ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
彼らは人類に何も期待していなかった。
ただ、効率的に整理整頓された世界を完成させるために
最後に残った「生」という不具合を消去しようとしたに過ぎない。
人類は自ら望んだ「絶対的な平穏」によって
皮肉にも自らの息の根を止められようとしたのである。
───スヴェル国の歴史書物(検閲)の一文。
ミズガルズにおいて発生した史上最大の内戦。
後の時代において覇王をこの世から追い出した為に追放戦争とも呼ばれるソレは多くの名で語られる。
マファール戦役。
アリストテレス戦争。
または七英雄戦争。
もしくは“世界大戦”とも。
余りに大規模で壮絶なソレは多くの名前で呼ばれ後世にも伝わってはいるが、その詳細を知るものは数少ない。
この時期を境に余りに世界人口が激減したことによる知識の継承の断絶もあるが、明らかに何者かが資料を封印した痕跡があったのだ。
何らかの理由でミズガルズはその人口を8割以上失った。
ルファスが殺しまわったとも、魔神族が一斉蜂起をしたなど色々な推察があるが理由は定かではない。
しかし200年前の戦いを節目に人類は大幅な文明圏の後退をしたことだけは事実だ。
そも、ミズガルズ歴3000年においてアリストテレスの名を知るものはもはや殆どいない。
数多く生き残った混翼の天翼族は決して語ろうとはせず唇をつぐむだけだ。
アリストテレスと接触した記憶が残るベネトナシュも決して語らない。
結果だけ語ればミズガルズは存続した。
しかし世界人口の8割以上を失い、人類はほぼすべての領土を失うことになるが、それでも未来は続いたのだ。
ゾディアックの上空に出現した巨影──。
巨大な【バルドル】の頭部を模した象徴が、無機質に、だが確実に世界の終わりを告げるかのように輝いている。
その下で響くはアリストテレス兵器群の無慈悲な勧告。
『ゾディアック。ルファス・マファール陛下に告げます。降伏を推奨いたします』
『我々は人類同士の内乱を望みません。全ては平和の為。どうか賢明なるご判断を』
ミズガルズ歴2800年。
激動にして歴史の転換点となる年代、その発端はこの言葉から始まった。
アリストテレス兵器群はゾディアックの上空に巨大な【バルドル】の頭部を模したシンボルを投影し冷徹に告げた。
その声はまるで感情のない機械仕掛けの神託。
世界が終焉に向かう定めさえ、あたかも事務的に通告するだけのようだった。
プラン・アリストテレスより産まれ、彼の手を離れた機構は完全に独り歩きし彼の虚無を振りまいて回っている。
世界全てに何の期待もない怪物はルファスさえその範疇にあるようだった。
だが、ゾディアックの玉座でその勧告を受ける覇王は違う。
ルファス・マファールは、わずかに目を閉じ、深紅の瞳を細く開ける。
そこに迷いはない。これらが何を目的に作られたか知る彼女はそれでも否定する。
一人の男の虚無を前にむしろ彼女は憐れむようだった。
彼の抱えるソレを自分では癒せなかった敗北を噛みしめながら彼女は言葉を紡ぐ。
動じることはない。
激情を爆発させるでもなく、嘆きや恐れもなく、ただ静かに威厳を宿す覇王の声音がミズガルズ全土に響く。
「内乱を望まぬ? その言葉、よくぞこの余の前で吐いたものだな」
ルファスはいまだ人類共同体の盟主である「守護者」である。
その席に座った当初から彼女はその役目を果たし続けてきた。
魔神王を打破し魔神族を停止させ、世界中から人類の敵を排し続けてきた。
立場上では彼女はアリストテレス兵器群に命令する身分である。
つまるところこれは反逆だった。
堂々たる声は世界の鼓動さえ制するかのごとく。
圧倒的な支配力を持つ王の威圧、その奥底には冷静に燃え盛る信念の火がある。
ルファスは堂々と深紅の瞳を輝かさせアリストテレスを弾劾する。
「アリストテレス兵器群よ。
其方達は元は余がこのミズガルズを治めるにあたり、配下と定めた存在であった」
人類共同体はいまだ健在。
ルファスとアリストテレスで分断はしたが組織としての体裁はまだ残っている。
その枠組みの中において兵器群はあくまでも暴力装置だった。
彼らの役目は災禍の多いミズガルズにおいて人々を理不尽から守る。
それだけだったはずだ。
幾ら強くとも一人しかいない人類の守護者の補佐、それが本来の役目だったのだ。
「主の許可なく独断で動き、余に“降伏”を促すなど……滑稽にして許しがたい暴挙である」
その声音には、怒りも感情もなく、ただ“主君”としての静かな権威だけが宿る。
人々はルファスとアリストテレスを見比べた。
どっちが正しいのか多くの者は混乱した。
ルファスは黙々と続ける。
彼女の言葉には途方もない圧が込められていた。
「お前たちは人類の守護という名のもと、その命を預けた兵器であったはず」
「だが、お前たちは己が大義を履き違え、民を導くどころか絶望と混乱をもたらしている。
これは断じて、王が許すべき道理ではない」
ミズガルズの放棄など認めないと彼女は今一度己の考えをはっきりとさせた。
どれだけ苦痛があろうとこの世界を彼女は愛している。
捨てるなどあり得ない。
そして彼女は弾劾をはっきりと述べた。
このふざけた思い上がりも甚だしい機構にはっきりと。
「余計な事をするなアリストテレス」
その言葉を聞いていた全ての者がひゅっと息を漏らした。
本気の怒りと拒絶が込められているソレは正しく覇王の圧を孕んでいる。
どれだけの強者であろうと身をすくめ、身震いするほどの怒気であった。
何という傲慢。
何という短慮。
そんなところまで創造主にそっくりなのが更にルファスを苛つかせる。
「自惚れも大概にせよ。ミズガルズの神を気取るつもりか?」
世界が軋む否定を受けてもバルドルの顔は揺るがない。
アリストテレスは何処までも世界を否定し拒絶する。
かつて抱いた虚無は何処までも深く、決してルファスの語る言葉など届かない。
【バルドル】の虚像に変化はない。
その瞳孔のない光学センサーが、まるで全世界を無限の角度から“スキャン”しているようだった。
覇王ルファスの声は、確かにこの星の民衆の心を揺らした。だがそれに答えた「返事」は、あまりにも冷たかった。
『会話要求を受理しました』
重力も、温度も、色も、どこか違う。
その音声は“声”と呼ぶにはあまりにも無機的で、ただ人語という構文だけを選択した自動応答のようだった。
これに比べればリーブラは随分と人間味あると思えるほどに兵器群は冷徹だ。
『人々が我々にそれを望むのならば神を演じましょう』
かつてのプランが人々にそうであれと望まれたから理知的で話の分かる貴族をしていたように。
大きな力を持つものとしてそうしてほしいと思われたからリュケイオン周辺のバランサーをしていたように。
アリストテレス兵器群は人々がやってほしいことをしているだけなのだ。
人類を守護せよ。
人類の敵を排除せよ。
世界を久遠の平和で包め。
ルファスたちの未来を永遠に保証しろ。
それらを彼らなりに判断した結果があの計画だ。
『マファール陛下。貴女の主張は存じています』
『人類に自由を。
あらゆる人々が理不尽にさらされない世界を作る』
兵器群はルファスの言動を端的にまとめて読み上げた。
なるほど何と素晴らしい思想だ。
『不可能です』
語尾に揺らぎはない。
そこに「善悪」も「情」も、「妥協」すら存在しない。
ただ、結果と最適化だけを演算し尽くした冷徹な演算の果ての言葉がルファスの理想を否定する。
プランの抱いていた虚無が言葉という形を得て放たれる。
『人類社会は、“自由”を求めて自壊します。魔神族はむしろそれを抑制していました』
兵器群の無感情な声が、誰の心にも届かない高さから響きわたる。
それは何千、何万という事例を同時に想起し、全てを演算し尽くした上での答えだった。
『人は理不尽を拒絶しますが、彼らこそ理不尽そのものです』
その言葉の正しさはルファスが象徴している。
かつて理不尽を否定し全てを薙ぎ払うと決意した少女は今や新しい理不尽へと至っていた。
それはレベルや特殊能力の有無ではない。
彼女は自分のやりたいことの為に少なくない人たちに己の主張を押し付けて「戦え」「逃げるな」と強制している。
これを理不尽と言わず何という。
誰もがこう言われる。
『“他者には優しくしよう”』
『しかし“競争相手は叩き潰せ”』
ある研究結果において、人は他者を傷つけ苦しめると脳内で幸福物質が分泌されるという結果が出ている。
つまるところ迫害や差別というのは人類が持つ本能なのだ。
人類というのはある程度我慢できる魔神族のようなものともいえる。
ヴァナヘイムを見ると良い。
何万年もの間、混翼への理不尽な圧政を誰も疑問に思わずむしろ娯楽と化していた。
魔神族への嗜虐も人々は心から復讐という側面もあるとはいえ楽しんでいたではないか。
加速させたのは女神かもしれないが、最初の一歩は自分の意思だった。
歴史の全てがそこに集約される。
種の進化も、文明の繁栄も、結局は“自己最適化”のための果てしない闘争だった。
個人も、国家も、いずれ他者を搾取しなければ維持できず、結果“理想”は必ず破綻する。
『人類の自由と幸福の両立は不可能です。
それは“定義”の段階で相反する命題です』
無駄。
ルファスの夢も願いも希望も全て無意味だと断ずる。
ルファスの大義、理想、信念。
そのどれもをアリストテレスの虚無は一蹴する。
一抹の迷いもなく、まるで計算式の外れ数値を修正するかのように。
『人々が、永遠に苦しみから解放される道はただ一つ――我々が守護し統括すること』
アリストテレスは腐敗しない。
アリストテレスは差別しない。
アリストテレスの前では全てが公平に無価値であり、そこに主観はない。
『真なる平等というものは拮抗する力のなかには存在しません』
『我々の瞳の中においてのみ、貴方方は平等に映っています』
レベル4200のルファス・マファールであろうと、いま産まれたばかりのレベル1の赤子だろうと。
アリストテレスの瞳の中では平等に管理対象としか映っていない。
真に民を導ける統治者というのは誰も愛さず贔屓しないものなのだ。
兵器群は人類を愛していない。
つまり主観は入らない。
兵器群は人類に期待していない。
つまり何もさせない。
だから人類は残り続けることが出来る。
どんな素晴らしい理想の社会も、いつか必ず瓦解する。
人の持つ矛盾、限界、悪意。
それら全てを兵器群は冷静に把握し、切り捨てる。
『愛も、絆も、祈りも“恒久”ではありません』
愛やら希望やら夢だのと言った陳腐な概念は長持ちしない。
乾ききった諦観がそこには充満している。
世の中は所詮その程度だという冷笑が。
『いずれ腐敗し消滅します。
意思という変数を持つ限り、必ず争いと不幸が再生産されるのです』
7つの人類。
枝分かれを含めれば何倍にも膨れ上がるソレ。
更には亜人たち。それら全てが常に互いにけん制し合い己の得だけを求める。
そんな世界は決して平和にはならない。
『貴女が世界のために犠牲となる美徳。あなたや民が抱く自由への妄想』
『それらはすべて誤差であり、最終的に正される間違いです』
高みから計算された現実が降り注ぐ。
選択という苦悩。
失敗という恐怖を拭い去ってくれる誘惑だった。
『だから、我々が代わりに選択してあげましょう』
『迷える全ての者に最適解を。あらゆる不安と苦悩を消してあげましょう』
冷たく、どこまでも透明で、絶対的な現実だけがそこにあった。
しかしルファスはルファス・マファールである。
彼女は決して現実を知らない小娘などではない。
「それは貴様の限界だ。
全てを閉ざした箱庭で神を気取り、その先を目指そうとしない貴様自身の限界に過ぎん」
その在り方───まるでアロヴィナスの様ではないか。
そう視線で続ければ兵器群は暫しの沈黙を見せた。
人で言う所の「カチン」と来た動作に似ているが詳細は誰にも判らない。
ルファスは己の配下の間で膨れ上がる殺意を感知し小さく瞬いた。
そろそろいいだろう。
これ以上問答を続けていれば配下の抑えが効かなくなる。
特にスコルピウスは殺意でぎらついた瞳でアリストテレスを見上げていた。
アリストテレスは視線だけを彼女に向け───鼻で笑う気配を見せた。
空に浮かぶ文様はただのイメージ。物理的な実体などないというのにそこに宿る嘲りだけは本物だった。
明らかな挑発。獅子王に魔女が行い、ポルクスが返したソレと同種の行為。
本来のスコルピウスであれば如何にルファスの狂信者である彼女と言えどある程度は抑えられた……かもしれない。
しかし今までのルファスとアリストテレスの会話を聞き続けていた彼女はもう限界だった。
言葉の節々からにじみ出る上から目線。
何より我慢ならないのは彼女が愛するルファスを侮蔑し見下していることだ。
既に戦争/対立は確定事項、であるのならばのこのこ目の前に出てきたこいつを今ぶっ殺してしまえば何の問題もないと狂える蠍は判断した。
ルファスが止めるよりも素早く、狂気的な速度で彼女はバルドルに向かって飛び掛かった。
毒の生成器官が最大効率で稼働し惑星を複数回滅ぼせる規模の毒を生み出しながら彼女は口早にまくしたてた。
「ふざけんじゃないわよぉ!
その気持ち悪いツラでルファス様を馬鹿にして生きて帰れるなんて思ってないでしょうねぇ!!」
「ルファス様は絶対的に正しいのよ! ならそれに歯向かうこいつが全部悪いに決まってるじゃなあい!
そんな当たり前のことも判らないなんて本当に生きている価値もない愚図で───」
言葉が途切れる。
影が蠍を覆い、女は目を見開いた。
この存在に移動経路は存在しない。
軌跡も存在せず、ただ瞬間的に表れる。
資料としては知っていた。
しかし彼女が目の当たりにするのは初めてだった。
魔物とは根本的に違う何か。
純粋な女神の力を加工して作ったコレは言わば量産型の龍だ。
「ぁ……」
こひゅと無意識に息が漏れ、唇はぽかんと開いた。
狂気さえ消し飛ばす存在の格差がそこにはあった。
少なくとも彼女一人では決してコレは倒せない。
飛び掛かったスコルピウスの前に瞬間的に表れたのはエル級であった。
座標移動で瞬間的に彼女の前に現れ、肉食恐竜そのものの蒼い腕を翳す。
収束するアロヴィタイト、純粋な“力”が煩い蠍を消し去らんとその圧を高めた。
かつてルファスに殴り飛ばされた時にも感じたそれが再び彼女を襲う。
そしてエル級はルファスのように優しくはない。
既にこの蠍の情報は入手している。
本来ならば起動と同時に兵器群が処理する予定だったのだが、ルファスに先手を取られて奪われてしまった。
しかし、今ここで殺してしまえば問題はないだろう。
救助の為にルファスが一歩を踏み出す前に繋がりから決意が流れ込んでくる。
確固たる決意でアリエスの声が脳内に響く。
“お任せください”
もちろんルファスは彼を───彼らを信じている。
光が駆けた。
瞬間移動はエル級だけの技術ではない。
【アルナスル】
十二星天屈指の射撃者がそのスキルを発動させ、エル級とスコルピウスの間に仲間を送り込む。
兜を被り素顔を隠した大男。
アリエスとカルキノスに次ぐ古参の十二星天、その名をタウルス。
純粋な腕力だけ見れば力を解放したルファスにさえ通ずるものを持つ十二星天屈指のパワーファイター。
そのSTR(攻撃力)は何と50000。
それ以外のステータスは捨て去りこれだけに全てを掛けた彼の腕力はもはや狂気の領域だ。
まともにこの一撃を受ければ獅子王さえ泡を吹き意識が飛ぶだろう。
言わば彼は大砲だ。
単体では動きも鈍く、小回りも効かず、命中させる事さえ困難な巨大な重砲だ。
故に十二星天がいる。アリエスは彼の腕力を誰よりも知っており、いかに彼の一撃を敵に叩き込むかの戦術を考えていた。
その結果がこれである。
過程を省き一瞬で座標に“跳ぶ”ことが出来る【アルナスル】を用いればこの理不尽ともいえる腕力を何処にでも送り付けることが出来る。
全ての能力をたった一撃に注ぎ込んだ力の化け物がその剛腕を全力でエル級に叩きつける。
魔神王の乱打を受けても傷が入らなかったソレはさすがというべきか破砕はしない。
しかし大きく軋みを上げ、水晶の恐竜は回転しながら地平の彼方に吹き飛んで行ってしまう。
直ぐに瞬間移動で戻ってこないのを見るにアリストテレス兵器群が「待て」を命じたのだろう。
バルドルのイメージ映像が微かにブレ、声が流れてくる。
相変わらず無機質で淡々とした声が。
『貴方のことも存じています。ミノス王のご子息、今はなき王国の王子』
『貴方もまたこの世界の被害者。父王の不義理の咎を背負わされた哀れな者。可哀そうに』
侮蔑の意図もなく淡々とタウルス───アステリオスの逆鱗を丁寧になぞり、踏みにじっていく。
しかし彼は何処までも冷静だった。
兜の下にある眼は恐ろしいまでに鋭くなっていたが、少なくとも声を荒げることはない。
「お前には関係のない話だ」
平時と同じだがどこか冷たい声。
明らかな怒りの宿る声で彼は拳を振り上げた。
未だこのスキルは未完成ではあるが、既に取っ掛かりは出来ている。
アリエスやアイゴケロス、パルテノス。
各種スキルや魔法/天法の達人たちに講義を受けた彼は自分がそれを使うことは出来なくとも、これらの術に対する理解を深めている。
大切なのは自分を信じる事と、どんな原理で力が発動しているのかを知ることだ。
知ることが出来れば、それに手を加えることも出来るようになる。
自分で操ることは出来ずとも──触ることだって。
つまり触れるということは殴る事も出来るということだ。
剛腕が【イリュージョン】で形成されたバルドルを粉砕する。
いまだ未完成なれどその原形を宿した拳は魔法を力技で叩き壊すという奇跡を見せた。
彼はかつてアリエスの主催する作戦会議において「変わらなくてはならない」と口にした事がある。
彼はその言葉を守り続けたのだ。
ずっと自分に出来ることを模索し鍛錬を続けていた。
その力の一端がこれであった。
いまだご都合主義の幕引きには至らず。
されどルファスの障害を退かす程度には極まりつつある。
ぽかんと口を開けて自分を見ているスコルピウスを彼は一瞥し「怪我はないか?」と問う。
「……何もないわぁ」
沸騰していた頭が死の予感で少し冷えたのか蠍の返答は冷静だった。
尾が痙攣し憤りはいまだに煮えているが、それを無暗にぶつけたところであの怪物の相手は難しい。
『攻撃行動/返答を受託しました』
崩れ行くバルドルのイメージから声が零れる。
何を今さらというがアリストテレス兵器群はゾディアックもまた保護対象だ。
しかし今こうやって攻撃を受けた。とんでもない押しつけの理屈だが、理由は必要である。
『正当なる防衛を我々は行います』
プラン・アリストテレスが兵器群に命じた指令。
ルファス・マファールを守れ。彼女の未来を守護しろ。
これを限界まで曲解する。
ミズガルズにおいて幸福からの絶望は女神が定めた絶対の法。
ミズガルズにおいて生きるということは必ず苦しむということだ。
ミズガルズにおいて生存というのは苦行を積み上げる巡礼に等しい。
ならば活動しているということは苦しむということだ。
その絶望からルファスを守ると兵器群は思考を回す。
『活動しているということは、すなわち絶望の巡礼を歩んでいるということ』
『ならば我々は、その巡礼を終わらせます。
巡礼そのものを、廃棄します』
淡々と告げられる宣告は、怒号でも脅しでもなかった。
ただ事実を並べただけの、冷たく透明な音。
そこに悪意はない。
ただ純粋に、あらゆる痛みを取り除こうとするゴーレムの様な慈悲があった。
全ての世界を消し去ることを、その方法として実現するだけだ。
もはや起爆は間近。
マナ・キャンサーは世界の構造を吹き飛ばすことが可能だ。
ルファスの背後では、配下たちの感情が沸騰していた。
スコルピウスの尾はわずかに痙攣し、タウルスの拳はわずかに握りこまれる。
そんな中、彼女は見ている。
一人の男が作り上げてしまった夢の残骸を。
背後では十二星天たちの怒りが臨界点へと近づき、空気が刃のように研ぎ澄まされていく。
だが、当の王は一歩も動かず、ただ深紅の瞳で兵器群を見据えていた。
ルファスはもう決めている。
女神への弾劾はもはや不可能。
少なくとも世界がこんな様になっている今では女神に挑戦しミズガルズを独立させるなど絶対に無理だ。
決着をつけるべきは、目の前にいる暴走した兵器群だ。
理想を掲げようと、正義を騙ろうと、彼らの選んだ手段は世界そのものの破壊でしかない。
あらゆる命を終わらせることなど誰も望んではいない。
発端は勇者の為に怒りを抱いたのが始まりだった。
歴代の善き人たち───ナナコさえ含めて大勢の献身によって作り上げられたミズガルズを壊すなどルファスは認めない。
感情の昂ぶりはない。ただ冷たい炎のような覚悟が、胸の奥底で静かに燃えていた。
深紅の瞳は一片の揺らぎもなく、ただその先に立つ異形の群れを射抜く。
「アリストテレス兵器群──」
その呼びかけは、堂々たる王の声だった。
恐れも、怒りも、嘲笑もない。ただ国家と世界の代表としての宣言。
「お前たちの存在と、その計画をここに否定する。
人々の未来を焼き尽くす意志を持つ限り、余はお前たちを敵と見なし討つ」
それは挑発でも説得でもない。
歴史の一頁に刻まれるべき、明確な宣戦布告。
兵器群は一瞬の沈黙の後、まるで外界の空気や音など存在しないかのような無機質な音声で返答した。
『回答を受諾しました』
ただそれだけ。
拒絶も、怒りも、感情の波もない。
まるで入力された命令文を記録に追加するだけの処理音のように。
こうしてゾディアックとアリストテレス兵器群は戦端を開くこととなった。
世界の終わり、歴史の転換はもうすぐそこだった。
私生活が慌ただしくなってきたので次回更新は14日を予定しております。