ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
ルファスは今までの9年にも及ぶ人生で「幸せ」と感じた事は一度もなかった。
外を歩けば悪意と侮蔑の視線……視線だけならばいいが、石を投げつけられた事や、油、熱湯をぶちまけられた事だって何回もある。
自分は何も悪いことなどしていないのに、存在して、呼吸して、ただそこにいるというだけで罪人の様な扱いを彼女は受け続けていた。
痛い、痛い、酷い、酷い、やめて、どうしてこんな事をするの?
わたしが何をしたっていうの? わたしは何もしていないのに!
彼女はいつかそう叫んで訴えた事があった。
同年代の子供たちに油を掛けられ、更には火を身体に灯されそうになった時だった。
そんな少女の必死の訴えに同年代の子供たちは小首を傾げた。
返ってきた答えは単純なものであった。
余りに酷く、無遠慮で、悪意さえもそこにはなかった。
「だって、皆やってることだし?」という自分の意思さえも宿らない無情にして無責任な言葉だった。
そうして、小さな火種がぽいっと投げつけられ、彼女の身体は火に包まれた。
悲鳴を上げて彼女は転がり回った。
全身を砂まみれにして叫ぶ彼女を周りの天翼族の子供たちは指さして笑いながら歌を口ずさんでいた。
──真っ黒ルファス。
──真っ黒ルファス。
──真っ黒な翼の出来損ないルファス。
──家名も名乗れない不義の子。
──お前の肌も翼と同じように真っ黒になってしまえ。
幸い、近くに井戸があった為、そこに身を投げることで火が全身に回り切る事はなかったが、それでも彼女の背中と右腕には火傷の痕が残ってしまった。
周囲には大人もいたはずだった。
しかし彼らが子供たちを咎めたのはルファスが自力で鎮火させた後であった。
──火を使う時はちゃんと手元に消火用の水を用意しておきなさい。
──はーい。判りましたー。
父はルファスにとっては父親と到底よべるものではなかった。
天翼族の中でも高位の貴族であった父は原初の天翼族ウラヌスの血筋を引く高貴な一家の出であり
そんな栄光と名誉に満ちた己の家、しかもよりによって己の種よりおぞましい異物が現れた事が我慢ならなかったのだろう。
──どうしてお前はいつも俺のいう事を聞かないんだ!
──でも、さいしょに私をなぐってきたのは向こうで……。
──いつもいつもいつも口答えばかり!
そんなもの、お前が我慢していればいい話だろうが!!
浴びせられたのは罵倒と暴力であった。
一度たりともルファスは父に父親らしい事などしてもらった事はない。
抱き上げてもらった事も、怪我をした体を心配してもらった事も、優しい言葉をかけて貰ったことさえも。
ルファスの味方は母だけであった。
母もまた父から目の敵にされている。
悪いのはお前の腹だ、俺の血筋は高貴なるウラヌスに連なるモノ、お前の野蛮な血がこんな化け物を産んだのだと母が糾弾される所をルファスは何度も見た。
ルファスとその母は父の住まう豪邸より隔離された物置に押し込められて生活をしていた。
おんぼろで、所々に穴が開いたソレはヴァナヘイムの冷気を防ぐことなど出来ず、室温は夜になれば平気で氷点下を下回る。
そんな中、与えられたのはボロボロの布と到底二人の腹を満足させることなど出来ないちっぽけなスープと、苦い草だけ。
ルファスは柔らかいパンの味を知らない。
温かいスープがお腹を中から温めてくれるという事を知らない。
焼きたてのお肉がどのような味と食感なのかなど、想像もできない。
なにより、家族と囲んで笑顔で食事を取る、という事がどのようなモノなのかを知らない。
彼女の経験した食事というのは、寒さに震えながら母と共にひもじい思いをしながら取るものであった。
いつも母は自分自身でさえ限界だというのに、数少ない食事をルファスへと分けてくれた。
ほんの10メートル程度離れた位置にある父の部屋からは灯りが零れ、談笑の声が止まらないのをルファスは知っていた。
いつか、必ず、報いを与えてやると彼女は決意している。
しかし、これは当然の結果だったのだろう。
いかに天翼族が頑強な肉体を持っているとしても、劣悪な環境下で、栄養不足で、更には極限のストレスを味わい続ければこうもなる。
母が妙な乾いた咳を零し始めたのはいつからだったか。
最初は日に数回。
気が付けば食事や睡眠さえとれない程にルファスの母は咳をし続けていた。
大丈夫、大丈夫、と続ける母であったがそれが強がりなのは一目で明らかである。
時には咳に交じって血さえも吐き出していたのをルファスは見てしまった。
父に相談する、周りに助けを求める、という事を彼女は最初は行った。
藁にも縋る思いによる行為であった。
どうせ無理であろうと判っていたがそれでも、自分はともかく一度は愛した女を見捨てないでという小さな子としての願いであった。
だが父は……ルファスの訴えを無視した。
ただ一言だけ彼は告げた。
「だから何だ?」とだけ。
いそいそと客人でも迎えるのか、豪奢な見栄を張った衣服に袖を通しながら父はルファスを弾き飛ばし、振り返ることもなく何処かへと行ってしまった。
あとに残るのはルファスと、騒ぎを聞きつけてきた近所の子供たち。
クスクス、という笑い声だけが聞こえた。
子供たちにとってはルファスの苦境など娯楽にすぎないのだ。
外界から隔離され、滅多に下界の娯楽品などが入ってこないヴァナヘイムの民にとってルファスの苦しみは一種のショーの様なものだった。
何てことはない、彼らにとってルファスとは同族でもなんでもない、おぞましい黒翼の怪物でしかないのだ。
醜い怪物。
気持ち悪い黒い翼。
いつも誰にも相手されないくせに街をさ迷っている不潔な塵。
大人たちは自分の子供をルファスから庇う様に抱きしめてこう囁くのだ。
ああなっちゃいけませんよ、と。
ルファスの友達はカラスたちだけであった。
自分と同じ黒い翼をもつ彼らだけがルファスの友達であった。
お腹が減った時には木の実などを持ってきてくれたり、我慢しきれなくなった時には怨嗟を吐き出してしまった時もある。
母の容態は日に日に悪くなっていく一方であった。
咳の回数は増え続け、呼吸するたびに間の抜けたコヒュっという音が零れている。
取り繕うことさえ出来なくなった母の衣服や小屋の至る所には血痕が残り、それは母の命が急速に途絶えようとしている事を示していた。
母の翼は瑞々しさを失い枯れ枝の様であった。
天翼族の象徴といえる翼がそうなってしまったという事が何を意味しているか、判らないルファスではない。
「けほっ……」
気づけばルファスもまた母と同じような咳をしていた。
胸の中が痒い。喉が痛い。
頭が暑く、それと相反する様に身体は寒気が止まらない程に冷たい。
それでも誰もルファスを助けてはくれなかった。
むしろ期待さえ込められた瞳で彼女を見ていた。
何処からか「いつまで保つと思う?」等という賭けをしているような言葉さえも聞こえてきた。
このまま家にいたらまずいと彼女は悟った。
ベッドで眠り体力を回復……等というのは十分な食事がとれる環境がある場合の話だ。
動けなくなる前になにか、栄養のあるものを母にもっていかなくてはという一心であった。
近所のパン屋に助けを求めた───蹴り飛ばされた。
周囲の大人たちに母だけでもいいからと訴えた───無視された。
父に泣き叫んで母の命乞いをした──顔さえも見られなかった。
近所に住んでいた同年代の男の子の家に行った──門前払いだった。
ルファスは現実を受け入れるしかなかった。
あぁ、みんな、私達の終わりを待っているんだな、と。
嫌だと彼女は内心で叫び声をあげた。
嫌だ、嫌だ。
こんな所で死ぬなんて冗談じゃない。
絶対に許さない。絶対に復讐してやる。
父も、このクズ共も、いつか強くなって報いを与えてやる。
憎悪と憤怒だけが彼女の生命を維持していた。
ルファスはおぼつかない足取りながらも全力で駆けた。
ヴァナヘイムの緑豊かな斜面にはエイルの実があることを彼女は知っていた。
水分が豊富で、甘くて、それでいて栄養豊富な魔法の果実。
ミズガルズ全土に数多く生息するソレは、古の英雄が広めたとされる食料源だった。
基本的に富豪の多い天翼族は目にも留めぬ品だが、今のルファスにとっては救世主にも等しい存在だった。
アレを手に入れて、母と自分で分け合おう。
まずは体力を回復しなくてはと彼女は考えた。
黒い翼をはためかせ、力の入らない身体に何とか活を入れてルファスは飛んだ。
栄養不足により翼を思う様に動かせず、不格好極まりない飛翔であった。
右に、左に、ふらふらと揺れながら彼女は何とか天翼族の街を出て、ヴァナヘイムの山肌を縫うように飛び、やがて斜面に生えたエイルの実を見つけた。
必死にばさばさと翼を動かし、実に手を伸ばす。
あと僅かで届くという瞬間、ルファスの眼前に光が飛び散った。
一瞬だけ何が起きたか彼女は判らなかった。
少し遅れてやってくるのはとてつもない後頭部の痛み。
何が起きた、と振り返れば、視界を真っ黒いナニカが覆い尽くし鼻っ柱に猛烈な熱さを感じた。
いつもの悪戯に使うような石ではなく、握りこぶしほどもあるモノを投げつけられたとルファスは朧に理解した。
火花に覆い尽くされた視界の中、ルファスは上下、前後、左右、全ての方向感覚を喪失した。
エイルの実が手に入ると思い、気を微かに緩めた瞬間の攻撃は正に痛打としかいいようがなかった。
身体から力が抜け落ち、山肌に叩きつけながら滑落を開始するルファスの耳に子供たちの歌声だけが届いた。
──真っ黒ルファス。
──真っ黒ルファス。
──真っ赤になって少しはマシになったね!
ソレは正に奇跡的としか言いようのない生存であった。
岩盤などに叩きつけられ、猛烈な速度で滑落しながらもルファスは無意識に翼を動かし山肌で摩り下ろされる事だけは回避したのだ。
この判断がなければ彼女は今頃、砂利と岩肌によって全身をバラバラになるまで削り取られてしまっていただろう。
結果として翼を始めとした全身の各所の骨は折れてしまったが、少なくとも五体満足で彼女はヴァナヘイムの麓にある森へと墜落することが出来た。
落下の際、木々の枝がクッションの代わりを果たした上、彼女が落ちた個所は柔らかい泥沼であったこともあり、ここでも彼女は命を拾う事が出来た。
しかし生きていたとしてどうなるという? 手足は碌に動かず、翼は折れ、更には呼吸さえもままならない状況に彼女はいた。
それでも激痛を堪えてルファスは立ち上がる。
目的地などはないが、ただ先に進むために。
しかし少しだけ進んでから彼女は倒れ込む。
芋虫の様に彼女は這って進んだ。
死への忌避とこの世への憎悪だけが彼女を突き動かしていた。
何が女神だ、何が愛と美を司る全能の神だ、どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけない。
「っ……どうしてっ……なん、で……いたい、いたい……」
余りの痛みに涙が止まらない。
余りの情けなさに怒りが止まらない。
余りの仕打ちに怨嗟が収まらない。
大地をかきむしり、爪を剥がしながらルファスは這った。
這って、這いずって……やがて動けなくなる。
「こほっ……ぼ、ぉぉ……」
咳き込むと血の塊を吐き出す。
折れたろっ骨がもしかしたら肺を傷つけたのかもしれない。
死の足音とカラスたちの鳴き声が聞こえた。
ざり、ざり、という足音。
枝葉を踏み荒らす音。
野生の獣だと彼女は思った。
今の無力で死に損なっている自分が野生生物からどう見えるかなど、考える必要はない。
しかし予想に反して彼女が聞いたのは男の哀れみに満ちた呟きであった。
「酷いな」
そうして、不気味なマスクの男がルファスの身体を優しく抱き上げた。
プランはルファスの容態を【観察眼】で確認し、あまり時間をかけてはいられないと判断した。
人前で自分の技術を見せるのは極力避けていた彼だが、この場合は致し方ないと判断する。
ここからログハウスまでは歩けばそれなりの時間がかかってしまう。あまりに無駄な時間だ。
まずは【観察眼】を発動させる。
周囲一帯の景色が切り替わり、複数の数式が浮かび上がる不可思議な世界を彼は観測する。
しかしあまり範囲は広くない。
【観察眼】は自分の視認できる範囲しか分析できないのだ……普通ならば。
次にアーチャーの基本スキルである【
こうすることによって彼の視界は自分の身体を背後より俯瞰し見下ろすという独特のモノへと変わった後、その広がった視野とエスパーの超感覚によって
遥か彼方、森の木々の中に隠された山小屋を見つけ出し【
最後に行使されるのはストライダーの【瞬歩】というスキルだ。
これは本来ならば敵と戦闘中に自分と相手の距離を一瞬で詰めるという能力だったのだが、プランはコレを別の用途で扱う。
発動、キャンセル、発動、キャンセル……1秒の60分の1の更に100分の1という速度で彼はスキルの発動とキャンセルを繰り返す。
するとミズガルズを支配する法則はプランの行為を処理しきれず【瞬歩】が連続で連鎖的に発動した。
瞬間、プランの身体はレベル1000もかくやという速度で慣性を始めとしたあらゆる法則を無視して滑り出す。
足は全く動いていないというのに、プランは大地の上を音も立てずに滑走したのだ。
進路上にあったあらゆる木々や岩などの障害物を
時間は貴重である故に彼は手早く扉を開けて小屋に入ると、しばらく使われずに埃をかぶっていたベッドの上にルファスを横たわらようとして、翼が邪魔になると気づく。
エスパーのスキルを用いてベッドのシーツをはぎ取った後、尻尾が一閃されてベッドを粉砕した。
飛び散った木材が空中で縫い留められ、それらはシーツと共に全く別の形へと再構築される。
【錬金】さえも用いて作られたのはハンモックであった。
翼を通すための切れ込みを入れたソレの上にルファスを横たえる。
真っ赤な目で彼女は変わらずプランを睨みつけ続けていた。
「すまない」
返答は聞かずに謝罪だけを先に述べれば、彼はルファスが纏っていた襤褸布を破り捨てた。
露わになった少女の肢体は無惨としかいいようのない有様であり、プランはマスクの下で顔を歪める。
身体の各所にある火傷痕は落下によるものではないと彼は確信したのだ。
更に言うとこの年代の子供としてはあり得ない程に彼女の身体はやせ細っており、手足に至っては小枝のようだ。
腰にぶら下げた幾つものポーチからポーション、包帯、添え木、そのた様々な応急処置の道具を取り出していく。
エスパーのスキルを用いて山小屋に放置された水桶を操作し、外の井戸から水を汲み、手元に引き寄せる。
左腕を水桶に突っ込み、鎧の機能の一部を使用。
左手首に仕込んでいた火炎放射装置を出力を調整して発動。
あっという間に真水は程々の温度を持つぬるま湯へと変わった。
タオルをぬるま湯に浸し、よく絞ってから丁寧にルファスの身体を拭いてやる。
骨折した個所やあまり触らない方がよい場所は極力避けることも忘れてはいけない。
三回タオルを絞った頃にはルファスの身体にこびり付いていた泥や汚れなどはあらかた取り除かれ、少女の肌の色がようやく見えるようになった。
さて、ここからが本番だとプランは気を引き締める。
「ポーションだ。まずはコレを飲んでくれ」
蒼く輝くポーションの蓋を開け、試しにルファスの口元に近づける。
飲む気力がなければスポイトを使うかと考えながら彼は様子を見た。
深紅の瞳を彼は真っ向から見つめ続け……ようやくルファスは唇を開けた。
「咳をしない様に少しずつ……そう、その感じで……」
口内に少しずつポーションを流し込む。
脱水症状でもあったルファスは久しぶりに飲んだ綺麗な水の味に思わず涙を零していた。
プランは【観察眼】を発動させ、体内に吸収されたポーションがルファスの身体に吸収され、効果を発揮していく様を確認していた。
身体の各所……傷を負った個所、ポーションに込められた水の天法の効能が重点的に治すべきだと判断した個所を記憶。
唯一自分が扱えるプリーストのスキルである【ヒール】を発動。
天法の流れを意識し右腕の人差し指の先に【ヒール】の光を集める。
全体を一気に治すのではなく、まず最も重症な個所を治すと彼は決めていた。
まずは鎖骨、肋骨、肺……肌の上から傷口を軽く触り、その奥にある患部に【ヒール】を直接送り込む。
ゴキ、ゴキ、という骨が再生する音を聞きながら左手に小さな針を握りしめる。
スコーピオン種の魔物から取り出された麻痺針である。
水に軽く浸し、毒抜きを少し行ってからそれを使う。
手慣れた動作で針をルファスの身体の各所に打ち込んでいく。
「ぁ…………」
無意識に筋肉に込められていた力が抜けると同時に、弱い麻痺がルファスの痛覚にかかる。
結果として彼女は一時的にであるが痛苦から解放された。
ゆっくりと脱力していくルファスをしり目にプランは流れるような動作で手足の骨折の治療に取り掛かる。
先と同じようにポーションをもう一本飲ませて、効果が何処に集中しているかを確認。
あとは収束させた【ヒール】で最も重症の患部を治すという行為を繰り返すのだ。
手足や翼の治療を一通り終えた後、持ってきていた己の衣服の予備を着せる。
次いでプランは一瞬だけ逡巡する。彼の手には銅色の光沢ある奇妙なリンゴがあった。
品を惜しんでいるのではない。副作用を考慮しているのだ。
使うべきか、使わないべきか。
コレは天翼族にとってどのような効果があるかまだ未知数の代物であった。
しかし基礎的な体力を手っ取り早く上昇させるにはこれが最も効果的である。
僅かばかり悩み……決めた。
薬草調合用に普段から持ち歩いているすり鉢とすりこぎを取り出す。
そこに飲料用の真水を少しだけ張ってから、リンゴを握力で砕いて入れる。
後は丁寧にリンゴを砕きながらすりこぎを回し、リンゴのジュースを作り出した。
芳香な香を漂わせるソレをルファスの口元に近寄せ、受け入れるように開いた口の中にポーションと同じように少しずつ流し込んだ。
直ぐに【観察眼】を発動して見ればルファスのレベルが1から3まで上がり、相応に体力などが上昇したことをプランは把握した。
暫くプランは【観察眼】を切らずにルファスを見つめ続ける。
天翼族はマナを毛嫌いする生物である故に、今飲ませたジュースがどのような効果を発揮するか未知数の所があったからだ。
数分観察し、特に状態異常などが起こらない事を確信してからようやくプランは肩の力を抜いた。
「よし……。よく頑張ってくれた、君は強い子だ」
「………………」
ルファスは何も言わない。
ただプランを睨み続けるだけだ。
まだ手足や翼の骨が繋がり切っていないとは言え、命の危機を脱した彼女の胸中で燻ぶっているのは憎悪だった。
感謝の気持ちなど欠片も湧く筈もない。
彼女にとって母以外の全ての存在は敵なのだ。
この男もどうせ敵だ。傷を治してくれたからなんだというんだ。
遥か高みから「良いことをした」と自己満足に浸った顔をして自分を見降ろしてくるのが気に入らない。
殺意と憤怒に塗れた形相でプランを見つめ……男はそんな少女の胸中を手に取るように把握していた。
地層の様に積み重なった他者への不信と憎悪はそう簡単には治らない。
身体の外傷は天法やポーションがあれば何とかなるが、心の傷はそうもいかない事を彼は知っている。
だからまずは先に進むことを優先した。
「いきなりで悪いが……君の近しい人に乾いた咳をする人はいなかったか?
君は肺炎だ。頑強な肉体を持つ天翼族が病気になるのはすごく珍しい。
だけど、栄養失調などの要因が重なってしまえば話は別だ」
母の顔がルファスの脳裏をよぎった。
血を吐くような咳を零していた母の姿が。
ここで彼女はなぜ自分が今ここにいるか、その発端を思い出すに至った。
一瞬、葛藤する様に唇が震えた。
己のプライドと母の命と、拒絶されるかもしれない恐れがせめぎ合う。
しかし直ぐに母への思いが他の全てを淘汰した。
「おかあさんが……咳、してた」
相手の様子をうかがう様にルファスは呟いた。
本当にこれが最後の希望と信じて。
「母の方か」とプランは内心で書き留めた。
「判った。自分が何とかしよう。君のご両親の名前を教えてほしい」
返ってきた答えは呆気ない程に軽いものであった。
今まで必死に悩んでいた自分を馬鹿にするかのような言葉にルファスの中の憎悪がまた一つ、深くなった。
週一か隔週で更新していきたいなーという理想。
所で不思議な事にルファスは原作ではやけにはっきりと
まるで確認したかの様に父親の死を認識していていましたね。