ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
蒼い空はすでに空ではなかった。
アリストテレス兵器群が圧縮した構造体のせいで“上”という概念そのものが歪んでいる。
悲鳴を上げながらミズガルズ全土がひしゃげるように沈み込んでいくのは正しく終末景色だ。
だが、その地獄の下で――十二星天はまだ立っていた。
蒼い宙の下でミズガルズの大地には地獄が産まれていた。
アリストテレス兵器群とゾディアック、十二星天の戦いはもはや勝敗は決まりつつある。
アイゴケロスという唯一のレベル限界突破存在がパルテノスの補佐を受けてセト級とエル級一体を引き受けてくれたが、それでもエル級は最低でもまだ一機はいる。
何処までも蒼く澄んだ水晶仕掛けの恐竜は高みから有象無象を見下ろす。
たった一機。
たった一体のアロヴィタイト仕掛けの怪物にルファスが誇る星たちは死力を尽くしていた。
パルテノスは必死に天力を紡ぎ今なお激戦を演じるアイゴケロスを繋ぎ止めている。
スコルピウスは怒り狂い尾を振り回す。
カストールは激痛に悶え血反吐を吐く妹を必死に守護しながらもアルゴナウタイの指揮を止めない。
サジタリウスは幾度も矢を用いて仲間たちを援護し、時には居場所を入れ替えるなどの補佐を続けていた。
レオンは立ち上がるたびにエル級に叩き伏せられ憎悪の呻きを漏らし続けている。
唯一エル級を揺らす事の出来る火力を持つタウルスは既に幾度か拳を叩きつけ、エル級の身体に亀裂を刻んでいた。
そして、アリエスはそれら全てを指揮し星々の中で最も輝きを放ち続けている。
しかし現実は非常だった。
元よりエル級は複数のレベル限界突破存在、および無数の1000レベルの相手を単騎で殲滅することを目的に製造された兵器。
言わば十二星天との戦いは当初の予定通りでしかない。
十二星天の戦場は崩壊間際となっていた。
大前提として彼らの勇猛さは歴史に残るものであるのは間違いなかった。
兵器群という未曽有の脅威を前に慢心を捨て去った彼らは間違いなく英雄だった。
しかし、しかしだ。
彼らの不幸は一つだけ。
相手が悪かった。
それに尽きる。
レオンがそうであったように、彼らは追い越されつつあった。
タウルスの拳が、地響きを伴って叩きつけられた。
蒼い恐竜の視覚が一瞬だけ脅威判定を取得しアラームを発する。
ゴッ。
世界が一拍遅れて悲鳴を上げるほどの質量と威力。
燃費が悪いゆえに例のスキルは纏わない純粋な一撃。
しかし。
エル級の胸甲は、微かにへこむ程度。
ギガ級であればこの一撃を受けた時点で半壊することを考えるに如何にアロヴィタイトが常軌を逸しているかわかるというものだ。
明らかにその強度は先より増大していた。
ただ淡々と衝撃を吸収し、アロヴィタイトは受けた攻撃に対して適応していく。
更に頑強に、更に柔軟に。
硬く柔らかいという矛盾を両立させ、この世のあらゆる刃物よりも鋭くなり、あらゆる温度差にも対応可能な装甲だ。
対ルファスを想定して作られたという謳い文句に偽りはない。
反撃。
蒼い恐竜はちっぽけな半牛を詰まらなさそうに見ていた。
対処を実行。抹殺/根絶。
エル級は先の魔神王オルム人間形態との戦闘の際に人程度の大きさの相手には小回りが利かないという弱点が露呈していた。
故にソレに対する穴埋めが考案され実行される。
次の瞬間――剥離した結晶──鱗が空へ舞い上がる。
さながら蒼い魚の様だった。
それは一瞬で複数展開された。
ジジジと稲妻を纏いエネルギーが魚の口に収束していく。
スキルでも何でもない純粋なエネルギー波。
属性も何でもない、本当に殺すためだけのエネルギー活用だ。
されどタウルスは無反応。
兜の中の顔は目線さえ向けていない。
もとより彼は腕力と耐久力以外では星天の中でも最弱。
いや、最弱というよりは捨てているというべきか。
HP 230000
SP 2000
STR(攻撃力) 50000
DEX(器用度) 3695
VIT(生命力) 500
INT(知力) 100
AGI(素早さ) 100
MND(精神力) 500
LUK(幸運) 10
腕力こそルファスにさえ届きかねないモノがあるが、それ以外、HP以外ははっきりいって論外だ。
幸運に至っては10しかない。
しかしその分、だからこそこの狂気的な特化は唯一エル級に届きかねないものがあった。
本来ならば99999がダメージ限界の世界において彼は少なくとも2発は確実に耐えられる能力を持つ。
しかし相手は女神の法を超えた素材であるアロヴィタイト。
「チッ!!」
盛大にわかりやすい様に舌打ちを鳴らして空間に突如として現れたのはレオンだった。
サジタリウスの【アルナスル】によって送り込まれた彼は苛立ちと憎悪を隠そうともせずエル級が展開した小型の砲台を半数ほどを叩き落す。
怒りに任せて威嚇するようにエル級に向けて吠えるが一瞥もされはしなかった。
残りの半数はレオンに射線を……向けない。
瞬間的にこれらは「ぱっ」と点滅したかと思えばタウルスを取り囲むように配備された。
全方位から彼に攻撃を叩き込み消し炭にするつもりらしい。
20万を超えるHP?
その程度、無数の数万の攻撃を打ち込めば一瞬で終わる。
何せタウルスは防御力も大したことないのだから容易い仕事だ。
脅威度においては圧倒的な腕力でともすればエル級を粉砕できるかもしれないタウルスに比べればレオンは小物でしかない。
タウルスさえ消してしまえば十二星天の脅威度はかなり下がる。
その判断は的確で正しい。
「!!!」
そうはさせるかとポルクスが叫ぶ。
腹部を丸ごと切開され抉られるような激痛にのたうち回り、汗をはじめとした体液を垂らしながらもスキルを絞り出すように使う。
アルゴー船の甲板を掻きむしりながらも彼女は自分に出来る唯一の力を発動させた。
妖精姫の真骨頂、無尽蔵の物量は兵器群相手にも極めて有効だ。
何度も繰り返した光景がまた繰り返される。
【アルゴナウタイ】
英霊を追加で呼び出し使い潰す。
それらは瞬間的にタウルスを射抜こうとした光線から彼を守る盾となった。
死亡、そして発動される勇者スキル。
【受け継がれる魂】
味方には最大級の加護を。
そして敵には最悪の呪いを。
勇者がその命を賭して発動させる最強の能力をポルクスは次々と連打させる。
アロヴィタイトが輝き兵器群に付与されたデバフ効果を弾き飛ばすが、それでも加護だけは残る。
もう最低三回はコレを繰り返していた。
十二星天はここにきてもう認めるしかない。
蒼い結晶の怪物は自分たちでは壊せないのだと。
どれほど殴ろうと。
どれだけ削ろうと。
どれほど英霊を投げ捨てようと。
エル級は倒せない。
無理だ、絶対に。
アロヴィタイトは女神の奇跡そのもの。
故につまらない宇宙の法則の外側にある。
どれだけエネルギーを吐き出させようとまず尽きない。
また蒼い結晶が輝き星天やゾディアック軍が決死の覚悟で微かに入れた損傷が消えうせる。
それは再生というよりも、存在の更新だった。
破壊された箇所は、破壊されたという事実ごと無視されてるとしか思えない。
次の瞬間には「最初からそうであったかのように」再配置される。
倒す、という概念そのものが通用しない。
簡単に言えばダメージを与えた次の瞬間にはリセットされている。
この事実を考えるに、もしかしたら粉砕したとしても次の瞬間には欠片同士が結合して復活する可能性さえある。
その事実を十二星天は、誰よりも完全に理解していた。
しかし口に出すことを誰もが躊躇っていた。
ソレを口にするということは自分たちは弱いということを認めることだ。
強者であるという自負を誰もが多かれ少なかれ抱いているのが十二星天だ。
故にそれを認めるのは苦痛でしかない。
だが。
彼は違った。
「認めるしかないね」
アリエスの声は朗々としていた。
もう判っていたことを改めて口にしたようなもの。
だからその指示に迷いはない。
「撃破は捨てよう。
目標は遅延、足止めに徹するんだ。
ルファス様がこいつらの頭を潰してくれるのを待つんだ」
ルファスが、敬愛する主がこれらの中枢を撃破するのを待つ。
それが彼の導き出した結論。
何より。
「絶対に生き残るんだ。命を捨てて倒すよりも、そっちを優先しよう」
生き残る。
何としても。
最も原始的な生存を彼らは目指す。
言葉にすれば、それは敗北宣言に近い。
だが、誰一人として異を唱えなかった。
そう……あのレオンでさえ。
ここにいる全員がこの怪物を“倒せない”ことを理解していたからだ。
もうすでに何度も試した結果、傷をつけることさえ難しいのだと教え込まれていたから。
タウルスは歯を食いしばり、拳を構え直す。
腕は震え、皮膚は裂け、骨にまで負荷が届いている。
莫大な天力/天法が彼を支えていた。
それでも彼は前に出る。
「了解した」
一瞬だけ彼は兜の下で口角を上げる。
アリエスの采配を受け入れた証だった。
【アルデバラン】
その拳は、もはや勝利のためではない。
存在を終わらせる幕引きの一撃だ。
されどいまだ未完成であり、一撃で女神の力そのものを破壊することは出来ない。
しかし決して無視できない威力を宿すのも事実。
そしてアリストテレス兵器群もまたこの能力を把握している故に彼の撃破優先順位はとても高い。
十二星天のどのような攻撃やスキルを受けようと進撃の足を緩めなかったエル級がこれに対してだけは回避行動をとる。
そうして産まれた隙を十二星天やゾディアック軍の生き残りが利用し何とか戦況は拮抗していた。
サジタリウスの矢は今や殺すためのものではなかった。
ケンタウロスの中の突然変異であり、ミズガルズでも屈指の狙撃能力を持つ男は手を止めず矢を放ち続けていた。
攻撃の為ではない。転移の為にだ。
【アルナスル】が閃くたび、仲間たちが一瞬だけ死線から引き剥がされる。
彼は時には自分で矢に掴まり移動し、十二星天らを救助し安全位置に戻し続けたり、戦場全域の仲間の配置を再調整し続けている。
その力を使ってタウルスを一度後方に下げた時、エル級に接近した彼は息を飲んでいた。
エル級の視線が自分に向けられ彼は明確な死を意識した。
実際は眼球などないが、それでもエル級を見ると彼はどうしようもなくアリストテレスを想起してしまう。
ミョルニル以来で間違いありませんね?
あの男の声を思い出すだけで脂汗が止まらない。
一歩遅れれば即死。
半拍遅れれば全滅。
彼が一回でも失敗すればその時点で戦線は崩壊する。
十二星天もそれがわかっている故に誰も彼の行動に文句は言わない。
あのレオンでさえ転移を黙って受け入れていると言えばその重要度がわかるというものだ。
(アリストテレス)
その名を思うだけで腕が震えた。
恐ろしい。
彼の根底にはプラン・アリストテレス卿の恐ろしさが刻まれている。
もう本人はいないというのに、その遺産はこうして彼らを追い詰めている。
だからこそサジタリウスは逃げないし、恐怖し怯えていても立ち向かい続ける。
彼は己が臆病者だと自覚している。
しかし卑怯者にはなりたくなかった。
だから彼は矢を放つ。
指は裂け、視界は滲む。
しかしもう逃げ場は何処にもない。
ここで敗北したら世界の全てをアリストテレスが収穫するのだから。
アクアリウスの水瓶が、悲鳴のような軋みを上げていた。
回避の加護は、もはや万全ではない。
エル級の攻撃は精確かつ無慈悲で、その上、膨大でもある。
剥離した鱗から降り注ぐ青光りはもはや吹き付ける嵐のようだった。
回避判定は瞬時に消費され、再装填される前に次が来る。
本来なら一瞬で破綻していてもおかしくない状況だ。
それでも――彼女は、水を操る手を止めなかった。
「……やらせねぇ」
低く、喉の奥で唸るような声。
次の瞬間、さらに激しい衝撃が走り、水瓶の縁に細かな亀裂が走る。
過負荷、明らかな限界を超えた反動だ。
「やらせねぇって言ってんだろ……! ぜってぇにだ……!!」
彼女は“物”だった。
意志を持つ道具。
だが、それは蔑まれる存在ではない。
むしろ彼女は、その事実を誇りにしている。
――道具ってのはな。
――使い手を生かすためにあるんだ。
アクアリウスは、自分がアイテムであることを否定しない。
否定する理由など、どこにもなかった。
使われること。
支え続けること。
守るために砕けること。
それこそが自分の存在理由だと理解している。
だからこそ、彼女は“暴走した兵器”を、心の底から嫌悪していた。
主が言うには彼らはもともとは人々の平和を守るための軍団だったらしい。
ソレが今じゃこれだ。
ミズガルズをもういらないと切り捨て、自分たちに都合の悪い存在全てを消し去ろうとしている。
これは彼女にとってはとんでもない暴挙だった。
アイテムが最初の願いを無視して暴走する。
それは彼女の逆鱗そのものだ。
「お前たちにとっちゃ、ミズガルズの全部はタダの管理対象かよ」
水が逆巻き、戦場の射線を歪める。
次々とばら撒かれる幸運の星という加護。
一歩踏み出せば即死の攻撃が、紙一重で逸れていく。
エル級は彼女の眼前で暴れまわっている。
十二星天は生存していても、着々とゾディアックの仲間たちは踏みつぶされ続けている。
青い光が一瞬きらめくたびに何人もの兵士が不幸にもエル級の洗礼を受けて死体さえ残さず蒸発しているのだ。
アクアリウスは少女のアバター、その顔を歪ませて吠えた。
「ふざけんな……!
テメエらみたいな化物に、この世界を壊させてたまるか!」
アクアリウスは、かつて別の所有者に仕えていた。
ルファスに彼女を譲った人物だ。
彼はもう自分が長くないと悟り次の所持者を探していたのだ。
名もなき、どこにでもいる老人。
ミズガルズでは決して珍しくない、
戦いとは無縁の、穏やかな男だった。
若いころに家族を亡くし、それでも日々を投げ出さず、小さな家で静かに生きていた。
趣味で集めた骨とう品を売りに出して生計を立てていた男だった。
彼女は、そんな男の傍にあった。
特別な冒険も、英雄譚もない。
ただ、縁側で茶を飲みながら、他愛もない話を交わす日々。
――今日は空が高ぇな。
――そうだなぁ、雨が降らなきゃいいが。
そんな、どうでもいい会話。
だが、アクアリウスは知っている。
それがどれほど尊いものかを。
「道具ってのはよ、使うやつらの日常を守るためにあるんだよ!」
水瓶が、再び大きく軋む。
砲撃が掠め、空間がひしゃげる。
その余波で水瓶にひびが入った。
チッと舌打ちしつつもバフの付与は止めない。
サジタリウスの援護に隠れがちだが、これで助かっていた場面は多かった。
気づけば彼女のアバターは指先から崩壊し始めていた。
余りに負荷をかけすぎたせいで壊れかけているのだ。
なので一度彼女はアバターを解除し二回りほど小さい姿で再構築する。
色の着色もなく、ただの水色の少女の姿となる。
正に最低限のリソースだけを振り分けた姿と言えよう。
元よりこの姿は仮初だ。
人の形を取っているのは、使用者の隣に立つための方便にすぎない。
こんな緊急事態では余り贅沢は言ってられないのだ。
アクアリウスには一つの秘密があった。
十二星天の仲間の大半はもう気づいているし、ルファスも当然把握している秘密が。
彼女は人が、人類が好きだ。
カストールと同じくどうしようもなく人という種を愛している。
それをあのくそみたいな兵器群は否定している。
だからこそ彼女は絶対にあれらを認めない。
世界の幕引きなど絶対に嫌なのだ。
繰り返すが彼女の本体は、巨大な水瓶である。
星天の戦場を覆い尽くすほどの水を内包する、水瓶という概念に近い存在。
その全てを賭けて彼女は踏みとどまっていた。
水が更に勢いを増し、消費されるたびに回避の加護を振りまく。
青い海の如く戦場にばら撒かれた水面が揺れ、水を媒介にパルテノスが天法を軍団にかけ続けた。
本来ならば想定されていない土壇場での連携である。
もちろんこんな無理は長続きはしない。
あと数分こんなことを続ければそれこそ彼女は砕けてしまうだろう。
そんなことは百も承知で彼女は吠える。
「おらァっ!! 幾らだって加護をくれてやる!!」
「ここが踏ん張りどころだぞ!!!」
アクアリウスは、退かない。
それが、彼女の“道具”としての誇りだからだ。
スコルピウスの毒霧は、もはや“霧”と呼べる代物ではなかった。
薄く、軽く、拡散しきった残骸。
かつて多くの文明を沈め、城塞を溶かし、魂すら侵したはずの毒。
それらは今や蒼い戦場の空気に溶け込み、無力な色を帯びて漂うだけだった。
視界妨害。
演算阻害。
照準撹乱。
死ね死ね死ね死ね死ね。
──どれも、数値上は成立している。
だが、エル級の周囲を覆う結晶の輝きが、それらを淡々と弾き返す。
毒が触れた瞬間、アロヴィタイトの表層で分解され、無意味な情報として破棄される。
《status:toxin detected》
《analysis:obsolete》
《priority:ignore》
兵器群の評価は、冷酷で、正確で、そして残酷だった。
具体的に何と言っているかは判らないが、何と評価されたかは伝わった。
「……ッ、はぁ……はぁ……」
スコルピウスは、息を荒げながらも尾を振る。
妖艶な美女を形どった人型の肉体は、限界まで生命力を変換し、肌には不自然な赤黒い紋様が浮かんでいた。
力を使うたびに彼女は生命力を燃料として燃やしているのだ。
「いやあねえ……。
妾の毒が、ただの霧みたいになっちゃってるじゃなぁい……」
苛立ちを沸騰させながら呟く。
あらゆる手を用いて新種の毒を作り出し試していく。
毒を生む。上書きする。濃度を上げる。
性質を変える。混ぜ合わせる。
『シャウラ』
『グラフィアス』
その派生。
さらに派生。
無数の毒素を掛け合わせ無数の種類の毒を作り上げる。
毒の色が変わる。
粘度が変わる。
揮発性が変わる。
しかし効かない。
兵器群は明らかに彼女を積極的に排除する脅威とは思っていない。
プルート地下にはそもそも彼女の何代か前の蠍が眠っており、それを解析すれば対策は容易だ。
妾は毒の女王。
全ての毒を支配する存在。
バーサクエンペラースコーピオン。
ソレが彼女の自負だった。
十二星天において最も対生物に特化した生きた災害というプライドだった。
彼女こそ女神の用意せし惑星を殺す毒蠍。
しかし今や無力なただの煩い害虫だ。
スコルピウスの瞳が細くなる。
笑顔が消えないまま、目だけが冷え切っていく。
エル級はまるで彼女をないものとして扱う様に振る舞っている。
兵器群から彼女に攻撃はあまり飛んでこない。
エル級は常にタウルスを警戒しており、蠍は眼中にない。
彼女が本気で生成した毒の中でも兵器群は変わらず動いていた。
「効かない、のねえ……」
理解してしまった。
完全に、無力化されている。
毒が、妾の毒が、“陳腐なもの”として扱われている。
「ふふ、ふふふ……フフフフフフフ……!!」
笑い声が漏れる。
ねっとりと、喉に絡みつくような笑い。
屈辱に焼き付いた笑みだ。
「嫌あねえ……
妾、無駄なことしてるみたいじゃなぁい……」
それでも、止めない。
尾が振られる。
毒が噴き出す。
さらに濃く、さらに広く。
無駄だと判りつつ止められない。
彼女にはそれしかない。
彼女の最強の強みはそれなのだから。
「だってぇ……。
妾が毒を撒かなくなったら……何になるのかしらあ……?」
声が、少しだけ震える。
妾は毒。
妾は災厄。
妾は、十二星天随一の生物殺しの女王。
一国を滅ぼした。
都市を沈めた。
人を、国を、文化を、毒で終わらせてきた。
彼女も。
彼女の前も。
彼女の前の前も。
“エンペラーバーサクスコーピオン”という種はずっとずっとそういう風にあり続けた。
それが、それが今──。
「害悪、ですってぇ……?」
兵器群の評価ログが、
まるで嘲笑うように脳裏を掠める。
「陳腐化済み……抹殺対象……」
兵器群はこう言っているのだ。
取るに足りない。
つまらない。
下らない。
笑みが、歪む。
「それは、妾の事かしらぁ……?」
声が甘くなる。
粘着質に、執拗に。
「ルファス様が……。
妾を、そんなふうに思われるはず……ないでしょう……?」
毒霧がさらに広がる。
効果はほとんどない。
それでも撒き続ければ兵器群───エル級は一瞬だけ彼女を見やる。
そして、頭を微かに傾げる動作をした。
「このちっぽけな生き物はどうしてさっきから無駄なことを繰り返す?」とでも言いたげな動作だった。
ソレを見てスコルピウスの中で何かが切れた。
「このッ───!! ぶち殺してやるわああぁぁぁァァァァ!!!」
血を吐きながら絶叫を上げ、更に生命力を変換し毒の生成速度を跳ね上げようとして───。
「ぁ?」
蒼白い水晶の壁を彼女は見た。
エル級がタウルスから距離を置くために座標移動を行い、彼女のすぐ近くに現れたからだ。
スコルピウスが見たのはエル級の足だった。
全長150メートルを超える怪物が一瞬で移動する様は正しく想像を絶する。
狂乱していたというのもありスコルピウスの反応は一瞬遅れた。
生物の様に蒼い結晶の足が動く。
それが勢いよく振りぬかれ───スコルピウスは横合いから飛んできた炸裂弾に襲われ吹き飛んだ。
一瞬後にさっきまで彼女がいた空間をエル級の猛烈な蹴りが素通りし、遥か彼方の山が圧で抉れ、雲が千切れた。
もしもあれに当たっていたら彼女はバラバラになっていたかもしれない。
アロヴィタイトで殴られるのはそれこそ中性子星やブラックホールを叩きつけられるようなものだ。
それに比べればこの程度の「火」の魔力が込められた炸裂弾などそよ風に等しい。
つまり、これは多少の痛みの伴った緊急離脱だ。
「アアアアアアア!!! リーブラああああああああアアアアアアアア!!!」
絶叫を上げる。
あいつやりやがった。
絶対後でスクラップにしてやると決意を新たにしながら彼女は腹の底から声を絞り出す。
誰がやったか蠍は一瞬で判断していた。
こんな精密射撃が出来るのはサジタリウスとあいつしかいない。
案の定スコルピウスのぐるぐると回る視界の中で、遥か彼方、リーブラが無機質な瞳で彼女を見つめていた。
その手にした銃からは煙が上がっており、撃ちたてほやほやといった状態であった。
装甲値 4800
底力8 常時『鉄壁』 HP回復大 EN ∞ オールキャンセラー。