ラスボスからは逃げられない! 作:宇宙きのこ(ミズガルズ産)
「ブラック企業乙」
竜王『 うーん? おかしいね、
にんげんはこういう風にすれば寄って来るとおもったんだけど…… 』
ミズガルズには“竜”と呼ばれる種は複数存在する。
まずは『龍』
これは神話上の存在であり、女神アロヴィナスが遣わしたとされる神の化身だ。
それぞれ個別の属性を持ち、それら属性の頂点とされる怪物が龍なのだ。
全長は推定1万キロオーバー。
魂の比重に至っては惑星どころか単体で銀河系にも匹敵する規模を持つ化け物の中の化け物だ。
ヴァナヘイムの山頂に眠る日龍などが代表的な存在である。
あれと同じような存在が5柱、ミズガルズに龍は存在している。
彼らは時が来るまで動く事はなく、永遠とも思える微睡を以て遥か過去から存在だけしている。
……たった一つの
次に『恐竜』
これはいうまでもない。
遥か太古から現代まで繁栄を続ける凶悪なる生物である。
ディノレックスなどを筆頭に本能のままに、思うがまま暴れ続ける生きた災厄だ。
魔物でさえ持ち得る最低限の自己保身や計画性も何もなく、ただただ食欲を満たすためだけに存在する彼らは下手な魔物や魔神族よりも厄介まである。
『偽竜』
真なる竜に近いが、厳密には違う存在だ。
外見上は瓜二つの事も多いが、その戦闘能力は雲泥の差である。
トカゲや蛇などの爬虫類がマナの影響を受けて魔物化したのが偽竜と称される者達だ。
平均してレベルは70から80。
竜に比べれば弱いが、それでも人類にとっては脅威でしかない。
ベテランの兵士10人がかりでようやく一頭倒せるかどうかというレベル帯である。
多くの偽竜は飛行能力を持ち、群れで行動する事も多く、ミズガルズにおける一般人の竜の認識といえば彼らであろう。
『竜』
龍が事実上存在しないモノと考えると、ミズガルズにおける魔物の頂点は彼らである。
誰が言ったか、竜とは鯨に昆虫の能力比率を併せ持たせた怪物である、と。
昆虫の自分の数十倍の質量を運搬できる力を鯨が手に入れたらどうなるか? という疑問を体現してしまった怪物が竜だ。
代表的な攻撃のブレスは一撃で城壁を蒸発させ、頑強極まりない肉体は万の兵の攻撃を受け止めても殆ど損傷しないだろう。
また知能も非常に高く、喋れる個体こそ少ないモノの殆ど全ての竜は人間と同等か、それ以上の知性を持っているとされる。
なぜここまで彼らが強大な存在であるかというと、彼らの変異元である生物が恐竜だからだ。
元々極めて強大な存在である恐竜が更にマナの影響を受け生物としての位階を上げた結果誕生したのが竜と呼ばれるモノの正体だ。
個体の数こそ少ないが、一体一体が国を滅ぼしえる伝説上の化け物と呼ぶべき存在、それが竜なのだ。
そんな中、魔竜ノーガードと呼ばれる個体はユーダリルにおいては極めて有名な存在だった。
ユーダリルが誕生する前より、この地の外れにはそこそこの規模の廃墟が存在していた。
決して大きなモノではなかったのだが立派な城と城下町を併せ持つ古の国の残骸だ。
かつては多くの人々で溢れた国の残影には今や一頭の竜が主として君臨している。
多くの国がユーダリルの地を狙いながらも、決定的な行動に移せなかった要因の一つでもある存在こそ魔竜ノーガードなのだ。
この竜は基本的には排他的で、よっぽど己の根城を気に入ったのか滅多な事では外出さえしない事で有名だった。
年に何回か、この竜の遠吠えが風に乗ってユーダリルにまで吹き寄せてくる事もあった。
ユーダリルと、その近辺の村の子供たちはそうやって魔物や竜の恐ろしさを知り成長していくのだ。
おとうさん、おかあさんのいう事を聞かないと怖いノーガードに食べられちゃうわよ、と。
もちろんこの竜を倒し、クラウン帝国に認めてもらおうと愚かな夢を抱いた騎士や冒険者たちなど大勢いる。
その全てが帰って来ず、今現代まで魔竜が君臨していることから彼らがどうなったかは語るまでもないだろう。
※ 潮時だな。当代のノーガードもそろそろ取り換えるべきだろう。
報告する兵士の絶望に満ちた顔を見ながらアリストテレスは頭の片隅でそんなことを考えていた。
彼の中に存在するとあるアリストテレス卿はニコニコと笑いながらかつての己の研究成果を誇っていた。
魔物の好む土地の条件とは何か、魔物をおびき寄せる方法とは何か、どうやれば魔物の行動をパターン化し、操れるかという研究である。
ユーダリルを作り上げるにあたって必要だったのは各国が予測できない災害染みた抑止力だ。
どこぞの愚か者が目先の利益に目がくらんで迂闊に交易都市の近くに軍を送ろうものなら、動き出すかもしれない怪物が必要だったのだ。
ソレがいるだけで誰もが手出しできない存在……竜こそ正に最適解というわけである。
アリストテレス家は知る人ぞ知る力ある家柄だが、クラウン帝国などの大国を相手にしたり、複数の国を相手取るとなるとやはり組織力といった点では明確に劣る。
そんな一族が交易都市の根幹に影響力を持ち、多くの商人たちを味方につけ甘い汁を吸おうとしたら、やはりというか強烈な反発が生じるのは当然であった。
悲しいかな、ミズガルズにおいても人類は一人勝ちを許さない空しいサガの持ち主なのだ。
だからある程度のデメリットを自分で作る必要があった。
ユーダリルに影響力を得る代わりに、もしも何かあったら自分で対処しなくてはならない厄介な問題ごとを引き受ける必要が。
魔竜ノーガードはその為にアリストテレス家が用意した駒である。
現代のノーガードは都合三代目となる。
この竜があの古都を気に入っているのは単純に城の作りが好みにあったから、というわけではない。
いや、最初のノーガードはそうだったかもしれないが、今の魔竜があそこに住み着いているのはもっと違う理由からだ。
あの古都の地下には特殊なマナを蒐集する陣が築かれている。
プルートにおいて魔神族を再利用していた施設の応用、もしくは派生ともいうべき術が仕込まれている。
地脈から無尽蔵にマナを吸い上げ、周囲にシャワーの様にばら撒くソレは言わばマナのシャワーだ。
人間でいう所の濃縮酸素の様な役割をそれはもっていた。
マナによって変異を遂げ、生存するためには酸素の様にある程度マナが存在しないと生きていけない魔物にとってそれは最高ともいえる環境を作り出す一助になっている。
アリストテレスの研究によると、魔物は基本的にマナの濃い地を好む傾向にある。
ヘルヘイムの様に余りに濃すぎるのもそれはそれで問題だが、基本は山頂のような、それこそヴァナヘイムの様な地よりもリュケイオン近郊の様な個所の方が好みなのだ。
それはそうと、アリストテレスは窓の外を見る。
夥しい数の魔物が未だに北上を続けていた。
余りに膨大な数であり正確な数を数えるのはやめておくことにした。
間違いなくこの騒動とノーガードの挙動には関係性があった。
幾つかの仮説を考えていくが、ふとプランはルファスの様子がおかしいことに気が付いた。
真っ青な顔をしている。唇はぶるぶると震え、何かを耐えているかの様にぎゅっと瞳を瞑っていた。
少女のそんな様子を認めた瞬間、アリストテレスはプランに戻っていた。
「ルファス? どこか具合が悪いのかい?」
肩に触れると彼女はビクッと身体を跳ねさせた。
目線をあちらこちらに移動させ、最後はプランの顔を見た。
彼女は何かを堪える様にしていたが、やがては観念して口を開く。
「……呼ばれている気がするんだ。北に来い、ってずっと声がする……」
ルファスの言葉にプランの顔が険しくなった。
話に聞く竜王の招集命令をどうやらルファスも受け取ってしまったようだと彼は考えた。
鯨などの一種の生物は遠く100キロ離れた同胞とコミュニケーションが取れるとされる。
ならば竜王ほどの怪物ならば惑星中の魔物に同時に己の声を送り届ける等造作もないことなのだろう。
そしてルファスの肉体は高度にマナに順応しており……あまりこういう表現は好まないが、魔物に近しいものがある。
故に彼女が竜王の声を受信してしまったのは当然の帰結、なのかもしれない。
プランは膝をつき、少女と目線を合わせて言い聞かせた。
蒼い瞳が自信なく揺れる真っ赤な眼を真っ向から見据える。
「自分をしっかり持つんだ。
そういう押し売りにはハッキリと“いらない”って叩き返してやらないと」
「……すごく、強い力を感じる。
このままじゃ全部もっていかれてしまいそう……」
彼女には珍しい不安に満ちた声であった。
力を信奉し、縋っていると評されても反論できない程に力に依存している彼女は己よりも遥かに巨大な力からの呼び声に揺らいでいた。
力しか信じていない者はいざ力で上回られると何もできなくなるのは仕方ない事であった。
視界の奥、意識の更に深淵で11の首が蠢いていた。
眼を輝かせ、一緒に遊ぼうと囁き続けている。
だがプランは知っている。
彼女が決して力だけの存在ではないと。
誰よりも繊細で、優しく、愛の深い子であると知っている。
そして顔を見せずに一方的に声だけを送り届けてくる不届き者になど決して屈しない事も。
「ルファス。一度目を閉じて、息を大きく吸って吐いて……。
落ち着いてからもう一度、その声の主に向けて言うんだ」
プランの顔が笑った。
人の温かみのある顔だ。
怯えている子供を安心させるような、まるで■■の様な笑顔だった。
「“お呼びじゃない。失せろ”ってね。
……いきなり頭の中に声を飛ばしてくる失礼な奴なんてそれで十分さ」
いきなり押しかけて来た上に、人を魔物扱いするなんてムカつかないかい? と続ければルファスの顔から不安が消えていく。
プランの言葉を咀嚼していく内に彼女の胸中には怒りが満ちていく。
いつも抱いているどす黒い世界に対するモノとは違う、義憤ともいえる憤りであった。
未知の声に対する恐れはいつの間にか己を軽んじる下賤の者へのいらだちに取って代わっていた。
何が「おいで」だ。私に用があるのならば、堂々と出向いてくるのが礼儀だろうと。
(確かにそうだ。“こいつ”は私を魔物と勘違いして……むかつくな)
未だに頭の中に鳴り響く声を認識しながらも少女の精神はとてつもない速さで一種の防壁を築き上げていく。
彼女の身体は誰よりも彼女の願いに従いその身を改良していく。
バサっと一度だけ翼が羽ばたけば高濃度のマナがルファスの全身を駆け巡った。
失せろ。二度と話しかけるな。
たった一声。意識の中で呟く。
それだけで二度と不愉快な声は聞こえなくなった。
ルファスは小さく息を吐いてからプランを見た。
「消してやった。二度と私に話しかけるなって言ってやったぞ」
「うん。失礼な奴にはそれくらいで丁度いいのさ」
うん、と頷く少女に笑い返してやってからプランは顔を上げた。
自信に溢れたルファスの姿をしり目に周囲はあわただしい喧騒に満ちている。
誰も彼もが次々と飛び込んでくる情報に頭を回し、次々と指示を下していた。
そうだ。
ここにいる面々の内、パニックを起こしている者は誰もいない。
多少声が上ずっていたり、荒げてこそいるが、皆が皆、自分にできる事を考えて部下たちに指示を下していた。
誰もが自分にできる事をやっている。
ならば自分もやらなくてはならない。
とりあえず、最初に対処すべきなのは魔竜ノーガードだろうとプランは考えた。
「アリストテレス卿。このような状況こそ、君の力の出番だと思うが?」
「勿論。自分に出来る助力ならば惜しむつもりはありませんよ」
メグレズに避難するように指示をした後、アラニアが話しかけてくる。
彼の言葉にプランはいつも通り微笑んで返した。
プランは行動を起こす前にルファスに向き合って言う。
「ルファス。この議場の地下には緊急用の避難施設があるんだ。
そこに退避していて欲しい」
「……戦わなくていいのか?」
冷静に彼女は反論した。
このような状況において癇癪を起す程の愚か者ではない。
だから彼女は確認する。
確かに力のことを隠せとは言われていたが、今の状況においては使うべきでは? と。
そんなルファスにプランは判りやすくこれからの計画を説明した。
ユーダリルの代表から避難所までの経路が書かれている地図を受け取り、それをルファスに差し出す。
「ルファスに危険が及んだら戦って構わない。
そして自分がルファスにやってもらいたいのは、避難施設の安全と秩序の確保なんだ」
ユーダリルの民たちは殆どが非戦闘員の商人だ。
商人という職業柄街道などを走り回って多少は魔物とのいざこざを経験した者らもいるだろうが
それでも本格的な戦い……それこそ今回の様な戦争を経験したモノはいない。
そんな彼らがいきなり今まで安心だと信じていたユーダリルで、よりにもよって魔物の大群と竜に襲われたらどうなるか?
その上で狭い避難施設にぎゅうぎゅう詰にされた彼らの精神が持つかどうかは誰にも保証はできない。
更に不安要素はまだある。冒険者と言う名前のごろつきの暴走や、何ならこの緊急事態に火事場泥棒を狙う浅はかな者さえ出ないとは限らない。
閉鎖空間と緊急事態において最も怖いのはパニックの発生だ。
恐ろしい事にソレは連鎖し、一度火がついてしまったら後は燃え広がるだけである。
だからこそルファスが必要であった。彼女の種族スキル【威圧】ならば問答無用で広範囲の暴徒を鎮めることが出来るだろう。
レベル250の彼女ならば、対策をしていない者ならばその半分のレベル……125までならば強制的に跪かせ、精神をへし折る事ができる。
偽竜の平均レベルが80と考えると、彼女はもはやワイバーン程度ならば戦う事さえせずに無力化できるのである。
プランの説明を受けたルファスは緊張した面持ちで頷いた。
自分がどれほど重要な役目を与えられたか理解できるほどに彼女の頭は聡明である。
つまり後方の安全確保。前線で大人たちが安心して戦えるように、彼らの大切な人たちを守ってくれと言う願い。
ルファスにとってアウラは命に代えても守りたい母親である。
誰かにとってのソレを沢山委ねられたという重みを彼女は理解していた。
母……そこで彼女は不安を抱く。
この魔物の群れは、リュケイオンにも何か影響を与えていないかと。
あそこには母がいる。アリエスもいる。自分を慕ってくれている者たちもいる。
彼らに危機が迫っていないかと彼女は不安に駆られた。
「大丈夫。
前々からリュケイオンの守りは強化していたし……。
何よりカルキノスがあそこにはいるからね」
それは絶対の信頼に満ちた顔と声であった。
果実を5つ食した彼のレベルはいまや630。
下手な竜よりも強いのが今のカルキノスである。
更には増産されたレベル200オーバーのクラブ・ゴーレムたちもうじゃうじゃいる。
カルキノスを群れのリーダーとして仮定して作られたそれらは人工のクラブ系統の魔物のようだ。
それだけの力を持っていても彼は変わらない。
快活に笑い、自分よりも遥かに弱い人々と生きていくことを心から楽しむ魔物の異端児だ。
そんな彼をプランは心から信頼していた。ともすればルファス以上に。
「……まぁ、あいつなら」
ルファスには見えた。
先の誘惑の声を受けながらも「アーアーキコエマセーン」と平然と対応するふざけた蟹男の姿が。
何なら料理を作っていたので気づきませんでした、までありそうなのが本当にカルキノスらしい。
ルファスは気づけば微笑んでいた。
本当に、バカな男だ。馬鹿すぎてむしろ誘惑者もあいつには声を掛けないかもしれないとさえ思った。
まぁ、バカではあるが頑丈さと一途さだけはルファスも認めていた。
一度息を吸って顔を上げる。
真っ赤な瞳は澄んだ輝きを放っている。
彼女は不敵に笑い、頷く。
魔竜という名前を聞いた時点で、プランがどう行動するか彼女にはある程度判っていた。
こいつ、今度は竜を相手にするつもりだなと。
だから彼女は言った。
「……ユーダリルには、世界中から色々な品物が集まるんだったな?」
うん、とプランが頷く。
ルファスは彼の頬に手を当てて顔を近づけさせた。
真っ赤な瞳を輝かさせながら少女は力強い宣言を行う。
「この一件が終ったら買い物にいくぞ。
プルートとは違った珍品などが見れるかもしれないからな!」
「判った。約束する」
「貴方のこと───」
信じてないからね、と笑顔で言うとルファスは地図を受け取って駆け出した。
扉の外にはメグレズが佇んでおり、彼はプランに一礼してからルファスに続いていなくなった。
「さて、お待たせしました」
「適格な指示だった。
シェルターの中で暴動が起ころうと天翼族の【威圧】なら問題なく鎮圧できるだろう」
しかし少しばかり彼女には荷が勝ちすぎるているのでは? とアラニアが続けたがプランは顔を横に振って否定した。
「ルファスなら大丈夫ですよ。彼女なら出来ると信じています」
「君がそこまでいうのならば私は何も言うまい。
……では、我々の仕事に取り掛かろうか」
アラニアとプランが揃って歩き出すと、部屋の中の誰もが彼らを見た。
ユーダリル商会の代表者やプランに憧れるドワーフの男はともかくクラウン帝国の使節さえアラニアはともかく
田舎の一貴族に過ぎないプラン・アリストテレスを見つめ、彼の発言を待っていた。
議場の中における支配権を完全に握ったプランはそれを気負う様子もなく朗らかに、余裕のある微笑みを浮かべつつ口を開いた。
「お待たせしました。それではユーダリル防衛についての提案をいたします」
周囲に何十と言う魔物や偽竜を引き連れた竜が闊歩する。
全長は40メートルほどで、深緑色の鱗に身を包まれた彼こそ当代の魔竜ノーガードだった。
彼は声の主に従う気などなかったが、これは丁度いい機会だと思ったのだ。
竜は喋れないだけで人と同等かそれ以上の知性がある故に、彼もまた独自の思考で動いていた。
ユーダリルの存在を彼は認識していた。
下手にちょっかいをだすとしつこく自分の巣に干渉してくる弱い人間たちの集まりだと。
今までは下手に手を出すと鬱陶しい反撃が返ってくるので放置していたが、この“声”を聴いてもう我慢する必要はないと判断していた。
人類はもう終わる。ミズガルズから人と言う種が消える日が近いと彼は悟ったのだ。
竜王が本気で人類を滅ぼしにかかっていると魔竜は気づいた。
存在の規模こそ違えど同種故に、彼はあの“声”から竜王の真意にたどり着いていた。
彼は竜王を自分の主として迎える気などないが、これはチャンスだと考えたのだ。
これから起こりうる激動の時代の第一歩として、ユーダリルを潰してしまおうと。
そうすれば後は永遠と自分はあの快適な古都で悠々自適に生きていける。
本来ならば直ぐに討伐や報復の為に軍団が出てくるかもしれないが、もう人類にその余裕はなくなる。
クラウン帝国やら、他の国やら、それらはどうせ近い内に一切合切潰されてなくなるのだから。
空を覆い尽くす魔物の群れ。
地を揺らす魔物の軍勢。
海には未だ竜王の影響は及んでいないが、それも時間の問題だろう。
───ゴオォ゛ォオ゛オアァ゛ァァァ゛ッッ!!
ノーガードは咆哮する。
微弱なマナを宿したソレは周囲の魔物の闘争本能と、強者に従うという本質を刺激した。
レベル70にも及ぶ偽竜ワイバーン100匹。
レベル30から50の間の魔物たち、ざっと900匹。
大移動を行っている魔物たちの総体からすれば本当に微かでしかないが、それでも千にも届く魔物の支配権をノーガードは竜王からかすめ取った。
人類の都市一つを落とすには余りに過剰な戦力だ。
何せノーガード自体がレベル460の怪物なのだから。
ユーダリルを消すくらいならば彼だけで十分だが、誰一人逃さず根こそぎに殺すにはやはり取り巻きがいると効率が良い。
甲高い嘶きを上げてワイバーン達が我先にとユーダリルに殺到する。
魔物たちが殺戮と破壊への期待を込めた鬨の声を高らかに歌い上げて都市の城壁を破壊すべく突撃を開始。
今日、この日。
ユーダリルは終わるのだ。
誰もがそう思うだろう。
アリストテレスという存在さえいなければそれは正しかった。
【観察眼】が世界を凝視する。
誰にでも繋がっている“糸”をアリストテレスは認識した。
不愉快極まりない、この世界を人形劇へと貶めている女神の操演糸だ。
ユーダリルに在籍する戦闘員の数はざっと見積もって2000といったところだ。
その殆どが冒険者、傭兵、商人が個人的に雇っていた護衛などであり、正規の騎士などは本当に少ない。
それでも2000人の戦闘員がいるというのはアリストテレスにとって本当にうれしい事であった。
ここで戦力について纏めてみようか。
ユーダリル治安維持部隊……防衛軍とでも名付けるべきこれらの者らのレベルは平均して40ほど。それが2000人。
アラニアがレベル290の後衛特化。
そしてプラン・アリストテレスがレベル221。
対してノーガードは460。
配下の偽竜100匹はレベル70。
900匹の魔物たちも平均してレベル45程になる。
数の上で言えばユーダリル防衛軍は魔物たちの倍であるが、残念ながらミズガルズにおいては基本的にはレベルがモノを言う。
レベル10の存在2匹とレベル20の存在をぶつけたら、9割以上の確率で後者が勝利するだろう。
何故勝てないか?
それはもっと単純な話である。
基本的にレベルが高い程ステータスも強くなるからだ。
誰にでも判る理屈だった。
スペックが高い方が強いことは。
だから、アリストテレスはその問題に対処した。
今も対処し続けている。
まずは一人。
自分の隣にいるエルフに彼は【一致団結】を使用した。
本来の意味の種族スキルは人間とエルフの間に繋がりを生み出し、交互に能力を微かに高めあった。
「事情を判っている者がいるというのは実に素晴らしいことだよ。
あぁ、本当にそう思うとも。凄くやり易い」
城壁の上から迫る魔物たちを見つめつつアリストテレスの口調は軽い。
彼にとってこれは戦いではなく、役目を終えたパーツの処分であるからこれは当然と言えた。
ありがとうノーガード。
君は実に役に立ってくれた。
最後にもう一つ役に立ってもらおうじゃないか、と彼は含み笑う。
口調を変えたアリストテレスにアラニアは取り合わなかった。
あぁ、この口調は3代前のあいつだなと思うだけであった。
彼は彼に求められた役割を求められるように行うのだ。
己とアリストテレスの認識する情報を共有しながら彼はエルフの種族スキルである【精神統一】を発動させた。
本来ならば心胆を落ち着け、世界に拡散するマナを効率よく吸収しSPを回復させる能力だが、今回必要なのは回復ではない。
“精神を安定させる”能力の方が大事なのだ。
彼の頭は最大効率で回転を始め、そこにアリストテレスのスキルが割り込まれて増幅される。
言わば今の彼はアリストテレスの【一致団結】を効率よく拡散/運営/配布するための中継ポイントであった。
エルフの1000年以上経ても劣化しない脳髄は素晴らしい外付け演算装置になりうるのだ。
アリストテレスはアラニアの頭脳という優れた補助装置の助力を得て女神から垂らされた“糸”を観測し、ユーダリルの全ての戦闘員の場所を突き止めた。
そしてそれら全てに【集中】を行い、2000の仲間全てをターゲティングした。
後は最後の締めである。
彼は人であれば誰でも扱える種族スキルをちょっとだけ工夫して使用したのだ。
※ 一致団結。
2000の処理が同時にミズガルズに走る。
同時に彼は女神から
多くの人々の思考を束ね、それらを纏め上げて疑似的な集合意識を形成。
出力こそ最低/最小だが、それでも効果は劇的だった。
全ての人間種が頭の奥底から囁きかけてきた声に従い【一致団結】を同時に行使した。
更に何百という処理式が女神世界を揺らす。
アリストテレスはその瞬間を見計らい、更に多くの【レンジャー】のクラスを持っているモノを操作し【観察眼】を使用させた。
【レンジャー】のクラスは便利であるが故に多くの戦闘員が保持していた為、半数の1000人の瞳がアリストテレスの元に束ねられた。
結果、彼らの瞳はアリストテレスの瞳となった。
単純に今アリストテレスの瞳の精度は1000倍となり、世界の法則を更に深く解き明かす。
その力を用いて【一致団結】によって発生する能力の規模を拡大翻訳。
交互に繋がりあう2000人全員に適応。
人間種、1121人が発動させたソレが交互に重なり合い、その数だけ防衛軍にバフが乗る。
更に能力の処理式を彼は弄った。
【一致団結】の処理に走る乗算と加算の数値を【錬成】が書き換えた。
世界を回す極小の単位であるが、そこが変わった結果は劇的なものがあった。
結果、ユーダリル防衛軍の全員のステータスは5倍近く向上した。
これ以上の上昇は身体への負荷が高くなる恐れがあるためアリストテレスによってカットされる。
能力値だけ見ればレベル200相当の軍団があっという間に完成である。
※ 容易い話だ。
街の至る所から歓喜の声が上がる。
意識は奪っていない為、彼らの自我はそのままであるから当然の事であった。
誰も彼もが蒼い瞳を輝かさせ、湧き上がる力に酔いしれていた。
アリストテレスは指一本で“糸”を操りながら、城壁から飛び降りる。
目前に迫るは魔竜ノーガード。
咢を開き呻き声を上げる怪物を前にアリストテレスはマスクの中から残忍な視線を向けた。
国を亡ぼせる力を持つ竜を前にしながら、アリストテレスは新しくなったこの装備の試運転に相応しい相手だとしか思っていなかった。
※ では、始めよう。
カシャン、と、新生した【バルドル】の各所から安全装置が外れる音がした。
裏で実は竜より強い蟹がリュケイオンを守り抜き
民衆たちに胴上げされたり、エノク夫人と熱い抱擁をする
シーンもあったかもしれませんがグダるのでカットされました。
蟹「( ゜Д゜)……oh……」
蟹「……( ゚д゚ )彡」チラ