ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
「忘れ物はないかい?」
ある朝の事、リュケイオンの入り口にルファスとプランが並び合って立っていた。
朝露の残る時間帯であったがルファスの全身からはとてつもない熱気と覇気と、期待が吹き上がっており、寒さなど気にはしていない様子であった。
「あるわけないだろう」
腕を組んでルファスはむすっとした顔で答える。
翼が何度もせわしなく上下し、彼女の胸中を可視化する一助となっていた。
期待、焦り、そして何よりも未知への興奮が彼女の中には詰まっている。
これから二人が向かうのはドワーフたちの王国プルートである。
前々より訪問予定はあったのだが、遂にその日が訪れたのだ。
彼と彼女の傍には丈夫なずた袋が3つほど置かれており、中にはドワーフたちに届ける予定の鉱石がたんまりと詰め込まれていた。
一応【錬成】と幾つかの天法で強度を上げられたソレの重さは優に100キロを超える。
100キロの袋が3つ、300キロの重りと聞けばとてつもない重量に思えるだろうが、生憎それはレベル1から3程度の一般人の話だ。
三桁のレベルの持ち主の前では、こんなもの水筒と大して変わらない。
100キロくらいならばプランは片手で足腰を使わず軽々と持ち上げる事ができる上に、ルファスにとってもこの程度は既に負担にはならない程度の身体能力がある。
「実はもう一人同行者がいるんだ」
「……なに?」
プランの言葉にカルキノスか、ピオスのどっちだ? とルファスは考えた。
いや、カルキノスはともかくあの初老の男とドワーフの間に接点が見つからない彼女は頭を捻った。
ガシャガシャという金属質な足音が屋敷より響いてくる。
彼の言う三人目だろうと当たりをつけてルファスは屋敷を見て、近寄ってくる存在を目にして固まった。
「……は?」
【バルドル】がこちらに歩いてきている。
尻尾をゆらゆらと躍らせながら、不気味な鳥の骸面が背筋を伸ばした姿勢で近づいてくるのだ。
頭の中に湧き上がる疑問に翻弄されながらルファスはプランを見た。
彼もまた【バルドル】を着込んでいる。
マスクは付けていないが、それでも【バルドル】を彼は装備している。
プランが二人……?
瞬時に浮かんだ発想にルファスは身震いした。
冗談じゃない。こんなふざけた動きをする奴が二人もいてたまるか。
「いや……確か」
【バルドル】そのものは二着あったなとルファスは思い出した。
以前彼の勉強会の為に地下室を訪れた時、主機と予備が部屋に掲げてあった所を彼女は見た事があった。
簡易的な説明ではあったがあの存在が装備品であると同時にゴーレムでもあることを彼女は想起し、己を納得させる。
『今日はよろしく』
ルファスに近寄り【バルドル】は会釈し挨拶する。
仮面の内から漏れた声はくぐもってこそいるが、プランのモノであった。
目を回しながら必死に考えるルファスを見てプランは微笑み続けている。
「………んー? いや、まさか、本当に増えてないだろうな?」
ゴーレムという言葉では片づけられない程にプランと全く同じ動きをするバルドルにルファスは呟いていた。
いや、よーく注意してみれば気配という点でも同じものがあると彼女は見抜きかけ……。
「さて?」
『それは秘密になるね』
「自分はプランだよ」
『自分もアリストテレスだ』
「実は自分には兄が何人かいたんだ」
『兄です。よろしく』
「やめろやめろ! 交互に話すな! 増えるなっ!!」
何時の間にかマスクを装備し、外見上では見分けがつかなくなったプランとバルドルが言葉を交互に並び立てる。
耐え切れなくなったルファスは叫んだ。
ふざけるな、いくら何でもそれはあり得ないし、あってたまるかと。
ふーふーと興奮した猫の様な息遣いをし始めたルファスにプランは冗談はこれくらいにしておくことにした。
手品の種は何てことはない。
【一致団結】を用いてバルドルと己の感覚を同化させ、遠隔操作してるだけだ。
これは仲間たちの“意識”を一つに共有し、纏め上げる【一致団結】の裏技的な扱い方である。
自我をほぼ持たないゴーレムにこれを使用すると、己の意識を転写し遠隔操作することが出来るのだ。
元より【バルドル】はプランの為だけに存在する専用の存在故に、その同化率は完璧といっていい。
そして彼の【一致団結】はその名の通り集団が増えれば増える程、その真髄を発揮する能力なのだ。
「今回はコレの改良も目的の一つだからね。
畳んで持っていくよりも動かした方が効率がいいからこうしたのさ」
二体の【バルドル】が揃って首を傾げる。
全く同じタイミング、全く同じ動作であった。
ルファスの顔が強張る。
「前々から思っていたが……ソレのデザインは……悪趣味だな」
不気味な骸の顔を見て一言。
何時もの様な怒りが籠っていない純粋な感想だ。
そして子供の悪意なき言葉というのはいつも大人を傷つけるものである故にプランは少しだけ凹んだ。
目に見えて判る威圧感を意図的に組み込んだデザインとはいえ内心そこそこ気に入ってる外見への言葉に彼はマスクの中で目を泳がせた。
「そうかぁ……」
「…………」
自分の言葉に予想外のダメージを受けるプランにルファスは何とも言えない気持ちを抱き、唇をつぐんだ。
「そ、れはともかく。プルートまではどれくらいかかるんだ?」
筆舌につくしがたい感情を仕切り直す為にルファスは少しだけ噛みながらも質問をする。
どうせ例の意味不明な動きでいくという予想はついているが、もしかしたらゆっくりとした旅を楽しめるかもしれないとルファスは思っていた。
ヴァナヘイムとリュケイオンしか世界を知らない彼女である。
強くなった己という保険をもって、ミズガルズの各地をゆっくりと見てみたいという気持ちも最近は強くなり始めていた。
「
「あの気持ち悪い動きに付き合う気はないからな?」
少女はジト目で男に訴える。
確かにとてつもない速度であるのは認めるが、余りにあの動きはルファスの感性とは合わない。
全身を不気味に震わせるか、はたまた直立したまま超速移動する自分を想像してしまい彼女は断固とした拒絶を覚えた。
「いや、今回は別の方法にするよ」
言いながら【観察眼】を発動させ、世界の法則を直視する。
無数の記号と数式の羅列を観測しながら彼は目当てのモノを見つけ出した。
女神世界の記憶領域を読み取り、その中で変動値が少ない固定値を発見。
【♯0511bg】がプランのお目当ての記号であった。
コレは一言で言うならば
リュケイオンより南東に2200キロほど進めば存在する山脈地帯は世界にはこう記録されている。
なのでプランはそこに
高速で屈伸を行いながら虚空に目線を向けつつ彼は動く。
またか、と半ばあきらめたような視線をルファスは彼に送った。
それと同時に彼女は心の何処かで期待もしていた。
今度は何を見せてくれるのだろうか、という未知の力への期待である。
【錬成】 任意コード実行。
【マネーゲッター】
【マネーゲッター】
プランの近場に誰にも所有されていない硬貨が転移させられると同時にソレの所有権を得る。
すると世界を満たして運営する数式の一部はそれの影響を受けて別種の処理が走った。
その瞬間に【錬成】を行う事により、世界の根底の一部をプランは操作することが出来た。
更に【サイコスルー】を行う事により、世界に負荷を与える。
意味不明な行為に女神世界の孔は拡張させられ、それによって発生した反動をプランは利用した。
世界の
簡潔にいってしまうと、一行はワープしたのだ。
天力と魔力の重ね合わせによって可能とされる【エクスゲート】とは別種の転移方法がこれだ。
自分たちが存在する軸と座標を書き換える。
それがコレの本質であり詳細としては自分たちの存在する場所の
【任意コード実行/座標移動】
「……ぇ」
ルファスは息を呑んだ。
気を抜いたりなどはしていなかった筈だ。
それどころかプランがこれから行使する力を見逃す事のないように全力で警戒していたはずだ。
だというのに、気が付けば周囲の景色は様変わりしていた。
リュケイオンの緑豊かな大地ではなく、荒涼とした岩肌、見渡す限り広がる荒野に三人は佇んでいる。
遠目に見えるのは雄大な山脈で、遥か彼方の空には猛禽類の群れが甲高い鳴き声を上げて飛んでいた。
周囲を必死にルファスは確認する。
これは夢じゃないかとさえ思った。
まだ何らかの前兆があれば判りやすかった。
光に包まれる、空間が歪む、足場が移動する、超高速で滑り出す……などの何らかの前兆染みた異変があれば彼女も現実を受け入れるのに時間はかからなかった。
しかし、これはどれとも違う。
何の予兆も、変化もなくルファスたちはリュケイオンより2000キロ以上離れた地にジャンプしていた。
「な……にが……」
何度も確認する。何度も周囲を見回す。
頬を撫でる風はリュケイオンよりも乾いており冷たかった。
「着いたよ」
朗らかな声でプランはルファスに言う。
何の気負いもない雑談でもするような声であった。
ルファスは一瞬だけ呆気に取られながらも何とか声を絞り出す。
何度かどもりながら何とか質問を口にした。
「なにを? ううん……
「プルート近郊に飛んだのさ。……詳細は秘密ということで頼むよ」
いつもと同じ質問をルファスは行い、返ってくるのはいつもと同じ言葉だ。
プランが力を使うたびにルファスは質問を繰り返すが、その度に帰ってくるのはこの言葉であった。
少女は眦を吊り上げ、腕を組んだ。
口から出てくるのは少しばかり苛立ちを孕んだ声である。
自分と彼の間には明確な壁があると彼女は自覚していた。
決して踏み込めない線を認識しつつ彼女は苛立ちを吐く。
「また秘密なんだ。いつもそればっかりだな」
「…………」
少女に対してプランはマスクを外して申し訳なさそうに微笑むだけだ。
何処となく寂しげなソレを見るとルファスの中の怒りが徐々に霧散していく。
そもそもこの男の事を深く知る気など彼女にはない。
いずれ殺す男をどうして掘り下げないといけないのかと彼女は本気で思っていた。
プランは遠くに見える山を示す。
地平線の彼方に見えるが、距離としては大体10キロにも満たない程度の位置が目的地である。
10キロと聞けば一般人は遠いと思うだろうが、生憎三桁のレベルを持つプランたちの感覚としては短距離になる。
「あの山脈の地下がプルートになる。ちょっとだけ歩いていこうか」
軽々と100キロ以上の重荷が詰まった袋を左右の手で一つずつ持ち上げて歩き出す。
【バルドル】が残り一つの袋を持ち上げようとしたが、ルファスが横からソレを奪い取った。
ガラガラ、という石同士がこすれ合う音がした。
少女の細腕は100キロ以上の負荷をかけられても平然と動かす事ができた。
「軽いな……」
誇るでもなく、純粋な感想として口にする。
2年前の、リュケイオンに来る前の自分では持ち上げるどころか引きずることさえも不可能だったソレを今の自分は軽々と持ち上げている。
その事実を彼女は噛み締めていた。純粋な腕力というのは最も判りやすい力である故に彼女は少しだけ気をよくした。
重さを感じさせない動きで彼女はプランを追いかける。
そんなルファスの後ろに【バルドル】が続き、周囲への警戒を怠らずに動き続ける。
自分の後ろを歩くルファスに意識を向けながらプランが口を開く。
これから訪問することになるプルートについての簡潔な説明を彼は始めた。
「これから向かう“プルート”はドワーフたちの本拠地なんだ。
“プルート”というのは古い言葉で【地の底】や【冥界】という意味で、その名の通り彼らの王国は地下に作られたものなんだよ」
「……大きな洞窟みたいなものか?」
ルファスの頭に浮かぶのは原始人の様に洞窟に住むドワーフたちだ。
彼らの小柄な体格と相まって少女にはどうにもプルートという所のイメージとしては、鉱山の様な個所に思えてならなかった。
そんな彼女の考えを読み取ったのかプランは苦笑いした。
「とんでもない。彼らの首都はどっちかというと……地底都市と言った方がいい」
言葉にするのは難しいけど、恐らく想像を絶する筈さと続ければルファスは別の疑問を抱いた。
「それだけの規模で地下って掘り進められるものなのか?」
ただでさえドワーフは小柄なのに、という続く言葉は飲み込んだ。
彼らにはゴーレムがあるということを彼女は思い出したのだ。
全自動で疲労することなく働き続ける労働力さえあれば可能なのかもしれないが、それでも人の手で地面の下に都市を作れるものなのかと彼女は考える。
「いや、殆どは元々あった空洞を利用されているのさ。
幾らドワーフが屈強とはいえ、万単位の人を収容できる空間を掘削はさすがに無理があるからね」
プランは朗々と続けていく。
元はとてつもなく巨大な生物が掘り進めた跡地を利用している事、更に更に気が遠くなるほど掘り進めるとヘルヘイムと呼ばれる世界があること等などを。
喋りながら彼の脳内に浮かぶのはヴァナヘイムの山頂で眠り続ける日を司る龍であった。
全長12800キロの生物が蠢けば地下空洞が作られるのも無理はない。
これも女神の怒りの傷跡なのだ。
確か、地の底にも一匹いたなとアリストテレスは思い返しながら大まかなプルートの概要をルファスに教授した。
ルファスは途中から黙ってプランの話に耳を傾け続け、時折何かを考え込む様な仕草を繰り返す。
特に彼女は“温泉”という概念が気になったようで、もしも機会があれば入ってみたいと思ったようだった。
続いてドワーフたちとの付き合い方、プルートにはドワーフ以外にも多くの種族がいる事などを話している内に二人はプルートの入り口にまでたどり着いていた。
10キロという道のりであったが、会話をしながらではあっという間だったのだ。
「ここが入り口?」
「数多くある内の一つになる。これと同じものがここらへんにはいっぱいあるんだ」
ルファスはしげしげと眼前の“入り口”を眺める。
小高い丘の真ん中にぽっかりと開いたソレはまるでトンネルの様で奥の方は暗闇が満ちていてよく見えない。
入り口の上には看板が掲げられており【第11号出入り口】と書かれていた。
空気が吸い込まれる度にオォォォという不気味な呻きの様な音が響き、ルファスは翼を展開して身を固くする。
嫌な予感がした。彼女の感覚は洞窟の奥はともかく、あちらこちらから飛んでくる視線を感じ取っていた。
実際彼女の勘は正しい。
プルートの出入り口には無数の監視用ゴーレムが擬態された上で配備されているのだから。
「……本当に入るのか? ちゃんと道はあってるんだろうな?」
「大丈夫、自分たちが来る事は前もって知らせてあるから何も起きないよ。
道もしっかり頭の中に入ってる」
【観察眼】を発動させ、周囲に80体ほどのゴーレムが展開させられている事を読み取りながらもプランの足取りは軽い。
むしろこれらは自分たちを守ってくれているのだと知っているからこそ、気楽に振舞える事が出来た。
平然と歩を進めるプランを少しばかり焦りながらルファスは追いかける。
トンネルの中に入ると当然というべきか太陽の光は届かなくなる。
所々に設置された松明の灯りだけが頼りになるとますます少女は息を呑む。
天翼族としての本能なのか、ルファスもたった今気が付いた事実であるが……どうやら彼女は空の見えない閉鎖空間は苦手らしかった。
どうしてもヴァナヘイムに居た時のボロ小屋を思い出してしまうのだ。
何の灯りもない空間で母と二人で寒さに震えた記憶は彼女にとっては自覚さえないトラウマであった。
「…………」
完全に無意識の行動であった。
気が付けば彼女はプランの裾を握りしめていた。
真っ赤な眼を輝かせながら少女はぎゅっと暗闇を恐れるように身を縮め、彼の腕を掴んで離さない。
「ぁ……違う!」
己の行動に気が付き、弾かれるようにプランと距離を取ろうとし……二人の背後を歩いていた【バルドル】にぶつかる。
完全に【バルドル】の存在を忘れていた彼女が咄嗟に振り返り【バルドル】の不気味なマスクを直視してしまった。
暗闇の中に佇む鳥の骸顔という異形は少女の精神に痛打を与えうる怪物であった。
「っっ~~~───ッッッ!!!!」
声にならない悲鳴を上げて飛び上がる。
一刻も早く場から逃げ出そうとして、彼女はプランの【サイコスルー】に捕まった。
不可視の念力が彼女を包み込み、持ち上げる。
暫く手足を振り回してもがくが、少しずつルファスは冷静さを取り戻していき今の自分の痴態を自覚して俯いた。
完全な空回りであった。
発端から何まで全て自分の勘違いでありコレに関してはプランは悪くないと認めざるを得ない程に。
「……おろして。もう、大丈夫だから」
力なく呟く。
不甲斐ない自分に憤りを覚えるのと、ソレをよりによってプランに見られた屈辱に思わず素の口調に戻ってしまう程だ。
大地に降ろしたルファスにプランは手を差し出した。
真っ赤な瞳の中に浮かぶのは疑問と、困惑であった。
まさかプランがこのような行動を取るとはルファスは欠片も想定していなかった。
「……もうちょっとだけ暗闇の中を歩くことになる。
はぐれたりしたら大変だから、自分の手を取ってほしい」
「…………………」
差し出された手をルファスは凝視する。
反発心を燻ぶらせながらも、彼女の頭は冷静にプランの言葉が正しいことを受け止めていた。
嫌だと叫んで払いのけるのは簡単だが、そうなるとまたこの暗闇の中を手探りで歩く事になる。
息苦しい暗闇は嫌いだと彼女は認めた。
プランも嫌いだが、この道はもっと嫌いだと。
なので彼女は妥協することにした。
「都市につくまでだ……」
指先を緊張で震わせながらプランの指と結び合わせる。
決して自分を離させない様にきつく握った。
始めて誰かと繋いだ手の感触は、ゴツゴツしていて……ちょっとだけルファスは安堵を覚えるのだった。
これからもどんどん特殊タグを使っていきたいですね。
主人公の能力を表現するのに本当に便利な機能です。