ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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こういうことするのが兵器群です。



アリストテレスの“みがわり(死ななければ安い)”!

 

 

確実に仕留めた。

ルファスは神剣から伝わる手ごたえにそう確信した。

メリディアナの肉体はアリストテレス兵器群の様々な技術で強化されているが、それら全てを打ち抜き命に届く一撃を彼女は放っていた。

 

 

 

今まで数え切れぬほどの死闘をくぐり抜けてきた経験が告げていた。

殺した。

これは、確かに命を断った感触だ、と。

 

 

 

「……ゴホッ……ッ……ぐ」

 

 

 

魔女は己に突き立てられた剣を指でなぞる。

その手は醜く、武骨で、血と皺に覆われ、長い時を耐え抜いた証のように歪んでいる。

美しさからは程遠いその指先が、やがてルファスの頬に触れた。

 

 

 

この世で最も血に塗れたソレが最も美しい女性の頬を撫でる。

まるでルファスを労うかのように手つきは柔らかい。

 

 

 

「─────」

 

 

 

声なき笑みが、老婆の唇にふと浮かんだ。

嘲りでも、憐れみでもない。

ただ、何かを受け入れ、満足したような。

 

 

奇妙に澄み渡った表情。

彼女は確信しているのだ。

アリストテレスの、己の勝利を。

 

 

自分が死んだとしても必ずや勝利は成ると。

己から全てを奪った世界が全てを失う。

その瞬間を見ることを叶わないのは残念だが、その発端になれるだけで満足だった。

 

 

 

その笑みに、覇王は一瞬だけ胸の奥を刺されるような痛みを覚えた。

幾度も政敵として立ちはだかり、知略を巡らせて戦い続けてきた老獪な魔女が、最後にはただ静かに息を引き取る。

あまりにも呆気ない。

 

 

 

何と声をかけようかと思う間にメリディアナの身体から熱と力が消えていく。

常に二手三手と保険を用意し巧妙に立ち回ってきた女とは思えないくらいに最後は一瞬だった。

 

 

 

ルファスが最初からやろうと思えばこう出来たはずだった。

如何にアリストテレスの技術で武装しようと覇王の力は全てを上回る。

 

 

打ち取ったという達成感は、かけらもなかった。

残ったのは深い虚無と、頬に残る血の温もりだけだった。

ルファスのマナを観測できる瞳はメリディアナの身体から輝く塊が抜け出し、どこかに向けて落ちていくのを見た。

 

 

 

彼女はきっと、天には昇らない。

女神のお気に入りのコレクションを飾るヴァルハラなど行かないのだろう。

 

 

 

「───其方らは見ているだけか?」

 

 

 

鋭い声でルファスは吸血姫の再現体たちに声をかける。

操演者であったメリディアナがいなくなっても彼女たちは動いている。

アリストテレス兵器群の意思が彼女たちを操演し、利用しているのだ。

 

 

吸血姫再現体。

ベネトナシュを愚弄し、存在を弄ぶアリストテレスの業の権化たち。

どれだけ優れた突飛な存在であろうといずれは再現して見せるアリストテレスの本質そのもの。

 

 

操演者メリディアナを失っても、なお動き続ける影。

そこには個の意思はなく、ただ兵器群が流し込む意志だけが彼女らを駆動させていた。

 

 

 

ルファスは気が付いている。

この再現体たちのスペックならば、メリディアナを自分の攻撃から庇う事も不可能ではなかったと。

いや、そもそも剣が彼女を貫いた時点ではまだ魔女は生きていた。

 

 

まだ何とか助かった可能性もあったはずだ。

しかしこれらは応急処置や救護の為にルファスに攻撃もしていない。

見殺しにしたのだ。

 

 

≪問題はありません≫

 

 

ベネトナシュの声で語られる冷酷な返答にそれぞれの声が重なっていく。

吸血姫再現体たちは口々にその声帯から彼女のものではない声でルファスの精神を逆なでしていく。

彼らにとってはちょっとした技術のデモンストレーションであったが、覇王の逆鱗を踏みにじるがごとき行為だった。

 

 

 

≪全て手筈通りだぜ≫

 

 

ミザールの声は隠しきれない喜悦を燃やしていた。

自分が開発の仕上げを手伝ったこれがどういう結果をもたらすか楽しみで仕方がないといった様子だった。

 

 

≪怖いのかい? 自分の知らない計画が進んでいるのが≫

 

 

 

メグレズの声は冷たく嘲りに満ちていた。

数百年の間ルファスを見ていたエルフは彼女と同じく多くを隠し、今や覇王に刃を向けていた。

 

 

≪目に見える裏切りなんて大したものじゃないベア≫

 

 

≪ははは、まぁ見てろって話だ!≫

 

 

 

かつてルファスの背に希望と未来を見た二人はもはや彼女ではない存在を信奉し溺れていた。

身体を満たす圧倒的な全能感はもはや麻薬の如く。

 

 

≪そもそもあいつを殺したのはお前だろ?≫

 

 

 

アリオトの声で最後に締めくくる。

ルファスは人殺しという事実を突きつけた。

 

 

二体の吸血姫は人差し指を立てて交互に「ちっちっちっ」と振るう。

物わかりの悪い子供をからかうような仕草にルファスは動じない。

 

 

 

二人のベネトナシュは血だまりの中に転がった老婆を見て淡々と現状を確認していく。

自分の中にある創造主が仕掛けた鎖を解決するための自己啓発として。

今まで自分たちを成長させ、ミズガルズにおいて比類なき勢力へと躍進させた女の死さえも兵器群は利用する。

 

 

いや、正しくこれこそがメリディアナの望みであった。

彼女は本当の意味で生命の全てと死さえもアリストテレスに捧げたのだ。

魔女メリディアナは駒だった。

 

 

人類とアリストテレス兵器群を結びつける便利でお気に入りの駒。

しかしもう必要はなくなった。

だから最後までしっかりと使い潰す。

 

 

これが彼らのやり方だ。

 

 

 

≪代表者メリディアナの殺害を確認≫

 

 

 

≪ルファス・マファールによる殺害を確認≫

 

 

 

兵器群は瞳の中で何度も彼女がメリディアナに剣を突き刺す光景を再生し続ける。

 

 

 

≪ミズガルズ人類防衛機構に対する重大な傷害と認定≫

 

 

 

≪ルファス・マファールの排除を許可≫

 

 

 

最後の宣告が下った瞬間、空気が重く沈む。

冷徹な兵器群の意思が戦場全体を覆い、吸血姫の双眸に殺意が灯った。

 

 

 

 

宙の向こうから感じる不快感は刻一刻と増大を続けている現状にルファスは舌打ちをする。

 

 

 

時間が、確実に削れていく。

アリストテレス兵器群が仕掛けた制約。

宙の彼方にばら撒かれたマナ・キャンサーの一斉起爆。

 

 

それがいつ起きるかのタイミングは完全に向こう側が手綱を握っている。

 

 

この戦場でのルファスの行動には制限があり、長く留まることはできない。

もしも、それが起きたらルファスは全身全霊で阻止しなくてはならないのだから。

 

 

 

だというのに――目の前には、吸血姫たち。

かつて葬ったはずのそれよりも、さらに強化されて蘇った影たちが、道を塞ぐように並び立つ。

血の瞳が赤々と輝き、ひとつひとつの気配がルファスをして容易くはいかない怪物と化していた。

 

 

 

「チッ……」

 

 

ルファスはもう一度舌打ちを漏らす。

迫る時間の焦燥と、立ちはだかる障害。

すべてを一刀の下に斬り払うべく、彼女は神剣を握り締めた。

 

 

 

その刹那――無意識に、背後を振り返る。

そこにありえぬ光景があった。

 

 

アリストテレス曰く。

 

 

 

“死は労働をやめる理由にはならない”

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

死んだはずのメリディアナが立っていた。

しかも天法を受けたわけでもなく、ましてやアムリタを飲んだわけでもない。

 

 

死んだまま動いている。

されどゾンビでもない。

 

 

胸を貫いた剣傷は確かに存在する。

肉体は冷え、血の流れも絶えている。

しかし彼女は立ち上がり、無言で笑っていた。

 

 

笑みは生者のそれではなかった。

ただ顔の筋肉をそういう形の整えただけのハリボテ。

正しくアリストテレスの微笑み。

 

 

瞳に光はなく、意志の影すらない。

動かしているのはもはや“彼女”ではない。

 

 

ミョルニル外周を闊歩する腐敗したゾンビの様な、しかし違う。

そんな生気のなさ。

 

 

次の瞬間――肉体が変わり始める。

 

 

 

血に濡れた肌が黒く泡立ち、内側から異形の結晶が突き破る。

骨が軋み、肉が裂け、魔女が己に埋め込んでいた“マナ・キャンサー”が脈動を始めたのだ。

 

 

ゴウ、と音を立てて、世界そのものが震える。

 

 

それはただの寄生体ではない。

最終調整を終えたマナ・キャンサーは、己を「概念」から「物質」へと置き換え、この世界の権限を獲得しつつあった。

魔女がいた世界における居場所(アカウント)を奪い取り、それを軸に自分を作り直している。

 

 

 

メリディアナの肉体はそのための器に過ぎなかった。

アリストテレスは資源を無駄遣いしない。

たとえそれが死体であろうと。

 

 

ひび割れた皮膚の隙間から、蒼と漆黒の混ざり合った濁光が滲み出す。

骨格は悲鳴を上げながら変形し、老化で縮んだ背丈が再び引き延ばされるように成長していく。

最後に、真っ白な光の膜が全身を覆った。

 

 

すっぽりと膜はメリディアナを飲み込み、残るのは真っ白な人型だけ。

特に顔は不気味だ。

何せ目も鼻も口もないのっぺらぼうなのだから。

 

 

 

 

まるで繭。

内側で何かが脈動を続けるおぞましき人型の卵。

あの時手に入れた因子が内側で生成され、馴染もうとしていた。

 

 

 

動くたびに木が軋むようなピキというと音が鳴り、それを不思議がる様にコレは頭を傾げている。

 

 

 

これはまだ前段階。

何事も蛹の時点では醜いものだ。

 

 

 

しかし、ルファスはその禄でも無いことになるであろう孵化を許しはしない。

彼女の本能と直感はかつてない勢いで警報を鳴らしている。

直接相対し己の首を落とそうとしてきた不死鳥の時でさえここまでではなかった。

 

 

 

怖気が走るとはまさにこのこと。

彼女の全細胞が拒絶を叫んでいた。

 

 

 

存在してはならない。

決して在ってはならない。

覇王は容赦なくその剣を振るい、この卵を叩き割ろうとする。

 

 

 

産まれてくるな、存在するな、無に帰れという殺意が宿った一閃。

 

 

 

だが、その瞬間――。

のっぺらぼうの繭の手が、糸を手繰るように微かに動いた。

 

 

 

ピクリ、と。

 

 

 

それだけで戦場に亀裂が走る。

アリオトたちの身体が硬直し、次の瞬間には操り人形のように同じ動きを見せ始めた。

彼らの瞳に宿る光は己のものではない。

 

 

 

“一致団結”

 

 

 

接続されたソレは脳の神経経路を作り替え、最適化する。

一致団結を最大限に発揮するためにホルモンバランスを操作し、絶えず高揚を維持。

彼らはその底なしの全能感に酔いしれながらアリストテレスの人形を嬉々として演じた。

 

 

 

恐慌は不要。

躊躇も不要。

戦場に必要なのは高揚と従順と全能感だけだ。

 

 

 

 

兵器群の回路を経由し、死んだはずのメリディアナが再び糸を操った。

肉体は既に滅んでいる。

だが彼女の死すら利用し、戦場を盤上に変えるその執念だけは生き続けている。

 

 

 

兵器群にとって、ここで必要なのは繭の保全。

ただそれだけである。

 

 

 

そこに仲間という概念はない。

痛みという項目もない。

尊厳や人格はそもそも変数として入力されていない。

 

 

 

ただルファスの斬撃を遮断するために、ここへ投入するのが最も合理的な生体部材という答えだけが残る。

 

 

 

覇王の剣はただ一つを狙い放たれた。

 

 

 

白く膨らむ繭。

あれを孵してはならぬ。

それは直感ではなく確信だった。

 

 

 

マナに誰よりも愛された彼女だからこそこの異物がおぞましくてたまらない。

故に剣に宿る殺意は本物で、込められた暴力は埒外だった。

 

 

 

アリオトたちの身体が、繭から伸びる繋がりに操られて前へと飛び出す。

その動きは自発的ではない。

ただ顔には安らかな笑顔だけがあった。

 

 

 

背骨を無理やり引き剥がされるかのようなぎこちなさ。

だが、神剣の軌道を遮るには十分だった。

 

 

 

ルファスの剣が振り下ろされ、アリオトの肩を裂く。

血飛沫が舞い肉が裂ける。

だが次の瞬間――無数の光点が彼の体表を走り抜けた。

 

 

 

活性化した極小サイズのゴーレムが強化された細胞を怖気がするほどの速度で修復を開始。

ベネトナシュに匹敵凌駕する速度で損傷が巻き戻っていく。

死なずに治せるのであれば、盾にしてもいい。

 

 

 

治せる。

ならば使っていい。

 

 

 

その理屈に一片の躊躇もない。

 

 

兵器群にとって、アリオトは守るべき誰かではない。

損耗可能な資材だ。修理可能な盾だ。

目的達成のために投入され、傷つき、再生し、再配置される部品だ。

 

 

 

何故ならば彼はソレでも構わないと契約を結んだのだから。

文句など言わせるはずもなし。

 

 

 

もはや彼は人間ではない。

ルファスを目指し、ルファスを切ると決めた時点でもう人をやめてしまった。

彼はただの道具だった。

 

 

そして兵器群が見ているのは、損傷の深さではなく遮断が成立したか否かだけだった。

つまり今回は及第点だ。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

ルファスは黙して何も言わない。

彼女の瞳は透徹しており、もう何も感じない。

 

 

 

結果を出す。

世界を救う。

アリストテレスの夢と残骸を終わらせる。

 

 

 

その為に彼女はここにいる。

剣を深く握りこみ、次は完全に殺すと自分に言い聞かせる。

 

 

ソレは濁り、世界は軋みを上げている。

見えない何かがあらゆる所で蠢きだしているのを感じ取ったルファスの余裕は刻一刻と削がれていた。

 

 

 

ルファスは、躊躇わなかった。

 

 

 

躊躇っている余裕など、もうどこにもなかった。

目の前にある白い繭を孵してはならない。

それだけが絶対で、それ以外の全ては切り捨てるしかない。

 

 

 

だから覇王は剣を振るう。

 

 

 

一閃。

神剣が空間ごと断ち切る勢いで落ち、繭へ至る最短の線を描いた。

その刹那、前へ割り込んだのはドゥーベだった。

 

 

二メートルを優に超える白熊の獣人。

その巨体が、まるで最初からそこへ置かれていた障壁のように、ルファスと繭の間へ滑り込む。

 

 

 

 

自分の意思で飛び込んだのではない。感情も覚悟もない。

ただその体格が、質量が、最も効率よく斬撃を殺せると判断されたから前へ出された。

ルファスの剣が容赦なくその肩口から胸元にかけて食い込む。

 

 

「ベ、ァァアアアア……」

 

 

漏れた声に自我はなかった。

 

 

厚い筋肉も、強靭な骨も、覇王の剣の前では意味をなさない。

白い毛皮が裂け、肉が割れ、血が熱を帯びて噴き上がる。

巨体が大きく揺らぎ、本来ならそれだけで膝を折って倒れるはずの深手だった。

 

 

だが、倒れない。

倒れる前に、修復が始まる。

 

 

 

裂けた断面を、無数の光点が走った。

活性化した極小ゴーレム群が傷口へ雪崩れ込み、断たれた繊維を縫い合わせ、砕けた骨を押し戻す。

出血という結果そのものを凄まじい速度で過去へ押し返していく。

 

 

 

ドゥーベの巨体は、剣に裂かれながら、同時に塞がっていた。

 

 

斬る。

裂ける。

塞がる。

 

 

その循環が、覇王の剣速と噛み合ってしまっていた。

 

ルファスは舌打ち一つしない。

次が来る。来ると理解しているからだ。

 

 

 

二閃目。

 

 

ドゥーベの身体がまだ完全に引ききる前に、今度は低い影がその脇へ差し込まれる。

フェグダだった。

 

 

小人族の小柄な身体。

弓を手にした軽戦士の体躯。

本来なら前衛で神剣を受けるようには作られていないはずのその身体が、まるで駒を置くような正確さで繭の前へ置かれる。

 

 

 

小さいからこそ、隙間を埋めるのにちょうどいい。

ドゥーベの傷ついた巨体と次の一撃の間、そのわずかな空白へ差し込むには、最も都合のいいサイズだった。

 

 

神剣が胴を薙ぐ。

 

 

小さな身体が大きく跳ねた。

血飛沫が宙に散り、軽い身体がそのまま断ち飛ばされそうになる。

それでも兵器群は気にしない。

 

 

壊れたなら直す。死なない範囲で使えるなら、まだ使える。

人格も痛みも、最初から勘定に入っていない。

 

 

 

光点が、また走る。

断たれかけた筋肉が、糸を逆に巻くように戻る。

砕けた肋骨が押し戻され、裂けた皮膚が縫われ、出血が止まる。

 

 

 

フェグダの身体は、斬られたという結果だけを置き去りにして、再び“盾として機能する状態”へ引き戻される。

だがしかしルファスは、止まらない。

 

 

 

三閃。

四閃。

五閃。

 

 

剣圧が戦場を白く裂き、繭へ至る道を力づくでこじ開けようとする。

だが斬れば斬るほど、前へ誰かが出る。

 

 

フェグダ。

ドゥーベ。

アリオト。

またフェグダ。

 

 

 

修復を終えたばかりの巨体が、再び盾の位置へ押し戻される。

その横をフェグダが埋める。

さらに別の誰かが入り、空白が生まれた瞬間に次の肉体が差し込まれる。

 

 

まるで兵器群は、ルファスの剣筋そのものを材料にして肉盾の列を編んでいるようだった。

 

 

 

覇王が斬る。

その軌道が計測される。

必要な厚み、必要な質量、必要な部位損耗が瞬時に算出される。

そして、それに最適な身体が前に出される。

 

 

人間ではない。

もう最初から、部品の並びだ。

それらに守られた繭はふらふらと左右に揺れて何もしていない。

 

 

 

ルファスの剣は速い。

速すぎるほど速い。

本来なら誰一人とて二合目を受ける前に崩れ落ちる。

しかし兵器群はその速度に合わせて修復の回転数を引き上げる。

 

 

 

剣速と修復速度が、悪夢のような均衡を作っていた。

 

 

覇王の斬撃が深く入るほど、修復はその深さに合わせて最適化される。

浅く斬れば即座に運用継続。

深く斬っても、死なないなら修復して再投入。

致命に近づけば近づくほど、次の盾が先に差し込まれ、死ぬ寸前の個体は後ろで修復される。

 

 

届かない。

 

 

本来なら、とっくに白い繭まで両断している距離だった。

その間に置かれているのは、数歩分の肉体しかない。

なのにその数歩が、何百何千の隔たりみたいに遠い。

 

 

 

メグレズが動いたのは、その直後だった。

彼だけは少し違った。

他の者たちのように、ただ肉体を前へ押し出されるだけではない。

 

 

器用さと演算能力を残したまま、一致団結の回路へ最適化されている。

彼の周囲に、超高密度の流水型ゴーレムが展開される。

彼が最も得意とするアリストテレスの最初期の作品だ。

 

 

これを彼は誰よりも巧みに扱った。

 

 

 

水、というにはあまりにも重い。

液体のまま圧縮された魔力の宿る流体の壁。

薄い膜に見えるのに、覇王の一撃を受け止めるには十分すぎる密度を持つ、青白い流動の盾。

 

 

今回の為に複数の限界突破魔神族を練り混んで作った特注品だ。

ルファスの剣が、その流水へ叩きつけられる。

 

 

 

轟音はない。

だが、空間が軋んだ。

神剣の軌道に沿って流水が裂け、蒸発し、飛沫ではなく細かな光の粒になって散る。

 

 

一枚目が消える。

二枚目も裂ける。

三枚目でようやく剣速が僅かに削がれ、その一瞬の遅れを埋めるように、また誰かの身体が前へ出る。

 

 

メグレズはさらに流れを操る。

流水型ゴーレムを板のように重ね、線のように束ね、ルファスの剣筋へ幾重にも差し込んでくる。

繭へ届くまでの直線を、液体の壁で歪め、削り、逸らし、その後ろから肉体の盾を継ぎ足していく。

 

 

それでもルファスは、叩き斬る。

 

流水ごと。

肉ごと。

骨ごと。

 

 

覇王の剣はメグレズの防御を突破し、その肩口から脇腹までを深々と裂いた。

超高密度の流体防壁を維持したまま、その本体が大きく切り開かれる。

本来なら、そこでようやく絶叫が出る。膝が折れる。防御は途切れるハズなのに。

 

 

だが、違った。

 

 

 

極小ゴーレム群が、今度は流水の中からも湧くように噴き出した。

裂けたメグレズの体表を流体防壁そのものが包み込み、接着し、修復を補助する。

このエルフはとてつもない精神力で魔法の水を用いて自分の体を修復さえしていた。

 

 

彼は言った。

このくらいを口にする人間性は残っていたらしい。

 

 

 

「僕の魔法も中々だろう?」

 

 

 

 

防御と修復が同時に回る。

傷ついた本人を盾にしたまま、その場で修理する。

 

 

 

ルファスは構わず更に連続で剣を振るった。

 

 

一太刀ごとに血が舞う。

一太刀ごとに誰かの肉が裂ける。

一太刀ごとに修復が走る。

一太刀ごとに、また別の仲間が前へ出される。

 

 

ドゥーベの巨体が押し込まれる。

フェグダの小柄な身体が隙間へ差し込まれる。

アリオトがもはや剣さえ使わせてもらえずに消費される。

メグレズの流水が軌道を削り、そのまま本人ごと断たれた。

 

 

 

地獄だった。

 

繭を壊すために振るう剣が結果として仲間だったものを何度も裂く。

だがルファスは止まらない。止まれない。

止まった瞬間に孵化が進むと知っているからだ。

 

 

 

しかして兵器群は知っている。

ルファスは必ず手加減するだろうと。

口では何と言おうと彼女にそれは出来ないと悟っていた。

 

 

 

もっとやろうと思えば剣を使わずとも別の力──例えば魔王の炎を用いて再生を阻害し殺すなども出来るハズだ。

なのにそれをしないのは無意識か、はたまた別の理由か。

 

 

何にせよアリストテレスは知っている。

ルファスは仲間を本当の意味で殺せないと。

彼女の人間性さえも処理に組み込んでいる。

 

 

 

ならば答えは簡単だった。

時間を稼ぐ方法はこれをすれば問題ない。

 

 

仲間だったものを、盾として置き続ければいい。

それだけだ。まぁ、なぜかメラクだけは上手く動かないが。

 

 

 

フェグダという名はない。

ドゥーベという名もない。

メグレズという個人も、もうない。

あるのは質量、体格、可動域、修復効率、防御適性、再投入までの時間。

 

 

 

 

ただそれだけ。

ルファスの剣先は、白い繭へあとわずかまで迫りながら、決して届かない。

 

 

 

その光景は、ルファスにとって嫌悪を通り越した何かだった。

人間を使い潰す。仲間を材料にする。

痛みも人格も処理対象外のまま、最も効率よく壊して、最も効率よく直し、最も効率よくまた前へ出す。

 

 

 

兵器群は、最後の最後まで兵器群だった。

誰かを守るために作られたはずの機構が誰よりも鮮やかに人間を部材へ変えていく。

その中心でルファスは、なおも剣を振るう。手にじっとりと嫌な汗をかきながら。

 

 

 

 

 

 

 

しかして当然アリストテレス兵器群はルファスという障害を排し、己の存在意義を果たそうとする。

これらは便利な盾だがいつまでも使えるわけではないからだ。

 

 

 

平和な世界を作る。

人類を安定させ、良い世界を形成する。

 

 

その為ならば全てを使い潰す。

あらゆるものを利用し最高効率を求め続ける。

それがプラン・アリストテレスから受け継いだ意思だ。

 

 

そしてアリストテレス兵器群にとって、アリオトたちはただの前座に過ぎなかった。

利用価値のある間だけ利用し、役目を終えれば廃棄する――それだけの存在。

 

 

だからこういうことも出来た。

このままでは単純に出力が足りないというのは判っていた。

だから彼らにも限界を超えてもらう。

 

 

ちょうどよく無数の傷を受けて痛覚により精神は高揚しているためにやりやすい。

 

 

ミズガルズにおいて「レベル」という概念を突破する方法は単純である。

それは“強い意思”を抱くこと。

己の限界を超えるだけの強烈な執念と欲求があれば、既存のシステムは破損し、数値の枠を突き破って更なる力を得る。

 

 

だが、その“意思”とは結局――。

 

 

脳内ホルモンの分泌量と、そのバランスに過ぎない。

 

 

恐怖で心拍が跳ね上がり、闘争心でアドレナリンが溢れ、希望や憎悪でドーパミンが奔流する。

脳が焼き切れるほどの情動の奔流こそが、“限界突破”の正体だった。

 

 

 

ルファスを見るがいい。

凄まじい世界と己への怒りを抱いた結果が彼女だ。

 

 

 

ラードゥン/勇者を振り返れ。

あらゆる全てに対する悪意と、世界そのものに対する拒絶と憤怒の結果が竜王だ。

 

 

 

アリストテレスはそこに目をつけた。

マナを用い、直接脳神経に干渉する。

人工的にホルモンの分泌を引き出し、疑似的な「強い意思」を作り上げる。

 

 

アリオトたちの瞳は、燃えていた。

それは確かに勇者の光を思わせた。

だがその実態は、ただの薬物依存に近い。

外部から調整された脳内の化学反応が、彼らに「立ち向かえる」という錯覚を与えていたに過ぎない。

 

 

 

アリストテレスはいつもこうだ。

あらゆる奇跡も、願いも、信念さえもこうやって数式に落とし込み再現可能な技術へと変換してしまう。

 

 

 

走れ。

斬れ。

戦え。

 

 

 

ゴーレムを作れ。

剛腕を振るえ。

矢を番えろ。

魔法を唱え、天法をかけ続けろ。

 

 

 

命令の度に神経回路が焼け、血管が破裂し、肉体が削られる。

だがナノ・ゴーレムが即座に修復し、さらにマナが意志を偽装して再び戦列に立たせる。

 

 

 

まるで舞台に上がる俳優のように。

だが彼らに台本の結末は知らされていない。

脚本家は初めから、役者を最後まで生かすつもりなどなかった。

 

 

 

アロヴィナスとアリストテレスはここに至って同じことを考えていた。

しっかりと使い潰してやる、だ。

 

 

 

既にアリオト達の肉体は限界に近付いている。

幾ら強化や修復をしようと限度というものもある。

 

 

 

血管は裂けんばかりに膨張し、肌の下を光が奔る。

その瞳に宿るのは蒼い眼光。

視線は定まらず、その表情は夢を見ているかの様にうつつだ。

 

 

 

 

≪ホルモン分泌率、基準値を超過≫

≪神経焼損を許容、戦闘効率を優先≫

 

 

 

無機質な声が告げるたび、彼らはさらに限界を突き破る。

特にアリオトに至ってはレベルは1000を超え、1700へと迫る。

その戦闘能力は一人一人がかつてルファスが剣を交えた人類の守護者ベネトナシュに匹敵していた。

 

 

 

ルファスはもはや怒りもなく言葉を投げかける。

 

 

「己に協力する者らを躊躇なく使い潰す。それこそが其方らの限界だと何故気づかん」

 

 

 

これがアリストテレスの性質であり陥穽だ。

人を救うと宣言しておきながら、その実全ての生命に興味をもたず、必要だからといって倫理を捨て去った行いを平然と行う。

 

 

アリストテレスは“個人”を見ていない。

彼らは“人類”という集合体しか見ていない。

木を見て森を見ていないという言葉があるが、アリストテレスは森だけを見てそれを構成する一本一本の木々をないものとして扱う。

 

 

だからこういう事も平然とできた。

 

 

 

剣になりたい。その願いを叶えてあげましょう。

 

 

 

アリオトの右腕と剣が一体化していく。

何本もの触手を伸ばしたマリオネットはもはや体裁さえ捨てて勇者を取り込んでいた。

ナノ・ゴーレムが彼の細胞を作り替え、無機物と有機物を融合させていく。

 

 

中央大陸解放時に魔神族を埋め込んだゴーレムがいたが、あの技術を発展させた人とゴーレムの融合技術だ。

その集大成は化け物としか言いようがない。

 

 

体中に蔦の如き触手を巻き付かせ、身の丈を超える程に巨大化した剣と一体化した右腕。

更には体中から複数の剣を生やしているのに瞳は何処までも凪いでいる。

 

 

 

もはや剣士の姿ではない。

彼は己が目指していた剣そのものに物理的に成っていた。

 

 

 

 

────俺は最強の剣士になる! ルファス、あんたよりもすげえ剣士にな!!

 

 

 

ルファスの脳裏に響くのはありし日の彼の声。

我武者羅に剣を振るい、手には幾つもの豆が出来、指の皮膚は硬化していた。

本気で己の夢を叶えるべく努力する姿は今の様の何億倍も、何兆倍も美しかった。

 

 

 

アリオトだけではない。

ドゥーベにフェグダ。

そしてメラク。

 

 

 

誰も彼もがレベル限界を超え、2000に近しい力を発揮している。

その代償として脳は壊れるほどに活性化され、もはや自我さえ危うい状態になっていた。

しかしアリストテレスとしてはそちらの方が効率がいいのだろう。

 

 

“一致団結”の出力という意味では余り上昇は見込めないが、行動の精確性という意味では自我など不要と考えているのだから。

 

 

 

発せられる圧に攻撃を止めたルファスは距離を取り言い放った。

 

 

 

「必要な時は甘言を囁き、役目を終えたと判断すれば即座に放り捨てる」

 

 

 

「其方らと女神、どこが違う?」

 

 

 

 

ルファスの問いに答えはない。

ただ代わりに駒が動く。

アリストテレス兵器群の意を受けて吸血姫2ユニットが動く。

 

 

 

同じ衣を纏い、同じ顔、バルドルの面を持つ吸血姫が二体。

ソレがまるで鏡合わせのように立ち並ぶ。

 

 

かつての敗北を受けて、アリストテレス兵器群が選んだ解答は単純だった。

一体で勝てぬなら、二体で挑めばよい。

1+1は単純に2にはならない。

 

 

効率や戦力数値的な意味では何倍にも跳ね上がる。

それが完ぺきに調整されていたのならば猶更だ。

 

 

 

双子は細胞の奥底、魂の断片すら分割され、完全に同調するよう調整されていた。

視覚も聴覚も神経も、すべてが共有されている。

二つの肉体を一つの意思が完璧に操作する。

 

 

 

かつてベネトナシュはプラン・アリストテレスに親族を奪い去られ復讐を誓った。

そしていま、アリストテレスは新しい姉妹を作り運営する。

 

 

 

吸血姫の双子は静かに構えた。

その両の手に光るのは、血を糧とする武器―― 収奪者の爪だ。

それが魔王の【デネブ・アルゲティ】を纏う。

 

 

 

その刃が敵を裂けば、そのまま相手の命を吸い上げ、己の傷を癒す。

更には魔王の力で回復を阻害するおまけまでついてくる。

 

 

ただ、この次元の戦場では回復の概念自体がほとんど意味をなさない。

ルファスに刻める傷など、瞬きのうちに埋め尽くされる程度のものでしかないからだ。

魔王の阻害を上回る規模で再生するという意味不明な存在なのがルファス・マファールだ。

 

 

だが、双子の真の恐ろしさはその能力ではなかった。

完ぺきに連携し機能する二体で一つの吸血姫の本領は実際は一つの居場所(アカウント)に二体いるという点だった。

 

 

 

一方が爪を振り下ろせば、もう一方が同じ軌跡をミズガルズを運営する法則の中で継ぎ足す。

ルファスに攻撃を行っているのは一体だけだというのに、もう一体もターゲットを取得したと判断され、ルファスに干渉してくる。

何もない場所で爪を素振りするだけで発生した判定がルファスに飛んでいくのだ。

 

 

爪が虚空をかくたびにルファスの身体に切り傷が一つ増える。

もちろん直接彼女を殴っている個体も無視はできない。

ほんの少しでも気を抜けば首をおとしにかかってくる容赦のなさがそこにはあった。

 

 

 

結果、ルファスを襲うのは途切れぬ爪撃の連鎖。

その攻撃は一本の剣戟のように継続し、斬り払いは止むことがない。

これぞ舞踏という言葉がふさわしい。

 

 

 

ルファスが襲い来る腕を弾けば、もう片方の個体が放つ判定のみで物理的には存在しない攻撃が同じ角度から入り込む。

結果として彼女は常に悪意によってタイミングをずらされた二重の攻撃を受け続ける。

唯一の救いはこの飛んできた判定は一応防御することは可能だという点だった。

 

 

 

“座標”に攻撃の判定が飛んでくる瞬間にタイミングよく剣を合わせれば防ぐことは出来た。

故にルファスの瞳はかつてない精度で世界が軋む瞬間を読み取り続ける。

一瞬でも気を抜けばその瞬間全身に裂傷が刻まれるだろう。

 

 

 

一撃を弾き、続いて二撃目も防ぎきる。

しかしその時には既に追撃が飛んでくるという終わらない地獄の連続攻撃だ。

ルファスをして反撃に転じる余裕などない。

 

 

 

受けても、避けても、必ず次がある。

更に傷口にこびりついた黒い炎が回復を阻害してくる。

 

 

 

嫌らしい戦い方だった。

ルファスの願う思う存分に力を振るいせめぎ合うという理想からは程遠い。

 

 

時間は過ぎていく。

明らかな遅延戦術だった。

さっきの盾と言いどこまでも悪趣味だ。

 

 

 

「……クソっ」

 

 

 

思わず無意識に低く吐き捨てたその声の直後にルファスの剣は微かな隙をついて攻撃に転じた。

 

 

 

致命を狙った一閃が吸血姫の首を落とす。

今度は前の様な座標をずらすことなど許さないようにしっかりと位相を“観て”切断する。

 

 

 

だが何故か切られた方の血は噴き出さず、代わりにもう一方──遠巻きにルファスに判定を送り付け続けている個体にその傷が現れた。

それも浅い。首を落とした筈なのに軽傷程度だ。

それも直ぐにふさがり損傷は皆無。

 

 

 

結果。

一体を倒したはずが、二体とも健在。

簡単だ。この2ユニットは“アタリハンテイ”も共有しているのだ。

 

 

 

故にどちらがか傷を負った場合、その損傷をどちらかに移すことが出来る。

そして吸血姫として元来持っていたすさまじい生命力を軸にアリストテレスが手を加えた結果、彼女たちの再生能力は限界知らずだ。

手足を失おうと刹那よりも素早く復元する故にどれだけ傷を送り付けようとデメリットはない。

 

 

 

 

つまりルファスが戦っているのはどれだけ攻撃しようとも瞬時に復元し、完全に連携し、判定や座標を自由自在に弄り回す怪物たちだ。

 

 

理不尽。

それ以外の言葉はなかった。

 

そんな吸血姫たちの背後から、新たな影が迫る。

 

 

アリオト。

剣を体中から生やし、肥大化した右腕と一体化したマリオネットを掲げ、なおも前に進む。

かつての剣に燃えていた姿はなく、瞳に宿るのは正気を失った光。

 

 

 

遠くに退避し傷を治しながらもミザールは狂気の笑みを浮かべ、ブラキウム弾頭を即興で構築していた。

粗雑ながら、当たりさえすれば都市一つを消し飛ばす火力。

まだ治りきっていない傷口からは血が零れ続け、修復しようとするが彼は無理やりに動き続けて血を流し続けている。

 

 

 

メグレズは流水を纏い、鎧のように揺らぎながら立つ。

その瞳には百年を越える因縁の冷笑があった。

幼い頃からの付き合いであるルファスを消し去ることにためらいはない。

 

 

 

ドゥーベは剛腕を握りしめ、大地を砕く衝撃を蓄え、フェグダは無数の矢を番え、宙を埋め尽くす雨を用意する。

 

 

 

彼ら全員が、吸血姫の双子と共にルファスを包囲する。

時間を稼ぐために。

彼女を足止めし、計画を完成させるために。

 

 

 

 

 

───その努力はたった今成就した。

 

 

 

 

空が呻いた。

かすかな揺らぎから始まった異変は、やがて夜空を塗り替える。

 

 

 

ひとつ、またひとつと星が蒼へ変わり、数息のうちに千、万の光点が青白く染め上げられていく。

蒼の光は祝福ではない。

それは生命を拒絶する毒の輝き。

ただ仰ぎ見るだけで意識を削がれ、心が折れ、意思が解体される。

 

 

 

 

英雄/消耗品たちに守られたマナ・キャンサーが空を仰いだ。

何もせず佇みじっと蒼い光を見つめていた。

眼はないというのに見ているのが判った。

 

 

 

 

≪活性化確認≫

 

 

 

 

冷徹な兵器群の声が、絶望を現実へと変える。

 

 

時間切れだ。

アリストテレスの計画が、遂に動き出す。

次々と星々が汚染され、汚される。

 

 

 

 

遂に始まる世界の幕引き。

それを前にルファスは微かに身じろぎし、小さく息を吐いてから剣を強く、強く握りしめる。

 

 

 

何も終わっていない。

ルファスの心に諦めはない。 ここでひざを屈したら全てが無に帰る。

母も、アリエスも、彼女の故郷であるリュケイオンでさえ消え去る。

 

 

 

そんなことルファスは絶対に受け入れない。

何も難しいことではない。

彼らを無力化し、あの不気味な繭を破壊し、マナ・キャンサーを停止させる。

 

 

それだけだとルファスは歩を進めようとして……。

 

 

 

 

【銀の矢放つ乙女】

 

 

 

巨大な魔法の矢が、白銀の閃光となって戦場を裂いた。

空気を震わせ、音すら置き去りにする速度で飛来したそれはルファスと双子の吸血姫の中間点に突き刺さり光と衝撃を撒き散らす。

双子の挙動が一瞬、途切れた。

 

 

 

 

「無様だな、マファール」

 

 

冷ややかに吐き捨てる声が響く。

澄んだ声色に、戦場全体がわずかに静まった。

 

 

翻る黒いマント。

月光を浴びたかのように輝く銀の髪。

小柄な肢体に、揺るがぬ気品と威圧を宿したその存在は、まるで神話の書き手が筆を加えたかのような完璧さを帯びていた。

 

 

 

「私に大口を叩いておきながら……何だこの様は」

 

 

 

足音が響く。

カツ、カツ、と冷たく規則正しいリズムを刻みながら、その人物は戦場に歩み出た。

傲慢で不遜で癇癪もちで、弱者のことなど気にも留めない生まれながらの強者。

 

 

 

真なる吸血姫 ベネトナシュ。

兵器群が組み上げた贋作たちを前に、真なる吸血姫が姿を現した。

彼女は不機嫌さを隠そうともせずルファスの隣に並び、腕を組む。

 

 

 

ベネトナシュは冷たい瞳でルファスを一瞥してから、自分と鏡写しの双子を見て目を細める。

何処までもふざけた奴だと舌打ちした。

 

 

 

「勘違いするな。貴様を助けに来たんじゃない」

 

 

 

「己の不始末の後始末に来ただけだ」

 

 

 

双子は無言だった。

呼吸も声もない人形たちはオリジナルを前にしても何も動じないし恥じもしない。

アリストテレスの意思を実行する端末に過ぎない。

 

 

 

 

 

蒼光に覆われていく空の下、戦場は新たな局面を迎えた。

 

 

 

 

 

 

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