ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
アニメ放送と同時に投稿出来て嬉しい限りです。
まずは前々から書きたかったVSラードゥンをお楽しみください。
『どうやらここで決戦みたいだねぇ』
ありし日の戦い。
全てが変わり、終わったあの夜。
竜王ラードゥンとアリストテレス卿は月の輝く夜の下で向かい合っていた。
『むかつく!! まずはきみから殺してあげるよ!!』
歪み切った悪魔の如き竜人の姿をとったラードゥン。
引き締まり洗練されたその身体はまるで肉食動物の様に洗練されている。
そして片手に持つのは青白く美しい、水晶を加工して作ったがごとき聖剣バルムンク。
あり得ないモノを覗き込んでしまった竜王は最強の勇者である己が見下されている事に憤りも露わに呟く。
対して【WIP】は優雅に一礼するのだった。
こうしてリュケイオンという僻地で誰にも知られずミズガルズの明日を守るための戦いが始まる。
『死んじゃえ! あはははははは!!』
ラードゥンに遠慮など全くない。
ミズガルズがどうなろうと何の興味もないし心を痛める事もない。
ただ、明日の朝から始まる自分の大虐殺/聖絶である大団円のために配慮するだけだ。
レベル2999。
全身を構築する100の竜は大半が2000オーバー。
特に角の変化した10の竜たちは2500レベル。
ミズガルズで最も強く最も邪悪な存在は剣を少しだけ力を込めて振るった。
何のスキルも魔力も込めていないただの一振り。
それだけで準大陸が丸ごと消し飛ぶ容赦のない破壊が巻き起こる一撃だ。
が。
【WIP】……いや、“アリストテレス卿”はそっと、撫でるように腕を差し出す。
邪神の軍団を消し去り、魔王を両断し、あらゆる全てを容易く切り裂いてきたバルムンクが、神剣に匹敵する刃が受け止められる。
物凄く硬いモノに突き立てたわけではない、そもそも剣を振るう先が存在しないような、処理できないものに触れたような手ごたえに竜王は目を見開く。
「お引き取り下さい。これが最後の通告となります」
正真正銘、最後の通達。
出来れば弱いモノいじめはしたくないという見せかけの敬意。
しかしラードゥンはアリストテレス卿の言葉など、まるで耳に入っていないようだった。
『しんじゃえ!!』
甲高く、癇癪を起こした幼子のような叫びと共に、聖剣バルムンクが唸る。
一振りではない。二振りでも、三振りでもない。
竜王はその場から一歩も動かぬまま、ただ腕だけを振るった。
腕だけが何重にも分裂したように増加し、剣閃が無数に迸った。
斬る。
斬る。
斬る。
斬る。
青白い刃光が幾千万、幾億と重なり合い、月下の森を塗り潰していく。
振るわれるたびに空間そのものが悲鳴を上げ、剣圧だけで周囲の樹木は音もなく断ち切られ、地面は細切れに裂け、遥か彼方の山並みまで白線を引かれたように削れていった。
これはもはや剣技ではなく、剣を用いた何か別種の災害だ。
レベル2999。
本来この世界のどこにも存在してはならない頂点。
しかもその全身は百を超える高位竜の集合体であり、なおかつ女神の勇者としての位階さえ持つ。
その斬撃は、ただ速いだけではない。
ただ重いだけでもない。
女神が認定した「勝利する権利」を振り回しているに等しい。
彼の攻撃は「戦う」ではなく「勝つ」という結果にたどり着くただの作業なのだ。
だが。
その全てを受けた状態でも、アリストテレス卿は平然としていた。
女神の通した結果など無視するように。
バルムンクは確かに命中している。
肩口に。喉元に。胸部に。腹部に。額に。
眼球を潰し、脳天を割り、心臓を貫き、四肢を断つ竜王の悪意は間違いなく炸裂しているのに。
どれもが本来ならば“死”に直結する、完璧で容赦のない、絶対の斬撃であった。
にもかかわらず、何も起きない。
血が出ない。肉が裂けない。
骨が砕けない。そもそも“斬れた”という結果だけが、どこにも存在しない。
(なに、こいつ? なんで切れないの?)
ラードゥンは直感する。
これは頑丈だとか、硬いだとか、そういう話ではない。
斬撃が届いた先で本当は何かが起きるはずなのに、何も起きないというか、処理が発生しないというか、とにかく気持ち悪い状況だった。
護るにせよ回避するにせよ、何らかのリアクションが普通は起きるハズなのに。
たとえば結界でガードする、何らかのスキルを用いて回避する、身じろぎをして回避する、迎撃するといった「次」があるはずなのだ。
なのにその起きるはずの“次”だけが何もないのだ。
まるで、命中のあとに続くべき世界の流れが一切合切そこで途切れているようだった。
斬った。だから傷が出来る。
傷が出来た。だから死に近づく。
そんな当然の変化が起きない。
当たっているかどうかさえ判らない。
一瞬ラードゥンがこいつはもしかしてイリュージョンの幻影か? と思うのも無理はないだろう。
「ここでは多くの方の迷惑となります」
慇懃無礼な声音が、竜王の剣風の中で少しも揺れずに響く。
あれだけの暴威を全身に浴びながら、なおもアリストテレス卿は優雅に一礼すらしてみせた。
降り注ぐ斬撃など、礼の最中に吹き込む夜風程度にしか思っていないような態度だった。
「竜王陛下に相応しい場を用意いたします。どうぞ、こちらへ」
その瞬間だった。
ラードゥンの全身を構成する竜たちが、一斉にざわめいた。
危険。理解不能。不明。
言葉にさえならない拒絶が、彼女の肉体の内側で脈打つ。
本能が警告している。
だが、ラードゥンの意識そのものは、その警告さえ面白がるように笑っていた。
アリストテレス卿の指先が、ほとんど見えぬ速さで揺れる。
[EXECUTE] UNKNOWN PROCESS
[EXECUTE] PHASE SHIFT
[EXECUTE] LOCAL FIELD REWRITE
[EXECUTE] OBSERVER CUT
常人なら知覚する前に脳が処理を諦める速度で、無数の“何か”が滑り込んでいく。
そして月光が歪んだ。
リュケイオンの夜が、薄い膜のように捲れ上がる。
大地が遠のき、空が砕け、星が無数の泡へ変わる。
森がほどけ、山並みが折り畳まれ、夜そのものが別の何かへと差し替えられていく。
ERROR ERROR ERROR
WORLD SURFACE LOST
一瞬だけ、ラードゥンは自分が上下の感覚を失ったことに気づいた。
『……ぁ?』
それは本当に、ほんの少しだけの驚きだった。
意味不明な挙動に対する、純粋な違和感。
斬っていたはずの森はもうない。
代わりに視界いっぱいへ広がったのは、無数の宇宙の泡が漂う幻想的な狭間の領域だった。
闇の中に、幾千幾万の光球が浮かんでいる。
近くに見えるそれらは、実際には銀河よりなお巨大な世界の膜であり、遠くに霞む微光もまた一つの宇宙そのものだ。
泡は生まれ、膨張し、震え、砕け、また別の泡と重なり合い、無限にも思える奥行きの中を静かに漂っている。
青とも紫とも金ともつかぬ色彩が、泡の表面をゆっくり流れていく。
音はない。だが、その沈黙はかえって濃密だった。
ここでは沈黙すら空気ではなく、質量のある何かのようだった。
リュケイオンはもうない。
地上も、月下の森も、誰かの視線もない。
ただ世界と世界の狭間だけが、永劫のように広がっている。
ラードゥンは一度だけ目を瞬かせた。
意味不明。
だが、だから何だというのだ。
竜王はすぐに唇を吊り上げる。
未知の場所に放り込まれたというのに、恐怖も警戒もほとんどない。
むしろ新しい愉悦に笑いを深める。
自分の愉しみを邪魔するものが、もう何もいないのだから。
やることは何も変わらない。
こいつを殺し、リュケイオンを滅ぼし、ルファスとかいう娘を殺す。
そして明日ミズガルズは全て滅びる。
その後はもう一つの青い星を滅ぼし、その果てに極点に存在する全ての存在を絶望と苦痛の中で滅ぼす。
皆殺しだ、皆殺しだ、ジェノサイドだ、なんていい言葉なのだろう。
『あー、かわいそうだね!』
無数の泡宇宙を背に、ラードゥンは目を細めて笑った。
その笑みは、天真爛漫な幼子のようでいて、底のない悪意に満ちている。
『きみのさいごは、だれにもみとられないんだ!』
くるりと聖剣を回し、バルムンクの切っ先をアリストテレス卿へ突きつける。
その声には本気の愉悦があった。
誰にも知られず、誰にも届かず、ただここで殺す。
それはラードゥンにとって実に魅力的な結末だった。
頑張った人が報われないのは面白い。
『いいよ! いいよ! そういうの、すっごくいい!!』
竜王の全身を構成する百余の竜たちが、嬉しそうにうねる。
角を形成する高位竜たちは甲高く鳴き、腕や背を成す竜たちは興奮に震え、その膨大な魔力が狭間の領域にすら不快な圧を撒き散らした。
女神の座する次元へと接続された【エクスゲート】はなおも開いており、無尽蔵の力が流れ込み続けている。
本来ならどうしようもない。
常識的に考えれば、もはやどうにもならない。
世界内で真っ当に戦う限り、誰が相手でも勝ち目などない怪物。
ミズガルズの法則、女神の加護、勇者の位階、その全てを総取りしたような災厄。
真っ当に戦う限り誰が相手でも勝ち目などない怪物。
世界の中で成立するあらゆる「強さ」の頂点なのがラードゥンだ。
『きみのくびを、きみのまちにもっていってあげる!』
ラードゥンは無邪気にそう言った。
子供が拾った玩具を自慢するような声音で。
ぞっとするほど軽く、ぞっとするほど邪悪に。
『みんなにみせてあげるんだ! ほらね、あのきもちわるいの、死んだよって!』
聖剣を構える。
その姿は勇者のそれでありながら、中身は何ひとつ勇ましくない。
あるのはただ、弄び、壊し、泣かせ、絶望させたいという、幼稚で底なしの悪意だけだった。
対するアリストテレス卿は、泡宇宙の海の中に静かに立っていた。
黒い法衣の裾も、仮面の影も、少しも乱れていない。
ここが彼のために最初から用意されていた舞台であるかのように、あまりにも自然に。
「それは困りますね」
返答は穏やかだった。平坦ですらある。
自らの首を持ち帰ると宣言されても、何の感慨も見せない。
だが、その静けさは無ではなかった。
表に出ていないだけで、何かが既に始まっている。
見えない場所で、音もなく、取り返しのつかない何かが。
[PROCESS] ...
[PROCESS] ...
[PROCESS] PRIORITY REASSIGNED
「余りに見苦しい行いは、竜王陛下の御威光に相応しくありません」
慇懃無礼。
礼を尽くしているようでいて、内実はどこまでも相手を幼子扱いしている。
それがラードゥンには何より癪に障った。
彼は人を馬鹿にするのは好きだが、馬鹿にされるのは我慢できないのだ。
『むかつく、むかつく、むかつくッッ!!』
竜王の笑顔がさらに歪む。
怒りと歓喜が渾然一体となり、聖剣バルムンクが再び青白い光を放った。
世界と世界の狭間。誰にも届かぬ幻想の牢獄。
ここならば誰も邪魔をしない。
ここならば、自分だけが好き放題に壊せる。
ラードゥンは、そう思っていた。
だが実際には違う。
ここは決戦の舞台ではない。
竜王ラードゥンという、世界内で最も強く、最も邪悪な怪物に教え込むための場だった。
最悪の時間が始まる。
犯した罪の数々が背筋を伝い、その報いが帰ってくる時が来た。
彼は思い知ることになる。
よく己や女神が口にするそれが如何なるものなのかを。
もっとも、そのことを竜王はまだ知らない。
泡宇宙の光を背に、ただ自分だけが勝者であると疑わぬまま、凶悪な笑みを深めていく。
泡宇宙の狭間に立つラードゥンの笑みが、さらに醜い狂騒を放った。
目の前の相手がいまだに平然としていることは、腹立たしくもあったがそれ以上に彼の闘争心を煽っていた。
『あはっ』
小さく、けれど耳にまとわりつくような笑い声が漏れる。
次の瞬間、その全身から噴き上がったのは、これまでとはまるで質の違う“力”だった。
女神の座。極点。
本来ならば選ばれし者ですら遠く祈りを捧げることしかできぬ場所。
そこへと無理やり穿たれた【エクスゲート】の向こうからラードゥンは純粋な「力」だけを引きずり出してくる。
ミズガルズにある七つの属性のどれでもない力の暴風。
属性を得る前の、世界を動かすための原液だ。
それが濁流のように竜王の身へと流れ込み、その異形の肉体を外側から内側から何重にも染め上げていく。
体中に張り付いた全ての顔がケラケラ笑う。
何度やろうとコレはとてつもなく楽しい、無敵の力を思うがままに振るうのは面白い。
自分だけ無敵の力で頑張って努力して強くなった奴らを踏みつぶすのは面白い。
一方的な無敵チートは最高だ、努力? 信念? 理想? 知らないね、僕が楽しければそれでいいというのが竜王である。
泡宇宙の表面が波打った。
遠方に浮かぶ幾千幾万の世界膜が、彼の出力上昇に呼応するように微かに震える。
たかが一個体の強化に過ぎないはずなのに、周辺宙域そのものが圧に耐えきれず軋み始めていた。
ラードゥンのレベルという数値は、もはや意味をなさなくなりつつある。
2999という上限を二つ超えた怪物がその枠内でさらに何倍、何十倍と膨れ上がっていく。
筋肉が膨張するわけではない。骨格が変じるわけでもない。
ただ、その存在に付随する“強さ”の数値だけが、際限なく上書きされていく。
そして、それだけでは終わらない。
彼の全身を構築する竜たちが、一斉に口を開いた。
腕。背。
脇腹。肩。
首筋。脚。
それらを構築する蛇のようにうねる高位竜たちがそれぞれ別個に、別系統の天法を行使し始める。
加速。増幅。
収束。耐性突破。
属性補正。出力安定。
威力乗算。再装填短縮。
必中化。挙動最適化。
勇者という権限を中核に女神の力を盗み、奪い、引き出し、重ね、重ね、さらに重ねる。
普通ならば肉体が先に砕け、魂が耐えきれず、世界の法そのものが拒絶するはずの重ね掛けだ。
だがラードゥンはそれを平然とやってのけた。
むしろ無邪気に、楽しい遊びを見つけた子供みたいに笑っている。
彼はこれが好きだった。これをやると相手は何時も絶望したような顔をするからだ。
『ぼくはもっと、もっとつよくなるんだよねぇ!』
竜王の身体の周囲で、青白かった光が赤へ、金へ、白へ、また青へと色を変えながら乱れ咲く。
一つ一つが惑星を破砕し、銀河の腕をねじ切れるような補助術式だ。
それらが全て、たった一振りのためだけに収束されていく。
聖剣バルムンクが持ち上がった。
その美しい刀身へ、ラードゥンは迷いなく勇者スキルを用いる。
【エレメント・エンチャント】
付与されるのは「火」属性。
だがそれは焚火や火山の類ではない。
恒星の炉心をさらに圧縮し、超新星の最終段階だけを剣へ押し固めたような破壊のためだけの火である。
魔王と邪神の軍勢を消し飛ばし、星系規模の破壊を当然の様に放った一撃だ。
刃が赤く染まる。
否、赤という色では足りない。
血のようにどろりと濃く、それでいて夕暮れの太陽を何兆枚も重ねたような、視認するだけで網膜を焼く色。
その刀身にまとわりつくマナの総量は、もはや剣という形を保っていること自体が異常だった。
ラードゥンは笑う。そこに疑いはない。
これで終わる。これでいつも通り殺しておしまい。
そう信じ切っていた。
『ばいば~い!』
聖剣が振り下ろされ、次の瞬間、泡宇宙の狭間に“太陽”が生まれた。
剣圧と表現してなお足りない。
それは超新星爆発に匹敵する火の圧縮波であり、放射であり、星系の終末そのものだった。
光が走るのではなく、空間が燃えた。
進路上にあった泡宇宙の表面が赤熱し、近傍の膜が一瞬だけ膨張し、熱と衝撃の奔流が一直線にアリストテレス卿へと殺到する。
ただの一撃なのに、星系の一つ二つでは到底足りぬ規模の熱量がその狭い戦場へ凝縮されて叩き込まれていた。
まともに受ければ、肉体も魂も情報も残らない。
否、空間ごとプランク単位で蒸発/消滅する。
少なくとも、ラードゥンはそう確信していたし普通ならばそうなる筈だった。
×0
着弾。
爆ぜる。
泡宇宙の狭間そのものが赤く染まり、数瞬遅れて熱の波が何層にも広がった。
目に見える世界膜が遠くで焼け、ひび割れたように見えるほどの余波。
ここが通常宇宙であれば、星系どころか観測可能な範囲一帯が吹き飛んでも不思議ではない一撃だった。
だが、アリストテレス卿はそこに立っていた。
煤一つついていない。
法衣の端さえ焦げていない。
[DAMAGE VALUE DETECTED]
[VALUE : SUPERNOVA-CLASS]
[PROCESS 01 : 0 REPLACE]
[PROCESS 02 : MULTI DAMAGE SKIP]
[PROCESS 03 : DAMAGE REJECTION]
ラードゥンは頭を傾げた。
『……ぁん?』
本当に、意味が分からないという顔を晒す。
のっぺらぼうに燃え盛る目だけがあるというのにはっきりと誰でもわかる程に困惑している。
魔王や邪神はしぶとかった。無駄に再生しまくっていて、中々に切り刻み甲斐はあった。
だがこれは違う。
通ったはずの攻撃が届いた後で消えている。
手ごたえはしっかりあった。命まで奪う実感もある。
なのに、現実はこれだ。
どうにもチグハグだ。
消えているとも違うようだ。
まるで最初から何も起きなかったことにされているような、更に上から修正されているような。
それをラードゥンは、うまく理解できない。
本能は危険を告げている。
けれど彼の自尊心はその警告をすぐに塗り潰した。
今まであらゆる存在を彼は圧倒してきた。
魔王にエロスに邪神に吸血姫だって殺したし、魔神王とやりあっても嬲り殺しにできる自信はあった。
そして実際それは正しい。
彼は成功体験しか知らない。
なまじ実力が伴っている上に彼自身が規格外なのもあり、己に上がいるなど考えたこともない。
(へんなやつだなぁ)
その程度の認識だ。
まだ彼は自分の絶対性を疑っていない。
竜王の身体を構築する竜たちがざわめく。
角の高位竜が唸り、腕を成す竜が牙を剥く。
それでもラードゥン自身は、すぐにまた楽しそうに口元を歪めた。
『そっか!』
ぱっと顔が明るくなる。
理解したからではない。
理解不能な相手にもっと強いものをぶつけられると思ったからだ。
『まだたりないんだ!』
無邪気だった。
底抜けに無邪気で、だからこそ彼は自由なのだ。
彼の思考はこうだ。
Q
今の一撃で終わらなかった。ならばどうすればいい?
A
ならばもっと出せばいい。
もっと壊せばいい。
もっと女神の力を引きずり出して、もっと上から叩き潰せばいい。
その発想に一片の恐れもない。
ラードゥンにとって世界は、自分の機嫌でいくらでも壊していい玩具箱に過ぎないのだから。
アリストテレス卿はそんな竜王を一瞥し、少しだけ眼を細めた。
次に視線を移し彼の後ろを見る。
そこにあるものは簡単に言えば「全て」だ。
極点を動かすシステムそのもの。
そのさらに上に座す女神アロヴィナス。
そして今、自分へ叩き込まれた膨大な「力」の流。
新しい存在となった今の彼には以前とは比較にならぬ精度でそれが見えている。
数値として。流れとして。
誤差として。配列として。
全てのコードの羅列とそれがどのように回っているか見えている。
さすがに女神アロヴィナスの構造を見抜くにはまだ出力が足りないが。
そして、その流れるコードを編纂し既に二つの処理は発動済みだった。
[observe.damage_stream]
input = SUPERNOVA_CLASS / FIRE / HERO_BONUS / PHASE_LOCK
source = RADOON / BALMUNG / EXTREME_OUTPUT
status = WRITE ENABLED
>> patch.inject : VALUE_REWRITE_0
>> patch.inject : MULTI_DAMAGE_SKIP
>> patch.inject : DAMAGE_REJECT_PROTOCOL
[damage_value] = 8.8214e+??
[rewrite] = 0
[rewrite] = 0
[rewrite] = 0
[commit] = success
if (damage_event == true) {
skip();
skip();
skip();
reject();
}
return null;
0
超新星に匹敵する剣圧。
その着弾によって生成された膨大なダメージ値。
必殺のために組み上げられたはずの破壊結果。
そのすべてに、ただ「0」が置かれた。
熱量が。衝撃が。
勇者補正で増幅された絶対的な殺傷結果が。
着弾したその瞬間、何の意味も持たない数字へと置換されていく。
だが、それで終わりではない。
アリストテレス卿は赤子が自分の出来ることを確かめていくように力を使う。
[queue.capture] damage_tick_01
[queue.capture] damage_tick_02
[queue.capture] damage_tick_03
[queue.capture] damage_tick_04
[queue.capture] damage_tick_05
[queue.expand] additional slot secured...
[post_damage_process] => denied
[penetration_check] => denied
[burn_effect] => denied
[hero_bonus_apply] => observed only
[result_commit] => denied
もし仮に。
もし仮に僅かでもダメージが残り、0置換をすり抜けたとしてもその次に進むはずの処理列はすべてスキップ処理。
処理=飛ばす。判定=飛ばす。
派生ダメージも、燃焼判定も、貫通判定も、加算処理も、後続処理も。
発生したそばから握り潰され、拒絶され、存在しなかったことにされていく。
たったそれだけ。
それだけで、ラードゥンがどれほど剣を振り回そうと、どれほど超新星を叩き込もうと何の意味も持たない。
「なるほど」
出来たか。その程度の感慨のなさ。
アリストテレス卿が、極めて静かな声でそう漏らす。
その声には驚きも恐れもない。
目の前にいるラードゥンでさえ何処か眼中にないような、興味深いサンプルを前に思考を重ねる研究者の様な声音と振る舞いだった。
彼が思うのは一つだ。
産まれた時からずっと思っていたことを改めて再確認する。
この世界はやはりつまらない。
ほんの少しこう弄っただけで、こうなってしまう。
気持ち悪い。女神の世界は、やはり、気持ち悪い。
ラードゥンはその態度にまた腹を立てる。
まるで高みから見下ろしてくるような態度は彼の逆鱗を逆なでするものだ。
『なんだよ、その、それっ!』
思い通りに死んでくれない現状に苛立ちを見せた。。
だが感情の渦の中で、竜王はなおも自分が最強だと疑っていなかった。
何故なら彼は勇者だからだ。
何故なら女神は自分を勝たせるからだ。
何故ならここまで来て、自分が敗ける未来など一度も想像したことがないからだ。
だから頭を捻るだけで済ませる。
なんだこいつ。へんなやつ。
むかつくやつ。それでも最後には壊せる相手。
その程度にしか、まだ認識していなかった。
自分の出力が足りなかっただけだと、心の底から信じ切っていた。
ならば更に上げればいい。
もっと女神の力を。
もっと勇者の加護を。
もっと竜たちの天法を。
そうすれば、この不気味な相手もいずれ壊れる。
その確信は一片たりとも揺らいでいない。
『つぎは、もっとすごいのをみせてあげる!』
泡宇宙の狭間が再び震える。
ラードゥンの総身を走る力の濁流はなおも膨れ上がり、聖剣バルムンクは次の一撃のために赤熱しつつあった。
竜王の全身を成す百余の竜たちもまた、各々の口腔や喉奥に光を宿し、更なる補助と加護を重ねようとしている。
その最中だった。
アリストテレス卿が、ほんの僅かに指先を動かす。
大仰な詠唱もない。
構えもない。
敵意を叩きつけるような圧もない。
ただ、試しに何かを動かしてみるような、あまりにも軽い仕草。
[force / close][NO/future]
空間のどこかで、薄い光が走った。
緑。紫。
青。白。
どれも強い発光ではない。
目を凝らさなければ見逃してしまいそうな、薄膜のような色彩。
それらがラードゥンの周囲で、一瞬だけ、幾つか重なる。
極点が無機質にズレた。
それだけ。
ラードゥンは、消えた。
断末魔もなかった。
悲鳴も。抵抗も。驚愕すらそこには何もない。
さっきまでそこにいたはずの、女神の勇者たる怪物が消えた。
66666の残機を持ち、世界の理を蹂躙し、超新星すら振り回していた災厄が。
まるで最初から存在しなかったみたいに、何も言えず、一瞬でいなくなっていた。
泡宇宙の狭間に残ったのは、暴力の名残だけだ。
行き場を失った膨大な力がわずかに波打ち、ラードゥンが立っていた座標に、遅れて静寂が落ちる。
HPは一かけらも減少していない。
これは攻撃ではなく判定操作だからだ。
相手の存在に「0」を読み込ませたのだ。
だが遅れて極点は計算式を回し、ラードゥンのHPと残機を瞬く間に「0」へと落としていき、やがては死亡判定を出した。
アリストテレス卿の勝利だった。
彼は勝ったのだ、だとしてもリュケイオン……いやミズガルズには戻れないが。
アリストテレス卿はその空白を見つめていた。
仮面の奥の視線は冷たくあまりにも静かだ。
そこに感慨はない。
ようやく片付いた、という安堵すらない。
ただ、僅かに考える。
「なるほど」
二度、同じことを呟く。
声音は、相変わらず穏やかだった。
先ほど世界最強の怪物を消し去ったばかりだというのに、まるで書類の端に小さな修正点を見つけたかのような温度しかない。
アリストテレス卿は右手を軽く上げる。
義手に埋め込まれた不死鳥の宝玉が、ほんの淡い熱を帯びた。
その熱は何かを焼くためのものではない。
むしろ、残ったノイズと誤差を払い、観測結果だけを整えるための予熱に近い。
出力と精度を増した【観察眼】が時間を切り刻み過去のログを見て、適切なモノを見つけ出す。
直後。
[LOG ACCESS] QUICK_SAVE ARCHIVE
[SEARCH] SLOT_INDEX ............... SCANNING
《color:#AAFFFF">[MATCH] just_before_attack ........ FOUND《/color》
[REFERENCE] SNAPSHOT ............... LOADED
[RESTORE] REQUEST .................. ACCEPTED
《color:#447777">[STATE] LOG POINTER ............... LOCKED《/color》
時間が読み込まれた。
泡宇宙の光が逆流した。
広がっていた余波が引き戻され、揺れていた膜宇宙が元の位置へ収まり、散った熱の残照すら遡って消えていく。
静寂が、巻き取られる。
空白が、埋め直される。
ラードゥンが再び、そこに立っていた。
聖剣を構えたまま。
全身に力を巡らせたまま。
怒りと歓喜の入り混じった笑みを浮かべたまま。
ほんの一瞬前と全く同じ姿で。
『――あ?』
ラードゥンが目を瞬かせる。
何かが妙だ。だが、それが何なのかは分からない。
自分が今、一度消えたことにも。
残機ごとまとめて終わらされたことにも。
そして、それを見届けた相手がわざわざ自分を戻したことにも、まるで気づいていない。
彼の認識では、ただ思考が一拍だけ途切れた程度だった。
『なに、いまの?』
首を傾げる。
本当に、それだけだ。
恐怖もなければ理解もない。
己に何が起きたかさえ掴めぬまま、ただ微かな引っ掛かりだけが残っている。
対するアリストテレス卿は、そんなラードゥンを見ていた。
静かに。冷たく。観測対象を見る目で。
まだ試したいことがある。
まだ確認したい処理がある。
まだまだ、もっと。
ずっと楽しみにしていたルファスの誕生パーティー。
それを台無しにされたのだ。少なくとももう少し元は取りたい。
アリストテレス達の好奇心は止まらない。
折角当代が一歩を踏み出し、もう女神の世界には戻れない異形に成り果てたのだ。
で、あればこの程度で終わらせるなどつまらない。
だから戻した。
それだけだった。
そしてラードゥンは、なおも気づかない。
自分がすでに一度、呆気なく、何の意味もなく、ただ終わらされていたことに。
アリストテレス卿は深々とお辞儀をした。
たとえただの実験体であろうとも、礼を欠くのは美しくない。
相手をどう扱うかと、こちらが礼を尽くすかどうかは別の話である。
だから彼は、先ほど一度消去し、必要があったから巻き戻したばかりの竜王に対しても少しも迷わず優雅に頭を垂れた。
格式ある貴族として品位と礼儀は守らなくてはならないのだから。
残機66666のステータスがバグった狂上位キャラ
VS
隔離技術フル搭載最上位ランク帯(67人による連続更新中)