもしれない。

出口がない想念は狂乱と共に圧力を高め続け───出口を見つけた。

 

 

 

 

 

ギョロギョロと蠢いていたオルムの右肩の瞳。

先ほどマナ・キャンサーを制御するために行った“一致団結”を利用しそちらに感情が流れていく。

 

 

魔女がまずいと思った時にはもう遅かった。

 

 

目が見開かれる。

唐突に挿入された膨大な殺意の前に暫しそれはフリーズした。

 

 

 

 

処理中……処理中……処理中。

 

 

 

 

 

───マナは感情に強く反応する概念だ。

 

 

 

 

一人の念でさえ魔法の威力が上下する程の影響力を持つ。

それが癌化しリミッターの外れたバグに対して何千人分も注ぎ込まれたらどうなるか。

己の中に湧き上がる衝動を知覚しオルムは唸る様にいう。

 

 

 

自我が染め上げられ、殺意で塗りつぶされていく。

彼に出来たのは警告を絞り出すことだけだった。

 

 

 

 

 

「ポルクスっ……逃げろ……!!」

 

 

 

マナ・キャンサーが更に浸食を強め、そればかりか彼の肉体をもっと効率よく作り替えていく。

龍という最強の生命体をベースに改良/発展/強化を開始。

 

 

 

 

それは瞬く間に彼の記憶領域を読み取り一つの光景を見た。

前の前の女とこのオルムが仲良く談笑してる様を。

自分たちは散々に人を殺しておきながら、奪っておきながら、まるで男女の仲の如く朗らかな関係を築いている事を。

 

 

 

怒りが臨界を越える。

 

 

 

「ポル……ク……───ころしてやる

 

 

 

 

オルムの口からオルムの声で彼の意思ではない言葉が吐き出される。

さすがのメリディアナも想定外らしく彼女は緩やかに距離を取りつつ観察を開始。

マナ・キャンサーの実戦運用はやはり早かったか? と思案を巡らせながら冷静に推移を観ていた。

 

 

 

……勿論彼女の中にはポルクスを助ける等と言う選択肢はない。

自分が彼女を攻撃するのはご法度だが、魔神王が最期の足掻きとして妖精姫を道連れにした、という筋書きならば悪くない。

 

 

 

覇王が何か言ってきても彼女は素知らぬ顔で「悲劇でした」と宣うだろう。

 

 

そして最たる理由として彼女はマナ・キャンサーが行う未知数の変異に興味津々だった。

かつてのアリストテレス卿が用意した究極兵器、その断片が何を見せてくれるか気になって仕方ない。

仮にポルクスが死んだとしたらルファスは憤怒するだろうが、それはそれだ。

 

 

 

こんな地獄に戦闘力に劣る部下を送り込んだ判断を悔めばいい。

 

 

 

ボコボコと音を立てて右肩が肥大していく。

腫瘍はどんどん巨大になり、やがて本体であるオルムさえ飲み込んでしまった。

最初に下した命令であるオルムを殺すなはいまだ有効らしく死んではいないが、それだけだ。

 

 

 

膨張と拡大は続く。

肉塊は宇宙に満ちるマナや物質を際限なく貪り更に更にと大きくなり続ける。

月を越え、やがては星に匹敵するほどのサイズまで。

 

 

 

 

覇王の力で【エクスゲート】が開かれポルクスはその中に引っ張り込まれる。

もはや彼女の出番は終わった。ここから先の地獄につき合わせる必要はない。

吸血姫はその様子をつまらなさそうに見ていた。

 

 

 

変異は急速に続き、やがて膨張は一定の領域で停止。

完成したのはおぞましく醜悪な肉塊の惑星。

その全貌はさながらかつての邪神の如く。

 

 

 

更なる変異を遂げて表面が硬質化していく。

甲殻類か昆虫の如き質感を経て無数の足が生えてくる。

あらゆる昆虫類を混ぜ合わせた様な冒涜の具現化染みた姿へとマナ・キャンサーは変貌を遂げた。

 

 

 

 

巨大な顔がボコリと惑星の表面に浮かぶ。

とてつもなく巨大なソレはオルムの顔だった。

もちろん本人ではない、読み取った記録から再現された怪物の顔だ。

 

 

 

 

 

「ぽるくす」

 

 

「いたい」

 

 

「ぽるくす」

 

 

「やめてください」

 

 

「ぽるくす」

 

 

「くるしいよ」

 

 

 

おおよそ自我の感じられない言葉の羅列。

かつて誰かが放ったソレを繰り返すだけ。

ただ一つ、自分たちを騙し魔神王と結託していた女への殺意だけは本物だった。

 

 

 

 

 

惑星サイズのその顔がここから失せた女を探す。

焦点の合わない瞳がぐるぐると動き回りやがて最後はニタァと喜悦に歪む。

おおよその方向を見つけた彼は動き出す、もちろん殺す為に。

 

 

 

推進力を発生させる機関など何もないのに魔神王を飲み込んだ怪物は音もなく移動を開始。

周囲の物理法則そのものが崩壊し怪物にとって都合のいいモノへと変わっている。

汚染されたマナをばら撒き、それらを“一致団結”で操作し空間を支配する。

 

 

 

疑似的な世界の創造。

神のみに許される領域に兵器群は進みつつある。

 

 

女神の力を利用し女神の法を書き換える、怪物の行っている事はそれだけだ。

進行方向上にある衛星やらアステロイドやら全てを吹き飛ばしながらオールトの雲よりミズガルズに向けて加速していく。

 

 

 

何処に逃げようと殺してやる。

取り込んでやる。苦しめてやる。

俺たちが受けたモノと同じ苦痛を与えてやる。

 

 

 

魔王と共に君臨した邪神と同じ領域にこの怪物は存在している。

それほどの力をもつかの者の目的はただ一つ。

ミズガルズの近辺にあの女がいることは判っており、後は殺すだけ。

 

 

 

 

その障害となるのならば誰であろうと殺す。

どうしようもなく復讐心に囚われた怪物、それがコレの本質だった。

 

 

魔女は怪物の後姿を見やり息を吐く。

今の自分も他者から見ればあんな化け物に映っているのだろうか?

女神の世界の終わりは確かに望むところだが……。

 

 

 

「これは困りましたな……いや、しかし……」

 

 

 

“あの女がもしも死ぬならそれはそれで悪くない”

 

 

 

 

そして高次からの啓示を彼女は受け取り頷く。

 

 

 

 

「────かしこまりました。そのように」

 

 

 

 

想定外という新境地に対して呟く魔女の顔はしかし微笑んでいた。

ほんの一欠けら、細胞一つ程度でコレかと。

既に制御から離れつつあるが彼女は心配していなかった。

 

 

どれだけ肥大化しようと所詮は細胞、保険はある。

そしてエル級はおろかセト級でさえ既に手に負えない域にある怪物だが……果たして覇王には通じるか興味深い所である。

 

 

 

 

ポルクス抹殺に邁進する怪物が止まる。

空虚としかいいようがない巨大な瞳が動き目の前の小さな存在を凝視。

怪物と比較して余りに小さなその存在──ルファスは惑星にも匹敵する化け物を前に命じた。

 

 

 

透徹した瞳は宙よりも冷たく、怪物の内側で蠢く余りに質の悪い害悪への嫌悪が満ちている。

アリストテレスの遺した過ちの権化にして彼女が助けたいと願った人々の怨嗟の塊を彼女は決して見逃さない。

 

 

ルファスは知っている。

この復讐心は仮にポルクスを殺したとしても止まらない事を。

何もかも焼き払い滅ぼしてもきっと足りないのを良く知っている。

 

 

 

被害者が加害者に変わるなどミズガルズではよくある事だ。

それもかつての己と違いこれを突き動かすのは正当な復讐心でもある。

ポルクスはともかく取り込まれたオルムなどは言ってしまえば自業自得だ。

 

 

 

しかしルファスは王である。

故に己の部下や国に害を成す可能性のある所行を放ってはおけない。

そして何より彼女はミズガルズを愛している。

 

 

 

愛している世界に滅んで欲しくはない。

覇王の根底にあるのはそんな単純な動機だった。

 

 

 

 

「動くな」

 

 

 

 

瞳が輝き黒い翼が大きく開かれる。

放たれるのは有象無象を屈服させる絶対の選別能力。

 

 

 

 

【威圧】

 

 

 

凄まじい重圧が周囲を圧する。

龍でさえ跪くであろう圧倒的な圧力。

空間が軋み、怪物でさえたじろぐ様に眼球をぐねぐねと動かし唇を戦慄かせた。

 

 

躊躇は一瞬。

しかし憎悪はそれを上回る。

血走った眼でルファスを睨みつけ、口を開く。

 

 

 

「オオォォオォオオォオォオォォオォ…………」

 

 

 

「いたいいたいいたいいたい……いたいぃィィィイ」

 

 

 

「ころして、ころして、ころしてぇ……」

 

 

 

吐かれるのは何処かの誰かがかつて零した懇願。

どれだけ乞おうと魔神族は決して叶えなかった。

過去の苦痛の記憶だけを無限に再生し憎悪と報復心は高まり続ける。

 

 

 

「ぽるくす、ぽるくすぅぅぅぅ」

 

 

 

零れる言葉は地団駄をふむ子供の如く。

明らかな苛立ちが混ざった声音だった。

今はまだルファスを見ているだけだが目的を邪魔する存在への排斥の念が高まり続けているのは明らか。

 

 

 

────邪魔をするな。

 

 

 

それだけを視線で怪物は覇王に述べていた。

 

 

 

ルファスは取り合わず拳を構える。

当初の段取りとはだいぶ変わったが先ずは試しだ。

何をされようと対応できるように最大限の警戒を維持しつつ彼女はソレを振りぬいた。

 

 

 

放たれるのは惑星はおろか銀河さえ砕く拳圧。

たった一振りで数万のアルゴナウタイを吹き飛ばし、恒星を蝋燭の火の如くかき消す圧倒的な暴力。

覇王の絶対的な一撃は惑星程度ならば直撃すれば粉砕してしまうだろう。

 

 

 

「─────」

 

 

 

己を消し去らんとする脅威を認識した怪物の反応は早かった。

彼は思った。もう傷つけられるのは嫌だと。

その思念は光よりも素早く彼の周囲の空間に伝わった。

 

 

 

マナがその念を受け取り怪物の周囲数千キロの領域にある法則が変貌する。

空間そのものが意識を持った様にルファスの一撃をかき消した。

防いだのでも逸らしたのでもない。消えたのだ。

 

 

 

「……む」

 

 

 

かつて【エクスゲート】で不死鳥の攻撃を悉く無力化した経験もあったルファスだが、眼前の光景を前に眉を動かす。

ほんの一撃で全力ではなかったにせよ己の攻撃をかき消された。

そんな初めての経験に思案を巡らせ始める。

 

 

 

そうしている内に怪物は完全にルファスを敵と認識し戦闘態勢に移行。

お返しとばかりに空間そのものが唸る。

世界を構築するアロヴィナスの領域が汚染され、奪われた結果だ。

 

 

 

空間の“軸”がズレる。

その数は三つ。

次元の位相そのものを互い違いにズラしたあと、それらを高速で捻る。

 

 

 

怪物は空間そのものを雑巾絞りのように捻じり嵐を作っていた。

木星にあるとされる大赤斑を思わせる空間の暴風が形作られ、それは周囲のアステロイドを猛烈な勢いで巻き込み粉砕し続ける。

 

 

 

ルファスは己の背後の“座標”を気にする。

何億キロも離れているとはいえ、自分の後ろにはミズガルズが有る。

この時空の嵐を回避したとしたら数分後には世界に着弾するだろう。

 

 

 

故に彼女は───手招きした。

底なしの憎悪と正しき復讐を止める為に。

理不尽に踏みにじられ怒りを膨らませる人々の衝動を全て受け止める為に。

 

 

 

 

「余に全てをぶつけて来い」

 

 

 

覇王ルファス・マファールは逃げない。

王になると決めた時点でこういう日が来るのは判っていた。

そんな彼女に時空の断層が叩き込まれた。

 

 

 

 

 

閃光。

大爆発。

ミズガルズを数十消し飛ばしてなお余りある破壊力がさく裂し、それはオールトの雲の2割を消し飛ばした。

 

 

遠くに退避させられたポルクスが「まさか」と思う程の破壊の暴虐。

アイゴケロスだけは腕を組み頷き……にやりと笑う。

やはり貴女様こそが真なる神だと彼は確信を深めた。

 

 

 

 

───閃光が収まる。

 

 

───爆心地にいたルファスは無傷。

 

 

 

「全てをぶつけろと言ったはずだが? 其方らの怒りはこの程度ではなかろう?」

 

 

 

 

彼女の象徴たる黒い翼。

全てを圧する意思の宿った真っ赤な瞳。

宙の闇の中であっても眩く輝く朱色の混ざった金髪。

 

 

何一つ欠けていない。

怪物の力は覇王には全く届いていなかった。

 

 

 

全身から放たれるのはアロヴィナスだけが行使したはずの純粋な力。

神のみが扱える力などとうに彼女は支配下においている。

【ジ・アークエネミー】への理解を更に深めた彼女は先よりも進化していた。

 

 

 

一分一秒一プランク。

ルファス・マファールは常に新しくなり続ける。

肉体も魂も、全てが更新され続けていく。

 

 

 

先を征く者。

それこそが彼女だ。

アリストテレスを越え、女神をも飲まんと猛る小さな新しき存在。

 

 

 

ミズガルズに君臨する覇王ルファス・マファールは健在。

怪物が女神の細胞を兵器転用した存在ならば彼女は新しい女神だ。

次元が違うとは正にこの事。

 

 

 

 

「次は余の番だ」

 

 

 

“力”を込めて拳をもう一度構える。

それをジャブの如く軽く振りぬく。

 

 

 

 

覇王の拳圧は今度は怪物の纏う支配空間ごと貫き、その顔面に巨大な陥没を引き起こすのだった。

 

 






空間支配。



虚無の戦い染みた冗談みたいな能力であるが原作の後日談でルファスがアロヴィナスを参考にしてやっていたこと。
効果は単純。以下原作より抜粋。
“自分だけの小さな世界を展開し、その中で法則も何もかもを捻じ曲げて思うが儘にする”である。


アロヴィナスが出来るということは、彼女の細胞/純粋マナを兵器に加工したマナ・キャンサーも出来るということで登場しました。



そして来週は仕事が入ってしまったのでお休みします。
たびたび申し訳ありません……。
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