ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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世代を超えて受け継がれる家族愛が邪悪な魔王を倒す感動話です。


アリストテレスの“受け継がれる魂”!

 

 

バカな。馬鹿な。こんな馬鹿な。

魔王の思考は困惑と拒絶で埋め尽くされていた。

彼にとってこれは簡単……とまでは言わないまでも作業の様なモノの筈だった。

 

 

 

自分の計画を台無しにしてくれた不届き者を苦しませ、処刑するというヘルヘイムを掌握する過程で何度も行われた業務の様なモノの筈だった。

アイゴケロスは魔王である。

部分的にとはいえ女神の理から脱却しかけた規格外の中の規格外、現状ミズガルズにおいて並ぶ者なき強者である。

 

 

そんな彼が、動く事さえ出来ず跪いていた。

身体に目立った外傷は全くない。

しかし動く事は出来ない。

微かに身じろぎするだけで、全身に今まで味わったことのない激痛が走るからだ。

 

 

 

 

息を漏らし、屈辱に満ちた瞳で魔王はアリストテレスを睨む。

彼の瞳はこの人の姿をし、人の様に振舞っている化け物の内面を読み取る事が出来た。

否、読み取ってしまった。

魔王をして頭がおかしくなる所行であった。

 

 

66人の誰か、何者かがこの人型の中にはいた。

誰もが魔王をして狂っている、壊れている、おかしいと思わざるを得ない人間たちであった。

そんな彼らは100を超える蒼い瞳で魔王を見つめ、値踏みし、のんきに雑談している。

 

 

 

※ 素晴らしい。素晴らしい。これほど見事な検体が出来上がるとは。実に素晴らしい。

 

 

心優しい穏やかな声で誰かが喝采をあげて言った。

何代も前のアリストテレスの当主である。

人の心をある程度読み取れるアイゴケロスの目には、彼の魂はとても深い紫に見えた。

 

 

彼には善意だけがある。

善意を以て外道を行い、善意を以て人類の夜明けを目指す世界の開拓者であった。

 

 

深魂のアリストテレス卿こそが彼であった。

 

 

 

※ ふむ。実に興味深いね。是非とも当代には捕獲してもらいたいものだヨ。

 

 

 

奇妙な白い衣服に身を包んだ男がいた。

声を聴くだけで神経質で偏屈で、傲慢だと判るアリストテレス卿である。

この存在の魂の色は目を焼くほどの黄色であった。

 

 

彼もまた命という玩具を弄ぶ外道ではあるが、真剣に人類の事を考え明日をよくすることに尽力した男であった。

完璧を嫌悪しながらも限りなく完璧を求め続ける彼こそ未完のアリストテレス卿である。

 

 

 

※ クァクァクァクァ!! こぉぉれはいいモノが見れたものでぇすね? 

 

※ 他の方々もおぉっしゃておりましたが、是非! えぇ、是非欲しい!!

 

 

 

奇妙な、そして狂気に塗れた哄笑を上げるのはモノクルを装備した細すぎる黒髪の男である。

彼は他のアリストテレス卿と違い、自分の事しか考えていない。

自分の研究と、自分の理想の成就だけが彼の目的ではあるが……それでも唯一の例外として志を共にする同族への思いだけは本物であった。

 

 

 

彼の名は陶酔のアリストテレス卿。

己の願いのまま、欲望のままにかつて世界中に混乱を撒き散らした歴代の中でも……まぁ、そこそこ異端のアリストテレスである。

 

 

 

※ 全ては当代の願いを優先せよ。我々はあくまでも傍観者だということを忘れるな。

 

 

 

威厳ある老人の声で60人を超える面々に指示を出す男がいた。

老年とは思えない程に鍛え上げられた体格を持ち、背筋をしっかりと伸ばした彼は正に老王という立ち振る舞いであった。

彼の蒼い瞳だけは変わらず燃え上がっており、魔王を虫けらの様に見つめていた。

 

 

事実虫けら以下の存在だと彼は思っていた。

たかが魔王など、我々が目指す到達点の高みに比べればあまりに矮小である。

 

 

 

千年以上も前に抱いた怒りは変わらず。

女神世界への嫌悪は未だ収まらず。

 

 

この世は間違っている。気持ち悪くてたまらない。

何より、極点で踊り続ける哀れな小娘が気に入らない。

彼こそが最初に女神を拒絶し、(極点)を見上げた男……始まりのアリストテレス卿である。

 

 

 

【化け物どもめェェェ……!】

 

 

 

人の業を凝縮したようなおぞましい人間たちに魔王は憎悪と畏怖をごちゃ混ぜにした言葉を吐き散らすのであった。

 

 

 

彼らはアリストテレス。彼らは星を見るモノである。

 

 

 

 

 

 

 

 

そも、どうしてこうなったかを少しばかり語ろうか。

時間は少しだけ巻き戻る。

魔王とアリストテレスの戦いはさほど面白みもないものではあるが。

 

 

 

 

魔王は眼前の【アリストテレス執行体】を睨みつつ片手を翳した。

瞬間的に収束するのは月属性の魔力である。

 

 

 

【消えよ】

 

 

 

小手調べとして魔王は月属性の下級魔法【ルナ・ショット】を放つ。

彼の保有する莫大な魔力とマナに破壊の意思を込めて放つ初歩的な攻撃魔法だ。

しかしアイゴケロスの何者よりも強大な魔力はこんな単純な魔法でも並の上級魔法を遥かにしのぐ破壊力と速度を誇っている。

 

 

そんな中、魔王はアリストテレスの一挙手一投足も見逃さない様に意識を研ぎ澄ましていた。

彼は人など侮っているが、それでもタルタロスを1時間で壊滅させた存在を相手に慢心を抱くほど愚かではない。

 

 

 

アリストテレスはとてつもない速度で飛翔する魔王の魔法を相手に佇むだけだ。

飛来する魔法が自分に着弾するまで大体2秒弱ある(1892160000F動ける)事を彼は瞬時に計算した。

 

 

 

カチ、カチと十八番である【サイコスルー】と【瞬歩】の合わせ技を瞬時に行使。

亜光速から更に加速し、限りなく彼は光に近い速度で世界を滑り出した。

魔法をすり抜け、あっという間に彼はアイゴケロスに接近しようとするが……。

 

 

 

【おのれっ!】

 

 

さすがは魔王というべきか、彼は直立不動で接近してくる異形を前にしても大して動じる事なく迎撃の為に動く。

翼が大きく展開されればマナが収束し、瞬時に100を超える魔方陣が形成された。

魔方陣は一つにつき一秒間に千にも届く【ルナ・ショット】を放つことが出来た。

 

 

10万をこえる魔法の嵐が人間に襲い掛かる。

 

 

アリストテレスの視界を不気味な光が埋め尽くした。

どれもが必殺の威力を秘めた【ルナ・ショット】である。

己の計画をズタズタにされた魔王の憤怒がたっぷりと込められたソレは必ず殺すという意思のもと、人間に迫った。

 

 

 

が、しかし。一発も当たらない。

魔法は全てこの人型のナニカをすり抜けてしまい、一切の影響を与えられない。

違う、当たってはいるのにあたっている事にならない(当たり判定が存在しない)のだ。

 

 

アリストテレスは既に女神の世界より外れ掛かっており、存在しないものを攻撃するなど誰も出来ないのである。

 

 

アリストテレスは更に自分を上下にサンドするように【サイコスルー】を展開し、超高速で上下にバウンドしながら速度を貯めてもっと加速した。

結果として彼は光の99.999999999%まで速度を増す。

あとほんの少しで相対性理論の壁を突き抜ける事が出来る域に至り、彼はうっかり超えない様に気を付ける。

 

 

プランには女神に挨拶する気などないからだ。

彼にそういった野心は存在しないのだ。

不承不承であるが、アリストテレスは当代の意を尊重した。

 

 

 

ドドドドドドドドオドドドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥ───ェ

 

 

響くのは【サイコスルー】が物体を弾く際に発生する奇妙な効果音である。

アリストテレスは旋回性を得るためにその速度の中で超高速で後ろを振り返って、また前を見るという動作を繰り返す。

結果、アイゴケロスから見た彼の姿は背中と正面を超高速で切りかえながら空間を滑り続けるという滑稽にして意味不明な姿となった。

 

 

 

 

 

カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ

 

 

 

ERROR ERROR ERROR

 

 

 

またもや理解不能な動作に世界は悲鳴の様なエラー音を上げてしまう。

ヘルヘイムどころかミズガルズそのものが半ばアリストテレスには匙を投げかけている。

 

 

異形の体勢でアリストテレスは魔王へと接近する。

当然アイゴケロスは悲鳴を上げた。

どうやっても殺せないおぞましい害虫にたかられた人間の様であった。

 

 

 

【おぞましい! 我に近寄るな!!】

 

 

 

視界を埋め尽くす魔法をぶつけても攻撃が通じない……否、そもそも絶対にあてることが出来ない現状に彼の中のナニカがぷつっと切れた。

魔王の矜持として下等種の人間などに全力を出すなどありえないという考えはここに破棄される。

 

 

こいつは人間じゃない。

絶対に人間じゃない。

こんなふざけた人間がいてたまるかと。

 

 

 

 

魔王は翼を広げ、レベル800として許される最大の力で後方へと間合いを広げる為に飛んだ。

アイゴケロスの翼は今のルファスとは比べ物にならない浮力を発揮し、彼を光速の3割の速度でアリストテレスから引き剥がそうとする。

しかし当然速度はアリストテレスの方が上の為、あっという間に距離が詰められていく。

 

 

 

ギリィっと山羊は奥歯が割れる程に噛み締めた。

なんだこいつは、なんだこいつは、何なんだこいつは───。

 

 

 

【消えよ! 消えよ!! 消えろォッ!!】

 

 

【これが“力”だッッ!!】

 

 

アイゴケロスが吠える。

不遜な下等生物に真の力というものを教えてやると言わんばかりに。

 

 

魔王は両腕をアリストテレスに向けて構えた。

収束するのはヘルヘイムに満ちる暗黒のマナ。

アイゴケロスが誇る最大の攻撃魔法にして彼の必殺技だ。

 

 

 

『デネブ・アルゲディ』

 

 

 

暗黒を凝縮した炎が放たれる。

ソレは一気に拡散し、この階層全域を飲み込まんと燃え広がりながらアリストテレスに迫る。

 

 

これこそは魔王の怒りにしてヘルヘイムの恐怖を具現化させた邪悪なる炎。

月属性、などと便宜上は言われているが本質は世界を存続させようとする天力に対する反作用を凝縮した万物への汚染/破壊攻撃だ。

 

 

 

存在さえしていれば何者をも焼き尽くす攻撃なのだ。

当然、この“存在している”という対象には空間も含まれる。

故に彼はこれをアリストテレスへと打ちこんだのだ。

 

 

いるかどうかわからない状態であってもそれが影を落としている空間ごと焼けば必ず対象を殺せるという確信が魔王にはある。

 

 

アリストテレスは何の反応もしない。

少なくともアイゴケロスにはそう見えた。

彼は全く油断はしていなかった。

 

 

 

目を離すことなど、何もなかった筈なのに……いつの間にかアリストテレスの右手にリボルバー銃が握られていたことを見落とした。

あまりに超速の精密射撃は、魔王をして基点さえ判らない程に芸術染みた技術の上に成り立っていた。

 

 

【───なんだというのだ】

 

 

 

魔王が呆然と呟いたのも仕方ない話だ。

ヘルヘイムにおいて誰もが恐れた邪悪なる炎に違和を彼は感じた。

黒い炎、決して消えぬ邪悪なる焔。魔王の力の象徴ともいえるソレが……陰ったのだ。

 

 

 

デネブ・アルゲティ

 

 

 

みるみる『デネブ・アルゲディ』の炎が鎮火していく。

呆然とするアイゴケロスの前で彼の必殺技は消え失せてしまう。

あれだけ燃え盛っていた魔王の怒りは、呆気なく無力化されてしまった。

 

 

 

※ 弱火だな。卵も焼けない。

 

 

アリストテレスは淡々と吐き捨てた。

『デネブ・アルゲティ』は月属性のマナ/魔力を帯びて形成されていることを的確に見抜いた彼は、瞬時に対処法をはじき出していた。

彼がやったのは正反対の属性である天力と【錬成】を込めた弾丸を黒炎に打ち込み、スキルそのものを分解/相殺したに過ぎない。

 

 

 

1-1は0になる、そんなことは子供だって知っている常識だ。

 

 

 

魔王は目を見開いたが、直ぐに次の手に移った。

直接攻撃による撃破は困難だと諦めた彼は絡め手に移行した。

 

 

魔王の目が残忍に輝いた。

彼を中心として精神干渉の波が放たれる。

彼は最上級の悪魔であり、半ば概念染みたマナ生命体である故に、実体なき精神への攻撃も得意とするものだった。

故に彼は自らの思考とアリストテレスの思考を直結させ、この不快な化け物の心を食い漁ってやろうと画策した。

 

 

 

それが彼の最大の失敗であった。

 

 

 

 

魔王によるアリストテレスの内面世界への侵入は彼の想定よりも容易く成功した。

そこは真っ白な大地。

何もない、ただただ白だけが満たす世界だった。

 

 

 

気づけば魔王は人の姿をし、そこに佇んでいた。

スーツを纏った老紳士の姿である。

彼は残忍に目を細め、周囲を見渡す。

 

 

本当に何もない世界の中、彼はため息を零す。

 

 

 

【手こずらせおって……】

 

 

 

魔王は疲れに満ちた声音で呟く。

うんざりであった。こんな意味不明な怪物の相手は。

まだ直接的なレベル勝負をしてくる竜王の方がマシまである。

 

 

 

さて、この心をどうやって壊してやろうかと魔王は考える。

己の悪意に満ちた呪詛を吹き込み、この白い世界を真っ黒に染め上げてやろうか?

それともトラウマを掘り返し、永遠に残る傷跡をほじくってやろうか?

もしくはこの男の精神を乗っ取り、己の傀儡に作り替えてやるべきか。

 

 

最後の考えに魔王は悪くないと思った。

彼の軍団はこの存在のせいで甚大な被害を負った。

ならばその弁償をさせるべきだと。

 

 

この存在の力は来る竜王との決戦において間違いなく役に立つと魔王は考え───。

 

 

 

 

※ これはこれは。よく来てくれました。歓迎しますよ。

 

 

 

朗らかな男の声に魔王は振り返る。

そこにいたのは奇妙な仮面の男……何処か【バルドル】に似た装備で完全武装した男であった。

 

 

 

【何者だ? 貴様がこの身体の主導者か?】

 

 

 

※ とんでもございません。私は■■代前のアリストテレス。ただの残影ですよ。

 

 

 

品のある動作で男はお辞儀をした。

魔王は気にも留めず手を翳し、魔力を集めた。

ここは概念的な世界であるが故に、魔王はミズガルズにおける女神の理さえも無視して力を行使できるのだ。

 

 

この世界で有無を言うのは精神力の強さである。

自分の意思を貫こうとするモノほどここでは強くなれる。

そこに善意も悪意も関係はない。

 

だからこそ万象に対して無尽蔵の悪意を抱くアイゴケロスは己こそがこの世において無敵だと信じ切っていた。

 

 

※ おや? おやおや。穏やかではないですね。私の何かが気に障ったのでしたら謝罪いたします。

 

 

 

【全てだ。貴様の全てが気に入らん】

 

 

 

魔王が圧縮された魔力弾を放とうとした瞬間、違う声が白い世界に響いた。

 

 

 

※ 全く。これだから貴方はお上品すぎるのだよ。いちいちサンプルにまで礼を尽くすなど、無駄じゃないかね。

 

 

 

奇妙な白い衣服に身を包んだ男が鎧の男の隣に佇んでいた。

蒼い瞳を煌々と輝かせ腕を組み直立した彼は趣味なのか身体の至る所に金銀財宝の装飾品をぶら下げていた。

しかし魔王には理解できた。この男のつけている装備はどれもが恐ろしい程に高性能のマジックアイテムであることを。

 

 

 

※ そこのお前。名前だけでも教えてくれたまえよ。必要なんだから、早く言うんだよ。

 

 

 

男は魔王を無礼に指さし、傲岸に命令する。

アイゴケロスの額に青筋が浮かぶ。

何処までも己をコケにする奴らだと彼は怒りを抱いた。

 

 

当然彼は己の名前を教えるなどということはしなかった。

我が名は偉大なる魔王の名、恐れ敬われ、恐怖と共に叫ばれるモノ。

間違ってもこのように軽んじられるものではないのだ。

 

 

二人の男はそんな魔王を見て言った。

 

 

※ 困りましたね……。

 

 

 全くだよ。

 

 

アリストテレスたちは異口同音に零した。

 

 

 

※  それでは貴方/お前を詰めた瓶にラベルを張れないじゃない(です)か。

 

 

 

魔王は顔を顰めた。

この両者と自分の間にあった感覚の齟齬、その正体を彼はようやく突き止めたのだ。

全く以て度し難いことであるが、こいつらは魔王である己を取るに足らないサンプルか何かだと勘違いしているようだった。

 

 

 

【狂っている。貴様らは狂っている! 我が断言してやろう、お前たちは狂人だ】

 

 

 

 

※ おやおや、そうですか。ご意見ありがとうございます。参考にしますね。

 

 

※ ははははは! 実にイキのいいサンプルだネ。

  当代には是非、あぁ、是非ともこれを捕獲してもらいたいものだよ。

 

 

 

 

二人のアリストテレスは特に気にした様子もない。

根本で似た者同士の彼らは互いに理解者同士であり、今や()()()()であるから気楽に会話を楽しむ余裕さえあった。

 

 

 

 

※ 狂っている? なるほど。我々の狂気を魔王たる君が証明してくれるとは、実にありがたい。

 

 

 

老人の声が響く。

魔王が振り返ればそこにいたのは老王然とした白髪の男であった。

屈強な体躯に皺だらけで彫りの深い顔をした老人だ。

 

 

彼の後ろには数十人にも及ぶ人間たちがいた。

全て歴代のアリストテレス卿であり、この老人がリーダー格なのである。

 

 

 

【アリストテレス執行体】とは、彼らの意を執行する実働存在のことなのだ。

 

 

 

※ よろしい。ならば我らはこの世界の狂気を保証しよう。

※ 女神アロヴィナスの失墜は我らが証明しようではないか。

 

 

 

くすくすと老人の後ろで多くの人間たちが含み笑いを零し、同意の念を示した。

 

 

男がいた。

女がいた。

老人がいて、若者がいて、子供さえもそこにはいた。

 

 

全てがアリストテレスなのである。

どうやってこのような所行を? という疑問は意味がない。

出来たからやった、それだけの話だ。

 

 

 

 

【……貴様らは何者だ? いったい、何なのだお前たちは!】

 

 

 

魔王の言葉に呆気ないくらいに老人は答えた。

隠す必要もない情報ゆえに。

 

 

 

※ 我々はアリストテレスだ。

 

※ 我々は我が子に“継承”をもって宿り、永遠に存在し続ける一族なり。

 

※ 我々はこの世界を嫌悪するものだ。

 

※ 我々は極点を願うものだ。

 

※ 我々は女神の失墜と人類の進化発展の為に存在する。

 

※ 我々はいずれ神という概念を撃ち落とす者である。

 

 

 

それは1000年以上も続く妄執の権化であった。

女神の玩具にされた人類の怒りの集積体であった。

あのふざけた小娘は世界を人形劇か何かだと勘違いしている目障り極まりない存在だ。

 

 

だから自分たちが引きずり落とす。

神を撃ち落として見せると決意した一族。

それがアリストテレスの本質にして己に課した使命であった。

 

 

 

 

唖然とする魔王に言葉が叩きつけられる。

 

 

 

※ これが我々だ。聞けて満足かね?

 

 

 

明かされた怪物の正体に魔王は目を見開き、固まった。

彼もまた魔に属するモノとして現在進行形でミズガルズの覇権を狙う怪物だ。

女神の齎す秩序などクソ喰らえと思っているのは同じだ。

 

 

しかし、しかしだ。

ミズガルズの支配を通り越し、女神の殺害の計画が彼にあったかと言われれば……。

 

 

 

※ そろそろなんじゃねーの? 

 

 

※ さすが、当代は仕事が早い。素晴らしい限りですねぇ……。

 

 

※ だろ? 俺の自慢の傑作なんだぜ。8回も色々と調整(妊娠リセマラ)した甲斐があるってもんだ。

 

 

 

まるで事は済んだかのように振舞う人間たちに魔王が怒りを覚えるが───。

 

 

 

【────ングッ! IGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!??】

 

 

 

突如、魔王は激痛を覚えてうずくまった。

現実世界における己の身体に何かが起こったと彼は瞬時に悟った。

 

 

 

精神世界からはじき出されていく。

しかし魔王の目は血走りながらもアリストテレスから離されることはない。

 

 

 

【貴様らぁぁぁぁぁ!!】

 

 

 

血反吐を吐くほどに痛い。

痛い。痛い。痛い。

この世のあらゆる何よりも痛い。

 

 

【グオ゛ォオア゛ァァアア゛アアアア゛アアア゛───!!!】

 

 

 

現実世界に帰還した魔王は、己の身体に起きた不調を理解できず、転げ回った。

地面に身体が触れるだけで痛い。死ぬほど痛い。

飛び上がるような、という表現があるが正にそれであった。

 

 

涙など流す器官はない彼だが、その代わりに血涙を溢れさせ魔王は悶える。

そんな無様を晒す魔王をアリストテレス執行体は無機質に見下し、彼の中に存在するアリストテレスたちは興味深そうに観察していた。

まるで籠の中の虫を観察するような視線に魔王は屈辱と痛苦に焼かれながら叫んだ。

 

 

 

 

【おのれおのれおのれェェェェ!!!】

 

 

 

 

※ “何をした”なんて聞かれるのもつまらないから先に教えておこうじゃないカ。

 

 

※  貴方の炎を相殺した時に当代はもう一発、弾を撃っていたんですよ。気づきませんでしたか?

 

 

※  まぁ、殆どダメージはなかったからな。お前の身体にとっちゃ針が一本刺さった程度だろうよ。

 

 

※ 【錬成】を込めた弾丸は貴様の中で効果を発動させた。つまり、貴様の身体を()()()()()のだよ。

 

 

※  端的に言うと、君の表皮の感覚全てを痛覚神経と直結させたわけだ。風が当たっただけで痛いだろうなぁ。

 

 

 

 

【ふざけるな!! ふざけるなぁ!!】

 

 

 

魔王は必死の思いで己のステータス画面を開き自分の状態を確認するが、そこには何の異常もない。

当たり前だ。これは異常ではなく、基軸となる状態そのものを書き換えられてしまったのだから。

 

 

つまりもう戻せない。

これが普通の状態として固定されてしまったのだ。

ミズガルズにおいて誰よりもマナの扱い方に熟知しているものと、身体の大半が純粋なマナで構築されている生命体を戦わせればこうもなるという話であった。

 

 

料理人の前に食材を出せばこうなるのは必然と言えた。

 

 

そうして話は冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 

アリストテレス執行体はゴーレムよりも無機質に魔王を見下ろした。

息も絶え絶えで、欠片も動く事が出来なくなったアイゴケロスは血走った目でバルドルの無機質な顔を睨み返した。

 

 

 

リボルバー銃が魔王に向けられ、放たれる。

【錬成】を込められた弾丸は容易く魔王の表皮に埋め込まれ、悲鳴を上げさせた。

また魔王の身体が書き換えられる。脳と四肢を繋ぐ神経が断絶し、彼は指一本動かせなくなった。

 

 

あくまでもカットしたのはソレだけであり、痛みは毛ほども消える事はない。

 

 

 

※ 破れかぶれというのも面倒だからネ。念には念を入れさせてもらうよ

 

 

※ それにしても実に素晴らしい。これほどの逸品が出来上がるとは、古き当主には敬服するしかありませんね。

 

 

※ ありがとう。そういって貰えると私も種をまいた甲斐があったというものだ。

 

 

 

【……………ッッッ】

 

 

 

憎悪を叩きつけられながらアリストテレスは朗々と種明かしをしていく。

魔王にとっては屈辱的な、ふざけた事実を開帳する。

冷たく鋭利な雰囲気を纏った青年のアリストテレスが氷の様に冷たい声で朗々と語った。

 

 

 

※ 遥か過去、ヘルヘイムに生物を放ったのは私さ。

 

※ かの地の環境が生物にどれほどの影響を与えるか興味があってね。

 

※ 感動しているよ。幾星霜の月日を経て、君という実を結んだことを大変喜ばしく思っている。

 

 

 

 

呆気なく明かされていくヘルヘイムの真実に魔王は言葉さえ出ない。

今までの生存競争。野心。悪意。その全てが人間の手の上であったという情報は魔王を凍り付かせるに値するものだった。

そして次に放たれた言葉に魔王の矜持は今度こそズタズタに引き裂かれる。

 

 

 

※ 我々を「父」と呼んでもいいんだよ? 当代は嫌がるだろうけどね。

 

 

余りに無体な言葉に魔王は屈辱に魂さえも焼かれ、声なき悲鳴を上げた。

【バルドル】が無慈悲に近づき、山羊頭に片手を伸ばした。

 

そして彼の尊厳は粉々に打ち砕かれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『タルタロス』が崩れていく。

108層にも及ぶ階層の至る所に亀裂が走り、それらは猛烈な勢いで構造体全域に広がっていく。

地上とヘルヘイムの中間にあったダンジョンは重力に従い、バラバラに崩れた上でヘルヘイムへと墜落を始めていた。

 

 

 

攻略当初にアリストテレスが撃ち込んだ二発の弾丸……。

正確にはそこに込められていたマナと【錬成】は霧散せずにダンジョンの中を駆け巡り、この超構造体の至る所に【錬成】の判定を設置していたのである。

これほどの構造物である。当然の話として構造上の弱点というものは存在する。

 

 

 

後は簡単な話だ。

アリストテレスが魔王という首謀者を見つけ出し、事を済ませたと判断したと同時に『タルタロス』の各所を一斉に分解したのだ。

結果としてアイゴケロスの自信作は無惨にも崩壊を始めたということになる。

 

 

 

 

少しだけ時間をかけすぎたな、とアリストテレスは周囲を見渡しながら冷静に考えていた。

魔力炉心は三機とも無効化され、既にダンジョンの命は尽きていた。

そして彼の眼前にあるのは血みどろのかつては魔王だった残骸である。

 

 

彼は……描写することさえ躊躇う程にズタズタである。

一部は液体化する程にまで彼の身体は弄ばれ、解析されつくされていた。

 

 

実に、実に興味深い検体であったとアリストテレスは魔王を評価していた。

結局名前を聞けなかったのが残念だと彼は本気で考えている。

 

 

アリストテレスは【錬成】で作り出した黒い筒を担ぐ。

魔王の身体の見所のある部分を切り取って詰め込んだ筒であり、表題のラベルには「サンプル・ヘルヘイム01」と刻まれていた。

あともう一つ、ヘルヘイムにおいて収穫しておかなくてはならないモノがある事を彼はしっかりと覚えていた。

 

 

 

手を高く翳す。

【バルドル】が最大の出力で稼働する。

瞬間、迷宮中に配備し魔物を刈り取って回っていた全ての【狼の冬】が解除され純粋なマナへと分解された。

マナ達は渦を巻きながらアリストテレスの掌に収束していく。

 

 

ダンジョン全土に満ちていたマナ。

狼たちが食い漁った魔物たちの保有マナ。

そしてヘルヘイムから供給されていたマナと、魔王が保持していたマナ。

 

 

それら全てが一点に集まっていく。

 

 

アリストテレスは集まってくるマナに対し【サイコ・コンプレッション】を行使した。

普通の圧縮率で作ったリンゴでは、この量のマナだと数百個になってしまうからだ。

さすがに如何に果実とはいえ数百個は持ち運べないと判断した彼は、一時的にマナを極限にまで圧縮することにした。

 

 

掌の中でマナがその顔を変えていく。

圧縮された結果として、最初は物質的な存在に変わり……更に凝縮される。

 

 

 

禁忌の果実

 

 

マナ・クリスタル。

 

 

マナ・ダイアモンド。

 

 

更に更に圧縮することにより、疑似的な重力崩壊と局所的な時空の歪みが形成され、その末にソレは作り出された。

 

 

 

 

マナ・ニュートロン・スター。

 

 

もはや物質としての姿を保てなくなったソレは光り輝く概念であった。

凝縮されすぎた結果として超高密度マナ集積体となったこの小さな星は質量をもつことを許されないマナの塊(ZIP圧縮済み)である。

地上に持ち帰ったあと、氷山の氷を解かすような解凍作業を行うことによって、内包するマナをリンゴへと変換していくことが推奨される。

 

 

レベル1000を何人も作り出せるほどのマナ量である。

これだけあればルファスの変異がどれだけ続こうと問題なく彼女に燃料を供給できるだろう。

 

 

 

ソレを懐にしまいアリストテレスは歩き出そうとして……妙な視線を感じて歩を止めた。

時間は余りないが、気になったのだ。

視線からは不思議な事に敵意は全く感じ取れなかった。

 

 

ただ……彼の中の何かがこれを無視してはいけないと本能で悟ったのだ。

周囲の時空は先のマナ圧縮及びヘルヘイムの影響、更にいうならダンジョンの崩壊により大いに乱れている。

隠れていた魔物が奇襲をしかけてくる可能性や、魔王の悪あがきという可能性も考えられるが、特にそういった攻撃的なアクションは起こされなかった。

 

 

 

 

何度か周りを見渡して────見つけた

 

 

 

いつの間にか、一人の……女と思われる人物がアリストテレスを見つめていた。

全身は霞がかったように歪んでおり、身体の線の細さから辛うじて女性と推定できるくらいだ。

彼女は身動き一つせずにアリストテレスを凝視し動かない。

 

 

周囲の壁が崩れる。

巨大な柱が何本も倒壊し、床は次々と抜け落ちていく。

 

 

 

そんな中であっても、女はアリストテレスを黙って見つめていた。

言葉こそなかったが、そこに宿る感情は……一種の執着の様なモノさえ伺えた。

 

 

アリストテレスは顔を傾げた。

彼の【観察】に彼女は引っかからない。

少なくとも、女のいる場所を見ても何らかのオブジェや生命の反応はない。

 

 

 

目の前の女は、ここにいるが、ここではない時間に存在しているのだろうと彼は瞬時に悟った。

もう少し時間をかけて【観察】すれば答えも出るのだろうが、生憎今は時間に追われている身であり、そうもいってられない。

 

 

しかしてこの熱心な女性に何の返答もしないのは失礼だと彼は考え、軽く手を上げて「バイバイ」と振った。

ソレを見て初めて女は微かに動じた。

緩慢に、まるで何かに怯えるように一歩を踏み出して手を伸ばし……途中で止めた。

 

 

虚空に向けて伸ばされた指はとても細かった。

縋る様にソレは差し出されていた。

所在なさげに指は開閉を繰り返し、やがて引っ込められた。

 

 

 

彼女は諦めたのか、アリストテレスに別れを告げるように手を振った。

 

 

 

崩壊が連鎖的に進んでいく。

『タルタロス』のあらゆる個所が崩れる。

中に僅かに残っていた魔物たちも含め、何もかもが消えていく。

 

 

 

アリストテレスはそんな中であっても冷静に【錬成】を行使し続け【任意コード実行/座標移動】を行っていた。

目標座標はプルート地下、ルファスと別れた個所である。

 

 

 

 

そうして、全てが崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





魔王


トラウマを刻まれた人。
分身を通じて生きたまま解体される経験をした模様。
地上に上がったら竜王、下に引きこもったら執行体に凸された本編きっての不幸人。


本体は一応生きているが、立ち直るのには時間がかかることだろう。
しかしまだ諦めてはいない。
次は邪神とタッグを組んで竜王を倒した後、アリストテレスに絶対に報復すると決めている。


ちなみに「パパと呼んでもいいんですよ?」が彼の聞いた最期の言葉であった。


アリストテレス家 

別名 女神死ね死ね集団。


受け継がれる意思の権化。
家族仲そのものは悪くないらしい。



「女」


 ────。
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