ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
小さな村の跡地。
かつては、ささやかな灯りが点いていた場所だ。
今は風が通るだけで足音に応えるものもない。
戻れない過去が、土の匂いに混じっている。
村外れにちっぽけな石を積んだ墓がある。
名も言葉も刻まれていない。
その前に誰が置いたかも判らぬちっぽけな花束はあった。
アリオト達は一切の油断をしていなかった。
相手はルファス・マファール。
レベル4200にして、世界の敵を騙るクラスさえ所持した怪物の中の怪物。
もはや今の彼女は存在そのものが災厄の具現と化した女神世界全ての否定者だ。
彼らは覚悟していた。
どんな事をしてこようと対処できるように彼らはルファスから視線を外したりはしない。
全感覚を駆使し、あらゆる防御と反応を整え、無駄なく戦意を研ぎ澄ませ、何をされようと迎撃することが可能な対策を整えていたハズだった。
はず、だった。
しかし……これはなんだ?
端的に言えば彼らは一瞬でルファスを見失った。
正しく存在が掻き消えた、というべきか。
視覚からも聴覚からも、気配すら消え去る。
そこに確かにいたはずの覇王が、彼らの認識から断ち切られたのである。
かつて彼女の師が行ったあらゆる感覚の死角への移動。
プランには及ばないまでもルファスがそれを目指しモノにするのはおかしな話ではない。
「――ッ!?」
息を呑む間すら与えられなかった。
そんなもの覇王と相対しといて得られる筈がない。
ルファスが動いた。
彼女が本気で殺意を以て動く。
それだけで全てが変わる。
覇王の歩みは音速を超え、光速を超え、それすら超越して時間そのものを踏みしだいた。
無意識に行っていた手加減を完全に捨て去り、殺意のみを凝縮させた動き。
彼女が本気を見せたその刹那にミズガルズは軋む。
空間の色彩が反転し、世界そのものが彼女のために組み替えられていく
無意識に行っていた手加減を捨て去った覇王の動きは全てが先とは比べ物にならない。
アリオトが無我の境地で「ここだ」と思った箇所に剣を走らせるが、それでも足りない。
鋭い一撃は確かにルファスを捉えるはずだった。
だが剣が空を裂いた時、そこにあったはずの軌跡は歪み刃は別の個所を斬り裂くだけに終わった。
アリストテレス兵器群がルファスという最大の障害を前に進化し続けた様に、彼女もまた兵器群との戦いの中で自分の力を磨き続けていた。
持て余し気味だった“力”であるが、皮肉なことに手本は兵器群が見せてくれた。
あのおぞましい細胞兵器も含めて力の使い方の見本は数多くいた。
自分の持つ【ジ・アークエネミー】とそれが齎す女神の“力”をどう扱うかという問題に彼女は答えを出していた。
何でもできる力というのは何も出来ないと同義である。
故に彼女はシンプルにした。
つまり、自分の戦いやすい状況をひたすら整えるということだ。
かつてプランはルファスにこう説いたことがある。
───戦いにおいて大事なのは出来るだけ自分の有利な状況を整えることだ。
───簡単に言うとどれだけ自分のペースに相手を巻き込めるか、ってことだね。
その逆、自分の不調にどう向き合うかも含めてプランはルファスに説いていた。
だからルファスはそうすることにした。
誰も余を縛れない。
余が世界を定義する。
お前が余に従えとルファスはミズガルズに命じた。
それは刹那よりも短いスパンで世界を書き換え、あらゆる抵抗を消し去る女神の権能の応用。
物理法則を破綻させ、重力を捻じ曲げ、因果律すらねじ伏せる。
彼女の願いがそのまま理想の動きとして具現化される。
アロヴィナスがミズガルズのルールで世界を運営するのならば、ルファスはルファスの決めたルールで世界を定める。
誰にも彼女を縛り付けることなど出来はしない。
彼女が纏う“力”は一瞬ごとに世界を再定義している。
彼女にかかるあらゆる抵抗を消し去り、物理法則を破綻させ、彼女が願う理想の動きを実現させる。
覇王の脳裏に浮かぶ手本はかつて相対した不死鳥だった。
同じ翼を携えた体形だというのもありかの者の動きは多くの面で今のルファスの参考になっていた。
特にあらゆる抵抗や己にとって不都合なモノを燃やし、最高効率で戦闘を行っていたのは本当に良い手本だ。
踏み込んだ瞬間、足場が彼女を押し上げるように角度を変える。
振り抜いた瞬間、空間が風の抵抗をゼロにする。
ただそれだけで速度も威力も桁違いに跳ね上がる。
世界そのものが、彼女のために奉仕している。
あらゆる能力を極めきった結果、ルファスが用いる全能の力の使い方はただ一つ。
ベストコンディションを整える、であった。
彼女は力という概念そのものである。
そんな彼女が女神のルールに縛られる筈もなし。
ルファスの一撃は、単なる斬撃ではなかった。
踏み込み、振るう。
ただそれだけの動作に女神の権能が重ねられる。
剣が走れば空間が裂け、振り下ろせば重力が敵に集中し、払い上げれば因果律すら反転して標的を必ず捉える。
全ての理が彼女の側に偏る。
彼女が振るう瞬間ごとに、世界は「ルファスが勝つ」ように再定義されていくのだ。
皮肉な話である。
勝利を約束され、女神にそうあれと勝利を与えられていた勇者が今まさにそのルールを跳ね返されているのだから。
彼の蒼い瞳は見た。
アリストテレス兵器群が演算し、彼の瞼に投影するほんの少し先の未来図は全てがルファスの攻撃で埋め尽くされていく。
その数は次々と減っていく。
多くの世界でアリオトはルファスに切り伏せられている。
彼はその分だけ自分の敗北を突き付けられていた。
これだけやったのに、ここまで捨てたのに、なお勝てないという現実を。
十、二十と彼は負け続けている。
これだけ身体を作り替え、人を捨て、剣となったというのにまだ届かないかもしれない。
思わずアリオトは思った。
ルファス、お前は。
何て凄いんだ。
「そぉ……らっ!」
鬼の様な笑顔でアリオトはルファスの猛攻を受け止めた。
発生した衝撃が地殻まで伝わり、ミズガルズが戦慄く。
一秒間に数万、数億を超える剣戟が交錯し、閃光が戦場を埋め尽くす。
だが先ほどまでの様にはいかない。
どれだけ手を尽くそうと、どれだけ奇をてらおうともはやアリオトの剣はルファスに届かない。
学習能力というのは何もアリオト、兵器群だけの専売特許ではない。
彼女は頂点であると同時に異常なまでの学習能力を持つ存在だった。
一太刀交わすごとに癖を覚え、二太刀で流れを見抜き、三太刀で完全に無効化する。
十剣を交わせば戦術を吸収し、百剣を交わせば既に別次元の戦闘技術に昇華させる。
本来なら何十年と積み上げねばならない経験を、わずか数瞬で飲み込み自らの血肉に変えていく。
アリオトの歯が軋む。
手数を増やすほどに、彼女は強くなる。
兵器群の演算が示す未来予測が、次々と“無意味”に塗り替えられていく。
あれだけ差があった技量が瞬く間に縮んでいく。
剣だけはルファス以上であったアリオトのアドバンテージが消える。
あんなにも剣に全てを捧げた彼の労力の意味が消えていく。
まるで無限に成長する怪物。
いやもはや新しい“女神”そのもの。
彼女こそミズガルズが生み出した最大のバグ。
新しい女神の雛型。
天翼族の腹から産まれ、アリストテレスを経て、アロヴィナスを超えるやもしれぬ至高の種。
誰もが思い違いをしていたのを認めざるを得ない。
ルファス・マファールをどうやって倒す?
十二星天と連携させない?
周囲に破壊をまき散らす事の出来ない環境を用意し力の使用を制限させる?
それともかつての仲間としての縁にすがり慈悲を期待する?
甘い。
甘すぎる。
世界最強の覇王、次の女神とも称される存在はそんな次元には収まらない。
十二星天等という規格外の者らが忠誠を捧げ、一つの組織としてまとめあげられた理由は一つ。
ルファスは強いからだ。
彼女の全ての能力が他の誰とも掛け離れてるからだ。
神話に伝わる二振りの剣に気を付ける?
大規模な魔法への対策?
それともただの拳を恐れるか?
もしくは威圧対策にアイテムを装備する?
そんなことアリオト達は全部やっている。
空が落ちるとか 大地が裂けるとか 彼らの知恵や経験を総動員してあらゆる不運に用心しても、ルファス・マファールはその遥か上を行く。
アリオト達は知らなかった。
偽りの竜王を惨殺した際のルファスの容赦のなさを。
良くも悪くも彼女は仲間たちに対し、己のそういった魔物的な側面を隠していた。
まずは一人。
鬱陶しい天法でアリオト達を支援する者を潰すとルファスは決めた。
そして、その先に彼女は最終的に確実に仕留めなくてはいけない存在を見出した。
今の状況は不死鳥との戦いを連想させる。
あの時は理不尽な怪物として君臨していた空の王の座に自分が座り、アリオト達が勇者たちの役割を担っている。
故に彼女は確信していた。必ずや居ると。
アリストテレスの神髄たる“一致団結”の統合を最大限に発揮するには現場で細やかな調整を行う必要があるとルファスはよく知っている。
もうどうあっても止まれないのであれば、せめて彼女が幕を下ろしてやるべきだ。
そして。
ルファスの瞳が別の場所に移った。
「……ッ!?」
アリオトの心臓が跳ねる。
次の瞬間、ルファスの姿が掻き消えた。
両翼に天と魔の力が循環し、空間が歪み転移の光が走る。
【エクスゲート】
彼女は次元の門を蹴破り戦場の任意の座標へと一歩で至る。
その標的は後衛であるメラク。
瞬きをするよりも素早く出現したルファスに彼の顔は固まった。
反応する暇すらなかった。
純白の翼を広げ、詠唱を紡ごうとしていたメラクの視界を黒翼が埋め尽くした。
覇王の細腕が五指を広げて迫る。
瞬間、メラクの脳裏をよぎったのはありし日のアリストテレス卿の姿、あの冷え切った瞳だった。
あの時感じたものと同じものを抱き、メラクは何かを口走ろうとした。
“ごめんなさい”
“許してくれ”
謝罪。
果たしてそれは何に対してか。
かつてのルファスの苦難を見て見ぬふりをしていたことか、それとも現在のこの状況そのものか。
はたまたただの命乞いか。
ルファスは何も言わないし答えない。
そもそも聞いているのかさえ不明だった。
今はそんな暇はないのだ。
彼の顔面は覇王の白き手に鷲掴みにされていた。
羽ばたくよりも早く、天力を練るよりも早く、全ての行動が無効化される。
メラクの身体が地へと叩きつけられる。
衝撃が地殻を貫き、陥没した大地が放射状に崩壊する。
地鳴りが轟き、砂塵が天へ昇り、仲間たちの視界を覆い尽くした。
後に残されたのは痙攣を繰り返し、かろうじて息をしているだけの残骸。
砂塵が舞い上がり、轟音が戦場を満たす。
その中を裂くように飛来したのは、無数の矢。
「任せろ……!」
小人族の狙撃手――フェグダが、全身を弓そのものと化していた。
彼の放つ矢は一本ごとにスキルを宿し、直線を描くもの、曲線で回り込むもの、虚空を裂いて転移してくるものと、多種多様に殺到する。
数は万を超え、流星雨のごとく戦場を覆い尽くしていた。
だが。
ルファスは一歩も動かない。
視線すら向けず、ただ翼を一度だけはためかせた。
「……」
風が逆巻いた。
次の瞬間、全ての矢は折れ、砕け、霧散していた。
それは実際は風でも剣でもない“女神の力”が世界の法則を書き換え、矢という存在そのものを無意味な欠片へと変えたのだ。
そんなこと出来るハズがない?
アロヴィナス神の領域に指をかけている彼女にそんな言葉は無意味だ。
そも、ディーナのスキルを用いれば時間さえ操れた彼女がその先の域に手を伸ばすのは当然と言える。
「なっ……!?」
フェグダの瞳が驚愕に揺れる。
そこへ――大地が揺れた。
「ベアアアアアアアアッ!!」
熊型獣人、ドゥーベが咆哮と共に突撃する。
山のごとき巨体が振り下ろす拳は、都市を一撃で粉砕する質量と速度を兼ね備えていた。
大地が沈み、衝撃波が周囲を吹き飛ばす。
アリオト程ではないにせよ彼もまたアリストテレスの技術をその身に宿している。
体内を循環するナノ・ゴーレムに、強化された細胞。
筋肉さえより強靭に置き換えられた彼の腕力はそれこそタウルスに匹敵するやもしれない。
だがその拳は届かない。
ルファスは片腕を伸ばし、軽々とその巨腕を受け止めていた。
指先一本すら揺るがぬ姿勢で、彼女は熊獣人の全力を無効にしていたのだ。
ドゥーベの獣面が歪む。
彼の全身を走る筋肉が膨れ上がり、さらなる力を絞り出す。
だが、覇王は微動だにしない。
「退け」
淡々と放たれたその声と同時に、ルファスの足が僅かに動いた。
大地を蹴る。
それだけで衝撃が奔流となり、ドゥーベの巨体を弾き飛ばす。
数百メートルを吹き飛ばされ、フェグダを巻き込んで岩壁に激突した熊獣人は呻き声すら上げられず瓦礫の中に沈んだ。
戦場が一瞬、静寂に包まれる。
だがルファスの瞳は冷たく煌めいていた。
矢も、拳も、彼女にとってはただの余興。
彼女は別のものを見ている。
探しているというべきか。
【観察眼】を発動させ続け、マナや意識の流れを糸として見ている。
(必ず居る筈だ)
意識が、戦場全域に広がっていく。
肉眼ではなく、超感覚で探っている。
空気の揺らぎ、魔力の流れ、因果の歪み……そのすべてを統合し、一つの答えを導き出す。
こんな決戦をお膳立てしたのだ。
いない筈がない。
魔女メリディアナ。
人間である彼女の種族スキルは“一致団結”。
アリストテレスを信仰し意図的にプランを模倣している彼女は間違いなく此度もやっているはずだ。
この戦場を根底から操り、仲間達の動きを支えている黒幕。
彼女の力は必ず発動されている。
それを看破し、この場で断つことこそが真の決着。
ルファスの瞳が、砂塵の奥を射抜いた。
無数の剣戟を交わしながら、矢の雨を退け、巨獣を弾き飛ばしつつ――彼女の意識は一点を探し続けていた。
だが。
蒼い瞳を輝かせたミザールは不気味に口を歪めて叫んだ。
「ルファァァアァァス!!」
「がはははハハハハハ!! いいもんを見せてやるぜぇっ!!」
零れんばかりの全能感に満たされ【アルケミスト】として彼はゴーレムの作成を行う。
もちろん兵器群の補佐のおかげで作り出されるソレのレベルは1000であり、内包するその力は明らかにその域を超えていく。
轟音が天地を震わせた。
鯨が発するような奇妙な不協和音がサイレンの如く戦場を揺らす。
戦場に突如として屹立する巨影――銃器の塊を思わせる異形のゴーレム。
腕は銃身に変じ、背からは無数の砲口が突き出し、足は弾帯そのものと化して浮かんでいる。。
ミザールがアリストテレス兵器群の演算補助を受け、己の魔力と技術を総動員して編み上げた兵装の化身だった。
銃を始めとした武器の集合体。
おぞましい殺意の煮凝り。
それが今の彼の全霊の作品であった。
リーブラとは似ても似つかない化け物だ。
「……ミザール」
ルファスは呟いた。
かつての彼は、確かに造形の天才だった。
魔力と精緻な技術を駆使し、ゴーレムに魂を吹き込む真のクリエイターであった。
彼の創造物は美しく、力強く、ただの兵器ではなく“作品”と呼ぶにふさわしかった。
だが、今目の前にあるものは何だ?
銃器を無理やり寄せ集め、醜悪に歪んだ塊。
美も理も捨て去り、ただ勝利のためだけに組まれた無残な偶像。
そこにあるのは創造ではなく、汚濁された模倣。
殺意という形では確かに理にかなっている。
しかしこれさえもミザールの帳から湧いたものではなく、アリストテレスがこう作れと命じたに過ぎない。
「ぶっ放せ!!」
その命令と同時に、弾丸の雨が始まる。
両腕と同化した複数の砲が回転しながら殺意をばら撒く。
ただの物理弾ではない。
天力と魔力を帯び、存在そのものを穿つように構築された“ブラキウム弾”の数々。
通常であれば、ルファスの「力」が世界を書き換えて無効化するはずだ。
だが。
ごく小規模の連続ブラキウムは彼女の防御を突き抜けた。
「っ……」
覇王の白き体に、確かに幾条もの弾丸が食い込んだ。
迸る赤。
傷を負うことなど想定外とすら思われていた女神が、初めてその血を戦場に散らしたのだ。
「ハハハハハハハハ!!! 良いぜぇ!! こういう派手なのはお前も好きだったよなぁ!!?」
狂乱し瞳を輝かせるミザール。
もはや彼の中には娘であるリーブラのことさえ映っていない。
ルファスは沈黙で返す。
天力で傷を治しながらゴーレムを目を細めて見つめる。
ミザールをじっと凝視し【観察】し、彼に繋がれている糸を観測していく。
すっと瞳孔が右から左へと流れ、その先を追っていく。
その間にもゴーレムの胸部、腕部、背骨に絡みつくかのように突き出た無数の砲身が、次々と火を噴いた。
右肩からは重機関銃が唸りを上げ、金色の薬莢を雨のように吐き散らす。
腹部の装甲板が割れて覗くのは複列配置のリボルバー砲。
腰から伸びる弾帯は触手のように蠢き、節目ごとに装着された短銃が一斉に閃光を放つ。
「――ッ!」
雷鳴が連続して落ちるかのごとき轟音。
一秒にして数百万発の弾丸が解き放たれ、戦場は鉛と火薬と閃光の嵐に沈んだ。
さらに背部。
乱雑に接合された十数門のライフル銃が天を向き、斉射と同時にその銃身は真下へと強制旋回。
一斉に弾丸の雨を叩き込む。
空間を縫い裂く銃声はまるで重奏する軍楽のように響き渡り、戦場を圧倒した。
しかし、それで終わりではなかった。
「死んじまいな!!」
ミザールの叫びに応じるように、ゴーレムの両脚――弾帯で形成された巨躯の節目が開き、無数のポッドが姿を現す。
赤黒い煙を吐きながら一斉射出されたそれらは、追尾軌道を描いて空を覆い尽くす。
軌跡は蜘蛛の巣のように交差し、逃げ場という概念そのものを消し去った。
着弾。
爆炎。
閃光。
はなたれた【エクスゲート弾道ゴーレム】は内蔵されていたブラキウムや熱兵器を解放し炸裂する。
大地が剥離し、空気が灼け、衝撃波が外輪山のごとく広がっていく。
人であれば、国家であれば、文明であれば――それだけで破滅する攻撃。
だが、その中心にいた覇王はなお立っていた。
弾丸が突き刺さり、確かに血が滲んでいる。
弾道ゴーレムの爆炎に包まれ、髪を焼かれ、皮膚に裂傷が走っている。
概念を帯びた呪弾が彼女の「力」の防御すら突破し、痛みを刻んでいるのだ。
己の作品がルファスに傷を与えたという事実に歓喜しミザールはありったけの思いを叫び散らす。
「ずっとテメェをこうしてやりたかった!!」
「いつもいつもいつもっ!! 俺たちを見下してたもんなぁっッ!!」
ルファスの無意識な傲慢に延々と嫉妬を焼かれていたと告白する。
彼女にその気はなかったとしても、ルファスの振る舞いは超越者然としており、その在り方が気に入らないと思う者がいるのは事実だった。
ミザールはルファスの透徹した、どこか浮世離れした目を見つめ返し奥歯を噛みしめた。
「テメェが何て思っているか当ててやるぜ」
「さっさとこいつらを片付けて次に行きたい、ってところだろ?」
ミザールは宙を見上げる。
あの先で何が行われるか彼は知っている。
アリストテレスの計画の果てを彼もまた一人の技術者として見たいと思っている。
そして自分たちは何処まで行ってもルファスにとっては前座でしかないと彼は気づいている。
それがたまらなく苛立って仕方ない。
内心を言い当てられたルファスの顔が強張る。
どう言い訳しようと彼女がアリオト達を切り捨てたのは事実だ。
自分の目的の為に母を捨てた女が次は仲間も捨てた、それだけの話だ。
しかしミザールはそんな考えを否定する。
そもそも、その仲間という考えが間違っていると。
「結局、俺たちとテメェは最初から仲間なんかじゃなかったって訳だ」
「ま、レベル4200から見りゃ、俺たちなんてそこらへんのゴミと同じに見えても仕方ねえよな……」
嫉妬というにはあまりに彼の言葉は諦観を帯びていた。
だが次に歪んだ顔に浮かんだ感情の名前は誰にも判らない。
「…………」
ルファスは返せない。
確かに思っていた節がある。
最初は三桁にも満たないレベルだった彼らに果実を与え、強くなっていくのを嬉しく思っていたのは事実。
“……皆強くなったなあ”
それは紛れもない彼女の本心だった。
まるでモンスターテイマーが己のペットの魔物を育てるように、彼らを上から見下ろしていた。
ソレは果たして仲間といえるのだろうか? と問われれば彼女は何も言えない。
言葉を紡ぐはずの口が、静かに閉じられる。
ソレを見たミザールの顔に冷笑が浮かぶ。
「なぁにが覇王だ。結局テメェも俺たちを見下しているだけの化け物じゃねえか」
創造主の静かな怒りに銃のゴーレムが軋んだ。
全身に埋め込まれた銃器が再び咆哮を上げ、ライフルが火を噴き、機関銃が雨を吐き、背中から伸びたキャノンが轟音と共に大気を砕く。
ドワーフの殺意が、そのままゴーレムの駆動力へと転化され、それはマナの性質を経て増幅していく。
無数のポッドが腹部装甲からせり出し、光の奔流を描いて一斉に空へと撃ち出される。
銃身が爆ぜるほどの連射で、弾丸の雨が竜巻のように渦巻き、戦場のすべてを呑み込まんとした。
ルファスの肌を焼いた熱風に、硝煙と鉄の臭いが混ざる。
耳を劈く轟音が途切れることなく続き、天地が血と火薬で染められていく。
それは、もはや戦いではなかった。
一人の技術者の嫉妬と諦観と怒りが形を取り、世界を撃ち抜くために暴走する銃の嵐だ。
だが。
覇王が剣を翳す。
二振りの剣は一握りの長剣となり、その威を示す。
神剣リーヴスラシルの本来の姿だ。
世界が終ろうと存在し続けるであろうと語られる至高の一振りを覇王は振るう。
「で、あるか」
剣が真横に凪がれる。
世界に“線”が走り、それはミザールのゴーレムに走り、銃器を塗り固めた異形を両断する。
一瞬で基準を超えた損傷を受けたゴーレムは音もなく崩れていく。
全身を固めていた薬莢や弾丸や銃が無造作に雨の様に降り注ぎ、断末魔もなく唖然とした様子で落ちていく。
そしてその余波は創造主すらも許さなかった。
「がっ――」
ミザールの胸元から腹にかけて、紅の線が走る。
言葉を吐く間もなく、身体が真っ二つに裂けた。
臓腑が零れ落ち、血潮が大地を染める。
【峰うち】
死にはしない。
しかしもう立ち上がる事は出来ない程のダメージ。
直ぐにでも傷を癒さなければ出血多量で死ぬのは間違いない。
「俺は……俺は……ルファ……ス」
小さなドワーフは星に伸ばすようにルファス向けて腕を伸ばす。
しかし決して掴むことは出来ない。
余りに彼女は遠い場所にいる。
「ま……ぁ……や……れ」
彼の口から最後に漏れたのは、後悔か、それともまだ続く嫉妬か。
やがて視線は空ろになり、彼の声は硝煙と共に消えていった。
意識を失い転がる彼にメグレズの水のゴーレムがまとわりつき運び去っていく。
だが最後に彼の口角が微かに……まるで勝利を確信するかのように上がったことを知るものは誰もいない。
覇王は追撃どころか一瞥もしない。
既に、彼らは眼中にない。
【観察眼】が最適化され、微かに繋がる“一致団結”の流れを補足する。
ゴーレムが崩壊する際、微かに流れの中に波が走ったのを彼女は捉えている。
ゴーレムが破壊されたという結果がシステムメッセージとして送信されたのだろう。
彼女は決して機を逃さない。
全ては一瞬だった。
覇王は全霊で【エクスゲート】を展開し、彼女が出来る最速の動作で行動する。
光をはるかに超えた動きを前にアリオトらはまたもやルファスを見失う。
目的を察した吸血姫たちは動かない。
あえて何もせず推移を棒立ちで見ている。
アレは今までよく役立ってくれた。
で、あれば最後の役目も果たしてもらう。
重要な最後のピースはアレが死ぬことで完成する。
何もない箇所に現れたルファスは思い切り長剣を虚空に突き立てた。
刀身は半ばから消え去り、次にあふれるのは真っ赤な液体──血だ。
隠ぺいに用いられていた【イリュージョン】がボロボロと崩れていく。
神剣は真っ赤に染まり、その先端は魔女メリディアナの胸を貫いている。
心臓を貫いたその剣は間違いなくかの者を殺傷するだろう。
ちっぽけな老婆を殺傷したルファスの顔は無表情であった。