ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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アニメ放映までもう間近となりましたね。
今から楽しみです。


キャンサーの“銀河投げ”! 

 

 

覇王の一撃は容赦なく怪物を揺らす。

轟音と共に肉塊の惑星に亀裂が入る。

そればかりか叩き込まれた破壊力は欠片も減衰せずに地殻を捲り上げ、ミズガルズと同等サイズの怪物に巨大な凹みを作っていた。

 

 

 

どれだけ小さく見積もっても大陸規模の凹凸が産まれている。

しかし勘違いしてはいけない。

この場合凄いのは覇王の拳をまともに受けながら未だに完全に割れていない怪物の方なのだ。

 

 

 

 

眼前の光景は彼女がその気になれば素手で惑星を叩き割れる事の証明だった。

オルムを模していた顔は砕け散り、怪物は奇妙なうめき声を上げながら遥か彼方に吹き飛んでいく。

凄まじい振動を撒き散らしながら何億キロもずっと向こうに。

 

 

 

覇王はそのザマを冷静に見つめながら口を開く。

 

 

 

「成程な」

 

 

 

ぐっと拳を握りしめ手ごたえを確かめながらルファスは怪物が先に自分の攻撃をかき消した方法を分析していた。

既に答えは半ば出ていたが最後の検証を終えた彼女はまとめた考えを遠くで自分を見ている者に聞かせてやるように大げさな声量で口に出した。

ポルクスとアイゴケロスも遠くから従者としての繋がりを用いて主の推察に耳を傾けていた。

 

 

 

「マナを経由して世界そのものに影響を与える方法は既に確立されていた」

 

 

 

【クロノス】や【カイロス】といった時間に干渉する装備品の原理は世界そのものにバフ/デバフをかけるというものだった。

【エクスゲート】もまた世界の構造を解いて孔を穿つという原理である。

ブラキウムも含めてどれもこれも時空間に影響を与える能力だ。

 

 

 

そしてマナ・キャンサーはアロヴィナスの世界の最も根幹的な要素であるマナ───彼女の純粋な“力”そのものを加工した存在。

どれだけ小さかろうとそれらは一種の意思をもっており、更には“一致団結”を用いてそれらを制御/統率さえ可能なのだ。

 

 

 

 

マナは感情や強い意思によって活性化し魔法と天法の出力を変える。

更にそれを研ぎ澄ませれば時空そのものを己の思うがままに支配するのも理論上では可能だろう。

 

 

 

かつて邪神が魔王と共同して行った己だけの世界の創造。

それを自分の周辺に展開する事でその範囲内で全知全能になることも不可能ではない筈だ。

 

 

 

空間支配。

言葉にして表せば陳腐だが、種がわからなければルファスとて危うい領域の力だ。

正しく神の領域を犯す所行と言えよう。

 

 

 

 

それらを加味してあの怪物に名前を付けるとすれば女神の細胞兵器とでもいったところか。

宇宙を創る程の力をもったアロヴィナス神の極小劣化再現なのだから。

 

 

 

 

「其方らのやろうとしている事が見えて来たぞ。

 ……アリストテレスが何を行おうとしていたか、な」

 

 

 

それはルファスをして本当にそんな事が出来るのか? と思ってしまう程に壮大な夢物語だ。

 

 

 

結論から述べよう。

 

 

 

アリストテレス家は神という存在を技術に落とし込むつもりだった。

女神の欠片たるマナや純粋な生命への理解。

神が座す極点やこの世界を運営する法、その陥穽への知見。

 

 

 

それら全てを組み合わせて彼らはアロヴィナス神を分析し解体するつもりだったのだ。

出来るかどうかではない。やる気だった。

 

 

 

もっと踏み込んで語ってしまえば神を作る気だったのかもしれない。

新しく作るのか既存の存在を神に押し上げるかは判らないが、きっと真相はそうだとルファスは確信していた。

皮肉なことにその座に一番近い存在に彼女はなってしまったが。

 

 

 

 

……プランがやる気を見せないわけだ。

権威や支配に欠片も興味のない男にとって神の座など面倒な責任ばかり増える貧乏くじにしか見えなかった事だろう。

そもそも座を奪った所で“良い世界”というものが判らない人だったのに。

 

 

 

 

再現体を通して魔女が瞬きもせずルファスを凝視している。

肯定も否定もしないがその態度が雄弁に語っている。

結局彼女は深く微笑みながら一礼しただけだった。

 

 

 

 

「無謀だとは言わん。余も人のことは言えんからな」

 

 

 

「だが……アレが其方らの理想の姿か?」

 

 

 

憎悪に狂い原型さえ失いつつある怪物を指さす。

間違っても美しくなどなく、人としての尊厳さえ失っている。

誰があんなものになりたがる?

 

 

 

エル級が一瞬だけ吸血姫の近くに転移し、それに連れられて次はルファスの隣に再現体がやってくる。

彼女はぎらついた瞳で力強くルファスの問いに答える。

 

 

 

「何事も試行錯誤が大事なのです。アレが予想外の存在であることを否定しませぬが」

 

 

「いまだ完成は遠く、理想への道は半ばでありまする」

 

 

 

何一つ恥じる事などないと魔女は言う。

魔神王を核として取り込み無限に増殖と転移を繰り返し空間を支配する化け物を産み出しておきながら。

 

 

 

 

「其方は」

 

 

 

続きそうになった言葉を飲み込む。

何を語ろうとこの老婆たちには届かないと彼女は知っているから。

故にルファスは思考を切り替える。

 

 

 

今はあの化け物をどうするかが先だ。

とりあえず殴り飛ばしたが死んではいない。

いや、そもそも死と言う概念を持った存在かどうかさえあやふやだ。

 

 

 

 

「困ったものですな。よもや追い詰められた魔神王があの様な悪あがきを行うとは!」

 

 

 

「最後の力で光の妖精姫様を道連れにしようとは……全く恐ろしい執念ですな」

 

 

 

いけしゃあしゃあと用意されたカバーストーリーを読み上げる魔女にルファスは壮絶な瞳を向けた。

ベネトナシュの外見で決して彼女が言わない事を述べるメリディアナのやり方は彼女とは決して相いれないものなのだ。

さすがの魔女も本気で覇王の敵意を受けたのは堪えたのか笑みを消し、声を一段低くして言う。

 

 

 

冗談ではなく心から本気で彼女は提案した。

 

 

 

「マファール陛下。アレの望み通りポルクスを差し出してはくれませんかの?」

 

 

 

「光と闇の対消滅を以てミズガルズの時代を次に進めるべきであると私めは考えます」

 

 

 

魔神王と妖精姫。

神話の時代から続く正義と悪の象徴の同時消滅。

それこそ誰もが納得するだろう新時代の幕開けだ。

 

 

 

もちろんそんなのは建前だ。

アリストテレスの意思を強く受け継ぐ彼女たちもまたポルクスへの嫌悪を深く抱いている。

世界規模で何万年も人々を騙し死においやってきた上に、己はその元凶と茶会などしてるのだ、殺したくもなる。

 

 

 

とりあえず恨みを晴らさせてやる。

そうすれば一応の満足はするだろうというメリディアナの提案。

もちろんルファスの答えは決まり切っていた。

 

 

 

ポルクスは既に罰を受けている。

出会った時の死人の瞳を彼女は思い返した。

あの目が出来るのは心の底から絶望した者だけだ。

 

 

なまじ真っ当な感性を持ってしまった故に誰よりも勇者たちの死に負い目を彼女は抱いていた。

しかし決して「仕方ない」と割り切りだけはしなかったのをルファスは良く知っている。

 

 

 

故に返事は一つ。

 

 

 

「断る」

 

 

 

「でしょうな」

 

 

 

無駄な言葉はなかった。

これ以上の深入りは本気で危険だと察した魔女は無駄に食い下がらない。

ルファスを哀れむ様に一瞥した後、最後エル級の転移で消え去る。

 

 

 

感じる気配は遥か彼方。

エル級とセト級と引き連れた魔女はどうやら手出しをするつもりはないようだ。

散々に暴れ回ってオルムを実験台にしたあげくにその後始末をルファスに押し付けたのだ。

 

 

 

しかしこれはルファスとしても願ったりかなったりだ。

あの化け物の相手に欠片も信頼できない相手に背を預けるなど考えられない。

何をするつもりか知らないが、念のためアイゴケロスに監視しておけと命令を下す。

 

 

 

最悪の場合は彼の保持する奥の手の使用も許可しておく。

十二星天で唯一彼のみがルファスと同じくレベル限界を突破しており、枷を外した魔王はそれこそレオンさえ遥かに上回る力をもっている。

仮にやり合うとしたらアリストテレスに凄まじい敵愾心を抱いている彼ならばそれこそ2枚目の壁を越えるかもしれない。

 

 

 

 

次に配下としての繋がりからポルクスの献身が伝わってくるがルファスは勿論却下する。

死ぬのは許さないと強く命じてから追加の指示を送る。

一度下に降りてカストールと合流しアルゴナウタイを補充して待機せよと。

 

 

 

一方的に押し付ける様に指示をすればそれ以降彼女からの連絡はなくなった。

 

 

 

一通りの命令を下し終えた後、ルファスは改めて遠くを見る。

欠片も気配を衰えさせることなく、むしろ強大化を続けている化け物を見据えた。

 

 

 

「来るがいい。余はここにいるぞ」

 

 

 

 

瞳に天力を込めて遥か先を観測する。

天体望遠鏡さえ優に超える彼女の瞳はもちろん生存している怪物の姿が映っている。

彼我の距離はだいたい5億キロといったところか。

 

 

 

宇宙では5億キロなど直ぐ隣と同義である。

割れて砕けたオルムの顔の代わりに頭蓋骨が浮かび上がったソレは更に変異を繰り返し続けていた。

修復のためにオールトの雲の中にあった手ごろな惑星や衛星、アステロイドを片っ端から捕食し続ける。

補給が進むたびに不定形だった全体はどんどん甲殻に覆われ、昆虫を基本形とした姿に変わりつつある。

 

 

 

 

 

ダニの如く3対6足の腕を左右から生やし、中央部には巨大な骸。

身体を覆うのは竜の様な強靭な鱗と、己が支配した空間そのもの。

ルファスが与えた損壊も凄まじい速さで修復されていき女神の細胞は更に戦闘に特化した姿へと新生した。

 

 

 

 

「おおおおおおおぉぉおぉォォオおぉぉおオおオォオおおお」

 

 

 

「ぽるくすぅぅゥゥぅ───」

 

 

 

口から吐き出されるのは知性の欠片もないうめき声。

ただひたすら殺したい存在の名前を撒き散らすだけ。

怨嗟に身を委ね、腕を伸ばし月程度の衛星を複数掴むとあろうことか怪物はそれをルファスに向けて投げつけた。

 

 

 

 

支配された空間内で重力が操作され、それは凄まじい加速を帯びて放り投げられる。

光速の8割程の速度で直系で3000キロの物体が4個、正確にルファス目掛けて飛んでくる。

見る見る内に巨大になっていく岩の塊を前にルファスは手を翳す。

 

 

 

 

【サイコキネシス】

 

 

 

ピタリと亜光速で投擲された惑星たちが一瞬で動きを止める

そのまま覇王が手をひらひらと振ればソレらは明後日の方向に投げ捨てられた。

紙屑でも投げ捨てるような軽い動作で彼女は惑星を放り捨てたのだ。

 

 

 

覇王は手短に言う。

 

 

 

「次」

 

 

 

 

ギシっと惑星が軋む。

恐ろしいまでの敵意を向けるがルファスはどこ吹く風だった。

 

 

 

空間支配の応用であらゆる厄災が生み出されルファスに襲い掛かる。

 

 

 

生成した太陽の数倍もある恒星をぶつける。

覇王が放った高位の魔法は超新星の如き閃光で恒星を吹き飛ばした。

放たれた破壊の余波はいずれ外部宇宙で星系を作り上げるだろう。

 

 

 

「次だ」

 

 

空間そのものが大きく口を開けてルファスに噛みつく。

物質/非物質問わずかみ砕く空間切断の応用は覇王の真っ白な皮膚に食い込みさえしない。

ステータスなど意味のない領域にルファスは座しておりこの程度の児戯など意味をもたなかった。

 

 

 

「足りん」

 

 

ならばと周辺の空間と物質を圧縮しセト級がそうするようにブラックホールを創造し叩きつける。

既にベネトナシュとの戦いで経験したこともあり覇王は拳の一撃で特異点を叩き割った。

時空間もろとも崩壊を始めるソレを彼女は【エクスゲート】で適当に外宇宙に放り捨てる。

 

 

 

 

「終わりか?」

 

 

 

熱のない瞳で化け物を取るに足りない存在かのように見下ろす。

ギチチチと奥歯を噛み締めた怪物は全身のマナを想起させる。

大きく口を開き、月龍がそうしたように膨大な破壊のエネルギーを吐き出す。

 

 

 

青黒く何処か濁った色彩の光は正しく憎悪の光と呼ばれるモノ。

 

 

 

あらん限りの憎悪と憤怒を練り込まれたマナは限界を超えて活性化し龍の放ったソレよりも遥かに高濃度のエネルギー密度に至る。

その温度、熱量に換算し何と1兆度。

空間支配の応用によりその熱量は光線として集約させられ周囲への影響は一切与えず覇王のみを対象に放たれた。

 

 

 

確かにこれならば星系への被害はないだろう。

1兆度などという馬鹿としか言いようがない熱量が放たれればミズガルズは周辺星系ごと消し飛んでしまうのだから。

しかし逆を言うならばそれだけのエネルギーをルファスのみを焼き尽くさんと猛っている事だ。

 

 

 

 

最大で半径200光年を吹き飛ばすエネルギー。

それを前にルファスは……最も信じる部下の力を引き出す。

どんな時でも自分を信じついてきてくれる、最高の仲間の力を。

 

 

怪物が無限の憎悪と憤怒を以て世界を壊そうとするのならば彼女は己が見出した十二の星の光を振るう。

 

 

 

「借りるぞ、アリエス」

 

 

 

 

【メサルティム】

 

 

 

虹色の業火が憎しみの光を焼き払い、そのまま押し返していく。

アリエスに与え、彼が研ぎ澄ませた神殺しの炎。

神の劣悪再現とはいえそれでも神の域にある存在を相手にこれ以上ない程に相応しい力だ。

 

 

“力”さえ練り込み強化されたソレは神にさえ届きうる最強の武器であると彼女は信じている。

彼女の万にも届く配下や、十二星天は誰もが多種多様な能力を持っているがアリエス程に磨き上げた者は本当に稀である。

ずっとどんな時でも約束を忘れず己の傍にいると誓った羊の意思を宿した炎は憎悪を真っ向から打ち破った。

 

 

 

虹色の光が怪物が鎧の様に纏う支配空間に侵入する。

当然、この領域内ではこの怪物は全知全能である故に炎を消し去らんとする機構が動く。

先に覇王の一撃をなかったことにしたように、どれだけ強大なスキルやエネルギーであろうと怪物を突き動かす者達が消えろと念じればそれで終わりだ。

 

 

いや、それどころかこの能力は既に生態になりつつあるゆえに主に害があると判断された時点で消し去られる筈だった。

例えルファスのレベルが4000であろうと10000であろうと例外はない筈だというのに……。

 

 

 

“ルファス様を僕がお守りするんだ”

 

 

 

“約束だから。僕にしか出来ないってあの人たちは僕を信じてくれたんだ”

 

 

 

小さな羊のちっぽけで大事な決意が怪物の全能をはじき返した。

メサルティムに練り込まれた“力”は引き出されたアリエスの意思を宿し、空間支配に対する唯一にして最大の対抗策を見せている。

 

 

 

 

全知全能を齎す空間支配をはじき返す方はただ一つ。

相手よりも強い意思でマナ/空間を支配すればいい。

もちろんその土台としてアロヴィタイトや“力”のような要素も必要になるが、それこそが神の座に至る唯一の道だ。

 

 

 

一人の少女の半生を見つめてきた最弱の魔物。

その願いの質量は神の細胞兵器の支配力さえはじき返す程だった。

 

 

 

 

「─────」

 

 

 

骸の顔が微かに固まる。

それは驚愕か、はたまた嫉妬か。

どちらにせよコレを動かす意思の根源たる者達の脳裏によぎるのは自分たちにもいた筈の、大切な人。

 

 

 

眼窩の中の光が微かに揺らぐ。

彼らは初めてポルクスではなく目の前のルファス・マファールを見た。

彼女もまた怪物を───いや、その中に宿る者達を見つめた。

 

 

 

 

いや、最初からルファスは目を離すことはなかった。

ただ気づかなかっただだけ。

そして誰かが思った。

 

 

 

 

きっとこの人も……。

 

 

 

 

 

着弾。

遂に全ての破壊光を焼き尽くしたメサルティムは怪物を包み込む。

何故か痛みはなかった。しかし身体はどんどん焼け落ちていく。

 

 

 

あらゆる耐性や防御能力を無視し相手の存在の質量に応じて火力を上げ続ける炎は容赦なく怪物を焼く。

しかし強くオルムと結びついたマナ・キャンサーはこの程度では死なない。

 

 

 

 

─────。

 

 

 

憎悪の唸りはもうない。

瞳に宿っていた光に一種の理性さえ戻った。

そんな様子の怪物にルファスはじっと骸を見つめながら穏やかな口調で言葉をかけた。

 

 

 

 

「まだ其方たちはやり直せる」

 

 

 

 

どんな形であれマナ・キャンサーに憎悪を送り続けている者達はまだ生きている。

今はソドムに設けられた臨時の病院で必死に治療を受けている最中だ。

彼らは過去だけを見ている。前の前で己の命を必死につなぎとめようとする人々を見ていない。

 

 

 

まるでかつての自分の様に。

だからルファスは手を差し伸べる。

この手を取るのがどれだけ怖いか知っているが、それでも。

 

 

 

「多くを失ったとしても……其方たちはまだ生きているのだから」

 

 

 

 

何よりも黒い翼を見せつける様に広げる。

自分は最高の奇跡を掴めたが、あれは本当に運が良かっただけだ。

本来ならば彼女もまたヴァナヘイムの麓で眠っていた筈だった。

 

 

 

……もしかしたら“子隠し”に取り込まれてミズガルズを荒らす厄災に堕ちていたかもしれない。

 

 

 

「仮にポルクスと魔神王を殺したとして、その後はどうするつもりなのだ?」

 

 

 

未来を作れない憎悪を彼女は良く知っている。

ポルクスの行いに憎悪を抱くのは理解できるが、だからこそその先を彼女も判ってしまう。

即ち何もないと。憎くて悔しくて、とにかく己の憤りを発散する事だけが全ての存在はその先など考えていない。

 

 

 

その先は“空白”だけだ。

何一つ残らない虚無。

 

 

 

自分にはカルキノスや彼らがいた。

しかしこの人たちには誰も止めてくれる人はもういない。

 

 

 

それどころか無限に憎悪の対象が広がってさえいくだろう。

ただ生きているだけの赤の他人でさえ羨ましく感じ、その幸福を壊してやりたくなる様になってしまうのは想像に容易い。

 

 

 

怪物は答えない。

いや、答えられなかったというべきか。

ひたすらにソドムで虐げられ、死んだ方がマシだと思う様な目にあっていた者達は未来など考えられない。

 

 

 

 

未来。

 

 

たった一つの単語を彼らは恐れている。

ある日までは永遠に続くと思っていたソレを奪われた彼らはもはや日常に帰れるなど思っていない。

脳裏に焼き付いた魔神族の嘲笑はもう消えない。

 

 

 

自暴自棄といっていい。

世界には何の希望もなく自分たちは苦しい、だから世界の全てを壊してやるという破滅願望。

 

 

答えはない。

しかし行動はある。

全て滅んでしまえという八つ当たりの発露が。

 

 

 

 

 

癌化したマナが更に限界を超えて活性化。

無尽蔵に供給される絶望と悲嘆が不可能を可能にした。

 

 

 

 

「其方らの嘆きは正当なるもの。言葉で止められる訳がないのは良く判っている」

 

 

 

「その怒りには余も覚えがあるからな」

 

 

 

 

 

上等だと言わんばかりに呻く怪物の頭上に、真紅の光輪が咲いた。

直径およそ五万キロに達する、空間そのものを歪ませる巨大なエクスゲート。

 

 

座標指定――天の川のさらに外縁、誰にも名を知られぬ孤立銀河。

 

 

 

直径十五万光年。

恒星数、およそ二兆四千億個。

そのすべてが一斉に捕捉され、空間の外套に絡め取られた。

 

 

 

開始一秒。

十五万光年=およそ1.4×10^21 kmの大きさが、わずか1.5×10^10 kmまで圧縮される。

それは太陽系をすっぽり収める規模。

 

 

 

さらに三秒。

大きさは3.0×10^3 km――ミズガルズの直径と同程度へ。

つまり二兆四千億の恒星と星雲、無数のブラックホール、銀河全体を構築するマナが「惑星サイズ」に押し潰されたのだ。

 

 

 

その質量は約3×10^42 kg。

太陽の数十億倍の質量を持つ銀河中心ブラックホールすら飲み込んだまま。

 

 

仮にミズガルズに落下すれば、惑星は0.00001秒で完全蒸発し、衝撃波で半径一千万光年の宇宙空間が吹き飛ぶ。

銀河団規模の重力均衡が崩れ宇宙定数そのものに歪みが生じるだろう。

 

 

暗黒の弾丸は稲妻をまとい空間から飛び出す。

圧縮エネルギーは10^69ジュール。

これは超新星爆発一兆回分、ガンマ線バーストを十京回重ねても足りない。

 

 

 

もはや質量兵器ではない。

これは銀河そのものを弾頭とした、宇宙削除の裁定。

 

 

直撃したならば――普通に考えればルファス・マファールは跡形も残らない。

肉体、魂、歴史、記録、その存在を語る因果の糸さえ燃え尽きるのは当然だ。

 

 

 

それはただ一人を殺すために銀河を投げ捨てる狂気の所業。

宇宙規模の浪費であり、同時に唯一無二の殺意の証明だった。

 

 

 

レベル1000? 

レベル4200?

そんな陳腐な概念など破綻させる憎悪の投擲だ。

 

 

 

だが。

 

 

黒翼を広げ、覇王はその絶望を前に堂々と君臨する。

 

 

 

「怒りと悲しみ。その全てを吐き出すがよい。余にぶつけよ」

 

 

そして。

 

 

「頭が冷えたら改めてこれからを話すぞ。余のゾディアックは其方らを歓迎する準備がある」

 

 

 

 

覇王は佇む。

もちろん彼女は諦めてなどいない。

その顔には挑戦的な笑みさえあった。

 

 

 

ルファスは星が好きだ。

もちろん銀河がどんな規模の存在なのかよく知っている。

数千億の太陽と兆にも届く星の集まりだと。

 

 

 

その上で彼女は自分を信じる。

今まで積み上げてきた努力と実績を。

自分が突き進もうとする道程の果てを。

 

 

 

 

 

銀河を投げつける?

上等ではないか。

彼女は宙を支配する女神へと挑む者、銀河が何だという。

 

 

 

そしてもう一つ。

彼女はただ敵を倒すよりも難しい事に挑もうとしている。

この怪物を突き動かす根幹たる憎悪と絶望、それを抱いた者達を救うのだと。

 

 

 

しかしそれを成すのは彼女だけでは無理だ。

故にルファスはそれが出来ると信じた者達に託していた。

“繋がり”から流れ込んでくる二人の乙女の献身を噛み締めながら覇王は己の戦場で役目を果たす。

 

 

 

 

「頼んだぞ」

 

 

 

そして。

 

 

 

「我が星よ。今こそ其方の嘆きを払拭する時だ」

 

 

 

 

それは世界の嘆きを知らなかった乙女の持つ力。

されど己の罪を直視し向き合う事を選び、いまなおミズガルズで戦い続ける聖女の能力。

マナを消し去り破却する力を彼女は拡大解釈して使った。

 

 

己の“力”と混ぜ合わせる事でマナを含んだ物を破壊する力へと変えたのだ。

 

 

 

【ヴィンデミ・アトリックス】

 

 

 

あの日、自分を“子隠し”から助けてくれた人の力。

あの時はただ背中を見ているだけだった。

しかし今は違う。

 

 

 

憎悪を正面から受け止める強さが彼女にはある。

ミズガルズを守る様に立つルファスを魔女は遠くから瞬きさえせずに見つめていた。

自分ではどうあってもああなれないと彼女は諦めている。

 

 

 

3000キロの銀河が射出される。

重力を操作され一瞬でそれは光速に達した。

足場として【エクスゲート】を展開しルファスは腰を落とし右腕を引く。

 

 

 

迫る銀河。

迎え撃つは力強く握りしめられた拳一つ。

絶望の魔弾と淡い光を宿した覇王の拳が衝突し星系は時空ごと揺れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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