ラスボスからは逃げられない!   作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)

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言った本人は忘れていても、言われた方は案外ずっと覚えている事もありますよね。


ルファス 状態異常 “凍結”

 

 

 

雨が窓を打ち付ける音だけが木霊していた。

その日、リュケイオンは大雨に見舞われており、昼だというのに外は薄暗く誰もが雨戸を閉じて家に引きこもっている。

例にもれずプラン・アリストテレスも今日は特別な日と言うのもあり、外出の予定などは何も入れていなかった。

 

 

数回経験した結果、そろそろだなと当たりをつけられるように彼はなっていた。

そして案の定、彼の読みは的中したのである。

 

 

ルファス・マファールが13歳の誕生日を目前に控えた日……今までの法則通りに彼女は体調を崩した。

しかし今回はいつもと少しだけ毛色が違った。

例年通りならば異常な発熱を始めとした症状を訴える筈であったが、今年の彼女はその逆であったのだ。

 

 

 

 

カチカチカチ……。

 

 

 

ベッドに寝かされたルファスは薄暗い自室の天井を見上げながら延々と歯を鳴らしていた。

冷や汗が止まらず、身体の至る所が痛い。

怠さは限界知らずであり……何より寒い。

 

 

とてつもない寒さに彼女は襲われている。

 

 

体中の細胞が音を立てて凍り付いていくのを彼女は感知していた。

自分の中から熱という熱が排出され、筋肉が硬直していくようだった。

 

 

部屋の温度は確かに肌寒いが、それでも彼女の容態は異常であった。

まるで雪山に裸で放置されたかの如く震え続けている。

微かに吐いた息まで白く、彼女の身体から急速に熱が失われていくのが見て取れた。

 

 

結果、今の彼女は冬用のセーターやズボン、毛皮のコートなどで全身をすっぽりと覆っており、まるで雪だるまの様な姿になっていた。

雪山で活動しているかのような厚着であるが、それでも彼女は震え続けている。

眦に微かに涙を浮かべ、少女は一年に一回訪れる試練を必死に耐え続ける。

 

 

発熱ならば何度も乗り越えてきた彼女であるが、いつもとは違う身体の異常に混乱し……恐怖していた。

そんな彼女の傍らにはアウラがいつも通り寄り添っており、寒さに震える彼女にそっと声をかけた。

 

 

 

「大丈夫よ、大丈夫……」

 

 

 

額に手を当てて、冷え切った娘に己の体温を分け与える様にしながら彼女は暖かい声で娘を応援した。

少しだけルファスの顔から不安が薄れた。

その様を認めたアウラは微笑むと、先ほど与えたリンゴの切れ端の量やその結果などをレポートに記していく。

 

 

 

16分割されたリンゴの内、2つを与えたことを記録し、次いでルファスの容態を保存する。

発熱はなし。喉の腫れを始めとした去年の様な傾向はみられない。

しかし悪寒と急速な体温の低下を確認。現在の体温32度1分……。

 

 

 

「何か欲しいものはある? “果実”もいっぱいあるわ……」

 

 

 

「……ない」

 

 

母の問いにルファスは首を振った。

己の身体に意識を向けると、去年の様な不足感は特に見受けられなかった。

前の様な命の危険はそこまで覚えていないが、とにかく今は寒かった。

 

 

 

ルファスの脳裏によぎったのはヴァナヘイムにいた頃の記憶。

いつ崩れてもおかしくないボロ小屋で、夜の冷気に全身を嬲られた時の思い出だ。

あの時は母がずっと抱きしめてくれていたお蔭で何とかなった。

でなければきっと、指の何本かは失っていただろう。

 

 

 

 

そして今、形は違えど寒さに震える自分の隣にはあの時と同じく母がいてくれる。

ルファスはそれが嬉しかった。

 

 

「そばにいて……」

 

 

 

「勿論よ。私はずっとここにいるわ」

 

 

 

震えながら彼女は母に懇願して甘える。

平時は隠している母へのとてつもなく深い愛情を彼女は素直に出力していた。

そんな娘をアウラは愛おしむ様に見つめ、額を撫でた。

 

 

 

「何か気になる事はある?」

 

 

 

寒さ以外に何か感じるか、という母の問いにルファスは一度瞼を閉じて考えた。

意識ははっきりとしているため、頭は問題なく動いた。

 

 

 

瞼を閉じて開ければ……少しだけ世界が変わった。

唐突に、何の前兆もなく。

彼女の肉体は、本人が思っているよりも大きな変異を遂げつつあった。

 

 

 

(なに、これ……?)

 

 

奇妙な“輝き”を彼女は観測していた。

 

 

ふわふわ。

きらきら。

 

 

何処かで見たようで、初めて見たような奇妙な光たち。

ルファスは首を傾げる。自分の頭がおかしくなったのかもしれないと思ったからだ。

こんなことを母に言うべきかどうか悩み……ふと、眩しい輝きを感知して目を向けた。

 

 

そこにあったのは“リンゴ”であった。

先ほどまでは銅色の色彩だったソレが今や太陽の如き光源と化していた。

凄まじい光と存在感を放つソレを前にし、ルファスは目を逸らした。

 

 

 

次に母を見る。

母の姿は変わらないが……やはりアウラも何処か輝いていた。

彼女の胸……心臓に近い位置には多くの輝きが宿っている。

 

 

 

 

 

「なにか……光って、みえる……」

 

 

 

素直にルファスは現状を報告した。

娘の言葉を聞いたアウラは目を伏せて考える。

彼女は決してルファスの言葉を否定などしない。

 

 

 

「それは……何色かしら?」

 

 

「……しろ」

 

 

 

つたないながらも母の質問にルファスは答えていく。

 

 

白くて輝いている。

形は球体。

大きさは様々。

色の強さも様々。

 

 

“果実”はとても輝いていて、眩しい。

お母さんの中にも輝きがある。

 

 

 

 

「ありがとう。後は無理しないで休んでいなさい……」

 

 

 

ルファスの言葉を全てレポートに記しながらアウラは微笑む。

どのような形であれ、新しい情報が出てきたのを彼女は喜んだ。

娘の見ている光はマナだと彼女は確信していた。

 

 

 

果実が光ってみえるというのがその証拠である。

彼女はプランからコレの正体が何なのかを聞かされているのだ。

超高濃度のマナ集積体にして、生物が摂取しやすいような形に調整された物質だと。

 

 

 

 

…………そういうことか、とアウラは一つだけ得心が言ったように微笑んだ。

プランが浮かべているような、乾いた笑顔だった。

 

 

 

「…………ごめんなさい」

 

 

 

誰にも聞こえない様に小さく呟く。

娘が指摘した自分の中にも見える光……マナ。

つまり、自分の中にもマナは蓄えられているという事だ。

 

 

娘の黒い翼は理論の上ではマナによる変異/先祖返りだという事も彼女は勉強していた。

幸いプランはそういった学問に深く精通しており、数多くの資料を所持しているのだ。

 

 

 

だからこそ娘が黒い翼で産まれたのは自分のせいだ、と彼女は悟ったのだ。

ジスモアの方もマナを持っているかもしれないが、それでも原因の半分は自分のせいだと彼女は思ってしまった。

産んだことに後悔はない。しかし……その後の苦しみは自分が原因だと。

 

 

「ちがう……」

 

 

「……え?」

 

 

唐突にかけられた声にアウラが驚く。

娘がじっと彼女を見つめていた。

未だに震えながらも強い意思を宿した瞳でアウラから決して視線を外さなかった。

 

 

彼女の類まれなる直感はアウラが内心で思ってしまった自己否定の念を読み取ったのだ。

ヴァナヘイムにおいていつも諦めたような顔をしていた母が、久しぶりに昔の笑顔を浮かべていたことに彼女は気が付いた。

「きっと、この人はまた自分を責めている」と、娘の直感は母の心を見抜いたのである。

 

 

だからこそルファスは言うのだ。

母の勘違いを正す為に。

 

 

「わたしはあなたの娘でよかったと思ってる」

 

 

母の目を見て言えば、アウラはどう答えればいいか判らない様に視線をさ迷わせた。

しかしルファスは更に追い打ちをかけた。

 

 

「わたしも、お母さんを愛しているよ」

 

 

以前に言われた言葉。

とても嬉しくて、心の底から暖かくなれたモノを彼女は返した。

アウラの顔に隠し切れない喜びと涙が浮かんだ。

 

 

 

彼女は娘を抱きしめた。

冷たくなっていく体躯に自分の熱を丸ごと与える様に強く。

すると安心を覚えたルファスの瞼が落ちていく。

 

 

 

冬の湖にでも沈んだ様な冷気が全身を襲っているが、不思議と怖くはなかった。

一種の生物が冬を越えるために冬眠する様に、長い時間を過ごす為に時間を凍らせるように、彼女は深淵ともいえる眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは“冬眠”……いや、もしくは仮死状態と言った方がいいかもしれないですね」

 

 

プランはルファスの容態を【観察眼】で見つめつつ所感を纏めながら口にしていた。

彼の眼前では本当に穏やかな顔で眠りについていたルファスがいた。

 

 

彼女の息はとても細く、微かだ。

心拍数は平時の1割以下にまで下がっており、体温に至っては3度もない。

普通の生物ならば死んでいる筈だが、今のルファスはむしろ安定している。

 

 

その証拠に寝顔はとても安らいでおり、口元には微笑みさえあった。

毛髪の先にある朱色の部分だけが薄く発光を繰り返しているのが印象的である。

正に眠れる美少女といった様相だった。

 

 

 

「全体としては安定している。

もちろん予断は許されない状況ではありますが……。

 それでも今のところ特に問題ないと思います」

 

 

 

少なくとも去年よりは遥かにいい状態だと彼は断言した。

【観察眼】で見る限り、全てのステータス、レベルは問題なく上昇を続けており、彼女の内部では今も変異が滞りなく続いている。

十分にマナを摂取した彼女の肉体は一度全ての生命機能を最低にまで落とし、その間に負荷のかかる成長を行い始めているのかもしれない。

 

 

 

 

そして肝心のレベルは───既に200を超えている。

これでもまだ変異が終ってないところを見るに、今回で完全に彼女はプランを上回るレベルを得る事だろう。

遂に少女は念願のプランを超える力を得る事になるのだ。

 

 

その力で何をするかは彼女の自由であるが、できれば敵を作らない人生を送ってほしいと彼は願った。

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

プランに答えたのはアウラだ。

時刻は既に夜が深まってきた頃合いだが、彼女は変わらず娘の傍に寄り添っている。

凍える様に震えていた彼女に己の熱を与え続けていたアウラは、ルファスの要望で娘と同じベッドに入っていた。

 

 

ルファスは眠りながら片手で母の衣服を強く握りしめており、決して離そうとはしていなかった。

例年とは違った己の変異に戸惑い、今まで見えなかったモノを認識し始めた彼女が不安を抱くのは無理もない話である。

 

 

「さて……」

 

 

プランはルファスの抜け落ちた羽を拾った。

13歳を間近に控えたソレは更に深い黒を帯びており、またそこに宿るマナも多くなっている。

じっとそれを見つめた後、彼は手に持っていた箱にしまう。

 

 

 

床に落ちたものも含めて手際よく集めていく。

ひとしきり集め終わった後、改めて彼は【観察眼】でルファスを見た。

蒼い瞳がレンズの様に輝き、ルファスの身体に流れる血流やマナなどの情報を読み取っていく。

 

 

ルファスよりも精確で、精密で、多くを読み取れる瞳が少女の体内で行われる変異を余すところなく観察した。

彼女の身体に満遍なくマナが行き渡っている事を確認してから観察を停止。

ステータスの変動も問題なく続いている。

 

 

「変異も今の所は安定しているようです。

 このまま順調にいけば明日には元気な姿を見られるでしょう」

 

 

プランの言葉にアウラがほっとした顔を見せた。

小さく安堵の息をつき、娘の頭を撫でてやった。

 

 

 

「良かった……」

 

 

プランが目を細めて笑う。

眩しいモノを見るような顔であった。

自分には決して縁のない尊いモノであると彼は考えている。

 

 

 

「しかし油断は禁物です。今夜はずっとルファスの隣にいてあげて下さい」

 

 

何かあったらコレですぐに呼んで下さいと告げてベルを渡す。

弱い魔法を込められたソレは、鳴らすととてつもなく巨大な音が鳴るだけのアイテムである。

 

 

 

「プラン様」

 

 

 

踵を返し立ち去ろうとする彼にアウラは声をかけた。

振り返れば、彼女は少し……言葉を放つのを躊躇っている様だった。

 

 

 

「どうしました?」

 

 

 

「……娘の、プラン様に向けている言葉の件です……。

 ルファスは貴方を殺すといつも……」

 

 

 

ルファスがプランを恨んでいるのはアウラも知っていた。

彼女は元より憎悪を隠してなど居なかったのだから当然ではある。

顔を合わせる度に娘が恩人に八つ当たりしているのをアウラは知っていて……今まで強く言えなかった。

 

 

ルファスの心があそこまで荒れてしまったのは自分の無力が原因だったからだという負い目が彼女の口を閉ざしていた。

後はプランの優しさに甘えてしまっていたというのもある。

彼は娘から何を言われようと微笑むだけだ。

 

 

底なし、というよりは底の抜けた受容性をもっている彼の温情に今まで甘えて娘を注意出来なかったのである。

しかし、そんな曖昧にしておいて許される時間も少ないと彼女は悟っていた。

ルファスのレベル上昇が続き、プランへの殺害宣言が現実味を帯びてきた以上は……。

 

 

そんなアウラの懸念を感じ取った上でプランは変わらず微笑んだ。

 

 

「気にしないで下さい。自分は構わないと思っていますから」

 

 

「いえ。責任の一端は私にあります。娘はこのままだと……」

 

 

 

言葉を続けようとするアウラをプランは手で制した。

 

 

 

「本当に()()()()のですよ。大切なのはルファスの未来なのですから」

 

 

 

「…………貴方は」

 

 

アウラの顔が顰められる。

己の無力を呪う様に。

彼女はプランの心の芯を垣間見てしまった。

 

 

本当に娘に殺されても構わないと思っている彼の心を。

彼は全て受け入れている。諦めているといってもいい。

もとより自分はおぞましい化け物の一つ。

出来るかどうか判らない愚挙に付き合うつもりなど彼にはない。

 

 

50年を消すことによって1500年が活きるのならば、やるべきだろうと彼は心から思っている。

 

 

どうすれば、とアウラは考えた。

このままもし、ルファスが彼を殺してしまったら……もう娘は戻れない所にまで墜ちてしまうだろう。

それはとても残酷で、何としても阻止しなくてはならない事だと思いながらも今の彼女にはどうにもできない。

 

 

 

「おやすみなさい」

 

 

 

 

母子にそれだけを言うと、プランはアウラが何かを言ってくる前に部屋から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人に就寝の挨拶を述べた後、プランは屋敷の地下……己の研究室に訪れていた。

部屋の壁に【錬成】を掛けると、石造りのソレが音もなく展開され、その内側に隠されていた木製の棚が現れる。

そこには幾つもの箱が置いてあり、それぞれ「9」や「10」といったラベルが張られている。

 

 

 

中身は全てルファスの羽根である。

彼は出会ってから今までの彼女の羽を蒐集し、研究していたのだ。

その欄に「13」とラベルを張り付けた箱……ついさっき拾ってきたモノを置き、中から1枚だけ取り出す。

 

 

 

同じように「9」から「13」までの羽根を一枚ずつ取り出してから机に並べる。

ランタンに灯りをつけてから、腕を組んでそれらを見下ろした。

【観察眼】で見つめると、そこに込められたマナの密度は雲泥の差があるのが見て取れた。

 

 

 

「…………」

 

 

「9」の羽根を摘まんで顔の前に持ってくる。

出会った当初の、レベル1と3の頃の羽根だ。

【観察眼】の倍率を何度も調整し、それらの物質的/概念的構造を透過させた。

 

 

 

この頃から既にルファスの翼は微弱なマナを宿しているのが確認できる。

それでも本格的に変異する前の、限りなく一般人に近い頃のルファスを知る貴重なサンプルである。

 

 

プランはルファスの羽根を【観察眼】で見つめながら、その内部に向けて幾つかのスキルを発動させていく。

 

 

 

【錬成】

 

 

【錬成】

 

 

 

【錬成】

 

 

 

【サイコスルー】

 

 

 

羽を完全に理解し、その中に存在するマナに干渉していく。

次に錬成の繰り返しにより【任意コード実行】を開始し、女神世界における【スキル】の保管所に干渉。

引っ張り出したのはマナの影響を完全に排除するとあるスキル。

 

 

かつて“子隠し”の肉体を崩壊に追い込んだ浄化の天法である。

不正使用の為か本来の使用者のソレに比べれば遥かに規模は劣化するが、効果そのものは変わらないとある技が発動された。

 

 

 

【ヴィンデミ・アトリックス】

 

 

本来は不可能な術を無理やり行使したため世界に負荷がかかり、周囲の景色及び数字式が歪む。

お前にその資格はない。

なぜおまえがソレを扱えるという世界の叫びをプランはねじ伏せた。

 

 

 

発動した浄化の力を【サイコスルー】でつかみ取り、丁寧にルファスの羽根に馴染ませていく。

すると真っ黒な羽の色素が少しずつ薄れていく。

緩慢にではあるが、確かに黒かったソレは白へと近づいていくのだ。

 

 

数分間の作業の末「9」の羽根は脱色されたように純白へと変化していた。

内部に宿っていたマナを丁寧に除去された結果であった。

たかが羽根一枚。されどこれは大きな成果だ。

 

 

ヘルヘイムの魔王のサンプルはプランに大きな閃きを齎していた。

極限ともいえるマナ生命体の身体構造は、今なお変異を続けているルファスの肉体を理解する大きな助けとなっていた。

段階を経て変異していくルファスのデータと、魔王から得られた知見を見比べ理論を組み立てていく。

 

 

 

マナを取り込むことにより生物は魔物へと変わっていく。

プランはその逆を作り出そうとしていた。

魔物の生物化。存在の退化。女神世界では一部を除いて本来ありえないレベルダウン。

 

 

 

理論を確立させ、工程を記録し、結果を固定させる。

誰が使っても同じ効力を発揮する技術を積み立てているのである。

そうだ、プランは新しい【スキル】を製作しているのだ。

 

 

ミズガルズにおいて誰もが考えない、考えられない……自分で何かを作り出すという行為を彼は行っている。

 

 

 

この技術が完成すれば翼の色によって迫害されていた多くの天翼族を救う事ができるだろう。

未だに未完極まりないモノであるが、プランは黙々と取り込んでいる。

あの日、ルファスが心から発した叫びが頭から離れない。

 

 

 

 

──私の翼をみんなと同じ(白い翼)に戻してよ。私を皆と同じに戻して。

 

 

 

少女の心からの怨嗟と絶望に満ちた声はプランの根底に刻まれてしまっていた。

そして、ヴァナヘイムで見た子供たちのリスト……たかが翼程度で生きることを許されなかった子らへの苦々しい思いが原動力であった。

 

 

「…………」

 

 

同じように「10」「11」「12」の羽根なども処理していく。

しかし「9」の羽根ほど上手くはいかない。

やはりと言うべきか、高レベルになればなるほどマナとの結合は強くなっており除去は難しくなっている。

 

 

更に言うならばこの技術にはもう一つ陥穽がある。

仮にどんな高レベルであろうと効果を発揮するまでに完成したとしても、コレの本質はマナによる変異の影響を浄化/除去するというものだ。

つまり……これが効果を発揮するという事は、対象はレベルを失うという事である。

 

 

 

つまり力か白い翼かの二択になる。

昔ならばともかく、今のルファスには到底受け入れられない選択肢になることは想像に容易い。

だが、今のままではその選択肢さえないのも事実だ。

 

 

 

完成はいまだ見えない。

そもそも自分が生きている内に完成させられるかどうかも不明であり、彼自身期待はしていなかった。

しかしもしもこれが完成したら、プランはルファスにこの技術を教えるつもりであった。

 

 

自分に使ってもよし。

同じように苦しむ天翼族たちに使ってもよし。

気に入らないのならば、資料を全て破棄して抹消してもいい。

 

 

全てはルファスの自由である。

 

 

 

数時間ほど黙々と実験と記録を繰り返していた彼は、やがて一息吐くと用意しておいた椅子に体重を預けた。

懐から一段落したら見ようと思っていた手紙を取り出し、封を切る。

中に入っていたのは上質なインクで装飾を施された紙である。

 

 

 

「あぁ、そういえばそんな時期だった」

 

 

 

ソレは交易都市ユーダリルからの招待状であった。

王を擁かないかの都市ではあるが、アリストテレスは長い付き合いがある故に色々と顔がきく。

何せ、あの都市に最初に出資と支援をしたのは時のアリストテレス卿なのだから。

 

 

 

そして定期的にかの都市で有力商人や各国の大使とも会談を行うのもアリストテレスの役割である。

更にもう一つ、プランは招待状に込められた裏の意味も読み取っていく。

 

 

 

「そろそろノーガードの方も動くか」

 

 

ユーダリルとリュケイオンの狭間に位置する古都ノーガード。

そこには古より魔竜と呼ばれる怪物が君臨するとされていた。

そんな怪物の活動期が近いことを彼は思い出した。

 

 

相手は正真正銘の「竜」だ。

国一つを軽々と滅ぼす災禍の鼓動を前に、アリストテレスは新しい実験体が向こうから来てくれたと喜んだ。

丁度いい、とプランは胸中で呟く。

 

 

 

新しい作品の試運転が出来そうだなとアリストテレスは引き出しより質素な腕輪を取り出して考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

仮死状態から復活したルファスのレベルは実に250に達していた。

そう、遂にプランはレベルを抜かれたのである。

 

 

 




“試作術式”


名前はまだなく、全ては机上の空論でしかない術。
完成すれば魔物を生物に巻き戻す事が可能になる……かもしれない。

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