ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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今年の更新はこれで最後です。
誤字脱字の報告、暖かい感想の数々など本当にありがとうございました。
2025年はアニメの放送など色々あり、とても素晴らしい一年でした。



そして、祝、アニメ第二期制作決定!
あの終わり方ならあり得ると思っていましたが、本当に来てくれて嬉しい限りです。
早くカルキノスの声が聴きたい限りです。


次回、来年度の更新はストックの補充も行いたいので1月17日の予定となっています。
そして少々私生活でやる事も増えてきたのでしばらくは隔週更新になるかもしれません。



「降参しますか?」

 

 

山の様な弾劾がルファスに押し寄せる。

ゾディアックの居城、その城下では国外から押し寄せた万にも及ぶ抗議者であふれかえっていた。

彼らは口々に言う。

 

 

 

“アリストテレス兵器群の解散を取り消してくれ!”

 

 

“どうして彼らにここまで逆らうのだ!”

 

 

“陛下と彼らが力を合わせれば世界は平和になるのに!”

 

 

“ゾディアックも彼らの計画に参加しよう!”

 

 

寝耳に水だったのだろう。

ルファスと兵器群は競い合う相手ではあったが、それでも何時かはと誰もが根拠のない楽観を抱いていたともいう。

ルファスたちが世界に平和を齎し、彼らの生活は安寧となった。

 

 

 

魔神族も竜王もいない今のミズガルズは史上でもまれなほどに平和で豊かな時代だ。

外敵がいないだけにとどまらずアリストテレスがもたらした技術で人々の生活レベルは跳ね上がった。

食料に困る事もなく、冬の寒さに怯える必要もない。

 

 

衣食住。

彼らは全てが与えられ、満足していた。

こんな素晴らしい日々が変わるなど嫌だと思うほどに。

 

 

 

皮肉な話である。

満たされた故にかつてはもっていた警戒心を失い楽観論に沈んでしまったのだから。

 

 

 

「…………」

 

 

 

膨大な数の抗議者を見下ろし、アリエスはパタンと窓を閉める。

遂にこの時が来てしまったと彼は思っていた。

彼はルファスに絶対の忠誠を誓ってはいるが、彼女の人形ではない。

 

 

 

 

ルファスのやる事や成したことを間近で見つめながらも彼自身もまたソレを内心で冷静に見つめていた。

ルファス様の果たされたことは素晴らしいが、あまりに急激すぎると彼は思っていた。

何かに追われるように竜王を倒して王になってからの主の行動は迅速……いや、拙速だ。

 

 

 

“何”が彼女を追い詰めているのかはアリエスをして判らない。

いや、判らないふりをしているだけだ。

 

だが、彼女の行動はとんでもない反動を産むだろうとは思っていた。

 

 

 

それが今、眼前に広がる者たちだ。

ようやく平穏にたどり着いた彼らはソレが変わるかもしれないことを恐れている。

常に変化を続けるという言葉は良い意味で捉えがちだが、実際は悪い方に代わる可能性だって秘めている。

 

 

 

つまるところ彼らは怖いのだ。

今ある安定を失うかもしれないのが。

誰も彼もがルファスの様に突き進める訳でもない。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

そしてアリエスは変わらない。

かつて何もできなかった子羊からレベル1000になろうと、その本質は何も。

 

 

 

彼は胸の奥底に秘めた一つの願いを反芻する。

迷いそうになった時、心に弱さが生まれた時、彼はこの“約束”を思い返し自分を見つめなおす。

僕がルファス様を守る。いいや、十二星天全員───僕たちがルファス様をお支えする。

 

 

 

相手は彼の遺した機構。

油断など出来るハズもなく。

どうしようもない難敵を見出した十二星天は彼を軸に変わりつつある。

 

 

 

 

(こんな今だからこそ……)

 

 

 

ピンっと彼の中に張り詰めて存在するその絶対の指標。

小さな中性的な少年の内面には確固たる芯が通っている。

それはたとえ何者であろうとも絶対に歪めることの出来ない彼の持つ絶対の一だ。

 

 

 

 

ジジジジとアリエスの中で何かが弾き飛ばされる。

宙の彼方から伸びてきていたソレは彼に意識さえされることなく無力化された。

誰も知らない空の彼方で一人の女が目を剥いていたが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

世界が割れていく。

人類共同体によって纏め上げられ、繋ぎ合わされたソレが千切れていく。

人類史上最大にして最強の勢力だった筈の共同体は世界を統合はしたが、時と共に解れ始めている。

 

 

 

プラン・アリストテレスの作った平穏を壊したのはルファス・マファールであった。

人々はようやくたどり着いたソレを取り上げようとする彼女に敵意を抱き、それが膨らんでいく。

ミズガルズ全土に拡散した天力──女神の力がそれを可能にする。

 

 

 

 

 

 

天空塔マファール。

または単にマファール塔とも呼ばれる覇王の権威の象徴。

その最上階にルファス達はいた。

 

 

 

 

ミズガルズ全土を見渡せる塔はさながらミズガルズという舞台を見下ろす観客席のようだった。

眼下に広がるミズガルズは今やルファスの支配下であり、幼き頃の夢を完全に成就させたのだ。

しかし覇王の興味はそこにはない。

 

 

 

ルファスとディーナ。

覇王とその影は無表情でティーパーティを行っていた。

こんな非常事態に何を呑気なと思うかもしれないが、三人目の参加者のことを思えば致し方ない側面もある。

 

 

 

 

蒼と金。

美しい美女/美少女に向かい合い上品に茶を楽しんでいたのは……魔女メリディアナであった。

もはや言葉は不用ともいえる程に決裂した彼女がここにいる理由は単純だ。

 

 

 

 

彼女は兵器群からの使者であった。

一応のお題目としてゾディアックとの和平交渉ということになっている。

民たちからの突き上げに苦労するルファスからすればこれを断る訳にはいかなかった。

 

 

 

王というのは誰よりも自由に思われがちだがその実こういったしがらみや民意に何処までも縛られる存在であるのだ。

少なくともルファスは誰の意見も聞かない暴君になるつもりはなく、故に今回の魔女のやり方に乗らざるを得ない。

 

 

 

そして実現したのがこの茶会。

何とも奇妙で、不穏で、寒々しい。

少なくともメラクなどがここに放り込まれたら2分も経たずに腹痛に襲われることだろう。

 

 

 

 

「お気持ちは変わりませぬか?」

 

 

 

「私め共と陛下が力を合わせれば即座に世界の変革はなるでしょう」

 

 

 

音もなくカップを置いたメリディアナが声を発する。

今まで幾度も聞いた勧誘の言葉。

しかし常に浮かべていたアリストテレスへの狂信や熱狂もないソレは作業のようだった。

 

 

 

「出来ぬ。決して」

 

 

 

ルファスの言葉も変わらない。

メリディアナの望む世界と彼女の願う世界は絶対に相いれない。

どれだけ誠意を以て懇願されようと絶対に彼女の理想を支持は出来なかった。

 

 

 

「アリオト様を通してあの方とお話を成されたようで」

 

 

 

「あれこそが兵器群を統括する“意思”でございまする」

 

 

 

 

人類はおろかあらゆる生命全てに何の期待も愛もないアレ。

ただそうあれと望まれて作られたからそうするという機構。

役割だけを入力された虚無が形を持ちミズガルズを覆いつくしている。

 

 

アリストテレス兵器群はプランの諦観と無関心/虚無を強く受け継いでおり、あの意思こそがその結晶といえる。

 

 

余りに不快な存在のことを話題に出されてルファスの纏う雰囲気が微かに悪化する。

今までの自分の道程全てを否定し望んでもいない未来を押し付けてくるあの存在は既に彼女の中では排除対象となっている。

女神の座に上り詰める前に何としてもアレは滅ぼさなくてはいけない。

 

 

そしてもう一つ。

ルファスはアレの語る未来を信じられない理由があった。

 

 

彼女が当然の疑問として出した話題にあれは答えていないからだ。

即ち「女神アロヴィナスの報復はどうする?」という疑問だ。

ミズガルズを丸ごと神から強奪などしたら当然、女神は怒り狂って復讐してくるだろう。

 

 

どうせ禄でも無い方法に違いないがソレにどう対処するか、あのアリストテレスが何も策を用意していないはずがない。

そんな彼女の内心を読んだようにメリディアナは続けていく。

今回訪れたのは表向きは交渉だが、実際は種明かしの為である。

 

 

 

アリストテレスの正当なる後継者であるルファスには知る権利がある。

拒絶されるのはもう判っているが、それでもだ。

少なくとも師が何を考えて何を行おうとしていたかは知っておかなくてはいけない。

 

 

 

 

「所で陛下は伝承に謡われる蒼き星……歴代の勇者さまたちの故郷のことは存じておりますか?」

 

 

 

一瞬だけ老婆の目線がディーナに向けられる。

女神の端末であり人形でもある彼女ならばもちろん知っているはずだと確信が宿った瞳だった。

寒々とした感情を向けられたディーナは一瞬だけ肩を振るわせた後に頷く。

 

 

 

もう傷はとうに完治したはずだというのに胸が軋むように痛い。

 

 

 

「かつての友より聞いたことがある。人間種のみが存在し、その人口は数十億を超えると」

 

 

 

ほんの数日だけ一緒にいた最初で最後の友達の姿が脳裏をよぎる。

彼女が嬉しそうに帰ってみせると語っていた故郷の話を思い返した。

 

 

その名前は【地球】と。

魔法も天法も魔神族も魔物もいない世界。

女神の干渉も最低限であり、本当の意味で自由な星だ。

 

 

 

自由……では地球という世界は平和なのか?

その疑問に魔女は皮肉るように笑う。

彼女は知っている。

 

 

 

兵器群は重力を始めに【エクスゲート】や空間に満ちるマナについて誰よりも深い知見と操作技術を所持している。

故に次元空間においてほぼ隣り合わせ、もしくはミズガルズの裏側に存在するあちらの宙についても観測技術を得ていた。

じっと観続けたのだ、あの世界の歴史を。

 

 

結果、共存は不可能と判断。

人間種に類似した種がいるというのもありその判断は慎重に慎重を重ねられた。

 

 

 

そして下された判断は根絶。

エル級を始めとした新兵器を用いてあちらの人のような生物は絶滅が決定されたのだ。

何故そんなモノを作ったのか、その理由は簡単だった。

 

 

 

「アレこそが人という種の限界を体現した世界ですじゃ」

 

 

 

「無限に続く混沌の坩堝。ミズガルズとは違った地獄の形」

 

 

 

女神が干渉しなければ世界は平和になるか?

その疑問に対する回答があの世界であった。

何度も飽きずに世界規模で内戦を引き起こし、ほんの些細な違いで魔神族に匹敵する大虐殺を幾度も繰り返している。

 

 

 

その上に潜在能力は未知数ときたものだ。

レベルという概念こそなく単体の能力は極めて脆弱だが、団結した場合の爆発力は底知れない。

何よりあの世界はもしかするとかの女神を輩出した可能性さえある。

 

 

 

二重螺旋の遺伝子構造が何の妙か規格外の怪物を作り上げてしまった。

そしてそれは今や全宇宙の頂点にたっている。

そして次がないとは誰も保証できない。

 

 

 

「余は其方たちほど向こうの世界を知らん」

 

 

 

兵器とメリディアナが危険と判断するのも当然であった。

ミズガルズにおける計画が果たされた時、問答無用でかの世界──地球は滅ぼすと彼女たちは決めている。

 

 

 

しかしとルファスは真っ向から言い返す。

ベストしか選べない兵器群と魔女に覇王は、人の可能性を誰よりも魅せられた女は違うといった。

 

 

 

 

 

 

あくまでも彼女が知る向こうの情報はナナコから教えられた程度だ。

彼女の住む国は豊かで、少なくとも戦争には程遠いと言っていた。

しかしミズガルズがそうであるように世界全てが平和であるわけがない。

 

 

彼女が知っているのは一人の善性に満ちた少女だけ。

いきなり別世界に連れてこられて、望んでもいない力を押し付けられた友達。

 

 

 

……ルファスは今でもナナコのことを友だと思っている。

こんな力しかない自分よりもよっぽど純粋に誰かの為に戦うことを選べた誇り高い勇者であると。

 

 

 

「しかしあちら側からやってきた者と話をする機会はあった」

 

 

 

「………」

 

 

思わぬルファスの言葉にディーナが唇をつぐむ。

先代の勇者の死について自分が何と思っていたかを考え、彼女は眩暈がしそうだった。

いつかは言わなくてはならないと彼女は決意し主の言葉を黙って聞き続ける。

 

 

 

「高潔とはまた違う……人ならば誰しも持つ小さな優しさを備えた者だったよ」

 

 

 

ほんの数日しか一緒にいられなかった友の姿をルファスは忘れてはいない。

忘れられるわけがない。彼女の存在もまたミズガルズが背負った業の一つなのだから。

見ず知らずの土地にいきなり誘拐され、見知らぬ人々に助けを請われるという異常な事態の中であっても我より人を実行できる少女だった。

 

 

 

アルカスがどうしてあの時謝罪してきたのか、その答えをルファスは知っている。

如何に国と人類の為ならば非情に徹する彼であっても子供を生贄に捧げたのは相当にくるものがあったのだろうか。

 

 

 

彼女は上澄みなのかもしれない。

プランがかつて説明した通り、女神アロヴィナスが選んだとびっきりに善き人なのかもしれない。

しかしルファスは知っている。彼女は向こう側において特別な存在ではなかった事を。

 

 

何処にでもいる学生。

自分なんてただの一般人だと彼女は繰り返し言っていた。

事実、向こうの世界には幾人もの勇者に相応しい人たちがいた。

 

 

 

最初のアリストテレスが怒りを抱いたのもそんな人々を騙し使い捨てにする世界の在り方に憤怒したからだ。

それを踏まえてミズガルズの統一者ルファスはこう返す。

今の彼女であればミズガルズを代表して言う事が出来る。

 

 

「我々はかの世界に多くの借りがある。向こうの善き人々に幾度も救われた」

 

 

 

全ては茶番だったとポルクスは言うだろう。

しかし勇者たちの見せた献身と光は本物だった。

間違いなく彼らの生き様は人々に希望を見せ、今日までミズガルズを存続させる原動力になっていた。

 

 

 

確かにあちらの世界は兵器群が言うとおりの地獄なのかもしれない。

しかし少なくとも向こうの世界は自分たちの都合にミズガルズを巻き込んではいない。

それに……ナナコのような人がありふれた存在であるというのならばまだ終わってもいないだろう。

 

 

 

ルファスは堂々と口にする。

この思い上がりも甚だしい者らの代表に。

 

 

 

「散々に勇者という人柱を使い潰しておいて、今度は此方の主観で邪悪だと断じて滅ぼすつもりか」

 

 

 

「其方らは何様のつもりだ。余がいつ地球を滅ぼせと命じた?」

 

 

紅い瞳を輝かせ言葉に圧を込める。

何の物理的な力も与えられていないのにカップが軋む。

残った茶の表層にさざ波が走る。

 

 

そんな中、ディーナはただルファスの隣で事の成り行きを見守り続ける。

この会合がどのような形で終わるかは彼女をしても見えない。

 

 

 

「もしも向こうの世界がその悪性で滅びるとしたらそれは一つの“結末”である」

 

 

 

永遠に続くモノなどない。

国家にせよ文明にせよ。

寂しい話ではあるが王となったルファスはそれを理解している。

 

 

 

だがしかし。

いずれ自滅する可能性が高いからと言ってならばその前にさっさと終わらせてやろう、等というのは間違いだ。

 

 

 

「勝手なことをするなメリディアナ。その増長、目に余るぞ」

 

 

 

 

独断専行。

兵器群の行為はまさにそれに尽きる。

魔神族や魔物はミズガルズに存在する明確な人類の脅威である故にルファスも何も言わなかった。

 

 

 

しかしコレは違う。

向こうは此方のことを知りもしない。

ソレを一方的に攻撃するなどまるで魔神族だ。

 

 

ミズガルズとしては地球という世界に不干渉。

向こうが攻撃を仕掛けてきた場合のみ自衛を行う。

それがルファスの方針であった。

 

 

 

覇王の圧を受けながら魔女は諦観の混ざった透徹した瞳で返答する。

 

 

 

「マファール陛下は本当に人を信じておられるのですな」

 

 

「これほどの裏切りを受けてなお、貴女様は世界に救いはあるべきだと心から思い行動しておられる」

 

 

 

皮肉ではなく心から彼女は羨望の混ざった声で言う。

自分にはそんな生き方は出来なかったから。

 

 

 

「貴女様の翼を見ればその生い立ちに大体の想像はつくものです」

 

 

 

「当時のアリストテレス卿は天翼族について纏めた書物を出してもいましたからな」

 

 

プランが書き上げて各国に配布した天翼族の生態をまとめた注意喚起の書物。

翼に対する執着を主に記したソレをメリディアナも当然読んでいた。

あれから260年、やはりというべきかヴァナヘイムは変わらない。

 

 

 

メラクに代替わりしたからなんだという?

今の彼は父から受け継いだ国のかじ取りに必死でヴァナヘイムを変えるなど夢のまた夢だ。

そも、天翼族の白翼信仰は彼らの根底にあるもの、一人の王がどう足搔こうと変わることなどありえない。

 

 

 

「ヴァナヘイムの麓には夥しい数の屍が積み重なっている事も存じておりますとも」

 

 

 

万年単位で積み上げられたソレの数はソドムの犠牲者に勝るとも劣らないだろう。

しかもその大半は親から不要として捨てられた幼子たちだ。

彼らには何の希望もなく、生まれてきて一度も愛など得られなかった。

 

 

本人も自覚している通りルファスは運がよかった。

それに尽きた。

 

 

 

「本当にこの世界に救いなどあると? 神が絶望を約束したこの世界などに」

 

 

 

「有るさ」

 

 

 

柔らかい声音でルファスは断言した。

メリディアナが何と言おうと、兵器群がどれだけ乾いた現実を語ろうとルファスはこれだけは曲げない。

7年間の日々もそうだが、彼が居なくなった後に己の目で世界を見て出した答えだった。

 

 

 

リュケイオンの人々は領主や家族を失っても力強く生きていた。

例えばずっとルファスを気にかけていたダンの息子はあれからも修行を続け果てには父の腕前に追いついていた。

彼の子孫は今もユーダリルで肉屋をやっており、これからもずっとそうあり続けるだろう。

 

 

 

ずっとルファスはリュケイオンを見ていた。あの地を通して人々の営みを見ていた。

かつてルファスを慕ってくれた者たちも次々と旅立っていく中、皆が彼女に残した言葉がある。

天翼族と人間という種の違いからどんどん老いていく自分とルファスを見比べて、多くの人たちは悲しげに微笑みながらこう言ったのだ。

 

 

 

かつてルファスが彼と笑い合っていたころを知っている子らは老齢になり、看取りに来たルファスを憐れみながら言う。

何十年も姿の変わらない彼女を眩しいモノをみるように見つめながら。

この人はきっとこれからもずっと後悔を抱えて生きていくのだと。

 

 

 

“もう自分を許してあげて”

 

 

“貴女は悪くない”

 

 

“出会えてよかった”

 

 

“お母さんと一緒に幸せになって”

 

 

“アリエス君にもよろしくね”

 

 

 

少しでも彼女の背負うものを減らしたいという善意だった。

 

 

自分の命が尽きるその瞬間まで彼/彼女たちはルファスを案じていた。

彼らの言葉はルファスに深く刻まれて焼き付けられている。

忘れられるわけがないし、忘れるような存在に彼女はなりたくない。

 

 

 

瞼を閉じればすぐに見える。

彼女が守りたいと思った景色が。

それは何てこともない平穏な日々。

 

 

 

決して良いことばかりではないけど、それでも悪くはない日常の一部。

彼女はここにきて自分の原点を見つめなおし、口元を綻ばす。

誰よりも強くなってやると決意し、がむしゃらに走ってきた。

 

 

 

そのせいで忘れかけていた初心を彼女は見出すことが出来た。

そうだ、私はコレを守りたかったのだと。

本当に自分は馬鹿だな、こんな大切なことを忘れかけてしまうのだと自嘲しながら女は魔女に答える。

 

 

 

「余はこの世界が好きだ」

 

 

 

 

過去に想いを馳せる。

この世界全てに憎悪を抱いた少女がいた。

母と自分だけしか世界には存在しないと思い込み、全ての手を振り払い続けた子供がいた。

 

 

 

誰も自分の痛みなど判らないし、判ってもらおう等とも思っていなかった。

だが一歩を踏み出し周りを見渡せばソレだけではない事も多くあった。

 

 

 

 

「懸命に生きている人々が愛おしい」

 

 

 

仕方ないと呟き諦めて生きていく人も多いが、それだけじゃない人も大勢いる。

全力で女神の敷いた法則に抗って生きていく人々の何と美しいことか。

だからルファスはこの世界を変えてみせると決意する。

 

 

 

世界から全ての理不尽と悲劇を消せるなどとは思えないが、それでも女神がばら撒くソレは止めてみせるのだと。

神から解放された世界には想像を絶する自由/混沌が訪れるのも承知の上だ。

しかしルファスは信じている。きっと人は頑張れると。

 

 

 

 

「それが其方らや女神と戦う理由だ」

 

 

 

ルファスは人間不信であると同時に人類を信じてもいる。

世の中にはどうしようもなく煮ても焼いても食えない外道がいることだって判っている。

理由もなく何となくで他者を攻撃し死を願う者がいることも知っている。

 

 

 

「其方だって判っているはずだ。ミズガルズにあるのは決して絶望だけではないことを」

 

 

 

希望から絶望への転落はこの世界の必定。

それはつまりメリディアナもまたかつては光の中にいたという証明だ。

ルファスには想像することしか出来ないが、彼女もまたソレを奪われて魔女へと変わった。

 

 

 

このシワだらけの老人にも大切な何かはあった筈。

地獄の様なミズガルズの中にあっても輝く星が。

 

 

 

しかしそれだけではない。

ミズガルズには星にも勝る輝きがある。

その素晴らしい人々の未来を守るために彼女は立ち上がったのだ。

 

 

 

 

「……一つ、質問に答えていませんでしたな」

 

 

「女神の報復への対応とアレを滅ぼす方法、でありまするな?」

 

 

 

メリディアナは覇王の問いかけに答えるつもりはないように別の話題に話を切り替える。

コレを明かす許可はもう取っている。

どうせ知ったところでもうどうにもならないのだ。

 

 

 

彼女は自分語りなどしない。

自分はこんなかわいそうな目にあったのです、等と自慢もしない。

そんな無駄なことに時間を費やすのならば一刻も早くアリストテレスの世界を実現させるために尽力するからだ。

 

 

 

魔女には決してルファスの言葉は届かない。

彼女の夢や希望はもうどこにもないから。

 

 

 

「マナ・キャンサーは既にこの宇宙の全域に拡散済みでございます。あとは号令を送るだけ」

 

 

 

「………!!」

 

 

明かされたおぞましい事実に覇王の翼が跳ね、ディーナは絶句した。

既に自分たちはほぼ詰んでいると彼女たちは悟り……諦めない。

 

 

 

大まかに観測可能な範囲は直径900億光年ある宇宙。

数兆はある銀河系、そのほぼ全域にマナ・キャンサーの因子は非活性化状態でばら撒かれていた。

それを可能にしたのは【エクスゲート】とルファスの配下たるサジタリウスの【アルナスル】だ。

 

 

プラン・アリストテレスはかつて彼に襲撃された際、その血などのサンプルを回収していたのである。

己に向けて射出された【アルナスル】に対して「これは便利だ」と内心で彼は思ったことだろう。

座標さえ知っていれば、もしくは目視可能であればどこにでも瞬間移動が可能なこのスキルは銀河間を飛び越えるのに非常に有用であった。

 

 

 

エル級で確立された座標移動。

極まった【エクスゲート】展開技術。

そして【アルナスル】という0時間着弾攻撃。

無尽蔵に増殖を繰り返すキャンサーの性質による無限の物量。

 

 

この4つを相互に利用し宇宙中に癌は拡散したのだ。

後はスイッチを押し込むだけ。

アリストテレスは、魔女は、殺され続けた人たちは怨嗟と憎悪によって世界の終わりに至る階段をくみ上げてのけた。

 

 

 

「勿論女神とて対抗策としてありったけの抵抗を行う事でしょう」

 

 

「しかし具体的に何が問題で、何処に手を加えればよいかはあの者には理解できませぬ」

 

 

「何せ見えないのですからな」

 

 

 

女神アロヴィナスはその存在の巨大さ故に世界の詳細を観ることが出来ない。

つまり彼女は癌の早期発見/初期治療が出来ないのだ。

古今東西、発見が遅れた病気はそれだけで致命的になるというのに。

 

 

 

どれほど強力な生命力をもっていようと適切な知識と治療技術がなければ癌に抗う事は困難である。

その強すぎる力が反転したのがかの悪性新生物なのだから。

そしてアロヴィナスはそのどれも持っていない。

 

 

故にマナ・キャンサーは女神アロヴィナスにとってあらゆる意味で天敵であり、致命的なのだ。

そして仮に彼女がマナ・キャンサーそのものを破壊することが出来ても第二の矢がある。

どちらにせよ計画が発動した時点で女神を地獄に叩き落すやり方が。

 

 

 

 

「癌は天力によって活性化することも確認済み。

 仮にアロヴィナスが何時ものように天力を世界に流し込んだら……どうなるかはお判りですな?」

 

 

 

 

老婆の言葉の意味をルファスは知っている。

かつてプランを治療した時に癌の特徴を学んだことがあるのだから。

あの時、完成したエリクサーで一息にプランを治せなかった理由は正しくそれだ。

 

 

 

「活性化したマナ・キャンサーはこの宙全域を汚染し、やがては一点に収束するのです」

 

 

 

“祭壇”に代表されるマナの変換/凝縮能力。

そしてオリジナルのカルキノスが保持する防御力を上昇させるスキルである【テグミン】と魔法攻撃を引き寄せる【アセルス・アウストラリス】

防御力が上がるということは存在の密度が上がるということ、つまり圧縮するという解釈で用いた上で魔法を引き寄せるスキルを混ぜ込み宇宙を引っ張るのだ。

 

 

 

これらの応用を用いて女神の魔法であるこの宇宙を収束させ変換する。

【ビッグ・クランチ】と呼ばれる現象を人為的に引き起こすのだ。

それで世界は終わる。残るのはアリストテレスが保存した人類だけ。

 

 

 

「嘘……」

 

 

 

震える声でディーナは思わず小さくつぶやく。

出来るかどうかではない、こいつらはやると直感しその危険性に肩を震わせた。

危険だとか、ルファスの障害になるとか、そういう次元ではなかった。

 

 

 

アリストテレスは本当にアロヴィナスの世界を完全に終わらせる手段をもっている。

それを理解した彼女は縋るような目線をルファスに向けた。

このままでは本当に終わらされる。自分も父も、下手をすれば女神さえ。

 

 

 

ルファスでさえ朧にしか組み立てられなかった宇宙を丸ごと利用する計画、それが目の前にある。

しかしこの計画には続きがある。

たかが宇宙一つをどうこうする程度ではアロヴィナスはどうにか出来ないのだから。

 

 

 

「収束した宇宙一つ分のマナはその全てにマナ・キャンサーが宿っております」

 

 

 

「これはいわば種火でございます」

 

 

 

魔力の塊を手に生み出し、魔女はソレを指さす。

仮にこれが宇宙とした場合の話をしているのだろう。

 

 

完全に汚染された宇宙一つ。

極限まで圧縮したソレを今度は反転させると魔女は続けた。

 

 

 

 

「────癌に汚染された宇宙を炸裂させ、女神の統べる宙の全てにマナ・キャンサーをばら撒きましょうぞ」

 

 

 

パンっと魔力塊が破裂する。

膨大な粒子がキラキラと周囲に舞い散った。

 

 

これは生物……特に植物の繁殖に近い行動であった。

ある種の植物は己の花粉を炸裂させ周囲にまき散らすとされる。

それと同じことを宇宙を用いて行うのだ。

 

 

 

「宇宙一つを丸ごと用いたマナ・キャンサーの繁殖! 

 宙一つを種火としアリストテレスの意思は女神の世界全てに広がる!!」

 

 

 

「マナ・キャンサーは物質非物質問わず己の性質を周囲に伝播させていくことが可能!」

 

 

ミズガルズ以外の世界にはマナという概念がない?

そんなこと織り込み済みだ。

キャンサーには浸食/複製能力が備わっており、むしろそういう概念のない世界こそがやりやすいまである。

 

 

 

一度収束させた宇宙を再度インフレーション/ビッグ・バンさせてその中身を極点中に拡散させる。

ばら撒かれるマナ・キャンサー。

その粒子一つ一つがまた別の宇宙を汚染し、同じように収束と拡散を繰り返す。

 

 

 

そして更にもう一段階、これらにはおぞましい仕掛けが施されているが……魔女はそこまでは言わない。

どちらにせよもう終わりだと彼女は確信している。

 

 

 

「ここに訪れたのは交渉の為ではありませぬ」

 

 

 

どうせ我々は判り合えませんからなと自嘲を含んだ声でメリディアナは述べる。

次に彼女は表情を一変させ含み笑いながら、極めて悪趣味な笑顔を顔に張り付けて続けた。

 

 

 

 

「あたしは勝利宣言の為に来たのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────で、あるか」

 













マナ・キャンサー計画
女神運営宇宙・癌化処理プロトコル(一部開示)


この計画は当初予定されていたアリストテレスの計画をベースに修正を施されたものである。


第一段階:基礎培養工程

祭壇システムを用い、疑似果実を大量生産。
果実摂取によるマナ回路活性化を全人類に施行し
同時に神経・思考・魂構造データを継続的に収集。

目的は単純である。
全種族の平均存在強度(レベル)を均一化すること。

レベル差はノイズであり、
癌化工程において最も不要な揺らぎである。


全人類レベル1000到達まで処理を継続。

状態:完了






第二段階:思考支配・同期工程

マナの「所有権」を媒介とし全人類の思考・判断・感情を間接制御下に置く。

精神状態を
・反抗性低下。
・自己保存欲求抑制。
・集団思考への依存度上昇へと最適化。


これにより
スキル《一致団結》を最大効率で常時稼働可能な精神環境を構築。

人類は個体ではなく
分散型演算装置として再定義される。


状態:計画修正中。







第三段階:観察眼・宇宙コード解析工程


全人類を外付け思考ユニットとして接続。
出力を指数関数的に増幅した《観察眼》を用い
ミズガルズを運営する基幹コードを直接解析。


目的。
・女神による管理コードの全容把握
・「天に至る鍵」を使用しない非正規アクセス(ハック)


すなわち、女神という管理者を前提としない宇宙運営。
しかしプラン・アリストテレス卿の消失により解析精度が臨界値に到達せず。


状態:実行不可能
新計画へ移行






第四段階:癌化マナ拡散・宇宙相転移工程(修正済)

スキルおよび位相転写技術を用い、
癌化したマナ(Mana-Cancer)を全宇宙へ拡散。

癌化マナは以下の性質を持つ:

・自己増殖。
・情報転写。
・環境適応。
・概念汚染。
・魂・物質・法則の区別を行わない

次に
カルキノスのスキルを応用し
宇宙全体をビッグクランチ状態へ誘導。

圧縮過程において
癌化マナの密度・活性度は指数関数的に上昇。

臨界点到達後、
意図的にインフレーションを再発生させ、
癌化マナを極点全域へ再拡散。


結果として

・女神運営宇宙そのものが癌化マナを内包した不安定構造体へと相転移。
・女神の権能・修復機構は内部から無効化・侵食される。
・魂循環・世界修復・再生は全て汚染対象となる。








最終目的。

女神アロヴィナスは単一個体である。
しかしその存在は
全世界を内包・統合する管理基盤――極点と完全融合している。

このため単一宇宙、あるいは限定位相における破壊では
女神個体に有意な損傷は発生しない。


局所的な消滅は管理システムによって即座に補完・再構成される可能性が高い。


よって、本計画の最終目標は以下に定義される。

・女神アロヴィナスが座する極点そのものの破壊
・極点に接続・内包される全宇宙・全位相の同時消去
・管理座標、魂循環、法則再生機構の完全崩壊
・最終手段として十分に活性化したマナ・キャンサーによる女神への直接攻撃。


この計画の主目的は女神個体の排除ではない。
女神が存在する「椅子」ごと爆砕する処理である。


極点消滅後、女神は管理基盤・観測基準・再接続座標を喪失する。
仮に完全消去に失敗した場合でも女神は以下の状態に遷移する。


・接続不能。
・再定義不能。
・観測不能。
・帰還不能。


すなわち、全ての世界から切り離された永遠の虚無を漂流する単一存在となる。

復旧手段は存在しない。
救済処理は実装されていない。

本計画は抹殺であると同時に
不可逆的な隔離と放逐を含む嫌がらせ的終端処理である。

感情的判断は不要。
宇宙規模の消費は副作用として許容される。


処理対象:
女神アロヴィナス(害悪)
および彼女が座する全存在基盤。




我々はミズガルズ人類を守護する。





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