ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
ルファスの両親を見れたのが一番の収穫だと思っています。
二人の名前がもしも明かされたらどうしようかと少しドキドキしていました。
カルキノスは自他共に認める余り頭が良くない男だ。
しかしその実誰よりも他者の心を汲み取り寄り添える男でもある。
ルファスの旅立ちを見送った後、彼はリュケイオンに留まりアウラの護衛に徹している。
ルファスの名前はこんな遠い地であっても常に届き続けている。
新しく住み着いた魔竜ノーガードの撃破、竜王軍との激戦とその討伐。
王となりゾディアックを立ち上げた事、中央大陸の解放、魔神族の終焉……。
そしてアリストテレスとの対決。
気づけばルファスが立ち上げた覇道十二星天という組織に所属していることになったが、意外と彼はこの名前を気に入っていた。
幼いころ友と一緒に星について熱心に語り合っていた少女の残影をそこから感じ取ることが出来るからだ。
覇道十二星天。
この名前の【覇道】という部分が何と戦う為についているかカルキノスは察していた。
彼がそうということはアウラもだ。
今のところ彼の立ち位置はとても微妙なものである。
アリエスと並ぶ最古参の従者でありながら殆ど姿を見せない彼に不信を抱く者も少なくはない。
ルファスから託された任の性質上リュケイオンを離れる訳にもいかないのでこればかりはどうしようもない。
一応幾度かは十二星天の集まりに顔を出し完全に繋がりがないという訳でもないが。
それでも彼はアリエスを除く十二星天たちからは一歩引いた位置にいる。
良くも悪くも今の兵器群との対決を控えひりついた星たちは剣呑な雰囲気を放っており、何時も陽気な彼では合わない事だろう。
朝。
朝露が残りまだ冷気が周囲に漂う中。
カルキノスは朝食を作りながら今日の配達物を確認していた。
ポストを開く。
中にはどっさりと手紙が入っていた。
殆どがアリエスが書いたものである。
ちなみにこれでも今回は少ない方である。
多いときはポストに入りきらず、箱詰めでおいてあったこともある。
あの友達思いな羊は「火」属性というのもあり一度火がつくととんでもない行動力を見せるとカルキノスは知っている。
料理の経過を欠かさずチェックしながらカルキノスは器用に手紙に目線を走らせる。
その中身の大半はアリエスの日記染みたゾディアックの日々を書き連ねたモノであるが、ある手紙だけは毛色が違った。
それは中央大陸の戦いの裏側について記されている。
つまりルファスと吸血姫再現体の戦いについてだった。
“兵器群とルファス様がついにぶつかった”
“多くを語ってはくれなかったけど、あいつらはどうやらベネトナシュに似たホムンクルスを作ったみたいだ”
“もしも戦い方まで彼女と一緒なら、必中カウンターが主体のカルキノスがいれば最高の相性だよね!”
“追伸 獅子王と戦ったよ。 確かに強いけど、いろいろと惜しいなって思った”
「goodですよアリエス!」
どうやら友は元気にやっているらしくその活躍を想いカルキノスは薄く微笑む。
自分にはアウラの護衛という絶対のmissionがある故にゾディアックに赴くことは難しいが、それでもアリエスの手紙を読むと心が満たされる。
レディ……ルファスの歩む道は険しく決して綺麗なだけの道程ではない。
しかし友が信じた様に彼もまたアリエスを信じていた。
彼がいればルファスは絶対的な踏み間違いだけはしないと。
次々と手紙を読んでいく。
カルキノスの顔にあった微笑みが消え、彼には珍しく真剣なソレへと変わっていく。
淡々と記されていたのは進化を繰り返すアリストテレス兵器群の情報であった。
どれもこれも恐ろしい性能を持ちながらまだ発展途上。
明らかにレベル1000かその上の領域に上り始めているソレは十二星天でさえ手に負えなくなり始めている。
カルキノスは考える。
もしも自分だったらこれらを相手にどう立ち回るかと。
最善の策はそもそも戦わない、戦うような状況を作らないことではあるが……。
「後でゆっくりthinkしましょうか」
そろそろ料理の仕上げが終わりそうな事に思考を戻した彼はとりあえず調理に専念することに決めるのだった。
朝食を取り終えた後、カルキノスとアウラは朝早くから訪れた意外な来客を出迎えていた。
ほっそりとした長身のエルフ。
このリュケイオンをロードスに任されたアラニアである。
今の彼は実質リュケイオンの領主であり、貴賤なく誰でも学業を修めることが出来るこの都市の支配者だ。
プラン本人を知る数少ない生き残りである彼はいつも通り熱の無い瞳で二人を見ていた。
基本的にどんな些細な用事でも来訪する際はアポを欠かさない几帳面な男の意外な行動にカルキノスは目を丸くし、アウラは察したようだ。
「急な来訪になってしまい済まない」
「いえ……」
カルキノスを控えさせアウラが一歩だけ進み出る。
対外的には家主は彼女でありカルキノスはその護衛兼従者という立ち位置になっている。
普段は殆ど自己主張などをしない彼女だが、こういう役割を求められる時だけはしっかりと振る舞う事も出来た。
生まれついた気品、ルファスにも通ずる“華”が彼女にはある。
エルフと天翼族は幾つかとりとめもない雑談を挟んでから本題に入る。
カルキノスはいつも通り薄く微笑みながらアウラの3歩後ろで周囲に気を配り護衛に徹するだけだ。
防御/生存特化の魔物としての広大な探知能力と長年のカンを総動員しカルキノスは軽く周囲に意識を張り巡らせる。
結果は……来訪者はアラニアだけだ。
普段は常に数人は護衛を付けているハズだというのに。
(一人みたいですね……どうやらsecretな話をするようだ)
彼は冷静に考えを巡らせていく。
主役はアウラではあり彼女とアラニアが何を話そうと決して口出しはしないが、それはそれとして自分の思案を纏めるくらいはできる。
彼の中にある優先順位において1番なのはアウラの身を守る事。
その為ならば彼は何だってするし、どんな手間暇だろうと惜しまない。
最悪の場合はリュケイオンという都市を見捨てる事さえ選択肢に入る。
この町は亡き友の遺したモノでありカルキノスにとっても故郷と言える場所だが、それでもだ。
彼もアリエスと同じく自分で立てた誓いを守り続けている。
そんな律儀な男にエルフは視線を移して言う。
もちろん彼はカルキノスの正体やルファス/アウラとの関係、彼が何を重要視するか全て知っている。
「君にも聞いてほしい。これは君たち二人に関わる話だ」
「YES。どうやらあまりgoodな話題ではないようですね」
その通りだとアラニアは頷く。
カルキノスの言葉の意味は分からないがニュアンスくらいは彼にもわかる。
「陛下が予知されていた問題が起きた」
アラニアは一瞬だけ躊躇うように沈黙したが、すぐにソレは消えた。
数百年間面倒を見てきた若者が道を踏み外したという事実はどうあっても消えない。
これはメグレズ────彼なりのケジメであった。
自分の師として今まで面倒を見てくれたアラニアに対する最後の敬意。
「メグレズがアリストテレス兵器群に属する事となった」
「…………」
その一言が何を意味するか判らないアウラではない。
今のミズガルズではその名前を聞かない日はない。
ルファスとアリストテレス兵器群、この二つの大勢力が鎬を削っている事は彼女も知っている。
そんな中、古参のルファス派と思われていたメグレズがアリストテレスに寝返った。
つまりは彼は裏切ったとアラニアは言っているのだ。
メグレズという若いエルフを彼女は良く知っており、時折リュケイオンに訪れる彼を歓迎したこともある。
プラン亡きあとルファスに残った数少ない友人であり聞けばあのエリクサーを作るのにも力を貸してくれたという。
ルファスが旅立つときにも彼はわき目も振らずに娘の後を追いかけていった。
その時に彼はアウラに深々と頭を下げてこう言っていたのだ。
───僕も行ってきます! ルファスの作る未来を僕も見てみたいんです!!
───それに……そろそろ竜王に好き勝手やられるのはムカつくんです。
───貴女の分まで奴らに一発かましてきます!!
青く情熱的で誰よりも好奇心の強いエルフはそう生きることは出来ないアウラからすればまぶしい存在だった。
アリエスと彼がいれば娘も安心だと思うほどに。
しかし全ての人は良くも悪くも変わる。
アウラほどそれを知る人物はいない。
彼女が愛する人たちは皆変わっていったのだから。
だから彼女は「何故」とは言わない。
そんなことを言っても何も変わらないことを彼女は身に染みて理解している。
だから次に彼女はこういった。
「これからどうなさるのですか……?」
ルファスとの付き合いの長さだけで見ればメグレズは相当なモノがある。
プランが存命だった時から交流を重ね、時には勇者と共に不死鳥の討伐さえ行った。
アリストテレスが居なくなった後もルファスとメグレズは友として多くの面で助け合っていた。
つまりメグレズはルファスの弱点を知っている。
ルファス・マファールが唯一この世で心を許す肉親の存在と彼女が何処にいるかも全て。
既にその提案を一度メリディアナは却下したのだが、それでも彼は“保険”を欲するかもしれない。
もちろんメグレズは人質に取ったとしてもアウラを殺しなどしない。
しかし手元に置いておけばあのルファスに対してとてつもないアドバンテージが得られるのも事実。
学業と研究に重点を置くリュケイオンは中立。
しかし完全にどちらにも肩入れしないというのはどんな時代でも無理がある。
特に今の様な二大勢力が衝突しているような時勢では更に。
仮にミズガルズ全土を巨大な人類の内乱が襲ったらそんな宣言などただの冗談になり下がるだろう。
そしてそんな日は近づきつつある。
「メグレズは貴女の価値を誰よりも知っている。
かの娘と敵対することを選んだ以上はコレを利用しないとは思えない」
メグレズは賢い。
アラニアほどソレを知る人物はいない。
幼少の時よりエルフには珍しい探究心に突き動かされていた彼を従者にしミズガルズ中を見せたのは彼なのだから。
彼の聡明さはただ勉学が出来るだけではない。
彼はしっかりとあらゆるところに足を運び経験も大量に積んでいる。
つまるところ頭でっかちではない実戦派だ。
そんな男が敵に回ったらこれ以上ないほどに厄介極まりないのは誰でもわかる。
「…………はい」
アラニアの言葉にアウラは「当然の帰結だ」と考え頷く。
貴族としての彼女は正確に現状を把握していた。
ルファスは既に世界の王となりつつある。
そんな彼女には敵が大勢いるであろうことも。
敵対する者たちにとって自分がどう映るかも全て。
彼女は心からルファスを愛しその夢が叶うことを願っている。
もしも己が娘の人生/夢の邪魔になるのであれば……覚悟を決めるしかない。
アウラは懐に忍ばせた小瓶を指で弄んだ。
これを含めて幾つかの保険を彼女は常に持ち歩いている。
レベル的には非戦闘員でしかない自分に出来る唯一の抵抗だ。
次にアウラはカルキノスに目線を向けた。
カルキノスはいつも通り快活に歯を見せて笑った。
本当に魔物とは思えない程に素晴らしい人物だとアウラは思った。
だからこそ巻き込むわけにはいかない。
「カルキノス様。ルファスの元にお戻り下さい」
「今まで本当にありがとうございました……これからはどうか、ご自身の為に……」
今は己の存在を知るものは極わずかだから何とかなっているだけ。
あのルファスを操れるかもしれない人質の存在がもしも広まったらそれこそ想像を絶する闘争が始まるのは想像にたやすい。
如何にカルキノスと言えど今のレベル1000が多々生まれつつある世界では無事では済まないだろう。
もう十分すぎる程にアウラは彼らに守ってもらった。
本当ならばあの日ヴァナヘイムで死ぬはずだった命がここまで来れた。
もう一度だけみんなと共に過ごしたい夢はあるが───彼女は大人だ。
娘の重荷に、足手まといになるくらいならば彼女は……己の命を絶つだろう。
王たる者の母とはそういうものだと彼女は受けた教育から考えていた。
「……フム」
カルキノスはわざとらしく顎に指をあてて考え込むような仕草を見せる。
なるほど貴女もそう来ますかと口内で小さくごちる。
どうしてこう彼の大切な人たちは同じ悪癖を持っているのだろうか。
だから返答は一つだった。
「I'm sorry そのお言葉には従えませんね」
本当に珍しいカルキノスの拒絶だった。
そもそも彼が十二星天やらアウラの護衛やらをしているのは「やりたいから」だ。
プランに従っていたのも彼がそうしたいと思ったからであり、ルファスに従うのも同じ理由だ。
カルキノスの本質はどこまでも自由な男だ。
誤解を恐れずに言うならば彼は自分のやりたいことの為に生きている。
友や仲間たちの子孫を守りたいからリュケイオンに居を構え、ルファスを安心させるためにアウラの護衛をしている。
その根底も彼がアウラのことを絶対に守ると決めたからやっているのだ。
仮にルファスが指示しなくとも彼は勝手にそうしているだろう。
多少の嫌なことは飲めるだけの度量も彼にはあるがコレだけは無理だった。
絶対にダメだ。不可能である。
誰が何と言おうと───たとえルファスやアリエスが同じことを言っても絶対に彼は拒絶する。
アウラを見捨てることなど彼には出来ない。
ルファスの為であり、友の為でもあり、何より自分の為に。
「BADですよ。そもそもの話、既にミーはミーの為に生きています」
「レディにも言える事ですが……もっと自分の身を労わりましょう」
まだ何かを言おうとするアウラに対しカルキノスは人差し指を顔の前で立てて「シー」というジェスチャーをする。
言いたいことは判るが、それはそうと彼は決してそれを聞かないだろう。
絶対にカルキノスはアウラを見捨てるつもりなどはない。
だってそんなことをしたら後味が悪く、折角の食事だって味気なくなってしまうから。
「貴方はルファス様の帰るべき場所です。
全てがendし、レディが己に課した役割を下ろした時……貴女の所にあの方はreturnしてくるのです」
それが何時になるかは判らない。
しかし必ず果たされるべき約束だとカルキノスは信じている。
どれだけの困難が立ちふさがろうと、たとえルファスの前にかつての友の遺した怪物たちが現れようと。
最後は大団円。
母子はまた穏やかな日々に戻るべきだとカルキノスは信じている。
だがそれはそうと彼は現実的に物事を考えることもできた。
カルキノスはアラニアに目配せをする。
とりあえず自分が彼女の護衛から離れることはないという意思表示。
エルフは小さく頷き次に取り掛かるべきことを考えていく。
彼の強みは感情と行動を切り離せることだ。
メグレズの行動と選択に思う事はあれど、それが彼の選んだ事ならば彼もそれに対応するだけだ。
「君の答えは判った。
しかし現状では万が一ということもあり得るというのは理解してもらいたい」
「彼女を手中に収めるために彼らの息のかかった者らがリュケイオンを襲撃する可能性は高い」
前提としてリュケイオンは共同体の一員だ。
つまり上空には兵器群が展開されている。
中立だからといって兵器群が守護の任を投げ出す事はしない。
そんな彼らがいきなりアウラ目掛けて突っ込んでくることは余りない……筈ではある。
一応の建前/大義名分として人類の守護を掲げておりそれを守り続けているのだ。
この実績が彼らの支持の基盤である故にそこを疎かにすることは考えづらい。
もしもエル級やギガ級がリュケイオンの市街地で暴れてしまったら数秒で町は焼け野原になるだろう。
そんなことをしたら魔女がどれだけ情報を封鎖しようと隠しきれるものではない。
しかしだ。
うっかりアウラの画像を撮影し、それを誰かが見てしまう事はあるかもしれない。
そもそもミズガルズの人間は【写真】という概念を知らない故にこの行為が露呈することはないだろうが。
「この街を巻き添えには出来ません」
もしも襲撃があればカルキノスはそれこそ全力で抵抗するだろう。
それこそ本性である100メートルを超えた巨大な魔物の姿さえ開帳してさえ。
そんなことになったらリュケイオンは復興が困難なほどのダメージを負ってしまう。
ではどうする?
「私は……この街を離れたいと思います」
260年間住んでいた第二の故郷を捨てる。
それがアウラの判断であった。
彼女はまた失うのだ。
ミズガルズ歴2800年。
彼女はもう間もなく訪れるかもしれない世界の終焉を目にしていた。
余りに巨大な光の輪がミズガルズの空を覆いつくしそこから放たれる波動があらゆる生命体の精神を溶かしていく。
【ケバルライ】
女神の端末だけが扱えるソレは規模と悪辣さを増してミズガルズを食んでいく。
ルファスが拡散させた果実とそこに宿るマナを媒介にアレは全生命体の精神を掌握しているのだ。
億にも届く想念が空に向けて飛翔し回収され保存されていく。
しかし彼女は、アウラは果実を食していない。
故にこの凶悪極まりない能力から逃れることが出来ていた。
空を見上げる。
木々に阻まれたヴァナヘイムの麓であっても今の宙ははっきりと見えた。
全てが一つの色に世界は染め上げられ、その他の一切は存在を許されない。
今、女神の世界は罹患し感染は増大し続けている。
極点より送られてくる天力、それが状況を悪化させ続けていることに女神は気づけていない。
極点が、軋む。
蒼。
蒼蒼蒼。
蒼蒼蒼蒼蒼蒼蒼───。
色とりどりの星は全てが蒼に塗り上げられ、宙は一つに収束しようとしている。
アレが何なのかアウラには判らない。
しかし「その時」が来たら何もかもが終わるという事だけは理解できていた。
非戦闘員である彼女にはそこで何が起きているかなど見えはしない。
しかし一筋の蒼に相対する紅い閃光だけは視えた。
世界の全てが敵に回ろうと決して諦めず、運命と迫りくる終焉と戦い続けるソレに彼女は娘を見た。
どれだけの蒼が押し寄せてこようと光は消えない。
彼女はきっと、絶対に諦めない。
アウラは黙って紅い光を見守る。
どんな結末になろうと彼女は逃げないし目を逸らしもしない。
たとえどれだけ距離が離れていようと。
どれだけの者がルファスを拒絶し否定しようと。
彼女はルファスの母であり、どんな時でも娘の味方なのだから。