ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
それでもまだまだお話は続きそうです。
「ハァッっ……! はぁっ……!!」
それは余りに異常な光景であった。
後の彼女を知る者がこの光景を見たら目を疑うであろう有様である。
ルファス・マファール、13歳にして250という怪物の領域に足を踏み入れた存在が無様に荒々しい息を吐いていた。
レベル250に至ったルファスがプランに模擬戦を挑んだのが切っ掛けである。
いずれ来る戦いの前哨戦と言ってもいい。
遂にお前のレベルを超えたぞ、今度こそ叩きのめしてやると意気揚々に戦いを始めた彼女を待っていたのは、あまりに理不尽な現実であった。
何一つ届かなかった。
下手をすれば、レベル60の時よりも更にプランが遠い。
あわよくば骨でも折ってやろうと画策していた彼女であるが、傷どころか触れる事さえ出来ない。
既にルファスの身体能力はプランを超えているというのにだ。
【アルケミスト】を始めとした多種の【クラス】を持つプランのステータスはそこまで高いわけではない。
数多くの【クラス】のいいとこどり……またはつまみ食いを繰り返して構成された彼の能力はお世辞にも前衛に向いているとは言えないのだ。
それに比べてルファスはほぼ全ての能力を直接戦闘に特化させた、典型的なアタッカーである。
当然能力の伸びも体力や筋力、速度といった殴り合いに向いたモノが伸びており、実数値では彼女のステータスはプランを上回っているモノが多い。
だのに。だというのに。ルファスは手も足も出なかった。
どれだけ早く動こうと先回りされる。二手三手どころか、十手先を征かれている。
どれだけ奇をてらおうとしても読まれる。
力任せの攻撃は全て虚空を切り、発動した【スキル】は悉く無効化された。
【パワースラッシュ】
力任せに相手を叩き切る大技───大岩さえ砕く威力のソレは軽々と受け流され、そうして晒してしまった隙に額を指で弾かれた。
本当に何の変哲もないデコピンであった。
もしも【サイコスルー】で頭の中を直接かき混ぜられたら、その時点で戦いは終わっていただろう。
【ダブルスラッシュ】
高速で二連の斬撃を相手に叩き込む技であり、発生も早く範囲も中々に広い使い勝手のよい技だ。
──しかしプランは剣が振り切られる直前……【スキル】がスキルとして成立する瞬間に籠手で剣を下から上に叩き上げ、技の発動を強制的にキャンセルしてしまった。
剣の軌道を無理やり変えられ、大きく体勢を崩したルファスを彼は見ているだけで何もしなかった。
彼がやる気を出していれば、ここでも戦いは終わっていた。
【サイドアタック】
横薙ぎに大きく刀身を振るい、三日月にも似た形の剣戟を飛ばす技だ。
剣士系の【クラス】には珍しい遠距離攻撃のスキルであった───プランはそれを手首のスナップを利かせた木剣の一振りで軌道を逸らし、上空へと飛ばしてしまった。
発動した【スキル】に干渉するという極めて難しい芸当を彼は苦も無くこなしている。
【クイックレイド】を発動した時など、ルファスは思わず目を疑ってしまった。
プランは100を超える超高速の斬撃を片手で悠々と払いのけた後、少し体を身じろぎさせるだけで残りの全てを回避してしまったのだから。
彼女から見ればプランが己の技を全てすり抜けたようにしか見えなかった。
馬鹿な、ありえない。絶対に避けられない様に空間全部を攻撃で埋め尽くした“壁”をぶつけたんだぞ、とルファスは内心で叫んだ。
三歩。ルファスとの模擬戦でプランが動いた距離である。
彼は三歩だけ動いて、天翼族としての飛行能力を活かし縦横無尽に挑んでくる少女を軽々とあしらっていた。
いかにルファスといえどスタミナに限度はある。20分ほど全力で彼に攻撃を加えるも一切の痛打を与えられず、彼女は息切れを起こしてしまった。
「ほんとうにっ……! なん、なんだ!! お前はっっ!!」
絶対何かズルをしていると叫ぶ。
何処からどう見ても負け犬の遠吠えであったが、それが今の少女に出来る精一杯であった。
ルファスは息を切らした上で膝をついている。
彼女の身体には傷一つないというのに、それでも疲労困憊といった有様であった。
無理もない。途中から彼女はスタミナ配分など無視して無我夢中になっていたのだから。
そんな彼女をプランは勝者として見下ろしている。
若く無鉄砲で考え無しの子供を困ったように見つめてさえいた。
彼にとってこれは戦いでさえないとルファスは悟った。
自分は本気で、何なら殺意さえ込めて剣を振るっているのに、プランは明らかに手加減をしている。
レベルでは既に上回っているというのに、差は前よりも広がっている。
更に言うならば今の彼は【バルドル】も銃も装備しておらず、彼が用いる意味不明な技の数々も全く披露していない。
「………ッッ!」
敵とさえ見られていない現実にルファスは奥歯を強く噛み締めた。
キっと強い意思の宿った瞳で男を睨む。真っ赤な瞳と、朱色の髪が激しく輝いた。
レベル250という人外の力が脈動する。
カチっとルファスの中で何かが切り替わり、周囲の時間の流れが変わる。
一流の戦士は命のやり取りの中において時間の流れが非常に遅く感じることがあるという。
ルファスが踏み込んだ世界はソレであった。
何年も何十年も研鑽と経験を積んだ戦士のみが入れる世界に、彼女は13歳の身で、それも碌に実践も経ずに至っていた。
正に規格外。怪物といわざるを得ない才能であった。
全てが遅く、透き通った世界の中でルファスだけはいつも通りに動ける。
プランは全く動いていない。
彼の目線は世界が動きを変える前の自分しか見ておらず、今の自分の動きには対応できていない。
(取ったぞ……!!)
ルファスは歓喜に胸を満たしながら木剣を横薙ぎに振るう。
狙うはプランの首一つのみ。
この一撃で何なら彼女はあわよくばプランを殺してしまうつもりでさえいた。
言い訳など幾らでも出来る。
あれは事故だった、仕方なかった。そんなつもりはなかった、と。
全身の血液が沸騰する中、体温だけが急激に下がっていくのを彼女は感じた。
もしもここで彼を殺したら、明日からもう───。
(黙れ黙れ黙れ黙れ!)
湧きあがってくる弱い己を封殺する。
もうレベルは上回った。自分はこいつよりも強い。
強い奴が弱い奴を殺して何が悪い。
(────ぁ)
視線を感じて……ルファスは見た。
蒼い瞳はいつの間にか彼女をしっかりと
限りなく停止した時間の中、彼の瞳だけは何の問題もなくルファスを見抜いている。
プランが動く。ルファスよりも少しだけ早く。
彼はひょいっと頭を下げると、何の苦もなくルファスの攻撃を避けた。
何もない空間を木剣が通り抜け、世界の流れは元に戻った。
「っ! ハッァ!……ッハッァァァ…!」
圧縮された時間が元に戻り、ルファスは膝をついた。
汗がとめどなく溢れ、呼吸さえ満足に出来ないせいで泡と涎がぽたぽたと垂れた。
息が苦しい。無理を重ねたせいか、身体の至る所が悲鳴を上げていた。
全身を重度の筋肉痛に襲われた彼女は崩れ落ちそうになり、プランに支えられた。
全く力が入らない少女はプランにされるがままになってしまう。
翼さえもへにゃりと垂れさがり、ルファスは脱力した。
両肩に手をやり、少女を真っ向から見つめた彼は本当に嬉しそうに言う。
「今日はこれくらいにしよう……本当に、強くなったね」
「……また、負けた」
誰がどう見ても己の敗北である故にルファスは渋々ではあるが敗北を受け入れた。
ぐぬぬぬと歯ぎしりしながらであるが、負けは負けだと。
彼女の頭の中で渦を巻いていたのは以前プランに言われた「レベルだけ上げても意味がない」という言葉であった。
レベル250になり、プランを上回るステータスを手に入れたのは事実だが、今の自分はただレベルが高いだけの子供に過ぎないと理解せざるを得なかった。
真っ赤な瞳を細めてルファスは男を観察するように見つめた。
やはりこの男の底はまだまだ見えない。殺害に移るのは15歳まで待つべきだと改めて彼女は決意する。
プランの手を振りほどき、ルファスは仰向けに倒れ込んだ。
翼が大きく広がってクッション替わりになった。
背中まで伸ばした金髪を結んでいた紐を取り髪も自由にする。
澄んだ空を見つめながらルファスは深いため息を吐く。
軽い足音を立ててアリエスが近寄ってくる。
「めぇ……」
アリエスが覗き込んでくる。
彼の瞳には心配が満ちていた。
ルファスは己を心配してくれる臣下の頭を撫でてやった。
「……強くなりたい」
誰に聞かせるでもなく呟く。
そこに宿っていたのはどうしようもない飢えと渇きと、虚無だ。
まだまだ足りない。
全然足りない。
プランは遠い。
この世の理不尽全てを打ち砕き、誰もが自分を認めるような力が欲しい。
彼女は自分の身体に更に深く命じた。
ここまでついて来てくれた身体であるが、もっと力を寄越せと。
強くなれ、私の肉体。
もっともっと強くなれ。
レベルを上げろ。その為ならばどんな負荷だって受け入れてやる。
その先にどうなりたいかも判らないルファスはもう一度ため息を吐いた。
ゴールの見えないマラソンをしているような気分になった彼女は瞼を閉じ、少しだけ休むことにした。
そんな彼女を見つめつつプランは考えている。
アリストテレスは淡々と彼女を処理しながら、冷静に彼女の戦闘能力を評価し続けていた。
結果は、今のルファスは人類の中でも有数の実力を持っているというものであった。
クラウン帝国あたりに仕官すればあっという間に将軍になれるだろう。
その後は延々と政略などに巻き込まれることになるだろうが。
もうミズガルズにおいて彼女に勝てる人類は殆どいないと言っていいと彼は判断している。
そしてこれだけの力があればもうそろそろ本格的に実戦経験を積ませてやるべきかもしれないと計画を立てていく。
更に一つ。そろそろ情報を本格的に検閲すべきだろうとプランは思い始めていた。
ルファスは良くも悪くも目立つ存在になる。
特徴的な翼に深紅の瞳、そしてあの尊大な口調。
一度見れば誰もが深く記憶にとどめるのは間違いない。
そんな少女が常人を遥かに凌駕するレベルをもっていると広まったらどうなるか。
間違いなく多くの国や貴族が彼女を求めるだろう。
下手をすれば特異な力を持つ彼女の血を求める者さえ出てくるのは想像に容易い。
繰り返すが、ルファスとアウラの二人に戦いや謀略などといった薄暗い世界には入ってほしくないとプランは思っている。
あの二人が生きていくのは表の厳しいながらも暖かい世界であって、間違っても多くの人から恐怖されるような存在にはなってほしくないのだ。
その為には多くの協力者が必要である。自分が居なくなった後も彼女を支えてくれるような人々が。
その為にはある程度の開示は必要だろう。
何もかもを隠して、協力だけしろというのは誰が考えても不可能である故に。
プランは瞑目しユーダリルから送られてきた招待状に思いを馳せた。
「………むぅ」
揺れる馬車の中、ルファスは露骨に不機嫌な顔をしていた。
貴族専用のソレは一般人が使うモノに比べれば広く風通しがよいとはいえ、閉鎖空間に違いはなくルファスを苛つかせていた。
不機嫌な彼女の胸中を表す様に少女の脚は椅子から投げ出され、ぶらぶらと忙しなく振られていた。
彼女がいま着ているのはプルートで購入したお洒落な衣服である。
所々にリボンがあしらわれた紅いワンピースにルファスは袖を通していた。
同じような年相応の少女然とした衣装を幾つか箱に押し込まれ、馬車の一角に置かれている。
黄金色に輝く髪もまた三つ編みに結われており、少女は時折それを指で弄り、ため息を吐いていた。
彼女の事を何も知らない者が見れば貴族の令嬢といえる存在感をルファスは発している。
後は顔を取り繕う事を覚えれば完璧だなとプランは思った。
それが一番難しいだろうなぁ、と内心苦笑いしているとルファスの真っ赤な瞳がプランに向けられる。
むぅぅぅぅっと更に唇が強く引き結ばれた。
プランに「ユーダリルに行くけど、一緒に来るかい?」と問われて了承した彼女であるが今や少しだけ後悔していた。
空を飛ぶなり、あの奇妙な移動をするなり、何ならあの訳のわからないワープで行けばいいのに
こうやって馬車などという不便極まりない移動を行う彼にルファスは無言の抗議を送っていた。
更にもう一つ、ユーダリルで活動するにおいてプランから与えられた条件がある。
「……窮屈だ」
愚痴を吐く。
レベル250である事は隠す様にと彼女はプランに指示されていた。
当然自分の力に強い自負と誇りがあるルファスは男に食って掛かったのだが、そんな彼女にプランは諭す様にこう言い聞かせた。
「ルファスはとても強いしこれからもっともっと強くなるのは間違いない」
「そうなると……色んな人が君に寄ってくるだろう」
「良い人も悪い人もいっぱい来る。中にはルファスを騙そうとする人もいる」
「何より魔神族に知られるのが恐ろしい。
彼らはルファスがこれ以上強くなるのを防ぐためにあらゆる手を使うかもしれない」
────そうなると、一番危険に晒されるのはお母さんだ。
母の名前を出されてはルファスも従わざるを得なかった。
何よりプランの話はとても理にかなっており、少女を納得させる説得力があった。
自分の弱点は母であると少女は自覚しており、そこを突かれる事だけは何としても阻止したいのだから。
それはそうと窮屈に悶える少女にプランは朗々と今から向かう都市について語り出す。
少しでも彼女の退屈がまぎれる様にという心遣いであった。
「ユーダリルには王様はいないんだ。
元は一人の商人が自腹で施設を作ったり警備兵を雇って簡易的な宿泊所を作ったのが始まりなのさ」
「……へぇ」
プランの説明にルファスは耳を傾ける。
何だかんだ言って少女はプランの説明を聞くのが好きだった。
どんな街にいこうと当然の様にそれらを解説できる彼の知識量だけは素直に凄いと思っていた。
まるで自分で見てきたかの様にプランはあらゆる知識をルファスに聞かせてくれる。
そんな彼が今はユーダリルについて語り始めていた。
「あの地は色々な国の主要行路のちょうど中間地点にあってね。
そのせいで多くの人々が必ず通るにも関わらず、なかなか休憩所が作れなかったんだよ」
それはどうしてだと思う? と問われればルファスの頭はふっと考えを浮かばせた。
「皆が欲しがったから、とか?」
「正解さ。これが賞品だよ」
渡された焼き菓子をルファスは躊躇なく口に放り込む。
もぐもぐ。ごくん。とても甘い。翼が微かに震え、ちょっとだけ広がる。
甘味を取った事により僅かだけルファスの機嫌が改善された。
あと二つほど欲しいと訴える紅い目からプランは自然な動作で視線を外した。
残念だが、おかわりは無しである。
ケチ、とルファスは視線で貴族の癖に出し渋る男を糾弾した。
しかし構わずプランは朗々とユーダリルについて語っていく。
遠くを見つめる彼の瞳には、昨日の事の様にその光景が浮かんでいた。
「誰もがあの土地を欲しがった結果、誰の物にもならなくなっちゃってね。
その結果今のユーダリルがある場所は一時無法地帯になってしまったんだ」
どの国にも属さない空白の地。
自由と言えば聞こえはいいが実態は無法である。
どの国のどの法も適応されないということは、何をやっても裁かれないという事である。
もちろんそんな美味しい餌場を野党の類が見逃すはずはなかった。
殺して奪う為に巨大化した強盗組織が待ち伏せし、そんな人々の悪意に惹かれて魔物まで寄ってくるという始末。
地理的に必ず通る場所なのに、誰も守ってくれない地獄の完成である。
「バカじゃないのか?」
ルファスが容赦なく言葉を吐いた。
子供特有の遠慮のなさであるが、これにはアリストテレスも同意するしかなかった。
欲しい欲しいと目先の欲望だけを追い求めた結果、誰も得をしない沼のような有様だったのは間違いないのだから。
「だから一人の商人が立ち上がったのさ。
その名をユーダリルという男だった。
彼は私財をありったけ投じて集落を作り、雇えるだけ護衛を雇ったんだ。これが今の交易都市の始まりさ」
あとは雪だるま式に多くの人が彼の思想に共感し、多額の資金や物資を援助し
小さな集落は村を超え街へと成長し、やがては都市国家とも呼べる規模へと膨れ上がったんだとプランは語った。
“ユーダリル”というのは元々は人の名前なのさ、とプランは豆知識を披露した。
「……貴方の先祖も何か噛んでそうだな」
ジトっとした瞳でルファスはプランを見つめて憶測交じりに言う。
何の確証もない直感であるが、彼女は半ば確信していた。
自分の領地の隣でそんな話があったとしたら、この男の先祖が何もしない筈がないと。
アリストテレス家については何も知らない彼女であるが、この一家が普通の貴族とは何処か違うと薄々察していた。
目の前の男が生きた証拠である。あんな意味不明な動きを繰り返し、世界の法則を思うがままに捻じ曲げる男の血筋なら何をしてもおかしくはないと。
「……まぁ、少しだけ援助したよ。
お蔭で今もユーダリルの人たちとは良好な関係を築けている」
具体的には各国の間の調停役やら、付近に出没していた魔物や賊の掃討や、近場の廃都に巣食う竜の駆除やらをした、等といったことは伏していた。
これらはとてもデリケートな話であり、語るとしたらとてもではないが数日かかってしまうからだ。
結果としてアリストテレス家はどの国にも属さない巨大商人連合との強力なパイプを手に入れる事が出来た、という事だけ知っていればいい。
「つまり何が言いたいかと言うと……最初は誰もがユーダリルを笑っていた。
無駄な事に金をかける奴め、ってね。
だけど彼は根気強く努力と辛抱を重ねて、巨大な都市を作って皆を見返したってことなんだ」
結果、ユーダリルの名前は永遠の存在になった。
彼が基盤を築いた交易都市はどの国も無視できない巨大な存在となり、誰もが知る存在としてミズガルズに刻まれた。
この話をどう思う? とプランはルファスに問う。
「ユーダリルには自分がどんな未来を作りたいか、はっきりと見えていたんだな」
「そう、彼は本当に立派な人物だった。
大局をしっかりと見据えて、その為には自分がいま何をするべきかという事を判ってた」
まるで古い友人を解説するかのような口調であった。
ユーダリルはもう100年以上前に死んでいるというのに、実際に話した事があるような声音だ。
ルファスは彼の話をしっかりと聞きながらも、その違和には気が付いていた。
この男は、多くを知っている。知りすぎている。
しかもただの頭でっかちではなく、実際に体験してきたような生の感情を抱いているのだ。
彼女にはそれが少しだけ不気味に思えた。
更にとプランは付け加えていく。
「大事なのは彼が多くの人々の心を動かしたという所なんだ。
彼は正直、商人としてはそこまで成功していた訳ではなかった。
だけど彼の忍耐と信念に多くの人々が彼を信頼し、力を貸した……“魅力”という立派な力を彼は持っていたのさ」
プルートで少しだけ触れた外見に関する話題を彼は掘り下げる。
「…………」
本人が死んでもなお名前は後世に残り、築いた繁栄は誰もが無視できないものとして残る……その“力”をルファスは認めざるを得なかった。
レベル的には恐らく自分よりも下であっただろう男ではあるが、今の自分にはない力を持っていたのだと。
「レベルも確かに大切だけど、それと同じくらいに“魅力”や多くの人から受ける“信用”というのも重要なんだ。
……だからユーダリルに着いたらルファスには堂々としていて欲しい」
「私は……こんな翼だぞ? 不吉で、悪魔のモノだって言われたことさえあるんだぞ」
自分の黒翼を指さす。
紅い目に微かに憎悪と怯えを滲ませながらルファスは言う。
きけばユーダリルにはプルート以上に多くの種族が集まるとされる。
良くも悪くも職人気質しかいなかったドワーフの首都と違い、文字通り種族のサラダボールであるユーダリルでは……もしかしたら普通の天翼族がいるかもしれない。
また、悪意と害意に満ちた言葉を吐かれるかもしれないと彼女は恐怖していた。
傷は塞がりつつあるところを切開すると最も痛いのだ。
少しだけ身を固くする少女の瞳を蒼い眼が真っ向から見据えた。
今までルファスが見たことない程に強い意思を宿したプランは、微笑みを消して断言する。
「そんなことは自分が絶対に言わせない。信じてほしい」
プランの本気をルファスは感じ取った。
今、この男は私の為に本気になっていると理屈抜きに彼女は理解した。
ルファスは勝手に吊り上がろうとする口角と、自分の許可なく動こうとする顔の筋肉を全力で抑え込む。
椅子から立ち上がると、翼を大きく広げてプランに詰め寄る。
そして彼女はプランの両の頬をつまむと彼がよくアリエスにやるようにこねくり回した。
「るふぁふ? なにほ?」
いきなりの行動に困惑を隠せないプランの顔を粘土のようにこねこねしながらルファスは淡々という。
「貴方は嘘つきだからな。ヘルヘイムの件、忘れたとは言わせないぞ」
さらっと嘘をつく汚い大人め、と少女は男をなじる。
プルートにおいての一件については言い訳もできないプランが目線を逸らす。
ルファスは更に男の顔をぎゅぅぅっと握りしめ、ぷっと噴き出す。
何だこの顔、ふざけてるのか? と我ながら少女は笑った。
そして自分が今笑っているのはプランの顔がおかしいことになっているからだと少女は自己防衛しながら言う。
「貴方のこと、信じてないから」
「……むぐぅ」
やめてくれと視線で訴えてくる男を無視し、ルファスはユーダリルにつくまでプランの顔で遊ぶのであった。
それはそうとプランはルファスの13歳の誕生日プレゼントをどうするか頭を悩ませていた。
正直な話、そろそろネタ切れというのが正直な所であった。