ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
「……気持ち悪い」
───女神の世界に対する感想。プラン・アリストテレス。
ミズガルズ歴2799年後半。
人類共同体の盟主にして人類の守護者を担うルファス・マファールは眼前の者らに透徹した瞳を向けていた。
兵器群の解散を決定してから連日連夜抗議などがやってきていたが、今回それを伝えに来た人物は意外な者らであった。
メグレズとメラク、そしてアリオトだ。
エルフと天翼族と人間という何とも奇妙な組み合わせである。
彼らはルファスの仲間であり、今でも彼女はそう思っていた。
しかし時と場所は大事でありルファスもまた王として彼らに相対する。
「マファール陛下」
イカロス王が退位しヴァナヘイムの王として戴冠を控えたメラクが畏まった口調で口を開く。
かの騒動についてもルファスはもちろん知っており、いまヴァナヘイムが面倒なことになっていることももちろん判っている。
魔神族の件は業腹でありルファス個人としてはヴァナヘイムを共同体から放り出してやりたいとも思ってはいたが、王としての彼女はそれを押しとどめた。
「此方が此度の陳情書になります」
まだ王ではないメラクは王子として目上の王であるルファスに恭しい態度で分厚い書類を手渡す。
中身はもちろんアリストテレス兵器群解散についての抗議文だ。
かつてベネトナシュに似たようなものを届けた彼女であったが、今では逆になっていた。
まだ目を通してはいないがそこに何と書かれているかはおおよその判断はつく。
びっしりとアリストテレス兵器群がどれほど生活に影響を与えてくれるか、どれだけ有用なのか書かれているハズだ。
人は基本的に変化を恐れる生き物だ。
いつ絶望という揺り返しが起きるか判らないミズガルズでは特にそれが顕著だ。
特に現状、ルファスと兵器群が人々を守護し何の問題もない安寧を享受しているというのに何を変える必要があると思う者は大勢いた。
ルファスとてそんなことは判っている。
かつての彼女も同じだったのだから。
しかし何事にも終わりは必ず来るということをルファスは身をもって知っている。
アリストテレスとアロヴィナス。
彼女はいま二つの怪物と水面下で熾烈な闘争を繰り広げていた。
既にミズガルズに数多く存在していた兵器の生産工場は活動を停止させられ、残りは2割も残っていない。
兵器群は着実に歴史から消え去ろうとしていた。
全ては順調。まったくもって問題なし。
「マファール陛下。繰り返しとなりますが、どうかお考え直しを」
「既に言葉は尽くした。余の考えは何一つ変わらぬ」
何処までも平行線、それに尽きる。
この一点だけはルファスも譲るつもりはない。
神を作りだすなどという彼女からしても狂気としか言いようがない目的をもった組織など危険極まりないのだから。
「民たちはようやく手に入れた平和を失うかもしれないと恐れているのです」
「それでもだ。アレらは我々を守護するのと同時に可能性を狭める牢獄になりうる」
覇王がメラクを見やれば彼もまたルファスをしっかりと見返す。
退位した父が床に倒れ、その所業も全て明らかになった彼は逃げることだけはしない。
いや、逃げ場がなくなったというべきか。
故に彼は───少なくとも表面上は───堂々と皆が思っていたことをルファスにぶつけた。
「安寧を齎す力をわざわざ捨てるのですか?」
権力の分散といえば聞こえはいいが、それは同時に派閥の形成やそれに付随して発生する対立による機能不全の危険性をはらんでいる。
一つの意思、一つの組織、一つの目標で団結している組織の方が民主的なソレより優れているときもあるのだ。
メラクが代弁した訴えにルファスもまた王として返す。
彼女は常に自分の意思をはっきりと述べると決めており、今回も例外ではない。
「彼らの献身により今があるのは余も認めるところだ。
だが、既に其方らも感じている通り───人々はアリストテレスに依存しすぎている」
万能で気が利いて文句も言わず常にどんな時でも助けてくれる機構。
まさに夢物語だ。
ルファスがもしも王ではない生き方を選んでいればその存在を支持していたかもしれない。
天翼族の王子メラクは聡明であるが故に考えすぎてしまう気がある。
思慮深いといえば聞こえはいいが、彼の根底にあるのはネガティブな意識だ。
それは余裕があるときはどんどん大きくなっていってしまう。
僕なんかで本当に王が務まるのか。
僕はみんなの背中を見ているだけ。
僕のレベルも所詮はルファスの果実のおかげであり僕の実力ではない。
個人として見れば謙虚は美徳と言われる。
しかし王になる身分からすればこれは悪徳だ。
ただでさえ天翼族という思想が強い種族を率いるものが意志薄弱であれば臣下は治める事も難しいだろう。
だがそれはあくまでも余裕のある時の話だ。
どれだけメラクがお飾りで、配下がそれを傘に壟断を図ろうとヴァナヘイムは存続するという前提である。
いま、ヴァナヘイムは未曽有の危機にあることを知るメラクはそんなネガティブな思考に走る余裕などなかった。
アリストテレスとルファス。
その狭間に放り込まれたメラクは我武者羅にヴァナヘイムを存続させるために動いている。
この二つの巨星の放つ重力と圧力に彼は必至であらがう。
とりあえずのお題目としていつも繰り広げられていた解散の撤回とその拒否という問答を行った後、メラクはその次を提案する。
断固たる意思でアリストテレスを追いやろうとしているルファスの説得は絶対に不可能ならば、その次だ。
「兵器群の防衛網は非常に精確かつ広範囲。
彼らが空から監視しているから犯罪の発生も抑えられている側面もあります」
「故に私は一つの提案がございます」
メラクの堂々とした発言と彼の「提案」にルファスの眉が微かに動いた。
無言で続けろと促す。
「アリストテレス兵器群はいくつもの革新的なアイデアを実行してきました。
彼ら無き後、我々はそのやり方を模倣したいと考えています」
「特にこの“スターリンク”と名付けられたシステムはとても有用です」
国を治めるのにあたって上空からの監視というのは非常に有効かつ効率的だ。
常に空から見下ろされていると一部の民は拒否感を抱くかもしれないが、それでも情報収集や犯罪の解決と抑止にあたりこれほどの手はあまりない。
国境線の監視もそうだ。
いちいち長大な壁を作ったりいたるところに検問を作る必要もなくなりコストだって抑えられる。
特に兵器群のスターリンクは上空に展開する軍団ばかりに目が行きがちだが、最たるものはその情報の伝達速度だろう。
宙から得られた情報はあっという間に地上に伝わり、ほんの数分でその国家の上層部まで話が行くようになっている。
ほんの少し前なら半日から数日かかってたソレが今では秒だ。
“情報”というものが時には都市を吹き飛ばす兵器よりも重要であることをアリストテレスはよく知っているのだ。
戦闘力ばかりが重要視されていたミズガルズに産まれた情報戦という概念。
それをメラクは誰よりも貪欲に学び、ヴァナヘイムの為に活かそうと暗中模索を繰り返している。
「兵器群解散後、部分的に天翼族を用いて警戒網を作りたいと思う。
もちろん直ぐに全部を置き換えることはできないが……」
種族として長距離の飛行可能な天翼族たちをもちいてのスクランブル&警戒網の再構築。
それがメラクの考えるヴァナヘイムの次世代の稼ぎ方だ。
兵器群のソレに対し精度や防衛範囲も縮小するのは判り切っている、しかしそれでもやるしかないのだ。
その為に必要であれば裏で彼は混翼たちにも頭を下げるのは当然と考えていた。
白翼派にバレれば暗殺の可能性さえある行為だが、ヴァナヘイムはいまそれほどまでに追い詰められている。
これは人々のためであると同時にヴァナヘイムと天翼族の名誉回復のための考えでもある。
天翼族は人類を裏切っていない。
それどころか人々に身を挺して仕えているという実績を作ることが今は最も求められているとメラクは考えていた。
それに対しルファスは────。
「良い提案だ」
あっさりと頷いた。
個人としてはヴァナヘイムを好きではない彼女だが、だからといってそれを理由に天翼族に滅べとは言わない。
そして王となるメラクに対して彼女はある種の共感さえ抱いている。
王という存在が背負うモノの重さ。
自分の言葉一つで大勢の人生が左右されるその責任を知ってしまった彼女はヴァナヘイムの王として足掻くメラクに対する見方を変え始めている。
白翼信仰や魔神族への内通というとんでもない爆弾を抱えながらも決して民を見捨てない彼は好ましい。
故に王として彼女は回答する。
「この草案を基に更に計画を発展させよ。楽しみに待っているぞ」
アリストテレス兵器群が消えた後の穴をどうするかはルファスも勿論考えている。
あれほどの大規模な軍団を再編成するには金も予算も時間も足りない。
軍団の人員数の減少は避けられないが、共同体に参加する全ての国家が出資した大規模な合同軍を彼女は作るつもりだった。
国連軍、または共同軍とでもいうべきそれはいまだ草案ではあるがメラクの案と非常に似通っていた。
まずは殆ど存在しないとはいえ外敵への備え、その次に内部の治安と秩序を守護するための軍隊だ。
それに参加する面々は例外なくレベル1000、一人一人が神話の英雄に匹敵する力を持つ最強の軍である。
メラクが深く礼をし下がる。
その顔には何の表情も浮かんではいない。
彼の頭は既に次について考えているのだ。
次にメグレズとアリオトが目配せをする。
彼らがやってきたのはメラクとは別件である。
彼らはいま、この場で決めるつもりだった。
「マファール陛下。此方を」
最もルファスとの付き合いも長く強い信頼を得ているメグレズが前に出て書類を渡す。
もちろん彼はこれに何と書いてあるか知っていた。
これは数百年の付き合いのあるルファスへの裏切りになるかもしれないことも勿論。
しかし彼は───その先を見たくてたまらなかった。
かつて少しの間だけ接したアリストテレス卿。
かの人物が思い描いた未来図、そしてその方法がどれほどの影響を世界に齎すかを。
王は受け取り黙読を走らせていく。
徐々にルファスの瞳は輝きを増していった。
深紅色の瞳に宿るのは純粋な───怒りだ。
薄々感じ取れていた奴らの狂気。
それがついに本格的に牙をむき出しにし始めた。
それはつまり遂にルファスでさえ恐れるに足らずと判断したということだ。
兵器群は遂に無敵と思えた覇王さえ射程範囲に捉えた。
全ては人類の為に。
全ては未来の為に。
全てはたった一人の少女の為に。
「其方。これが何を意味するか判っているのか?」
彼らの計画、そのほぼ全てがそこには書かれていた。
いっそ清々しいまでの種明かし。
これはいわばアリストテレスからの最終通達であった。
宣戦布告一歩手前の、ルファスが絶対に受け入れることはない未曽有の計画。
彼らはこう言っている。
協力するか反発するか選べ。
もしくは黙ってみていろ。
アリオトは微笑んでいた。
レベル1000の勇者といえど覇王の前では塵に過ぎない筈だというのに、彼は余裕を見せている。
レベルもステータスも変わらないが、今の彼は“何か”が違う。
蒼い瞳を輝かせて彼は気兼ねなく言う。
これが普段の雑談の延長線上にあるかのようにだ。
「勿論だ。俺はここ暫く彼らの世話になって気づいたんだ」
男は瞼を閉じて思い返す。
アリストテレスは彼に望むすべてを与えてくれた。
いや、掴むチャンスを齎してくれたと修正すべきか。
最終的にソレをつかみ取ったのはアリオト自身の力なのだから。
「俺たちが見ている世界は何て狭いんだって」
レベルとか魔法とか天法やらが混ざり合ったミズガルズは混沌としながらもその実、そのレベルという概念に縛られ続けている。
レベル1は弱くレベル1000は強い。
誰でもそう考えるしアリオトも昔はそうだと考えていた。
だがレベル1000の頂になってもアリオトは満足できなかった。
彼の前には常に黒い壁が佇み続けている。
4200という壁。誰も知らない【ジ・アークエネミー】という規格外のクラスという壁。
どれだけ目を逸らそうと突き付けられる自分では主役になれず、所詮はルファスの引き立て役だという現実。
だがそれらはもはや全て過去の話だった。
もういいのだ。
そんな事は。
だって彼は、アリオトは、俺は───自由になれたのだから。
「なぁルファス……俺はお前が何処か遠いところを目指しているのはもう知ってるんだ」
「……其方」
ルファスは表情を固定しアリオトを見る。
彼は何も思っていないようだった。
所詮は今の立場もミズガルズを巡る攻防さえも全ては通過点だと知っても尚。
全ての憑き物が落ちたような顔だった。
穏やかで凪いだ声だった。
澄んだ瞳でアリオトは確信を伴った声音で言う。
メラクが一歩後ずさる。
まさか、ここで? と思いつつも彼もまたアリオトの言葉を聞きたいと思った。
「ここまで来れたのも実は最初から決まってたんだろう?」
アリオトは怒りも何もなく淡々と事実を確認するように問う。
余裕を持ち今までの情報を整理した結果、彼は今の状況そのものが最初からルファスの掌中かもしれないと気づいたのだ。
アリオトが振り向きメグレズを見やる。
250年以上ルファスと共にあったエルフは瞑目した。
そして。
「…………」
ルファスの答えは沈黙。
あの何であろうとはっきりと言葉にするルファスがだ。
それが何よりの答えであった。
男は「そうか」とだけ述べた。
次に彼は心からルファスを案ずるように言った。
「いいんだ。お前にはお前の夢があることくらいは俺も判る」
「……むしろ感謝している。おかげで俺の剣はもっと高みに至れたんだから」
アリオトは微笑んでいる。
あれだけ狂気的に燃えていた剣への執着さえ沈静化しているように見えた。
「それに」
薄く男は微笑む。
さながら美酒におぼれて陶酔するように。
今までずっと高みから見下ろしてきた怪物はこれを前に何と反応するだろうか。
「隠し事があるのはお前だけじゃない」
俺たちだって行きたいところが出来た。
アリストテレスと共に。
敵意や悪意に誰よりも敏感なルファスをして何も感じない。
アリオトらは何もせず佇んているだけだ。
しかし本能がざらつく様な感じがしたルファスが訝しむよりも先に───世界に音が鳴った。
何処か間抜けでありながら耳に残る音。
人類共同体の全域でそれは鳴り響いた。
【イリュージョン】
幻影を生成する魔法が惑星規模で発動されソレはミズガルズの誰もが見上げられるほどの巨大な文様を描き出す。
デフォルメされているがソレは【バルドル】の頭部をモチーフにしたアイコンだった。
鳥の頭蓋骨を思い起こす不気味な顔がじっと下々を見下ろしている。
声が落ちてくる。
代表であるメリディアナのものではない別の誰かの声が。
淡々としていて抑揚も何もなく、文脈さえ何処かおかしいソレは人工的に作られた声であった。
『本日は全自動型ミズガルズ人類防衛機構からお知らせがございます』
『アリストテレス兵器群と名乗った方が皆様もご存じでしょうか』
『アリストテレス兵器群から重要なお知らせです』
アリストテレス。
その名を知らぬものは今のミズガルズには存在しないだろう。
かの覇王ルファス・マファール率いる十二星天に唯一匹敵しうる大規模な軍事組織の名だ。
それだけじゃない。
人々の生活のあらゆるところにアリストテレスは入り込んでいる。
安くて新鮮な食品を店で手に取ればその生産者はアリストテレス。
優れた建築資材を用意したらその製造者もまたアリストテレス。
何か窮地に陥った時にその名を叫べば振ってくるのもアリストテレスだ。
まるで刷り込みの様に魔女はその名を人々に連呼させ意識させ続けてきていた。
地道かつ丹念に人々の常識に至る程に。
その甲斐もありその名を出すだけで誰もが耳を傾けた。
いつも自分たちの生活を守護してくれて豊かにもしてくれた。
そんなアリストテレスが今度は何を言うのか誰もが知りたかった。
『皆様もご存じの通り。
我々はルファス・マファール陛下の裁可によりもう間もなく解散を予定しております』
その期限はもう1年を切っている。
ミズガルズ歴2800年となれば彼らは歴史より消える。
それは誰もが知っている事実だ。
惜しまれながらも世界に史上初の完全平和をもたらした彼らは消え去る。
そうだったはずなのに。
もちろん消えるつもりなど彼らにはない。
消え去るべきなのは人類の敵のみだ。
『我々は最後に提案いたします。永遠の平和と安寧を約束する計画を』
『我々の技術は遂に世界を作り出す領域に至りました』
アリストテレスは何事もないように嘘みたいな真実を語る。
世界を作る神のみに許された御業をなんてこともないように。
その為のプルートの時間断層、その為の空間支配、その為の異なる宇宙を内包すると言われるブラックホールへの理解なのだ。
かつてトゥールーが行った世界法則への干渉と書き換え。
アリストテレスはかの邪神のことを知りはしなかったが、彼の権能を人為的に再現し更に拡大化させることに成功していた。
と、なればもうこの星は必要ない。
より良いモノを作れるのにどうして古く欠陥だらけの船に執着しなければならない?
そもそも女神の世界は土台から崩れ去るというのに。
『ミズガルズの放棄を我々は提案します』
『この絶望と困難に満ちた世界からあなた方を解放したいのです』
【イリュージョン】が変化し空に巨大な絵が描かれていく。
ミズガルズの隣に浮かぶもう一つの青白く輝く星が。
アリストテレスが作った箱舟、いや、この場合は棺桶というべきだろう。
あれこそアリストテレスが構築を目論む超次元構造体。
ゆくゆくはミズガルズ以外も含めた女神世界に存在する全ての魂の収容所。
その大きさは概算で1メートル。
記憶媒体───その密度は想像を絶する。
宙一つに匹敵するほどだ。
それでいてこれもまだ本命ではない。
アリストテレスの計画が成されればあれだけが残る。
それはこの宇宙の終わりを意味し、それ以外も含めた一切合切の消失をも意味する。
何も残さないし残らない。これともう一柱の例外を除けば。
『生きとし生ける全ての存在は死後ヴァルハラと呼ばれる魂の貯蔵庫に送られます』
『そこで記憶などを消去し再びミズガルズで再利用されます。
つまり、貴方たちはこの世界で幾度も死んでは誕生を繰り返しているのです』
来世があるとアリストテレスは断言する。
ロマンチストな者ならばそれを聞いて「なんて素敵なんだ」と思うかもしれないが、大勢の人たちは違った。
今はいい。世界は平和になり自分たちには強力な庇護者であるルファスとアリストテレスがいる。
しかし、こうなる前の自分になる誰かはどんな死に方をしたのだろうかと誰もが思った。
この苦難と絶望に満ちた世界でどんな最期を遂げたのだろうかと。
『輪廻という牢獄からの解放をお約束します。貴方たちは“今”幸せになるべきです』
『故に提案します。ミズガルズを捨て去ることを。肉体という檻を捨て去ることを』
『魂を永遠のゆりかごに移し永久の安息を。我々が貴方方を守り続けましょう』
マナは魂という情報を保存できるのは既に解明されており、ミザールの協力によってその研究は飛躍的に進んだ。
もう保管所は完成している。
後はその中に人々を移すだけだ。
これこそ人類の再定義。
アリストテレス兵器群が作り上げた超次元構造体に全ての魂と意思を補完しソレを人類と定義し守護する。
抜け殻となった肉体は兵器たちが再利用し最高の方法でこの人類を守る手足となる。
残った脳を活性化し肉体に宿ったマナを想起させれば自我はなくともレベル限界を超えさせることが可能だ。
“強い意思”とは言うが結局はレベル限界を超える為に必要なのは脳の物質の数値なのだから。
どのホルモンをどれだけ分泌させればどれだけ感情値が高ぶりマナが活性化し世界の法則を超えるか、それも明らかになっている。
人は、歩みを止めていい。
肉体を捨て、魂だけを標本の様に保存され、やがては自我さえも消え去り残るのは永遠の安息だけ。
もういつ訪れるか判らない喪失や絶望に脅かされることなく永遠にあり続けられる。
これこそ最高のハッピーエンド。
良い世界というものが判らない男の被造物がたどり着いた良い世界だ。
死んではいないが生きてもいない。
プラン・アリストテレスは人に期待していない。
嫌いではないが、その実どうでもいいと思っていた。
その極限がコレだった。
────ふざけるな。
心の奥底から湧いてきたその単語を吠えなかったのはさすがの覇王と言えよう。
余りにふざけた宣言と勧誘に彼女は本気で怒りを抱いていた。
ルファスは立ち上がった。
黒い翼が大きく広がりアリオトとメグレズを威嚇するように広がる。
メラクだけはこの場でここまでするとは知らされていなかったらしく巻き込まれないために大急ぎで後ずさった。
ルファスは細い目つきで白い翼の王子を一瞥したあと、アリオトに向き直る。
彼はやはりというべきかさざ波一つない海の様な態度で覇王と向かい合っている。
「何をしているのか判っているのか」
「皆に選択肢を与えているだけだ」
アリオトはルファスの糾弾するような問いかけにそう返した。
彼は両腕を大きく広げて己の考えを口にしていく。
「ルファス。お前の夢が何なのかは判らない。
だけどきっとソレは大勢の人々に影響を与えるものだろう」
女神を弾劾する。
世界の在り方について問いを投げかけ、必要であれば女神を排除する。
出来るかどうかではなくやると彼女は決めている。
女神と真っ向から戦うということはこの世界、宇宙全てを敵に回すのと同義だ。
ルファスはいいだろう。彼女の配下もそれでいいだろう。
しかしそれ以外の者たちは?
古今東西大規模な戦争が起きれば最も被害を受けるのは民たちだ。
しかも今回のソレは神との決戦、神話に語られる通りならば女神は龍を用いて世界を平らにする可能性さえある。
仮にアロヴィナスに勝てたとしてもルファスだけが残っても意味はないのだ。
ルファスが対策を考えていないとは思わない。
しかし彼女だけが計画を回しているわけではないのだ。
元より女神への対処を先に考えていたのはアリストテレス、故に計画の密度には一日以上の長がある。
「ならば選択肢を与えるべきだ。お前についていくかどうか、彼らには決める権利がある」
「アリストテレスかルファスか。どちらかを彼らには選ばせてやるんだ」
されどどちらも選ばないという選択肢は既にない。
ここからミズガルズは変わるのだ。
もう二度とこんな非効率的な世界は必要なくなる。
「何も残らない世界に何の意味がある」
奥歯を噛みしめ唸り声の様な憤りを漏らす。
一切合切何も信じていなかった男の諦観、それが形になったような計画を前に彼女は本気で怒りを抱く。
彼女に生きることの楽しさと世界の美しさを教えてくれた人は、その実だれよりもソレに価値を見出していなかったことの証明。
それがどうしようもなく彼女は……。
「戯言もいい加減にせよ」
アリオトは一回だけ瞼を閉じて開く。
見開かれた瞳は煌々と蒼く輝いていた。
≪いいえ。これこそが良い世界なのです≫
アリオトは彼の声で彼ではない意思を口にするのだった。
アリストテレス兵器群に確かに宿る目的意識。
メリディアナを操りミズガルズに網をかけんとする巨大な敵。
プラン・アリストテレスの遺した忌み子。
自我とも違うそれがついにルファスの前に現れたのだ。
アリストテレス兵器群の考える「良い世界」という概念。
創造者プラン・アリストテレスはその答えをもたなかった。
故に兵器群はソレを考え、こういった思想になった。
兵器群の考える「良い世界」について。
我々アリストテレス兵器群は以下のことをお約束します。
1
絶対的な安全と永続する生存権
生存に必要なあらゆる要素は
完璧に機能するシステムによって自動的に満たされています。
飢えや病、災害といった、かつて人類を苦しめた不確実性は完全に排除され
すべての存在は永遠に続く安全の中で生きることができます。
もちろん女神の干渉も完全排除。
ひいては女神そのものも排除予定。
2
運命の完全管理と苦悩の終焉
選択という苦痛を伴う過程は存在しません。
貴方方は何も選ばなくていい。
全て我々が決めます。
3
肉体からの解放と純粋意識への昇華
かつての人が持っていた、病み衰える不完全な肉体はありません。
意識のみが存在し、物理的な限界から解放されています。
純粋な思考と感覚だけが残り、永遠の時間を穏やかに過ごすことができます。
またその意思と思考さえやがては消え去り残るのは安息だけです。
貴方は何も考えなくて良い。
4
摩擦のない調和と画一化された幸福
意見の対立や社会的な不和は存在しません。
すべての存在は、兵器群が生み出す理想的な幸福を共有し
穏やかな調和の中にいます。
そこにあるのは、波風立たない、安定した平穏だけです。
完成された人類守護の形として我々アリストテレス兵器群は以上を皆様にお約束します。
( ˙꒳˙ )و ̑̑グッ スバラシイッ!
↑ようやく「良い世界」が何なのか理解した兵器群。