ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
「紹介したい人がいるんだ」
「彼ならきっとコレを気に入ってくれる筈だ」
「裏切り? いいや、僕はアリストテレスの凄さをもっと知ってほしいだけさ」
───メグレズ、友人を推薦する。
皆様の
老婆の嘲りが幾度も胸中で響く。
それは遅効性の毒のごとくじわじわと彼のプライドを溶かし続けていた。
蒼い瞳が見下ろしてくる。
凍り付いたという表現では足りないくらいに冷たく無機質なソレは冷厳として彼らを見下ろしていた。
あの時、竜王の軍勢に敗れかけた時に向けられた瞳は容赦なく彼らを射抜いて癒えない傷を刻んだのだ。
男の起源はただ剣を誰よりも上手に振るいたいと思っただけだ。
彼には魔力の素養などなく、ただ人より優れた身体があった。
何かに夢中になれたことなど人生において殆どなかった。
周囲の者たちや親族がそうだったように農家になるのがきっとミズガルズにおいて賢い選択だったろう。
無尽蔵の体力と他者より優れた腕力はまさにうってつけだ。
男──アリオト自身もあまり熱意のある性格ではなく、ただ漠然と生きていたのもありきっとそうなるだろうと本人さえ思っていた。
しかし人生は何があるか判らないものだ。
気づけば立派な青年となった彼は剣士になっていた。
始まりが何であったかはよく覚えていない。
まだまだ少年の時、父から護身として本当に基礎的な剣の扱い方を学んだ時だったか?
剣を握ってほんの数時間で彼は父を超え、村では誰も勝てない程に腕を上げてしまった。
……アリオトの父は戦闘員ではない。
村の自警団に所属しているが、所詮は素人に毛が生えた程度の男だ。
剣技だって今の彼からすれば赤子のようなもの。
それでも家族をしっかりと養い、村を守る父をアリオトは今だって尊敬している。
息子に負かされた父は目を白黒させた後に幼きアリオトの頭を撫でてこう言った。
今でも忘れられない、彼の根底にある一言だ。
「もしかしたらミズガルズで一番すごい剣士になれるかもな」
それは一人前の男に育ちつつある我が子に向けた祝福の言葉だった。
まさか本気でそうなるとは思っていないかもしれないが、それでも心から彼は息子の成長を喜んでいた。
ずっと背中を見てきた父に認めてもらえたのが嬉しかったのだと彼は覚えている。
剣か。やってみるか。
ただ漠然と生きているだけだった彼はそうして剣の道に入った。
劇的でも何でもないが、得てしてはじまりとはそういうものなのだ。
彼の剣士としての能力は“天才”というつまらない言葉で表すことができた。
レベルこそ上がりづらいミズガルズだが、それでも彼の持つセンスは素晴らしいの一言だ。
まずは村を襲うゴブリンを。次は自警団の者らと共に近くに巣を作ったオークたちを。
やがてはちょっと遠出して町を襲おうとしていた恐竜を。
徐々に、徐々にだがアリオトは獲物を大きくし続け、やがて故郷の周囲の魔物は全て狩りつくしてしまった。
時には一人で、時には仲間と共に。
そうやって剣を磨き続けた結果、彼のレベルは気づけば100を超えるほどにまで高まった。
しかしまだまだ足りない。
もっと強い敵を、もっと濃い経験をと最強の剣士を追い続ける彼がミズガルズ中の人類が集うユーダリルに足を運ぶのは当然と言えた。
────そこで彼は“頂点”と出会った。
“また恐竜が暴れているのか”
“何、問題はない。これも潰しておいてやろう”
明らかに次元が違う存在だった。
周囲を無駄に威圧しないように『インフィニティ』という拘束具をつけてもなお飛びぬけた力。
竜王の影響によって活性化した魔物や恐竜の群れを丸ごと駆除して帰ってきた怪物は事も無げに次の依頼に手を伸ばしていた。
「此方の依頼ですね。畏まりました」
「一度お休みになられては如何でしょうか?
ユーダリル・ロイヤルは常に貴女様たちを歓迎いたします」
「依頼の後に、代表がお話があると……」
冒険者という存在を何処か普段は見下したような態度をとっていたユーダリルのお偉い方が丁寧に丁寧に彼女には接する。
彼らの上役である混翼の者らから「彼女には最高の敬意を以て接しろ」と厳命された結果だ。
あれから250年、アリストテレスの名は歴史になったがルファスはいまだ一定の影響力をユーダリルに保持することに成功していた。
既に二つ。彼女はこの一日で魔物の群れを葬っている。
移動時間など【エクスゲート】を使える彼女からすれば意味がない。
それでも全身からあふれる覇気は些かも衰えを見せない。
金糸を揺らし彼女は己の背後にいる二人に「構わないか?」と問えば問題ないと二人は頷く。
エルフの男と中性的な少年を引き連れた女だった。
ルファス・マファール……当時の彼女は竜王討伐に出る前にユーダリル近辺のならしをしていた。
カルキノスという最高の護衛や最高位の魔法使いであるアラニアが街にはいるといっても母たちが住まう故郷の近場の安全を確固たるモノにしている最中なのだ。
同時に彼女はユーダリルを通し将来の為に知見を蓄えていた。
ミズガルズを統一し人類共同体を率いる立場になるために、あらゆる種族の仲間を求めていた時期でもある。
そんな中、アリオトはルファスに魅せられていた。
男としてではなく、一人の戦士/剣士として。
一体どれだけの研鑽を積めばあんな存在になれる?
レベルだの何だのという小賢しい概念よりもまず前に。
彼はルファスの完璧に仕上げられた身体捌きと気配に焼かれてしまった。
「すげぇ……」
戦闘者の端くれとしてアリオトは本物を一瞬で見抜く。
この女が何者で、何でこんな存在がここにいるのかは全く判らない。
しかし彼女の近くにいれば自分の剣はさらなる高みに至れると彼は悟り───。
見られている事に気づいた紅い瞳がアリオトを見返した……悪意や欲望ではなく純粋な情景と微かな野心が彼女の気を引いた。
このレベルという概念に縛られた世界で純粋な向上心を抱く者はそう多くはない。
そして。
「面白い奴だな。名を教えてくれないか?」
─────。
アリオトは無我夢中で剣を振るっていた。
何日も何日も、それこそ寝食さえ削って彼は剣のことだけを考え続け、その結果を眼前の【ソード・ゴーレム】にぶつける。
レベル1000の勇者、本来ならばミズガルズで並ぶものなき最強のクラスを備えた天才の剣はまたもや容易く受け流された。
しかし今度は以前の訓練とは違う。
アリオトは容赦なくスキルを発動させた。
【クイック・レイド】
無数の軽い剣筋がゴーレムに迫る。
ゴーレムの逃げ場を完全に封じる形で放たれたソレは直撃さえすればこんなゴーレムなど微塵切りに出来る。
しかし……出来ない、出来ないのだ。
『……………』
ゴーレムは何も言わない。
ただ一本の剣をアリオトでは決して出来ない程に精巧に扱い、己に迫る剣線を切り払った。
全てを迎撃などという無駄なことはしない。自分に当たるものだけを的確に振り払うのだ。
そのまま空いた隙間に体を潜り込ませゴーレムはアリオトの放った攻撃をいなす。
何千と迫る攻撃を一瞬で全て把握し己に傷をつけるものだけを見つけ出し、無駄なくそれだけを切り払う。
言葉にすればそれだけだ。今のアリオトでも死ぬ気で集中すれば出来る。
(相変わらず剣が上手い……!)
アリオトは剣士としてゴーレムを観察し続ける。
相手はただの量産品であり、彼は勇者だ。
本来ならば相手にもならないほどに差があるというのに、剣だけ使う戦いにおいて彼は一度も勝てていない。
ステータスでは勝っている。圧倒的に。
スキルだって【勇者】である彼のソレは他と隔絶している。
武器だって相手は量産品の剣で、差は殆どない。
しかし勝てない。
少なくとも剣士としては。
誤解のないように言っておくとアリオトはやろうと思えばゴーレムを破壊することは出来る。
メラクやメグレズといった後衛職の者らにサポートやバフを受けて圧倒的な破壊力を持つスキルを乱打すれば勝つことそのものは出来るのだ。
奇しくもソレは兵器群がエクスゲート弾道ゴーレムを用いるのと似たような思考だ。
どれだけ強い人物がいようとミサイルを撃ち込めば死ぬ、そんな枯れた現実的な話である。
しかしそれはアリオトのプライドが許さない。
剣士を遠距離から銃で撃ち殺したとして剣士として勝利したとはいえない。
戦争ではそれが許される。しかしそれはアリストテレス兵器群の考えだ。
(純粋に剣の扱いが巧みだ)
(俺にはあの動きは完全再現出来ねぇ……だが!)
切りかかる。
上段から思い切り剣を叩きつけるように振り下ろす。
かつての己は切断するというよりは押しつぶす感覚で剣を振っていた、それを応用した打撃も兼ねた一撃だ。
刀身を横からカツンと叩かれ、剣は重量と勢いに任せて大地に亀裂を作った。
とてつもなく巨大な空振りだ。
ゴーレムは軽々とアリオトの間合いに踏み込み、彼の剣の真横に立つ。
“まだやりますか?”
無言の問いかけに勇者は壮絶な顔で返した。
「当たり前だ……っ!」
歯茎をむき出しにした獣のような顔だ。
また一つ、お前の技を見たぞと内心で吠える。
思い切り剣を横薙ぎに振るえばひょいっと軽く跳ねてゴーレムはそれを回避した。
再び始まる一方的な死闘。
量産型で、すでに旧式になりつつある接近戦ゴーレム相手に剣士は死力を尽くしていた。
一つでも多く盗み取ってやる。
アリオトは既に何度もこの人形たちと模擬戦を繰り返し技術を盗み取っていた。
もうすでに本人の自覚は薄いがアリオトは純粋な剣の腕だけならばルファスと比較できるまでに高まっている。
仮に彼女がレベル1000に力を抑えた状態で剣だけで彼と戦えばアリオトの勝率は6割近いだろう。
270年以上生きてきた彼女にたかだか2,30年くらいしか生きていない彼が匹敵する、それがどれほど異常なことか。
しかしそれでも高みは遠い。
しかもその頂点は休むことなく離れ続けている。
先にアリエスが語った通り、彼らはやろうと思えば一秒でアリオトの人生数万回分の経験を積めるのだから。
ゴーレムの剣は相変わらず美しい。
本当に無機質な人形が振るっているとは思えないくらいに剣が生きている。
だがしかし同時に彼らの剣技は彼らにしか振るえない側面もある。
ゴーレムは人の四肢を模してはいるが筋肉はない。
骨組みはあれど骨はない。
つまり脳が体を動かす為に電気信号を送るというタイムロスがないのだ。
生物的な疲労もなく狙いに誤差もない。
思考で思い描いた理想的な剣をそのまま現実に落とし込める。
彼らには“加速”という概念はない。
瞬間的に最高速に剣は達し減衰することなく的確に振るわれる。
最初の頃などアリオトは自分が切られたことにさえ気づけなかった。
打ち合い続ける。
まるで空気と戦っているようだった。
どんな攻撃をどんなタイミングで仕掛けても全て無駄に終わる。
最低限/最小の動作で回避したかと思えばその次には大胆に仕掛けられ、アリオトの体にまた裂傷が増えた。
全くパターンが読めない。
常にゴーレムはアリオトの思考の上を行き、さながら子供をあやすような気楽さであしらってくる。
屈辱に柄が音を立てた。
(俺とこいつらで何が違うってんだ)
脳裏をよぎるのは黒い翼を携えた背中。
レベル限界を幾つも超えた彼女に対し己はたかがレベル1000。
思案する。
何故勝てない?
技量に経験にスキルに身体構造に、考え付くだけで無数に浮かび上がるがどれ一つとしてしっくりこない。
人形の剣は速い。しかし早すぎる訳ではない。
無駄に速度を出さないだけだ。
同じように剣を振るえばきっとアリオトの方が早い。
なのに勝てない。
幾度かいけるのではと思ったこともあったが、それでも最後は首筋に刃を突き付けられてしまう。
今の様に。
ピタッと頸動脈に添えられた刃はこのまま振りぬけばスパンと男の首を跳ね飛ばしていただろう。
1032回目の敗北だった。
負けて負けて、負け続ける。
たいして傷3つ。
それがアリオトがあらゆる全てを総動員して付けることが出来た傷の数だ。
ミズガルズでも有数の才能を持つ男が最強のクラスを保持し理想的な環境で訓練を積み、実戦経験を経てなおそれが限界なのだ。
アリエスにはああいったが男の中では着実に淀みがたまっていく。
何度も負け続け、そのたびに剣士としての至らなさを突き付けられれば誰であっても精神が軋むのは当然といえよう。
射殺すような視線をゴーレムに向けて硬直する中、軽い足音を立てて誰かが近づいてくる。
カツ、カツと同時に杖が地面をたたいている音を聞き分けてアリオトはそれが誰かを察した。
どんな時でも変わらず黒いローブと尖った帽子を被った老婆は汗と血で汚れ切ったアリオトを見ていった。
「鍛錬中に失礼。お邪魔でしたら日を改めましょうぞ」
「……いや、良い。ちょうど一休みしたかった」
「左様で」とだけ返し魔女はまずは【エリクサー】の入った瓶をアリオトに渡した。
とりあえず体力を回復しておかないと話に集中できないだろうという気遣いからの行為だった。
そんな彼女にアリオトは微妙な顔をする。
これを作ったのはルファスだ。
エルフと共に仕上げた【エリクサー】のレシピは当然ながら機密事項である。
つまり兵器群はこれを彼女から購入したということだ。
それがどうにもアリオトにはおかしなことに思えた。
剣一筋の剣狂いとはいえ彼もまたルファスの近くにいる男、彼女とこの老人がどんな関係なのかはよく知っている。
政敵だ。
ほぼ世界を統一しつつある覇王にとって己の立ち位置を脅かしかねない邪魔者。
どうあっても彼女たちは共存できないであろうことは彼も知っている。
世間の表向きではルファスに政争で敗れ2年後には兵器群もろとも消える予定の魔女が自分に何の用だ?
そう彼が思ってしまうのも致し方ない。
「あんたもコレを使うんだな。
ルファスとは……あんだけバチバチにやりあってんのに」
「良いモノは良い。製作者が誰であろうと関係はありませぬ」
何せマファール陛下も我々の製造した「保険」を大量に仕入れておりますからのと続ける。
相変わらず秘薬の効能はすさまじい。
一瞬でアリオトの肉体につけられた幾つもの切り傷や痣が消え去っていく。
体力も全快し瑞々しい気持ちになった男は改めて魔女を見る。
「俺に何の用だ? 言っとくが俺はルファスの弱点とかは知らねーぞ」
「とんでもございません。私めは貴方様に一つ品評をお願いしたくはせ参じた次第で」
“品評”という単語にアリオトは頭を傾げた。
いったい何を言っている? 俺に何を確かめろと?
軽快な音と共にゴーレムがメリディアナの背後より現れ、布に包まれたソレ───剣を見せた。
それは銀色で何の飾り気もないロングソードだった。
本当に一切の無駄がなく質素極まりない。
そこらへんの一般兵が支給されてもっていそうな長剣である。
「…………!!」
しかしさすがはアリオト。彼はコレの本質を見抜く。
彼はコレを見た瞬間、引き込まれそうになる。
ゾワっと背筋が泡立ち、そして底知れない歓喜を抱く。
────なんだこりゃあ……。
自分でも判らない程に彼の心と体は喜んでいた。
負け続けたせいで濁り始めた心に朝陽が差し込んだようだった。
意味が判らないし、まだ何の説明も受けていない。
しかし彼はコレが己に勝利をもたらしてくれる一品だと理解してしまった。
ルファスが扱う蛇腹剣や神剣、あれらと比較してなお別次元の品だと。
「……さすが剣士たちの王、一目見ただけでお判りになるとは」
ツツツと鏡のような刀身をしわくちゃの人差し指でなぞる。
これは技術的実験品であった。
【一致団結】を上手に応用すれば自我のないゴーレムなどをマニュアル操作できるのは既に周知の事実だ。
その概念を兵器群は更に探求しもう一段階上を目指したのだ。
兵器群に所属する人類諸氏の戦力向上ともう一つの確認を兼ねて。
「【マリオネット】と私め共はこれを名付けました。名前の由来は……まぁ追々」
じっと剣を凝視する男に魔女は優しく微笑みかける。
まるで愛らしい子供にお菓子をあげる祖母のような顔で。
両手で剣を取り出し男に柄を差し出す。
キラキラで汚れ一つないソレはまさに新品といった言葉が相応しい。
そこに反射した男の顔は銀よりも激しくぎらついていた。
「剣士として名高いアリオト様のご意見をお聞きしたいのです」
「────良いぜ」
生返事で返す男の目には剣しか映っていない。
どんな仕掛けがあるかは判らないが、きっとこれは凄い。
そして────男はアリストテレスの糸に絡めとられた。
大きな【バルドル】が新しく己の加護を願う男をじっと見つめている。
勝ちたい。
※いいとも。
もっと剣を極めたい。
※お安い御用だ。
もっともっと強くなりたい。
※容易い。
誰よりも何よりも、ルファスよりも強くなりたい。
※では、やってみようか。難しいだろうが。
そして。
呆気ない話だった。
あれだけ苦戦した【ソード・ゴーレム】の残骸がアリオトの前には転がっていた。
新しい武器の試験運用にあたって彼らが手加減した等ということは断じてありえない。
数百の切れ端になったゴーレムたちはもはや再起不能だろう。
今までの彼が幼子と思えてしまうほどにアリオトの剣は極みに引き上げられていた。
勝った。
彼は剣の腕だけでゴーレムたちを完膚なきままに叩き切った。
傷どころか埃さえその身体にはついていない。
圧勝という言葉さえ生ぬるい。
勝負にさえならなかった。
剣を振るい始めた瞬間から彼の世界は様変わりした。
どう動けばいいか全てが視え、相手がどう動くかも手に取るようにわかる。
脳がかつてないほどに活性化しレベル1000の者が入門する世界よりもさらに上位の圧縮時間に彼は足を踏み入れた。
己の中の何かが拡張されていく。
無限に、絶え間なく。
ゴーレム達は動いていない。
研ぎ澄まされた剣鬼の瞳は全てを見抜く。
ゴーレムを構築する物質の形、内部構造、脈打つ原子の鼓動さえ彼の瞳は観察できる域に高められた。
透明だ……気分がいい……世界はこんなにも……。
アリオトは自由になっていた。
今まで抱いていた剣への狂おしき渇望、伸び悩むことへの焦り、そしてルファスへの嫉妬。
全てから解放された彼は大空を自由に舞う鷹のごとく鋭さ/自由を以て剣を振るった。
ゴーレムの肉体に無数に走る“線”はエントロピーをわかりやすく視覚化させたもの。
この世に在るほぼすべての存在が持つソレを力を入れずにそっとなぞればバターでも切断するようにゴーレム達は切り分けられてしまった。
勝利。
誰もが好む二文字を彼は手に入れた。
マリオネットはほんの短時間で手になじみ、もはやこれしか考えられない位にしっくりと来る。
ルファスの所持する神剣を気にかけたこともあったが今や何の興味も抱かない。
あんなもの、この最高の剣を前にすればゴミだ。
「ははは……」
笑う。歓喜が止まらない。
剣を通してマナが活性化し脳はかつてない勢いで幸福ホルモンを分泌させる。
明らかに自分が異常だということくらいアリオトにもわかるが、もう止まらない。
“マリオネット”
アリストテレス兵器群が開発した新兵器であるコレは言わばサポーターだ。
使用者の脳とマナに深く接続し、対象をアリストテレス兵器群の“意思”へと導いてくれる。
アリストテレスの膨大な演算能力を振り分け、使用者の脳にシミュレート結果を送り込むのだ。
その際に脳は最適化され余計な思考は削除され、脳内物資さえ管理されることにより意識を“覚醒”させられる。
後はもう全自動だ。
使用者の肉体は勝手にアリストテレスによって動かされ全自動で勝利を得ることが出来る。
極論、この剣を握っていれば眠っていても勝てるのだ。
アリオトが味わう感覚は言わばカモフラージュ。
完全に剣に取り込まれているというおぞましい実態をさながら己の潜在能力が引き出されたと錯覚させているに過ぎない。
実際はマリオネットの名のごとく所有者とアリストテレスを結びつける糸だ。
つまり勝利を得るための道筋さえ兵器群は用意してくれるようになったということだ。
これを効率的とみるか、戦士の誇りを汚すかと見るかは人によって分かれる事だろう。
「ははははははは!! ははははハハハハハハ!!!」
アリオトは笑う。
もう笑うしかない。
彼は殆どを理解しながらも笑い転げる。
もはや屈辱さえ感じない。
ここまでされたら……何も言えないのだ。
何が剣だ。
何が勇者だ。
何が神剣だ。
そんなもの、何の意味も……。
だがしかし───さっき自分が振るわされた剣筋は今まで見てきた何よりも美しかった。
何万年修練を重ねても本来ならばたどり着けない域、そこに彼は
────感想をよろしいですかな? アリオト様。
魔女の問いかけにアリオトは…………。
試作型融合一体化装備【マリオネット】
分類:アリストテレス兵器群・人機融合系試験装備
「マリオネット」は、アリストテレス兵器群が開発した神経同調型戦闘補助装備である。
外見は一見して装飾のない銀白のロングソードに過ぎないが
その内部には複合演算体と特殊なマナ回路が封入されており
使用者の神経・脳波・マナを直接読み取ることで、戦闘行動の最適化を実現する。
装備時、刀身と使用者の間に「融合接続回路」が形成される。
これにより、剣は単なる道具ではなくもう一つの神経系として動作を開始する。
アリストテレス兵器群の演算リソースがリアルタイムで供給され、使用者の身体操作・運動予測・敵対対象の行動解析が同時進行で行われる。
その結果、剣筋・歩法・体軸制御が“自動補正”され、理論上最短経路での勝利行動を取ることが可能となる。
特性。
使用者の反射を上書きし、最適解で身体を動かす自律反射支援機能を搭載。
戦闘中は使用者の意志決定と兵器群の演算結果が逐次融合し人間と剣の区別が消える。
同調率が上がるほど、剣は使用者の精神構造を模倣し、最終的には「
欠点・リスク
過剰な融合は人格侵食を引き起こす。
剣の演算意識が逆流し、使用者の運動野を上書きして“
だが問題はない。
勝ちたいのであれば思う存分に使うと良い。
備考。
戦闘の“理論最適化”を目的とした試作機であり、結果として「剣が人を使う」という逆説的な存在となった。
それは、戦う者が理想の動きを求め続けた末に行き着いた人を辞めるという結論の権化だ。