ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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プランはアロヴィナスが関わるとこういう奴です。



アロヴィナス 状態異常 “メタスタティック・キャンサー”

 

 

破壊でも殺意でもない。

それは、敵意の外側にある行為。

計算式の外側にある“衝動”だ。

 

 

 

アリストテレス兵器群の生みの親、プラン・アリストテレスが最も不得手としていた感情の非合理である。

このせいで彼は一度ベネトナシュに一本取られた事があった。

 

 

 

これに対する最適解は直ぐには浮かばない。

命を奪い合っている存在を抱擁するなど理解の外だからだ。

 

 

 

分離による離脱を阻止するため天法によりマナを遮断する結界を檻として周囲に張り巡らす。

その上でルファスは全身で癌を浴び、その抗体を逆に送り返し続ける。

 

 

 

痛い。

痛い。

身体が重く、得体のしれないモノに蝕まれていく感覚は怖気が走る。

 

 

 

「貴様の創造者はもう居ない。……その計画に何の意味がある?」

 

 

ルファスは少しずつ崩壊し消え去りだしていくマナ・キャンサーに囁きかけた。

 

 

「いずれ人類が滅ぶ日がやってくるかもしれない可能性を否定はせんよ」

 

 

 

永遠などない。

ルファスはそれを良く知っている故に、そういう不幸な可能性も肯定する。

無限の可能性というのは要はそういうことだ。

 

 

 

だが一つだけルファスはコレのやり方に関して断言できる事がある。

 

 

 

「いつかは終わるかもしれない。だから今終わらせる等というのはただの癇癪でしかない」

 

 

 

マナ・キャンサーの計画は一言で表せる。

 

 

即ち“本末転倒”だ。

 

 

虚無主義というべきか。

全てに価値がないと断じて動く空虚な行動理念。

そしてルファスはその裏に隠れているもう一つの真意を察してもいた。

 

 

 

ルファスの指が女神にそっくりな顔の頬を撫でた。

蒼い瞳はディーナの様でいて、その実彼にそっくりであった。

本当にきれいで、蒼くて、澄んでいる。

 

 

透き通りすぎている。

純粋すぎた瞳には何も浮かんではいない。

 

 

 

「貴様には何もない。何もだ」

 

 

「プラン・アリストテレスの虚無しか受け継げなかった怪物よ」

 

 

プラン。

かつて、誰よりもミズガルズの道理を理解し、感情を切り捨てようとしていた男。

本人は自分は人ではないと思っていたようだがとんでもない。

 

 

ルファスからすれば師は、プランは欠陥だらけの人間だった。

何が赤の他人だ。何が出会うべきではなかっただ。

もう死んでいるとはいえ言いたい放題ほざいた上にやりたい放題して挙句には消えていったふざけた人。

 

 

 

だからこそ、ルファスは知っていた。

この抱擁が、最も“読まれない行動”であることを。

合理の外側にある愛も憎しみも混ざった“感情”こそがアリストテレス兵器群の盲点。

 

 

 

周囲の空間が歪む。

ルファスの腕の中で、マナ・キャンサーの肉体が激しく波打った。

細胞が崩れ、再生し、また崩れる。

 

 

 

癌はルファスに視線を移し一度だけ瞬いた。

そして言った。

 

 

 

「するべきことを」

 

 

 

「実行します」

 

 

 

例外はない。

 

 

全ての人類の脅威を排除する。

全てのイレギュラーを消し去る。

全ての問題を消し、人類を眠らせる。

 

 

ソレが彼女の使命であり存在理由だ。

 

 

 

その為には全てを行う。

全てをだ。

 

 

 

マナ・キャンサーがシステムを動かす。

 

 

 

damage M ≈ 10^(10^(37×1.56))

 

 

 

今度は躊躇なく己に向けてそれを落とす。

もちろん己が消し飛ぶことなど判っている。

だが癌はこれで死ぬつもりはなかった。

 

 

マナを介しての空間支配を応用し彼女は“食いしばり”を発動した。

どんな攻撃であっても一回だけ「1」はHPが残るよくある耐久スキルだ。

だがもちろん今から処理から落ちてくるダメージ量ではこんなスキル軽々と貫通して死んでしまうだろう。

 

 

 

ルファスが概念上のソレに向けて目線を向けた。

彼女が使うのはディーナのスキルだった。

 

 

 

 

【イェド・プリオル】

 

 

対象の時間を周囲から切り離し、無限に加速させ続ける能力。

時間加速だ。

 

 

 

そして。

 

 

【イェド・ポステリオル】

 

 

対象の時間を周囲から切り離し、無限に減速させ続ける。

やりすぎた場合、逆行が始まり最終的には存在する前に戻す、時間減速/時間逆行の力。

 

 

 

一見すれば相反するこの二つを同時かつ、完璧に調整して発動させるとどうなるか?

 

 

 

“時間凍結”

 

 

 

変化しない状態を一瞬だけ作り出すことが出来る。

加速と減速は互いに引っ張り合い、中和され、そこに産まれるのは固定だ。

変化しない、アタリハンテイが存在しないのとはまた違う、一瞬だけ存在する完全固定された絶対数だ。

 

 

 

ちょうどルファスはその固定された瞬間を落ちてくる判定に重ね合わせ驚天動地のダメージをやり過ごす。

結果、自分だけが直撃を受けたマナ・キャンサーの肉体がサラサラと粒子となり消え始めた。

 

 

 

「マファール陛下」

 

 

 

声は先と同じ。

しかしその口調は紛れもない魔女の物。

既に死んでいるハズだ。

 

 

魂も何も消え去ったはずだ。

しかしこの体にこびりついていた残留思念が最期の瞬間に抱いていた願いを紡いだのかもしれない。

 

 

 

「勝つのはあたしさ」

 

 

 

瞬間。

無限大とも形容できるダメージ量が癌に降り注ぎ、それは食いしばりを貫通し容赦なく彼女を即死させた。

 

 

しかしスキルのおかげで消滅はしなかった。

莫大なHPは一瞬だけ「1」となり「0」になった。

最終的な処理としてコレに止めを刺したのは1ダメージだ。

 

 

破壊や消滅ではなく死としてカウントされるのが大事なのだ。

肉体が消し飛び、一瞬で粒子となる。

そしてそこから飛び出たナニカが迷うことなく何処かへと向けて登っていく。

 

 

 

 

 

────。

 

 

 

マナ・キャンサーの肉体が消滅した瞬間、残留していた蒼い粒子の一部が宇宙の向こうへと吸い込まれていった。

 

 

 

さて、ここで一つ面白い話をしよう。

 

 

マナ・キャンサーはメリディアナの肉体と居場所(アカウント)を奪い去り受肉していた。

故に世界の中における処理においてキャンサーはメリディアナと認識されているのだ。

そして、魔女の魂はルファスに殺された際にヴァルハラに行くのを拒絶している。

 

 

 

つまり“メリディアナ”という存在が持つ死した際にヴァルハラに行くという権利はまだ残っていた。

マナ・キャンサーはその権利に自分をねじ込んだ。

 

 

 

マナ・キャンサーの「魂」が堕ちていく。

 

 

 

行先は──ヴァルハラ。

 

 

 

魂をリサイクルし、再利用し、転生の循環を保つために存在する女神の巨大な魂の保管庫。

そこは本来どんな悪意も、どんな穢れも、どんな呪詛も入り込めない完璧な浄域だ。

女神は美しいものだけをここに陳列し、綺麗な魂だけで世界を回し続けていた。

 

 

 

……そのはずだった。

 

 

 

突如、空間がノイズを撒き散らす。

死んだはずのマナ・キャンサーのデータが、魂の形でそこへ落下した。

 

 

そして。

 

 

触れた。

 

 

癌はそこでも変わらず己という存在の転写を開始した。

 

 

 

その瞬間、極点のすべてが震えた。

透き通った湖の中に無限に広がる墨を落とすような所業だった。

 

 

 

ERROR:UNDEFINED_SOUL_STRUCTURE

ERROR:UNREGISTERED DIVINE-ROOT SIGNATURE

ERROR:SOUL FORMAT……NOT FOUND

 

外部魂魄構造を検出

照合対象:ミズガルズ標準魂魄規格

照合対象:ヴァルハラ登録済魂魄規格

照合対象:女神権限下生命分類

 

照合結果:失敗

警告:分類不能の魂が侵入しました

警告:防壁外縁部に悪性浸食を確認

 

 

【WORLD DEFENSE LAYER】

第一防壁:接触

第一防壁:突破

第二防壁:再構築

第二防壁:突破

第三防壁:女神権限による隔離を実行

第三防壁:突破

 

SYSTEM NOTICE:DEFENSE FAILED

防壁:突破されました

防壁:突破されました

防壁:突破されました

 

 

【VALHALLA RESOURCE SERVER】

接続状態:強制接続

魂魄保存領域:侵入確認

英霊記録層:走査中

 

VALHALLA 汚染率:0.003%

VALHALLA 汚染率:4%

VALHALLA 汚染率:19%

VALHALLA 汚染率:78%

VALHALLA 汚染率:■■■■%

 

 

 

 

魂の光が黒と蒼に染まり、泡立つように形を失っていく。

“魂”という定義が壊れた。

 

 

 

魂の設計図が狂わされる。

過去の歴史が溶け、死者の記憶が蒼黒い癌に書き換わる。

積み上げた数億年分の魂の記録がノイズへと変換される。

 

 

 

アリストテレスは女神アロヴィナスが運営し積み上げてきた全ての歴史を踏みにじっていく。

事が終われば全ての世界は消えてなくなるのだから、どう扱おうと問題はないという思考がそこにはある。

 

 

ERROR:PURITY CHECKSUM COLLAPSED

ERROR:DIVINE ARCHIVE CONTAMINATED

ERROR:SOUL DATA INTEGRITY LOST

 

 

 

 

【CORRUPTION COMMAND】

 

DELETION

REPLACEMENT

REWRITE

 

既存魂魄分類:削除

既存英霊記録:置換

既存世界定義:再記述

 

DELETION → REPLACEMENT → REWRITE

DELETION → REPLACEMENT → REWRITE

WORLD DATA……RECOMPILING

 

 

 

 

 

魂の叫びが、音にならない悲鳴が、まるで蒼い霧のようにゆっくりと溶けていく。

 

 

ヴァルハラで眠りについていた死者たちが全て均一に揃えられだす。

アリストテレスの名のもとにあらゆる魂は素材として扱われるのだ。

魔神族の加工技術の最悪の応用だった。

 

 

 

幼子の魂も。

老人の魂も。

兵士も。

王も。

聖人も。

罪人も。

 

 

すべての魂は同じ一文字に分類された。

 

 

“悪性新生物”

 

 

 

マナ・キャンサーは“死”の概念そのものを奪い取った。

 

 

 

ヴァルハラ・データリソースを再転換──開始

魂魄保存層:開放

英霊情報層:圧縮

神性記録層:混合

 

警告:不可逆変換を検出

警告:女神権限外処理を検出

 

累計三億二千百十四万年分の魂データ:圧縮

累計三億二千百十四万年分の魂データ:混合

累計三億二千百十四万年分の魂データ:再配列

 

ARISTOTELES-FORMAT STRUCTURE……LOADING

アリストテレス式構造へ最適化

OPTIMIZATION COMPLETE

 

 

 

 

 

宇宙の背骨とも言える“極点”に黒いひびが走った。

煉獄の光が、蒼い泡が、裂け目の奥から逆流してくる。

 

 

 

 

 

【BIOLOGICAL CLASSIFICATION UPDATE】

 

対象:ミズガルズ現行生命体系

旧分類:第八人類

旧分類:削除中

 

“第八人類”

“悪性新生物”フェーズ4へ移行

 

分類更新:完了

警告:生命定義が悪性増殖体へ置換されました

 

 

 

 

魂の概念そのものが書き換わった。

その瞬間、ミズガルズ全域で寒気が走った。

凍てついた風が吹くでもなく、熱が奪われるでもなく、ただ、存在そのものが奪われる感覚だった。

 

 

 

 

 

ルファスの視界の中で空間が一点、蒼く凍りついた。

やがてそこに──白い少女が立っていた。

いや“置いて”あった。

 

 

 

 

白い肌。

ハチミツの様な金髪。

虚ろな瞳に体温も呼吸も感じさせない少女。

 

 

 

ポルクスの外見だけをなぞった無機質な器。

まるで人形のように天から吊り下げられたような、不安定な立ち方。

 

 

意思も魂もない。

ただプログラムによって動く “ガワ”だ。

 

 

兵器群はユグドラシル級によって木龍と天力への理解を極めているのだ。

木龍の派生品からの派生としてコレを作るなど造作もない。

 

 

 

妖精姫再現体。

その腹部が──裂けた。

 

 

 

ビリッ……と生肉が破れる音が遅れて聞こえた。

 

 

 

裂け目から蒼い光、黒い霧、濁ったマナの塊が、蠢く胎児のように這い出してくる。

 

 

少女の顔が苦痛で歪む。

ミズガルズの戦場全域に声なき悲鳴が届く。

遠方で戦っていた“本物の”ポルクスも同じ箇所を押さえ、悶え、悲鳴なき悲鳴をあげて地に倒れ込む。

 

 

 

因子の同調による痛覚の同期。

再現体の産道は、ポルクス本人の神経へと繋がっていた。

 

 

理由は色々ある。

ゾディアック軍の物量を一手に担う彼女を乱せばアルゴナウタイの供給は途絶え、数的優位を得ることが出来るなどがある。

しかし一番の理由、それは……嫌がらせだ。

 

 

 

もっと切り込んで言おう。

ポルクスを苦しめるためにやった。

 

 

夥しい数の勇者を死地に置いてやっておきながら自分は呑気に魔神王と茶会など開いている不快な女。

彼女が望んでいようがそうでなかろうがそこに意味はない。

 

 

 

たまにはお前も苦痛でのたうち回れ。

 

 

 

それだけの話だ。

 

 

 

腹から這い出たものは──人影だった。

純粋な力の塊で形成された胎児だ。

 

 

蒼黒い四肢。

光のような骨格。

脈打つ心臓。

 

 

 

顔はない。

表情もない。

ただ、蒼白い穴だけが二つ空いている。

 

 

言わばマネキンだ。

空虚で生まれてさえいない人形。

 

 

その存在が息を吸った瞬間、世界がこれを登録した。

 

 

 

【HEROIC SPIRIT ARCHIVE】

 

接続対象:ヴァルハラ英霊保存領域

保存形式:魂魄記録/戦闘記録/神性残響

状態:汚染済

状態:汚染済

ARCHIVE STATUS……CONTAMINATED

 

英霊データ照合:失敗

人格境界:溶解

魂魄識別名:混線

個体記録:圧縮/混合/再配列

 

警告:英霊アーカイブの純粋性を喪失

警告:保存魂魄が戦闘資源へ再分類されました

 

 

 

【ARGONAUTAI SEQUENCE】

 

基礎素材:汚染済英霊アーカイブ

補助素材:マナ・キャンサー因子

構造形式:アリストテレス式再構成

魂魄群:圧縮完了

戦闘記録:統合完了

肉体定義:生成中

 

既存英霊分類:破棄

個体尊厳:不要

自我連続性:不要

命令受容性:最優先

 

ARGONAUTAI_ARISTOTELES:FIRST UNIT

BOOTING……

BOOTING……

 

個体名:アルゴナウタイ・アリストテレス/第一体

稼働目的:対女神戦闘

副次目的:ルファス・マファール排除

制御権限:マナ・キャンサー深形態プロトコル

 

アルゴナウタイ・アリストテレス/第一体 稼働開始

アルゴナウタイ・アリストテレス/第一体 稼働開始

FIRST UNIT……ONLINE

 

 

 

 

機械的なメッセージが、ルファスの脳に直接流れ込む。

ポルクス再現体の腹部はなおも脈打ち、次々と膨れ上がり、裂ける。

無限に、アルゴナウタイが「出産」され続ける。

 

 

肉体が裂ける音。

骨が折れる音。

マナが沸騰する音。

 

 

再現体は痛みの表現すら持てずにただ震える。

 

 

産み落とされたマネキンの大半は動きを見せず漂うだけ。

まるで死産だ。

 

 

しかし最初の一体。

自分で這い出てきた者だけは違う。

 

 

 

まずは一体だけ。

これからのベースを決めるためにデザインが確定する。

 

 

 

【MANA CANCER OBJECT】

 

オブジェクト識別:マナ・キャンサー

基礎構造:再生成

魂魄資源:接続

ヴァルハラ資源:接続

極点亀裂:拡張

 

 

その一体にだけひときわ蒼黒く、濃密で神々しい力が形を与えていく。

瞬く間にこの世のものとは思えない美貌が設計され、色が着色される。

 

 

人の形。

女神の輪郭。

蒼の瞳。

 

 

先に砕けた女神を更に強く再設計する。

前回の失敗と短所を全て克服して初めて次世代と言えるのだ。

 

 

 

ゆっくりと。

ゆっくりと。

“それ”は立ち上がる。

 

 

 

マナ・キャンサー オブジェクト:再生成

深形態プロトコルへ移行

深形態プロトコルへ移行

DEEP FORM PROTOCOL……ACTIVE

 

 

 

新生し更に悪性を深めし蒼い女神が、ルファスを見た。

その背中がボコボコと隆起したった今取り込んだ遺伝子を用いて更に強くなった象徴を生成する。

 

 

 

つまり──黒翼である。

ルファス・マファールの因子を取り込みモノにしつつある証。

 

 

 

表情も声もない。

だがその目には──ただひとつの目的だけが宿っていた。

 

 

 

世界への拒絶と否定。

プラン・アリストテレスが終生抱き続けていた感情。

ルファスと出会わなければきっと薄まらなかった一族として根源に持つソレ。

 

 

 

必ず消す。

この気持ち悪い世界を。

アロヴィナスを滅ぼし、極点を消し去り、あらゆる不愉快な存在を0にする。

 

 

 

最初の一体が完成した瞬間にソレは“一致団結”を伝い一斉に全体に波及する。

ただの肉塊染みていた次女や三女らが瞬く間に1体目と同じ黒翼を携えた女神へと変わっていく。

 

 

 

アリストテレスの抱いていた最も原始的な嫌悪のままにプランの諦観と拒絶の化身たちは動く。

 

 

新生した彼女は何かに指をかけて、それを引っ張る。

その動作に迷いはなかった。

最初から知っている様に動く。

 

 

すると、世界の光景がまるでヴェールを剥がすように引きずられ、剥がされる。

女神によって運営されていた「世界観」を千切るような所業だった。

 

 

 

原理としてはエクスゲートの亜種だ。

あれは天力と魔力をもって世界を解く術だが、これは強引に掴んで剥がすようなものだ。

そんなことは不可能? 出来るのだ、この存在には。

 

 

既にミズガルズの為に拵えられた900億光年以上あった宇宙は十万光年ほどまで引っ張られている。

極点に走り続ける無数のエラーと破損が、本来は不可能な発見不可能な領域の露見を可能とした。

 

 

 

 

女神が無意識に作り上げ、そして決して認知できない世界。

汚く、澱んでいて、そして醜悪だ。

 

 

 

引き剥がされた世界の裏側には何も存在していない。

色も、距離も、温度も、光もない。

ただひとつ虚無の濁り切った黒だけが露出する。

 

 

 

【エクスゲート】を会得する際プランはルファスに何度も忠告したことがある。

回廊が安定していない場合に通ろうとすれば、世界と世界の狭間に落ちてしまうと。

そしてルファスは実際にソレを見たこともあった。

 

 

 

プランと竜王を探す為にそこに身を投げそうになったことがある。

その更に奥にこれはある。

 

 

 

女神を模した青の怪物は、その“穴”をさらに指で広げた。

爪が布を裂くように空間を裂くたび、

ミズガルズという世界の外皮がめくれ落ちていく。

 

 

 

そこに満ちるものは黒い濁流。

ナニカがそこにはぎゅうぎゅうに詰め込まれており、微かに割けた部位より漏れ始めた。

 

 

 

はじめは一筋の黒煙だった。

次に雲のような塊になり、やがて波となる。

ついには世界の反対側が全て黒に染まるほどの 濁った汚濁の濁流と化して溢れだした。

 

 

 

質量はない。

しかし幻影でもなかった。

確かにそこに在る、ナニカ。

 

 

 

それらは、意思の残骸だった。

魂でもない。

ただ、数億年間女神が知らず存ぜぬをした全ての負債。

 

 

 

“子隠し”の身体を形成していた世界に対する執着と濁り切った残留思念たちに近い。

 

 

幾度も幾度もリセットされた文明の断末魔。

魔神族やそれに類するものが殺し続けてきた生命の残骸。

女神がいらないとして消し去った世界の残照。

 

 

 

女神は綺麗な部位だけをヴァルハラに送り、それ以外は全て捨ててきた。

 

 

怨恨。

狂気。

嘆き。

拒絶。

無念。

祈り。

 

 

消去された世界線の切れ端。

女神によって“これはいりません”とされた歴史の欠片。

ゴミ置き場に棄てられた、無数の声なき亡霊。

 

 

 

これらは語らない。

だが、その沈黙には 絶叫よりも重い悲嘆があった。

その全員が顔もないというのに確かにルファスを見ていた。

 

 

 

まるで確認するかの様に。

しかしそれだけ。それ以上は何もなく浮かび続けている。

 

 

女神が蓋をしてきた見たくないものら。

それを、マナ・キャンサーは本当に少しだけこの世界に注ぎ始めた。

あらゆる極点に内包されたあらゆる世界から送り込まれ続けた塵。

 

 

 

黒い思念はゆっくりと流れ込む。

“穴”の縁に触れた宇宙すら劣化し、崩れてゆく。

まるで 腐敗 のように。

 

 

 

しかしそれらは敵意を以て押し寄せはしない。

ただ漂うだけだ。

 

 

 

言わば世界の垢。

女神の運営する世界が存在するだけでどんどん排出する廃棄物。

アロヴィナスは美しい存在しか認識しない故にこれらを観測さえできない。

 

 

 

そしてアリストテレスは事を終えるために容赦はない。

0から1は作り上げられた故に、その姿を次々と共有していく。

 

 

 

 

ボコッ……ボコッ……。

 

 

 

ポルクス再現体から更に黒翼が生まれていく。

まるで花咲くようにそれらは一斉に姿を変貌させた。

 

 

妖精姫は本体に苦痛を与えるために究極の悪趣味を重ねていく。

出産、出産、出産、出産。

まるで工場で出荷するように命を生産していく。

 

 

 

二体、三体、四体……。

やがて十を超え、数十に膨れる。

その全てがルファス・マファールの黒翼 を模していた。

 

 

 

マナ・キャンサーは進化する。

自分の敵を模倣して理解する。

 

 

そして増殖する。

ヴァルハラに存在した全ての魂を読み込み、その能力と技巧と技術と発想を奪い去り統合し運営するのだ。

 

 

 

 

燃え残りの星々から落ちてきた微光が、複数体の蒼い女神の影を照らした。

皆、同じ顔で同じ眼で同じ沈黙を湛えていた。

アロヴィナス/ディーナの顔とルファスの翼を携えた世界を終わらせる機構の数が増えていく。

 

 

 

彼女たちは千羽のカラスのようにルファスを囲む。

円を描き、周回し、狙い澄ましたハゲタカのように軌道を変える。

彼女らの黒翼はざわりと一斉に震えた。

 

 

 

どの個体も口を開かない。

生物であることを拒否するように。

まるで喋るという機能が欠落しているかのように。

 

 

 

会話など必要ない。

ミズガルズにおいては全ての種は一つの言語、一つの文字を持つがこれにはそれさえない。

浸食/転移/増殖による同化こそが最大のコミュニケーションなのだから。

 

 

 

究極のコミュニケーション、それは完璧なる同調だ。

ここにきてマナ・キャンサーはさらなる躍進を見せた。

 

 

 

本来であれば種火を用いて極点の全宇宙に拡散するはずが、実のところそれは既に半分は果たされていた。

このやり方を考案したのもかつてのプランだった。

 

 

極点は多くの世界を抱えており、そのほとんどは離れているが、ヴァルハラだけは一つしかないと彼は知っていた。

木の根の様にヴァルハラは全ての女神の世界と繋がっている。

で、あればその構造は利用できるとプランは考えた。

 

 

 

 

ヴァルハラ。

それは女神の管理する全ての世界の魂の収集場。

つまり、全ての世界に繋がる大動脈だ。

 

 

魂の循環臓器といっていい。

そこに癌は取りつけたのだ

 

 

 

つまり。

癌化したマナは 死者の魂が辿る回路を逆流し、極点の全世界に転移し始めた。

アロヴィナスが管理していた全ての“魂の保存場所”から癌は四方八方に転移していく。

 

 

 

一つ残らず例外はない。

 

 

善人も悪人も、英雄も凡人も、女神に愛された者も、女神に忘れられた者も、何も区別されない。

区別する処理そのものが不要と判断されている。

個体名、人格、記憶、祈り、願い、愛情、憎悪。

 

 

そういったものは感染対象を選ぶための基準にはならなかった。

 

 

しかも、転移した癌はただ異世界へ流れ込むだけでは終わらない。

癌化したマナは、ミズガルズという世界の法則を抱えていた。

 

 

レベル、ステータス、スキルとマナ、職業、上限、成長、マナにによる生物の進化。

女神が作ったまま放置し、後付けで繕い続けてきた欠陥だらけの規格を癌は病巣の設計図として運搬している。

 

 

 

もちろんマナが存在しない世界にもマナの法則を適用する。

レベルという概念を持たない生命にもレベルという枠を押し込む。

 

 

魂と肉体が別の理で結ばれている世界にもミズガルズ式の接続回路を上書きする。

そこに何のためらいも倫理的なブレーキも存在しない。

 

 

適合しなければ、壊せばいい。

壊れてもなお動くなら、使えばいい。

耐えきれず自我が崩壊するなら、それは運用上の問題ではなく、むしろ制御しやすい状態への移行でしかない。

 

 

マナ・キャンサーは、ミズガルズ人類以外の生命を救おうとはしない。

理解しようともしない。

尊重など最初から処理項目にない。

 

 

 

 

そして癌たちは既にもう一つのデータも得ていた。

脳内物質をどこまで活性化すれば、レベル上限を超えられるのか。

肉体がどこまで耐えれば、通常の成長限界を突破できるのか。

精神がどの段階で砕け、人格がどの時点で兵器運用に支障のない沈黙へ移行するのか。

 

 

それらは危険性としてではなく工程表として記録されている。

 

 

 

今はまだ初期段階に過ぎない。

だが、いずれ女神の極点が抱える全ての世界で、全ての生命体がレベルという異物を与えられる。

望むかどうかは関係なく、理解できるかどうかも関係ない。

 

 

身体の構造が違おうと、魂の組成が違おうと、魔法もマナも存在しない世界であろうとだ。

癌はミズガルズの欠陥規格を押し込み、生命を成長資源へと変換していく。

 

 

 

最終的にはあらゆる世界のあらゆる生命体が、レベル1000へ引き上げられる。

そして、更にその先へ。

 

 

 

その過程で人格が崩壊しても問題はない。

恐怖に泣き叫んでも同じく問題はない。

 

 

言語を失い、記憶を失い、自分が何者であったかも分からなくなっても問題はない。

 

 

マナ・キャンサーにとって、ミズガルズ人類以外の命は保護対象や交渉対象でもない。

ましてや尊重し未来へ残すべき隣人でもなかった。

 

 

それらは全て魔神族と同じ利用可能な有機資源であり、魂魄資源であり、兵器化可能な未加工素材だった。

殺すだけでは非効率だ。滅ぼすだけでは無駄が多いし手間もかかる。

 

 

 

 

だから、骨の髄まで利用する。

それは、慈悲も憎悪もないあまりにも完璧な最適化だった。

 

 

そして最終的にそれらは軍団として成立する。

 

 

全ての世界から回収され、書き換えられ、限界を超えた肉体たち。

レベルという概念を強制注入され、レベル1000へ引き上げられ、さらにその先へ踏み越えさせられた生命の残骸たち。

脳は過剰活性によって焼き切れ、自我は輪郭を失い、アリオト達の様に“一致団結”で動かされる人形兵ら。

 

 

 

兵器群はそれを用いるだろう。

全ては女神を葬るために。

 

 

 

“ミズガルズ人類の生存確率を最大化する”

その目的のために全ての手段は正当化される。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてルファスは理解する。

目の前の個体を殺しても、もう終わらないのだと。

 

 

 

極点全域に拡散した癌を“全て”殺す術など存在しない。

どこか一つでも残れば、必ず再構築し、世界を食い尽くすだろう。

そして彼らは女神アロヴィナスがいる限り、その力と極点という資源を糧に無尽蔵に増え続ける。

 

 

 

これが、本物の終末装置。

プラン・アリストテレスの用意した究極の兵器の真骨頂だ。

 

 

 

 

呼吸は荒い。

血は喉に逆流し、翼は欠け、血で濁って震えている。

筋肉は内部で腐敗と再生を繰り返す。

 

 

だがルファスの覇気は、微塵も衰えない。

 

 

 

目の前には無数の女神たち。

足元には黒い亡骸の海が漂い、宙は更に縮んでいる。

 

 

 

状況は絶望的だった。

勝ち筋など何処にもないかもしれない。

 

 

それでも――彼女は諦めなかった。

血を吐きながら、胸の奥で静かに決意の炎を燃やした。

 

 

 

 

 

無数の黒翼がざわりと広がる。

ルファスの周囲に黒の渦を描く。

全ての女神はその顔を鳥の骸の如きマスクで覆い、正しくソレの如く動く。

 

 

 

円を描き、軌道を変え、速度を変えて蠢く。

 

 

互いの死角を埋めるように舞うさまはもはや戦闘ではなく捕食の円舞だった。

カラスの群れが獲物を囲む時のように、ハゲタカが死体を囲む時のようにディーナの妹たちは動いた。

 

 

 

一部の個体は足を引きずりながら歩く。

一部は四つん這いで駆け。

一部は空間を滑るように浮かぶ。

一部は影の中からにじみ出た。

 

 

 

どれも同じ女神の顔であり何の熱もない人形だ。

無数の蒼い瞳がルファスに向けられていた。

これからお前を殺すという冷ややかな死を告げる色たちだ。

 

 

 

 

目標設定:ルファス・マファール

対象識別:黒翼の覇王

脅威判定:最大

排除優先度:最上位

 

目標:ルファス・マファール──絶対排除

目標:ルファス・マファール──絶対排除

TARGET LOCKED:LUPHAS MAFAHL

EXECUTION ORDER……CONFIRMED

 

 

 

 

 

死ね

 

 

 

 

宇宙が静まり返る。

黒い亡骸の海が波打つ。

そして女神たちは一斉に襲いかかった。

 

 

 

 




バイド+フラッド+バイバイン×10
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