ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
「僕はもっとアリストテレスを知りたい」
───あるエルフの胸中。
強くなりたい。誰よりも。
アリオトは民衆には世界最強の剣士と呼ばれている。
勇者のクラスを保持しあのルファスと轡を並べて戦ってきた彼がそう呼ばれるのは当たり前の話だった。
レベル1000の上に【勇者】であり、さらには兵器群と何度も戦い経験を積んだ彼は確かに空前絶後の剣士だ。
しかし今やその名前に何の意味がある?
彼はルファスやベネトナシュよりも弱く、兵器群のゴーレム相手に剣技では及ばない。
覇王と吸血姫、アリストテレスがいない時代に産まれれば違っただろうが、それは無意味な話だ。
誰よりも優れた剣士になりたい。
彼は自分が本物の【勇者】ではないことを知っていた。
確かに歴代の者たちが使うスキルを扱えはするが、肝心である女神の加護/贔屓がないのだから。
故に彼は≒の勇者なのだ。
誰よりも剣を極めたい。
幾人かとった弟子たちが稽古をしている光景をアリオトは見つめていた。
世界最強の剣士として高名になってきた彼の師事を乞うものは多い。
彼もまた誰かに教えることで新しい発見があるかもしれないと思いそういう者たちを拒みはしなかった
最強の剣士になりたい。
アリオトが目をかけているだけあって誰もが粒ぞろいだ。
特にあそこで真剣な顔で模擬戦をしているスペスなど中々に筋がいい。
あのまま成長を続けていけば誰もが英雄と呼ばれる域に達するだろう。
しかしそれは……低い次元の話だ。
人類という弱い種族の中でちょっと頭一つ二つ抜きんでた程度だ。
レベル1000というのは古い限界だ。
ベネトナシュにルファス、さらには兵器群たちがそれを超えているのに彼はそこにぶつかったままだ。
判りやすい数字というのは残酷だ。
どうあっても劣等感をくすぐってくる。
ルファスたちよりも強くなりたい。
どれだけ目を背けても見たくない現実は追いついてくる。
ルファスとアリオトたちは確かに仲間ではあるが対等ではないという現実が。
彼もそうだが、ルファスとほかの者たちには隔絶した差がある。
純粋にレベルだけ見ても4倍以上違う。
更に天翼族という長寿種族の彼女はその人生の大半をかけて知識と経験を蓄えておりアリオトでは話にならない程に賢い。
あのすさまじい効能を持つ【エリクサー】さえ作れるのが彼女であり、単純な戦闘能力を考えから外してもルファスは規格外極まりない。
ハッキリ言えばアリオトはオマケだ。
安っぽい付属品だ。
ルファスという太陽の重力に捕まり彼女の周囲を無様に公転する数多あるアステロイドに過ぎない。
どうあっても歴史の主役にはなれない、ルファスを輝かせるためのモブが今の彼の立ち位置だ。
既に一部の者たちの間では囁かれているのを彼は知っている。
“この時代の主役はルファス・マファールとアリストテレスで、それ以外は有象無象だ”
どうしようもない事実に彼は何も言えない。
反論などしたらそれこそ……惨めではないか。
事実上竜王の軍勢に敗れた時、彼は思った。
───俺たちはルファスがいなければ何も出来ないのか?
心に残った一つのシミ。
こびりついたそれが大きくなっていく。
彼女を超えたい。
打ち負かしたい。
誰よりもすごい剣士になりたい。
「……」
弟子たちの剣技を見つめながら彼の心は此処にはない。
どれだけ心を鎮めようとしても胸中に空いた孔がじくじくと痛む。
本来の彼ならばすぐに気づける他者の接近にさえ気が付けない。
ドシドシと大きな足音を立てて後ろから近づいてくるドワーフにさえ今の彼は気づけない。
あの世界に戻りたい。
アリオトは指を開閉させながらそう思っていた。
腰に挿した剣の柄を撫でるが全く馴染まない。
もう何年も振るっているハズの剣だったはずなのに、全く自分のモノとは思えない。
当然の話ではあるがマリオネットは彼の剣ではない。
あくまでもアリストテレス兵器群の物品であり彼はそれを一時借りただけだ。
当然の話として品評が終わったら返却したのだ。
もちろんそんな当たり前の話に彼は異論を唱えるハズもなくマリオネットは返却している。
しかし彼はもう覚えてしまっていた。
あの喜び/悦びを。
今まで決して届かなかった領域に指が届き、全てをわが物とした全能感を。
アリストテレスの威光はもはや彼の脳と魂に焼き付けられてしまったのだ。
何としてもアレをもう一度振るいたい。
あの剣を、あの頂点に至った感覚を再び味わいたい。
あの魔女……アレに何としても接触しなければ───。
「オイッ!」
「!」
ハッと我に返ったアリオトが隣を見ればそこにはミザールがいた。
髭もじゃのドワーフは腰に手を当てて不機嫌な様子でアリオトを見上げている。
ジーと数秒ほどアリオトを睨みつけた後にドワーフは大きくため息を吐いた。
「お前、少し疲れてんじゃねえのか? ひでぇ顔してるぜ」
「あぁ、悪い。 ……かもな」
仲間の自分を案じた言葉にもうわの空で返せばミザールはすっと無表情になった。
いくらドワーフといっても本当ならばもう少し駆け引きやら雑談やらをしてから本題に入るつもりだったが……。
「お前もあの婆さんに何か吹き込まれたな?」
「……そっちはなんて言われた?」
ミザールは腕を組んだ。
へっと大きく舌打ちを放つ。
「俺を雇いたいんだってよ。よりにもよってこの俺様を。
ありゃあぜってえ2年後に消える気はねえな」
ミザールは優れた技術者であり王の代理を任されるほどに尊敬を集めてはいるが、実は王族ではない。
それどころか彼は貴族でもない。
ただ単純にどこまでも優れた腕を持つただの英雄ドワーフでしかない。
それもはみ出し者だ。
誰もがアリストテレスの作品に従属させられたプルートにおいてただ一人そんな現状に異論を叩きつけた異端児だ。
そんな彼をメリディアナは好待遇で雇用したいというのだから皮肉な話だ。
法的には問題ない。
むしろ都合がいいとさえいえる。
ドワーフ王の代理である彼がアリストテレス兵器群に見いだされるのは自然な流れなのだから。
ルファスは竜王討伐の功績を以て王になったが彼女の仲間たち──アリオト達の立ち位置と身分は実のところ曖昧だ。
もともと王族であったメラクや族長の子だったメグレズは例外としてもアリオトやミザールは庶民の出だ。
ルファスと共に竜王と戦った英雄という名誉はもっているがそれだけでもある。
それにこれはミザールにとっても正直なところ悪い話ではなかった。
いま行っているマナへの人格転写技術の仕上げ。
マナと思考/記憶を結び合わせる最も高度なシークエンスを彼らは手伝ってくれるという。
緩やかに行き詰りつつあるソレを兵器群は支援してくれるといっているのだ。
この世で最もマナや女神の力に深い知見と技術力を持つアリストテレス兵器群ならば問題なくミザールの直面する難題を解いてくれるだろう。
そういう建前で彼は己の本心を誤魔化していた。
リーブラは素晴らしい。
比喩抜きでミザールの人生においての最高傑作で、愛している娘と言っていい。
しかし瞼の裏でちらつくのは圧倒的極まりないエル級の輝きだった。
「俺は受けるつもりでいる。リーブラも一通り仕上げたしな」
「俺は」
言葉に詰まった彼は喉仏だけを上下させる。
声は出ず、脳裏を幾つもの思考がよぎった。
ある意味ではこれはルファスへの裏切りになるかもしれない。
彼女はアリオトの恩人だ。
いくら才能があったとしても決して自分一人ではここまでこれなかった事を彼は自覚している。
あの果実がなければレベル1000どころか200にも届かなかっただろうし勇者にもなれなかった。
数多くいる雑多な冒険者たちと同じく命の投げ売りの中で死んでいただろう。
そう、今こうやって衣食住に困らず剣を振れているのは彼女のおかげだ。
このまま弟子を育てて生きていけばやがてミズガルズの歴史の中でもルファスの隣に添えるように名前が小さく刻まれることだろう。
その上でアリオトは考える。
このままでいいのか?
このまま、ルファスのオマケで終わるだけでいいのか? と。
いいわけがない。
俺たちは。
俺は。
ルファスの引き立て役じゃない。
感情の天秤がついに閾値を超えたことを察した蒼い女はクスっと笑った。
美麗な声で滔々と歌い上げる。
“その通り。貴方は勇者”
“その名前を冠する以上、引き立て役で終わるなど私は許しません”
“貴方にも役目を与えましょう。私の愛しい勇者さま”
あの時と同じように邪魔者はぶつけ合わせるに限る。
龍でさえ倒せないルファスと兵器群、これらを同時に排除するいい方法をアロヴィナスは思いついた。
竜王と異物、あれらと同じように女神は計画を回すことにしたのだ。
プルート深淵構造体【最下層タルタロス】
冥府の底に建造された人の業と技術を結集させた人工の地獄。
更に更に規模を拡大させたソレはもはやマントルをぽっかりとえぐるほどの規模になっていた。
しかも時間を10倍に加速させた上に更には空間さえ【エクスゲート】の応用で折りたたむことにより大陸に匹敵するほど内部は拡張されている。
あらゆる箇所で資源が発掘され、兵器と武器が量産を続けられている。
ルファスが停止を命じてもすぐには止められない程にここは人類の心臓なのだ。
何百万人を平然と養える量の食糧。
全人類に行き渡る程の規格外極まり性能のアイテム。
エリクサーには及ばないまでも高性能かつ安価な薬品。
アップデートを繰り返されたアルゴー艦隊。
全て今の人類にはなくてはならない品々だ。
人類共同体の心臓の座にいつの間にかタルタロスは座しており、もはや止められない。
既に上部にあるドワーフの王国こそオマケとなってしまったのがプルートである。
これではどちらが主なのか判らない有様であるがドワーフ達は何も言えない。
アリストテレスの作り出す無尽蔵の兵器と無限の発想、未来を約束する甘言に心まで蕩かされてしまっているのだから。
吸血姫が掲げていた強者こそが正しいという概念をドワーフに置き換えればこうなる。
優れた技術者こそが正しい。
最も優秀なクリエイターの語る言葉こそが絶対。
本来ならば誰もが己こそが一番であると自負を持っているゆえにこの言葉は良い意味で機能していた。
誰もが切磋琢磨し自分の作品と腕に心からの誇りを抱き時には激しく意見をぶつけあっていた。
しかしアリストテレスは全てを塗りつぶした。
明らかに次元の違う発想と狂気の兵器体系がドワーフたちの誇りを打ち砕き、すべての職人を自分の品を作る手足へと変えてしまった。
ここは冥府の底、狂気に魅入られたかつての誇り高き職人たちが蠢く地。
「チッ」
余り好きではなかったプルートの下層にやってきたミザールは開口一番に舌打ちをする。
ドワーフたちはもう自分で何かを作れなくなり始めている。
アリストテレスに魅せられ染まったせいだ。
芸術というのは千差万別であるべきだ。
しかしアリストテレスの世界にそれはない。
全てが効率の二言に縛られている。
遊びがないのだ、兵器群には。
あえてちょっとばかしの製作者の執着を感じるとしたらあの兵器群に属する者たちが着こむ悪趣味な鎧くらいか。
「時間断層。噂には聞いていたが」
ミザールと共にタルタロスに招待されたアリオトは感嘆するような声を上げていた。
前もって時間断層についての説明を受けていた彼ではあったがさすがに時間の流れそのものを弄るという行為についての理解は薄かった。
しかしこうやって足を踏み入れた事で彼はいろいろと理解したようだった。
何が、とはいえないが確かに何かの流れが凄まじく速い。
それこそ本当に10倍か、はたまたそれ以上かもしれない。
剣士として“場”について深い洞察を持つアリオトだから気づけたことだった。
───2年でこれを全部廃棄? 絶対に不可能だ。
ルファスが強行するアリストテレス兵器群の解散。
彼女の近くにいながら今まで何処か他人事だったそれを直視した彼は胸中で断言した。
この規模と影響力を持つ組織をたった2年で切り分けるなど無茶にすぎる。
【エクスゲート】が開きメリディアナが歩いてくる。
彼女は満面の笑みを張り付けた顔で大きく腕を広げて孫でも出迎えるように二人を歓迎した。
「ようこそ! 私め共は貴方がたを心から歓迎しますぞ!」
ニコニコと温かみのある笑顔はこれだけを見れば温和な老婆にしか見えない。
しかして実際はミズガルズで最も敵に回してはいけない人物の一人だ。
ルファスとは違った種類の怪物たちを率いる魔女である。
アリオトもまた努めて冷静に笑顔で返す。
逸る気持ちは多々あるがそれで突っ走るほど彼は愚かではない。
何よりこの老人を怒らせたらマリオネットがもう握れないかもしれない。
「感謝する。実は前々からプルートの肉料理は気になっててな」
「勿論でございます。プルートのフルコースをぜひお楽しみに」
ククっと喉を鳴らし当たり障りのないアリオトの言葉に返す。
何といじらしい駆け引きか。
もちろん貴賓として彼女はアリオトらを接待するつもりだった。
とんでもない量の肉料理とビールの山を前にしたらさすがのアリオトもたじろくかもしれない。
「あ~~……まぁ、なんだ?」
「ここまで来たんだからよ。前置きはなしにしねえか?」
こういった駆け引きにはとんと無縁で無知なミザールは柄にもなくメリディアナと談話を始めようとするアリオトを見咎めつつ言う。
確かに愛する故郷の料理は最高に美味いが、今日の主題はそっちじゃない。
友人の言葉にアリオトは頬を掻いて頷く。
慣れないことをやっても無駄だ。
どうせ自分の政治力はメリディアナの足元にも及ばないことは知っているのだから、潔く言うべきだろう。
「アリストテレス兵器群代表メリディアナ殿。貴殿に依頼がある」
「何なりと。かの名高き勇者アリオト様のお役に立てるのであれば喜んで」
魔女は敬意を見せるように頭を下げて次の言葉を待った。
「どんな手でも構わない。俺を……強くしてくれ」
瞼の裏にあったのは果てしなく遠いところに佇む黒い翼。
あの背中に追いつく為には何をすればいい?
“どんな手でも構わない”
アリストテレスの今までの行いを見てきた彼にはこれがどれほどに重い言葉になるか判っている。
だがそれでもいくら踏んでも踏んでも燻る執着があった。
「貴方様は現時点で既に───」
もう強者ではありませんか、と続けようとした老婆をアリオトのどす黒い念の籠った瞳が射貫く。
そういうとってつけような配慮はいらない、出来るか出来ないかはっきりしろと彼は言外に述べていた。
小さく老人は息を吐き杖を撫でた。
ちょっとした刺激を与えるつもりだったのがどうにも上手く行き過ぎたようだ。
ルファスに近しい仲間たちの懐柔を行ってはいたがどうにも───。
上手く行き過ぎている。
その点に気づいた彼女はもう一度アリオトを視た。
キィィンと音を立て蒼い瞳が回り、男の中に充満する天力を捉える。
勇者というのもあるかもしれないが、かなり多量の天力が宿っていた。
そして微かに感じるアロヴィタイトの気配、純粋な神の意思。
腐るほどに繰り返されてきたワンパターン。
“そういうことか”
メリディアナ/アリストテレス兵器群は多くを悟り理解した。
女神がどうやら新しい玩具を見つけたようだ。
一つの人形を二人の者が取り合う、今はそんな状況だ。
「我々アリストテレス兵器群は多種多様な方法で“強さ”という概念を追い求めております」
「レベルという判りやすい数値を上げるのであればマファール陛下の果実が代表的でありましょうが───」
───それでは決してルファスを超えられない。
レベル4200という異常な数値もそうだが、彼女は既にレベルという概念を逸脱している。
ディーナという女神の化身の力と権限さえ取り込み昇華させた彼女はもはやミズガルズの中にある概念では決して届かない存在になった。
ならば、作ればいい。
今までミズガルズになかった概念を。
それこそがアリストテレスの真骨頂、自分で何かを作るという発想に乏しい世界において彼らとルファスのみが真のクリエイターなのだ。
魔女は深く笑う。
若く才能あふれる剣士を誘惑するように。
「我々は違うアプローチからそれを実現せんと考えております」
「ただし。まだ試験段階の技術が多く……安全は保障出来ておりませぬ」
レベルという概念とは別種の力。
金属細胞にナノより遥かに微細なゴーレム群、さらにはアロヴィタイト。
更には細胞そのものにも手を加えることにより全く新しい生命の形を実現する。
生命を解析し理解したアリストテレスは女神では出来ない方法で命を思う存分に改良する術を得ている。
アリオトは思わず唾を飲んでいた。
それは目の前に求めた力を得る道があることへの高揚か、もしくは己が道を踏み外しかけている事への躊躇いか。
「構わない。俺は……強くなりたい」
“ルファスよりも。誰よりも”
アリオトは自分の意思で思い切り踏み外した。
それは人の道。それは今まで重ねてきた自分の研鑽への裏切り。
たとえそれが体を切り刻む外法だろうともう彼は止まらない。
「畏まりました。すぐに契約の書類を用意いたしましょうぞ」
魔女が大きく頭を下げ、アリオトに手を差し出す。
しわくちゃな魔女の手をしっかりと男は握りしめた。
これにて契約は成立した。
「バカ野郎が」
完全に踏み外した友人をミザールだけが哀れみとも軽蔑ともつかない瞳で見つめていた。
そして。
「俺も人のことは言えねえか……」
アニメにおいてルファスの両親が出てきましたね。
もしも作中で二人の名前などが出てきたらどうしようかとドキドキしていましたが何とかなりそうで良かったです。