ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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アイゴケロスの“大防御”!

 

 

魔王は不快に顔を歪めて眼前のセト級を睨みつけていた。

いまだ決着はつかず、それどころか拮抗している。

 

 

 

コレはもはや単なる兵器ではない。

アリストテレス兵器群が辿り着いた、重力という概念そのものを武装化した最終回答だ。

土龍を再現し、上回る事を目標としてそれを果たしたセト級は単一の兵器として間違いなく最強だった。

 

 

 

 

周囲に拡散する無数の暗黒のマナと重力塊。

共に暗黒の色を放つソレは空間を蝕み歪め続けている。

黒く、濁り、光を拒絶するそれらは、空間を“歪める”のではない。

 

 

空間が剝がれているのだ。

無尽蔵の重力と異常な魔力密度は女神の世界の描画を狂わせて破壊していた。

 

 

 

宙の向こうで行われているルファスとマナ・キャンサーのソレに比べれば小規模とはいえ、ここの戦いも次元が違う。

レベル限界突破者同士の激突。

その余波は、星の重力圏を引き剥がし、軌道そのものを狂わせる。

 

 

 

 

身体を構築するマナを超高密度に圧縮する【アルシャラ】を解放した彼は紛れもなく星天最強だ。

パルテノスの助力の下にこの力を発動させたアイゴケロスはこの力を以てしても苦戦を強いられている現状に苛立っていた。

レベルにして2100。偉大なる主のちょうど半分の出力だ。

 

 

ルファス・マファールの5割。

それが如何にとんでもない領域であるかは想像に容易いだろう。

単身で銀河さえ容易く砕く覇王の半分の力、それはつまりミズガルズにおいて敵などいないという意味を持つ。

 

 

 

 

だが――それでも、押されている。

 

 

セト級は五基のサポートユニットを今回も展開していた。

サイコキネシス・グリッドと名付けられたソレは魔神王相手に振るった猛威をここでも思う存分に発揮していた。

 

 

 

単なる補助ではない。

重力に“方向性”を与え、引力・斥力・潮汐力・慣性すら念力によって制御する、宇宙物理を戦闘用に再構築するシステム。

重力は全てを支配する。それを念力で制御する。

 

 

 

その威力の証明をセト級は果たしていた。

 

 

 

全身のいたるところから生えた水晶──アロヴィタイトが不気味に輝く。

魔王の炎と自分の相性が悪いと見たエル級はその身を更に圧縮してセト級と融合し、その力を増幅する役目に徹していた。

 

 

10メートル程度のセト級に150メートルを超えるエル級が補助として接続されたのだ。

 

 

しかしそれは巨大な存在がただ小さくなったわけではない。

質量と演算。アロヴィタイトの齎す理不尽。

機能のすべてを十メートル級の人型へと淀みなく畳み込んだ結果だった。

 

 

 

アリストテレス兵器群の次世代戦闘端末の真骨頂がこれだ。

彼らは単体でも極めて強大な兵器であるというのに、こういう風に互換性もある。

必要と応じてこのように接合さえ可能なほどだ。

 

 

 

下半身がない人の形をしたゴーレムの躯体を基盤に、蒼い結晶が関節や骨格を内側から突き破る。

肩、肘、背骨。

アロヴィタイトは装甲として貼り付けられているのではない。

構造そのものを書き換え、身体の一部として根を張っているのだった。

 

 

 

循環する女神の純粋な力。

それはセト級を更なる高みへと至らせ、レベル2000オーバーの存在を相手に真っ向からの戦闘を可能としていた。

 

 

 

胸部には、かつて巨大な怪物の核であった一際高密度の結晶が更に重力で圧縮されて埋め込まれていた。

鼓動するたび、空間が重く沈み、重力場が低く唸る。

それは生命反応でいう心臓の鼓動に近い。

 

 

 

頭部はかろうじて人の輪郭を保っているが、後頭部からは結晶の冠が扇状に展開していた。

これが放つ重力子そのものを感覚器とし、周囲すべてを把握している。

 

 

さらに周囲には、余剰となったアロヴィタイトが分解され、複数の結晶塊として静かに旋回していた。

それらはサイコキネシス・グリッドの末端であり、引力と斥力、圧縮と拡散に方向性を与える制御端末だ。

これにより更に出力が上昇し、更に精密に重力を基調とした力を行使できる。

 

 

 

巨大な肩と同化した腕がわずかに動くだけで、空間が重力レンズとして歪む。

踏み出す前に世界が沈み、振るわれる前に重力が刃となって走る。

 

 

魔王の放つ月の呪いも、魔力操作も、その爪さえも届かない。

引力に引き裂かれ、斥力に散らされ、成立する前に潰されていく。

 

 

 

(化け物め)

 

 

魔王は何度目ともなる単語を吐き捨てた。

レベル2100の力を以てもここまで戦い続ける怪物に苛立ちと感嘆さえ抱いていた。

 

 

アリストテレス。

常にその名前が彼の前に立ちふさがる。

ここでも、これほどの力と十二星天という同士を得てなお、いまだに巨大な壁が彼の前にはあった。

 

 

 

魔王は歯噛みしながら鋭利な爪を握りしめた。

無機質なセト級はかけらも動かず黙々と重力を操作し続けている。

バラっと砂の様にまき散らされるのは極小の暗黒天体。

 

 

 

魔王は咄嗟に【デネブ・アルゲティ】をばら撒きそれらを焼き尽くしていく。

これらは確かにブラックホールだが、その根底はマナで形作られたそういうものだ。

故に女神の世界全てを焼き尽くす魔王の炎であればそれらに干渉し破壊できる。

 

 

 

しかしそれだけだ。

アロヴィタイトは更に密度を増してしまい先のように容易くは壊せない。

【デネブ・アルゲティ】でさえコレの破壊は困難を極める。

 

 

 

 

理解するしかなかった。

この怪物を決してここから離れさせてはいけないのだと。

 

 

もしもこの怪物が、今、十二星天の戦場に降り立ったなら。

その仮定だけで、アイゴケロスの背筋を冷たいものが走った。

 

 

 

セト級・エル級融合体。

重力を武器とする、完全制御個体。

アロヴィタイトを湯水の様に注ぎ込まれた神の御技を簒奪した機構。

 

 

 

あれは戦うための兵器ではない。

これは戦場に巨大隕石を放り込むようなものだ。

まず、前線の面々が容易く蹂躙されるだろう。

 

 

その後は順に後衛も潰されて終わりだ。

 

 

まずパルテノスの天法結界は展開した瞬間に潰れる。

破壊されるのではない。

圧し潰される。さながら超高圧の深海に押し込まれたように。

 

 

 

天力の祈りが形になる前に、術式そのものが重力に引き延ばされクシャと破壊されるだろう。

重力が全方向から等価に掛けられた空間では、天力は結晶になるまで圧縮されてしまい効果を発揮できるかは怪しい。

もちろん如何にレベル1000といえどそんな超高重力空間に放り込まれればパルテノスは無限に引き伸ばされるか潰されるかのどっちかだ。

 

 

 

サジタリウスの矢は放たれた瞬間に干渉を受ける。

【アルナスル】──あれは指定した座標/空間に矢を跳躍させるスキルだ。

 

 

 

しかしこの場合、空間は無限に引き伸ばされている。

その場合、あの光の矢はそもそも存在できないか、無茶苦茶な個所に飛ばされるのが目に見えた。

 

 

普通の矢も……まぁ、当たらないだろう。

相性は最悪と言っていい。

 

 

直進できず、ましてや反射もしない。

固定されて即座にぐしゃっと圧壊するのが現実だ。

 

 

 

遠距離攻撃?

冗談のような話だ。

セト級の能力を前に遠方からの攻撃は全て無意味だ。

 

 

重力子の流れに捕まった物体は、矢ですらなくなる。

ただの飛翔物体だ。

引き裂かれ、圧縮され、到達する前に何の価値もない塵へと変わるだろう。

 

 

 

 

水瓶、アクアリウスの回避加護は、一フレームも持たずに尽きる。

 

 

回避とは位置をずらす行為だ。

もしくはミズガルズにおいては定められた回数分だけ攻撃が勝手にそれていく全自動防御と言っていい。

だが、重力波は一瞬ごとに判定が継続し続ける。

 

 

一瞬で彼女の星は底を晒す。

後に残るのは何かがいたという痕跡だけだろう。

 

 

セト級はハッキリ言ってしまえばアイゴケロス以外の十二星天が束になろうとも勝てない怪物だ。

 

 

一体でいい。

たった一体、このセト級が降りれば全ては最悪に転ずる。

 

 

十二星天は、戦うことすら許されない。

背負った星座ごと暗黒の天体に沈められて終わる。

本来の星が持つ運命の様に、星は重力には逆らえない。

 

 

現に先ほどそうなりかけた。

あの巨大な黒い棺桶が完全に決まっていれば全滅していた。

 

 

 

 

それをアイゴケロスは理解していた。

だからこそ此処にいる。

 

 

 

だからこそ、だ。

この怪物を絶対に打破しなくてはならない。

栄光ある十二星天の名にかけて。

 

 

 

 

 

しかし。

 

 

戦いながら、彼は“もっと悪いもの”を感じ取ってしまった。

空間が、鳴いている。

金属を無理やり押しつぶした時に出る悲鳴とソレは似通っていた。

 

 

 

 

アイゴケロスが聞いているのは圧縮音だ。

宇宙そのものが、軋みながら畳まれている。

 

 

 

重力やら次元に彼は詳しくはない。

しかしそれでも魔物としての直感は優れている。

 

 

それが捉えているのだ。

いま、世界が終ろうとしているのだと。

もっと根源的な――世界の密度が変えられている感覚は寒気がするものだった。

 

 

 

宙の彼方では全方位に広がる900億光年にも渡る宇宙膜が引っ張られ畳まれている。

 

 

女神の宇宙は魔法であり、アイゴケロスは誰よりも、それこそルファスよりも魔法に長けている。

故に今、世界がどうなってしまっているか悟ってしまっていた。

アリストテレスの狂気に満ちた計画が世界をどうしようとしているのかを。

 

 

 

(……我が主よ。貴女様は今、戦っておられるのですね)

 

 

 

戦う。

もはや魔王をして何をしているか判らないが、それでもルファスは覇道を貫いている。

 

 

 

それに比べて……自分はアレ() から逃げようとした。

ヘルヘイムの魔王が尻尾を巻いてアリストテレスから逃げた。

勝てない、怖いという感情に、都合のいい「主を案じて」というラベルを張ってごまかした。

 

 

 

魔王は、歯を食いしばる。

幾度も幾度もアリストテレスは彼に屈辱を与えてくる。

 

 

遠い。

だが、分かる。

 

 

 

あれは戦いではない。

あれは宇宙規模の作業だ。

アリストテレスにとってはルファスとの戦闘でさえ雑事にしかなっていない。

 

 

マナ・キャンサー。

あの忌まわしい癌の脈動をアイゴケロスは感じてしまう。

あれとルファスがぶつかっている余波が、ここにまで届いている。

 

 

 

星間距離? 光年?

関係ない。

 

 

今起きているのは、距離という概念をそのまま丸ごと圧縮している行為だ。

まるで折り紙の様に宇宙が縮んでいく。

 

 

宇宙が一度、畳まれていく。

 

 

その過程で漏れ出す“余白”が、ここに歪みとして現れている。

空は歪み空間は断裂していく。

さながら一枚の紙をぐちゃぐちゃに丸めてゴミにしているようだ。

 

 

 

セト級の重力操作と、ルファスが振るう女神の力。そしてマナ・キャンサーの作業。

それらが干渉し世界そのものに甚大な負荷をかけていた。

魔王にはこの世界の悲鳴が聞こえている。

 

 

 

概念的とはいえ、紙が破れるように世界が千切れていく音が。

察するに時間はあまり残っていない。

太陽が収奪/圧縮に巻き込まれ数分後に世界は暗黒に堕ちる。

 

 

 

最も数分後の未来などこの宇宙には存在しないが。

 

 

 

 

(急がなくてはならぬ)

 

 

 

焦燥が沸き立つ。

一刻も早くこれを倒し、宙のかなたで戦っている主のもとに駆け付けなくてはならないというのに。

 

 

だが、急げない。

一瞬でも気を抜けば全てもっていかれる。

彼が負けたらコレが十二星天を襲う。

 

 

そうなればどうなるかは明らかだ。

 

 

十二星天は死ぬ。

無尽蔵の重力で全て潰されて終わる。

倒さなくてはいけない。何としても。

 

 

 

魔王は黒い炎を纏わせ、再び爪を構えた。

 

 

 

【デネブ・アルティ】が唸りを上げる。

月属性の呪いと炎が重なり、放たれた暗黒天体を次々と焼き裂く。

膨れ上がったセト級の装甲に着火し微かに滲んだ。

 

 

しかしそれだけだ。

炎は燃え広がらない。

どれだけ魔王が殺意を込めようと決して。

 

 

 

敵の攻撃を相殺/破壊はできる。

だが、届かない。

 

 

 

アロヴィタイトという物質自体が自分の意志で魔王の炎を拒絶しているのだ。

自分はその状態にならないと拒否している。

故に変化しないという挙動が起きていた。

 

 

 

つまり攻撃を相殺するだけでも、ちまちま攻撃を当て続けるだけでも勝てない。

時折命中させることも出来るが決定的にはならない。

今の様にアロヴィタイトが輝けば純粋な奇跡の力で押しつぶされてしまう。

 

 

 

 

どれだけ攻撃しようとセト級は壊れない。

微かに装甲が削れるだけだ。

それさえも削られた分は、周囲を旋回するアロヴィタイト塊が補完する。

 

 

 

 

 

魔王の思考を待たずにセト級が動いた。

ブゥゥゥンという不気味な音と共に彼の心臓である縮退炉とエクスゲート反応路が呻きを上げた。

アロヴィタイトが奇跡を引き起こし、重力が狂う。

 

 

 

エル級の能力を用いて数万キロ彼方に跳ぶが、一瞬たりともコレはアイゴケロスから視線を外さない。

 

 

 

星団規模の重力定数が、一点に向けて収束される。

空間がぐにゃぐにゃに歪み景色が狂った。

真っ黒なレンズがいくつも生成された。

 

 

 

空間が沈む。

視界が歪む。

遠近が崩れ、上下左右は意味を失った。

 

 

キャンサーの所業で収束されたせいで集まってきた星が、まるで見えない手に掴まれたかのように、一斉に“下”へと引きずられた。

だが、宇宙において下は存在しない。

 

 

 

存在するのはアイゴケロスという収束点だけだ。

セト級は星団全域を狂わせるほどの重力異常を恐るべき精度で一本のベクトルに収束させていた。

 

 

 

惑星を砕く重力でもない。

恒星を圧壊させる重力でもない。

そんな次元ではない。

 

 

 

星団を狂わせる出力だ。数十の恒星系を引きずり回す出力の重力だ。

しかも一方向へ向かうものではなく、そのベクトルは何本も存在している。

 

 

 

それらを何万、何十万と束ねる。

なおかつ一点に“漏れなく”注ぎ込む。

まるで小さなボトルに大量の液体を流し込むような精密動作。

 

 

本来なら制御不能な出力だ。

星団規模の重力異常は、発生させた瞬間に暴走する。

一瞬で重力崩壊しそのまま超新星に代わるだけだろう。

 

 

だがセト級は違う。

彼は重力を支配していた。

 

 

周囲を旋回するアロヴィタイト塊が、追加のサイコキネシス・グリッドとして稼働。

引力・斥力・潮汐力・圧縮方向を完全に制御していた。

 

 

重力は、もはや自然現象ではない。

計算された殺意によって手繰れる武器だ。

世界に最もダイレクトな影響を与えられる刃となっていた。

 

 

 

(来る!)

 

 

 

身の毛もよだつ危機感を魔王は抱いた。

アリストテレスと竜王、その両者が彼を仕留めに掛かった時と同じ感覚。

 

 

アイゴケロスは瞬時に察知し、魔力を解放した。

無尽蔵ともいえる「月」属性の魔力が波動と化し魔法へと編みこまれる。

この形態の時のみ使える規格外の魔法、彼が新しく作り上げた力を行使。

 

 

 

彼は常に偉大なる主であるルファスを見ていた。

そして切磋琢磨する同士であるアリエスを理解していた。

故に魔王もまたレベルとは違う壁を破るに至る。

 

 

今あるものでアリストテレスに勝てないのならば、編み上げるしかないのだと。

自分で考え、自分で構築した新しき魔法を彼は発動させた。

デネブ・アルゲティを更に濃縮し抽出し黒い光にまで加工する。

 

 

 

【プリマ・アルゲティ】

 

 

世界を構築する天力を阻害し回復を無効化する力を防御に転用。

アイゴケロス以外が触れたら即座に消滅する壁を展開し、暗黒の卵と言えるその中に魔王は籠った。

触れたら死ぬ/消えるというとても分かりやすい絶対防御の殻だ。

 

 

 

ミズガルズで最も強固なそれを打ち抜けるとすればそれこそ覇王の拳くらいだろう。

 

 

 

だが。

 

 

 

空間が撓む。

時空が湾曲し、折り畳まれ、重なり合う。

宇宙に蜃気楼が起きたかの様に無茶苦茶に星の光は屈折し狂いだす。

 

 

 

※ 受諾した。

 

 

 

構造体に収奪されていた質量とエネルギーが“一致団結”経由で補給物資としてセト級に支給された。

星団規模の質量が、マナ・キャンサーが作るそれよりあふれ出し、一点へと畳み込まれる。

 

 

攻撃でも破壊でもない。

まだ、まだだ。

これは壮大なクライマックスを彩る下準備だ。

 

 

そう、質量の装填だ。

 

 

 

存在を重力井戸の底へ押し込み、時間と空間ごと圧殺する。

ブラックホール生成すら生ぬるい。

これは暗黒天体を加工していた。

 

 

ブラックホールを前提として使う兵器。

雑多に暗黒天体を放り投げるのは洗練されていない。

より優れた、より素晴らしい御業をご覧あれ。

 

 

 

セト級の胸部。

エル級と融合したおかげで形作られた高密度結晶核が、鼓動する。

アロヴィタイトが狂ったように出力を跳ね上げた。

 

 

セト級の内部で複数の人工ブラックホールが形成され、即座に質量が投げ込まれる。

 

 

恒星の残骸。

圧縮された暗黒天体。

戦闘で削り落としたアロヴィタイト片。

 

 

 

全てが飲み込まれ、ペンローズ方式と反応路形式のハイブリッドによって

回転エネルギーと歪曲エネルギーが同時抽出される。

 

 

 

質量は理由も抵抗もなく降着する。

それらは回転する重力井戸の縁で引き裂かれた。

降着円盤は極限まで加速され、磁場と時空歪曲が臨界を超える。

 

 

 

抽出。

アロヴィタイトによって増幅されたソレは恒星系200億個分にも匹敵するエネルギーをたたき出した。

 

 

 

【クェーサー=オブリテーター】

 

 

重力崩壊とエネルギー放出を同時に行う常識外の兵装。

用いられるのはペンローズ方式によって奪われる回転エネルギー。

そして反応路形式によって剥ぎ取られる歪曲仕事量だ。

 

 

 

この二つは分離されない。

同一の宇宙現象として束ねられ、一本の結果へと収束する。

 

 

次の瞬間、胸部結晶核の奥でクェーサーが点火した。

両腕を大きく広げ、自分の機体そのものを一つの砲としてセト級は運用する。

 

 

クェーサー噴流そのものが放たれる。

現実として起こりうる、本来ならば数十万光年も彼方で行われる超自然現象。

もしもミズガルズの近場で発生してしまったら問答無用で全生物は絶滅する神の裁き。

 

 

 

超高温プラズマ。

高エネルギー粒子流。

γ線、X線、重力波。

 

ありとあらゆる破壊的要素が指向性を持って宇宙空間をえぐり取る。

 

 

撃ち出された瞬間、射線上の空間が白熱し、星間ガスが蒸発し、惑星サイズの質量が数秒で分解・蒸散する。

通過した後に残るのは何もない。

 

 

 

 

正しく削除だ。

 

 

エネルギーが通過した軌道だけ、宇宙が物理的に「摩耗」している。

 

 

距離など意味を持たない。

射線上に存在する限り、物質は順番に焼かれ、崩され、引き剥がされる。

クォークの欠片も残りはしない。

 

 

これに巻き込まれれば龍でさえ吹き飛ぶかもしれない。

濁流はただひたすらに止まらない。

宇宙でも最大規模の現象が止まる訳がない。

 

 

 

アイゴケロスの視界に、宇宙が“消し飛んでいく様”が映っていた。

ほんの微かに拡散した余波が【エクスゲート】でもないのにこの宇宙という画像を剥がしつくしている。

 

 

 

世界が熱と放射と重力波に蹂躙され、現実的な物理現象として崩壊していく。

 

 

 

「……本気で、全て吹き飛ばす気か」

 

 

 

何もかも壊そうとする破壊に対する怒りはない。

戸惑いもなかった。

アリストテレスならばやるという負の信頼がある。

 

 

理解するしかなかった。

天体現象を武器として振り回している狂気がここにあると。

 

 

 

この一撃を、正面から受け止める存在など、本来あり得ない。

それでも魔王はそこに立っていた。

正直、回避しようと思えばできた。

 

 

 

【プリマ・アルゲティ】を解除し全力で飛翔すれば射線から逃げられたかもしれない。

しかしそうなればミズガルズは彼の同士である十二星天ごと吹き飛ぶ。

主であるルファスが築き上げたゾディアックも残らず蒸発する。

 

 

 

 

 

彼は主の忠臣であり、彼女と彼女の栄光と彼女の所持する全てを守護する存在だ。

故に回避は出来ない。

 

 

 

 

「パルテノスっッ!! ありったけの加護を寄越せっ!!!」

 

 

 

「これを防げねば全員死ぬぞッッ!!!!」

 

 

 

 

絶叫すると同時に流れ込んでくる膨大な天力と天法によるバフ。

乙女のスキルでクールタイムを無視して我武者羅に、ヤケクソ染みた強化が魔王に宿る。

暗黒色の弾がその規模を拡大し黒い太陽の様相を見せてミズガルズを守る盾となった。

 

 

 

 

次の瞬間。

 

 

 

【クェーサー=オブリテーター】が直撃した。

 

 

 

 

超高温プラズマ。

高エネルギー粒子流。

γ線と重力波が、同時に叩きつけられる。

 

 

星団を削り取る一撃が一点に集中する。

空間が、悲鳴を上げる。

 

だが太陽は割れない。

魔王の作った新しき魔法は恒星系200億個分の破壊力を弾いていた。

 

 

 

表面で、現実が蒸発していく。

存在が触れた瞬間に消失するため、衝撃が伝達されない。

 

 

だが、代償はある。

殻の内側でアイゴケロスの魔力が猛烈な速度で削られていく。

 

 

防御を維持するだけで全てが消えていく。

負荷は容赦なくアイゴケロスを蝕んだ。

 

 

 

魔王の身体が焼け、骨格に相当する構造が悲鳴を上げる。

凄まじい勢いでパルテノスの加護が焼け落ちていく。

 

 

血が流れる。

否、マナが漏れる。

それでも殻は保たれる。

 

 

 

クェーサーの噴流が通り過ぐ。

その射線上の宇宙が摩耗した空白となって残る。

しかしエネルギーの濁流は変わらず魔王に叩きつけられ、太陽にヒビが入る。

 

 

ほんの一欠けらでもエネルギーが零れればミズガルズは吹き飛ぶ。

彼がいなければミズガルズは終わっていただろう。

 

 

 

だが太陽の中には魔王が、まだいる。

彼はもう二度とアリストテレスに背を見せない。

荒い息を吐きながら歯を食いしばり爪を握りしめたまま耐えた。

 

 

 

傲慢な彼とて理解している。

この防御は永遠ではない。

しかしそれはつまらない理屈の話だ。

 

 

彼には矜持があった。

 

 

この世界で、このミズガルズで。

これを正面から打ち抜ける存在などただ一人のみ。

 

 

 

 

「ルファス様以外に!!!」

 

 

 

「我が障壁を貫けるものかぁァ!!!!」

 

 

 

 

 

叫びはもはや言葉ではなかった。

喉が裂け、肺が焼け、それでもなおアイゴケロスは吼え続ける。

 

 

怒りでも恐怖でもない。

ただ――譲れないという感情だけが、彼を立たせていた。

もう二度とアリストテレスに敗れてなるものかという意地だ。

 

 

【プリマ・アルゲティ】の殻が悲鳴を上げる。

 

 

表面で現実が泡のように弾け飛ぶ。

クェーサー=オブリテーターの奔流が叩きつけられるたび、空間そのものが削り取られ、白く焼け焦げていく。

 

 

 

だが、割れない。

砕けない。

魔王は、殻の内側で歯を噛みしめていた。

 

 

全身を焼き尽くす熱。

内臓を掴み潰されるような圧力。

骨格に相当するマナ構造が、音を立てて軋む。

 

 

 

血が、いや、マナが噴き出す。

足元に滴り落ち、蒸発する前に黒い煙を上げて散った。

マナ生命体である彼にとってこれは文字通り身が削れている。

 

 

「……ッ、ぐ……!」

 

 

声にならない呻きが漏れる。

視界が滲む。

意識が、何度も遠のく。

 

 

それでも膝は折れなかった。

殻が保たれているのは、術が優れているからではない。

 

 

 

単純にアイゴケロスが、踏ん張っているからだ。

魔王の矜持は星団より重い。

 

 

 

爪が殻の内壁を掴む。

肉体の感覚などとっくに失われているはずなのに、

彼の感覚には確かな“重さ”があった。

 

 

 

支えている。

押し返している。

 

 

 

恒星系二百億個分の破壊力がたった一体の魔王に食い止められている。

魔力で作られた黒い太陽が悲鳴を上げる。

 

内部で構造が乱れ亀裂が入る。

 

 

ほんの一欠片でも余波を防ぎきれなければミズガルズは終わりだ。

だが、それは起きない。

起こさせない。何故ならばミズガルズは偉大なる主の王国だからだ。

 

 

 

 

ルファスが統治する帝国を守護する。

それこそが彼の永遠の使命なのだ。

 

 

 

彼は――耐え切った。

射線上の宇宙が摩耗し、虚ろな空白となって残る。

 

 

 

セト級は、その光景を静かに見下ろしていた。

蒼いセンサーの光が現実を見て評価する。

演算結果が、更新される。

 

 

 

対象の損耗率。

継戦能力。

異常値。

 

 

レベル2100。

二枚目の壁の突破を確認。

状態は極めて安定。

 

 

天力/天法の外部注入を観測。

 

 

 

結論は、即座に出た。

 

 

危険。

極めて危険。

十二星天という集団の中でも突出している。

 

 

 

何よりの問題は十二星天の中で壁を越えた者が現れたということだ。

アイゴケロスの場合は元からの可能性もかなり高いが、それでも彼は二枚目さえ打ち抜いた。

と、なればその余波は彼の同士に及ぶ可能性が非常に高い。

 

 

何せ頂点たるルファスは既に呼吸をするように1000レベルごとに存在する壁を破壊しているのだ。

彼女がその秘儀と秘訣を側近に教えている可能性は当たり前の様にある。

 

 

 

レベル限界突破という今までは不可能とされていた現象の零落。

ある種のパラダイム・シフト。

 

 

 

十二星天という集団そのものが進化段階に突入する可能性。

それは兵器群にとって明確な脅威だ。

 

 

想定以上にしぶとい。

想定以上に折れない。

セト級の内部で、新たな命令が生成される。

 

 

 

優先度、最大。

この魔王は、ここで殺す。

 

 

 

ガラガラと【プリマ・アルゲティ】が解除されて崩れていく。

中から現出したアイゴケロスは無傷とはいかず、相応に消耗していたが、その顔には亀裂が入っていた。

傷ではなく、その口元が獰猛に耳元まで裂け、口角が上がっているのだ。

 

 

 

彼は、笑っていた。

身体から失われたマナは多かったがまだ戦闘するには問題はない。

いや、しかしそれよりも彼は愉快でたまらない。

 

 

 

「……クハ」

 

 

 

 

喉の奥から、掠れた笑いが零れる。

 

肩が震える。

身体が、勝手に笑いを欲する。

 

蒼いセンサーの光と視線が交錯した瞬間、

アイゴケロスはさらに口角を吊り上げた。

 

 

 

 

「クハハハハハハハ……」

 

 

 

笑う。

堪えきれないというように。

 

 

 

「はははハハハハハハ!!」

 

 

 

一息吐き、胸の奥に溜まったものを吐き出すように、

彼は言葉を紡いだ。

万感の思いを込めて。

 

 

「やっと……」

 

 

低く粘ついた声。

 

 

 

「やっと我を見たな……」

 

 

拳を握りしめ、

爪が食い込むほど力を込めて。

狂気と執念を、その名に重ねる。

 

 

 

「アリストテレスぅぅゥゥ………!!」

 

 

彼に屈辱と挫折を与えたプラン・アリストテレスはもういない。

だが余りに似通っている。

 

 

 

この兵器の瞳に宿るこの演算。

そしてこの冷たい視線。

 

 

すべてが、彼の記憶と重なっていた。

かつて敗れ、屈辱を刻まれたあの日に見たモノとそっくりだ。

 

 

 

今度は違う。

今度は我々が勝つ。

 

 

 

魔王は爪を構えた。

狂気を宿した笑みを浮かべたまま。

彼の戦意は衰えてなどいなかった。

 

 

 

戦いの終わりは近い。

 

 

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