ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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“増えすぎたり繁栄しすぎた生物は女神によって間引きされている”


原作158話より抜粋。


ここはプルート(冥界)。いちどはおいで。

 

 

ヘルヘイムの一件が終わりを迎え、プランがモリア王との謁見および状況説明に出向いている間、ルファスは自分に宛がわれた部屋で寛いでいた。

 

 

 

「…………んぅ」

 

 

 

ルファスは襲い掛かる心地よさに思わず鼻息を漏らす。

彼女に宛がわれた私室はとても広いモノで、リュケイオンで母と共に過ごす部屋の優に数倍はある立派なものだった。

最高の接待を目的に作られた部屋の間取りはプルートに立ち並ぶ高層建築物の最上階であり、ここからは人口的に再現された自然の風景が一望できた。

 

 

今の時間帯は夜であり、幻とは思えない程に巨大な満月が煌々と空で輝いていた。

現実感を出す為か幾つかの雲までも作り出されソレは月夜を美しく彩っている。

 

 

部屋の所々にはルファスからみても価値のありそうな装飾品やら壺やら絵画などがきちんと整頓されて並べられており、特に金の装飾品などは少女の目を引いた。

 

 

ベッドの大きさなどルファスが5人いても使いきれなさそうな程である。

ドワーフたちはプランとルファスの両名を最上級の客として扱っているというのが見て取れる素晴らしい部屋だった。

当然の話ではあるが、ドワーフはアリストテレスの力に対する見返りを出し惜しみする気はなかった。

 

 

あわよくば自分たちを贔屓にしてもらおうという下心を隠そうともしていないのがまたドワーフらしい。

 

 

 

そんな部屋には当然、それ相応のリラックス施設があるのも当然の話である。

特に今ルファスが体験していたのはその最たるもの……温泉である。

地下からくみ上げられたソレは濃いマナを宿しており、白く輝いていた。

 

 

数人は入れるであろう浴室を彼女は独占していた。

そういった娯楽の世界とは疎いルファスであったが、きっとこれは贅沢な事なんだろうなと察する程の豪奢な作りであった。

 

 

まるでミルクの様なソレに当初ルファスは眉を顰めたが……恐る恐る入浴してみれば彼女の評価は一転した。

元よりマナととても相性が良く吸収しやすい体質の彼女と、マナを強く宿した湯はとてつもない化学反応を引き起こすに至る。

具体的に言えば、彼女の柔肌は湯の効能を最大限にまで引き出した上で宿るマナを取り込み始めたのだ。

 

 

「むぅ………」

 

 

 

思わずうなる。

彼女をして素晴らしいと認めざるを得なかった。

身体が芯から温まっていく。

手足に宿っていた無駄な力が消え去り、まるでアウラに抱きしめられた時の様に暖かくて安心できる。

 

 

 

今度機会があれば母も連れてきたいと彼女は思った。

こんな素晴らしいことを自分だけで独占するのは気が引けてしまったのだ。

 

 

 

無意識に肉体に掛かっていた負荷による骨格の歪み、筋肉の張り、老廃物の塊などがあっという間に解消されていく。

10代とは思えない程に彼女の身体は疲労をため込んでいたのだが、それらがたった10分程度の入浴で消え去りかけていた。

途端に彼女を襲うのはとてつもない脱力感であった……少女は赤い瞳を空に向けてぼーっとした顔を晒す。

 

 

年相応の湯あみを楽しむ少女がそこにはいた。

口元まで湯につかり、ぶくぶくとカルキノスの様に泡を噴き出した。

完全に気を抜いて過ごすなど殆どなかったが、今の彼女は精神的にも疲れておりコレは仕方ない事である。

 

 

 

翼を堂々と限界まで広げて幾度か震わせる。

解放感を堪能する様に翼は痙攣した。

羽が抜け落ちて湯舟に浮かぶがルファスは気にしなかった。

自由にしていいとガザドは言っていたのだし、何より羽が抜けるのは天翼族にとっては仕方ないことなのだから。

 

 

 

崩壊したヘルヘイムとの“門”……例の一件で彼女はあの後も暫く怒りを撒き散らしていたのだが、ガザドに見られているという事を思い出して何とか怒りを収めたのだ。

だというのにこんなふざけた騒動の詫びとしてプランが渡してきたのは焼き菓子が2個だ。

そのせいでまた青筋を浮かべたルファスであったが、自分は成熟した大人だと自負している彼女は寛大にもあの男に執行猶予をつけてやることにした。

 

 

勿論焼き菓子は既に食べ終えている。

彼女は献上されたモノを決して無駄にはしない。

 

 

「ふんっ……」

 

 

鼻を鳴らす。呆れと侮蔑と、ちょっとだけ安堵の混ざったモノであった。

自分はまだ怒っているのだとあいつに出会ったら言ってやると固く誓う。

私はお菓子なんかで釣られる子供でないのだ。

 

 

既に少女の中でプランへの仕置きの方法は決まっていた。

プルートには面白いモノがたくさんあるとあの男は言った。

無駄に知識だけは豊富なのだから、案内させてやるとルファスは決めている。

 

 

 

下僕の様にプルートを案内する際にこき使ってやると少女は決心していた。

少しでも放っておいたり目を離すと勝手に何処かにいってしまうというのならば、絶対に自分から離さない様にしてやればいいのだ。

 

 

 

湯を跳ねさせながら少女は立ち上がる。

10代前半の子供とは思えない程に引き締まった肉体がそこにはあった。

かつてヴァナヘイムで負わされた火傷などは跡形もなく消え去り、白い肌だけがそこにはある。

 

 

少女の身体は徐々に大人の色香を帯び始めていた。

大人になりたい。早く大きくなりたいというルファスの願いに身体が応えているのだろうか。

 

 

マナを取り込み生物として位階を上げる度に彼女は強くなるだけではなく、美しささえも手に入れ始めていた。

今はともかく、いずれ彼女はミズガルズに於いて何人たりとも及ばない“美”を得る事だろう。

人が望みうらやむ全てを彼女は得る事が許される。

 

 

 

そしてヴァナヘイムにおいては枯れ枝の様だった手足は程よく筋肉が付き始めレベルの上昇に伴い人外の膂力をルファスに与えていた。

強さも美しさも、全てを手に入れる事ができる約束された“特別”な存在。

それがルファス・マファールであった。

 

 

 

「…………」

 

 

順調だなと少女は自分の身体を見つつ思った。

今年だけで身長は4センチは伸び、体重もまぁ……程々に増えていた。

胸も膨らみ始めており、ちょっとした問題として以前に貰ったミスリルの鎧が少しだけきつくなり始めている。

 

 

 

ルファスは人知れず笑った。

順調だ。全て順調だ。身体もレベルも、知識だって増え続けている。

このまま進み続ければミズガルズで最強の存在になる日もそう遠くはないと彼女は満足を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はあっちだ。早くしろ!」

 

 

 

子供がもつ無尽蔵の体力と好奇心をこれ以上ない程にルファスは発揮していた。

舗装された道を年相応の衣装──赤いロングスカートに動きやすいシャツ──を着たルファスが走り回っている。

ブーツもいつも履いている様な走破性や耐久性に特化した重いものではなく、女性が好むような軽くて動きやすいモノを彼女は履いていた。

 

 

彼女は今、プランと共にプルートで買い物を楽しんでいるのだ。

今までの彼女からしたら余り考えられない話であるが、これにはちょっとした理由と種があった。

もちろん当初ルファスは衣服を揃えようと提案したプランに渋い顔をしたのだが、彼は当然そんなルファスの反応を予想していた為に口八丁で彼女を丸め込んだのだ。

 

 

 

 

──外見というのもすごく大切な要素なんだ。

  いい服を着ているということは自分の持つ“財力”や“自己理解”をアピールするという事でもあるのさ。

 

 

 

プランの語る言葉に少女は首を傾げた。

金持ちが強いという実も蓋もない話は分かるが「自己理解」という単語に意味が分からず彼女は腕を組んだ。

 

 

そんな少女にプランは貴族としてこの自分の美しさに無頓着な少女に彼の世界における常識を語る。

 

 

 

──将来ルファスが強く、偉くなった時の話さ。

  しっかり色々な服を着こなし、他者から自分がどう見られているか意識している人と

  そういうのを全く理解していない人、どっちと付き合いたい?

 

 

 

そういうことかとルファスは頷いた。

まずは他者に外見で侮られない様にしっかりと身を固めろという話だと彼女は理解したのだ。

黒い翼というどうしようもない身体的特徴で地獄を味わった彼女からすれば、ストンと胸に落ちる話であった。

 

 

(だからあの時、お母さんは……)

 

 

 

着飾る等と言う行為はリュケイオンにドワーフたちが訪れた時にしたくらいだったが、そういう事だったのかと彼女はようやく理解した。

あの時母がどうしてあそこまで自分にドレスを着てほしいと食い下がったのか、彼女はプランの話を聞いて得心に至った。

 

 

 

──“魅力”っていうのも立派な力なんだ。しっかりと自分を表現する人の言葉っていうのは、理屈を無視した説得力を帯びるんだよ。

 

 

締めにそう告げたプランにルファスは素直に頷いていた。

彼女の中の“強い像”にまた一つ、新しい価値観が書き込まれたのだ。

私は、誰よりも堂々と自分を主張して生きていく、と。

 

 

 

そして冒頭に至る。

 

 

少女は翼から浮力を発生させ、僅かに浮いた状態でプランに「早く来い」と叫んでいた。

そんな彼女に男は「ちょっと待って」と訴えてから道を歩くゴーレムに声をかける。

プルートに多数配備されている治安維持用の戦闘ゴーレムであった。

 

彼はソレに手早く事情を話した後、手を塞いでいた荷物を次々と渡していく。

 

 

プランの両手には衣服が納められた箱が幾つかぶら下がっていた。

全て女性用の衣類が入った箱である。

ルファスは自分の分はともかく、母の分の衣服も購入していた。

 

 

 

これらは全てプルートで購入した品である。

12歳にして初めて少女は年ごろの子供のようなお洒落を楽しんでいた。

もしもここにアウラがいたら心から笑みを浮かべていたことだろう。

 

 

カルキノス? 

もしも彼がいたら、余りの少女の尊さにマナの粒子になってミズガルズに還っていたかもしれない。

 

 

ちなみに代金はプランが払っている。全部あわせて500エル弱といったところか。

彼は金には困らない程度の貴族である故にこの位は問題なく支払い出来た。

彼の溜まっていく一方であった貯金はようやく使用されるのだ。

 

 

付け加えると此度のヘルヘイムの一件でルファスの衣服代の何千倍もの量の金が入るのも確定している。

 

 

プルートはドワーフたちの首都であるが、ドワーフたちの優れた技術を学びたいと多種多様な種族が集まっているということもあり多くの種族向けの衣服なども取り扱っている。

まさか天翼族向けのモノがあるとはプランも思っていなかったが、何処にでも外れモノはいるものなのだろう。

現に天翼族の姿もちらほらプルートの通りには見えた。

 

 

 

彼らはドワーフたちと普通に会話を楽しんでおり、談笑している。

最も天翼族たちの翼の色は全てが赤茶や、薄い灰色などの白とは程遠いものであったが。

ヴァナヘイムを始めとした集落を追い出された天翼族がここに流れ着き、ドワーフと協力している、といったところか。

 

 

 

ルファスはそれらを見て複雑な顔をしていたが、直ぐに自分には無関係と切り替えたのかプランの十歩ほど先を走り続けている。

プランはひとまずゴーレムに購入した品を預け、部屋に送ってもらう手続きを済ませた後にルファスを見た。

今の彼女は初めて味わう解放感から、とても気分が高揚しているようだった。

 

 

 

中々プランが自分に追いついてこないと業を煮やした少女は空を滑るように飛翔し、男の前で急停止する。

紅い目の中に微かな苛立ちを混ぜ込みながらルファスはプランを見上げ、言葉を区切りながら発した。

 

 

 

「は・や・く・し・ろ! 次はドワーフたちの工房を見て回るんだろう!」

 

 

 

“もう我慢できない”と言外に発しつつ少女は興奮を隠し切れないようだった。

プルートに入国するとき、ちらっとだけ見た武器や兵器の製造拠点をこれからじっくりと見て回るのが今日の予定であった。

プランが彼女に近寄ろうとして立ち止まる。

 

 

彼の感覚は地面越しに伝わる振動を捉えたのだ。

とても馴染のあるソレを彼はよく知っている。

ガシャンガシャンという独特の歩行音と共に道路をゴーレムが走っている。

 

 

 

ソレはやがてプランとルファスの前で停止すると、上方から耳に慣れ親しんだドワーフの酒焼けした声……ガザドの声がした。

 

 

 

「よっ! 色々と準備が整ったんで迎えに来たんだぜ。ようやくお披露目できるってわけだ!」

 

 

 

「……何をだ?」

 

 

 

買い物を邪魔されてご立腹な様子のルファスが硬い声で言う。

彼女の予定ではこれから工房に向かう筈なのに、奇妙な横やりが入って苛ついてしまったのかもしれない。

何故かはわからないが彼女はプランと二人で出かけているのを邪魔されると、無性に腹が立つのだ。

 

 

「そりゃすげえもんだよ! 前々からアリストテレス卿が依頼してた奴でな。

 ……あー、お嬢ちゃんに聞かせても?」

 

 

そんなルファスにもガザドは不敵に笑って応対していたが、直ぐに契約による守秘義務に接する恐れがあると悟ったため、依頼主であるプランに伺いを立てた。

プランは一瞬だけ瞼を閉じて考え込む仕草を見せた。

 

 

“アレ”は……今のルファスにはかなりショックが強いかもしれないのだ。

だが、力に対する執着が強い彼女に見せておくべきかもしれないという考えも出てくる。

 

 

 

「……また秘密事か?」

 

 

 

ルファスが神妙な声で言った。

彼女の赤い瞳の奥に微かに悲しみが浮かんでしまったのを見てしまい、プランの心は決まった。

 

 

「……判りました。えぇ、ルファスにも開示して構いません。

 今後の為にも彼女にも見せておくべきかもしれませんから」

 

 

 

「え?」

 

 

 

またどうせ誤魔化されると思っていたのかルファスの瞳が見開かれた。

その為、折角の買い物の楽しい時間を台無しにしてくれたプランに文句を言ってやろうとしていた口は攻撃対象を失い、パクパクと開閉した。

少女は瞼をぱちぱちさせながら、本当に珍しいモノを見たような顔でプランを見つめる。

 

 

 

「意外。……また誤魔化すと思ってた」

 

 

 

「……」

 

 

 

自分はそこまで彼女に多くの隠し事をしたかな? 本気でプランは考えこみそうになるがすぐに気を取り直す。

彼は微笑みを浮かべガザドを見上げて声を張り上げた。

 

 

 

「まずは部屋に寄ってルファスを着替えさせたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 

これから向かう先だと、せっかくの綺麗な衣服が汚れてしまいますからと続ければゴーレムは「それもそうだ!」と大声で笑った。

 

 

 

ガザドは無言で搭乗席を示した。

彼の意思に従いゴーレムが頭を下げ、二人は乗り込んだ。

本当に何処に行くのだろう? ルファスは揺られながらそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルファスがいつも着ている動きやすい衣服一式に着替えてから一行は改めてガザドの導きに従い出発するのであった。

 

 

 

幾つもの複雑に絡み合った道を通り抜け、プルートの都市区画から少し離れた地域に設立されたキャンプ地帯へとゴーレムは進む。

そこにあったのは地下に続く坑道……何らかの発掘現場であった。

停止させられたゴーレムから三人は降り、ガザドに先導される形で薄暗い道を進んでいく。

 

 

 

幾つもの梯子を降り、薄暗い道を抜けても中々目的地にはつかない。

ルファスの感覚では既に何百メートルも下ったように思えて仕方なかった。

こんな地下空間に一体何があるのだと彼女は徐々に苛つきだしたが、そんな彼女が文句を発する前にプランは彼女に説明を始めた。

 

 

 

「自分たちが今いるのはプルートよりも更に地下500メートルといったところなんだ。

 ここらへんの地層からは色々な土器や武器の類が発掘されることで有名でね」

 

 

 

「年代的に言えば……大体7000年前ってところだな」

 

 

 

二人の大人が少女を飽きさせない為に知識を披露していく。

ルファスは黙って言葉を聞いていた。

口調こそ軽いが、この大人二人の言葉が何処か硬いことを彼女は悟ったからだ。

 

 

 

大人の緊張や警戒というものはあっという間に子供に見抜かれてしまうものなのだ。

故にルファスはとりあえず怒りを横に退かして耳を傾けることにした。

 

 

「発掘されるのは主に家屋の残骸や鉄製の武器……あとは陶芸品などだね」

 

 

 

「……骨もよく出てくるな。いや、骨というよりはミイラだ。

 それも恐ろしく保存状態の良い、な。

 しかも一つや二つなんてもんじゃねぇ、バンバン出てきやがる」

 

 

 

二人の声は硬い。二人が何を言わんとしているかルファスも朧に理解し始める。

つまり、ここには少し掘るだけでそういったモノが飽きる程に出てくる程の大規模な集落があったということだ。

もしくは街……いや、もっと次元を大きくすると国があったかもしれない。

 

 

 

そんなものが丸々と埋まっている。

火山の噴火に代表されるとてつもない自然災害でもあったのだろうかと彼女は頭を捻った。

 

 

 

考えを巡らせるルファスをしり目に大人二人は迷う様子もなく道を進み続ける。

更に何回か下った後、やがては大きく開けた空間に出た。

 

 

幾つも照明に照らされた空洞であった。

ホールのような円形に拡がった個所には何人ものドワーフがいて、せわしなく壁を掘削し続けている。

しかし中にはツルハシなどをもたず、羽箒のようなもので壁を掃いている者たちもいた。

 

 

ルファスは最初、ドワーフたちが何をしているか判らなかった。

何であいつらは一心不乱に壁を箒掛けしているんだとさえ思った。

プランはそんな彼女を微笑んで見つめている。

 

 

まぁ、無理もないかと彼は思っていた。

コレは確かに……今の彼女にとっては余りに壮大すぎて理解できないかもしれないのだから。

 

 

 

 

「こいつが原因だ」

 

 

「……?」

 

 

 

ガザドは壁を示す。

大広間の一角の壁で、むしろ崖と呼んでも問題ないような平坦な面であった。

ルファスは理解できないように目を細めた。

何度か頭を捻って、翼を使って浮かんでみて……全体像を見ようとして……気が付いた。

 

 

 

「なっ……!」

 

 

 

唖然とした様子で言葉を零す。

大きく目を見開き、恐怖で身体をひきつらせた。

 

 

 

ガザドが示した巨大な壁……そこに埋まっていたのはとてつもなく巨大な魔物の骨格だったのだ。

どう見ても100メートルは超えている化け物の化石こそ、ドワーフたちが無心で発掘していた存在の正体であった。

 

 

 

「“エンペラーバーサクスコーピオン” 推定されるレベルは900。

 蠍の魔物は多くいるけど、こいつがそれらの頂点と呼ばれている存在になるね」

 

 

プランは気楽な様子で化石を見ながら語り出す。

とてつもない怪物の事を何処か懐かしいモノでも見るように。

 

 

ルファスはもう一度、改めて蠍の残骸を見つめた。

かつて一つの文明を殺しつくした怪物の死骸は、もう動かないというのに未だに圧倒的な存在感を放っている。

 

 

黒々とした甲殻は数千年の時を経ても未だに劣化しきらず形を残しており、特に頑丈だったであろう尻尾は殆どそのままの形で残っている。

 

 

 

「この魔物はこの世のあらゆる毒を内包していてるんだ。

 それらを組み合わせて特効薬ならぬ特攻毒を作り出すことが出来るのさ」

 

 

やろうと思えば国どころか大陸一つでさえ皆殺しにできるんだろうねと彼は言う。

正に生きた疫病、意思を持つ死の風といったところか。

 

 

 

「だれが、こんなものを倒したの……?」

 

 

少しだけ震える声でルファスが疑問を呈すれば、プランは答えた。

 

 

 

「この蠍は毒を作る際に少しだけ自分の生命力を消費するんだ。 

 あとは“バーサク”の名前の通り、自分が死ぬまで毒の生成を止めなかったんだろう」 

 

 

 

文字通り力尽きるまで毒をばら撒いてから死んだというのが通説さ、と締めればルファスはもう一度蠍の亡骸を見た。

 

 

恐怖はあれど、ルファスの心境には疑問が浮かび上がっていた。

彼女の聡明な頭脳は与えられた情報を元に回転し始めた。

 

 

どうにも喉に引っかかる事があった。

 

 

死ぬまで毒を生成?  

国を滅ぼした? 

狙った相手に合わせて毒を作り出す? 

 

 

……つまり狙わない相手は生かせるということ?

綺麗さっぱり国を滅ぼした後は、自分も生命力を使い果たしてお行儀よく後始末されるように死んだ?

 

 

 

 

「……へんなの」

 

 

 

それじゃまるで、誰かが使う道具みたい。

 

 

 

「…………………」

 

 

ルファスの小さな呟きを聞いていたプランは微笑みを張り付けた。

ガザドは取り合わず、作業をしている部下のドワーフたちの元に歩き出した。

上長の接近にドワーフたちが手を止める中、ガザドはとてつもなく通る声で一喝するように張り上げる。

 

 

 

「おぅ! 我らが英雄、アリストテレス卿のお目見えだ! 

 ヘルヘイムの一件はこの御方が解決してくださったっっ!!」

 

 

 

「感謝いたします!! アリストテレス卿!!!」

 

 

 

大勢のドワーフたちが一斉に背筋を正して声を上げる。

誰もが敬意に満ちた瞳でプランを見つめている。

それを見てルファスは少しだけ気分がよかった。

 

 

彼女はプランが嫌いだが、だからといって功績を上げたのならば称えられるべきだと考えている。

 

 

 

「約束のモノを持ってこい!」

 

 

指示を出すガザドの元に一人のドワーフが近寄り、布で包まれた何かを手渡す。

小柄ではあるものの屈強な腕を持つドワーフが両手で抱えて持たなければいけない程にソレは重く、大きかった。

 

 

彼はソレを抱え、プランの近くに置くと布を解いた。

現れたのは金属質の黒い箱だ。

表面は光沢があり金属のような質感であった。

 

 

「御目通しをお願いするぜ、アリストテレス卿。かの蠍の“毒袋”になる」

 

 

「……そんなものを開けて大丈夫なのか?」

 

 

ルファスがプランの腕を掴みながら聞いた。

彼女はぎゅぅっと彼の右腕を掴んだまま離さない。

ルファスはこんな所でそんなものを開帳して、自分たちが毒の巻き添えを食わないか心配なのだ。

 

 

「毒袋の中に入っているものはあくまでも毒の原材料なんだ。

 蠍の意思が込められて初めて毒として機能するんだ。

 だから【錬成】などでそれらを弄りまわさない限りは無害だよ……多分」

 

 

 

「おいっ! 多分とは何だ! そこは断言しろ!!」

 

 

嫌だ、こんな地の底で死ぬなんて冗談じゃないとルファスはいつでも脱出できるように翼を広げて逃走の準備をしながらもプランから離れない。

 

 

プランが蒼い眼を輝かせながら箱の脇についていた金属のロックを外して開く。

ぱかっと何の緊張もなく蓋を持ち上げて取ればそこにあったのは透き通る程透明な瓶に収められた薄暗い蒼に輝く肉の塊であった。

表面には星の瞬きのような光が浮かんでは消えを繰り返しており、何処かアリエスの毛色にも似た神秘ささえもそこにはある。

 

 

 

人間の頭部程の大きさのソレは蠍の巨大さを考えるに余りに小さいとさえ思えた。

だが重みは桁違いである。

まるで鉛の様にソレは重く、仄かに暖かい。

 

 

明滅しながらソレは僅かにであるが震えた。

 

 

「生きてる……」

 

 

ルファスは直感的に呟いた。

嘘みたいな話であるが、この臓器は未だに生きている。

7000年も過去の存在であるというのに、本体はもう化石になっているというのに、毒袋だけは未だに生のままだ。

 

 

蠍の全生命力を貪りつくし毒を生成したということは、コレにはレベル900にもなる怪物の全てが詰まっているということである。

プランは【マネー・ゲッター】と【ターゲティング】の合わせ技でソレの所有者を自分に書き換えた。

呆気なく惑星一つ殺しきるこの世全ての毒が彼の手に渡ったのだ。

 

 

 

「確かに受け取りました。これがあれば色々できるでしょう。

 後は自分の創意工夫の問題ですね」

 

 

 

「……こんなモノを使って貴方は何をするつもりなの?」

 

 

 

深い微笑みを湛えるプランにルファスは恐る恐るといった様子で聞いた。

彼の性格を考えるに悪用はしないだろうが、それでも……悪用/悪事なんていう言葉が可愛く思えるナニカをしそうでならなかった。

 

 

ルファスとしてはまたはぐらかされると思っていたが、呆気なく彼は種明かしをした。

それはステータスとレベルという概念に対する挑戦、もしも成功したらもはやレベルという概念に意味はなくなる神への宣戦布告だ。

 

 

 

「前にエルフの方々から頂いた“ネクタール”と組み合わせてみるのさ」

 

 

 

「ねくたーる?」

 

 

聞きなれない単語に首を傾げるルファスにプランは人差し指を顔の前で立てて少年が悪戯でもするように笑う。

 

 

 

「まだまだ理論段階の話だから、詳細は完成の目途がついたら改めて話すよ」

 

 

 

だからちょっと待っててと言う。

その態度にルファスは少しだけ不満を覚えたが、まぁいいかと流すことにした。

何時もの様に言葉巧みに煙にまくようなことをしないだけマシだと思っただけである。

 

 

 

 

「んじゃ、上に戻ろうぜ。

 今宵はアリストテレス卿の活躍を讃えて盛大なパーティの予定が入ってるぜ!」

 

 

楽しみだろ? と笑いだすガザドにプランは頷き踵を返す。

ガザドもその後を続いて退室する中、ルファスは何となく作業に戻ったドワーフたちを見つめた。

 

 

羽箒で壁を磨き続ける者の作業を目を凝らしてみる。

彼はいったい、何を露わにしようとしているのか気になったからだ。

目を凝らし、それの全体像を何とか読み取った彼女は途端にこみ上げる吐き気に襲われた。

 

 

 

 

「っっっ……!!」

 

 

 

生々しい、もがき苦しむ人間の姿がそこにはあった。

余りに強い毒は地中の微生物や細菌までも殺しつくしてしまい、結果として彼らの死の瞬間が永久に保存されている。

 

 

断末魔の顔が、ずっと残っていた。

見開かれた眼をルファスは見てしまった。

 

 

 

もう止まらない。高い学習能力が仇になった。

彼女が見たいと思って無意識に調整した瞳は、次々とソレを写し取ってしまう。

 

 

 

彼女は認識してしまった。

この壁一面に“ナニ”が埋まっているか。

 

 

 

人。人。人。人。人。人。

 

 

人人人人人人人人人人……。

 

 

 

苦しむ様に首を押さえていた。

我が子を守る様に覆いかぶさっていた。

恋人同士が抱きしめ合っていた。

無念を抱いた顔がそのまま残っていた。

 

 

 

叫んでいた。

苦しんでいた。

苦痛に歪んでいた。

涙を流していた。

天に助けを求めるように手を伸ばしていた。

 

 

 

親子が、いた……。

国一つ分の死がここにはあった。

 

 

 

「…………~~~───っっっ!!」

 

 

恐怖に駆られて一歩後ずさる。もう限界であった。

ルファスは逃げるように走りだし……プランの背(安心できる所)を追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調子はどうでぇ?」

 

 

「全体的に軽くなっているのが判りますね。

 マナや天力、魔力の運用効率も以前とは桁違いです」

 

 

 

それでいて頑丈で、動きやすい。

正に“改良”と言えるとプランは新しい【バルドル】を評した。

モリア王はプルートを救ったプランにとてつもない報酬を支払っており、それを彼は新しい鎧に組み込んだのだ。

 

 

 

莫大な量の報酬金は当然として、かのドワーフ王は彼に国宝であるオリハルコンという超希少な物資を下賜していた。

ミズガルズにおいて伝説、神話に語られるソレはドワーフにとっても至高の一品であったが、使い道もなく放置されるよりは相応しいモノに与えられるべきだとモリア王は判断したのである。

結果【バルドル】は外見こそ変わらぬものの以前とは比較にならない程の強化を施されて、新生したのだ。

 

 

神話に伝わる虹色羊の羊毛とオリハルコン。

そして補助装備としてエンペラーバーサクスコーピオンの毒まで搭載されたコレは、とてつもない性能を秘めていた。

 

 

 

そんな改良された鎧を着込んだプランはガザドと並んでとある施設の一角を歩いていた。

広大な空間を見下ろす様に設置された通路の上に二人はいた。

 

 

ここは【加工所】と呼ばれる施設である。

ゴーレムたちを動かす際に原動力となるマナ・クリスタルの精製施設であった。

過去のアリストテレス卿がドワーフたちに技術と理論を教え、それを形にしたのがここであった。

 

 

今回ここを訪れたのは施設の状態確認と、新しい【バルドル】のちょっとしたテストの為である。

 

 

 

「施設についてですが……作業員の精神的、肉体的疲労を考えて6時間ごとに人員は入れ替えてくださいね。

 後は重ね重ねになりますが“アレら”の悲鳴や命乞いには決して耳を傾けてはいけませんよ」

 

 

 

アレらに人としての運用はしてはいけません。

どれだけ惨めな声で泣きわめこうと、命乞いをしようとそれらは全て鳴き声なのです、とプランは冷淡に告げた。

微笑みながら当然の様にいう彼は、ドワーフの知っているプランという男の姿であった。

 

 

ルファスと出会う前の、無機質な怪物としての彼である。

そんな彼にガザドは無表情でつまらなさそうに答える。

 

 

 

「いんや、問題はねーさ。作業員たちも嬉々として従事してくれているぜ」

 

 

「熱が入りすぎない様に気を付けてください。

 熱意は大事ですが、何事も行き過ぎはよくないのですから」

 

 

 

ガザドが指をさして示す。

眼下ではドワーフが嬉々として……人型の“資源”を嬲っていた。

採掘や鍛冶などに従事している時とは違う種類の笑み、どす黒い悪意の籠った顔で彼は“資源”をムチで叩き、身体に焼き印を押し付けている。

 

 

 

猿轡をはめられ、いやいや、と首を振っていたのは人間であった……少なくとも外見上は。

決定的に違うのは青い肌に、白黒が反転した目をもっていたことである。

 

 

 

彼らこそ魔神族。もしくは悪魔。または巨獣。巨人。歴史上、あらゆる名前で語られていた人類の敵だ。

人類の敵であり……このプルートにおいては“資源”として扱われるモノたちだ。

時のアリストテレス卿は彼らを解体/理解/解析/し、この生きた高密度のマナ達の有益な運用方法を導きだしたのである。

 

 

レベル的に基本は人類よりも強く、捕獲などが難しいという欠点も今は改善されていた。

魔神族は機能を停止するとマナに霧散し大気に還ることが確認されている故に、これはソレのちょっとした応用であった。

 

 

施設の一角に積み上げられた大量の土砂や岩など。

多量のマナを帯びて輝いてるソレに数人のメイジやアルケミストのドワーフが近寄り、アリストテレスより齎された特殊な【錬成】を発動させる。

 

 

 

物質からマナが抽出され、形を整えられて再利用される。

あっという間にマナはかつての姿……魔神族となった。

それとも悪魔? 魔獣? どれも過去の名前であるが、結局は全て同じモノなので何と呼ぼうと意味はない。

 

 

コレらはミズガルズにおける法則的な処理の上ではあくまでもドワーフの術者たちの“所有物”扱いであり、奴隷よりも権利のない消耗品である。

“所有物”は一切の攻撃、叛逆、防御を許されない。

訳も判らない状況に逃げ出そうとするが、術者がそれを禁止すると彼らは指一本動けなくなってしまった。

 

 

 

既に彼らを動かす操演者は■■ではなく、ドワーフなのだからこれは当然の事であった。

遠い世界でいうところのリサイクル、それがこの施設の本質である。

 

 

 

「~~~~っっ!!」

 

 

 

声を出す事も禁止された魔神族は涙を流すが、ドワーフは喜びを浮かべながら彼らを歩かせる。

ぎらついた瞳であった。明らかに彼らはこの暴虐を楽しんでいる。

向かう先は巨大なミスリル製の箱だ。

 

 

その中に魔神族を十人単位でぎゅうぎゅうに詰め込み、術者数人がかりで特殊な【錬成】を発動させる。

アリストテレスより彼らは十分な知見を与えられているため、問題はなかった。

 

 

 

理解できるモノを理解しているモノへと変換させる術はここでも役立った。

中の魔神族は純粋なマナにまで“分解”され、露出したソレを今度は【サイコ・コンプレッション】で圧縮してやる。

すると完成したのは【マナ・クリスタル】であった。

 

 

もう少し圧縮の圧を上昇させることが出来れば【マナ・ダイアモンド】になるのだが、ドワーフたちではこれが限界だ。

 

 

30人はいた魔神族は、掌の上に転がる結晶にまで圧縮されたのだ。

同じような光景がそこら中で繰り広げられている。

中にはちょっとしたお楽しみとして、圧縮前の魔神族の手足を千切ったり、目を抉ったりして嬲っている者らもいた。

 

 

悲鳴がつきない光景だが、アリストテレスは微笑んでソレを見つめている。

彼が思うのはただ一つ、間違ってもルファスにこの光景は見せられないなというものだけである。

 

 

誰の顔にも復讐の愉悦が浮かんでいる。

魔神族に家族を奪われた者、苦しめられた者、そして自分自身にも癒えない傷を負わされた者。

だれもかれもが黒い報復心に突き動かされていた。

 

 

 

実際、この加工施設の求人はとても倍率が高い。

高度な専門知識と【アルケミスト】【エスパー】という特殊なクラスが必要なのにも関わらずにだ。

魔神族に復讐もできるうえ、世の中の役にたつこともできるということもあり、プルートを訪れる異種族の大半は此処に配属されることを望んでさえいた。

 

 

 

アリストテレスが手を翳し【バルドル】を最低限の出力で稼働させる。

すると、魔神族を圧縮した際に生じたロス……零れ落ち、世界に還る筈だったマナが瞬く間に引き寄せられる。

以前とは比べ物にならない効率でそれらは圧縮され、完成したのは銅色を通り越し、微かに黄金の色彩を帯びたリンゴであった。

 

 

プランはそれを【観察眼】で眺めて頷く。

成功だと判断し、ガザドに記念として渡してやる。

これ一つを完食すれば、レベル700から800の怪物の誕生だ。

 

 

一人で食べきってもよし、仲間と分け合って平均的にレベルをあげてもよし。

好きにして構わないと考えながらアリストテレスは果実をドワーフに渡した。

 

 

とりあえずの問題はなし。

あとは実地で何回か使用して諸々を詰めていこうとアリストテレスは判断した。

 

 

 

「それはそうと」

 

 

 

「お嬢ちゃんに渡すプレゼントの件だろ? 安心しな。しっかり用意してあるぜ」

 

 

ソレは良かったとプランは朗らかに笑い、ガザドも笑い返す。

眼下から無限に響き渡る怨嗟と嘆きを彼らは気にも留めなかった。

 

 

 

ここはプルート(冥界)

 

 

死した魔神族はここで永遠に苦しめられるのだ。

 

 

 





プルート


かつてのドワーフたちの首都。
ルファス・マファールが英雄たちに葬られた直後、魔神王直々に破壊され
その機能の大半をプルート・ガングに移植されることとなった。


その日が来るまで、魔神族は消費され続けるのである。



魔神族



「アレらは素晴らしい資源たちです」



───アリストテレス卿。
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