ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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彼はやればできる男なんです。


カルキノスは逃げ出した

 

 

プルートにおけるごたごたが終り、リュケイオンに無事に戻ってきたルファスはその日……自室の窓からぼーっと空を眺めていた。

今日は鍛錬はない。

プランは改良された【バルドル】の調整と、彼がいない数日の間にたまった書類の処理に追われていてそれどころではないのだ。

 

 

結果、彼女は本当に久しぶりの暇な一日というものを味わっていた。

 

 

「…………」

 

 

 

ルファスは新しく首にかけたペンダントを握りしめる。

まさかの12歳の誕生日プレゼントである。

ルファス自身忘れていた事であるが、プランはしっかりと彼女へ渡すプレゼントのことを覚えていたのだ。

 

 

 

真っ赤な宝石を加工されて作られたソレは勿論ただのアクセサリーではない。

ちゃんとした装備品としての効果も保持した立派なマジックアイテムだ。

いつの間にか彼はドワーフたちに制作を依頼しており、パーティの席で彼女に贈られたのだ。

 

 

母からの贈り物である髪飾りと合わせての見栄えも考慮されたソレは美しく輝いていた。

 

 

状態異常、麻痺及び毒の無効化、それがコレの効果である。

シンプルでありながら、あると非常に便利なモノであった。

当初ルファスは拒んだのだが、毒と聞いて脳裏をよぎったのはあのおぞましい死体たちである。

 

 

未だに頭から離れない程に鮮烈な死のイメージとしてあれらは頭に焼き付いていた。

彼女が何処か想像していた死に対する考えなど生ぬるいと判らされてしまったおぞましいオブジェたちである。

7000年もあの地の底で苦しみに歪んだ姿のまま埋まっていたという事実はルファスを凍り付かせる事実であった。

 

 

 

「…………」

 

 

それにしても暇だと少女は考える。

全く、何もやることがない。

アリエスの散歩はついさっきやったばかりで、今は丸まってすやすやと眠っている。

 

 

何もやることがない日というのを彼女は嫌った。

鍛錬に勉学に母の手伝いに、とにかく連日身体を動かし続けている彼女は、休むという事を知らなかった。

そもそもどうやって休めばいいのかさえ余り判ってない節がある。

 

 

プランは執務。

カルキノスは食材の調達と、街の見回り。

ピオスは教会でミサを開いており、母はプランの執務の補佐。

 

 

完全にルファスは手すきであった。

少し前ならば己の身体能力を誇る様に森を荒らしていたが、今となっては空しい遊びでしかない。

レベル130は確かに高いが、それでもまだまだ世界から見れば小粒でしかないと彼女は悟ったのだ。

 

 

 

「む……」

 

 

少しだけイライラした。誰も彼も自分を見てくれないのがちょっとだけ不愉快だった。

顔が強張っていることを自覚して少女は己の頬を叩く。

大人には大人のやるべき仕事がある等という事は承知している故にルファスは不満を飲み込んだ。

 

 

 

窓を開けて翼を広げる。

広大な青空を見上げて少女は飛び立った。

 

 

 

音に迫り、超える程の飛行能力を持つルファスは一瞬でリュケイオンの全体図が見渡せるまでの高度に至る。

眼下に広がる小さな街を見下ろし、彼女は腕を組む。

とりあえずここまで来たが、他にやることは何もない事実は変わらないのだ。

 

 

 

「どうしよう……」

 

 

 

誰もいない故に素の口調で彼女は呟く。

本当に退屈でたまらないのでざっと行ける場所を確認していく。

 

 

近くの森。特に面白いことはない。

 

 

近くの草原。最近では魔物一匹見当たらない。

 

 

隣のユーダリル。

自分の飛行能力では問題なく行けるだろうが、何故かは判らないが先回りしたプランに出迎えられる未来が見えた。

 

 

大人しくルファスはリュケイオンの街に降りることにした。

とりあえず気ままに散歩でもして、興味が湧きそうなモノを探す事にしたのだ。

 

 

街の広場。

よく中年の男が肉を焼いている場所に降りると、今日も変わらず男は様々な肉を並べて商売をしていた。

彼は以前ルファスにディノレックスの肉を献上してきた男性であり、空から降りてきたルファスに片手を上げて挨拶をした。

 

 

「おっ、今日も元気そうで何よりだな! 一本どうだ?」

 

 

 

豚の串焼き肉をルファスに差し出す。

じっくりと焼かれたソレは程よく脂が垂れており、塩と胡椒で味付けされたのか香ばしい匂いさえした。

別に空腹というわけではなかったが、少女は純粋に美味しそうなソレを受け取った。

 

 

 

「……貰う」

 

 

ぶっきらぼうに告げて串を受け取ると、少しずつ噛んでいく。

以前ディノレックスの肉で痛い目を見た事もある故に、少女は舌を火傷しないように気を付けてソレを頬張った。

 

 

辛すぎずしょっぱすぎない。

それでいて程よく火が通っているが、まだ微かに肉の柔らかさも残っている素晴らしい味だった。

 

 

もぐもぐと咀嚼しながらルファスは素直に美味しいと思った。

具体的にはもう少し食べてみたいと思う程に。

だから彼女は懐から財布を取り出し、硬貨を男に渡した。

 

 

「もう二本」

 

 

 

男の顔に満面の笑みが浮かぶ。

リュケイオンに来た当初の彼女を知っている彼からすれば、これはとてつもなく嬉しい事であった。

 

 

「ちょっと待ってな!」

 

 

手早く肉を焼いて串に刺して渡す。

ルファスはそれを受け取ってからしげしげと眺めてから食べ始める。

うっかり一気に頬張りかけた彼女は「あつっ」と小さく呟いてから、一度唇を離して舌を冷やす。

 

 

ふーふー。

もぐもぐ。

 

 

息を吹きかけ、少しだけ冷ましてから食べるという行為を繰り返していく。

黙々と食べ続ける少女に男は微笑みながら聞いた。

 

 

「どうだ、うまいだろ?」

 

 

 

「……ん」

 

 

そうか、と男は腕を組んでルファスを見つめた。

あっという間に少女は串焼きを三本食べきってしまった。

成長期の少女にのみ許される大食いっぷりである。

 

 

 

「いつでも食いにきてくれていいんだぜ。マファールちゃん」

 

 

 

俺の串焼き肉は最高なんだからな、と男は豪快に笑う。

何処かドワーフに近い気質だなと思いながらルファスはむず痒さを感じながら視線をあちらこちらにさ迷わせた。

他者の親愛というものをどう処理すればいいか彼女は判らない/信じられない。

 

 

必死に怒りを絞り出して、自分を大きく見せようと頑張るが……満腹になった満足感のせいかどうやっても感情が出てこない。

何度か唇を震わせて強い自分らしい傲慢な言葉を吐こうとしたが何も思いつかなかった。

 

 

 

 

ぐぐぐと肩を震わせるルファスに男は顔の筋肉を全て使った豪快な笑みを浮かべて言った。

 

 

 

「暇を持て余しているなら、湖の方に行くといいぜ! 

 カルキノスの兄ちゃんと司祭様が子供たちを連れていって遊んでいるんだとか」

 

 

 

「判った」

 

 

特に行く当てもなかったルファスは男の言葉に頷いた。

思えばリュケイオンの街中はともかく、近場の湖にはあまり近寄った事がない事を思い出したのもあって彼女は次の目的地をソコに決めて翼を広げた。

脳裏に一瞬だけよぎったのはプランであってプランでない様に振舞う彼の姿であったが、彼女はそれを直ぐに記憶の奥底に流した。

 

 

 

「……美味しかった。また来る」

 

 

 

 

「おう!」

 

 

腕を上げて見送る男を最後に一瞥してからルファスの身体は空へと浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

リュケイオンの最も印象的な地形である広大な湖。

薄くマナを宿して青々と輝くソレは海と見間違う程に巨大で、多くの魚などを湛えた生命の宝庫だ。

この街に保護されて2年以上経つルファスであるが、実はこの湖を本格的に探検した事はなかった。

 

 

それどころかルファスはリュケイオン周辺の地形を情報としては知っているが、あくまでもソレはサバイバルや戦闘に役立つものとしてしか知らない。

近くの森は身を隠せる。あの木の上にはよく肉食獣が潜んでいる。あの草むらにはよく毒蛇がいる……。

全てが戦いに関係することばかりで、間違っても何処からなら美しい景色が見れる等と言った方面は全く知らない。

 

 

 

力を必死に追い求める彼女には景色を眺める余裕などなかったのだ。

だから今回の件は少女にとっても我ながら不思議な事であった。

自分は何でこんな所に足を運んでいるのだろうかと思いつつ、少女は眼下に見えた湖のほとりに降り立った。

 

 

 

 

「おや? ごきげんよう」

 

 

 

どんな時であろうと黒いカソックを着用している男──ピオス司祭が唐突に降りてきたルファスに眉一つ動かさず言葉を発した。

この初老の男は持ち運びできる小さな木製の椅子に腰を下ろし、湖の中できゃーきゃー騒ぎながら泳ぎ回る子供たちを見守っていた。

どうやら子供たちは湖の真ん中あたりにある小島に夢中らしく、泳いで競争などをしていた。

 

 

手元に置いてある水筒を口に運びながら彼は言う。

 

 

「歓迎しますよ。貴女も泳いでいきますか?」

 

 

「興味ない」

 

 

 

歯に衣きせぬルファスの断言にも彼は「そうですか」とだけ返すのみであった。

微笑みながらピオスははしゃぎまわる子供たちに視線を戻した。

 

 

“失せろ”や“女神に仇なす悪魔の子”や“生まれるべきでなかった”等とは決して言わない。

それどころか積極的に自分と母の治療を行い、本来ならば憎むべき筈の怨敵を癒すという有様だ。

 

 

 

変な男だとルファスは思った。

プランやカルキノスとは違ったタイプの変わり者だと彼女はピオスを評していた。

聞けば自分の黒い翼は女神アロヴィナスを裏切った咎人のソレであるという。

 

 

 

だというのにこの男は女神を信仰しているというのに全く自分を見下したりしないのだ。

一応、ヴァナヘイムにも教会はあった。

女神を奉る教会で、表面上は全ての者を受け入れ敬う等とほざいていた教会だ。

 

 

 

しかしそこの神職たちは全員天翼族であり……つまり、そういうことだ。

母が死にかけた時、そこに縋ったこともあったが勿論相手にさえされなかった。

それどころか“さっさと呪われた母子はヘルヘイムに墜ちなさい”と来たものだ。

 

 

ルファスの中では彼らこそがアロヴィナスの信徒のイメージであり、だからこそこのピオスという男は異常者に見えて仕方ない。

以前の宴の席において語られた彼の女神に対する考え然り、どうにもこの男は良くわからなかった。

 

 

 

「……以前、女神の話をしたことを覚えているか?」

 

 

沈黙に耐え切れない様にルファスは口火を切った。

女神を信仰しておきながら、女神を哀れむという冒涜的な考えを持つこの男の内面を少しだけ知りたくなったのだ。

 

 

「勿論。子供たちの慰霊祭の時ですね」

 

 

 

「あの時……貴方は女神を哀れんでいると言っていた」

 

 

 

「えぇ、確かに言いました」

 

 

 

相変わらず司祭は己のペースを崩さない。

人生経験が豊富な初老の男らしく、彼からはプランとは違った種類の余裕さえ感じた。

どうにも距離感の掴みづらい男だと思いつつルファスは黒い翼を見せつけるように広げた。

 

 

2年前とは比べ物にならない圧を放ちながら少女は男を威嚇する。

幼いながらも既にルファスは支配者としての威圧感を習得し始めていた。

心の弱い者ならば直ぐにひれ伏し、震えてしまいそうな威圧感を彼女は放出しながら脅す様に言った。

 

 

 

「私の翼は女神を裏切った咎人の証らしいな。

 ならば女神に仕える貴方にとっても私は敵に映っているはずだ」

 

 

 

「いえ、別に?」

 

 

 

「────は?」

 

 

 

 

平然と帰ってきた言葉にルファスは思わず言葉を失った。

ピオスは全く怯えた様子も何も見せていない。

彼は冷や汗一つ流さずルファスと向き合いながら続ける。

 

 

 

「何か悪い事してしまったのならば懺悔を受け付けますが?」

 

 

さすがにここでは無理なので、今度教会に来てくださいねと平然と告げる男にルファスは間の抜けた顔を晒してしまった。

翼を震わせ、見せびらかすように何度も羽ばたかせる。

 

 

 

「見て判らないのか!! 

 ヴァナヘイムの、お前の同僚たちは私を悪魔だと言ってたんだぞ!!」

 

 

 

この翼のせいでどれだけ自分が苦労したか、どれだけ苦しめられたか。

今までの己の地獄を平坦に受け流す男に怒りを感じながらルファスは詰め寄った。

種族スキルの【威圧】さえ使っているというのに、ピオスは欠片も動じた様子を見せなかった。

 

 

彼はルファスの真っ赤な瞳を堂々と真正面から見返し、力強く自分の意見を口にする。

 

 

「私はそう思わない。

 えぇ、嘆かわしい事ですが、その方々は間違っていますね。

 天翼族の拘りは判りますが、基礎を疎かにしているとしか言いようがない」

 

 

 

つらつらと女神の教えを彼は口にしていく。

 

 

女神の愛は平等。

彼女の愛は万人に与えられるもの。

黒翼は罪の証と言うが、あくまでも罪を犯したのはその当人であり、子孫は何の関係もない。

 

 

個人の罪を全体に問い、全体の責任を個人に押しつけるなど公平ではない。

 

 

 

などなど、理詰めで彼はルファスの疑問に答えていく。

そして最後に彼はこう締めくくった。

 

 

「結局はただの翼の色です。私から見た貴女はただの少女ですよ」

 

 

 

「それに私には翼などないので、色がどうのこうの言われても正直

 ……ピンと来ないというのが本音ですね」

 

 

 

良くも悪くもルファスのコンプレックスなど知った事ではないと言外に断じる彼に少女は毒気を抜かれてしまった。

誤魔化しや慰めではなく、真っ向から「お前たちの悪習など知った事ではない」と断じられ、少女は唖然とした。

ここはリュケイオンだ。

ヴァナヘイムの風習を持ち込むのはやめてもらおうと言われればルファスは反論も出来ない。

 

 

 

「他に何か?」

 

 

信じられないモノを見るようにしているルファスにピオスが簡潔に言った。

ルファスは何回か口を開閉させてから答える。

 

 

 

「いや……貴方は……」

 

 

 

皮肉るように少女は薄く笑いながら「出世できないだろう?」と言葉を投げる。

明らかに世間一般的な女神の教徒とはずれている思考と思想をしている男への精一杯の攻撃であった。

 

 

 

「ははははは……」

 

 

 

平坦にピオスは笑い、視線を子供たちに戻す。

特に行く当てもなかったルファスもその隣に腰を下ろし、膝を抱えて座った。

遠くでは子供たちが飽きもせずにバシャバシャと水しぶきを立てて泳いでいる。

 

 

 

きゃきゃー。

わーわー。

 

 

それなりに距離があるというのにここまで声が届いてくる。

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

違和感を感じてルファスが立ち上がる。

彼女の発する気配が変わったのに気が付いたピオスも目を凝らし……気が付いた。

子供が一人、大勢からちょっとだけ離れた位置で盛大に水しぶきを上げている……まるで藻掻くように。

 

 

彼はピーっと甲高い指笛を鳴らしたあと、ルファスに目配せをした。

少女は頷くと、翼を広げて飛び立った。

ドォンという爆ぜたような音を立てて彼女は音速の世界に瞬時に突入する。

 

 

「ほら、掴まれ!」

 

 

「っ! おねっ、ぢゃんっっ!」

 

 

溺れている子供の真上まで直ぐに飛翔した彼女は滞空し、手を差し伸べた。

子供はルファスに縋るような目線を向けると暴れながら手を伸ばし……中々に掴めない。

なまじ目の前に希望をぶら下げられた結果、それに縋りつくのに夢中になってしまい自分を浮かすために足を動かす事さえ忘れた結果、徐々に沈んでいく。

 

 

何度か手を掴めそうになったというのに、むしろ振りほどかれるように弾かれるという有様だ。

徐々にルファスの顔に焦りと苛立ちが浮かび始める。

彼女は良くも悪くも他者にも自分と同じレベルを求める故に、溺れた位で冷静さを失う子供に苛ついてしまうのだ。

 

 

「おいっ! 落ち着けっ!!」

 

 

どれだけルファスが呼びかけようと子供は暴れ狂うのをやめない。

自分も水の中に飛び込むべきかと彼女は考えたが、直ぐに自分は泳ぎ方を知らないという事実に思い当たり、やめた。

空を飛べる自分には必要ないと判断し、プランに聞いた事もなかったのだ。

 

 

 

(どうする、どうする、どうする──!?)

 

 

 

 

心臓をうるさい程に高鳴らせて思考を巡らすルファスであったが……一つの異変に気が付いた。

周囲の水面が少しだけ、盛り上がっている。

まるで水中に巨大なナニカがいるように。

 

 

 

何だと思い、周囲を見ると……先ほどまで子供たちが遊んでいた小島が消えていた。

青く透き通った水面の少し下に薄暗いナニカの影があり、それは少しずつ鮮明になっていく。

瞬間ルファスの肌は泡立った。とてつもないマナの密度、高レベルの存在だと本能で察知したのだ。

 

 

勝てない、と瞬時に理解し……ルファスは水面を睨みつけた。

少年を見捨てて逃げる等と言う選択肢は、全く浮かびもしない。

ここで見捨てたらヴァナヘイムで自分たちを苦しめた者らと同じになってしまうと彼女は思ったのだ。

 

 

 

やがて、膨大な水しぶきを上げてソレが浮上を果たした。

薄暗い翡翠色の頑強な甲羅。

雄々しく鋭利な鋏。

細長く引き締まった5対10本の脚。

 

 

全長はどう見繕っても30メートル以上はあり、明らかにプランの屋敷よりも大きい。

仮にリュケイオンの市街にこれが現れれば、歩くだけで街は崩れてしまうかもしれない。

真っ黒な眼窩の中にはとてつもない生命力を宿した光が宿っており、ルファスを見つめていた。

 

 

 

頭の上に藻掻いていた子供を乗せたソレとルファスは向き合う。

ダガーに手を伸ばし、冷や汗を垂らしながら彼女は逃げない。

絶対に勝てないというのは百も承知だったが、ここで私が逃げたらこの魔物は子供たちを襲うかもしれないと彼女は考えた。

 

 

 

 

それでも時間稼ぎ位ならばしてみせる。

その間に子供たちを逃がし、ピオスがプランを呼んでくれば何とか、とルファスは計画を組み立てていく。

幸いこちらには空中を飛べるという利点があり、これは十分に可能な筈だと自分を鼓舞する。

 

 

まずは頭に乗せられたあの子をどう救助するべきかと思考を巡らす少女の前で、溺れていた子は咳き込みながら、息も絶え絶えに口を開く。

 

 

「けほっ……ゴッ、ぉっ……あ、りがと……」

 

 

「まってろ! 直ぐに」

 

 

 

ルファスが勇気づける様に声を張り上げるが、次に彼が呟いた言葉にルファスは固まった。

 

 

 

 

「かるきのす、お兄ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「YES! 颯爽とrescueに駆けつける姿、ミーは感動しました!」

 

 

 

「うるさい。黙れ。口を開くな。湖に帰れ。いや、マナに溶けてミズガルズに還ってしまえ」

 

 

 

目の前で満面の笑みを浮かべるカルキノスをルファスは睨みつけながらあらんかぎりの罵倒を吐きつけた。

結果として子供は助かったが、代わりにルファスの心には消えない傷が刻まれてしまった。

もちろん彼女が恨んでいるのはカルキノス……ではなく短慮な自分である。

 

 

 

少し考えれば判る話に全く気が付けず、恥を晒してしまった彼女は己の短慮を恨んでいた。

あの肉屋の男はピオスとカルキノスの二人の名前を出していたのに、水場における専門家である蟹の事を完全に失念していた自分を彼女は責めていた。

 

 

 

結果、彼女は翼を小さく折りたたみ、大樹の根元に膝を抱えて座り込んでいた。

カルキノスが一定以上近づくと「ふーっ!」と威嚇する様はまるで野生の猫のようである。

 

 

 

「お前が居たんだから私なんて必要なかった……!」

 

 

無駄な事だった、無意味だった。

お前も私の徒労を笑っているんだろうと続ける少女にカルキノスは目を瞑り、頭を振って言った。

いつも浮かべている快活な笑顔さえも消して彼はルファスを見つめた。

 

 

「NO。 それはあり得ませんよ。

 結果的にダメだったから全部無駄だった、何て考えはNOですよ、レディ」

 

 

 

「……」

 

 

 

なおも食い下がろうとするルファスに対し、カルキノスは再び笑顔に戻ると振り返る。

そこに佇んでいたのは先ほど溺れていた少年であった。

彼はルファスに歩み寄ると、満面の笑みを浮かべる。

 

 

 

「ありがとう! 

 凄くこわかったけど、おねえちゃんが来てくれて、嬉しかった!!」

 

 

 

「……別に。助けたのは私じゃない。礼ならそっちのカルキノスに言うんだな」

 

 

 

「うん! お兄ちゃんにはもう言ったから、次はおねえちゃんの番!!」

 

 

 

子供の無垢な返しにルファスは言葉を詰まらせた。

同年齢の子供の基準がヴァナヘイムの悪鬼たちである彼女にとって、こういった手合いは本当に未知の存在である。

目の前の少年と故郷で自分を苦しめて遊んでいた者達は似ても似つかない故に、困惑してしまう。

 

 

 

 

狼狽える姿を見せるルファスに子供たちが次々と集まってくる。

どうやら今日の人気者認定されたらしく、彼らは口々にルファスを褒めたたえる。

 

 

 

「びゅーって飛んできて、すっごいかっこよかった!」

 

 

「りりしくて、綺麗だったよね!」

 

 

「大人っぽかった!」

 

 

「ルファスお姉ちゃん、かっこいい!」

 

 

「coolな顔とHOTな心を持ち合わせていますね!」

 

 

「きらきらしてて綺麗!」

 

 

「髪飾り似合ってる!」

 

 

「ミーも改めて感動しました。レディは偉い!」

 

 

 

次々に飛んでくる称賛の言葉にルファスの頭はおかしくなってしまいそうだった。

悪口、罵倒、否定などといった負の言葉など数えきれない程に浴びせられてきた彼女であるが、逆にこういった心からの礼賛などは殆ど受けた事はなく、どう処理すればいいか判らないのだ。

 

 

 

「…………ん゛んん゛──!」

 

 

結果、彼女は赤面しプルプルと震えながら耐える事しか出来ない。

顔を見られたくないのか、翼で頭を器用にすっぽりと包み込んでしまう。

「ほめ殺し」という言葉の意味を身を以て彼女は味わっていた。

普段は大人びた雰囲気を放つ少女が羞恥に悶える姿は……なんともいえぬ色気さえあった。

 

 

故に当然、カルキノスはおもしr……ゆか……否、貴重なルファスの状態を絵画に収めようと動く。

ここには蟹男の悪乗りを止めてくれるプランはいない。

彼はリュケイオン周辺の景色をスケッチする為に持ち込んでいたスケッチブックと鉛筆を取り出し、数秒で描き上げた。

 

 

あっという間に彼は絵を描き仕上げていくが、途中でルファスは気が付いた。

鉛筆が擦れる音を聞き分けた彼女は「まさか」と思い翼を少しだけ動かして、外界を確認できる隙間を作ったのだ。

脳裏に浮かぶのは以前勝手に描かれた自分の寝顔である。

 

 

彼女は翼の間から笑顔を浮かべながら絵画を仕上げているカルキノスを見て取り……目線が交差する。

カルキノスはぐっと親指を立てて輝かしい笑みを浮かべた。

悪意など欠片もない、心の底から己の仕事を誇る顔だ。

 

 

 

「good! 我ながら素晴らしい出来ですよ!」

 

 

羞恥に震えるルファスの絵を彼は傑作を自慢する様に被写体に見せびらかした。

口元を強く引き結び、眦には涙を浮かべた自分の姿をルファスは見た。

無駄に高い画力のせいか、黒白であるというのに頬が赤みを帯びているところや、小刻みに震えている所までしっかりと描画されている。

 

 

更には顔の左右には吹き出しが設けられ、その中には子供たちにかけられた「かわいい」だの「大人っぽい」やら「綺麗」だのといった称賛の言葉がびっしりと書き込まれていた。

 

 

 

正に黒歴史。

正にルファス特攻武器。

決してこの世にあってはいけない、ルファスだけを羞恥で狂わせる兵器がそこにはあった。

 

 

 

「お、ま、えぇぇぇぇぇ────!!??」

 

 

 

ルファスは飛びかかり……カルキノスはさっと身を翻した。

彼はそのまま無駄に素晴らしいフォームで颯爽と走り去る。

 

 

つまり……カルキノスは逃げ出した、のである。 

よりにもよって、最悪の黒歴史を片手に。

 

 

 

「ふ、ふふふふふ……くくくっ……ははははははは!!」

 

 

すっと頭の中が冷え切り……たまらずルファスは笑った。

紅い瞳が輝く。頭は過去類を見ない程に冴えわたり、彼女は思考を巡らせる。

 

 

 

 

あの蟹、やりやがった。

今まで何だかんだ言って温情をかけてやっていたというのに、やりやがった。

いつか茹でてやると決めていたが、どうやらそれは今日の様だなと彼女は判断した。

 

 

「おい! 新しい遊びを思いついたぞ! 整列!!」

 

 

 

ばっと翼を広げて声高らかに宣言する。

小さな将来の覇王の号令に子供たちは一斉に彼女に視線を向けた。

 

 

 

「カルキノスを捕まえるぞ! あいつの捕獲に役立った者には空中散歩30分を与えるっっ!!」

 

 

 

ルファスの言葉に少年少女たちの目の色が変わる。

空中散歩。それはルファスの機嫌がすこぶる良い時にしか出来ない遊びだ。

人間種として産まれた以上は絶対に出来ない空を飛ぶという行為を疑似的に体験できるソレは誰もが羨む行為である。

 

 

彼女に抱きかかえられ、空を飛び回る事を密かに子供たちは楽しみにしているのだ。

普通は5分程度で終わってしまうソレを30分……とてつもなく魅力的な報酬である。

 

 

「行くぞッ! 捕まえて縛り上げろ!! 奴が持っている絵を取り上げるんだッッ!!」

 

 

走り出す子供たちの先頭を行きながら、ルファスは喉が枯れる程に叫び声を上げた。

 

 

 

「絶対に捕まえてやる!! 絶対にだ───!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。

遊びに出ていたルファスを出迎えたプランは異様な光景にどんな顔をすればいいか判らなかった。

彼女はカルキノスと共に帰宅したのだが……なぜか彼の胴体にロープを巻き付けており、ソレを引っ張るような形で帰ってきたのだ。

 

 

 

そしてカルキノスの口には大量のルファスの羽が詰め込まれており、猿轡の様に彼から言葉を取り上げていた。

一瞬だけ目を瞬かせたプランであったが、直ぐに微笑みを浮かべる。

貴族として受けた教育に彼は感謝した。

 

 

こんな意味不明な光景を見せられても、平時と変わらぬ笑顔で彼は言った。

帰ってきた子供にかける当たり前の言葉を、当たり前の事として。

 

 

「おかえり。もう少しで湯あみの準備が出来るから、少し部屋で休んでおいで」

 

 

疲れたでしょ? と問えばルファスは鋭い目つきでカルキノスをどついた。

もちろん、無駄に高い防御能力を持つ彼は小動もしない。

この男のせいだと暗に主張する少女にプランは苦笑した。

 

 

 

「ルファス。おかえりなさい……まぁ」

 

 

 

娘の帰宅を察してアウラもまた顔を見せ……カルキノスの姿を見て唖然とした。

口元を手で覆った彼女はカルキノスの笑っている瞳を見て何度も頷いた。

 

 

 

「……少しだけ、寝る」

 

 

「ご飯と湯舟は用意しておくよ。ゆっくりとお休み」

 

 

カルキノスの捕獲に全体力を消費した彼女はふらついた足取りで自室へと戻っていく。

そんな彼女を見送った後、プランはカルキノスに微笑みかけて言った。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

それは何に対しての感謝なのか、詳細は彼にしか判らなかった。

だがしかし、カルキノスはもごもごと羽を詰められた口を動かして答えた。

 

 

「どほいふぁひまふへ」

 

 

 

「っ!……ごめん、なさいっっ……!」

 

 

 

あんまりな姿に思わずアウラが噴き出してしまい、プランも額を指で押さえつつ苦笑した。

ははは、と気が付けば大人たちは楽しそうに笑っていた。

 

 

 

美味しい料理と暖かいお風呂。

笑顔の母に気兼ねなく会話できる隣人。

柔らかい毛布ときれいな星空。

 

 

その他その他……。

 

 

未だに気づけていないかもしれないが、彼女(ルファス)が望んでいた全てはここにあった。

これはルファス・マファール12歳の、とある休日の一幕である。

 

 

 

 

 

 






カルキノス


実に二か月ぶりの登場であり、地味にリュケイオンで最も高レベルの男。
子供を助けたという事もあって執行猶予を見事に勝ち取ったカニ。
湖で子供が遊ぶ時はいつも付き添いをしている。



ちなみに絵は破壊されてしまったようだ。



空中散歩


金髪赤目黒翼の美少女と空中で30分密着できる権利。

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