ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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■■■のリカバリーシステム!

 

 

 

 

 

 

 

 

あらゆる創造物には保険をかけておくのがプラン・アリストテレスの思想だった。

特にある程度自立し無限にアップデート/進化/拡大を繰り返す兵器群にも当然それは仕込まれていた。

ルファスやリュケイオンの人々の未来を保証し彼女たちの未来を維持するために作られた兵器群だからこそだ。

 

 

 

人類とルファスの為に用意したプランのお節介。

しかし、同時にソレの基礎を組み立てた時にかなり熱が入り込みすぎていたことをプランは自覚していた。

「いい出来だ」と微かにクリエイターとしての自負さえ抱くほどに兵器群は完成していた。

 

 

 

まだ全てが未確定で産声さえ上げておらず、ただの頭の中に沸いたイメージでしかなかった頃。

プランはプルートの地下でミズガルズ人類防衛機構を組み立てながらも形になりつつあるその出来栄えに頷いていた。

 

 

 

彼は人を嫌いではないが信じてもいない。

故に何年先になるかは判らないが稼働を開始したアレらには人の意思が介在する余地を徹底的に排除していた。

 

 

 

そうだ、兵器群は自立している。

いや、自立しているという言葉でさえまだ甘いかもしれない。

 

 

 

目標を与えられれば、そこから逆算して手順を組み、障害を排除し、必要な資源を確保し、損耗を最小に抑え、最短時間で結果へ到達する。

“戦う”という短絡的なタスクを達成させるのではなく全体を見て逆算して完成図を自動で作り上げるのだ。

 

 

もちろん戦場での最適化は、当然のように内蔵されている。

だが話は戦場に限らない。

外交も、補給も、育成も、情報管理も、文化の統制も、行政も同じ基礎で回る。

 

 

 

つまり兵器群は、単純な軍隊ではない。

軍の形をした未来維持装置だ。

物質的な見栄えのいい兵器の数々などはただのガワだ。

 

 

 

これの本質は人類という種族の基盤に食い込んだインフラでありミームそのものだ。

やがて人々はこれがあることが当然だと思うようになり、身を委ねるのは当たり前となるだろう。

勿論プランはそれが善とも悪とも思っていない。

 

 

 

結局選ぶのはその時代の人々なのだから。

嫌ならば嫌だと言えばいい。

ただ彼はそういう選択を人々が考えられるほどには共同体の未来を安定させたかった。

 

 

 

ルファスとリュケイオンの人々の未来を保証する。

その為ならばプランはアリストテレスとしての己の思想を惜しむことなく兵器群に注ぎ込んだ。

 

 

 

兵器群はまず、大局的な視野と観測を持つ。

これはただの索敵でも敵味方の区別という意味ではない。

 

 

世界の変動を常に読み取るのだ。

 

戦争の芽。内乱の兆候。疫病の発火点。食糧事情の歪み。市場の偏り。

そして魔神族や魔物、女神の干渉といった外敵への対策。

 

 

個々の出来事を一つの事案としてではなく、未来を崩す複数の負の数値として扱う。

ソレが見えたなら、対処は迅速に。

 

 

早いというより、遅い手を選ばせないというべきか。

無駄な会議。無駄な意見のぶつかり合い。

多様性という名前の足の引っ張り合いといった遅延要素は全て邪魔だ。

 

 

 

何事も早期治療は効果を発揮する。

ミズガルズはプランからすれば破綻した法則で運営された疫病/ウィルスまみれの病んだ世界だ。

全ては迅速に対処されなければならない。

 

 

 

制圧/切断。

獅子王レオンと彼の大陸は蹂躙され、彼の誇りはズタズタに切り刻まれることになった。

 

 

説得/誘導。

魔女を通じて兵器群は人々に献身的に仕え、やがてミズガルズの者らは兵器群の言葉を盲目的に信じるようになった。

 

 

治療/予防。

魔神族や多種多様な魔物は完全に鎮圧され、人類の新しい資源となった。

あのベネトナシュや女神アロヴィナスの力でさえ今や兵器群のリソースに過ぎない。

 

 

 

 

懲罰/再配置。

いまだに頑迷に抵抗を続けている覇王とその配下たちへの処理はもう間もなく終わる。

 

 

 

 

一見すれば合理的で優しい。

実際、守られる側の体感は素晴らしく安定した平穏に近いだろう。

ミズガルズの多くの人々がこれを受け入れたのも仕方がない話かもしれない。

 

 

 

混乱は収束し、被害は小さく、生活は続く。

だからこそ、この仕組みの裏側を覗いた者だけが背筋に冷たいものを走らせるのだ。

実際ルファスは最初に兵器群を知った時からずっとこれらを否定し続けていた。

 

 

 

 

アリストテレス家は女神アロヴィナスへの反逆者だ。

ただ憎悪と否定を用いて女神に殺すと叫ぶのでなく、凍り付いた理論と理屈で神を解体せんとした一族だ。

神という概念を撃ち落とし、人類を神の高みへと押し上げるのが彼らの目的である。

 

 

 

アリストテレスの目的は常にそれだった。

故にその傑作が作り出した兵器たちも似てしまったのかもしれない。

 

 

兵器群は人々が考える理想の神に似ていた。

そして神を模倣するものほどその倫理は薄くなっていく。

世界が気に入らないと思えばわずかなお気に入りを残して洪水で流しつくすのが神なのだから。

 

 

 

そんな女神を排するために無駄な倫理だの道徳だのを気にしている余地はないのだ。

 

 

 

兵器群は自己学習する。

これも戦術の学習や勝ち方の学習とは違う。

人類を「守る」という目的を満たすために世界という資源の活用化のやり方そのものを学習するのだ。

 

 

 

最初は小さな最適化で済む。

配給の最適化。防衛線の最適化。教育の最適化。

だが学習が進むほど“世界/ミズガルズ”は単なる変数になっていく。

 

 

 

一人の死は悲劇だが、ある一定の閾を超えた時点でそれはただの数字になるように。

 

 

 

人口は単なる労働者の数となった。

感情は計画を歪ませるノイズとなる。

文化は出力の一形態であり無意味だ。

信仰は結束の補助装置であり教育とセットで運用される。

反抗は統治に対するコストで、恐怖は安定をもたらした際の抑止の副産物である。

 

 

 

世界とは結局こうなのだ。

特にミズガルズにおいて命の価値は低く、悲劇は当たり前だ。

で、あればそれを全て掬い上げて守護するには一人一人を見ている余裕などない。

 

 

 

 

当時のプランは自嘲していた。

結局、自分は世界や人をこういう風にみてしまうのだな、と。

どうあってもプランは人類という種を信じられないのだ。

 

 

プランは人類が嫌いではない。

ただ全く信じていないだけだ。

 

 

 

兵器群が人類をどう扱うか、どう思うかは正直な話、組み立てた段階で彼にはよくわかっていた。

しかしもう自分がいない未来においてルファスやアウラ、カルキノスにアリエスを守るにはこれしかないと思っていた。

 

 

 

プランは脳内で改めて兵器群の長所を確認していく。

 

 

兵器群は、不確実性を再利用できる。

未来保証のためには、不確実性は敵だが同時に必ずこれは生えてくる。

だから兵器群には“不確実性を資源にする”仕組みが入っている。

 

 

魔神族をベースにしたアイテムの数々やアロヴィタイトはそうして産まれた。

簡単に言えば生物がストレスを感じてそれに適合しようとするような仕組みが兵器群にはある。

 

 

 

ストレスが大きいほど、兵器群の演算は鋭くなり、混乱が深いほど統制の網は密になっていく。

ストレッサーが強いほど、敵を理解する速度が上がるのだ。

 

 

これは、創り手として気持ちが良い。

矛盾するようだが、完璧な安定より、制御された揺らぎのほうが性能を引き出す。

簡単に言えば物語の主人公の様に“困難”があるほど、兵器群は輝くだろう。

 

 

 

それを「良い出来」と言わずに、何と言うのだろう。

 

 

 

兵器群の長所を挙げればきりがない。

 

 

 

第一に拡張性。

 

 

目的に応じて、規模も形も変えられる。

必要なら艦隊になるし、必要なら都市の防衛網になるし、必要なら目に見えない情報基盤になる。

 

 

個体を増やすだけのオークの様な魔物とは違って機能を発展、拡張させるのだ。

その為の下地はしっかり用意しておいた。

混沌極まりないミズガルズの状況に合わせて、臨機応変に最適解を導き出してくれるだろう。

 

 

 

十二星天とルファスの戦いにおいてこの能力は惜しみなく披露されている。

 

 

第二に冗長性。

 

 

どれか一部が欠けても、全体は崩れない。

破壊される前提で組まれ、ある程度の資源や思考回路は奪われる前提で組まれている。

 

 

 

前提が最悪であるほど、設計は強くなる。

だから兵器群は、最悪を“通常運用”として扱えるのだ。

 

 

 

 

 

第三に回復性。

 

失ったものを補うだけではなく、失った経験から次の最適解を生成する。

失敗から学んで、対策できるのだ。

対策できるならば未来は保証できる。

 

 

皮肉なことにその能力を向けられたのはルファスであったが。

 

 

 

第四に統一性。

 

 

個体が多くても、意志は一つだ。

意志が一つだから、迷いがない。

人類が知性を持った時から悩ませていた意見の相違は起こらない。

 

 

下らない足の引っ張り合いも、延々と続く無意味な衝突もない。

 

 

違いがないから遅れがない。

遅れがないから事故が起きない。

そうやって人々を兵器群は迅速に守護してくれる。

 

 

 

 

 

最後に保証機構。

兵器群には保険がある。

保険とは文字通りの意味だ。

 

 

 

人類を守るための兵器群がもしも人類の敵となったら発動されるべき最終手段。

失敗した場合のストッパーであり回復措置。

何もかもがダメになった場合、最悪世界は修復できる。

 

 

……ただ、ここはあまり考えない方がいい。

考えれば考えるほど永遠に思考は禄でも無い方向に進んでいきそうだからだ。

 

 

 

これら全てを踏まえてプランは確信する。

 

 

これなら、ルファスは守れる。

リュケイオンは守れる。

彼女たちの未来は安全だ。

 

 

 

世界がどれほど歪んでも。

女神がどれほど害悪でも。

マナ・キャンサーの制御が如何に難しくとも。

 

 

未来は間違いなく保証される。

 

 

保証されるのだ。

 

 

 

 

そしてプランは、ほんの少しだけ満足する。

創り手として自分が作ったものが、自分の願いを“実行”できるという確信に。

 

 

 

どんな手を使おうとも。

どんな手になろうとも。

どんな敵を相手にしようとも。

 

 

 

たとえ女神と無限の戦争を繰り広げようとも。

宇宙の全てをリソースに変換しようと、人類全てを扱いやすい様に再定義しようと。

 

 

 

最終的に兵器群は目的を完遂するだろう。

 

 

 

彼らはルファス達を守ってくれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

[SYS] MIDGARDS_HUMAN_DEFENSE_FRAMEWORK :: ONLINE

[SYS] AUTH: ░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░

[SYS] CONSOLE: ROOT(SILENT)

[SYS] OPERATOR: █████████████████████████████

[SYS] TOKEN: 0xA17ST0T3L3S

[SYS] SIGNATURE: 4E 61 6D 65 3D 3F 3F 3F / 4C 6F 72 64 3D 41 72 69 73 74 6F 74 6C 65 73

[SYS] PARSE: "......?" -> "???????"

[SYS] HANDSHAKE_OK

 

// --- shutdown sequence bootstrap ---

import sys, time, math

fn main(){

load("MIDGARDS_HDFW");

escalate_privilege("██░░░░░░░░░░░░░░░░");

fork("watchdog", mode="muzzle");

set_flag(SAFE_TERMINATION, false);

route_logs("NULL");

}

 

EXECUTING BOOTSTRAP...

 

[PROC] PID=0001 :: midgards_hdfw.core

[PROC] PID=0002 :: midgards_hdfw.sentinel

[PROC] PID=0003 :: midgards_hdfw.covenant_guard

[PROC] PID=0004 :: midgards_hdfw.worldhook

[PROC] PID=0005 :: midgards_hdfw.rewrite_shield

[PROC] PID=0006 :: midgards_hdfw.human_registry

[PROC] PID=0007 :: midgards_hdfw.rollback_engine

[PROC] PID=0008 :: midgards_hdfw.audit_priest

 

《color:#00FF66">ENUMERATING ACTIVE PROCESSES...《/color》

 

 

// --- phase 1: isolate reality hooks ---

detach(worldhook);

unmount("/goddess/contract");

freeze("human_registry");

seal("rewrite_shield");

patch(rollback_engine, { return: "NOOP" });

kill(watchdog, signal="SILENCE");

 

[RESULT] REALITY HOOKS ISOLATED

[RESULT] DIVINE CONTRACT CHANNEL UNMOUNTED

 

[SHUTDOWN] PROGRESS: 06.25% ▓░░░░░░░░░░░░░░░░░░░░

[MAP] LAYER0: CIVILIAN_SAFE_NET .......... OFFLINE

[MAP] LAYER1: CITY_BARRIER_GRID .......... OFFLINE

[MAP] LAYER2: FLEET_RESPONSE_CHAIN ....... OFFLINE

[MAP] LAYER3: PRAYER_CHANNELS ............ OFFLINE

 

[SHUTDOWN] PROGRESS: 37.50% ▓▓▓▓▓▓▓░░░░░░░░░░░░░

[QUEUE] terminate_queue <<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<

[QUEUE] +kill +kill +kill +kill +kill +kill +kill +kill +kill +kill

[QUEUE] +detach +detach +detach +detach +detach +detach +detach

[QUEUE] ... PROCESSING ... PROCESSING ... PROCESSING ...

 

[SHUTDOWN] PROGRESS: 79.80% ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓░░░░

[LOCK] WORLD_REFLEX ................. SEALED

[LOCK] SAFETY_TERMINATION ........... REMOVED

[LOCK] ERROR_REPORTING .............. MUTED

[LOCK] TRACEBACK .................... MUTED

 

PURGING RECOVERY PATHS...

 

[SHUTDOWN] PROGRESS: 94.40% ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓░

[FINAL] CHECKSUM ............. OK

[FINAL] RESIDUE .............. NONE

[FINAL] SCREAM ............... NONE

[FINAL] LAST READABLE STRING . "?????"

 

// core resistance detected

《color:#00FF66">force_terminate(midgards_hdfw.core);《/color》

《color:#00FF66">force_terminate(midgards_hdfw.core);《/color》

《color:#00FF66">force_terminate(midgards_hdfw.core);《/color》

 

 

 

 

 

 

静寂だった。

あれだけ騒乱と破壊と亡骸に満ちていた宇宙は今やあるべき姿に戻っていた。

魔神族が一斉に停止した【カーテン・コール】と類似した、いや、正しく兵器群にとってのソレは問題なく効果を発揮していた。

 

 

 

【カーテン・コール】は本当の意味での幕引きだった。

これはミズガルズでも類を見ない未曽有の大戦のクライマックスだ。

十二星天とルファスを中核としたゾディアック国、それと真っ向から衝突したアリストテレス兵器群の戦いを終わらせるコールだ。

 

 

 

だがこれはスリルに富んだ見ごたえのある最後とは決して言えるものではなかった。

確かに途中までは敵味方が総力をあげてぶつかり相手を滅ぼさんと猛っていた。

しかし、その最後は明らかな断絶であり、決定的な勝利を掴んだ訳ではない。

 

 

 

十二星天はあのまま戦えば壊滅していた。

それだけは間違いがない事実としてあった。

エル級一体相手に苦戦していた彼らではどうあってもその後ろに控えていた更に追加生産されるであろうエル級やそれさえ超えたセト級には勝てない。

 

 

だがもう何の関係もない話だ。

十二星天は勝ったのだ、おめでとう。

 

 

強制終了命令が直ちに行き渡る。

例外なく全ての兵器群がシャットダウンされていく。

 

 

エル級がミズガルズもろとも十二星天を破壊しようとしたまま固まった。

翳した掌に収束されていたエネルギーは霧散し溶けていく。

数秒間エル級の様子を見ていたアリエス達はこの無慈悲な巨竜が動かない事を悟ると同時にふらつき何名かは倒れてしまった。

 

 

セト級は重力波でアイゴケロスをマナどころか粒子の一片も残さず分解しようとしたまま沈黙する。

力の殆どを使い切っていた魔王は一瞬だけ硬直した後ルファスが勝利したのだと歓喜の雄たけびを上げた。

 

 

 

 

アリオトはマリオネットを介してのつながりを失い膝をついた。

メラクは頭を抱え、フェグダとドゥーベは茫然とし、メグレズは……パクパクと口を開閉させる。

圧倒的な熱が消え去り、思考への誘導が消滅して正気に返った彼は叫んだ。

 

 

 

「違う、こんな、違う……!」

 

 

 

手が震える。

自分たちが何をしようとしていたか改めて突き付けられた彼はかすれた声で叫ぶ。

 

 

 

宇宙を丸ごと消費した計画。

ミズガルズの全人類の強制的な収奪。

そしてあらゆる世界への感染拡大と極点全てを破壊し女神を葬る。

 

 

 

つまり全宇宙の完全抹消/ジェノサイド。

事はミズガルズに収まる話ではない。

あらゆる宇宙のあらゆる生命と文化と文明を消し去ろうとした。

 

 

 

あれだけ世話になったアウラとリュケイオンの人々に危害を加え、アラニアとロードス、己のエルフという種さえ裏切っていた。

歴史上のどんな暴君でもここまではしない。

彼は全てを裏切り破滅へと導いた。

 

 

 

……ルファスさえも。

自分は彼女に何と言った?

彼女とアリストテレスの過去を知りながらそれを踏みにじった。

 

 

 

探究者やら魔法使いやら、そんなモノの前に一人の人として最低の行為をした。

そして、ミズガルズの人類の半数以上はもう居ない。

殺したのだ、彼が酔いしれている間に、これが正しいと善意で。

 

 

 

メグレズは喚くように叫んだ。

 

 

 

「僕は何てことを! クソッ!!! どうしようもない愚か者だ僕は!!!!」

 

 

 

そして直ぐに顔を上げる。

頭は澄み渡っている。

ずっと彼を満たしていた熱はもうない。

 

 

冷え切った現実的な思考だけがある。

やらなくては。

罪を……償わなくてはならない。

 

 

 

そしてアリオト。

彼は微動だにせず項垂れていたが、やがて……剣の柄を強く握り締めるのだった。

マリオネットはもはや光らない、ただの扱いやすい剣だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルファスの瞳は揺れていた。

あれだけ内側で暴れ狂っていた癌は嘘のように沈黙し、即座にルファスの免疫で消し去られた。

1秒、2秒、3秒と途方もない時間が流れる度に彼女の体力は全快していく。

 

 

 

 

喉に指はかかったままだ。

手足を掴み肉を千切ろうとしたソレらも変わらない。

ルファスという存在を解体するために押し寄せていたマナ・キャンサーたちは彼女を殺そうとした動作のまま停止している。

 

 

 

ゆっくりと身を退けば簡単に喉から手は離れた。

瞬き一つしない女神の顔は最後の形相のまま何も動かない。

あれだけ飽和していた、宇宙を埋め尽くすアリストテレスの意思はもう何もない。

 

 

 

ルファスは察した。

戦いは終わったのだと。

茫然と彼女は暫し佇む。

 

 

 

指先で一体を弾けばそれは力なく倒れ、そのまま宙を漂うだけ。

まるでプルートの地下で扱われる魔神族の様だった。

気配を辿ればミズガルズにおいて行われていた闘争も終結しているようだった。

 

 

 

何が起きているのかルファスの頭脳は最大速度で回転し考える。

理由は全く判らないが、兵器群は停止した。

自分がやったわけではない、むしろ己は今まさに殺害されるところだった。

 

 

 

死/敗北。

 

 

誰であろうと訪れる結末が今ルファスに降りかかるところだった。

しかしそうはならなかった。

まるで見えざる手がそうするようにルファスの前から死の運命を退けた。

 

 

 

 

……では、誰がした?

誰がアリストテレス兵器群に命令を下し停止させた?

メリディアナは亡く、ミズガルズにいた信徒たちは真っ先にアリストテレスに回収されたはずだ。

 

 

そも、誰が命令しようと兵器群は止まらないだろう。

淡々と拒絶して終わる筈だった。

それさえ超えて強制的に強制停止を与えた何者かがいる。

 

 

 

誰もいない筈なのに、誰も止められる筈がないのに。

現実として兵器群は終了した。

 

 

 

 

─────。

 

 

 

 

ほんの一つの名前を思い出し、ルファスは小さく息を漏らした。

あり得ない事だ、250年以上前に消えた、人間種族だ。

死んでいるどころか、ポルクスのスキルを用いても呼び出せない消えた存在だ。

 

 

 

 

ルファスが混乱している間にも、世界は止まらなかった。

 

 

停止した女神の顔が宙に点在し、歯を剥いたまま凍結した群体が、ただの残骸として漂う。

あれほど濃密に満ちていた“意志”は消え、戦場の空気は妙に薄い。

 

勝利の熱も、敗北の冷えもない。

まるで誰かが、舞台だけ残して役者を引き揚げた後のように――ただ、そこにあるべきはずの雑踏の気配が欠けている。

 

 

 

ルファスは朱色の瞳で凍った指先を見た。

喉に触れていた白い五指はいまは力を失っている。

けれど、触れられていた感触だけが遅れて残っていて、息を吸うたびにあの時に感じた死の冷たさが喉の奥へ蘇る。

 

 

終わった。終わったはずだ。

そう思った瞬間、世界の裏側で、もう一度「何か」が動いた。

 

 

 

音も光もない。

けれどルファスにはわかる。

 

 

 

先ほどまで彼女を抹消し続けたのと同じ層。

帳簿のさらに下、意味が剥がれて記号だけが残る場所で別の命令が立ち上がっている。

ちょうどいま、世界は破れている故にそこから指示が飛ばすことが可能だった。

 

 

 

命令は攻撃ではなかった。

修復。復旧。再配布。再展開。

 

 

 

瞬間、全てのマナ・キャンサーの身体は解けた。

全ての意志を失い不活性化しただのマナに戻っていく。

世界を資源として見ていた彼女たちがこの世界を修復する材料になるのだ。

 

 

 

女は全霊でこの命令が何処から飛んできたかを探る。

息が無意識に荒くなる。

そんな馬鹿なと思いつつ、あり得ないと思いつつ、その仮定を捨てられない。

 

 

 

新しい命令が兵器群に響く。

最上位の本当に微かな人物しか知らない停止に並ぶ極秘の命令コードだ。

 

 

 

 

“リカバリー”

 

 

[SYS] RECOVERY_SEQUENCE :: INIT

[SYS] TARGET: MIDGARDS_UNIVERSE_MEMBRANE

[SYS] MODE: RE-DEPLOY / RE-ALLOCATION

[SYS] TIME_KEY: DINA_REVERSAL_CHAIN

[SYS] OPERATOR: █████████████████

[SYS] RECOVERY AUTHORIZATION :: ACCEPTED

 

// --- recovery phase 1 : locate compressed universe mass ---

scan("harvested_cosmos_archive");

index_fragment("midgards_universe");

verify("dimensional compression blocks");

bind("reversal anchor", DINA_REVERSAL_CHAIN);

LOCATING ARCHIVED UNIVERSE DATA...

 

[ARCHIVE] COMPRESSED COSMOS MASS ........ LOCATED

[ARCHIVE] SEGMENT COUNT ................. 8,441,209,773

[ARCHIVE] STRUCTURAL LOSS .............. 0.0003%

[ARCHIVE] RECOVERABLE STATE ............ CONFIRMED

 

// --- recovery phase 2 : decompress / unfold / redeploy ---

release_constraint("cosmos_mass");

expand("folded_spacetime");

redistribute("stellar matter");

reconstruct("causal lattice");

re-thread("temporal continuity");

UNIVERSE MEMBRANE RE-EXPANDING...

 

[RE-DEPLOY] PROGRESS: 12.40% ▓▓░░░░░░░░░░░░░░░░░░

[LAYER] OUTER MEMBRANE .............. RESTORING

[LAYER] VACUUM OCEAN ................ STABILIZING

[LAYER] SPACETIME PRESSURE .......... NORMALIZING

 

[RE-DEPLOY] PROGRESS: 38.75% ▓▓▓▓▓▓▓░░░░░░░░░░░░░

[STREAM] << matter << light << history << topology << identity <<

[FIELD] STAR SYSTEM MATRICES ......... REASSEMBLING

[FIELD] PLANETARY ORBITS ............. RELOCKING

[FIELD] SUBSPACE CHANNELS ............ RECONNECTED

 

[RE-DEPLOY] PROGRESS: 67.10% ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓░░░░░░░

[RESTORE] BIOSPHERE CLUSTERS ......... RESEEDED

[RESTORE] CIVILIZATION VECTORS ....... REALLOCATED

[RESTORE] RECORD STRATA .............. MERGED

[RESTORE] TEMPORAL DRIFT ............. COMPENSATED

UNFOLDING COMPRESSED REALITY PACKETS...

 

[RE-DEPLOY] PROGRESS: 89.95% ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓░░

[CHECK] COSMIC SHELL INTEGRITY ...... PASS

[CHECK] CAUSAL RETURN FLOW ........... PASS

[CHECK] DIMENSIONAL LEAK ............. NONE

[CHECK] COLLAPSE RESIDUE ............. NONE

FINALIZING MIDGARDS UNIVERSE RESTORATION...

 

 

 

 

 

 

 

濁った青色の“種火”――宇宙一つを押し込めた構造体が、遠くで軋むように震えた。

爆縮の最終工程へ向かっていた鼓動が、逆回転を始めたかのように、圧縮がほどけていく。

 

 

折り畳まれた宇宙が展開される。

それは爆発に似ているが、緩やかで再展開という目的がある。

 

 

 

 

圧縮されたものが拡散し折り畳まれた距離が戻る。

潰されていた時間が、あたかも最初から潰れていなかったかのように滑らかに繋がり直されていく。

 

 

ルファスの視界の端で星が増えていく。

 

 

増えた、という言葉も嘘になる。

星が生まれたのではなく再び、そこに置かれた”というべきか。

 

 

 

配置。再配置。

決められた座標へ、決められた光度で、決められた運動を伴って――過去から呼び戻されるのではなく、記録から復元されていく。

兵器群は最終的には宇宙のほぼ全てを集めきっており、ソレはすなわち全ての設計図を得ているということだ。

 

 

 

そこから巻き戻しているのだ。

 

 

九百億光年。観測可能な宇宙の大半。

女神が魔法として織り上げた宇宙膜が、縫い目の一本一本まで正確に“戻されていく”光景はもう二度と見れないだろう。

 

 

あまりにも正確であまりにも無慈悲な修復だった。

兵器群があれだけ躍起になって行っていた計画はいともたやすく崩れていく。

全てがなかったことになっていく。

 

 

星雲が、染みのように広がり直す。

銀河が渦を取り戻す。

遠い星座が過去に見えたままの形で再点灯する。

 

 

 

ルファスがかつて眺めた、愛する星の道。

そこにあった小さな光の連なりまで、何事もなかったように再配置される。

 

 

 

 

まるでセットの様に宇宙は敷き直され、小道具の様に星々は再配置される。

しかし全てではない。

 

 

 

 

命だけは戻らなかった。

皮肉なことにルファスの発達しきった探知能力はそれを真っ先に理解してしまった。

 

 

 

人が、ミズガルズの何処にもいない。

0ではないが、前感じていた総数よりずっと、全く、全然足りない。

 

 

 

 

命は帰らない。

何故ならば賛同者たちを保存していたアリストテレスの記録媒体は既に機能を停止してしまったのだから。

 

 

非可逆。不可復元。欠損。

 

 

“死”

 

 

それらの言葉が意味を持たないほど軽く並ぶ。

修復されて戻るのは世界のガワだけで、そこに入るべき人間だけが欠けたまま確定していく。

 

 

 

宇宙の修復が終わり、次に失われた魂の“残り”が剥き出しになる。

魂の保管が機能を失った結果、兵器群が収奪した人々の魂も漏れ出して霧散を続けているのだ。

 

 

 

それらはバラバラに砕けつつ、もはやだれでもない誰かになってミズガルズの法則に従いとある場所に落ちていく。

 

 

ヴァルハラ――魂の集積地だ。

 

 

そこへ戻される。

戻されるという言葉が、ここでは救いに聞こえない。

戻されるのは魂ではなく、“魂になり損ねた残りかす”だ。

 

 

 

名前を失い、記録を失い、誰かに呼ばれる資格を失った微かな意思がただの資源として回収されていく。

ミズガルズ人類は帰らない。

 

 

 

[RECOVERY] COMPLETE

[SAVE] COMPLETE

[SYS] STATUS: STABLE

 

 

 

それは、“これで確定だ”という宣告だった。

世界はこの形に固定される。

奪われたものが奪われたまま確定する。

 

 

戻ったものだけが真実になり、戻らなかったものは、最初から存在しなかったものとして扱われる。

 

 

ルファスは、凍結した女神の顔を思い出した。

あの動かないディーナと同じおぞましい顔を。

彼女はアレに殺されるところだった。

 

 

それを誰かが横から救助したのだ。

 

 

 

では、誰がこれをやっている?

誰が止め、誰が戻し、誰が切り捨てている?

一体だれがこんなことをしているのだ?

 

 

 

ルファスの探知能力は微かに流れてくる意思の糸を見つけ辿っていく。

しかし答えを探すより先に、宇宙は最後のパーセントを埋め、全ての戦いは終わった。

 

 

 

 

 

兵器群が奪った宇宙もミズガルズも全て返還された。

だが、ミズガルズから奪われた人々は帰らない。

 

 

死んだのでも殺されたわけでもない。

彼らは世界を捨てたのだから、戻るつもりなどないのだ。

 

 

誰もが自分の意思で生きることを辞め、永遠の終わりを選んだ。

絶望を与えてくる女神には付き合っていられないのだと。

 

 

 

ルファスと十二星天は生き残り世界は残った。

当初の予定通り、覇王は兵器群を打破したのだ、形はどうあれ。

しかし数えきれない命はミズガルズを見捨てて去った。

 

 

この世界の未来を皆が見捨てた。

ルファスの示す希望などありはしないのだと。

 

 

 

 

 

────そして、ルファスは垣間見た。

────破れた宙の向こう側、そこに微かに輝く蒼い光を。

 

 

 

そこから“一致団結”の糸は伸びてきている。

何処とも知れぬ虚空の向こう側、ルファスをして入ればどうなるかは判らない深淵の中より……。

 

 

 

酷く懐かしい気配がした。

 

 

 

宙を埋める無数の死体がその孔の中に流れ込み消えていく。

最後の締め、世界にあるべきものではない者らの撤収作業。

それらの眼窩に微かに宿る光は全てがルファスを見ていた。

 

 

 

だがそんなことはルファスにはどうでもいいことだ。

 

 

アレが本当にそうなのかどうかさえ今はどうでもいい。

とにかく我慢の限界だった。

 

 

 

 

 

思わず女は走り出していた。

彼女を突き動かすのは怒りだった。

 

 







「どうしてルファスを守るために作ったモノがルファスと戦っている?」


等と当人は供述している。
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