ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
「道具は道具です」
──プラン・アリストテレス。
宙が縮んでいく。
900億光年にも渡る数千億、数兆の銀河を内包した女神のおもちゃ箱は今やぎゅうぎゅうに圧縮された爆弾に変わりつつある。
もはやタイムリミットは間際、収奪の工程は終わり、次はさらなる超圧縮が始まる。
ネガ・インフレーション。
1次元を通り越し0次元に全ての物質と概念を押し込む。
究極まで反転したソレはやがて真なるインフレーションを誘発するのだ。
そうして極点中にダメ押しと言わんばかりに癌は拡散する。
あらゆる箇所にノイズが走る。
聞きたくもない甲高い警告のような悲鳴が止まらない。
真っ白な極点は所々に黒いシミが現れては消えてを繰り返していた。
「……?」
女神アロヴィナスは、瞬きを繰り返した。
胸の奥が、すうっと冷える。
そんな感覚を覚えたのは、生まれて初めてだった。
かつてない脱力を味わい女神は目を白黒させていた。
何が起きているのか彼女には判らない。
産まれた時から不調など成ったことはないアロヴィナスにはその手の発想さえない。
不調。
異常。
失調。
そんな言葉は、彼女の中には存在しない。
生まれた瞬間から完成していた存在にとって、壊れるという発想自体がなかった。
だから彼女にとって死というのはとても軽い。
ただ肉体が動かなくなり魂が抜けただけ。
直ぐにヴァルハラでリサイクルしてあげよう、その程度だ。
…………。
どうして?
何が?
なぜ?
問いだけが頭に浮かぶ。
答えはどこにもない。
彼女は一人である故に誰も教えてくれないし、意見もない。
どうしてこんなことに?
何がどうなっている?
何故まだアレは倒せない?
もはやアレに比べればルファスの方がましと思うほどに彼女は癌を嫌悪していた。
気持ち悪い醜悪な存在を見てしまった女神は根源的な拒絶と共に力を振るう。
混乱しながら女神は自分に出来る数少ない干渉である天力を更に更にミズガルズへと注ぎ込んでいく。
女神は焦りを自覚しないまま、もっともっと力を注いだ。
天力。
世界を動かすための、自分だけの権能。
小さくて見えない者たちにある意思とやらを掌握し動かすための糸。
ミズガルズへ。
もっと。
もっと。
押し込んで補強する。
その上で縛り直す。
レールを敷き、自分の思う方向に動かしてやる。
――その行為が、自分の足元を崩していることに、彼女は気づかない。
神の座す極点は根元から腐り始めていた。
マナ・キャンサーは女神の眼の届かないあらゆる箇所に飛び散り、土台から蝕み始めている。
ヴァルハラに落ち、そこからさかのぼった以上はもう止まらない。
マナ・キャンサー。
それは女神の視線が届かない隙間から、静かに確実に広がっている。
ヴァルハラ。
あらゆる世界の魂の集積場。
彼女が弱い生命たちをリサイクルするために作ったシステム。
そこから全ては逆流した。
女神が作るだけ作って放置した世界。
無価値だと判断して観測することをやめた何処かの時間軸。
消したはずの可能性。
それらを栄養にして癌は増える。
生物に発生したキャンサーが宿主の栄養を横取りするように。
あらゆる宇宙のあらゆる時間軸の、あらゆる次元の、あらゆる物質、概念、空間、時間、無機有機、霊的関わらずマナ・キャンサーは己を転写し続ける。
マルチ/オムニ/ゼタ……まぁつまらないインフレの単語はこれくらいでいいだろう。
どれだけ彼女が巨大で無尽で無限であろうと何の問題もない。
マナ・キャンサーはプランが考案し設計した対アロヴィナス/極点に向けた攻撃だ。
その性質は徹底的にアロヴィナスを相手にすることに特化している。
宿主である女神が強くなればなるほどそれに比例して強くなる。
天力を流し込めば流し込むほど、それを餌にして肥大する。
無限に近づこうとすればするほど、癌もまた無限に近づき、女神が作る新しい概念に適応するようにできている。
それが癌の論理だ。
もしも女神に基礎的な医学の知識や人体への理解があればこの計画は成り立たなかっただろう。
だが女神は生命を知らない。
生まれて、増えて、劣化して死ぬ。
その単純で、残酷で、逃れられない性質を学んだことがない。
彼女は、自分で自分を追い詰めている。
それに気づかないまま力を使い続けて疲労を重ねる。
いつかは必ず追いつかれる、彼女を殺せるのは彼女だけなのだ。
少なくとも今のところは。
マナ・キャンサーが虚空に目を向ける。
そこにいる己の敵とその下にいる創造主たちを認識したが彼女は止まらない。
アロヴィナスは自分が■■の存在に見られていることに決して気づかない。
覇王ルファス・マファール。
ミズガルズに新星の如く現れた黄金の覇者。
前代未聞のレベルを持ち、敗北という言葉と最も遠い存在。
無敵。
これこそが彼女を表する単語。
今までそう呼ばれてきた存在である。
あらゆる全ての戦いに覇王は勝利していた。
竜王に獅子王、魔神王さえも打破しミズガルズの歴史を常に動かしていたのはルファスだった。
レベル4200。
理不尽の塊。
敗北という言葉を拒絶する怪物。
十二の星を統べ、ミズガルズを纏め上げた女帝。
だが今、彼女の前に広がる光景は勝利のそれではない。
“絶望”だった。
自分と同じ黒い翼。
女神と同じ顔。
女神と同じ傲慢。
女神と同じ美しさ。
更に進化し変異したマナ・キャンサーの群れ。
マナという要素を完全に理解したアリストテレスの悪意の権化。
女神を殺すという目的の為にある「試行錯誤」の一つ。
こいつらは、湧く。
もはや母体など必要としない。
生成の始まりから終わりまで、すべてを記憶し終えている故にそんな無駄な工程はカットされる。
空いた“余白”に、自分自身を押し込むだけ。
もはや不要とされたかつての母胎──ポルクスはゴミのように捨てられ、踏みつぶされていた。
踵で念入りにアリストテレスの意思を実行してからマナ・キャンサーはルファスを見た。
一体、二体、三体と更にポップする。
星々の消え去った暗黒の空間から。
【エクスゲート】によって開いた虚空の裂け目から。
何もないヴォイド空間から。
それらは、まるで世界そのものが誤作動を起こしているかのように瞬間的に現れる。
一つ出現するたびに世界にノイズが走り、数式が乱れる。
ルファスはそれに対して全霊で迎撃していた。
カウンター対策を行ってから切り裂き、焼き尽くした。
更には大規模な術や拳圧で存在ごと消し飛ばした。
【ジ・アークエネミー】の権能と【フィロ・ソフィア】及び【ヴィンデミ・アトリックス】を駆使しカウンターを発動させずに何体も倒していた。
それでも次の瞬間には、同じ顔で、同じ黒翼を広げ、同じ無機質な瞳を宿して立っている。
魔神族と同じくアレと同じくこれらは生えてくる。
しかもより厄介に学習し対策を練り上げながら。
時間が経過するごとに───秒どころか刹那も経過していないが。
彼女たちは兵器群がもっていた演算能力をベースに自分たちを最適化し、更なる計算資源を会得していた。
疑似的にして完成品とは言えないが彼女たちはアロヴィナス神とルファスのいいとこどりだ、もちろん頭の出来も良い。
故に次はこう動く。
宙が、ざわめいた。
いや、むしろ音が消えたというべきか。
宙に散乱するあらゆるマナ・キャンサーが一斉にルファスを見た。
今まで散発的に攻勢をしかけていたのはただのウォーミングアップ。
ここからが本番だと言わんばかりに敵意が膨れる。
数え切れないマナ・キャンサーの群れが、まるで渡り鳥の編隊のように、ぴたりと動きを一致させる。
一種の芸の様な精確性で次の動作を実行していく。
号令もない。
視線のやり取りすら存在しない。
それでも全個体の意識が、完全に重なった。
思考の遅延はゼロ。
判断の揺らぎもゼロ。
恐怖も、躊躇も、歓喜すらも存在しない。
そこにあるのは、ただ一つの目的意識だ。
覇王ルファス・マファールを殺し、魂を提出し保護する。
それをもってルファスを守れという命令は完遂される。
「っ!」
ルファスの背筋に怖気が走った。
すると次の瞬間、殺意が押し寄せた。
今までの比ではない勢いで猛攻が開始される。
上下左右の景色が埋め尽くされ、視界が埋め尽くされる数。
黒い翼を持つ女神の影が、同時かつ一斉に突進してくる。
しかも一体一体全てがマナ・キャンサーであり女神と覇王の力を学習し強くなり続けている怪物どもだ。
速い、などという言葉では足りない。
銀河が揺れるほどの身体能力に恒星間距離を踏み台にするような跳躍を伴って女神の癌は覇王を飲まんと蠢いた。
その手には蒼白い水晶の如き神剣。
アリオトを魅力し糸に絡めとった【マリオネット】の発展形の業物。
ルファスの「力」を宿した身体を切り刻むために作り上げられた特級の業物だ。
それらが全方向から振り下ろされる。
刃の数は、百でも千では済まない。
そんな陳腐な単位では全く足りない。
視界を埋め尽くすほどの蒼色が全方位から叩きつけられる。
斬撃。突き。薙ぎ。
その全てが予測のつかないバラバラのタイミング、バラバラの角度で襲ってくる。
空間が耐えきれず、悲鳴を上げる。
切り刻まれる苦痛に悶えるように宙が震える。
「オオオオオオオオオオオ!!!」
ルファスは迎撃する。
二振りの剣が唸りを上げ、一振りで数十、数百をまとめて薙ぎ払う。
悲鳴もなくマナ・キャンサーは切り裂かれ、その身の癌を治療される。
【フィロ・ソフィア】
【ヴィンデミ・アトリックス】
治癒を行い存在を否定する。
アリストテレスの作った怪物をアリストテレスの作った術で消し去るという不毛な行為だ。
しかし終わらない。
斬り伏せたその瞬間、その“空いた場所”に次が生える。
消える数より増える速度の方が早い。
まるで最初からそこにいたかのように彼女たちは当然の権利の様に蠢いた。
遅れも、ズレも、感情もなく新しい個体が誕生/発生する。
それらは先に倒された個体たちよりも明らかに洗練された動きでルファスに襲い掛かった。
攻撃は止まらず躊躇も容赦もそこにはない。
兵器群は魔王が称賛するほどに無情であるということをここでも証明してみせた。
彼女たちの手にした神剣が断頭の為にルファスに振り下ろされ続ける。
その一撃一撃が世界級を切り裂くほどの神業だ。
それが間断なく、容赦なく、叩き込まれる。
多勢に無勢。
言ってしまえばただのリンチであり、覇王でさえ押される連撃の嵐だった。
だが、押されはしても押し切られはしない。
どれだけマナ・キャンサーが数を頼りに猛攻を仕掛けてもあと一歩詰め切れない。
殺到する敵を前にしてもルファスは慌てない。
それでいて彼女は数で劣るというリスクを過小評価もしない。
彼女は足元を見て、冷静に迎撃することを選ぶ。
このまま360度全方向から襲われるのは問題だ。
剣を十全に振るうためには、足さばきも大事なのは言うまでもないだろう。
と、すればかつて吸血姫再現体相手にそうしたように剣舞を振るうためには安定した足場が必須だ。
足場───無数にあふれ出る亡骸の海を前にルファスは無言で【エクスゲート】を展開し彼らを踏むことはなかった。
これらが何であるかはまだわからない。
しかし彼女は死者を踏みつけるのは嫌だった。
覇王は踊る。
二振りの剣と変形し、3本目、4本目の腕と化した黒翼を使いこなし、次々と流れ作業の様に返り討ちにしていく。
一瞬でも判断を失敗すればその瞬間に彼女は八つ裂きになるが、欠片も動じずに動きつづける。
「⫷⫸⫹⫺、⿓⿔⿕æœßðøþ ‡∆ℜℵℶℷℸ」
このままではキリがないと判断したマナ・キャンサーが対処方法を変えた。
狭まった宙の中を縦横無尽に黒い翼を生やした女神が飛び回っている。
一種の猛禽類が弱った獲物の様子をうかがう様に。
「こいつをどうやって殺そうか」と思案する様に。
結果、不要と判断された要素は消えた。
コレはいらないと客観的に判断されたのだ。
そして、武器を持たない個体が混じり始めた。
ルファスを葬るのに武器はいらない。
もっと純粋な獣性をもってくればよいのだと考えた結果だ。
もちろん防御のための盾もないただの素手。
女神と同じソレは細く筋肉などはついていない。
そして何より、やはりいうべきか変わらず全て同じ顔だ。
ぞっとするほどに均一化されたソレは見る者に恐怖を抱かせる。
アリストテレスの願いの一つを部分的に叶えた結果、アロヴィナスの顔が幾つも並んでいる。
ディーナが見たら嘔吐するほどに冒涜的な景色だった。
凄絶なまでに整った輪郭。
閉じた唇。
穏やかで、慈愛すら感じさせる微笑。
正しく愛と美の女神アロヴィナス。
各地の教会に建てられた石造そのままだ。
しかし。
次の瞬間、その口が開く。
真っ白な歯、異様なほど整列した歯列が涎に塗れてテカテカ光っていた。
エヘヘヘヘヘ、ヘヘヘヘヘへへっッ。
きゃきゃきゃきゃ!
あはははハハハハハ!!
歯茎を見せて全ての女神もどきが口だけ笑い、無邪気な赤子の様な声が漏れた。
しかし目は全く変わらない。
そういう笑顔に近い表情を張り付けただけ。
視界を埋め尽くす全ての女神たちが歯を見せて笑っている。
ただそういう顔を出力しただけのハリボテだ。
ただしその笑い声だけは何処までも無垢だった。
きャーハハはははハHAハハハハっはははははっ!!
「……!」
あのルファスをして微かな瞬間、ぞっとするような景色だった。
気持ち悪い。生理的におぞましい。
今まで見てきたどんな魔物よりも醜悪で、邪悪だ。
いまだに剣を握っていた個体もそんな役立たずの棒など捨ててしまう。
彼女たちはもっと原始的で効果的な方法を開始した。
即ち、捕食である。
噛みつき、歯で引き裂く。
骨に齧りつき、歯を食い込ませ、肉を食い千切ろうとする。
そして嚥下と吸収。
栄養摂取の為でも、ましてや生きるために行うのではない。
彼女たちは獣の様にただルファスを食い殺そうとしていた。
赤子が産まれて初めて離乳食から固形の食事をするような歓喜と共に。
真っ白な歯を見せつけながらそれぞれの個体は「あーん」と口を開けてルファスに飛び掛かった。
我武者羅でルファスの迎撃など気にも留めない特攻だ。
まさしく好物を前にした幼子や獣の様な勢いだった。
剣が走り、手足が舞い、四肢が砕け、頭は落ちる。
しかしそれでも、彼女たちは止まらない。
それらはルファスの迎撃を受けてもなお動き続け、肩口に、翼に、脚に喰らいつく。
白い歯は美味しそうに柔らかい肉を噛みちぎった。
ルファスは壮絶な瞳でそれらを見下ろし、腕を振るえば不埒な者らは消し飛んだ。
天法を発動させ、治癒する。
痛みは消え、同時に体内に入り込んできた癌は免疫を操作してもみ潰す。
それでも消耗した分はエリクサーを飲み回復する。
アリストテレスと雌雄を決すると決断した時点でルファスはその手のアイテムを大量に持ち込んでいる。
流麗な神の模倣と覇王の決戦はこうして下卑た獣の食い合いに堕ちた。
肉が裂け、血が舞う。
果たしてそれがどちらものなのかは誰にもわからない。
マナ・キャンサーが打破されるたびに彼らを構築していたマナが飛び散る。
それらは直ぐに再びヴァルハラに戻り、更に汚染を広げていく。
彼らを倒そうと倒すまいともうシステムは手遅れと言えるほどにハックされている。
彼女たちは一言も発しない。
断末魔も何もない。
叫ばない。
プランがそうだったように。
唸らない。
プランがそうだったように。
笑わない。
アリストテレスは戦う際に感情など見せないし、余計な言葉も発さない。
ただ、微笑んでいる。
プラン・アリストテレスがそうだったように。
誰も瞬きさえしない。
どの個体も視線をそらさず蒼い光は輝いている。
その瞳は余りに似ていいた。
ジワジワと身を食い削られながらも覇王は足掻き続けるのだった。
蒼に染まった宙を見上げながら、ミザールは腹を抱えて笑っていた。
ルファスにこっぴどくやられてもなお彼は生きている。
さすがの頑強なドワーフでルファスの攻撃を受けたせいで今は治療が必要にはなっているが。
肺に空気を入れるたび、胸の奥で嫌な音が鳴る。
骨が何本も折れているのは自分でも分かっていた。
呼吸は浅く、喉の奥には血の味が残っている。
それでも――笑いが止まらなかった。
再生と修復を繰り返し過負荷を起こした彼は転げまわっていた。
「ハ、ハハ……ハハハハハハハ!!」
喉を引き裂くような笑い声。
それは快哉でも勝鬨でもない。
自分の存在を必死に肯定しようとする、獣じみた咆哮だった。
「どうだぁぁ……ルファスゥ!!」
かつて英雄と呼ばれた面影は、そこにはもうない。
鍛冶と錬金に人生を捧げ、美学と理論に殉じてきたドワーフの職人はもういない。
今や見る影もなく、地面に半ば転がるようにして空を睨みつけている。
「見てるか!? 俺の作品を!!」
蒼い宙で蠢く、黒翼の群れ。
女神の輪郭を歪めてなぞった、無数のマナ・キャンサー。
世界を終わらせる兵器を仕上げた男は今やあれの創造主は自分だと自負していた。
俺のものだ。
俺の作品だ。
メリディアナでもアリストテレスでもない。
マナ・キャンサーは俺のものだ。
「俺の……
声が裏返る。
興奮と痛みと、どうしようもない高揚が混ざり合って、言葉が荒れる。
「テメェより強ぇんだよォ!!」
ハハハハハハハハハッハ!!!!!
ミザールの脳裏には、かつての自分が浮かんでいた。
炉の前に立ち、汗と煤にまみれながらも、完璧な均衡を追い求めていた頃の自分。
ゴーレム一体一体に意味を与え、思想を刻み、「作品」と呼ぶに足る存在だけを世に出していた、あの頃の自分。
必死に設計図を描き、どうすれば兵器群を超えられるか試行錯誤していた無駄な時間の数々だと今の彼は思っていた。
そしてその果てに出来た作品。
リーブラ。
天秤座を冠した自分の最高傑作。
■を与えたいと願った誇り高きゴーレム。
「娘」と呼ぶことを誰に咎められても譲らなかった存在。
いつからだろうか?
心から誇っていたアレを見ると自分が惨めに思えてきたのは。
アロヴィタイトを用いて次元違いの性能をたたき出す兵器群と比べてリーブラは戦闘力という点では明確に格下だ。
必殺の【ブラキウム】も24時間に1回、たった99999ダメージを与えるだけ。
兵器群はそれを弾道ゴーレムとして乱打できるというのに。
明かな格差。
彼女の存在は兵器群に比べて、いや、アリストテレスに対してミザールという男が劣っている証拠に思え始めてしまった。
だら、その名前は――思い出すのに、一瞬の間が必要だった。
胸の奥に、わずかな違和感が走る。
だがミザールは、それを力任せに踏み潰そうとした。
「違うんだよ……違う……」
彼は呟き、そして叫ぶ。
ここにはいない誰かに言い訳をしているように。
「リーブラはなァ……確かに傑作だった!!」
傑作にしてミザールの到達点であり完成品、それがリーブラだ。
完成品。
それ以上でも以下でもない。
彼がたどり着いた答えそのものだ。
「俺の全てを注ぎ込んだんだ……あれには……」
その結果があの程度だ。
レベル1000にも届かない少女の姿をしたゴーレム。
均衡が取れていて、欠点がなく、歪みもない。
望み通りの成長も成長もしなかった期待外れ。
そもそもゴーレムと成長という概念は正反対のものだ。
だってゴーレムとは変わらないのだから。
だがミザールはリーブラにソレを望んでしまっていたのだ。
■を与える?
どうやって?
それが判れば苦労はしない。
マナへの人格情報の転写技術もリーブラに心を与えるための試行錯誤の一つだった。
いまとなってはアリストテレスがそれを悪用しミズガルズ中の知的生命体を貪ることに用いているが。
ミザールは自分でも何を言っているのか半ば理解できずにぶつぶつと言葉を続けた。
「動かしても……戦わせても……何をやらせてもカタログ通りでよォ……!」
「何のために俺はあいつを作ったんだ……何のために……?」
完成したリーブラはルファスに託された。
もとよりアレはルファスとの共同制作でもあったのだから。
自分の傍に置いているよりも彼女の近くで多くの刺激を受けた方がいいという親心もあった。
彼女は十二星天としてルファスの側で、静かに役割を果たし続けていた。
ルファスの傍付きの従者として。
最強のゴーレムという看板をかつては背負って天秤座に君臨していた。。
かつて、だ。
いつしかその看板は古びたものに落とし込まれていた。
ミザールは知っている。
口々に誰かが言っていたのを。
実際に誰かが言っていたかどうかは定かではない。
しかし彼の臆病な自尊心はそういった囁きを作り上げてしまっていた。
──リーブラというゴーレムはもう時代遅れだ。
──確かに昔は強かったんだろうが、今ではアロヴィタイトも使っていない骨とう品。
──マファール陛下はあんなものよりもエル級を何体か導入すればいいのに。
どうしてルファス・マファールはあんな低性能なモノを近くに置いているんだ?
(俺は……)
ミザールの視線が、再び宙へと向かう。
覇王の象徴を冒涜する黒翼の群れが、完全に同期した動きでルファスを囲み、一切の躊躇なく殺意を叩きつけている。
濁った蒼い光が濁流と化して深紅の力を放つルファスを押しつぶそうとしている。
あのルファスが、あの覇王が、誰よりも強く超えることなど出来ないと思われていた存在を自分の作品が追い詰めている。
もう少しだ、もうちょっと、もうあと一押しで殺せる。
俺のマナ・キャンサーがルファス・マファールを殺すんだとミザールは喝采した。
眼は充血し喉はカラカラで痛い。
「これだよ……これこそが“傑作”だァッ!」
正に無数にして無限。究極の兵器と称するにふさわしいソレはミザールの最高傑作だ。
破壊されるたびに、より洗練され、より強くなる生物の完成系だ。
ルファスを殺し、極点を壊し、人類以外の何もかもを滅ぼし、やがては女神さえ堕とす。
そんな存在の根幹に自分は関わっているのだとミザールは酔いしれた。
何て強いんだ。
何て凄いんだ。
アレは俺のだ、俺が作ったんだ、俺の作品だ。
プラン・アリストテレス?
あぁ、原案を作った男だ。
だが譲らねぇ。
もう死んだ人間なんかにマナ・キャンサーは渡さない。
俺が手を入れたんだ、だからアレは俺の被造物だ。
「芸術家の魂なんて……はっ! くっだっらねぇぇ!!!」
鼻で笑う。
ただ“目的”だけを持ち、それ以外を切り捨てた、純度の高い存在。
無駄は必要ない、遊び何ていらない。
シンプルな美しさがアレにはある。
それに比べて……。
「美学? 理念? そんなもんなんだってんだ」
「プルートの奴らだって判ってたんだろうが! アリストテレスの作品には勝てねぇってな!」
だからプルートは兵器群の心臓になった。
アリストテレスがそうなるように仕向け、設計し、その通りになった。
今やドワーフはアリストテレス兵器群の下請けでしかない。
だって、だって仕方ないじゃないか。
あんなものを作れるなら、もうドワーフの、俺たちの作品に意味なんてないじゃないか。
吐き捨てるように笑う。
言葉は考える前に出てきた。
ずっとため込んでいたドス黒い念が無限にあふれてくる。
「ドワーフの誇りなんてクソくらえだ!
どうやったって、俺たちじゃルファスを殺せるモノは創れなかったんだ!!」
ルファスが強すぎた。
あまりにも遠く、あまりにも眩しかった。
リーブラは、ルファスに褒められた。
アレが完成した時、ルファスは滅多に浮かべない純粋な喜びの笑顔をしていた。
心からリーブラの誕生を祝い、ミザールに対して「確かに託されたぞ」と宣言するほどに彼女はゴーレムを思っていた。
――──それで?
誰かが囁く。
自分にそっくりな声で。
■は手に入ったか?
そも、手に入った所でどうなるという?
アリストテレスは囁いた。
所詮道具は道具だ。
心を与えたところで何の意味もないと。
「だからよォ……!」
ミザールは喉を震わせる。
「俺は“娘”なんて要らなかったんだ……!」
そうだとも。
アレに比べれば時代遅れのゴーレムなど───。
「̾̾͝リ̎͛̉͐̈̕ー̆̀̌̚͡ブ̃̋͋̌̕ラ̛̒͆́な̛̎̿ん̾͊̑͆͝て̾̃̐͝…҇͐͒̈̚…҇̍̊̊̎̂目͆́͡じ̽́͝ゃ͑́̉͒͝ね̃͒̒̃̿͝ぇ̛͒̑̓̋͌…̿̅͝…̇͊̍͠!̒̎͡!҇͐͊」҇̈̀͗͌͋
̔̽͌͞
口を突いて出た、その言葉。
余りに醜悪で一瞬自分で何をいったかさえ判らなかった。
次の瞬間。
――すぅ、と。
頭の奥が、急に冷えた。
まるで氷水をぶちまけられたように、高揚していた思考が、一気に沈静化する。
根底にあった彼の本能が禁句を口にした瞬間、目覚めていた。
「あ……?」
自分が何を言ったのか、
一瞬、理解できなかった。
「……あ?」
喉がひくりと鳴る。
笑みが、顔に張り付いたまま固まる。
リーブラ。
俺の娘。
俺が、命を込めて作った存在。
(……目じゃ、ない?)
胸の奥で、何かが軋む音がした。
否定したはずの記憶が、今になって、重さを持ってのしかかってくる。
ぷつんと何かの糸が音を立てて千切れる。
あんなに心地よかった波がすぅっと引いていく。
炉の前で語りかけた言葉。
初めて起動した時のあの静かな瞬間。
多くのパーツが調和しそして正しく動いた時のあの感覚。
「……?」
笑い声が、出ない。
「…………」
ミザールは、口を開いたまま、言葉を失った。
宙では、なおもマナ・キャンサーが蠢いている。
完璧な同期と完璧な暴力。
そして完璧な――殺戮。
あともう少しで彼のマナ・キャンサーはルファスを殺し世界を終わらせることだろう。
それを生み出したはずの男は、地上で、取り返しのつかない“言葉”を噛みしめながらただ蒼い空を見上げていた。
自分が何を失ったのか。
そして、それを失ったまま、何を手に入れたつもりでいるのか。
その答えだけが、まだ見えていなかった。
いいや。
見えてしまった。
兵器群が上空に飛ばした監視網の映像情報。
傷を治しているミザールたちに戦況を知らせるために善意で提供されたソレ。
映るのはエル級に圧倒される十二星天の姿。
────半壊に追い込まれ、自力で動くこともままならない程に損傷を負ったリーブラ。
これから目を逸らすほど彼は落ちぶれてはいなかった。
「バカ野郎がぁぁァァァァァァァァ!!!!!」
一人の