ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
アイゴケロスが魔王の拳で天を穿ち、ユグドラシル級が崩壊してからわずか十秒。
そして星と宙の中間地点で二体の怪物を相手取り激戦を開始した最中。
空気すら焼け尽くされた戦場に、新たな震動が走った。
佇むのは八つの影。
アリエス、タウルス、スコルピウス、カストール、ポルクス、アクアリウス、サジタリウス、そしてレオン。
残された覇道十二星天の中核――すなわち、覇王軍最後の星々である。
ユグドラシル級が破壊されたことで降り注いでいた拳の流星は停止し、改めてポルクスが呼び出した英霊たちが瞬く間に地平を埋めていく。
数だけ見れば地上においてはゾディアックは兵器群に今のところ優勢になりつつある。
ほぼ大破してしまったリーブラは背後で今は応急修理を受けている最中だった。
パルテノスは後方でひたすら天法を重ねつつアイゴケロスの補佐をしているゆえに戦闘などは出来ない。
そんな彼らを見下ろすのはもう一機現れたエル級。
無言で見下ろしてくるアロヴィタイトの怪物を前に十二星天たちは睨み返すだけだ。
まるで冷戦の如く両陣営はにらみ合っている。
エル級からすればこの状況を維持するのが最も効率的だ。
何せ無駄なエネルギーを使わずに済む。
時間は彼らの味方でありあとたった400秒ほど我慢すれば勝利が確定するのだから、余計な戦闘など行わないで済む。
しかし十二星天、彼らは未だに諦めていない。
もちろん配下であるゾディアックの強者たちもだ。
しかし諦めなければどうなるというのか?
もうすでにアリストテレスの計画は始まっている。
宙が瞬く間に蒼く染まっていくのを見つつアリエスは舌打ちをした。
アレが何をしているのか、そもそも何なのかは勉学に励んだ彼にさえ判らない。
ただ良くないことが進んでいる事だけは判る。
だってこんなにも怖いのだから。
怖気が走る、背中にはびっしょりと冷たい汗が満ち、少しでも気を抜けば歯がカチカチ音を立ててしまいそうだ。
彼はそれ──恐怖──を認めた上で飲み干した。
十二星天は決して無敵の集団ではない。
だからこそ僕も皆も努力したんだと胸中で返す。
「行こう皆。皆でやっつけて、戻ってきたルファス様を全員でお迎えするんだ」
一歩を踏み出す。
誰もが、レオンさえ躊躇していた中、エル級に向けて堂々と。
誰よりも弱かった羊は今や十二の星で最も眩しく輝いていた。
彼/彼女たちは小さなアリエスの背を見つめる。
まずはタウルスが並ぶ。
彼は無言で親指を立てた。
寡黙な男ではあるが、決して無感情ではない事をアリエスはよく知っている故に笑顔で返す
次に並んだのはアクアリウスだ。
器用にも彼女は魔法で生成した水の流れに乗って移動してきた。
彼女は本体である水瓶に少女の姿をしたアバターを腰かけさせ、挑戦的に歯をむき出す。
「言うじゃねえか。そんな羊ちゃんには俺の加護を分けてやるよ」
指先をアリエスに向けて彼女は【サダクビア】という固有スキルによる加護を授ける。
効果は単純明快、一定の回数の攻撃を“運よく”回避することが可能となるスキルだ。
アリエスはぐっと拳を握りしめ、得た加護を確認してから「ありがとう」と礼を述べる。
「バッカみたい。最後に勝つのは妾達に決まってるじゃない。
なのにそんなに気合入れちゃうなんてねぇ」
いつも通りの不敵かつルファスへの狂信が入り混じった笑みでスコルピウスが進み出る。
彼女は最後に背後を振り返り遥か彼方のリーブラに向けてニタァと笑った。
両者の間に障害物はなく、リーブラの視覚センサーなら問題なく彼女の顔を見れる距離だ。
「あんたはそこで黙っておねんねしてなさい。
巻き込まれて精々スクラップにならないようにねぇ?」
「…………………」
ミシという金属が軋む音がリーブラの中から聞こえたのはたまたまだろう。
応急修理に当たっていたアルケミストがいきなり襲ってきた寒気のする気配に「ヒッ」と悲鳴を上げたのもきっとそうだ。
パルテノスはアイゴケロスに天力を送り続けながらも同時に天法を行使し友軍へバフを新しくかけていく。
その顔には微笑みが宿っていた。
ポルクスは無言で更に英霊を呼び出し、カストールは堂々とコートを翻して指揮を執る。
サジタリウスが震えの収まった指で矢を番え、レオンは舌打ちをし顔を壮絶に歪めながら歩きだす。
ゾディアックの兵士たちが次々と武器を構えてエル級に挑むように覇気をぶつけた。
アリエスを起点に戦場の空気が再び変わろうとしていた。
ユグドラシル級の猛攻によって砕かれかけていた戦意が戻っていく。
だが。
アリストテレス兵器群は容赦しない。
あとほんの数分待てば勝利ではあるが、抵抗するならば仕方ないと冷酷な割り切りの下に命令を下す。
最初期から存在していたアレら。
順調にアップデートが終わったそれを容赦なく戦線に送り込む。
地平が蠢いた。
それは風でも地震でもない。
「黄金」が、ぞろぞろと地の底から這い出してきたのだ。
最初に見えたのは、巨大な蟻だった。
甲殻は金に輝き、節ごとに微かにアロヴィタイトの光が脈打っている。
群れを成すその数、数千、数万――いや、もはや「群れ」という言葉では足りない。
地形そのものが蟻でできているかのように悪趣味な絨毯が敷かれていく。
その上空を埋め尽くすのは、蜂。
翅が振るうたびに音速を超える衝撃が空気を叩く。
黒い雲のような羽音が、鼓膜の奥を焼き切った。
体長は要塞に等しく、針は塔のように鋭い。
一撃で地面が貫かれ、大地が内包された毒素によって泡立つ。
スコルピウスのそれと同種のアリストテレスが配合した人工毒だ。
さらに、その隙間を縫うようにして蜘蛛がいた。
脚が折れ曲がるたび、空間がきしみ、空気が裂けた。
吐き出される糸は金色の罠。
判定が明らかに狂ったソレは触れた瞬間に【メサルティム】の如く多段階ヒットを繰り出し、数万のHPが瞬時に消し飛ぶ破壊力を秘めていた。
「相変わらず悪趣味なやつらだぜ」
アクアリウスが思わず息を呑む。
水瓶の上で幻影を揺らしながらも、声には僅かに震えがあった。
無理もない話だ。全長数十メートルの昆虫の群れなど悪夢でしかない。
「まるで地獄だな」
サジタリウスの低い声。
矢を番えながらも、動揺を隠しきれない。
これを作ったのはアリストテレスだという事実が彼を蝕んでいる。
だがその指先だけは決してぶれていなかった。
「地獄? 違うよ」
アリエスがぽつりと呟いた。
彼は両手に【メサルティム】の炎を宿しながら宣言した。
内心にある恐怖を認めつつも、今の僕にはこんな素敵な仲間たちがいるのだという事実が彼を勇気づけた。
「ただの敵さ。パパっと片付けて、おしまいにしちゃおう!」
ズンと地面が揺れた。
エル級が転移をつかわず己の足で踏みだしたのだ。
150メートルにもなる巨躯は相応の質量があり、動くたびに地響きが巻き起こる。
威圧するように巨大な蒼い恐竜は腕を大きく広げ、アリエスを始めとした十二星天を見下す。
そして───吠えた。
大気を甲高い絶叫が揺らし、圧倒的な強者の放つソレは逃れようのない死のイメージを全ての者に容赦なく叩きつける。
その偉容は心弱き者を狂乱させ、力なき者を屈伏させ、歯向かう者を処理する機構そのもの。
蟲共が蠢きだす。
エル級の足元から、いや、四方八方からうじゃうじゃと湧き出していく。
地が動く。敷かれた金色の絨毯が丸ごと這いずる。
群れが蠢くたび、大地が呼吸を忘れ、空気が腐る。
ゾディアック軍の陣形が瞬時に歪んだ。
蟻の群れが地を割り、兵を丸ごと飲み込む。
その顎は岩をも食い砕き、鋼鉄装甲の念入りに加護を掛けられた防御すら一噛みで霧散させた。
「散開ッ! 距離を取るんだ!!」
カストールの怒号が響く。彼の経験と勘が危険を叫んでいた。
命令に従い、数百のゾディアック兵たちが一斉に飛翔する。
レベル1000の身体能力は一回の跳躍で数キロは容易く移動できる筈……だった。
次の瞬間、空が閉ざされた。
アリストテレスは退路が判っているのにそれを塞がない愚か者ではない。
蜂だ。
おぞましい羽音を立てた巨大なソレの群れが空を覆っていた。
金色の蜂の群れが蒼い宙を覆い隠し、無数の毒針を降らせた。
それは雨でも砲撃でもない爆撃だった。
一つひとつの針が高威力の魔法に匹敵し、空を裂いて突き刺さる。
「ッぐぅ!!」
サジタリウスが即座に反撃として矢を放つ。
光の矢は一瞬で十、百と分裂し、蜂の腹を射抜いた。
だが、落ちたはずのそれらは再生する。
潰れた腹部から再び金属的な肉が盛り上がり、脚が蠢いた。
暫くのたうちまわったように足を躍らせた後、すぐに羽を広げて空に舞い戻る。
彼らは……恐ろしいまでにしぶとい。
昆虫の洗練された身体構造をアリストテレス兵器群が補強した結果がこれだ。
「マジで……化け物じゃねえか……。
こんなん作って何がしてぇんだ、何とか卿ってやつらはよ」
アクアリウスが歯を噛みしめ、本体である水瓶を逆さにして水流の障壁を張る。
だが黄金の糸が、まるで意志を持つかのように水の中を滑り抜け、保護された仲間の腕を縫い留めた。
そのままクルクルと蜘蛛は糸を巻き、口をカチカチとならす。
死ぬのではなく食われる。
その未来を幻視した者は叫んだ。
戦場で死ぬ覚悟はあった。
しかし生きたまま蟲に食われる覚悟はなかったらしい。
「離せぇぇぇえええっ!!」
「糸が!! 糸がっァァァ!!!」
ゾディアックの一人が悲鳴を上げる。
そのまま糸が収縮し、圧潰音と共に四肢が捩れた。
大きく口が開いた蟲の中にこのままでは彼らは放り込まれるだろう。
「スコルピウス!」
アリエスの呼びかけに、女は即座に応じた。
こういった生物の群れを相手するのに彼女ほど適役はいない。
「判ってるわよぉッ!」
彼女の尾が閃光のように振るわれ、毒が空を裂く。
だが、敵は怯まない。
蜘蛛の複眼に毒が染みても、それは液化して落ちるだけだった。
バーサークエンペラースコーピオンは確かに脅威だった。
しかし同時にそのサンプルは多々あった。
兵器群は化石と化したそれらを掘り返し分析し、敵に回った場合の対策をしっかりと練っていた。
昆虫に宿ったアロヴィタイトとナノサイズのゴーレムが片っ端から彼女の毒を無力化していた。
ルファスが失敗した場合、兵器群が彼女を抹殺しその毒を治療するはずだったのだからこの備えは当然だ。
もう彼女は人類を掃除できない。
「なんッ……なのよぉぉ……!!!」
「焦るな」
タウルスが低く言い、拳を構える。
巨体は大木の様に動じない。
筋繊維が軋み、拳が空気を押し潰し拳圧を飛ばす。
次の瞬間、黄金の蟻の群れが吹き飛んだ。
地面が抉れ風が爆ぜる。
だが、蟻は崩れた分だけ新たに湧き出した。
どこからか、どこまでも。
「数が多すぎる……」
サジタリウスが息を呑む。
その声をかき消すように、轟音が鳴り響いた。
エル級が動きだす。
巨体が歩くだけで、戦場の地形が変形する。
衝撃波が走り、空気が悲鳴を上げた。
黄金の蟲たちでさえその巨体を避けて散開する。
王の進軍に、兵が道を開けるように。
「アレが指揮官か。確かにうってつけだ」
カストールが泥や血で汚れたコートを揺らしながら淡々と語る。
同じ指揮官として彼はあのエル級が何をしているか悟っていた。
150メートルもある巨躯ならば戦場を見渡すには十分だろう。
あの頑丈さならばどれだけの猛攻に晒されようと戦場に残り続ける事も容易い。
もしも本当に危険となれば、例の瞬間移動で瞬時に状況をリセットすることも出来る。
兵器群が設計した当初はそんな運用方法は想定していなかっただろうが、エル級は前線部隊の指揮を委ねるのに最適なユニットであった。
最も十二星天にとっては嬉しくない発見だったが。
カストールの仮説を証明するようにエル級の眼光が閃いた。
透き通った蒼い巨体の中で無数の光のラインが走る。
すると周囲の蟲たちの動きが一瞬で同期し、まるで一つの生命体のように動き出した。
エル級を中心に周囲に“一致団結”が接続された。
蜂が空を閉ざし、蜘蛛が糸で道を塞ぎ、蟻が逃げ場を潰す。
包囲は完全だった。
後はこれを狭めるだけ。
「っ……!」
アリエスが歯ぎしりした後に咆哮する。
炎が奔り、両手に宿った【メサルティム】の光が燃え上がった。
「これならっッ!」
瞬間的な抜き打ち。
腰のホルスターから取り出した小型のリボルバー銃にありったけの炎を詰め込む。
円筒の六つの空室に虹色の炎が圧縮充填され、ギチギチと金属が悲鳴を上げた。
アリエスの持つ最大火力の一つ。
高濃度に炎を圧縮し、入れ子構造の様に多殻構造状に炎を練って弾丸を形成すれば、炸裂した瞬間織り込んだ層ごとに当たり判定が発生する。
メサルティムの弱点であった瞬間的な火力の不足を補うための術だ。
火球が放たれた。
大気が焼け、爆風が走り、黄金の群れを呑み込む。
内包された5つの【メサルティム】が同時に解放され5倍の速度で割合ダメージが発生する。
エル級の胸郭へ絡みついたソレは瞬く間に全身に燃え広がり、虹色に恐竜は包まれた。
温度は何も感じない。しかし確かにソレは燃焼を続け、猛烈な勢いでこの怪物の存在を焼いていく。
レオンさえまともに受ければブラキウムを連射で受けるよりも凄まじい速度でHPを削られる威力だろう。
常軌を逸した耐久力とHPの持ち主であるエル級だからこそアリエスの炎は天敵たりえる。
神の奇跡で形作られた存在に対する神殺しの炎これ以上ない程に完璧な組み合わせといえよう。
しかし――。
エル級は無傷。
何の痛打も感じていないかの様に佇み、更に一歩を踏み出す。
青白い巨躯に刻まれた光文が一斉に逆流し、わずかについていた焦げ目はたちまち閉じた。
「再生してやがる。……てめぇは無機物だろうがよ!」
一部始終を見ていたアクアリウスが怒声を上げた。
彼女もまた生きたアイテム。
自我を持ち稼働するという点ではエル級に近しいモノがあるのも事実。
なのにこいつは生物と無機物の良いところ取りだ。
自分にはないものを平然ともっている化け物に苛立つものがあるのかもしれない。
怒り狂いながら彼女の持つ最強のスキルである【アブソリュート・ゼロ】を叩き込みエル級を凍結させようとする。
しかしこの水晶の怪物は神殺しの炎と絶対零度を受けながらも金属疲労の気配さえ見せない。
淡々とそよ風の中でも闊歩するように進んでいる。
再生の理由は単純にして悪夢だった。
アロヴィタイト――女神由来の“力”を三次元に工業素材として落とし込んだ人為の結晶。
無機のはずの装甲に、有機の修復様式を擬装するなど容易い。
細胞も酵素もないのに、分子配列そのものがアリストテレスの定めた「あるべき姿」に巻き戻る様に設計されている。
【メサルティム】の比率消耗を上回る速度で、まるで脈打つ肉体のように治癒していく。
本来あり得ない現象を、神の残響を素材化したからこそ実現できる――それがエル級の異常さだ。
そして絶対零度?
それがどうかしたか?
そんなたかが物理法則の限界程度でどうにかる存在ではないのだ、これは。
エル級から放たれる威圧感が微かに滲んだ。
存在が一瞬だけ希薄化する。
ここではない別の場所に再定義される際の微かな余波をアリエスは感じ取った。
「来る!」アリエスが叫ぶより早く、座標が裂ける。
【任意コード実行/座標移動】
巨体は予備動作ゼロで“そこ”をやめ“こちら”に現れる。
飛ぶのでも、速く動くのでもない。
世界に自身の在処を書き換える。それだけ。
エル級は
左斜め後方、空気を押しのけて唐突に出現。
荒削りの鋸の様な尾が横殴りに薙ぎ払う。
「俺が受ける」
タウルスが一歩動く。
エル級が座標を変更しようとした瞬間から彼は当たりをつけて動いていた。
結果は見事に的中。
拳を突き出した瞬間、衝撃の壁が戦場の音を奪う。
拳と衝角が衝突し、地面が波板のように撓んだ。
巨牛の脚がめり込み、踵から岩盤へひびが走る。
それでも倒れない。彼は耐える。
ガァンという音を立ててエル級の尻尾が弾かれ、思わぬ反撃に恐竜はたたらを踏んだ。
追撃としてサジタリウスの矢が三重螺旋を描いてエル級の側頭へ――しかし、消える。
同じ一拍で、エル級は星天たちの真上に再出現。
落下の慣性など関係ない。
座標だけが真実である。
空中:400。
それが今のエル級の位置だ。
右腕が大きく翳され、アロヴィタイトが活性化。
ソドムの戦いでレベル1000の魔神族の集団を消し飛ばした一撃が急速に充填される。
ミズガルズに突き刺されば星の形が変わる規模の攻撃だった。
「クソっ!!! クソっッ!!!!!!」
パルテノスの天法による幾重もの加護を受けたレオンが一瞬で獅子形態に姿を戻し憎悪と憤怒に満ちた咆哮を上げてそのまま大口を開ける。
放たれるのは渾身の力を込めたブレス。
それは一瞬だけエル級の惑星表面を纏めてそぎ落とすほどの一撃を押し返し……出力を数倍に上げたソレに飲み込まれた。
これが今の彼の限界だった。
かつては最強を名乗れたが今の彼は少しばかり強い有象無象でしかない。
己の全力を込めた一撃が上回られ、充血した瞳で現実を睨みつける獅子王の上空からエル級の放った光が落ちてくる。
惑星にアレが落ちたら戦域ごと消し飛び、高さ数百キロの光の柱がミズガルズに突き刺さる事だろう。
しかし、その光を食い止めるようにポルクスのアルゴナウタイが動いた。
天敵であったユグドラシル級が倒れた今ならば、この無尽蔵の軍団はその本領を思う存分に発揮できる。
何千、何万という英霊の軍団が全身全霊で防御のスキルを行使しながら光に身を投じる。
パチ、パチと静電気の様な音がするたびに英霊たちが弾けていた。
しかし何千もの英霊たちが霧散し、その度に放たれるスキルがあった。
【受け継がれる魂】
勇者の持つスキルの一つで、敵への弱体化と味方の強化の両方の効果を持つ結界を永久展開するスキルである。
ただし強力な効果に比例して代償も高く、要求されるのは術者の命という前代未聞の禁術。
エル級の光を前に勇者達はそれを何の躊躇もなく発動し、光の粒子となって消滅する。
十二星天、ゾディアック軍の能力がパルテノスの天法と合わさって跳ね上がる。
同時にアリストテレス兵器群には猛烈なデバフがかかるが……。
エル級を構築するアロヴィタイトが輝く。
放たれた無色の波動が一瞬で自軍にかかっていたデバフ効果を打ち消してしまう。
アリストテレスの定めた“平常値”から外れた全ての効果を消し去る波動であった。
【リセット・ウェーブ】
ポルクスが己の“愛しい子”らを使い捨ててこのスキルを乱発してくるのは既に読んでいた。
故にそれを無力化する機構をアリストテレスは編み上げていた、それだけの話だ。
何百年も前からアリストテレス卿は彼女の捕獲を目論んでいたのだ、これくらいは当然用意されている。
「お願い!」
血を吐く様な叫びをポルクスは上げた。
何度も何度も何度もアルゴナウタイを呼び出し続けながら彼女は叫ぶ。
無限のSPを持つとはいえ、その回復速度を上回る消耗に妖精姫はふらつく。
前提として彼女の使役するアルゴナウタイを構築するのは天力に近いエネルギーだ。
魔力を固められた魔神族と性質こそ真逆だが、その原理はほぼ同一と言っていい。
ミルガルズにおいて世界に分散する魔力は元をたどれば大半が元は霧散した魔神族だ。
そして彼女のアルゴナウタイは性質と規模こそ違えどその本質は極めて魔神族に近しい。
散々に兵器群は魔神族を資源として利用してきた、であれば彼女のアルゴナウタイもリソースとして消費するのは可能ではないか?
そしておあつらえ向きにこの場には最高の天力使いがいる。
天が裂け、土鳴りが止む。
パルテノスが両手を胸の前で重ねた。
既に捨てた聖域の乙女の称号、皮肉なことに今の彼女はその名を捨てた故にもっともソレに相応しい。
掌の間に、消えていった英霊たちの“名残”がほの白く揺れている。
粉になった祈り、残照となった決意。
その微光が、幾千と、空気の層に混ざって漂っていた。
彼女はそれを逃さない。
ミズガルズ最高の天力使いの奇跡をとくとご覧あれと。
脈打つたび、散った魂の欠片に細い糸を結び、ひとつ、またひとつと引き寄せる。
天力が音もなく重なり、輪を成し、輪はさらに輪を呼び、空中に七重の光輪が咲いた。
ミズガルズに存在する七つの属性、それらすべての属性を彼女は織り込み結界を編み上げていく。
最高の材料に最高峰の術者が揃えば、こんなことだって可能だった。
衝突の瞬間、風は消えた。
すべてが引き延ばされた一枚の膜の裏へと押しやられる。
十二星天の頭上に白い糸が広がっていく。
七重の光輪が幾重にも折り重なり、輪郭を失いながら“面”に変わる。
その面は、天を抑えている。
降り注ぐ光は、触れた途端にそこに込められた意思によって弾かれた。
上から押し付ける光の槌を薄い膜は決して通さない。
限りなく原始に近しい純粋な天力へと還ったアルゴナウタイたちはこんな姿のままでも未だ戦っていた。
意思が密に詰まった層は、侵入を許さない。
力が加わるたび、結界の縫い目がわずかに震え、その震えが他の輪へと伝播し、瞬く間に全域へ波紋を走らせる。
飛び散る閃光、微かに軋みこそすれどエル級の裁きは大地に落ちない。
まるで世界そのものが、祈りの共鳴で反撃しているようだった。
パルテノスの両手は震えていた。
指先から滴る天力が地表を淡く染め、消えていく。
呼吸は浅く、血流の代わりに光が脈を刻む。
「ぐっ……」
呻きが漏れる。
彼女は前線で戦闘こそしないが、その負荷は際立って大きい。
聖女の天法は仲間すべてを繋ぎ止め、傷ついた肉体に神経のように絡みつき、再び動かす。
アクアリウスの水が裂けた皮膚を覆い、サジタリウスの腕に走る痛みを麻痺させ、タウルスの拳に宿る衝撃を倍化させる。
魔王アイゴケロスの変身を維持するために天力を練り続け、その上で状況に応じた天法を延々と唱え続けている。
やがて堕ちた光は霧散し、残るのは微かに撓んだ輝く膜だけだ。
エル級のセンサーが彼女を観た。
もちろん彼女のことをアリストテレス兵器群は知っている。
聖域の乙女───創造主の祖。
その古巣における近い血縁関係の存在だったことも。
それから66回も血が混ざった結果、他人と言っていい程に距離は離れたがその起源は間違いなく彼女だ。
この脅威度も納得できるというものだ。
故に彼女は固有スキルを除いても非常に厄介だと判断した兵器群は彼女を再び最優先排除対象に指定。
指揮中枢としての権限を用いて恐竜は周囲の巨大昆虫たちに指示を送る。
何としてもあの鬱陶しい女を排せよと。
しかしそれを読んでいたカストールが短く指示を飛ばす。
彼は戦闘能力こそアリエスと同等かそれ以下だが、こういう軍と軍のぶつかり合いでは恐ろしい程にその読みは冴えわたらせる。
「全員、右前方二十五! 蜂は上、蜘蛛は右の窪地から来る! パルテノスを守れ!!」
「彼女が倒れたら全て終わりだ!!!」
ポルクスは唇を噛み、震えを押し隠して次の「死」を命令した。
アルゴナウタイが動く。
彼らは瞬時展開し、蟻の波頭へ盾壁を突き立てた。
使い捨てと知りながら、彼女は一つごとにごめんなさいと目を閉じる。
「おらよっ!」
アクアリウスが本体である水瓶を傾ける。
瓶口から溢れた水が透明な路となって戦場の足元に敷かれた。
水面に触れた彼女の仲間の身は軽くなり、踏み出すたびに空間の抵抗が薄れる。
回避の線が、戦場に描かれていく。
あらゆる負荷を消し去る加護だった。
空気抵抗や摩擦などを彼女の「水」をもって中和する加護だ。
十八番たる絶対回避ではない。
ただ動きやすくするだけ。
しかしそういった基礎的な能力こそが一番頼もしい。
そしてこれは次の攻撃の予備動作であった。
アクアリウスは慎重にアイテムとしてアリエスとの連携を軸に次に備え、範囲を決めていく。
何処までを攻撃するかという見極めだった。
蜂の黒雲が再び降る。針が降る。影が降る。
パルテノス目掛けて落ちる弾幕であった。
乙女は動かない。いいや、動けない。
戦場の仲間全てを同時に支援している彼女は今は一歩も動けない。
だからアリエスはシリンダーを再装填。
親指ひと撫でで、虹火が圧縮されていく。
「ド派手にいこうぜ」
アクアリウスが更に人差し指を向け、銃口から圧縮した水を送り込み弾丸に練りこんでやる。
にっと羊が笑った。
スキル・エクスコアレスとはまた違った本当の意味での合作を作るのは本当に楽しい。
発砲音は一つ。
発射された弾丸は6つ。
アリエスは慎重に範囲を指定する。
【プロメテウスの雨】
六発の弾丸が空を裂く。
その軌跡の途中で、アリエスの【錬成】が展開した。
弾丸に込められた炎と水が混ざり合い、拒み合い、再び融合する。
相克の二属性が一瞬の中で均衡を取り、球状の弾が光を反射するたび、色は虹から銀へ、銀から蒼へと変わった。
そしてそれらは蜂の群れの中心で炸裂する。
膨大な水が弾け、次に燃える。
次の瞬間、空が炎上した。
それは燃焼ではなかった。
液体の形をとった炎が燃え上ったのだ。
空を漂う針の群れが、触れた瞬間、形を失う。
液体の炎は温度を持たない。
しかし熱いのだ。
そして火の粉は大地に落ち、火が蛇の様にのたうつ。
アクアリウスの水瓶から流れ落ちた水路が、まるで導線のように燃え上がる。
まるで油の如く虹色の炎が吹き荒れる───その上を這いずっていた蟻や蜘蛛ごとだ。
如何に黄金の昆虫たちがふざけた耐久性を秘めていようと意味はない。
これは相手の最大HPに対する割合ダメージを与えるものなのだ。
火の海は広がる。
しかしそれは巧妙に計算されていた。
味方を巻き込まず敵だけを焼き払う様に。
「ソォラァ!!」
アクアリウス気合と共に燃え上る己の一部を動かす。
しかし彼女は【メサルティム】の影響を受けはしない。
彼女の本体は水瓶であり、そこから漏れ出る水は言わば感覚器の一部であり、HPやアタリハンテイはない。
よく勘違いした敵が和服を着こんだ少女の身体を攻撃してくることもあるが、実はそれは無意味なのだ。
彼女を倒したければ水瓶を攻撃するべきである。
アクアリウスの意思を以て動く炎の雨/大地は、敵だけに襲い掛かる。
蜂の翅が溶け、甲殻が軋み、蜘蛛の糸が空中で泡のように弾ける。
「たまにはこういうのもいいもんだな!」
避けるではなく攻撃する。
敵を撃破する。
自分の在り方とは真逆だからこそその新鮮さにアクアリウスは喜色を見せる。
味方の髪一本すら焦がさない。
アクアリウスの水流が境界を引き、アリエスの炎がその内側だけを塗りつぶす。
液体状の炎が地表を流れ、敵の脚を掴む。
火は液体のように絡みつき、離れない。
叫びも声も出す間もなく、黄金の蟲たちは虹の業火の中に消えていく。
炎が去ったあとには、黒い影すら残らない。
空気だけが熱を記憶し、焦げた匂いすら存在しない。
アリエスは息を吸い込み、銃口を下げた。
視線の先、アクアリウスの水面が静かに燃えている。
彼女が傾けた瓶から小さな一滴がこぼれ、地面に落ちた瞬間、アリエスの意思によって火はすべて消えた。
後片付けも大事だと知っているアリエスはもちろん【メサルティム】を遠隔で消す事だって出来る。
かつて主から聞いた話では不死鳥は己の焼きたいものだけを焼くことが出来たという。
同じ「火」属性の者としてその域を目指すがいまだ届かないアリエスはまずはその第一歩として己の意思で火を消す事を覚えていた。
蜂の群れが途絶え、蜘蛛の糸が風に流される。
針の雨は跡形もなく、パルテノスの結界の上には、ただ透明な空だけが残っていた。
エル級は歩かない。
ただ現れる。消える。現れる。
パッ、パッ、パッと点滅するように。
任意コードが連打され、世界の座標に穴が穿たれ続ける。
複数回様々な地点を移動した彼は最後は十二星天の正面に出現していた。
エル級はいまだ健在。
この異常極まりない頑強さは十二星天を以てしても度し難い。
単体で星天の総力と同等かそれ以上の戦闘力を持つのがこの怪物だ。
それでも。
アリエスの炎は消えない。タウルスの拳は鈍らない。
スコルピウスの毒は止まらない。サジタリウスの矢は迷わない。
アクアリウスの水は尽きない。カストールの声は絶えない。
ポルクスの英霊は屈しない。パルテノスの祈りは濁らない。
レオンの怒りは尽きない。
頭上では、アイゴケロスとセト級の閃光がなお交差し続ける。
その更に向こうでは蒼い宇宙が一点に落ち続けている。
世界の終焉まで既に300秒を切っている。
地上では、いまだ残留する黄金の地獄が再び大地より湧き出る。
それでも、十二の星々は線を繋ぎ戦いを続けていた。
一人でも欠けたらその瞬間
向こうで戦ってるルファスがその人物のスキルを使えなくなるので詰みます。
特にパルテノスがいなくなったら終りです。