ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
十二星天最初の一人───カルキノスが順番を譲ってくれた──であるアリエスはあの日より変わらずルファスに付き従い続ける。
それは彼らと交わした“約束”もあるが何よりアリエス自身がルファスのことを好きだからだ。
誰よりも強く美しいと世界からは思われており、実際それは正しいのだがルファスには欠点も多いことを彼は知っている。
僕がついていないとそそっかしい。
それがアリエスのルファスに対する正直な感想である。
まず彼女はお金の使い方が荒いときがある。
基本は倹約を常にし必要最低限の分しか使わないのだが、いきなり何の前兆もなく弾けるときがある。
それは店に置いてあるアリエスから見れば何に使うかわからない奇妙かつアホみたいに巨大な壺だったり、部屋の隅で埃を被っている古ぼけた剣だったりする。
彼女は明らかにそれは詐欺だろうと思うほどの価格のソレを突如として衝動買いするときがあるのだ。
そんな時アリエスは腰に手を当ててルファスに物申すのだ。
───ルファス様! 剣は前にも買ったじゃないですか!!
───いや、アリエス。これは中々のモノでな……ここで買わなくてはならないという使命を感じて……。
むぅぅと怒りを露にするアリエスに対しルファスはガッシリと二振りの剣を守るように抱きしめて弁明したこともある。
主に対して返して来いとまでは言わないがさすがにボロボロで錆まみれの双剣に4000エルは出しすぎだとアリエスが突っ込むのも無理はない。
しかし後にわかったことだが、どうやらその剣は神話に名だたる神剣リーヴ/スラシルだったというのだから驚きだ。
どうやら剣に宿る意思が自分に相応しい使い手が現れるまで傍目ではオンボロの錆まみれの剣に姿を変化させ休眠していたらしい。
それをルファスは目ざとく見つけ出し購入した、というのがかの剣がルファスの手元にわたった経緯である。
ちなみに単純な戦闘能力ばかり見られがちだがルファスは幸運のステータスもかなり高い。
フルパワー(4200)になる前の数値は9280。
何とこの値は攻撃力よりも上だ。
さすがに全開状態になると順位は下がるがそれでも彼女の幸運値はかなり上の方だ。
かつての彼女もこの数値には頭を捻っていたこともあるのをアリエスは知っている。
───ルファス様! こんな大きな壺、何に使うんですか!! というかどこに置くんですかコレ!!
───いや、アリエス。何かこれに呼ばれた気がしてだな……。
何処からどう見ても人間用ではない巨人が作ったとしか思えないほどに巨大で用途のわからない壺をご機嫌で持ち帰ってきた時もある。
ちなみにお値段は3500エルだったらしい。
店の店長曰く「この世に二つとない至高の一品」だとか。
……明らかに詐欺だとアリエスが思ったのを誰が責められる?
しかし現実は奇妙なことで、店長は何一つ嘘はついていなかった。
老齢の彼はこの壺の神髄を見抜けるものが現れるまで待っていたのだ。
本来ならば数億だしても買えないものを3500エル程度で売ってるなど良心的といえる。
───ああ? 次の主人はあんたかい?
──ウアアアアアアアアアア!!! シャベッタアアアアアアアア!!!??
壺の正体は今は十二星天においてそのまま【水瓶座】を拝命されたアクアリウスである。
数百年前に存在した『ワコク』という世界の民族衣装を身にまとった少女が壺からいきなり顔を覗かせアリエスは腰を抜かしてしまった。
そのままルファスが王になるまではリュケイオンの屋敷に置かれていた彼女であったが、今では立派な十二星天の将として活躍している。
もしもステータス増強剤【ネクタール】を無尽蔵に生み出す彼女がアリストテレス兵器群の手に渡っていたらきっと碌でもない事になっていただろう。
それを考えるにこれもまたとんでもないファインプレーであった。
ちなみにこの二つは当たりを引いたパターンだが、実際はこの数倍の数の外れも引いている。
そのたびにアリエスはむぅぅぅとかわいらしい顔でルファスを叱責したものだ。
さすがにやりすぎだと判断したアウラに注意された時はあのルファスも部屋の隅で小さくなったりもしたとか。
ルファスとの思い出はいつも輝くものばかりだ。
大切な人たちを失った後も彼女は懸命に前を向いて生き続けている。
そして今も彼女は戦っている。
ソドム被害者たちへの慰安。
この町が解放された時に決定されたソレにルファスはアリエスを連れて参加していた。
急な容態の変化に対応するため医学を修めた混翼たちも幾人か同伴している。
彼女が案内された部屋では何十人もの人間が清潔なベッドで点滴を受けている。
しかしうめき声一つ誰も上げていない。
もはや痛みを感じる機能さえ彼らには残っていないのだ。
生きながらに死んでいる、そうとしか言えない。
ディーナとパルテノスをもってしても治しきれなかった人々がここには集められていた。
時間を戻そうと、死者を復活させるだけの奇跡を行使しようと、頑として生きることを拒絶した者たちだ。
もはや死は時間の問題、それほどまでに彼らは摩耗していた。
そして彼らは───かの怪物を操作していた“意思”の一部であった。
ルファスが怪物を打破したとき、彼らが抱いたのは絶望だ。
この醜悪な世界を滅ぼすことができなかったという絶望だ。
「……ぁ……ァァぁァァ」
包帯まみれの人間が手を伸ばしぎゅっとルファスの細い指を握りしめる。
ソドムにおいて保護され治療を受けたが天法やエリクサーの効力があまり発揮されなかった者たちの一人である。
大前提としてかの秘薬や回復の術は対象の生命力を増幅させることでその効果を発揮する。
その前提となる生命力/生きる意志が薄い者には効果が弱くなることがある。
ここはそんな者達が収容された病棟だ。
生きる意志がなく復讐心さえルファスに砕かれた者らだ。
「ど……ぅし……」
カラカラで血色の悪い唇を動かし言葉を絞り出す。
この人物はあの【怪物】を動かしていた思念を構築していた者らの一人だった。
かつては詩人だった、綺麗な歌声だと皆に褒められ本人も歌うのが好きだった。
しかし喉は丹念に焼きつぶされ、舌は根元から抜かれた。
魔神族は遊び半分にこの人物の最も愛するものを奪い取った。
今や歌うことはおろか途切れ途切れの囁きを発するので精いっぱいだ。
そして何より───己の歌を徹底的に否定され貶された。
“どうして?”
あらん限りの力を込めてルファスの手を握る。
込められた感情の色は黒い。
あの怪物を動かしていた一人はルファスを糾弾していた。
圧倒的な強者が訳知り顔で人の復讐を否定した挙句に死なせてくれさえしないのだ。
挙句こんなみじめな姿を笑いに足まで運んできた。
ここまでされれば憎悪も湧くというものだ。
しかしルファスは堂々とボロボロの手を握りしめながら言った。
真っ赤な瞳には純粋すぎる意志がある。
「其方に死んでほしくないからだ」
死を願うなど間違っていると彼女は宣言する。
そのまま彼女は自分の考えを口にしていく。
どれだけ強くなり弱者への理解が薄れようとも消して手放さない信念を。
それは誰でも思っていて、同時に仕方ないと項垂れていたこの世の理に対する疑問と否定。
「何故、其方が死ななければならない?
魔神族に雑多な道具のように使いつぶされ、そのまま襤褸のごとく投棄される為に其方は産まれたのではない」
こんなことは間違っている。
ルファスはミズガルズを覆う絶望と悪意にソレを叩きつける。
世界の裏───魔神族の正体を知っているルファスは怒りを抱いている。
女神のやり方は間違っている。
宇宙を創るだけの力をもっていながらどうしてこんな方法しか出来ない?
魔神族だけじゃない。
女神の雛型とも称せる彼女はこの世界を覆うアロヴィナスの法とその在り方を感知していた。
即ち、幸福の後には必ず絶望という揺り返しが来ることを。
ルファスほどこの法を体感したものはいないのだから当然と言えた。
7年の喜びの後に訪れた絶望の深さは彼女をして自死を選ばせるほどだったのだから。
何も神話時代の理想郷を永遠に続けろと言っているんじゃない。
死と苦しみと絶望を世界に振りまくのをやめろと言っている。
人類同士が戦争をし悲劇を起こすのならばそれもまた理不尽ではあるが理解はできる。
それは人の弱さと欲望が悪いのだ。
長い年月がかかるかもしれない、もしかしたら永遠に変われないかもしれない。
しかし皆でソレに立ち向かいほんの僅かずつとはいえ変えることはできる。
だが女神のソレは明らかに違う。
あらゆる因果律を捻じ曲げて絶望を与えてくるのだ、この世界は。
奪うだけの神様など彼女は決して認めない。
「─────」
弱った視力でも、いや、余計なものが見えづらくなった今だからこそルファスの瞳を彼ははっきりと見た。
この人は決してその場しのぎの綺麗ごとを言ってるわけじゃないと判る。
赤い瞳には本気の念があった。
彼女もまた怒っていた。
何の罪もない人々に苦しみを強要する世界に。
こんなこと、誰かが終わらせなくてはならない。
違う。
余が終わらせる。
王は愛おしむ様にこの名前も判らないミズガルズにはありふれた誰かの手を優しく包み込んだ。
銀河を真っ向から粉砕し龍を薙ぎ払い、宙さえ打ち砕く拳を作る指はとても細く暖かい。
究極なまでの力を誇る覇王の仮面が微かにズレ、その中からただのルファスが覗いた。
この人たちがどんな仕打ちを受け、どれほど深い絶望と憎悪を抱いたかはルファスでさえ計り知れない。
だから彼女は自分が絶望の淵にいた時にされて最も嬉しかったことをした。
「大丈夫だ。もう誰も其方たちを傷つける事はない」
裏付けなど何もないただの言葉。
本来ならばお前に何が判ると憎悪と反発を産むだけの世迷言。
しかしルファスのソレには言語にできない“重み”があった。
まるで自分がこっち側だったことがあるような。
あのレベル4200で、世界をほぼ統一した王で、神の力を用いてもどう倒せばいいか判らなくなるほどの怪物なのに……。
「そんな事は余が許さん。……だから今はゆっくり休め」
「そして目が覚めたら何でもいい───未来の夢を思い描いてくれ」
“夢”は何だっていい。
世界中に名を響かせる詩人になるでも、何の変哲もないただの生活を過ごしたいでも、何ならルファスより強くなりたいだっていい。
その全てを覇王は肯定する。
「…………………」
この者が何を思ったかは定かではない。
しかしもう一度だけ力強くルファスの指を握りこんだ。
憎悪はいまだ薄まらず、しかし……。
傍らのアリエスはふっと微笑んだ。
今の彼女の言葉、全部どこかで聞いたことがある。
ふとした仕草や言葉選びの中に彼は生きているのかもしれない。
アリエスは後ろを見る。
混翼の者たちがルファスを見ていた。
余りに多くの感情が彼らの瞳の中で渦を巻いており、何を考えているかは彼にも判らなかった。
ただ一つ、彼らがルファスの背に誰かを重ね合わせていることだけしか彼には判らない。
夜。
一通りルファスが患者たちへの訪問を終え、ルファスより解散の指示を受けた後。
アリエスは足早にソドムの一室に向かっていた。
「来たか」
扉を開ければ彼を出迎えたのは同胞たるアイゴケロスだ。
ヘルヘイムの魔王でありルファスの狂信者である彼とアリエスは意外なことに気が合う間柄である。
元が羊と山羊というとても近しい生物なのもあり彼らはよく美味しい草花の話などで盛り上がることもあった。
ふっと老紳士は友であるアリエスの顔を見て笑う。
今回の件は彼も一度は認識を改めておかなくてはいけないと感じていたことだった。
「皆も来てくれたんだ」
「さすがに全員というわけにはいかなかったがな」
アイゴケロスが己の背を示せばそこには十二星天の錚々たる面々がいた。
スコルピウス、タウルス、サジタリウス、アクアリウス、カストール&ポルクス。
パルテノスはまだ治療に東奔西走しているために予定があわずレオンは来るはずもなし。
もちろんエロスことピスケスは王としての仕事があるために来ることは無理だ。
リーブラはミザールの付き添いと調整があるために不可能で、カルキノスもまたアウラの護衛のために来れない。
それでも十二星天の半数以上がこうやって集結できたのは僥倖だ。
それ以外にもゾディアック軍の中で幹部級の者たちも複数部屋の中にはいた。
誰も彼も今日の主役を待っていたのだ。
今回、これほどの者たちに声をかけたのはアリエスである。
もちろんルファスにも許可は貰っている。
今頃彼女は“繋がり”を通して何処かでこの集まりを注視しているかもしれない。
自分がいると十二星天──特にアイゴケロスとスコルピウスが──暴走してまともな会談にならないと彼女は知っている。
必要なのは自分への狂信というフィルターを除いた彼ら本来の感想と考えなのだ。
「来てくれてありがとう!」
「おぅ。盗み聞きの心配もないぜ」
部屋の隅に置かれた水瓶に腰かけたアクアリウスが手を挙げて答える。
何だかんだ言いつつ十二の星はアリエスを中心にまとまることが多かった。
ルファスの最初の配下という立ち位置はかなり大きく、何より彼はとても社交的なのだ。
そそくさと用意されていた椅子に座るとアリエスはさっそく本題に入る。
前もって配布しておいた書類を取り出した上で切り出す。
今までアリエスが集めてきた兵器群のユニットたちについての情報がそこには纏められていた。
“クレイモア級”
“エクスゲート弾道ゴーレム”
“ギガ級”
その他にも傀儡と化した魔神族やソドム戦で投入された新型の現在判りうる全ての情報がそこには記されている。
どれもこれも厄介で危険な化け物ばかりだ。
「アリストテレス兵器群について僕たちがこれからどう戦うか考えたい」
「ぶっ殺せばいいんじゃないのぉ?」
身も蓋もないことを言ったのは【蠍座】のスコルピウスだ。
彼女はソファーの上で寛ぎ自分の尻尾を指で弄びながら全くブレずに言う。
惑星一つを容易く毒殺できる彼女は紆余曲折有ってルファスに惚れ込み十二の星に加わった経歴を持つ。
彼女の種族はかのエンペラー・バーサークスコーピオン。
女神が惑星表面を“お掃除”するときに用いられるリセット装置は頭の片隅にあった苦い記憶を主への愛で押しつぶしながらアリエスに返答する。
「相手が誰かなんて関係ないわよぉ。
ルファス様の敵は全部ぶっ殺すのが妾たちの役目よねぇ?」
ルファスへの狂信を隠すこともなく述べる彼女にアリエスは強く頷いた。
彼にとってもスコルピウスの発言は頷けるものではある。
ルファスと彼女の率いるゾディアック───群れに危害を加えるものは早急に排除するべしというのは当たり前だ。
しかし問題は相手が自分たちと同等かそれ以上に強いという点なのだ。
十二星天はレベル1000の強者が続々と生まれ続けるこの黄金時代においても上澄みではある。
それ故に強者に挑んだ経験が殆どないという問題を抱えていた。
今までは圧倒的な種族としての力で勝つことができていた。
しかし兵器群にソレは通じない。
あの窓の外から見える青白いエル級。
あれから感じられる圧を正確に理解できている者は果たして何人いるのだろうか。
「そもそもあいつらは2年後に消えるって話じゃなぁい」
「断言するぞ、奴らは決して素直に消えてはくれんだろう」
スコルピウスの言葉に返したのはアイゴケロスだ。
この中でアリストテレスの負の側面に誰よりも詳しい彼はルファスと同じ確信を抱いていた。
信頼といってもいい。このままアレらが終わるわけがないという負の信頼だ。
「何よぉ。まさかあんた怯えてるの?」
「……!!」
挑発する態度と言葉に一瞬山羊の魔王は息を吸い込むがすぐに抑える。
彼は魔王。弱者に慈悲も容赦もない残酷な魔物の王ではあるが、強者に対しては真摯にその力を観察するだけの器はある。
何より……マナ・キャンサーの脅威を誰よりも理解してしまった彼は蠍の言葉を何とか咀嚼した。
「危険なのは間違いがない。ルファス様が奴らを警戒しているのは事実だ」
「ルファス様に恐れるものなんてないわぁ」
嗜虐的な笑みでそのまま嘲りの言葉を吐こうとしたのをアリエスが食い止める。
パンパンと手を叩きスコルピウスの注意を自分に向けさせてから彼は微笑みつつ言う。
あまり長い付き合いとはいえないが彼女が何を重視しているかよくわかっている彼はこの暴走癖がある一途な蠍の心をくすぐってやることにした。
「ルファス様は僕たちのことが大好きなんだ。だから万が一にでもスコルピウスが傷つくのが嫌なんだと思う」
「勝つのは当然として、僕たちで出来るだけルファス様の心労を減らそう」
“ルファス様は僕たちのことが大好き”という言葉は蠍の中では“ルファス様は妾のことが大好き”に変換される。
口角をこれ以上ないほどに上げたスコルピウスは「しょうがないわねぇ……」と渋々牙を収める。
「私達からいいかしら?」
とりあえず一番厄介で暴走しがちな者をアリエスが見事に手なずけた後、手を挙げたのはポルクスだ。
ソドムの戦いで最前線を張ったカストールと、終盤におぞましいマナ・キャンサーと相対したポルクス。
彼女たち兄妹は終戦からずっと考えていた。
あの化け物たちにどうやって自分たちで対抗するかと。
聞けばレオンを真っ向から叩きのめしたというギガ級もすでに旧型になったとか。
あの獅子はきっと慢心していたのだろうが、それでも腐っても四強を名乗るだけの実力はあった。
それを倒した存在が旧世代でしかも量産済み。
窓の外から見える程に巨大なあのエル級が新型らしい。
エクスゲートとはまた違った方法でワープ移動を繰り返し、圧倒的な火力と堅牢な装甲で短時間とはいえあの魔神王ともやりあった怪物だ。
更にはだめ押しと言わんばかりに明らかにアルゴナウタイに対するメタを張った樹木の怪物まで兵器たちは揃えているとか。
それら全てを考慮しポルクスはもしも自分たちと兵器群がぶつかった場合どっちが勝つか端的に答えを得ていた。
「真っ向からぶつかったら十中八九勝つわ。……残るのはルファス様だけになるけど」
結果は
彼女だけが勝って何もなくなった世界に一人残る。
勝利の代価として十二星天もゾディアックもルファスの仲間であるアリオトやベネトナシュも全員死ぬ。
それがポルクスの答えだ。
少なくとも今のままでは。
ルファスは勝つが代わりに何もかも失うだろう。
(……!)
マナ・キャンサー。
あのおぞましいモノと再び相対するかもしれないと考えるだけでポルクスは怖かった。
何を考えてあんなものを作ったのか制作者に問いただしたい気持ちだ。
あんな、未来など作れない全てを終わらせる怪物で一体何をするつもりだったのかアリストテレスという者は。
妹の言葉をカストールが補強する。
何万年も生きてきた彼らから見た兵器群の最も恐ろしいところはその進化の速度だ。
本来何千年も何十世代も重ねてようやくという領域の話を全て省略し今やアレだ。
「これ以上彼らに時間を与えてはいけない。
竜王との戦争からたった数年でアレだ。
これ以上となると誰も手に負えなくなる」
「今はまだルファス様が圧倒してるからいいわ。
……でも本当に追いつかれるかもしれない」
ポルクスは震える腕を抑え込んだ。
既にルファスの足元まで兵器群は迫っている。
あの細胞兵器とガン細胞、あれをどう弄り回すかは判らないが、きっと碌でも無いことになる。
そして残りの2割から1割の確率ではルファスさえ死ぬ。
つまり相打ちで誰も残らない。
いや、女神の性格を考えるにこっちの結末に誘導してくる可能性も十二分にありうる。
魔王と勇者は揃って消え去り世界は平和になりました。
そんな光景、ポルクスは何度も見てきた。
それでは敗北と何も変わらない。
つまり彼女はこう言っている。
“私たちはこのままでは戦力外だ”と。
スコルピウスが立ち上がり食って掛かろうとするが彼女を制したのは兜をかぶった大男──タウルスだ。
寡黙な大男はともすればレオンさえ超える腕力で蠍の肩を掴んでいた。
重々しく彼は普段めったに開かない口で己の意見を言う。
彼もまた竜王軍との戦いに参列していた身。
頭上を覆いつくしたアルゴー艦隊を見上げたことがある。
ただの人間が執念と狂気であそこまでのモノを作り上げたのだ、油断など出来るハズもなし。
タウルス───アステリオスは拳を握りしめ、それを見つめながら語る。
レベル1000に到達したが、それではまだ足りないと彼は考えていた。
あの日、敗北感に焼かれたのは彼も同じだ。
「俺たちは変わらなくてはならない」
今のままでは負ける。
で、あるのならば変わるしかない。
タウルスの言っていることはそういう事だ。
十二星天の面々は大半が生まれついての強者だった。
レオンを筆頭に格上の相手に挑んだ経験など殆どない。
しかし今、彼らは淘汰圧を受けていた。
強さに座した結果、猛烈な追撃に晒されている。
それでも自分こそが最強。
負けるなどあり得ないと妄信を続ければ待っているのはレオンと同じ結末だ。
彼はルファスに保護されたが同じ幸運は二度も続かない。
「ルファス様の足を引っ張ることだけは避けねばならぬ。
まさか敵を過小評価する愚か者はここにはおるまい?」
意外なことにアイゴケロスがポルクスとタウルスの言を補強した。
魔王は今の状況を誰よりも直視している。
竜王に対する二度の敗北とアリストテレスから受けた屈辱が皮肉にも彼の慢心を薄めるという成長を齎していた。
故に彼は一つの秘密を抱いている。
今はまだ詳細は明かせないが、いずれ来る兵器群、アリストテレスに対する対抗策を彼も編み上げつつあった。
ルファスという至高の魔物に一目で魅了された彼はこの世には自分よりも上がいるという事実を飲み込む器量を得ている。
そしてそんな彼は今の状況を屈辱とはいえよく判っている。
“足手まとい”
“ルファスの重荷”
“彼女にスキルだけ提供するお飾り”
対等に肩を並べて兵器群とやりあうなど夢のまた夢だ。
この際だから断言しよう。
十二星天という希少極まりない個体たちが今もこうやって一堂に会していられるのもルファスの保護下にあるからだ。
彼女の臣下/所有物という立場が彼らを守っている。
でなければ今頃大半の者はプルートの研究室にサンプルとして並んでいただろう。
主であるルファスが敵視し共存不可能と判断した不倶戴天の大敵。
アリストテレス兵器群という巨大な壁が現れた以上は適応しなくてはならない。
「だがどうする? ……奴らは刻一刻と変わり続けている」
「カストールの言うとおりだ。こうしている間にも奴らは新しい武器を作り続けているだろう……」
アリストテレスは手強いぞと最後に囁くように付け加えたのは人の姿をとり、しっかりと上下の衣服を着こんだサジタリウスだ。
この面々の中でもプラン・アリストテレスという怪人をよく知る彼はアレと戦うことが如何に恐ろしいかよく知っている。
ミョルニルで無機質に敵を殺戮していたあの蒼い瞳が此方を向くかもしれないと考えるだけで彼は……。
「なによぅ……皆どうしちゃったのよ……」
次々と出てくる暗い話題にさしものスコルピウスも困惑の声を漏らす。
あの自分と忠誠心を競い合い一応は対等の存在として認めているアイゴケロスでさえ弱気の姿を見せるのは異常だ。
あんたはヘルヘイムの魔王なんでしょう! と一喝してやりたいが周囲の者たちの顔がそれを許さない。
誰も彼も何かに耐えるように顔色はよくない。
屈辱に塗れた顔をしている。
それと少々の不安もだ。
ルファス様と共にある自分たちこそ最強にして至高。
それが大前提となっているスコルピウスからすれば今の状況は信じられないの一言だ。
しかし彼女もまた生まれた瞬間より強者だった存在。
何かに挑むという経験はなかったのだから責めるのは酷といえるだろう。
「吞まれちゃダメだ」
アリエスが透き通るような声で断言した。
今回こうして会合を開いたのは兵器群の脅威をしっかりと皆で認識するためではあったが、これは行き過ぎだと彼は判断した。
敵の強大さばかりに意識を割くのはよくない。
「僕たちだって十二星天なんだ。ルファス様が信じてこの名前を託してくれた」
続いでアリエスはフォローするように十二星天ではない者らにも優しく微笑みかけてウィンクした。
ゾディアックに属しルファスのために戦う彼らもまた同志でありアリエスにとっては等しく大切な群れの身内である。
「強くなろう。皆で」
彼は知っている。
かつて泥の底に沈みただ死を待つだけの弱者だった少女を。
そんな少女がどんな思いで力を付けたのかを。
確かにアリストテレスはとんでもない強敵だ。
自分たちが死力を尽くしても届かない可能性も大きい。
だけど我らは十二星天。あの覇王ルファス・マファールが相応しいと判断した将だ。
「あと2年。ルファス様が作ってくださった時間をちゃんと使おう!」
兵器群の解散までの時間をアリエスは明確なタイムリミットに位置付けた。
何が起こるかは判らない。
アイゴケロスが言うように行動を起こすかもしれないし、もしかしたら本当に素直に解散するかもしれない。
未来は未知だ。
良くも悪くも無限の可能性がある。
死の淵から暖かい日々に行くこともあれば、永遠に続くと思っていた夢のような日常が唐突に終わることもあった。
準備すべきだ。
何が来ても対応できるように。
でなければその時が来ても無力に泣くことしか出来ない。
(……)
仲間たちを見る。
皆ルファス様が好きなアリエスの大切な同胞たち。
決して失うまいと彼はひそかに決意を新たにした。
自室でルファスは瞼を閉じ、意識を集中して“繋がり”を辿っていた。
己の配下たちが具体的に何を言っているかまでは判らないが、皆が和気あいあいと意見を出し合っているのは判る。
誰のどのスキルとどのスキルがシナジーがある等の意見を交換し合い、さらに一歩踏み込んで効率的な連携技の考案をしているようだ。
今までの彼らではあまり考えられなかった事だが、これは良い意味での予想外だった。
王は小さく微笑む。
こんなにも純粋に喜びを抱いたのは久しぶりかもしれない。
多くを背負い翼以上に重くなっていた肩が少しだけ軽くなった。
十二星天の中にあった慢心。
己たちこそが至高で敗北などあり得ないという思い上がりは正されつつある。
この変化は来る兵器群との戦いにおいて極めて重要な変化となるだろう。
その中心にいるのはアリエスだ。
ルファスが何も言わずとも彼は十二星天を繋ぎとめる中心的な存在になっていた。
もはや誰も異論など挟めないだろう、彼こそが十二星天のリーダーであるという事実に。
かつて誰かが考案した天翼族用の安楽椅子に身を委ねる。
翼を潰さずに仰向けで眠れるコレを気づけば彼女は愛用していた。
「………ふふっ」
遠くに感じる声を子守唄にルファスは眠りにつく。
今夜は久しぶりによく眠れそうだと思いながら。