ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
アリオトは自然体でルファスの近くまで歩いていく。
背後にメグレズ、ミザール、フェグダにドゥーベ、メラクまで従えた彼はルファスに声をかけた。
純白の鎧に身を包んだ勇者は世界の希望を背負い、己の権力のままに暴走する覇王と対峙する。
「ルファス。お前の野望もこれで終わりだ!」
「───これで満足か?」
ひらひらと腕を振りアリオトは酷薄に笑う。
彼は知っている、気が付いている。
この戦いそのものが実のところ、ルファスの考える何かの為に行われていると。
だってそうだろう?
ルファスの背中を追いかけ続けてきた彼はもちろんレベル4200がどんなものか知っている。
彼女がその気になれば如何に兵器群とはいえ叩き潰されるのは道理だ。
しかしこうやって戦闘が成立している。
理由は簡単。
ルファスが成立させてやってるからだ。
「前にも言ったが、お前が何処を目指しているかは俺には判らない」
お前らもそうだろう? と後ろのメグレズとミザールに声をかければ彼らは薄く微笑んだ。
その瞳は蒼、蒼。
湧き出る全能感と無限にあふれる知識と発想に彼らは漬かり切っていた。
エルフ───メグレズは腕を大きく広げた。
「ルファス。ついに僕はたどり着いたんだ」
恍惚とも歓喜とも違う。
彼は充足していた。
ずっとほしかった玩具が手に入り、思う存分に遊ぶ子供のようだ。
「本当に凄いんだ。ずっと僕はこれが欲しかった……」
アリストテレス兵器群に深く接続され“一致団結”は彼に莫大な情報を絶えず流動させている。
兵器たちの観測する全ての情報、記録、感情、光景に声。
何もかもが彼の中で混ざり合い、一つとなっていた。
こんな地平が世の中にあったなんてと彼は心から感動している。
それは彼ら全員の共通認識だった。
剣の高みに至ったアリオト。
粗末な人形で満足していた自分から卒業したミザール。
あの時あこがれた背中に追いついたと高揚するフェグダとドゥーベ。
常に怯えていた自分を過去の物にしたメラク。
彼らは皆、もはやアリストテレスの部品だ。
アリストテレスは全てを与えてくれる。
アリストテレスは全てに応えてくれる。
アリストテレスこそが未来だと彼らは埋め込まれていた。
「完全に飲まれたか」
「道具とは人が扱うモノ。其方らがソレになっては本末転倒だ」
ルファスの声には哀れみとも苛立ちともつかない響きが込められていた。
紅い瞳がのぞき込めば彼らの蒼い瞳だけが無慈悲に輝いている。
もはや手遅れ。
兵器群は彼らを完全に取り込み一つとなっている。
解放するには兵器群を完全に破壊するしかない。
しかしその為には彼らを倒す必要があった。
ルファスは迷わない。
母を捨て、カルキノスの祈りを否定し、彼らの願いを無視してここまで来た。
今更ここで「戦いたくない」などと駄々を捏ねる段階などとうに過ぎ去っている。
【エクスゲート】を開きリーヴ/スラシルを取り出す。
素手のままではアリオトの剣を防げないと本能が判断していた。
レベル差とか、魔力の鎧や肉体強度やら、そういったもの全てを無視して斬られると彼女は直感している。
「まずは俺一人でやる。そういう契約だったはずだ」
アリオトは兵器群に体を提供し実験体になり下がる際、条件を出していた。
その一つが来るルファスとの戦いにおいてまずは一人でやらせてほしいというものだった。
もちろんアリストテレスは詐欺師ではない故に兵器群は下がり、好きにしろという念を彼に送る。
「ありがとよ」
アリオトの声は淡々としていた。
兵器群やメグレズ達は一歩下がり、彼の背中を任せる。
レベルは変わらず1000。
しかしアリストテレスのあらゆる技術をつぎ込まれた彼はもはや生命体という範疇を超えている。
それがどこまで覇王に通じるか誰もが興味があった
「ルファス。──俺は俺の剣でお前に届かせてもらう」
銀色に輝くマリオネットを構える。
彼は剣を操り、剣は彼を操る。
もはやどっちが主体なのかは判らないが、もう彼にとってそんなことは重要ではない。
大切なのはもっともっと剣士として高みに至る事だけなのだ。
ルファスは黒翼を大きく広げ、冷ややかな視線を向けた。
レベル1000と4200。
常識で測れば勝負にすらならない。
何体かの十二星天たちは自分たちの戦場で奮戦しながら、それでもアリオトを見て内心で見下した。
勇者というのは判る。しかし我らが主はそれさえ超える無敵だと。
多くの人はそう思っていた。
ルファス・マファールこそミズガルズ最強。
無敵の覇王であるという常識。
──その常識を、彼は剣一本で崩し始めた。
純白の鎧を纏った勇者は、まるで散歩でもするかのような自然体で剣を構えた。
その瞳には焦りも怒りもない。ただ「試す」ことへの純粋な興味だけが宿っている。
「行くぞ、ルファス」
一閃。
振るわれた瞬間には、すでに結果があった。
覇王の双剣【リーヴ/スラシル】が防御に回る。
しかし世界は「遅い」と判定した。
ルファスの頬を薄く裂く線が走り、赤い雫が宙に舞う。
「……っ」
振った感触すら遅れて届く。
アリオトの剣はあまりに鋭く、正確すぎて、因果そのものを上書きしていた。
女神の世界の処理速度を彼の剣筋は超えていた。
竜王に対して行った無慈悲に切断する技量を更に昇華させた剣だ。
「なるほど、今のは良いな」
呟きながら、彼はすぐさま次の剣を試す。
直線の斬撃。曲線を描く連撃。
軽やかな連撃。重々しい一撃。
そのすべてが「世界の反応速度」を置き去りにし、結果だけを先に刻み込んでいく。
覇王ルファスの双剣が応じる。
流星のごとく閃く【リーヴ】の速度、雷鳴のごとき【スラシル】の重み。
だが、受け止めたはずの瞬間には、既に身体のどこかに斬痕が刻まれていた。
彼の剣は振るわれた瞬間にはすでに結果がある。
ルファスの頬を薄く裂く線が走り、赤い雫が宙に舞う。
「……っ」
如何にルファスが優れた肉体、頭脳をもっていようと彼女は一つの肉体、一つの頭脳しかもっていない。
どれだけその性能が優れていようとルファスは単一の個体だ。
しかしアリストテレスは無数の端末から無数の演算能力を得て、それらを統合し処理している。
膨大なマナそのものを演算機として利用しているのだ。
彼女はアリオトを相手しているようで、実際は巨大な機構の指先と戦っている。
(防いだはずだ)
ルファスはいくつもの傷を受けながら冷静に考えていた。
戦いの高揚はなく難問を前にした生徒のように彼女はアリストテレスの仕掛けについて考えていた。
確かに見た。
確かに受け止めた。
だが世界の答えは「切られた」だった。
一つ一つの傷は浅く命に別状はない。
天法を使えばすぐに治る。
しかし決して無視できない。
慣れさせてから強力な一撃で首をもっていかれたら彼女とて危うい。
思考の最中も斬撃の雨は止まらない。
一撃ごとに異なる流派、一撃ごとに別種の理。
まるで数百年、数千年の剣士たちの業をその身に流し込んでいるかのように。
「……まだ浅いな。次はもう少し深く」
アリオトはそう言って、楽しげに剣を振るう。
かつては共に進み背を預け合ったこともある人を切り刻むのに躊躇う事はない。
彼は勇者にして勇者にあらじ。
剣鬼アリオト。
アリストテレスが仕上げた兵器にして一人の剣だ。
「いいぞ。面白くなってきた」
その声色は本当に“遊戯”だった。
彼は命のやりとりをしながら楽しんでいた。
もしかしたらルファスを殺すかもしれない一撃を連続で繰り出しながら、心から喜んでいた。
対してルファスの顔からは完全に表情が消えた。
アリオトは、あの剣に全てを捧げていた男は確かに剣に魅了されていた。
しかしこんな風に喜びながら殺人の道具を振り回したりなどしていなかった。
──俺はアリオト!
──いつか絶対、あんたよりすげえ剣士になって見せる!!
本気で誰からも「不可能だ」と思われながらも一途に剣を追い求めていた男だった。
何度負けてもソード・ゴーレムに挑み続けていたのも知っているし、剣の為ならばと人体について学ぶ面だってあった。
アリエスと共に時には体術について議論していた事も彼女は知っている。
アリオトの諦めず剣の道を突き進む姿をルファスは尊敬していた。
長命種である天翼族の自分では出来ないがむしゃらに数十年を生きる人間の姿をルファスは眩しく思っていた。
しかし眼前の「コレ」はなんだ?
“マリオネット”と化し、人間性さえ消えうせ、ただ剣を振るい愉悦におぼれる姿は……見るに堪えない。
覇王はこのかつてアリオトであった存在を否定するためにその剣を躍らせた。
双剣が空を裂いた。
その一閃は風を断ち、雷鳴すらも追い越す。
山を砕き、城塞を粉々にするだけの威力が込められている。
覇王ルファスの剣舞は、ただ一撃でも触れれば肉体を紙片のように切り裂くだろう。
にもかかわらず。
その嵐を前にして、アリオトは笑っていた。
「速い。だけど……下手だな?」
明らかに彼はルファスを嘲っていた。
あの時見上げた背はこんなに小さかったか? と。
純白の鎧に身を包んだ勇者は、振るわれる嵐を最小限の動きで受け流した。
片手に握る剣は白銀の一本。
だが、残像を線と化す双剣の連撃に、彼は一度たりとも遅れを取らない。
常人の神経では追いつけぬ速度。
だがアリオトは「観て」「捌いて」いた。
絶えず発動し続けるのは【観察眼】だ。
剣が交錯する瞬間、手首の角度を紙一枚の厚みで調整し、力を正確に受け流す。
わずかな衝突音すら吸収するほどの精度。
理論上は可能かもしれない──しかし人間に出来るはずがない芸当だった。
兵器群の補佐を受けた彼の肉体は、その“不可能”を当然のように実現する。
ルファスの連撃は嵐のように止まらない。
だが、その隙間に剣が入り込んだ。
二撃目と三撃目のわずかな間。
本来なら“存在しない時間”を、アリオトの剣が割り込む。
世界そのものが斬撃を認識するより先に、彼の剣は既にそこにある。
肩口に浅い傷が走った瞬間、ルファスは瞳を見開く。
しかし現実は変わらない。
彼女は明らかに剣術でアリオトに翻弄されている。
「……」
彼女ですら、確かに「自分がまだ振り終えていないのに、未来の斬撃が返ってきた」と錯覚した。
際立って異様なのはその身体運用だった。
通常ならば、剣を振り切れば戻すのに時間がかかる。
だがアリオトは戻さない。
振り抜いた勢いのまま身体を回転させ、剣を次の角度で再利用する。
重心は乱れず、動きは流麗。
まるで舞踏のように、一撃が次の一撃へと滑らかにつながっていく。
彼の動作は全てが繋がっている。
全てに意味を持たせ、完全に利用している。
常識的に考えれば、関節を壊すか平衡を失って倒れるはずの動き。
それを「自然なもの」として軽々と行う。
力では覇王が勝る。
速度も覇王が上だ。
魔力に蓄えてきた知識に、踏んできた場数もルファスが上だ。
だが「剣」という一点においてだけは勇者アリオトが圧倒していた。
嵐のごとき覇王の双剣を、大海のような彼の剣技が全て飲み込み、確実に削り取っていく。
その目は常に静かで、言葉は淡々としていた。
マリオネットは鈍く輝き彼との洞調が上がっていく。
「今ならわかる。これが一番いい」
マリオネット――その白銀の長剣から鈍い光があふれ、彼の全身を包み込む。
呼吸に合わせて剣が共鳴し、血液に合わせて兵器群の波動が染み込む。
筋肉の収縮、細胞の蠢動、思考の瞬き……すべてが兵器群と「同調」していく。
「楽しいな」
手に入れた力で自分より弱い存在を切り刻む。
それが楽しいことであると彼は認めた。
アリオトは静かに呟く。
恐怖も興奮もなく、ただ淡々と「事実」を受け入れていた。
剣を振るうたび、背後に残像のような巨大な腕が現れ、それがアリオトを動かしていた。
さながら子供が人形でごっこ遊びをしているようにその腕は勇者を操演している。
彼が肉体を動かす前に、兵器群が先に“補完”して動きを完成させてしまうのだ。
彼は一人で戦っていない。
勇者としての直感、鍛え上げた剣技、そして兵器群の演算と補助が重なり合い、
アリオトという存在は人間をやめ、剣そのものの化身となっていた。
ずっと望んでいたモノに彼は成り果てていた。
「ルファス――」
淡々とした声。
「俺は夢を叶えたぞ。もうお前のおまけなんかじゃない」
その言葉に、ルファスの胸が鋭く抉られる。
かつて己が憧れ、同時に最も遠ざけた存在――“勇者”。
その象徴が今、完全に兵器群と同化した姿で目の前に立っている。
決別の証として勇者が殺意を込めて剣を振るう。
いや、剣が彼を振るっていた。
現在と未来がひっくり返る剣は正に先に「切断」という未来を確定させる先行の剣。
“先行入力”
もう結果だけはすでに成立している。
アリオトは見た。
ルファスを真っ二つにする剣を。
刃を振るう前に“振った後”が置き去りにされる。
世界の認識が追い付かず、斬撃の有無を誤認したのだ。
そこに存在しないはずの“結果”が、既にルファスの身体を切り裂いていた。
深々と、容赦なく。
竜王の首さえ容易く落としたソレが完全に決まった。
「……」
激痛。ルファスは己の腹部に視線をやった。
ツゥゥと紅い線が入っていく。
肉が裂け、内臓が切れ、骨まで行ったなとルファスは冷静に判断していた。
このまま何もしなければルファスの胴は泣き別れるだろう。
しかし彼女は取り乱さず、むしろその思考は完全に冷え切っていた。
両翼が広がり浮力を発生させて身体がズレたり落ちない様に固定。
「そうか……そうか」
ルファスは一息吐いた。
脇腹から零れ落ちる紅を拭いもせず、ただアリオトを見据える。
真紅の瞳が、静かに燃え上がる。
【ジ・アークエネミー】がその権能を発揮する。
部分的にディーナの時間操作スキルが発動され、彼女の傷は巻き戻っていく。
既にルファスは怪我を治すのに天法をあまり使わない。
それをするよりも時間を操り損傷を受ける前まで時間を逆行させた方が効率的だからだ。
ルファスは空に目線を向ける。
不快感は刻一刻と膨れ上がっている。
もう猶予は殆どない。
だから彼女は決めた。
もとよりヴァナヘイムで決意したはずだ。
人としての心を捨て去り結果を出すと。
「茶番は終わりだ」
元よりこれは劇ではない。
ディーナと共謀してこの状況を作り上げこそしたが、八百長の入る余地などない。
少しでも気を抜けばルファスは死ぬ、そんな正真正銘の戦場だ。
双剣が唸りを上げた。黒翼が一回りも大きくなり鋭利な形状へと変わった。
その構えは変わらない。だが、覇王の気配が一変する。
戦いの最中でさえ滅多に見せない敵意と殺意が膨れがある。
先ほどまで“様子見”に過ぎなかった双剣が、今や本気を超えて“全力”の領域へ踏み込もうとしていた。
覇王は本気でアリオトたちを殺しても良い存在だと認識した。
出来れば殺したくはなかったが、こうなってしまっては仕方ないのだと。
ルファスの紅い瞳には冷酷なソレが宿っている。
勇者アリオトでさえ――マリオネットで補強された彼でさえ、初めて背筋を震わせる殺意。
一騎打ちという遊びはこれにておしまい。
ここからが本気の殺し合いの始まりだと誰もが察知しメグレズ達がアリオトの隣に並んだ。
そして吸血姫再現体たちも彼らと轡を並べる。
アリオト。
メグレズ。
ミザール。
メラク。
フェグダ。
ドゥーベ。
ベネトナシュ再現体。
後の世で七英雄と呼ばれる者たちの姿がここにはあった。
「……………」
つまらなさそうに誰かが腕を組んでルファスを見下ろし銀の髪をたなびかせていた。
ここからが超ハードモード本番開始となります。
本気のルファスと星天を書いていきたいところです。
かなり長くなりそうですが何とか書き上げたいですね。